自社の不祥事に等しい子会社での不祥事
会社の内部統制は、どんなに高いレベルのものを構築したつもりでも、実際には整備が十分でなかったり、たとえ十分に整備されていたとしても担当者の交替時に引継ぎが不十分であったため後任者の運用が適切でなかったりして、綻びが生じてしまうものです。その隙をついて、従業員の不祥事は起きてしまいます。そこで、内部統制がある程度確立された親会社と異なり、内部統制が脆弱な子会社の方が不祥事は発生しやすいと言えます。
一方、従業員不正と異なり、経営者不正は内部統制を超えたところで発生します。経営者不正を防ぐ歯止めとなるのは、会社のガバナンスそのものです。ガバナンスがしっかりとした会社では経営者不正は起きにくいものです。そのような観点からは、経営者不正の発生する可能性は親会社よりも子会社の方が高いと言えます。なぜなら、子会社は親会社と異なり社外役員がゼロのケースが多く、また、親会社のボードメンバーと子会社のボードメンバーとでは投資家の視線に直接さらされるのかあるいは間接的なものに留まるのかの違いがあることから、ガバナンスへの取り組み方にも差が生じがちだからです。
このように、従業員の不祥事や経営者不正が発生する可能性は親会社よりも子会社の方が高いと言え、実際に、上場会社が公表した不祥事のうち、その子会社が舞台になったところは少なくありません。
上場会社の子会社で不祥事が起きた場合、親会社としては「自社の不祥事ではない」として他人事と決め込むことはできません。株価には企業グループとしての価値が反映されており、子会社の不祥事により企業グループの価値は毀損し、株価は下落します。投資家は「他の子会社は大丈夫か」と疑心暗鬼になります。取引先も企業グループ内で起きた不祥事として親会社の対応を注視することでしょう。ここで対応を誤れば、信用が失墜し取引先の離反も起きかねません。そして、親会社の担当取締役は、第三者委員会の検証により子会社管理に不行き届きがあったと認定されれば、降格や減俸等の処分を受ける可能性があります。監査役も同様に子会社監査が十分であったかどうか、検証の対象になります。また、過去の会計不正であれば、連結財務諸表の遡及訂正が必要になり、経理担当取締役にも厳しい視線が注がれます。以上を考慮すると、子会社で不祥事があれば、親会社の取締役や監査役は、親会社で不祥事が起きた場合に等しい対応を求められると言えます。
それでは、子会社で不祥事が発覚した場合に、親会社の取締役は何をすべきでしょうか。一口に不祥事と言っても、横領・背任といった財産犯、脱税や租税回避行為(形式的には税法に違反しないようにしながら、不当に税負担を回避する行為)、贈賄やカルテル・談合等の不正行為、セクハラ・パワハラ等の各種ハラスメント行為や残業代不払い等の労働問題、粉飾決算等様々です。いずれにしても、まずは事実関係を正確に把握するための調査が必要になります。その際、子会社に調査を委ねてしまうと子会社の経営陣が保身のため問題の矮小化を目論んで調査がおざなりなものとなる恐れもあります(自浄作用の限界)。また、子会社の場合、調査にあたるための人的リソースやノウハウが不足しており、調査がスピードを欠いてしまう恐れや十分な調査を実行できない可能性もあります(調査能力の限界)。そのため、子会社の不祥事の処理は当該子会社に任せきりにするのではなく、親会社の取締役や監査役が調査を主導する必要があります。
それと同時に、親会社の取締役としては、調査の過程で把握した内容を外部に対して、いつ、どのように開示するのかについて判断する必要があります。外部への開示として第一に検討しなければならないのが、証券取引所における適時開示です。事実関係がはっきりしないまま開示を行ってしまうと、必要以上に世間や株式市場の不安をあおり、株価の下落等、企業価値を損なうリスクがあります。一方で、事実関係の把握に時間がかかり、あまりにも開示が遅れると、今度はそれ自体が批判の対象となってしまいます。いずれの事態も避けるためには、取引所と連絡を密にして段階的な開示、すなわち、事実の発生が判明した時点での概要と今後の対応に関する開示、第三者委員会を設置する場合にはその概要と調査のスケジュール、第三者委員会の調査報告書の受領後には調査結果と再発防止策や業績予想の修正の開示といった具合に、投資家に対して事実の判明に応じた段階的な情報開示を行う必要があります。さらに、不祥事の内容によっては、行政・司法当局へ通報(海外子会社の場合、現地当局への通報)しなければなりません。
