概要
総合建設コンサルタント業を営む建設技術研究所(東証第1部)の従業員が、架空発注により不正に自らが実質的に経営する会社に128百万円の資金を還流させ、部下の給与補填等に充当していた。
経緯
建設技術研究所が2021年8月12日に公表した「東京本社内技術部における不正外注に関する調査報告書」(以下、本調査報告書)によると、一連の経緯は次のとおり。
2015年
12月:建設技術研究所の従業員Xはアルバイトの時給や派遣料が労働に見合ったものではないと感じており、このままでは不満をもった派遣社員とアルバイトが退職してしまうことを危惧していた。そこで、Xは、部下の契約社員、アルバイトの時給や派遣料の引き上げを目的として、D社への迂回発注(建設技術研究所からD社を迂回して資金を還流して、契約社員やアルバイトの給与を補填)を開始した。
2016年
4月:Xは、部下の契約社員、アルバイトの時給や派遣料の引き上げを目的として、新たな派遣会社A社を設立した(自身の父親を代表取締役に就任させた。なお、A社は実際には派遣業の許可を取ることができなかった)。
2017年
7月:東京本社総務部長が技術部に常駐外注禁止を指示した。これにより、12月までにA社所属の派遣社員やアルバイトが建設技術研究所に転籍することとなった。
2019年
7月:Xが、B社およびC社への迂回発注(建設技術研究所からB社、C社を迂回してA社に発注)を始めた。
2021年
1月29日:建設技術研究所の東京本社内の技術部の部長がガバナンス統括本部コンプライアンス室長に、技術部の社員Xには他の従業員から多額の金銭の借入があること、不適切な外注がなされた疑いがあることなどについて相談があった。
2月18日:建設技術研究所はXの不正外注を調査するため社内調査委員会を設置した。
5月14日:建設技術研究所の臨時取締役会において、社内調査委員会により判明した技術部における不正外注の概要が報告され、内容の重要性に鑑みて、外部の弁護士(内部通報窓口の社外窓口を依頼している弁護士)を加えた特別調査委員会を設置し、調査にあたることが決議された。
8月12日:建設技術研究所は「東京本社内技術部における不正外注に関する調査報告書」を公表した。
内容・原因・改善策
建設技術研究所が2021年8月12日に公表した「東京本社内技術部における不正外注に関する調査報告書」によると、特別調査委員会の調査により判明した事実ならびに原因および当該不正を受けて策定した改善策は次のとおりとされている。
部下の給与補填のための不正発注
| 内容 |
技術部の社員Xは人材派遣を目的とする会社A社を設立し、A社に不正発注をすることで得た資金を使い、部下の給与を補填していた。 |
| 原因 |
部下の給与の底上げ
Xは部下の契約社員、アルバイトの時給や派遣料が労働に見合ったものではないように感じており、このままでは不満をもった派遣社員とアルバイトとが退職してしまうと考えていた。Xは、かつて派遣会社E社から建設技術研究所に派遣されていたことがあったが、E社の管理費控除が多額であったことから、派遣社員の給与を増やすには派遣会社の管理費控除を少なくすればよいことを自身で経験していた。そこで、Xは、派遣社員やアルバイトが退職しないようにするため、管理費控除が少ない新たな派遣会社(A社)を自ら設立することにした。すなわち、A社に派遣社員とアルバイトを所属させ建設技術研究所に派遣するようにして、結果としてその者たちの給与のアップを実現させることにした。ところが、2017年7月に建設技術研究所の東京本社総務部長が技術部に常駐外注禁止を指示したことから、同年12月までにA社所属の派遣社員やアルバイトが建設技術研究所に転籍することとなる。その結果、アルバイトは時給が下がることになった。そこで、Xはアルバイトの退職を回避するためにA社時代の給与との差額を補填する必要が生じた。その補填費用を捻出するためにXは建設技術研究所の従業員から借り入れをするとともに技術部長および技術部次長了承のもと建設技術研究所からA社への不正な外注取引を始めた。A社への発注が認められなくなったあとは、B社、C社、D社の3社に一旦発注し、各社40%の管理費を控除後にA社に再発注する方法を採用した(迂回発注)。
技術部の外注手続き担当者、技術部長および技術部次長の了承
技術部の外注手続き担当者、技術部長および技術部次長はXがアルバイトの補填費用を捻出するためにA社、B社、C社、D社へ不正な発注をすることについて了承していた。その理由として社内の生産量の限界を大きく超える受注があったため外注先の利用自体奨励されていたことに加え、技術部長および技術部次長としては、主担当のXが少しでも働きやすい環境を整えたいとの思いがあったことから、Xの要請に基づき技術部の外注手続き担当者が外注棄議書をあげれば作業内容を精査することなく承認していた。
金額の分割
