自社の人件費は本当に高いと言えるのか
今月の課題では、コストに占める人件費の高さをテーマにしていますが、「自社の人件費は高い」と言い切ってしまう前に、果たして本当にそうなのか、一度論理的に検証してみる必要があります。
役員としては人件費を単なるコストではなく、「人的資源の活用手段」ととらえるべきです。企業経営はヒト(優秀な人的資源)、モノ(優れた財・サービス)、カネ(機動的な資金調達)が基盤となることは常識ですが、企業価値を最大化するミッションを担う役員としては、ヒトのポテンシャルを最大化かつ最適化する観点で、人件費の多寡を判断しなければなりません。したがって、「人件費が高い」と言う前に、まず自社の人件費水準が適正であるかどうか、財務分析によって見極めることが必要です。
人件費を分析する際の財務指標としてもっとも一般的なのが、売上高人件費比率です。これは損益計算書におけるコスト負担の度合いを測るものですが、会社規模や業種によって大きく異なります。例えば労働集約的な産業(接客業、サービス業など)は30~40%にも達する一方、売上規模が著しく大きい業種(総合商社、資源開発会社など)では5%にも満たない例が見られます。したがって、これを人件費の分析に用いる場合には、業界平均や同業他社水準との比較が必須です。
付加価値額(売上高-前給付原価(*))を用いた「生産性分析」も人件費水準の分析に有効です。労働生産性(1人当たり付加価値額)が同業他社より低い場合、上述した売上高人件費比率が高ければ人件費の削減を検討する必要があります。逆に、たとえ労働生産性が低くても、売上高人件費比率も低いのであれば、むしろ待遇を手厚くして従業員の精勤を期待すべきでしょう。また、労働装備率(稼動ベースの有形固定資産 ÷ 従業員数)が高いとすれば、労働生産性が低くてもそれは従業員の問題ではなく、生産設備が過大だったり稼働率が低いためかも知れません。
* 前給付原価とは、原材料費、外注加工費、商品仕入高、水道光熱費など、「外部から購入した価値」のこと。自社が売上を上げる前の段階で支払う原価であることからこう呼ばれる。
以上のような客観的かつ多面的な財務分析を通じて、それが最善の施策だと結論付けられれば、人員削減や給与カットなどの人件費削減策が検討されることになります。
雇用調整は最後の手段
人件費の抑制というと、すぐに“クビ切り”を思い浮かべがちですが、それは最後の手段です。そこに至るまでに、やるべきことは他にもたくさんあります。
まず、労働条件の変更を検討しましょう。労働条件の変更としては
・役員報酬のカット
・労働時間管理の徹底
・労働時間の見直し
・福利厚生費の削減
・賞与や一時金(ボーナス)の減額
・諸手当の見直し
・昇給実施の延期、賃金カット、ベースダウンの実施
といったものが考えられます。
こうした労働条件の変更に加え、必要に応じて、雇用関係の人件費削減策である
・役員数の削減
・有期労働契約の期間満了による雇止め(契約期間満了時に契約を更新せず、終了させること)
・退職による自然減、採用の抑制
といった施策を実施します。これらの施策は、可能な限り正社員の雇用確保に努めるという狙いもあります。
また、正社員をつなぎ止めるという点では、ストック・オプションや従業員持株会制度の導入は、当面の費用負担を抑えつつ、人件費削減という状況の中でも従業員にやる気を出させるツールとして有効です。
これらの施策を実施しても足りない場合には、雇用調整に踏み切ることになります。雇用調整には次の3つがあり、
・希望退職
・退職勧奨
・整理解雇
状況に応じてこれらを使い分けることになります。
以上の施策の詳細については、「人件費を抑制したい」を参照してください。
長期株主確保には、リストラ後の売上成長性を維持・向上させる施策が不可欠
人件費を削減する場合、併せて様々な施策を実施する必要があります。
まず、雇用調整に際しては退職金の積み増し等によるキャッシュの流出が想定されますので、資金繰りには余裕を見ておくべきです。金融機関には事前に説明し、資金的な手当てを計画しておきます。また、臨時的な退職金上乗せや人員削減に伴う拠点閉鎖損失は「特別損失」として計上することになります。特別損失に計上する範囲については、監査人と事前に打ち合わせしておく必要があります。
また、技術者や営業マンの退職による技術や顧客の流出といった懸念も生じます。退職者が集まって、同業他社を設立する可能性もあるでしょう。そういった事態に備えて、事前にプロテクトすることが可能なものについては手を打っておくべきです。例えば、取締役または従業員から「退職後の技術流出、競業行為ないし引き抜き行為を禁止する」旨の合意(守秘義務、競業避止義務についての合意)を得ている場合には、会社は、このような義務違反を理由として損害賠償責任を追及することが可能になります。合意した内容については、個別に誓約書や契約書を交わしたり、従業員と合意のうえ就業規則に書き込んでおく必要があります。
また、長期的な株価上昇を期待する年金基金やファン株主などといった長期株主の期待に応えるためには、一時的なリストラ効果による利益増加だけでなく、「リストラ後」の売上成長性を維持・向上させる施策が伴っていなければなりません。もっとも避けなければいけないのは、短期的な成果ばかりを追い求めるがあまり、事業の継続性に支障を来たすことです。従業員のモラルやモチベーションが失われることで、顧客や取引先が自社の商品やサービスの品質低下に失望し、それが売上高の減少につながってしまったのでは元も子もありません。その意味でも、人件費の削減はスピード感を持って「必要最小限」にとどめることが何よりも重要だと言えます。
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