また、会社法や金融商品取引法に基づく開示も必須となります。この点については、後述の「適時開示にとどまらない子会社不祥事の開示」で詳しく解説します。
こういった情報開示を進める一方で、親会社は子会社の株主という立場から、(1)子会社に対し不祥事を犯した者の解雇指示、(2)不祥事を犯した者への法的責任の追及(子会社の行う損害賠償請求の訴訟を親会社として支援、株主代表訴訟の提起)、(3)管理責任者・役員の減俸・降格の指示等といった責任追及を行います。
初動の対応が調査のカギを握る
不祥事を起こしたのが子会社であっても、原因を究明し、問題となる事実関係を把握、公表のうえ、再発防止策を策定・運用し、信頼の回復に努めるといった不祥事への対応策は、親会社で不祥事が発生したときと基本的に変わるところはありません。不祥事の発覚からその後の対応までをまとめると、次のとおりです。
1 発覚
2 初動
3 実態調査(事実認定)
4 事実の評価、原因分析
5 責任の追及、再発防止策の策定・運用
6 報告書の作成
7 ステークホルダー対応
では、具体的に見ていきましょう。
1 発覚
不祥事は、被害者や不祥事を行っている者の同僚・部下や取引先といった関係者からの通報で発覚するケースが少なくありません。最近では、「通報しても握りつぶされるのではないか」という懸念を通報者が抱かないよう、内部通報の窓口を外部の法律事務所に設ける上場会社も増えており、内部通報制度の利用の増加が予想されます。その他、親会社が実施する関係会社監査、子会社の監査役監査による監査、監査法人の会計監査、マスコミの調査報道、税務調査などをきっかけとして不祥事が発覚する場合もあります。
2 初動
不祥事が発覚した場合に備えて、親会社および子会社のリスク管理規程等に初動を担う機関を定めておきます。例えば、初動を担うのは親会社のリスク管理委員会であると定めた場合、情報不足による判断ミスを防ぐために親会社のリスク管理委員会の事務局に不祥事に関するすべての情報が集約される仕組みを構築しなければなりません。また、事務局は後日の行政機関による捜査や訴訟、ディスクロージャーに備えて、打ち合わせやインタビュー時には必ず記録を取るようにします。事務局は、集めた情報を親会社の取締役会・監査役会および子会社の取締役会・監査役会と共有することで、マネジメント層の情報不足による判断ミスを防ぐようにします。また、会計不正であれば監査法人に情報提供し、会計監査と連携を図らなければなりません。さらに、上場会社であれば証券取引所に相談をして、リリース内容やリリース時期を詰めていきます。
初動 : 本格的な実態調査の前の、調査初期における行動のこと
事務局は、そうして集められた情報をもとに、不祥事発覚時の初動として、次の3つを実施します。
(1)調査計画の立案
(2)調査体制の構築
(3)調査スケジュールの決定
(4)証拠の保全
(1) 調査計画の立案
まず、事務局は実行された不祥事の手口を想定し、調査範囲を仮決めします。この仮決めは非常に難しく、調査を行った結果、当初想定していたよりも調査範囲を広げて調査せざるをえなくなる場合もあります。ただ、範囲を広げれば調査に時間がかかりますし、狭くすれば実態が解明できないため、慎重に調査範囲を決定します。
例えば子会社の営業所の1つで不正が起こったとします。不正の手口は伝票が手書きであることを利用したものであり、その営業所以外の営業所ではすでにシステムが導入され手書き伝票は廃止されていたとすると、他の営業所で同様の不正が起こる可能性は低いため、調査範囲を不正が発覚した営業所に限定できます。一方、不正の手口が、取引先を巻き込んだものであり、当該取引先は全国の営業所と取引があり、同様の不正が他の営業所でも行われている可能性が高いのであれば、調査範囲を子会社の全営業所に広げます。また、親会社や他の子会社でも同様の不正が起こる可能性が高いのであれば、調査範囲をさらに広げます。
(2)調査体制の構築
事務局は調査範囲を仮決めした後、その調査を遂行するための人的リソースを見積り、調査委員会のメンバーを人選します。調査委員会には、不祥事の内容や規模に応じて、子会社の監査役や親会社の監査役、親会社の内部監査室などの社内(および親会社)のメンバーによって調査する社内調査委員会と、より信頼性・客観性・独立性を担保するために親会社や子会社と利害関係のない専門家・有識者による第三者委員会の2つがあります。社内調査委員会と第三者委員会の両方が設置されるケースもあります。その場合は、両委員会がまったく別々に調査すると効率が落ちるため、スケジュールをすり合わせて関係者へのインタビューを同時に行ったり、情報共有のための会議を設けたり、社内調査委員会の調査結果を第三者委員会が援用したりします。
