統合報告の本編の冒頭(イントロダクションの次)には「CEOメッセージ」が入るのが定番となっている。統合報告を開くと最初に目に飛び込んでくるだけに、CEOメッセージは通常その傍に掲載されるCEOの写真とともにまさに統合報告の“顔”と言えよう。「人的資本」の集合体である企業のトップの「人となり」や「想い」が伝わってくるメッセージは、投資家等にとって企業イメージを形成する重要な要素の一つとなる。また、PDF版の統合報告書には、CEOメッセージ中のキーワードをクリックすると該当ページへ飛ぶようにリンクを貼っているものがあり、CEOメッセージが統合報告の中でも特に読んで欲しい箇所に読者を誘導する起点となっている。
このようにCEOメッセージは統合報告の中でも注目度が高いコンテンツであるだけに、数行読んで「つまらない」との印象を抱かせてしまう文章では、統合報告にとどまらず自社に対する投資家等の興味を減退させることになりかねない。CEOメッセージの文章が硬かったり、定型文のような内容の薄いものだったりすると、CEOの「人となり」や「想い」も伝わらない。最初は面白い原稿だったにもかかわらず、事務局が手直しするうちに次第につまらなくなっていくケースもあるだろうが、そもそもCEOが「読ませる工夫」を意識していなければ、事務局の手直しにも限界があろう。また、企業によってはそもそもCEOではなく事務局が作文し、CEOは微修正するだけというところもある。それではCEOの「人となり」や「想い」が伝わるはずがない。
読み応えのあるCEOメッセージが掲げられているとして高い評価を集めているのが、伊藤忠商事の統合報告だ。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)2024年2月21日に公表した「国内株式運用機関が選ぶ優れた統合報告書」において、最多となる6つの運用機関から高い評価を得ている(GPIFのリリースはこちら)。ちなみに、同社の統合報告は1年前の同調査でも最多の7運用機関から高い評価を得ていた。
GPIFが紹介した伊藤忠商事の統合報告書に対する運用機関の評価のうち、CEO(岡藤代表取締役会長CEO)メッセージへの評価(抜粋)は次のとおり(GPFのリリースの4ページを参照)。
| ・毎回のことながら岡藤CEOのメッセージは秀逸。 ・CEOメッセージも相変わらず迫力ある中、・・・(後略)・・・。 |
実際に伊藤忠商事の2023年版統合レポートのCEOメッセージを読んでみると、冒頭から「組織のトップの話が面白みに欠ける理由」「そのようにならないために自身が行っている工夫」が述べられており、その後の展開に興味を掻き立てられる。
| 時として組織のトップの話は、面白味に欠ける場合があります。私は、その理由の多くが、事務局が準備した原稿をただ読み上げるだけで、相手の心に響かないため、退屈な話になりがちになるからだと考えています。 人に話をするのであれば、少しでも記憶にとどめて欲しいと思っており、話す内容を誰かに丸投げせず、様々な人の意見も聞きながら時間をかけて、自ら考え抜くように心掛けています。例えば、投資家や株主の皆様とのミーティングや株主総会、この統合レポートでも、少しでも興味を惹いていただけるように、手帳に1年間の身近な出来事や気が付いたことを書き留めて準備し、原稿も細かくチェックしています。 |
わずか300字に満たない文章だが、読者のハートを掴むには十分過ぎる出だしだ。続く文章を読むと、期待通り随所でCEOの「人となり」「想い」「反省点」「危機感」がしっかりと読み手に伝わってくる。その理由は、まさに「CEOが自ら考え抜いた」文章であるからに他ならない。そして、同社の企業理念である「三方よし」にも自然とつながる構成になっている。
三方よし : 近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」との考え方。三方すべてに利益を配分することが、事業を安定的で持続可能なものにするための必須条件であるとする。
当然ながら、同社の統合報告で評価されたのはCEOメッセージだけではない。「ロジックツリーやPEST分析等の具体的な図式、人的資本のPDCAサイクル等、財務・非財務の各側面において高水準の統合報告書」「財務・非財務(人的含む)資本のPDCAを確認でき、前期からの課題や施策、取組状況、新たな課題まで、時系列を意識した組立を評価。また、すべての施策は「三方よし」の企業理念に帰結する一貫性が確認できる」「持続可能な価値創造のためのモデルが明確に定義されている。」など、レポート全体に対して高い評価が寄せられている。
ロジックツリー : 大きな問題を小さな問題に分割し、それぞれを個別に考えることで大きな問題を解決するという思考方法。まず解決したい問題を明確に定義し、次に、その問題をいくつかの小問題に分割するということを繰り返し、もはや分割できないほど具体的な問題になるまで続ける。その上で、最も具体的な問題に対する解決策を見つけ、それらを組み合わせて元の大きな問題を解決する。ロジックツリーという名称は、各小枝が具体的な問題を表し、それら全てを解決することで、木全体の大きな問題を解決するという例えから来ている。
PEST分析 : PESTとは、政治(Political)、経済(Economic)、社会(Social)、技術(Technological)の頭文字を取ったもので、これらの要素を考慮に入れてビジネスの外部環境を分析することで、ビジネスの成功に必要な戦略を立てるという考え方。
運用機関に「最高峰の報告かつ統合思考による経営が行われている」と言わしめた伊藤忠商事の統合レポートは、日本企業の統合報告の現時点での最高到達点として、他の上場企業の経営陣も一読しておきたい。
