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【経営上のリスク】取引先に対して債権放棄(債務免除)を行う

 

債権放棄はぎりぎりの選択肢

得意先が経営不振にあえいでいるときに、債権者としては返済の要求を繰り返すだけではらちが明かないケースもあることでしょう。債務者に返済原資がないのであれば、「無い袖は振れない」以上、返済を受けることは不可能です。そのような状況では金融機関に債務者の金融支援をしてもらうことも期待できません。とはいえ、重要な得意先が倒産という事態になってしまうと、自社の売上も落ち込むことになります。そこで、得意先の経営支援の一環として債権放棄(「債務免除」とも言います)という選択肢を選ぶこともやむなしという状況になってしまうことも十分に考えられます(債権放棄以外の選択肢としてどのようなものがあるかについては「取引先が経営危機にあることがわかった」の「債権回収の方法と一部弁済があった場合の取扱い」を参照してください)。しかし、安易な債権放棄は禁物です。安易な債権放棄により会社財産が不当に毀損すれば、取締役は株主や会社債権者から責任を追及されることになります。そこで、取締役は債権放棄を「ぎりぎりの選択肢」と考えるべきです。そして、「安易な債権放棄であった」と事後的に指摘されないよう、取締役は債権放棄の判断に至るまでのチェックポイントを1つひとつ検討してクリアしておく必要があります。そのチェックポイントを順番に見ていきましょう。

まず、会社法では、取締役会設置会社の場合、「重要な財産の処分」の決定には取締役会の決議が必要とされています(会社法362条4項1号)。

債権放棄は、「財産の処分」にあたることから、取引先の債権について債権放棄を行うにあたっては、当該債権放棄が「重要な財産の処分」に該当し取締役会決議が必要となるのではないかを事前に確認しておく必要があります。

会社の行った資産の処分が「重要」な財産の処分に該当するかどうかに関して、判例は、「重要な財産の処分に該当するかどうかは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべき」と述べています(最判平成6年1月20日)。すなわち、何をもって「重要」な財産の処分と考えるかについて、すべての会社に適用される画一的な基準があるわけではなく、裁判所は、会社の規模・事業の性質・当該財産の価額・取引の種類等を踏まえて、個別具体的に判断していくことになります。債権放棄は、会社への反対給付のない“無償行為”(すなわち、見返りがゼロ)なので、売買取引等の“有償行為”(すなわち、見返りが期待できる)と比較して、債権の額が多くなくても、また債権の額の総資産に占める割合が低い場合であっても、「重要」な財産の処分に該当する場合が多くなると言えます。

なお、判例では、会社における従前の取扱いも「重要」な財産の処分への該当性の考慮要素になると位置付けられており、取締役会決議により取締役会付議基準を明確化しておけば、その基準が尊重される可能性が高い(その基準に従って行動する限り違法であると言われにくい)と考えられています(もちろん、その基準自体が妥当でないと判断される余地は残されています)。このため、実務的には、取締役会で定めた取締役会規則等における基準を踏まえて「重要」な財産の処分に該当するかどうかを判断することになります。債権放棄が「重要」かどうかの判断基準を「総資産の0.1%に相当する額程度」以下に設定している会社が多いと言われています。

取締役会決議が必要な「重要な財産の処分」に該当するにもかかわらず、取締役会の議決を経ないで財産の処分が行われた場合の当該財産処分の効力について、判例では、原則として有効であるものの、相手方が決議を経ていないことを知っていた場合または知ることができた場合には無効になると判断しています(最判昭和40年9月22日)。そして、取締役会の議決を経ないで「重要な財産の処分」を行った取締役は、会社および第三者に対して損害賠償責任を負う可能性があります(会社法423条、429条)。

債権放棄の取締役会決議に参加する取締役が注意すべき点

上で述べたように債権放棄が「重要な財産の処分」に該当する場合には、取締役会決議を経ることが必要になります。取締役は決議にあたって、その債権放棄が取締役の善管注意義務に違反することにならないかを慎重に判断しなければなりません。この点は、「重要な財産の処分」に該当しない場合において、代表取締役が取引先に対する債権放棄の判断を行う場合も同様です。

債権放棄を行うかどうかは、その取引先の倒産から被る損害と債権放棄を行うことによる損失等を比較衡量の上で判断することになりますが、そうした判断はすぐれて“経営的”な判断となります。したがって、そうした判断が取締役の善管注意義務に違反するかどうかについては、いわゆる「経営判断の原則」が適用されることになり、裁判で問題になった場合、一般的には次の2点から審査が行われることになります。

(1)当時の状況に照らして、経営判断の前提となった事実認識の過程(情報収集とその分析・検討)に不注意な誤りがなかったかどうか
(2)その事実に基づく意思決定の過程および内容において著しく不合理なところはなかったかどうか

なお、こうした判断を行う際の「不注意な誤り」や「著しい不合理」の有無は、企業経営者一般ではなく、当該会社および取締役が属する業界における通常の取締役として期待される注意の程度を基準に判断されることになります。

この点、債権放棄は上記のとおり会社に反対給付のない無償行為であり、ましてや取引先は、子会社や関連会社と異なり資本関係があるわけではありませんので、情報収集した事実関係(債務者の財政状態や債務返済の可能性)を慎重に分析・検討した上で、当該取引先に対する債権放棄を行うことにより当該取引先の倒産を防止することや清算を支援することが、かえって自社の利益になるということ等を慎重に判断することが必要になります。場合によっては、取締役の負うリスクを限定するために弁護士や公認会計士等の専門家の意見を得ておくことも必要です。さらに、情報収集・分析・検討・判断を適切に行ったことを裏付ける証跡(エビデンス)を確実に保管しておくことも重要です。例えば、債権回収の交渉過程はすべて記録しておき、債権放棄に先立ち、営業部門や経理部門等の担当部署が債権放棄の稟議書を起案し、取引先の財務諸表等を添付して、組織的に判断・承認するようにします。取締役会の決議が必要なケースでは取締役会の議事録に発言内容を留めるようにします。

債権放棄をすることが確定したら、取引先に「債務を免除する」旨の文書を提出します。この文書は必ずしも公正証書等の公証力のある書面による必要はありませんが、内部統制の観点から書面を交付した事実を社内的に記録に残すために、「債務者から受領書を受け取るか、内容証明郵便等により交付することが望ましい」とされています(後述の「「放棄して終わり」ではない、債権放棄の後始末」を参照してください)。

特別背任罪にも注意!

一方、債権放棄という経営判断を行ったことが事後的に問題視され、裁判で取締役の善管注意義務に違反していたと判断されてしまうと、取締役は当該善管注意義務違反の経営判断により会社に生じた損害を賠償すべき責任(民事上の責任)を負わされてしまいます(会社法423条)。さらに、当該取締役の善管注意義務違反行為により会社に生じた損害額が大きい場合や善管注意義務違反行為の態様が悪質である場合等には、当該取締役に特別背任罪が成立し、・・・

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「放棄して終わり」ではない、債権放棄の後始末

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