当フォーラムでも報じてきたとおり、のれんの償却費負担がM&Aの意思決定を抑制しているとして、経済同友会に所属する上場企業経営者やデジタル企業などが集う新経済連盟などが、日本の会計基準でものれんを償却しないことを認めるよう繰り返し求めてきた(のれんの償却を巡るこれまでの経緯等は2026年4月16日「のれん非償却を巡る攻防 M&A促進と会計規律のせめぎ合いに」参照)。
のれん : 会計上の「のれん」とは、企業を買収する際に支払った金額のうち、買収先の資産から負債を差し引いた金額の時価を上回る部分をいう。日本基準では、企業買収により生じたのれんを20年以内で規則的に償却するため、その分だけ買収後の利益が押し下げられる。一方、IFRSと米国基準では規則的に償却せず、少なくとも年1回、のれんを含む事業の価値が帳簿価額を下回っていないかを検証し、下回った場合に減損損失を計上する。
こうした中、会計基準の変更の起点となる企業会計基準諮問会議は2026年8月10日、のれんを規則的に償却する会計ルールは維持しつつ、「のれん償却前営業利益」の開示の是非を正式な検討テーマとするよう企業会計基準委員会(ASBJ)に提言している。ASBJでの検討を経て、この新たな利益指標の開示が制度化されれば、M&Aを検討・実行する(日本基準を適用する)上場企業は、買収の成果を投資家にどう説明するかを改めて考える必要が生じることにもなりそうだ。
企業会計基準諮問会議 : 日本の会計基準は「企業会計基準委員会(ASBJ)」が開発するが、ASBJが「何を、どの優先順位で議論すべきか」という審議テーマの選定などを担うのが「企業会計基準諮問会議」である。外部から提案された新たな会計基準の開発テーマについては、同会議がASBJに提言するかどうかを審議する。このため、会計基準の変更に向けた議論のいわば「入口」に位置する組織といえる。
なぜこのような方向性となっているのかを理解するため、まず、のれんの償却を巡って交わされてきた議論を整理してみよう。
2025年5月28日、内閣府規制改革推進会議は、スタートアップの成長促進に向けたのれん会計の検討を盛り込んだ答申を取りまとめた(101~102ページ参照。内閣府規制改革推進会議の動きについては2025年5月12日のニュース「上場企業の経営者がM&Aを躊躇する最大の理由が解消する可能性」参照)。その2日後の5月30日、企業会計基準諮問会議には、会計基準に関するテーマとしては異例の規模となる経済同友会や新経済連盟など13団体、スタートアップ有志35社、企業経営者有志138名から、「のれんの非償却」の実現に向けた会計基準の改正を求める声が寄せられた。こうして企業会計基準諮問会議には従来にない強い圧力がかかることとなったが、同会議は拙速な結論を出すことを避けるべく、約1年を費やし、ASBJを通じて財務諸表作成者、利用者、監査人などから9回にわたり意見を聴取。2026年4月1日には、広く利害関係者から追加の意見を募る「情報要請」も実施するなど、慎重な検討を重ねてきた。
上記情報要請には、6月5日の期限までに16者から計72件のコメントが寄せられ、その中には、のれんの非償却を支持する新たな根拠も含まれていた。例えば、「のれんはブランド等の実際に存在する価値を表しており、時間の経過によって必ずしも減価しない」「無形資産には物理的な摩耗がなく、その価値の減少パターンも多様であるため、一律の定額償却は企業の実態に合わない」「老舗企業のブランド価値のように、時間が経過しても残り続ける価値がのれんに含まれる場合もある」といったものだ。
一方、非償却に反対する側からは、減損以外にのれんを減額する手段がなく残高が膨らみ、そのこと自体が市場の懸念材料になる可能性があるとの意見や、いったん非償却を導入した後で償却に戻そうとすれば、その間に積み上がったのれんを、いつから、何年かけて償却するのかという問題が生じることも指摘された。
減損 : 資産の収益性が低下し、帳簿価額の回収が見込めなくなった場合に、帳簿価額を回収可能な水準まで減額し、その減額分を損失として計上する会計処理。のれんも対象となる。
これに対し経済同友会は、企業会計基準諮問会議が結論を出す前の2026年6月22日に「改めてのれんの非償却を求める」と題する要望書を公表し、日本基準を適用する企業がのれん償却による利益圧迫を受け、IFRSや米国基準を適用する企業との買収競争で不利になる現状は看過できないと訴えた。また、のれんの償却を避けるためだけにIFRSへ移行するのは、システム改修、人材育成、内部統制や開示プロセスの再構築などに多大な負担がかかることを考えれば、多くの企業にとって現実的ではないとした。
企業会計基準諮問会議は当初から、のれんの非償却を「会計基準の開発に着手すべき課題」とすることには慎重な考えを見せていたが、情報要請を受けて寄せられた多数のコメントや経済同友会の意見を踏まえてもこの考えは変わらず、のれんを一定期間にわたって償却する現在の会計処理の基本的な枠組みを維持し、非償却の導入(選択制)をASBJに提言しないとの結論を下した。あわせて、損益計算書におけるのれん償却費計上区分を、現在の「販売費及び一般管理費」から「営業外費用」や「特別損失」に変更する案も却下した。
同会議では、総じて非償却よりも償却の方が、財務情報の表現の忠実性(企業の経済実態を適切に映しているか)やコスト・ベネフィット(情報の有用性が、その作成や監査にかかる負担に見合うか)の観点から有用な情報提供につながるとの分析が示された。そのうえで、非償却の方が現行の償却モデルより有用だとする十分な根拠は示されておらず、非償却を支持する理由として残るのは、主として「国際的な整合性」であると指摘した。また、仮に国際的な整合性の確保を重視してのれんの非償却を導入するのであれば、のれんに関する部分だけにとどまらず、無形資産の識別や減損会計など周辺の会計基準の見直しも必要になり、それには少なくとも3年はかかることに加え、周辺領域の改正によりM&Aを行わない企業にも影響が及ぶとの懸念が示された。そして、現状、こうした大規模な変更について幅広い関係者の理解が得られている状況にはないと結論付けている。
のれんの非償却そのものは見送られたが、非償却を求めてきた企業側が問題視する“会計基準の違いによる利益の見え方の違い”については、冒頭で触れたとおり、「のれん償却前営業利益」の開示という別の対応策が検討されることになった(企業会計基準諮問会議「新規テーマに関する提言等」参照)。この指標の開示が制度化されれば、・・・
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