オルツの粉飾決算、監査役はどこに注目していれば防げたか

2025年8月7日のニュース「売上の9割が虚偽 オルツの循環取引に専門家が騙された理由」、同8月22日の【失敗学第134回】オルツの事例でお伝えしたとおり、AI議事録サービスを手がけるオルツ(東証グロース)が手を染めた粉飾決算(売上の大半(年度によっては9割)が偽装)の衝撃は大きく、IPO市場の冷え込みや監査の厳格化に波及する可能性も指摘されている。東証は2025年8月31日をもって同社を上場廃止とする決定を下したが、当然ながら粉飾決算発覚後の同社の株価は急落し、多くの投資家が被害を被った。

本件は、一見すると、ガバナンス体制が未成熟で経営者のコンプライアンス意識が低い傾向にある新興市場上場会社特有の事例に映るかもしれない。しかし、プライム市場やスタンダード市場に上場する会社の役員は決してこれを“特殊事例”として片づけてはならない。循環取引は市場区分や企業規模を問わず発生し得るからだ。しかも、巧妙に仕組まれた循環取引は、監査役や監査法人であっても見破ることは難しい。形式上は取引先からのエビデンスが整い、実際に資金の決済も行われるため、表層的な数値や契約書の検証だけでは不正を察知しにくい。


循環取引 : 特定の関係者の間で利益を乗せて売買を繰り返す取引。経済的実態の伴わない取引であり、最終的には関係者の利益が乗った高値で買い戻す必要があるため、粉飾取引の一つに位置付けられている。

日本公認会計士協会、日本監査役協会、日本内部監査協会の三団体が合同で取りまとめた「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」(2024年4月公表)では、循環取引が生じやすい構造的要因を明らかにするとともに、内部統制の設計・運用において役員が注視すべき視点を体系的に示している。上場会社は、同報告の3ページに挙げられている「循環取引を示唆する状況・兆候の具体的事例」を参考に不正のシナリオを想定し、同報告の「4.内部統制による循環取引への対応」以下で述べられている内部統制の構築を急ぐ必要がある。

そして、オルツのケースでは、まさに「循環取引を示唆する状況・兆候」が存在した。具体的には、オルツの会計監査人(監査法人シドー)の前任の監査法人が循環取引の可能性を否定できない旨示唆して監査契約の受嘱を断っていたということだ(前掲「失敗学」を参照)。これは、監査役にとって監査の端緒とすべき重要な状況証拠に他ならない。もしオルツの監査役が経営陣の説明を盲目的に受け入れることなく、以下のように一次情報にアクセスして監査を行っていれば、経営陣による不正を検出できていた可能性が高い。・・・

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