役員の責任を免除する3つの方法とそれぞれの問題点
会社に不祥事が生じた場合、役員等(*)が責任を問われることがあります。役員等の責任問題は、次のステップで考える必要があります。
<役員等の会社に対する責任問題> ステップ1:役員等はどのような義務を負っているのか。 ↓ ステップ2:その義務にどのように違反したのか。 ↓ ステップ3:それにより会社がどのような損害を負ったのか。 ↓ ステップ4:その損害について当該役員等はどの程度責任を負うのか。 ↓ ステップ5:その責任を軽減することは可能か。 |
役員等と会社の関係は、会社法上は、(会社から役員等に対する)委任または準委任(*1)の関係(会社法330条)にありますので、善管注意義務(民法644条)を負いますが(ステップ1)、役員等のうち取締役および執行役は、善管注意義務に加えて、会社に対する忠実義務も負います(*2 会社法355条、419条2項)。
*2 善管注意義務(善良な管理者としての注意義務)とは、業務の委任を受けた者がその社会的地位や能力などから考えて通常期待される注意義務のことであり、忠実義務とは、法令、定款、株主総会の決議を遵守し、会社のために忠実にその職務を行う義務を言います。もっとも、忠実義務の規定は、善管注意義務を一層明確にしたに過ぎないものであり、両者の内容は同質であると考えられています。
したがって、役員等は、具体的な法律や定款の規定に違反(ステップ2)した場合だけでなく、例えば、従前から問題とされてきた子会社への不正融資について原因の解明や調査を行わずに放置し、会社の損害を拡大した場合のように、一般的な善管注意義務または忠実義務に違反(ステップ2)して会社に損害を与えた場合にも、会社に対し、これによって生じた損害(ステップ3)を賠償する責任(*)を負う(ステップ4)ことになります(会社法423条1項)。実際、取締役や監査役が株主代表訴訟のターゲットとなった場合、善管注意義務や忠実義務違反が問われるケースは多数あります。
もっとも、役員等が会社に対して損害賠償責任を負う場合であっても、株主がこれを免除しても構わないということであれば、賠償額の支払いが免除されるという道が残されています(ステップ5)。具体的には、総株主、すなわち株主全員から同意をもらえれば、損害賠償責任のすべてが免除(完全免除)されます。ただし、完全免除のためには、すべての株主の同意が必要ですので、持株数にかかわらず1人でも免除に反対する株主がいれば、完全免除はされません。このように、完全免除は非常にハードルが高いと言えます。
また、株主総会の決議による責任の一部免除という方法もあります。もっとも、監査役設置会社の場合、責任免除の議案の提出に際して、監査役全員の同意が必要になります。そのため、責任免除の議案提出に監査役が1人でも反対したら、議案の提出自体ができないことになります。無事、議案の提出ができたとしても、株主総会の決議は特別決議(*1)が必要とされるため、普通決議よりも要件が厳しく、必ずしも株主総会で承認されるとは限らないことになります。また、一部免除に際しては、退職慰労金の受取や新株予約権の行使がない場合、次の算式で算定される最低責任限度額(*2)を超えて免除することができません。ここで「最低責任限度額」とは、下表<最低責任限度額>の(1)と(2)の合計額をいいます。簡単に言えば、(1)は「会社からもらった年収に所定の年数を乗じた額」、(2)は「ストック・オプションの行使により得た利益」を指しています。
*2 最低責任限度額とは役員の報酬等を基礎に計算されます。例えば退職慰労金や新株予約権の行使がない場合、代表取締役は年間報酬の6年分、一般の取締役は4年分、監査役や社外取締役は2年分が最低責任限度額となります。たとえば、年間報酬が3千万円の代表取締役であれば、6年分の1億8千万が最低責任限度額となり、損害が3億円とすると1億2千万円が免除の上限となります(最低でも1億8千万円は負担しなければなりません)。最低責任限度額は、「自腹」を強制されるという点では、仕組みこそ異なりますが、健康保険や損害保険の自己負担分のようなイメージと言えます。報酬の高い者ほど自己負担分が増えることになります。