社内調査委員や第三者委員の人選は、調査対象からの独立性と調査内容への知識や経験を判断して行います。とくに調査対象からの独立性は調査結果の信頼性に直結するため、人選に際してもっとも留意しなければならない事項と言えます。また、「実態調査(事実認定)」で後述するように、表面的な問題点にとらわれずに多角的に検討することが必要になります。そのために重要となるのが、調査委員のダイバーシティ(多様性)です。社内・社外、男女(*)、法律の専門家と会計の専門家等の多様性を持たせることで、論点の見落としの防止が可能になります。
また、調査が広範囲に渡ることから調査に従事するスタッフが大勢必要になったり、デジタル・フォレンジックのような専門知識が求められたりする場合、親会社や子会社の“社内人材”だけでは調査を遂行できないため、コンサルティング会社の活用が不可避になります。“社内人材”や外部のコンサルティング会社に対しては、「利害関係がないこと」や「情報を漏えいしないこと」を誓約する書面の提出を要請すべきです。特に情報漏えいの防止には、気を払う必要があります。不祥事の内容によってはインサイダー情報に該当するため、未公表の調査内容や調査結果が一部でも外部に漏れるとインサイダー取引という別の不祥事が発生しかねないからです。
(3)調査スケジュールの決定
調査委員会の調査には期限を設けます。証券取引所におけるリリースが必要となるような不祥事であれば、調査期限について証券取引所と相談します。会計不祥事であれば調査結果が四半期決算や年度決算にも影響するため、決算スケジュールとも連動させなければなりません。また、会計不祥事の場合は四半期報告書や有価証券報告書に調査結果を反映させる必要がありますが、調査結果を待っていては四半期報告書や有価証券報告書の提出期限までに提出できる見込みがない場合は、財務(支)局に対して提出期限の延長申請を行っておきます。
調査期限は不祥事の内容や調査の範囲により様々ですが、概ね1か月、長くても2か月程度が1つの目安になります。
調査スケジュールのポイントは、不祥事関与者へのインタビューの時期をいつにするのかです。証拠を保全(後述)する前にインタビューをしてしまうと証拠を隠滅されるリスクがありますし、インタビュー時の質問の仕方によっては、相手に調査側の手の内を明かす結果になりかねません。一方、インタビューの時期が遅れてしまうと記憶があいまいになるとともに、不祥事関与者が退職したり、失踪したりしてしまう事態も考えられます。
同時に、金融業等規制業界の場合、当局への相談・報告の時期についてもスケジュールに織り込む必要があります。独占禁止法違反の場合は、課徴金減免制度(リニエンシー)の利用を考慮し公正取引委員会へ報告する時期も考慮しなければなりません。
(4)証拠の保全
不祥事の調査は、不祥事の内容を明らかにするとともに関与者を特定するために行うものです。後日に不祥事の内容や関与の有無を巡り争いになる可能性が高いため、証拠を保全しておく必要があります。
証拠は不祥事の内容によって異なります。例えば、請求書や領収書等の紙の書類、業務用PCのハードディスク内のデータ、電子メールなど様々です。不祥事の内容次第で、サーバー上の取引記録・会計記録、サーバーへのアクセスログといったデータも確保しなければなりません。なお、電子データの場合、改変が容易であることから、裁判等では証拠能力が問われかねません。それに備えて、確保した時点のデータとの同一性を維持するためのデジタル・フォレンジックという手法を利用して、膨大な電子データを漏れなく、かつ証拠能力を失わないように確保しなければなりません。
その際のポイントは、不祥事関与者に知られずに、書類やデータを保全すべきという点です。不祥事関与者に調査の事実が伝われば証拠を隠滅されるおそれがありますし、また、口裏合わせや逃走の恐れもあります。そのような事態により、事実の解明が困難になった事例も少なくありません。したがって、証拠の迅速な確保は、初動において極めて重要となります。
表面的な問題の裏に別の問題が潜む場合も
3 実態調査(事実認定)
実態調査では、初動において確保した証拠の分析や関係者へのインタビューなどにより不祥事に関与した者を特定し、その具体的な手口を解明します。調査をスムーズに進めるために、関係者はインタビューや資料提出に協力するよう事前に子会社内で周知して・・・
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