2024/06/10 スキル・マトリックスから見えるガバナンス改革の本気度(会員限定)

今年の6月の株主総会シーズンにおいても“委員会型ガバナンス”に機関設計を変更する上場会社が相当数に上ることが分かった。当フォーラムが適時開示情報を調査したところ、「指名委員会等設置会社」「監査等委員会設置会社」への移行に関するリリースを行った会社数は下表のとおり昨年の6月株主総会シーズン前1年間とほぼ同数となっている(重複および機関設計の変更に関連しないものを除く)。特に監査等委員会設置会社に移行する定款変更議案が数多く上程されている。

リリース日 2022/7/1~2023/6/30 2023/7/1~2024/6/4
指名委員会等設置会社 6社 4社
監査等委員会設置会社 122社 111社

ガバナンス体制の変更は取締役会のあり方に直結する。例えば監査役設置会社の取締役会は「重要な財産の処分や譲受」「多額の借財」など重要な業務執行について審議・決議しなければならないが、委員会型ガバナンスであれば「経営に関する基本的事項」を除いて執行役に委任できる(監査等委員会設置会社の場合は、①取締役会の過半数が社外取締役である場合、あるいは ②取締役会決議によって重要な業務執行の決定の全部または一部を取締役に委任することができる旨の定款の定めがある場合のいずれかの要件を満たす場合には、重要な財産の処分及び譲受け等の一定の事項を除き委任できる)。このため、委員会型ガバナンスの下では、取締役に求められる機能・役割は一層、監督中心になるはずだ。また、監査役は一般に実査権限を駆使して適法性監査を実施する一方、監査等委員である取締役は内部監査部門との連携を基本として妥当性監査も行う。このように両者には権限と役割に差異が存在する(監査役と監査等委員の違いは2016年5月25日のニュース「監査役と監査等委員の違い」参照)。


実査 : 監査を行う者が実際に現物にあたること。
適法性監査 : 取締役の職務執行が法令や定款に準拠して実施されているか否かを検討する監査。
妥当性監査 : 取締役の職務執行が経営方針等に準拠して合理的であるか否かを検討する監査。取締役の職務執行が法令や定款に準拠して実施されているか否かを検討する適法性監査とは区別される。

したがって、監査役型から委員会型のガバナンスに移行する場合、取締役に期待する機能・役割を定義するスキル・マトリックスも少なからず変更されて然るべきだと考えられる。例えば、「監査役型」では業務執行に関するマネジメント・スキルが含まれていたが、「委員会型」への移行に伴いモニタリング・スキルに絞られる、あるいは監査役に求めていた実査スキルが不要とされるなどによりスキル項目数が減少することが想定される。また、項目数のみならず、項目名自体も見直されることが考えられよう。

そこで当フォーラムが、上表の「2023/7/1~2024/6/4」におけるガバナンス体制変更企業のうち、時価総額上位10社(指名等委員会設置会社:2社、監査等委員会設置会社:8社)のスキル・マトリックスを前年と比較したところ、スキル項目名が変更された事例は2社にとどまっており、残りの8社は新たなガバナンス体制に移行後もスキル項目に変更はなかった。言い換えれば、取締役に期待する機能・役割を全く変更していない、ということになる。なお、変更があった2社のうち1社についても、前年は別項目だった「法務」「リスクマネジメント」を統合するなどマイナーな変更にとどまっており、実質的には10社のうち9社が、スキル・マトリックスの変更を伴わず委員会型ガバナンスに移行したことになる。

スキル・マトリックスを明確に改定したのが資生堂だ。同社は株主総会招集通知において、「当社は、指名委員会等設置会社へのガバナンス体制変更を第2号議案で提案しており、当該新体制下での「取締役に求める主な知識・知見」について、下記のとおり再構築しました」と説明したうえで、以下のようにスキル項目を変更している。

2023:監査等委員会設置会社 2024:指名委員会等設置会社
1 企業経営 1 上場企業トップ経験
2 営業・マーケティング 2 企業経営経験
3 研究・商品開発 3 BtoC、隣接業界経験
4 サプライネットワーク 4 ブランドマーケティング
5 財務 5 法務・リスクマネジメント
6 DX 6 財務・会計・金融
7 人財・組織開発、D&I推進
8 コーポレートガバナンス
9 グローバル理解

