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【人事・労務】退職金を廃止・減額したい

 

廃止の対象となる退職金は?

近年、上場企業の間では、役員退職慰労金を廃止し、代わりに業績との関連が明確なインセンティブ報酬を導入するのがトレンドになっています(役員退職慰労金の廃止方法などについては、「役員退職慰労金を廃止したい」を参照してください)。役員退職金を廃止または廃止を検討している上場企業は7割にも及ぶというアンケート結果もあります。

では、同様に従業員の退職金を廃止または減額することは可能でしょうか?

まず、従業員の退職金(以下、「退職金」という場合、特に断らない限りは従業員の退職金を指す)を廃止または減額することの意味について考えてみましょう。

退職金には以下の4つの性格があると言われています。

(1)企業への功労や勤続に対する報奨
(2)賃金の後払い
(3)老後や失業期間中の生活保障
(4)労働意欲の向上や長期勤続を促すための仕掛け

役員退職慰労金と比較すると、従業員の退職金は(3)の性格が特に強いと言えます。したがって、従業員の退職金を廃止または減額すれば、従業員の失業期間中の生活や人生設計に大きな影響を与えるということを役員はまず認識しておかなければなりません。

また、一口に「退職金」といってもいくつかの種類がありますので、「退職金を廃止または減額する」という場合、そのうちどれを指しているのか理解しておく必要があります。

退職金は大きく分けて「退職一時金」と「企業年金」があり、さらに、企業年金は「確定給付型」と「確定拠出型」の2タイプに分けられます。

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このうち退職一時金とは、退職時に企業が一括して退職者へ支給する一時金のことです。退職一時金は、その全額を社内積立金(内部留保)から支給するので、支給時には支給額に見合うキャッシュを社内に確保しておかなければなりません。

一方、企業年金とは、国民年金や厚生年金などの「公的年金」とは別に、企業が支給する私的な年金のことです。企業年金制度を持っている企業の従業員の場合、将来受給することのできる年金は“3階建て“となります。1階が国民年金、2階が厚生年金(ここまでが公的年金)、そして3階部分が企業年金です。

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企業年金のうち、将来の支給額が確定しているタイプのものが「確定給付型」(確定給付企業年金)で、DB(defined benefit)とも言われます。確定給付企業年金は「外部積立型」の年金で、企業が外部の基金等に掛金を積み立てて運用を委託し、従業員への給付原資を確保しています。運用利回りが想定利回りを下回るなど運用が上手くいかなかったことなどにより、外部積立額が給付金額よりも不足した場合、不足額を企業が負担しなければなりません。

一方、「確定拠出型」(確定拠出年金)は米国の年金制度を参考にしたもので、日本版401K、DC(defined contribution)などと言われます。「外部積立型」の年金である点では確定給付型と同じですが、大きな違いは、従業員への支給額が確定しておらず、運用方法は各従業員の判断に委ねられており、たとえ運用利回りが想定利回りを下回っても、企業に補填義務がないということです。

「退職金を廃止または減額する」といった場合、その対象となるのは「退職一時金」「確定給付企業年金」であり、確定拠出年金はその受け皿としての役割を果たしています(確定拠出年金を含め退職金制度そのものを完全に廃止する場合は除きます)。以下で詳しく見ていきましょう。

会計基準改正の影響は予想より小規模に

2013年の厚生労働省の調査によると、国内企業の退職金制度の導入割合は、全企業では75.5%、従業員数1,000名以上の企業では93.6%、300~999人の会社では89.4%、100~299人の会社では82%となっています。導入割合を時系列でみてみると、1989年89%、93年92%、97年89%、2003年86%、08年の85%、そして13年は75.5%と、減少傾向にあるとはいえ、多くの企業(特に規模の大きい企業)が何らかの退職金制度を持っています。

こうした中、企業が退職金の廃止や減額を検討するきっかけとなったのが、98年の会計基準の変更です。具体的には、確定給付企業年金における外部積立額が支給額より少ない場合、企業はその差額である「積立不足額」の補填義務を負うとともに、将来発生する退職金の企業負担分を「退職給付引当金」として貸借対照表に計上しなければならないというものです。

