不正に利用されがちな「在庫」、その増減には要注意
取締役会で役員が経理担当部長から受ける決算報告には、大きく分けて、経営成績を示す損益計算書やキャッシュ・フロー計算書を中心としたフロー情報と、財産の状況を示す貸借対照表というストック情報の2種類があります。このうち月次の試算表や貸借対照表における比較分析情報(対前期や対前月の増減額や増減率を示したもの)の中で、「在庫」の残高の増加または減少が目につくことはないでしょうか?
もちろん、在庫を担当する取締役(購買担当取締役、営業担当取締役など)であれば、毎月の取締役会の月次報告で在庫状況を報告するのが通常ですので、在庫残高の増減理由は必ず説明できるようにしておかなければなりません。他の取締役や監査役としても、在庫はさまざまなリスクを抱えた資産であるだけに、その増減は押さえておきたいところです(*)。
在庫の増加が、健全な成長による積み上げの結果(*1)や自社の戦略または業績トレンドと整合している(*2)のであれば、問題はありません。また、在庫の減少が、在庫管理手法の工夫による在庫削減努力の成果であれば安心です。
*2 例えば製品の多品種化や高額商品へのシフトが考えられます。
しかし、在庫は昔から粉飾決算の手段によく使われる勘定科目でもあります。もし在庫残高の増減に不自然さが見られた場合や、増減が合理的な理由により説明できない場合には、役員は「不正が行われているのではないか」といった疑いを持つべきです。
では、在庫を使った不正はどのようにして行われるのでしょうか。以下で、在庫を「増やすケース」と「減らすケース」に分けて解説します。
在庫の過大計上による粉飾の手口
在庫は、その保管状態にかかわらず、時の経過とともに劣化や陳腐化してしまうのを避けることができません。そして、劣化や陳腐化した在庫があれば、廉価販売あるいは廃棄を迫られるとともに、会計上は損失の計上が必要になります(詳細は「在庫を適正水準に保ちたい」の「在庫削減で予想される現場の抵抗~そのとき役員がとるべき行動は?」を参照してください)。
こうした局面では会社の業績が低迷していることが多いため、経営者や管理担当者、現場担当者の間では「利益を更に減少させることになる会計処理はしたくない」という思惑が働きがちです。その結果、本来であれば損失処理を行うべきなのに実施しないという経営判断が強行されることがあり得ます。また、廃棄期限が到来した在庫につき、廃棄期限の延長を目的として現場の判断で入庫日が改ざんされる場合もあります。こういった経営判断や改ざんにより、損失計上が先送りされることで粉飾決算になってしまいます。こういった事態を防ぐためには、在庫の入出庫管理をシステム化(*1)するとともに、入出庫に関する内部統制を構築(*2)し在庫水準をモニタリング(*3)する必要があります。また、損失処理に関する規程を整備して、規程に準拠した運用が行われるようにしておくことも必要です。
*2 入出庫の指示を出す部門と現物を預かる部門を分離することで牽制機能を効かせるとともに、出荷指示があっても入出庫の指示を出す部門の上長の承認がなければ現物を預かる部門は入出庫処理をしないといった内部統制が考えられます。
*3 在庫部門の上長が入出庫実績を適時(日次や週次等)にモニタリングすることが考えられます。
在庫を用いて粉飾を行う場合の手口として一般的なものが、期末在庫を過大に計上することで売上原価を小さくするというものです。
売上原価 : 期首在庫に当期の受入を加算して、期末在庫を控除することで計算される。
具体例で見てみましょう。下図のように、期末在庫は本来「5」しか残っていないにもかかわらず、「10」の水増しを行い「15」保有していることにします。これに伴って、売上原価が「105→95」に圧縮され、その差額10だけ利益がかさ上げされるというわけです。
このような粉飾決算を実行するために一番単純な方法は、在庫の帳簿残高を過大計上することです。しかし、それでは実地棚卸による残高と帳簿残高に相違が生じてしまいます。そこで、粉飾に際しては、実地棚卸の数値に手を入れることもあります。
実地棚卸 : 在庫がいくつあるのか、実際に数えること。帳簿上のみで在庫を把握する「帳簿棚卸」とは区別される。
こうした不正を防ぐために、役員としては、実地棚卸が適切に行われるよう実地棚卸の手続の全体に渡って規程や要領を適切に整備し、それを遂行するために十分な人員を確保し、手続通りに実施されていることを検証(*)する内部統制を構築する必要があります。その際、実地棚卸を工場や倉庫などの担当部署だけに任せずに、管理部門の社員にも立ち会わせるようにします。また、カウント結果が改ざんされることなく経営陣に報告されるためには、現場の者にデータを改ざんする時間的余裕を与えないことが重要になります。そこで、棚卸後は“直ちに”実地棚卸の結果を経営陣に報告させるというルールを構築し、その順守を求めるようにしましょう。そして、もし実地棚卸結果報告書の受領が遅れた場合、その原因を徹底的に追及し、再発防止策を講じるべきです。
(実地棚卸前)
・棚卸に関する規程の整備状況の確認
・棚卸実施要領の確認
・棚卸予定表の確認
(実地棚卸中)
・棚卸への立会
(実地棚卸後)
・棚卸実施報告書のレビュー
また、実地棚卸による在庫残高が会計帳簿残と一致していない場合、期末に手入力で会計処理を追加して帳簿残高を実地棚卸による在庫残高に合わせる処理が行われますが、その会計処理の内容に不自然なものがないか、確認する仕組みを構築することも不正への牽制となります。具体的には、取締役は次のような内部統制を構築しておき、内部監査・監査役の監査・監査法人の監査に備えることになります。
・経理担当者は手入力された会計処理の根拠となる数値の計算過程をわかりやすく明示した資料を作成する。
・経理担当者の上長はその資料と棚卸時に現場が作成した資料やシステムから出力されたデータに証跡を残しながら照合したうえで会計処理を承認する。
証跡 : チェックした結果のこと。たとえば、照合するものとされるものの双方に赤ボールペンでチェックマークを入れた場合、そのチェックマークが証跡となる。
在庫の不正は外部の倉庫業者等に預けている在庫を舞台にして行われるときもあります。そこで、外部に預けている在庫は預け先から預り証を入手するとともに、金額的重要性が高いものは在庫担当者以外の者が外部の預け先に出向き現物をカウントすべきです。
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