監査等委員会設置会社時代にあった「③研究開発・商品開発」「④サプライネットワーク」「⑥DX」「⑦人財・組織開発、D&I推進」「⑨グローバル理解」はマネジメント・マターとして、指名委員会等設置会社としてのスキル・マトリックスからは除外された。「⑧コーポレートガバナンス」が除外されたのは、指名委員会等設置会社の①上場企業トップ経験、②企業経営経験に含まれるとみることもできるが、指名委員会等設置会社の取締役全員が必ず備えるべき“最低限の選任条件”と捉え、あえて明示されなかったとも考えらる。

スキル・マトリックスが全く同じかほぼ変わらない場合、その理由として「既にモニタリング型の取締役会が確立しており変更の必要はない」「新しい中期経営計画の公表時に併せて変更する」「まずは機関設計を変更し、スキル・マトリックスについては改めて検討する」などが考えられるが、もしそのような理由があるのなら、スキル・マトリックスに説明を加えておきたい。逆に何も説明がないと、投資家に「形だけのガバナンス体制の変更ではないか」などと捉えられるリスクがある。投資家はガバナンス改革の本気度をスキル・マトリックスからも読み取ろうとしているという点、認識しておきたい。

2024/06/07 アクティビストが従業員給与の引き上げを提案、問われる報酬委員会の役割

人手不足やインフレの進行に伴い給与水準は上昇傾向にあるが、その引き上げを定款に盛り込むよう求める株主提案が注目を集めている。

給与水準の引き上げを定款に盛り込むよう株主提案を受けたのは、・・・

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2024/06/07 アクティビストが従業員給与の引き上げを提案、問われる報酬委員会の役割(会員限定)

人手不足やインフレの進行に伴い給与水準は上昇傾向にあるが、その引き上げを定款に盛り込むよう求める株主提案が注目を集めている。

給与水準の引き上げを定款に盛り込むよう株主提案を受けたのは、医療機器の開発・製造・販売を営むフクダ電子(東証スタンダード)だ。定時株主総会の開催に先立ち、同社が米国Kaname Capital系のJapan Absolute Value Fundより受けた株主提案は次のとおり(原文は英文のみであり、和訳は当フォーラムによるもの)。

Japan Absolute Value Fundの株主提案内容(抜粋)
(4) Increase in the Salary of Employees
(a) Outline of the Proposal
The salaries of employees of the Company and its consolidated subsidiaries shall be increased to an extent deemed reasonable by the Board of Directors in light of the Company’s improved performance to date.
(フクダ電子とその連結子会社の従業員の給与を、これまでの同社の業績向上を踏まえ、取締役会が合理的と判断する範囲で増額させる。)

Japan Absolute Value Fundの株主提案理由を要約すると次のとおり。
・フクダ電子の連結営業利益は2014年3月期から2023年3月期にかけて2倍以上に増加し、この間、福田会長の報酬(下表のFukuda Chairman’s Compensationを参照)は増益・減益にかかわらず増額を続け、報酬総額は3.2倍、賞与は約10倍となったものの、同社の従業員の平均給与(下表のEmployee Salariesを参照)は1.1倍(単体ベース)に留まっている。

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・フクダ電子の業績向上は従業員の日々の努力の賜物である。会社の業績が向上したのであれば、従業員はその貢献に対して報われるべきである。
・フクダ電子が中長期的に企業価値を向上させるためには、業績向上の成果を従業員に適切に配分し、優秀な人材が継続的に働き続けることが重要である。会社の業績が良くなり、福田会長の報酬が増え続けても、給料が少ししか上がらないのでは、従業員のモチベーションを維持することはできない。
・インターネット上には、フクダ電子の元従業員による「会社は福田家が経営している。医療機器メーカーにしては給料が安すぎる。やる気が出ない」「ライバル会社と比べると給料が低いので、転職する人が多い印象だ。」といった口コミが書き込まれている。

Japan Absolute Value Fundの提案理由自体は極めて常識的なものであり、アクティビストファンドにありがちな積み上がったキャッシュを株主に性急に配分することを求めるような議案とは異なり、好感が持てる。フクダ電子の従業員も拍手喝采したことであろう。しかし、2024年5月15日に開催されたフクダ電子の取締役会は、上記の株主提案議案に対して、「不適法」として、定時株主総会では取り上げないとの判断を下した(同日のフクダ電子のリリースの4ページ)。

