予想以上に重い追加コストが店舗閉鎖のタイミングを難しく
「○○社、不採算100店舗を閉鎖」といったニュースを新聞紙上で見かけることがあります。小売業や外食産業などの比較的多店舗展開が多い業種では、このような店舗の大量閉鎖のニュースは珍しくありません。
「100店舗を閉鎖」などという見出しを見ると、「出店に比べ、店舗の閉鎖にはたいしてコストがかからないから、閉鎖の決断は難しくないのだろう」などと思ってしまいますが、果たしてそうでしょうか。
出店時には、店舗の建設費、内装工事費、保証金などのコストがかかるのに対し、店舗の閉鎖の際には、看板や什器の撤去費用、原状回復費用、解約前予告家賃、保証金の割り増し償却といった、出店時とは“逆ベクトル”の諸費用が発生します。撤退にも結構お金がかかるのです。
閉鎖にかかる諸費用として発生が見込まれるものについて、その具体的な内容を主な出店パターンごとにまとめると次のとおりです。
費用の種類 | 出店パターン | 内容 |
原状回復費用 | テナント | 「テナントを借りた時点」の状態に戻すための費用です。看板、内装、什器、仕切り壁などの撤去費用が該当します。 |
借地の上に店舗建物を建設 | 借地を更地に戻すためにかかる費用です。建物の取り壊し費用などが該当します。 ただし、建物の価値が残っているような場合であっても必ず取り壊して更地にしなければならないとするのは、社会経済上不合理であるという理由から、借地権者は、一定の場合には借地権の設定者に対して「建物買取請求権」を行使し、建物を時価で買い取ることを請求できます(借地借家法第13条)。実務上は、例えば賃料不払いなどの債務不履行がないまま借地権の存続期間が満了し、契約更新がないような場合には、借地権者の投下資本の回収を保護する観点から、建物買取請求権の行使が認められるケースが多くなっています。また、契約で建物買取請求権を認めないと規定しても、その条項は無効とされるなど、借地借家法では借地権者を手厚く保護する手当てがなされています。しかし、賃料支払を怠り、賃貸借契約を解除された場合には、借地権者を保護する必要はないため、建物買取請求権の行使は認められないとされています。 |
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解約前予告家賃 | テナント | 「解約の予告」を店舗オーナーに通知してから実際に退去するまでに支払う家賃です。テナントを解約する場合、店舗オーナーに解約予告を通知する必要がありますが、通常、「退去の3か月前」や「半年前」に解約予告期限が設定されているため、店舗閉鎖の意思決定後すぐに退去したくても、3か月、半年といった期間は家賃を支払わなくてはなりません。これは、その間の家賃は、店舗オーナーが新しいテナントを探すまでのつなぎの家賃という性格を持っているからです。したがって、解約予告後に直ちに退去したいという場合でも、3か月分や半年分の家賃を払い続けるか、これらの期間の家賃を一括で支払うことになります。 |
保証金の敷引き | テナント | テナントを借りる際に支払った保証金から無条件に差し引かれる金額が「敷引き」です。通常、保証金は退去時に「保証金償却」という名目で何割かを施設オーナーに差し引かれます(敷引き)ので、その全額が戻ってくることは少ないと考えられます。したがって、この敷引き金額も店舗の閉鎖にかかる費用となります。地域や商慣習などによって償却率が異なるため、敷引きの相場は一概に何割とはいえませんが、例えば保証金の20%をテナントの明け渡し時に差し引くといった文言が契約書に盛り込まれることになります。満期解約の場合よりも中途解約の場合の方が償却率は高くなるのが通常です。 なお、敷引きという言葉は「敷金」から来ていますが、保証金と敷金は、法的に規定されているか否かという点で違いがあります。敷金は法律用語であり、賃料不払いなどの債務不履行があった場合の法的な担保という性格を有しています。一方、保証金は特に法律上で定義された用語ではなく、債務不履行の担保というよりはどちらかというと当事者間の金銭消費貸借契約に近い性格のものとされています。ただし、実務上は、契約の中で両者を同じものとして扱っていることが多いようです。 敷金については、返還額を巡りオーナーと揉めることが珍しくないようですが、保証金の場合は契約時にあらかじめ償却率が決められているため、(賃借人の瑕疵により特別な修繕に伴う追加コストが必要であると判断されるような場合でない限り)敷金と比較して解約時のトラブルは起こりにくいと言えます(*)。 |
その他の費用 | すべてのケース | 什器やレジ等をリースしている場合、解約に伴い解約手数料が発生する場合があります。解約前にリース契約書の解約不能期間と残リース料を確認しておくべきです。 自社所有の什器を廃棄する場合は、産業廃棄物の業者に支払う廃棄コストや固定資産の簿価を落とす除却損が発生します。 また、閉店を知らせるダイレクト・メールを顧客に送る場合には、その作成費用や印刷費用、郵便代、従業員を解雇する場合には解雇予告手当といった諸費用が発生します。 |
テナント : 所有・管理・運営者と賃貸借契約を結び、商業ビルやデパート・ショッピングセンター・鉄道駅構内などで営業する店舗
このように、店舗を閉鎖する際には、様々なコストが追加的に発生します。この追加コストの発生を理由に、店舗閉鎖のタイミングを図りかねている取締役も多いのではないでしょうか。店舗閉鎖の理由としてもっとも多いのは、当該店舗の業績悪化ですが、ただでさえ店舗の赤字が発生していたところに、店舗の閉鎖コストが追加でかかることになり、会社の業績をますます悪化させてしまいかねないからです。そうかといって、閉店を先送りにしても赤字垂れ流しの元凶になってしまいます。だからこそ、店舗を閉鎖するか否かの判断を適時に行う必要があります。
では、店舗を閉鎖するか否かの判断は具体的にどのように行えばよいのでしょうか。次に解説します。
採算が合わなくても「閉鎖しない」との判断もあり得る
「もう少し頑張れば経営環境が変わり、店舗の利益が回復するのではないか」「今までのやり方を変えれば利益が出るのではないか」といった期待を持ち続けてズルズルと店舗を継続した結果、閉店のタイミングを見誤り、会社全体の業績に悪影響を及ぼしてしまうということがあります。特に新規出店効果で売上が伸びている間は不振店舗への目が行き届かなくなりがちですが、会社全体の業績が悪化してから店舗閉鎖に踏み切っても「時既に遅し」という状況に陥っているケースも少なくありません。
また、売上至上主義にとらわれて、売上減少が避けられない店舗の閉鎖に踏み切ることに躊躇するケースも散見されます。店舗を閉鎖するか否かは、売上よりも「利益」に目を向けて判断する必要があります。
経営努力により新たなビジネスチャンスを見出していくことと同様に、不採算店舗を閉鎖するという経営判断も時として重要です。不採算店舗にかけている経費を他の店舗に回すことができれば、資源の効率的な再分配が可能となるかもしれないのです。
店舗閉鎖について適切な時期に適切な判断を下すことができるように、営業担当取締役としては、店舗を閉鎖する際の判断基準(以下、「退店基準」)を規程化しておくべきです。
退店基準は・・・
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