積立不足額の計上を“段階的”に行ってもよいとする経過措置(15年以内の年数で按分して計上可とするもの)は手当てされたものの、この会計ルールの変更が企業に与えたインパクトは非常に大きく、当時は、退職金制度を見直す企業が続出するのではないかと言われました。しかし、上記データのとおり、制度自体を廃止するところは少数で、大半の企業は引き続き、何らかの退職金制度を持っています。

企業の背中を押した財務内容の悪化と資金繰りリスク

ただ、なかには退職金の廃止に踏み切る企業があるほか、廃止にまでは至らないまでも減額した企業もみられます。

退職金を廃止あるいは減額する大きな理由としては、まず上述した会計基準に起因する多額の退職給付引当金計上による財務内容の悪化があります。

また、この退職給付引当金の繰入額は、会計上は費用扱いとなりますが、法人税の計算上は実際に支給する時までは損金に計上できないため(退職金を支給した期に全額を損金計上)、節税効果が一切ないという点も、企業が退職金制度の維持にネガティブになる理由の1つと言えるでしょう。

もっとも、退職給付引当金の対象となるのは「退職一時金」と「確定給付企業年金」であり、具体的には、退職一時金では退職時における支給額の全額、確定給付企業年金では積立不足額を引当金に計上することが求められます。一方、「確定拠出年金」における企業の負担は毎期の掛金のみであり、積立不足の補填義務はないため、引当金計上の対象にはなりません。

なお、未上場であっても、退職金制度を持っている企業は少なくありませんが、その大半が退職給付引当金を計上していないと思われます。そのような企業が上場を目指すことになった際に、多額の退職給付引当金の計上が必要であることが判明して上場の障害になることがありますので要注意です。

退職金を廃止あるいは減額するもう1つの大きな理由は、退職金支給時点における資金繰りリスクです。上場企業における定年退職時の1人当たりの退職一時金の平均額はおよそ2,000万円とも言われています。内部留保から支給する場合、企業はその分のキャッシュを社内に確保しておく必要があります。多数の従業員が同時期に退職するような場合、資金繰りにも大きな影響が出ます。たとえ現時点では業績が良くても、将来的に退職金の原資となるキャッシュを確保できるかどうかは不明確であり、経営上のリスク要因となり得ます。

退職金規程変更の効力を否定した判例も

退職金は、就業規則(退職金規程等)でその支給条件等が定められている場合、労働基準法11条の「賃金」に該当する極めて重要な「労働条件」の1つです。したがって、退職金の廃止・減額は「労働条件の変更(不利益変更)」になります。

労働条件の不利益変更は無条件に認められるものではなく、企業経営上必要不可欠であるという「合理的理由」と、変更した場合に従業員が受ける不利益を変更の必要性が上回るという「高度の必要性」が求められます。具体的には、(1)企業側における変更の必要性の内容と程度、(2)従業員の受ける不利益の程度、(3)変更後の就業規則の内容の相当性、(4)代替措置などその他関連する他の労働条件の改善状況、(5)労働組合等との交渉の状況――などを総合的に勘案したうえで、不利益変更の合理性を判断することになります(詳細は後述)。また、変更後の退職金規程を従業員にきちんと周知していることも求められます。

これらの条件を満たせば、たとえ従業員個人が反対したとしても就業規則の不利益変更が認められる可能性は高くなりますが、変更の合理性についての立証責任は企業が負うなど、そのハードルは決して低くありません。

実際、過去には、退職金規程の不利益変更の効力が否定された判例が下記のとおり少なからず存在します。・・・

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「不利益変更」に該当しない退職金の廃止・減額の方法とは?

では、退職金を廃止あるいは減額する場合、どのような方法をとればよいのでしょうか。

これまで述べてきたとおり、単に退職金を廃止もしくは減額すれば労働条件の不利益変更に該当してしまうため、他の給与等への「振替え」という形をとるのがより現実的です。具体的には以下の2つの方法が考えられます。・・・

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退職金の変更は「人事戦略」見直しの一環

退職金の変更は、コスト面から検討されることが多いと思いますが、実は退職金を変更するということは、企業側が意図するかしないかを問わず、「人事戦略」の見直しにつながります。

例えば、退職一時金を廃止してこれを給与に上乗せ(前払い退職金)すれば、・・・

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