フクダ電子の取締役会の対応
当社の株主総会では、原則として、法令及び定款で定められた事項に限り決議することができ、業務執行の決定権限は取締役会に属しております。本議案は、従業員の給与の引き上げという業務執行に関するものであり、株主総会の目的事項ではない不適法な提案になりますので、本定時株主総会では取り上げないものとします。
なお、当社は、「社員の自己啓発と人格形成に資し、豊かな生活を建設する」との経営理念の下、従業員の給与水準の引き上げを含め、その待遇のさらなる向上に取り組んでおります。

Japan Absolute Value Fundの株主提案では、「業務執行の決定権限は取締役会に属する」といった会社法上の建付けに配慮して、具体的な昇給の範囲や方法等の決定は取締役会に委ねる内容になっているが、それでもなお、同社取締役会は「本株主提案議案は不適法」との判断を下した格好となる。

既に米国・英国ではCEO Pay Ratio(ペイレシオ)が開示されており、それを当然と考える海外機関投資家によるペイレシオに関する株主提案が今後日本でも増えてくることが予想される。フクダ電子のように、報酬等の総額が年間1億円以上を超える取締役がいる上場会社では、有価証券報告書を分析()すればペイレシオが一目瞭然であるため、なおさら注意が必要だ。


CEO Pay Ratio(ペイレシオ) : 標準的な従業員の年間報酬総額(中央値)とCEOの報酬を比率で表示したもの。単位は「倍」。数値が高いほどCEOが過大に報酬を得ていることになる。

連結報酬等の総額が1億円以上である役員は、有価証券報告書の【役員の報酬等】で報酬等の個別開示が求められている。

日本の上場会社の多くが報酬委員会を設置済みだが、残念ながら、その大半は執行側の提案に追随して承認するだけの“お飾り”と言われている。Japan Absolute Value Fundの株主提案理由に記載されていた推移表のように、自社の営業利益の推移、CEOの報酬等の推移、従業員の平均給与の推移を数年分並べた際に、果たして従業員の平均給与は本当に従業員の貢献に応えるものとなっているか、役員の報酬の伸びは従業員の報酬の伸びに比して適切か、報酬委員会は慎重に検討を重ねることで、“お飾り”の汚名を返上して欲しいところだ。

2024/06/06 議決権行使助言会社のスタンス(会員限定)

6月の株主総会シーズンを目前に控え、議決権行使助言会社の助言方針に注目が集まる中、当フォーラムは、経団連が会員企業・団体に示したISSへの質問状とそれに対する回答を入手した。経団連は、議決権行使助言会社を巡る課題を指摘するとともに、ISS社、グラス・ルイス社の両社と直接対話をしてきたが(2023年9月14日に開催された経団連と議決権行使助言会社の意見交換会のリリースはこちら、2024年3月14日に開催された経団連とグラス・ルイス社幹部との意見交換会のリリースはこちら)が、昨年秋に米国ISS本社に対し質問状を送付したところ、最近同社から得たのが今回の回答だ。

経団連から米国ISS本社に対する質問数は18に及ぶ。

経団連からの最初の質問は、ISSのミッションに関するもの。ISSは「われわれのミッション」として「ISS は、高品質のデータ、分析、考察を提供することで、投資家や企業が長期的かつ持続可能な成長を構築できるように支援します」としているが、これについて経団連は、当該ミッションを達成するために対象企業について十分に調査することや、対象企業の中長期的な持続的成長に向けたアプローチを理解するうえで資料の読み込みや対話をすることが必要だと考えているのかを問うている。

これに対しISSは、ISSは金融庁が監督する日本版スチュワードシップ・コードに署名しており、経団連からの質問状を「スチュワードシップ・コードの特定の原則やガイドラインに関連した当社の立場を議論する適切な場とはみなしません」と事実上“意に介さない”ともとれる回答をしている。そして、「スチュワードシップ・コードにおける特定のガイドラインの一部は機関投資家固有のものであり、議決権行使助言会社などのサービスプロバイダーに対するものではありません」として、スチュワードシップ・コードに署名しているからといって、すべてのガイドラインに服する必要がないという同社の見解を明らかにしている。