(1)役員等がその在職中に会社から職務執行の対価として受け、または受けるべき財産上の利益の1年間当たりの額に相当する額として法務省令(会社法施行規則113条)で定める方法により算定される額 × 所定の年数(代表取締役は年間報酬の6年分、一般の取締役は4年分、監査役や社外取締役は2年分) (2)役員等が会社の新株予約権を引き受けた場合(*)における当該新株予約権に関する財産上の利益に相当する額として法務省令(会社法施行規則114条)で定める方法により算定される額 |
そのため、賠償額が多額にのぼる場合には、たとえその一部が免除されたとしても、役員等は依然として高額の賠償額を背負わされる可能性が残されています。
このほか、取締役会決議で責任の一部免除をできるよう定款の定めを設けることもできます(*1)。株主総会決議による免除よりも、免除される可能性は高いのが一般的と言えます。しかし、株主総会決議による免除の場合と同様、監査役全員の同意が必要になります。また、必ずしも取締役会で責任の免除が決議されるとは限りませんし、全部を免除することできない(*2)ので役員等は依然として高額の賠償額を背負わされる可能性があることから、役員等としては不安が残るところでしょう。
*2 取締役会決議における責任の一部免除の場合も、株主総会決議における責任の一部免除の場合と同様、最低責任限度額については免除できません。
責任免除の種類 | 役員側から見た問題点 |
総株主の同意による損害賠償責任の完全免除 | 株主が1人でも反対したら、完全免除はされない。 |
株主総会の決議による責任の一部免除 | ・監査役不同意のリスク(監査役設置会社の場合、株主総会に責任免除の議案を提出することについて監査役が1人でも同意しない場合、議案が提出されない) ・否決のリスク(株主総会に提出された一部免除の議案が、必ずしも決議されるとは限らない) ・最低責任限度額の負担(一部免除の金額次第では、依然として高額の賠償責任を背負わされる。) |
取締役会の決議による責任の一部免除 | ・そもそも定款に規定がなければできない。 ・監査役不同意のリスク(監査役設置会社の場合、取締役会に責任免除の議案を提出することについて監査役が1人でも同意しない場合、議案が提出されない) ・否決のリスク(取締役会に提出された一部免除の議案が、必ずしも決議されるとは限らない) ・最低責任限度額の負担(一部免除の金額次第では、依然として高額の賠償責任を背負わされる) |
責任限定契約では免除できない責任とは?
ただ、常勤の取締役や監査役ならともかく、おおかた月1~2回の取締役会等に出席するときにしか出社しないような社外取締役や社外監査役にまで、常勤の役員と同様の賠償責任を背負わせるのは酷と言えます。また、その結果、社外取締役や社外監査役の候補者が萎縮してしまい、なり手がいなくなってしまう可能性もあります。
そこで、社外取締役や社外監査役、会計参与、会計監査人(以下、社外取締役等)については、会社との間で所定の契約を事前に締結しておくことで、例外的に、株主全員の同意や株主総会、取締役会による決議を経ることなく、会社に対する賠償額に上限を設ける(=上限額を超えて責任を負うことはない)ことができます(上述の表中のステップ5)。これを「責任限定契約」と言います(会社法427条)。
責任限定契約を締結するためには、「社外取締役等と責任限定契約を締結できる」旨を定款に定める必要があります(*1)。逆に言うと、責任限定契約を締結できるよう定款を変更しておくことで、社外役員の候補者に就任を打診しやすくなります(*2)。
*2 社外役員の選任については「社外取締役を選任したい」を参照してください。
ただし、ここで注意したいのは、上述した損害賠償責任免除や責任限定契約は、会社に対する責任(*1)に限った話であるという点です。第三者に対する責任(*2)については、株主としては免除しようがありませんので、社外取締役等であっても回避するすべのないリスク(後述するD&O保険を除く)と言えます。
*2 役員等と会社以外の第三者(銀行や取引先や消費者など)に生じた損害に対する賠償責任を言います。例えば、放漫経営により債権者が損失を被った銀行などの債権者への責任、粉飾決算により損失を被った投資家への責任、欠陥商品により事故に遭った消費者への責任)を言います。
また、常勤の取締役はそもそも責任限定契約を締結することができません。そこで、責任限定契約の対象外である第三者への責任のみならず、会社への責任についても、(上述した損害賠償責任の免除を受けられない限り)その全額を背負うリスクがあります。
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