「在庫の圧縮」はもはや会社経営の常識に
近年、会社経営においては「在庫の圧縮」が声高に叫ばれています。これはなぜでしょうか?
その前に、ここでいう「在庫」について整理しておきましょう。「在庫」は会社にとっての資産であり、貸借対照表の資産の部に計上されます。貸借対照表に計上された「在庫」は「単価 × 数量」により計算されていますので、一口に「在庫が増える」と言っても、その要因は「在庫数量の増加」と「購入単価の上昇」の2つに分けて考えることができます。このうち後者の「購入単価の上昇」については、先物取引、長期購入の契約締結、為替予約の締結(海外からの仕入れの場合)といった手法の活用で、ある程度は防ぐことができますが、仕入先の事情やマクロ経済の影響(例えば物価の上昇)など自社ではコントロールできない要因による影響も少なくありません。そこで、「在庫数量の増加」を抑える、すなわち「在庫の圧縮」「適正在庫」を実現するためには、「数量」のコントロールがより重要になります。
在庫が多いということは、それだけ経営上のリスクが増すことを意味します。すなわち、在庫の相場が下落すれば含み損失が発生し、想定外の安値で在庫を処分せざるを得ないというリスクを負うことになります。また、在庫が多いと陳腐化したときの評価損も多額になってしまいます。さらに、在庫は現物資産であるため、事故や盗難リスク、火災・地震等の被災リスクとそれによる保険料の上昇、さらに外貨建購入の場合、買掛金の為替リスクの問題もあります。
在庫が増加すれば、資金繰りへの悪影響も懸念されます。在庫が増えるということは、それを購入する為の資金が必要になるため、手許資金の減少要因となるからです。例えば、在庫が3億円あるとします。これは、3億円の資金が形を変えて倉庫に眠っていることを意味します。また、その資金が手持ちで足りない場合は、通常は銀行借入れでまかなう必要があり、その結果、支払利息が追加で発生してしまいます。資金余力がない企業では、在庫水準が資金繰りに大きな影響を与えてしまいます。
さらに、在庫は保管スペースを必要とするので、営業倉庫を借りる場合は倉庫の賃借料が発生します。一方、その在庫を自社の工場内や店舗内に保管する場合は、倉庫の賃借料の支払いは発生しません。しかし、本来その場所は生産や販売が可能なスペースでした。それにもかかわらず、付加価値を生む見込みのない在庫の保管場所として使用することで、「管理会計」上は機会損失という目に見えないコストが発生していることになります。
機会損失 : 収益を上げるチャンスを逃してしまった場合における、獲得できなかった利益のこと。ここでは、在庫の保管場所を使って、生産や販売を行えば獲得することができたはずの利益を指す。
このように在庫を持つことは、様々なコストやリスクを負担することを意味します。それが、会社経営において「在庫の圧縮」が声高に叫ばれる理由と言えます。なお、上述した「在庫を持つデメリット」と表裏一体になりますが、「在庫圧縮によるメリット」を整理すれば以下のとおりです。
(在庫圧縮によるメリット)
・製商品の相場下落、陳腐化による損失リスクの減少
・事故、盗難、被災リスクの減少
・資金繰り改善
・借入金の支払利息減少
・在庫保管コストの減少
こういったメリットを追求するために、有名なトヨタのカンバン方式をはじめとして、多くの企業が様々な工夫により在庫削減に取り組んでいます。
カンバン方式 : 作り過ぎのムダ、在庫のムダなど“7つのムダ”を徹底的に排除し、できるだけ在庫を持たずに、「必要なものを、必要な量だけ、必要な時に」生産する手法。部品の補充を知らせる帳票を「カンバン」ということが名称の由来である。
在庫削減を追及すると陥る“在庫のジレンマ”
ただ、いかなる場合でも在庫を削減すべきなのかと言うと、一概にそうとも言えません。在庫圧縮には大きなメリットがある一方で、デメリットも少なくないからです。
例えば小売業では、多くの品種を大量に揃え、「あの店に行けばいつでも何でもある」ということを店の“ウリ”の一つとする場合がありますが、在庫を圧縮すれば、このウリもなくなってしまいます。
在庫削減のデメリットが生じるのは、小売業だけではありません。東日本大震災の際に仕入先が被災し部品や原材料が供給されなくなり、自社工場自体は被災していなくても部品・原材料不足を原因として製品の製造が不可能になり、製造がストップしてしまった企業が少なくありませんでした。震災前に在庫圧縮に取り組んでいた企業ほど、再稼働に遅れが生じる結果となり、その間に同業他社にシェアを奪われることになりました(「工場が被災した」を参照してください)。このように、在庫圧縮により資金繰りや資産管理の効率性が高まることが期待できる一方で、営業活動や生産活動が阻害され売上や供給の足を引っ張る可能性がある点には留意が必要です。
「在庫圧縮のデメリット」を整理すれば、下記のとおりです。
(在庫圧縮によるデメリット)
・急な需要拡大に対応できない(売り逃し)
・急なトラブル(破損や不具合による顧客からの交換要求やクレームなど)への対応が遅れる
・品切れにより継続的な取引先を失う可能性がある(供給能力に問題ありとみなされる)
・手許の原料や部品を圧縮し過ぎた結果、急な需要拡大に伴う製造増加に応じるだけの原料・部品が不足する事態となり、それがボトルネックとなって製造計画を達成できず、生産現場(工場)の稼働率が低下するリスク
・発注量の減少による仕入先に対する価格交渉力の低下
一方、上記と表裏一体となる「在庫を持つメリット」として以下のようなものが挙げられます。
(在庫を持つメリット)
・受注後すぐに納品でき、品切れによる受注機会の損失を回避できる。
・需要が急に増加しても在庫でまかなえ、需要変動リスクに対応できる。
・流通途中での破損や検収時の不具合発生等、顧客からの交換要求やクレームなどがあってもすぐに代品が提供でき、トラブルがあっても迅速に対応できる。
・生産現場(工場)では部品不足による生産停止、稼働率低下の心配がなくなる。
・販売見込数量がある程度予測できれば、一定期間は在庫になったとしても、一括購入した方が単価交渉を有利に運ぶことができる。
以上のように、在庫を持つことにはメリットとデメリットの両方があります。できれば余裕を持って在庫を確保したい一方、大量の在庫をやみくもに持てば、在庫保有のメリットを超えてむしろ経営上のマイナス要因にもなり得ますので、在庫をどの水準に保つかは、役員にとって非常に悩ましい問題といえます。これがいわゆる“在庫のジレンマ”です。
では、役員としては、「適正な在庫水準」をどのように考えればよいのでしょうか。以下、役員が理解しておくべき在庫戦略について解説していきます。
- 業界平均保有期間から在庫の適正水準を探る
- “在庫のジレンマ”を解決するサプライチェーン・マネジメント
- 需要予測の合理性の検討は念入りに
- 「計画」が適正在庫実現のカギに
- 最適発注の実現に向けて
- 物流の見直しが在庫削減につながる
- 在庫削減で予想される現場の抵抗~そのとき取締役がとるべき行動は?
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