経団連の2番目の質問は、ISSがクライアントに「高品質のデータ、分析、考察を提供するために」、調査対象企業1社あたりにどれだけの人と時間とをかけているかを問うもの。

これに対しISSは、人員配置について、高品質のデータ、分析、洞察を提供するために必要な「工数」を評価する際や、リサーチアナリストの経験や資格を評価したりする際には、画一的なアプローチには従わないとしている。また、①フルタイムリサーチアナリストの平均在職期間は5年で、②多くのシニア職員はアナリストや専門家として、 ISSまたはISS以外で関連分野について10 年以上の経験を有しており、③リサーチスタッフの最低教育基準は認定された大学での学士号だが、多くは大学院学位 (MBA、MA、JD)または専門資格 (CFA、CPA、CEP等) を保有しているとしている。そのうえで、④特定のリサーチチームにおける個人の特定の役割に応じて、高等教育の基準、経験、あるいは分野の専門知識を要求する場合があること、⑤形式的ではなく企業ごとに調査を実施するため、各アナリストに一定の企業数を割り当てないこととし、ISSの調査ニーズが議決権行使シーズンごと、企業ごとに異なることから、事実と状況によって体制を決めていること、⑥取り扱っている事項の要件や複雑さに応じて、複数のアナリストが1つのレポートの様々な要素に取り組むのが一般的であると説明している。そして、⑦ISSのすべての議決権調査レポートとその推奨事項は、担当アナリストに加えて少なくとも1人のシニアアナリストによってレビューされており、必要に応じて複数のシニアの専門家によるインプットもあるのが一般的だとしている。

経団連の質問は、調査対象企業の数や内容に比してISSが十分な人員・体制を有しているのかを問う趣旨であるように見えるが、ISSの回答は「ケースバイケース」であることが強調されており、経団連の問題意識への回答としてはミスマッチな感は否めない。一方で、スタッフ採用の基準など、これまであまり知られていなかった事実が明らかにされた点は注目される。

経団連の3番目の質問は、データの正確性や基準の当てはめ、判断の一貫性を担保するための事実確認や客観的な分析の検証のための体制が整備されているかを問うものとなっている。

これに対しISSは、同社の調査・助言は「公開情報のみに基づいている」とし、企業に向けて、ISSのレポートや助言において考慮されるべきと考える重要な事項は、通常はそういった開示要求がなされていない市場も含め、すべての株主に対してタイムリーに公開されなければならないとしている。

経団連の4番目の質問は、ISSのグローバル議決権行使基準や議決権行使ガイドラインなどについて、どのように投資家の意見を集約、反映しているのか等を問うもの。

これに対しISSは、①毎年、議決権行使助言基準とガイドラインの更新や策定の際に、すべての市場参加者と一般の方々とのエンゲージメントを求めている、②ISSの議決権行使助言基準策定プロセスには、公開されている調査、提案された方針とその実施の実現可能性に関するフィードバックを得るための通知とコメント期間が含まれており、これも一般に公開されている、③議決権行使助言基準策定プロセスは同社のウェブサイトでも公開している、と説明している。また、④受け取ったフィードバックは、ISSの議決権行使助言基準策定の指針になるとともに、特定の議決権行使基準の更新にも利用されている、⑤受け取った調査コメントの数、公共団体とその代表者やアドバイザーから受け取ったコメントの数など、ISSの最新の年次議決権行使助言基準策定プロセスに関する情報はウェブサイトで公開されている、としている。

経団連の5番目の質問は、ISSが見解を示さない議案もあるのではないかを問うもの。これに対しISSは、原則として、顧客やISSガバナンス調査の対象に関する内容を含め、事業固有の情報やその他の機密事業情報を公開しないとしている。

経団連の6番目の質問は、日本の上場企業の調査数などを問うもの。これに対しISSは、①2023年には日本の株式市場に上場している約3,500 社がISS ガバナンスの対象となり、②この数は、顧客のポートフォリオ保有状況や議決権調査のニーズに応じて年々変化すると回答している。

