経営判断における取締役の善管注意義務、忠実義務
経営環境が厳しければ厳しいほど、取締役は会社の将来を左右する経営判断を求められる機会が多くなります。このような場合でも取締役は萎縮することなく、積極果敢な経営姿勢により事業を発展させていきたいものです。
ただ、会社のために良かれと思って行なった経営判断であっても、結果的に会社に損害を与えてしまうことはあり得ます。例えば、大規模な設備投資を行なって新規事業に乗り出したものの、当初想定していた販売計画は到底実現に至らず、大幅な予算未達となってしまい、設備投資額の回収が進まないうちに当該事業からの撤退を余儀なくされたようなケースです。
その結果、会社は巨額の減損損失を計上して最終赤字に転落したとします。そして、これに怒った株主の一部が、会社に損害を与えるような経営判断をした取締役に対して、会社への賠償を求める株主代表訴訟を起こしてきたと仮定した場合、果たして取締役は会社に対して損害賠償責任を負わなければならないのでしょうか。
取締役が損失に対して責任を負うかどうかは、取締役の行為が「善管注意義務」に違反するかどうかによって判断することになります。具体的に説明しましょう。
取締役には、会社との委任関係に基づいて「善良な管理者の注意」をもって職務を遂行する義務(善管注意義務)があります(会社法330条、民法644条)。また、会社法では、取締役に対し「法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行なう義務」(忠実義務)を求めています(会社法355条)。
この忠実義務と善管注意義務の関係を説明する学説は諸説あるのですが、忠実義務とは「善管注意義務を明確化したもの」と考えればよいでしょう。
このように、取締役は会社に対して善管注意義務を負っていますので、それを怠って会社に損害が生じた場合には、これを賠償する責任を負うことになります(会社法423条1項)。
経営判断の原則(Business Judgment Rule)
そして、経営判断の局面で取締役に善管注意義務違反が認められるかどうかは、取締役が「経営判断の原則」に従っていたかどうかが考慮されます。
経営判断の原則とは、「会社が損害を受けたとしても、取締役の意思決定の過程と内容に著しく不合理な点がない限り、取締役の善管注意義務違反を問わない」というものです。
経営判断の原則に従っていたかどうかは、具体的には、以下の観点から判断されます。
(1) 事前に十分な調査・研究および情報収集を行なったか(=専門家の意見を聞いたり、広範囲に情報を集めて市場の状況を確認したりしたか)
(2)経営判断に際して、取締役会等で十分な検討を行なったか
(3)通常の経営者としての合理的な判断を行なったか
仮に取締役の経営判断によって会社に損害が生じたとしても、上記(1)~(3)に従っていたと認定されれば、取締役は損害賠償責任を免れることができます。この場合、「従っていた」のかどうかを訴訟時に立証するのは取締役自身です。そこで、万が一訴訟という事態になっても困らないよう、経営課題に関する検討資料を整備し、取締役会議事録等に検討・審議の詳細を記載し、専門家(弁護士、公認会計士、税理士、経営コンサルタントなど)の意見書を取得・保存しておくことが重要です。その前提として、普段の職務遂行にあたり、「どこまでやれば、善管注意義務違反の追及に耐えられるか」という意識を保持し続け、経営判断の原則に則っているか否かを気を緩めることなく検証する姿勢も必要になります。
ただし、そもそも法令・定款に違反する場合には、経営判断の原則は適用されないため、たとえ上記(1)~(3)に従っていたとしても、法令・定款に違反していたこと自体により善管注意義務違反を問われることになり、会社に損害が生じれば損害賠償責任は免れません。
法令や定款違反もなく、「経営判断の原則」に従っていたことを証明できれば、たとえ経営判断の結果が重大なもの(会社が倒産あるいは深刻な経営危機に陥った、著しく企業価値が低下した状態で身売りすることになったなど)であったとしても、取締役が損害賠償責任に問われることはまずないと考えていいでしょう。
もちろん、経営判断が重大な結果を招けば、経営責任を取らざるを得なくなるケースもあるかも知れませんが、会社の将来性が危ぶまれるにもかかわらず次の一手を打たずに漫然とそのような状況を放置していた場合も、善管注意義務違反に問われる可能性があります。
結論として、取締役は経営判断の原則に従っていたことを事後的にも証明できる資料を整えながら、積極果敢な経営姿勢が求められるということになります。