外注手続き担当者は外注棄議書が東京本社幹部に回議されない金額未満(税抜3百万円未満)になるように分割して作成していた。そのため、外注棄議書が東京本社幹部の目に留まることはなかった。建設技術研究所の外注事務取扱要領では同一案件の分割は禁止されているものの、業務番号を分けるなど、巧妙に偽装していた。
ファクタリング利用による資金繰りの困窮
XはA社の資金繰りのためにファクタリング業者による建設技術研究所(あるいはB社、C社、D社)への債権を買い取ってもらっており、20~30%程度の手数料を控除されることから20百万円を上回る金額が手数料としてなくなっていった。B社、C社、D社がそれぞれ手数料を取ったことから、ますますA社の資金繰りは困窮していき、その穴埋めのためにXは同僚から借金を繰り返すこととなり、総額数千万円にのぼった。
技術部の人員の固定化
技術部は部員の異動が少なく、部次長を含め本件関係者全員が固定化されていた。さらに、外注手続きも含め担当者に任せきりになっていた。その結果、技術部内でのチェック機能が働かなくなっていた。
技術部の人員不足の放置
事業所長である東京本社長と東京本社次長は、技術部幹部が業務生産体制を整えるためには人員補充が不可欠である旨をクレーム報告書で表明していたにもかかわらず、これを実施しなかった。その結果、技術部は慢性的に人員不足となり、技術部の部次長は業務を完了させるために目の前の生産だけを優先するあまり、結果的に定められた外注手続きを怠ることに結びついた。
親族が代表者である企業との新規取引開始の承認の甘さ
事業所総務部は、A社を外注登録する際にXの親族(父親)が代表者であることを知っていたが、建設技術研究所の外注事務取扱要領では親族企業を登録できないルールにはなっていないため、東京本社総務部長から「注意するように」との注意喚起があっただけですんなりと登録が承認された。その後も、特に厳格な評価はされることはなく、更新が申請されたら登録継続が承認されていた。
常駐外注禁止後の総務部と技術部のコミュニケーション不足
2017年7月に東京本社総務部長が偽装請負として労働関係法令等に抵触する可能性が高いことを理由に「常駐外注」(外注先の者が社内に常駐すること)の禁止を技術部に指示したことで、A社に所属していたアルバイトは建設技術研究所に転籍せざるを得なくなり、その結果アルバイトの時給は新規に入社する業務経験がないアルバイトと同じ程度になってしまった。総務部は、単純に常駐外注からアルバイトの雇用に契約内容を変えただけで、アルバイトの賃金が常駐外注時の給与を下回る賃金となってしまったことを考慮することはなかった。技術部も、常駐外注禁止に伴うアルバイトの賃金下落に関して総務部に相談したことはなかった。
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| 再発防止策 |
外注を含む業務システムの改善
・外注登録および更新手続きの厳格化
・外注稟議決裁の厳格化(外注稟議時に外注先の既発注額の累計額を表示させ、分割発注の関係を把握できるようにする)
・外注成果の検査・検収の明確化
・外注事務担当の研修の実施
・人事ローテーションの実施
業務執行体制に関する改善
・目標を大幅に超える受注の抑止と体制に見合った受注管理の徹底
・ルール変更による影響(リスクの発生)の予測と総務部と技術部とのコミュニケーション改善
その他
・従業員間の金銭貸借および保証人になることの禁止
・コンプライアンス意識向上策の推進 |
<この失敗から学ぶべきこと>
Xは、A社の資金繰りが悪化したため、技術部内の正社員、契約社員、アルバイトの多くの者から「A社の経営難」または 「元A社従業員で現アルバイトヘの給与差額補填」を理由として数千万円の金銭を借り入れていました。Xの同僚からの借金は返済のめどが立っていません。Xの不正はもともとは派遣社員やアルバイトの給与水準の向上を目的とするものでしたが、128百万円の会社資金に加えて、技術部門内の他の多くの従業員の個人的な資産(合計で数千万円。正確な額は不明)を溶かすことになってしまったのは皮肉な結果と言えます。派遣社員やアルバイトに辞められて困るのであれば、蔭で給与補填を試みるのではなく、まっとうに派遣料や時給の水準の引き上げを社内で検討すべきでした。
総務部は、「常駐外注」(外注先の者が社内に常駐すること)が労働関係法令等に抵触(偽装請負)する可能性が高いことを理由に、「常駐外注」の禁止を技術部に指示しました。そのこと自体はなんら間違いではないのですが、そのことによりアルバイトの時給がどのようになるのかについての配慮が欠けていました。ルールを変更した場合、そのことにより別のリスクが発生する可能性については、目配りを怠らないようにしたいものです。
より厳格な承認手続きを回避するために稟議書の金額基準を意識しながら分割発注するという手口の不正は、どの会社でも起こりうる不正と言えます。上場会社の取締役としては、本調査報告書が再発防止策として掲げる「稟議書に既発注額の累計額を表示させる」などの工夫につきぜひとも取り組みたいところです。