経団連の7番目の質問は、日本の上場企業の調査・分析に関する人員・体制を問うものだが、この点についてISSは、2番目の質問に対し一般論で応答するにとどまっている。
 
経団連の8番目の質問は、スチュワードシップ・コードの指針8-2(日本における十分かつ適切な人的・組織的体制の確保)、8-3(自ら企業と積極的に意見交換しつつ、助言を行うこと等)についての見解を問うものであり、9番目の質問では、指針8-2の「助言策定プロセス」の公表の有無を問うている。これに対しISSは、4番目の質問への回答(グローバルな対応)と共通の回答しかしていない。

経団連の10番目の質問は日本における推奨されるエンゲージメントの時期、11番目の質問は日本企業に対するエンゲージメントの件数や頻度、質、12番目の質問はエンゲージメントの結果、反映された件数等について問うもの。これに対しISSは、「株主総会の議題に関連する企業とのエンゲージメント」には、①ISSのガバナンス調査チームが、必要に応じて企業の代表者および株主提案者やその他の関係者とエンゲージメントを行うこと、②エンゲージメントの目的は、多くの問題に対する深い洞察を得るため、調査に関連する重要な事実を確認するためであること、③エンゲージメントの形式は、直接の対話、電子メールによるコミュニケーション、電話によるコミュニケーションなどが含まれること、と説明しているものの、推奨する時期、エンゲージメントの件数や反映された件数等については回答していない。

経団連の13番目の質問では、グラス・ルイスが株主総会28日前までに招集通知を開示した企業に対し、最終的な助言レポートが発効される前に同社の助言の根拠となるデータのみを抽出した報告書を企業側に提出し、企業がデータの事実関係の正確性の確認できるようにしていることを取り上げ、ISSでも同等以上の対応ができないのかを問うている。また、14番目の質問では、各社の株主総会終了後に、ISSの調査レポートや推奨内容を助言対象会社及び議案ごとに開示すべきであるとの意見に対する見解を問うている。

これらの質問に対しISSは、①企業やその他の利害関係者とのコミュニケーションやエンゲージメントに関するポリシーは、顧客にとって適切で有益な考察が得られるように設計していること、②ISSの調査プロセスと同社アナリストの独立性を担保しつつ、顧客である機関投資家の利益のためにタイムリーで質の高い調査の提供を優先していること、③企業、業界団体、株主提案者、その他の金融市場関係者とのやり取りにおける一貫性、透明性、質を確保するために、ISS は一連の原則を確立し、公開している、とのみ回答している。
 
経団連の15~18番目の質問では、取締役等の独立性要件への該当性について、退社後のクーリングオフ期間など、具体的な設例を示して見解を問うている。これに対しISSは、「議決権行使基準に基づいて取締役会決議や株主提案を評価する際に考慮する可能性のある特定の基準」に関し、①同社の議決権調査は、各提案を企業ごとに個別に評価し、さらに検討事項に応じてケースバイケースで検討していること、②同社は各提案のメリットを綿密に検討し、関連する情報と企業固有の状況を考慮した上で決定を下すこと、③同社は、顧客向けに作成した議決権調査レポート以外の企業や状況に固有の基準についてはコメントしない、と回答している。ただし、同社の議決権行使基準及びガイドラインは、多くの市場参加者との協議を通じて策定されているとし、さらに他国の市場と同様に、日本企業に適用される独立性基準には「日本特有の要素、すなわち規制、情報開示、商習慣、文化」が考慮されているとしている。 そのうえで、日本企業の社外取締役・社外監査役の独立性の評価には、必要に応じてクーリングオフ期間を設けていることを明らかにしている。

以上のとおり、ISSは経団連からの具体的な質問に対しては明確な回答を示さず、抽象的な考え方を示したに過ぎないと言えるだろう。とはいえ、ISSが日本の経済団体の質問に正式に応答したのはおそらく今回が初めてであり、その意義は大きい。今回のやり取りを足掛かりに、経団連やその会員企業が次にどのようなアクションを取るのか、注目される。

2024/06/05 投資家から「コングロマリット・ディスカウント」の解消を求められた場合の対応

異なる分野の事業を複数同時進行で営む企業(複合企業)を指す「コングロマリット(conglomerate)」を巡っては、好調な事業と不振な事業が共存する場合、不振事業に足を引っ張られる形で、好調な事業の業績等が当該企業の株価に十分反映されず、株価が割安(ディスカウント)になりかねないというコングロマリット・ディスカウントへの懸念が投資家から示されることが多い。しかし、・・・

