フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男
中古車情報サイト「グーネット」を運営するプロトコーポレーション(東証プライム)は今年2月4日、MBOに向け公開買付けを開始することを公表したが、専門家の間では買取価格の低さが話題を呼ぶこととなった。こうした中、同社株式の8%超を保有する第2位の株主である機関投資家は「取締役に善管注意義務違反」があるとして名古屋地裁に差止請求を行ったが、同地裁は4月3日、これを却下している(機関投資家は名古屋高裁に即時抗告。同社のリリースはこちら)。
プロトコーポレーションの取締役会は、「1株2,100円」という買収価格について、主に以下の理由から「株主に対して合理的な株式の売却の機会を提供するもの」であると判断したという。
(1)ファイナンシャル・アドバイザリーによる株式価値の算定結果のうち、市場株価法に基づく算定結果の上限値を上回るとともに、DCF法による算定結果のレンジの範囲内にあり、かつ中央値を上回っていること
(2)TOBの公表日の前営業日の終値1,210円に対して73.55%の買収プレミアムが加算されており、上場来最高値(1,674円、2021年9月16日のザラ場)を上回る価格であること
(3)買収プレミアムは、2019年6月28日以降に公表され、2025年1月14日までにTOBが成立した非公開化を目的としたMBO案件における買収プレミアムの実例75例と比較しても遜色ない水準が確保されており、合理的なプレミアムが付された価格であると評価できること
(4)買収価格の公正性を担保するための措置及び利益相反を回避するための措置等、少数株主の利益への配慮がなされていると認められること
買収プレミアム : 買収価格と株価の差
ザラ場 : リアルタイムの売買が行われる取引所が開いている時間帯のこと。
これに対し株主は、主に以下のとおり、「買収価格が安く、取締役が自身の経営責任や失敗を覆い隠すための“逃げ”の市場退出である」と主張している。
(1)プロトコーポレーションが有する国内中古車業界におけるプラットフォーム事業の競争優位性に基づけば、現在の収益力に基づいても上場企業として3,778円の株式価値(買収価格の2,100円よりも79.9%高い水準)を実現することができること
(2)買収価格は、発表直前の終値に対して高い買収プレミアムが付されているように見えるが、株価は昨年10月に発覚した元従業員による架空取引のため2割以上下落していたため、実質的には4割程度のプレミアムに過ぎないこと
(3)買収価格のEV/EBITDA倍率は5~6倍程度であるため、国内類似業種が14.5倍、海外同業他社が16倍のEV/EBITDA倍率であることに鑑みると、プラットフォーム事業を著しく過小評価していること
(4)今日まで株価が割安に放置されてきたのは、取締役による公私混同のために財務規律が弛緩し、また創業期からの古い企業体質を残していることから不祥事が後を絶たないことにあり、具体的には、本業であるプラットフォーム事業を成長させるよりも、金券ショップ、プロバスケットボールチーム、観光系メディアなどシナジー効果の薄い買収を繰り返し、トマト農園、いちご農園、ハンバーガーショップなど、個人の趣味としか思えない事業にまで手を広げ、保有するネットキャッシュ約200億円の価値や将来稼ぎ出すキャッシュフローの価値が市場で著しく割り引かれていること
EV/EBITDA倍率 : EV(Enterprise Value=企業価値。株式時価総額+純有利子負債)をEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization=利息・税金・減価償却前利益。営業利益+減価償却費+利息費用+税金により算出する。現金支出を伴わない減価償却費の影響を排除し真のキャッシュフローを把握するとともに、利息や税金の影響を排除し純粋な営業活動の収益力を把握する)で割った倍率のこと。企業がキャッシュを生み出す力を基に企業価値を評価するための指標であり、M&A(企業の買収・合併)や企業価値評価の際に広く用いられている。EV/EBITDAが高いほど、企業の収益力が高いと評価される。
MBOの際に取締役と株主が対立することは米国でもよくある。ただし米国では、・・・
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