三菱UFJ信託銀行
法人コンサルティング部 会社法務コンサルティング室 室長
中川 雅博
取締役会評価のエクスプレイン率が高い理由
昨年(2015年)末までにコーポレートガバナンス・コード(以下「コード」という)への対応状況を記載したコーポレートガバナンス報告書(以下「CG報告書」という)を提出した東証一部・二部上場会社1,858社を対象に東証が実施した調査によると、コードの全73原則のうち、実施(コンプライ)せずに説明(エクスプレイン)した会社がもっとも多かったのは補充原則4-11③の「取締役会評価」で、その数は1,182社、全体の63.6%にも及びました(2016年1月20日公表 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2015年12月末時点)」5ページ参照)。“エクスプレイン率”が2番目に高かったのが補充原則1-2④の「議決権電子行使プラットフォームの利用等や招集通知の英訳」の55.9%であり、「取締役会評価」のエクスプレイン率はこれを7.7ポイントも引き離してのダントツのトップでした。
もっとも、これまで我が国の上場会社には「開示」を前提に取締役会の実効性を評価するという慣行はなかっただけに、コードの導入初年度にこのような結果が出たことは意外ではありません。また、補充原則4-11③はいわゆる開示11原則(実施状況をガバナンス報告書で開示することが求められている11の原則)に該当しており、上場会社が同原則を実施していると言うためには、取締役会評価の「結果の概要」を開示しなくてはならないこと(すなわち、単に「実施しています」と言うだけでは済まないこと)も、エクスプレイン率がもっとも高くなった要因に挙げられるでしょう。
以下では、取締役会評価の「結果の概要」を開示している上場会社の事例も踏まえ、取締役会評価に初めて取り組む上場会社が留意すべきポイントを解説します。
なぜ取締役会評価が必要なのか?
取締役会評価の目的は、取締役会が適切に機能しているかどうかを定期的に検証することを通じて、(1)取締役会が抱える問題点を把握するとともに、それを改善すること、(2)強みがあればそれをさらに強化することにより、取締役会全体の機能向上を図ること――にあるとされています。
また、取締役会評価には、ガバナンス向上に向けた企業の自立的な取組みを支援するという目的(機能)もあります。コードの中には、例えば原則4-8の「複数独立社外取締役の確保」など、形式を整えれば「コンプライ」できるものが少なくありません。しかし、「攻めのガバナンス」を実現するというコード制定の目的を果たすためには、形式を整えただけの「コンプライ」では十分でないのは明らかです。「形式」はせいぜい必要条件であり、コードの目的を果たすためには、企業が自律的にガバナンスの向上を図るという「実質」が伴う必要があります。取締役会評価は、取締役会評価以外のコードも含め、ガバナンス向上に向けた企業の自立的な取組みを評価するプロセスであり、いわゆるPDCAサイクルのC(=Check)に相当するものです。例えば、コードに従って独立社外取締役を2名そろえたとしても、実質的にガバナンスの向上に貢献していなければ、それは取締役会評価によってあぶり出されることになります。取締役会評価について定めた補充原則4-11③が取締役会評価を「毎年」行うことを推奨しているのもこのためです。
PDCAサイクル : Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Action(改善)の4つを繰り返すことにより業務を継続的に改善すること。
【コーポレートガバナンス・コード補充原則4-11③】
取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである。 |
このほか、取締役会評価により評価のプロセスが構築されるとともにある程度定型化されることで「評価の客観性」が担保され、さらにその「結果の概要」が開示されることで、投資家の信頼を獲得し、自社の評価を高めることができるという効果も期待できます。
取締役会評価は実施しなくてもよい?
コードには「コンプライ・オア・エクスプレイン」の規律が適用されるため、必ずしもコードの各原則を実施することが強制されるわけではなく、実施しない場合には「実施しない理由」を説明すれば足ります。したがって、取締役会評価を行うかどうかは、各社の判断次第というのが基本的な考え方となります。
上述のとおり、取締役会評価の目的の1つは、取締役会の抱える問題点を把握しそれを改善することです。そして、取締役会の抱える問題点を把握するためには、「自社の取締役会のあるべき姿」が明確になっていることが前提になります。なぜなら、現状との比較対象になる「あるべき姿」が明確になっていなければ、そもそもどこに問題点があるのかを把握することも困難だからです。したがって、この点について取締役会メンバーの共通認識が醸成されていない段階では、取締役会評価を実施しても真の効果は発揮できないということも考えられます。この場合、取締役会評価の実施を当面見送り、まずは自社の取締役会のあるべき姿について議論することも選択肢となるでしょう。ようやく取締役会に社外取締役を迎え入れたばかりの多くの日本企業にとっては、そのような選択肢にも合理性があります。
もっとも、取締役会のあるべき姿が明確になっていない段階で取締役会評価を実施したとしても、何か“副作用”が生じるわけではなく、むしろ良い効果をもたらすことも期待できます。例えば、コードの補充原則4-12①には、下記のとおり、取締役会での審議の活性化を図るうえでのポイントがいくつか示されています。これらが十分に確保されているか否かを評価するだけでも、取締役会評価を実施する意味はあると思われます。このような取締役会評価は、単なる「取締役会事務局の機能評価」に過ぎないのであまり意味がないという意見もあるかもしれませんが、自社の取締役会のあるべき姿に関する議論を継続しながら、可能な範囲で取締役会評価を始めてみるのも現実的な選択肢となります。
【コーポレートガバナンス・コード補充原則4-12①】
取締役会は、会議運営に関する下記の取扱いを確保しつつ、その審議の活性化を図るべきである。 (ⅰ) 取締役会の資料が、会日に十分に先立って配布されるようにすること (ⅱ) 取締役会の資料以外にも、必要に応じ、会社から取締役に対して十分な情報が(適切な場合には、要点を把握しやすいように整理・分析された形で)提供されるようにすること (ⅲ) 年間の取締役会開催スケジュールや予想される審議事項について決定しておくこと (ⅳ) 審議項目数や開催頻度を適切に設定すること (ⅴ) 審議時間を十分に確保すること |
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