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2024/06/05 投資家から「コングロマリット・ディスカウント」の解消を求められた場合の対応(会員限定)

異なる分野の事業を複数同時進行で営む企業(複合企業)を指す「コングロマリット(conglomerate)」を巡っては、好調な事業と不振な事業が共存する場合、不振事業に足を引っ張られる形で、好調な事業の業績等が当該企業の株価に十分反映されず、株価が割安(ディスカウント)になりかねないというコングロマリット・ディスカウントへの懸念が投資家から示されることが多い。しかし、この懸念は基本的に投資家の視点によるものにすぎない。

確かに株式市場では、多角化により複数の事業を持つ企業よりも、単一事業を営む企業の方が投資家からの評価が高い。これは、投資家はポートフォリオの中で産業・事業を分散して投資できるため、投資先の企業は単一事業を営んでいることを望んでいるからだ。投資家は「産業ごと」「事業ごと」に投資先銘柄(企業)を選択している。例えば食品セクターで考えてみると、ある食品会社に投資していた場合、投資家にとっては、当該投資先は食品事業に専念してもらうことが望ましい。したがって、当該企業が多角化により医薬品事業も営んでいるという場合には、投資家は当該企業に対し、医薬品事業の切り離し等を要求してくることが十分に考えられる。なぜなら、投資家は、ポートフォリオの「医薬品セクター」という区分の中で、医薬品会社の株式を保有しているからだ。

このように投資家は純粋に単一事業を行う企業を好むため、相対的に多角化企業の評価は低くなる。実際、欧米の大手企業の中には、投資家から「事業を複数持つことによって経営の効率が悪化している」「高収益の事業の収益を低収益の事業に回している」などの批判を受け、事業売却や事業の切り離しなどを行っているケースがある。

その一方で、コングロマリットでは複数の事業同士のシナジー効果が期待できるため、コングロマリット・ディスカウントではなくて、“コングロマリット・プレミアム”だという全く反対の意見もある。このような意見は企業側に多い。単一事業だと、経済環境の変化によっては倒産の可能性さえあるからだ。投資家同様に企業も事業ポートフォリオを持っている。ある程度事業を分散させておかないと、倒産リスクは高まる。また、どのような事業でも永久に続くことはなく、どこかで事業転換を迫られることもある。すなわち、企業にとって多角化は必須であり、複数の事業を持つことは倒産リスクを大きく軽減することになる。

では、投資家と企業どちらの言うことが正しいのかと言えば、実はどちらも正しい。それぞれの立場に立てば、どちらも正論と言える。そのため、お互いが同じ結論に達することはない。エンゲージメントの際に投資家から事業の単一化を要求された企業もあるだろうが、投資家自身は、自らのポートフォリオを1銘柄だけにするようなことは決してしない。投資家にとって、投資先が単一事業を行っているというリスクは、ポートフォリオ上の分散投資によって十分低減されている。

上述のとおり、コングロマリット・ディスカウントの本質は、投資家がポートフォリオにおいて各産業・事業ごとに分散投資ができるため、単一事業を行う企業が好まれるというだけにすぎない。したがって、企業側は、投資家からのコングロマリット・ディスカウントの指摘を盲目的に受け入れる必要はないということを頭に入れたうえで、投資家とのエンゲージメントに臨みたい。

2024/06/04 従業員等への株式報酬の無償交付、解禁へ 課題は株主総会の決議の要否

既に多くの上場会社が取締役等に対する株式報酬を導入しているが、かつて日本の会社法には株式を無償で付与する仕組みがなかったため、導入初期の株式報酬は、取締役等が会社から支給された金銭報酬債権を現物出資したと擬制し、その対価として株式を付与する形で支給されていたところだ。しかし、令和元年の会社法改正で株式の「無償交付」制度が創設されたことにより、金銭報酬債権の現物出資という擬制をすることなく、取締役等に対し株式を無償で付与することができるようになった。もっとも、株式の無償交付制度の対象は取締役等であり、現状では従業員は対象外となっている。こうした中、・・・

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2024/06/04 従業員等への株式報酬の無償交付、解禁へ 課題は株主総会の決議の要否(会員限定)

既に多くの上場会社が取締役等に対する株式報酬を導入しているが、かつて日本の会社法には株式を無償で付与する仕組みがなかったため、導入初期の株式報酬は、取締役等が会社から支給された金銭報酬債権を現物出資したと擬制し、その対価として株式を付与する形で支給されていたところだ。しかし、令和元年の会社法改正で株式の「無償交付」制度が創設されたことにより、金銭報酬債権の現物出資という擬制をすることなく、取締役等に対し株式を無償で付与することができるようになった。もっとも、株式の無償交付制度の対象は取締役等であり、現状では従業員は対象外となっている。こうした中、今後会社法が改正され、従業員等に対しても株式を無償で付与できるようになることが確実となったことが当フォーラムの取材により判明した。

先週金曜日(令和6年5月31日)に政府の規制改革推進会議は「規制改革推進に関する答申(案)~利用者起点の社会変革~」を公表したが、この中で、「従業員等に対する株式報酬の無償交付を可能とする会社法の見直し」がテーマに掲げられている(99ページの<実施事項>ア参照)。従業員への株式無償交付については、5月23日に公表された自民党の「新しい資本主義実行本部 経済構造改革委員会」の提言にも「上場会社が取締役に対する報酬等として株式を交付する場合には払込みを不要とすること(無償交付)ができる一方、従業員に対しては無償交付ができないことを踏まえ、これを可能とすべく、会社法制の見直しを含む適切な措置を検討するべきである。」との一文が盛り込まれており(16ページ(人材の流動化)参照)、今後政府がとりまとめる骨太方針や、新しい資本主義実行計画の改定版にも同様の記述が盛り込まれる可能性が高い。もはや本件の実現は政府の“意思”と言ってよいだろう。

今後のスケジュールだが、まずは法務省の法制審議会に諮問を行い、結論を得次第、会社法改正法案が国会に提出されることになる。法制審議会への諮問が行われる時期は「令和6年度中」とされているが、おそらくは来年2月頃の法制審議会総会で諮問が行われ、そこから会社法見直しの検討が開始することが予想される。法案の提出は再来年の国会となる可能性が高い。

従業員等への株式報酬の無償交付実現に向け大きな論点となりそうなのが、株主総会決議の要否だ。この点は、規制改革推進会議に法務省が提出した資料の中でも言及されている(従業員等への株式の無償交付を認める制度を検討するに当たっての主な論点【既存株主の利益の保護について】参照)。役員への報酬の支給については元々規制(株主総会決議が必要)があるため、株式報酬の無償交付も実現しやすかったと言える。現行会社法上、何ら規制のない従業員等の給料についても、株主総会で上限の決議が求められるようなことになるのか、注目される。

2024/06/03 統合報告のCEOメッセージがつまらない理由とそれを避ける工夫

統合報告の本編の冒頭(イントロダクションの次)には「CEOメッセージ」が入るのが定番となっている。統合報告を開くと最初に目に飛び込んでくるだけに、CEOメッセージは通常その傍に掲載されるCEOの写真とともにまさに統合報告の“顔”と言えよう。「人的資本」の集合体である企業のトップの「人となり」や「想い」が伝わってくるメッセージは、投資家等にとって企業イメージを形成する重要な要素の一つとなる。また、PDF版の統合報告書には、CEOメッセージ中のキーワードをクリックすると該当ページへ飛ぶようにリンクを貼っているものがあり、CEOメッセージが統合報告の中でも特に読んで欲しい箇所に読者を誘導する起点となっている。

このようにCEOメッセージは統合報告の中でも注目度が高いコンテンツであるだけに、数行読んで「つまらない」との印象を抱かせてしまう文章では、統合報告にとどまらず自社に対する投資家等の興味を減退させることになりかねない。CEOメッセージの文章が硬かったり、定型文のような内容の薄いものだったりすると、CEOの「人となり」や「想い」も伝わらない。最初は面白い原稿だったにもかかわらず、事務局が手直しするうちに次第につまらなくなっていくケースもあるだろうが、そもそもCEOが「読ませる工夫」を意識していなければ、事務局の手直しにも限界があろう。また、企業によってはそもそもCEOではなく事務局が作文し、CEOは微修正するだけというところもある。それではCEOの「人となり」や「想い」が伝わるはずがない。

読み応えのあるCEOメッセージが掲げられているとして高い評価を集めているのが、・・・

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