外国籍役員の処遇に関する基本的な考え方
日本企業では役位別に報酬テーブルを設けているケースが一般的ですが、このような企業が外国籍の人材を本社役員に登用する場合、その報酬テーブルをそのまま適用するのは困難であることが少なくありません。その理由として、各国の報酬水準や報酬慣行には大きな差異があることが挙げられます。その結果、報酬水準や報酬慣行を含む日本企業の報酬制度では外国籍の人材に対し十分なアトラクション(惹きつけること)効果、リテンション(引き留めること)効果をもたらすことができず、人材獲得の競争力が確保できないという問題が生じます。
そこで、外国籍の人材を採用する場合には、登用するポジションの役割・職責とあわせて、当該候補者の国籍、出身国、前職等の人材市場における報酬水準・報酬慣行、さらには転居を伴うかどうかなどを踏まえて処遇を検討する必要があります。このように候補者の属性を踏まえて個別に検討すべき論点が多いことから、一般的には採用の都度、個別に処遇を検討することとなります。
以下、具体的な検討内容について解説します。
1.外国籍の人材を業務執行役員として登用する場合
(1)外部から招聘する場合
■報酬水準
業務執行役員の報酬水準は、様々な調査結果から、国や地域により大きな差異があることが分かっています。日本企業が外国籍の業務執行役員候補者を探す場合、欧米の人材市場が中心となりますが、欧米企業と比較すると日本企業の報酬水準は一般的に低いため、日本人と同じ報酬水準を前提とすることは現実的ではありません。そこで、候補者の属する人材市場における報酬水準を調査し、人材獲得の競争力を確保できるように報酬水準を設定することが基本的なアプローチとなります。
ただし、候補者に複数の国や広範な地域を管掌させることや、複数の機能や事業を担ってもらうことを期待する場合には、単一の報酬べンチマークだけでは不十分な可能性があります。候補者が担う役割や職務の大きさ、担当する地理的範囲等も考慮して、候補者が属する人材市場の報酬水準の調査する必要があります。
報酬べンチマーク : 競合他社で同様の仕事をする労働者に支払われている報酬を調査すること。自社の労働者に支払うべき給与の目安を決定するために行われる。
■報酬体系
報酬体系についても、人材市場における慣行を踏まえて検討する必要があります。例えば、候補者が属する人材市場において株式報酬が一般的である場合、株式報酬ないしそれに代わり得る報酬がないと、十分なアトラクション効果を得られない可能性が高くなります。
ただし、日本本社の株式を活用した中長期インセンティブを付与する場合には、付与方法についても検討が必要です。対象者の居住地等によっては、日本本社の株式の付与が難しい場合や、付与に際してコストが膨らむ場合があるため(詳細は【2019年7月の課題】海外子会社の役員に対する株式報酬の付与 参照)、株価に連動する現金報酬(ファントムストックやSAR(Stock Application Right)と呼ばれる仕組み)を代替手段として活用することも選択肢の一つとなります。
ファントムストック : 通常、「自社株連動型報酬」と訳される。架空(ファントム=Phantom)の株式(ストック=Stock)を付与し、一定期間経過後、その間における株価の上昇・下落等を反映させた「株価×付与数」を現金で支給するいわば「株式報酬を現金で代替した報酬」である。ファントムストックを使えば、実質的に株式報酬を支給した場合と同じインセンティブ効果を作り出すことができる。
SAR(Stock Application Right) : 直訳すれば、「株式評価益権」となる。“株式”評価益といっても、SARでは実際に株式が付与されることはなく、「付与時点からの株価の上昇分」を現金で支給する。すなわちSARは、株価に基づき金額が計算されるとはいえ、あくまで「現金報酬」の一つに分類される。
こうしたインセンティブ報酬をはじめとする報酬体系については、候補者側が要望を出してくることも珍しくありません。ただ、自社の報酬の方針や日本人役員の報酬体系との整合性を全く無視するわけにもいかないでしょう。そこで考えられるのが、「日本人役員との報酬の共通化」です。この点については後述します。
■その他の報酬
上記以外にも、外国籍の人材を獲得する場合にしばしば必要となる報酬があります。代表的なものとして以下のものがあります。
①セベランス・ペイ(Severance Pay)
セベランス・ペイとは、会社都合の解任に伴う手当であり、欧米企業においては一般的に見られるものです。日本企業にとってはあまり馴染みがありませんが、欧米の人材市場から人材を獲得する場合には検討する必要があります。各国のセベランス・ペイの金額等については、人事アドバイザリー会社などを通じて情報を得ることが可能です。自社でセベランス・ペイを設定する際には、候補者の属する人材市場の状況を十分に調査したうえで検討する必要があります。
②サイン-オン・ボーナス(Sign-on Bonus)
通常の報酬パッケージとは別に、登用に際して支払う報酬です。アトラクションに直接的な影響を与える要素の一つであり、業務執行役員を外部から招聘する場合には検討する必要があります。現金報酬として支払うこともありますが、リテンションや在任期間におけるパフォーマンスの発揮を促すことを目的に、譲渡制限付株式など、中長期タームの報酬を活用することも考えられます。
③転居を伴う場合のベネフィット等
外国籍の人材が業務執行役員への就任に際し日本に転居する必要がある場合には、上記①②のような報酬パッケージに加えて、転居に伴う“ベネフィット”の支給も検討する必要があります。具体的には、住居に関する手当、医療保険、税金の申告に関する支援や税率の違いに対するグロスアップ(手取り保証)、帰国時の費用、子女の教育手当などがあります。
(2)内部から登用する場合
外国籍の人材を内部から業務執行役員に登用する場合には、現職の給与をベースに、登用後の役割や職責に応じて昇給等を行うという形が基本となります。
ただし、登用後の役割や職責が大きく変わる場合、例えば海外拠点の統括から日本本社、あるいは全社を統括することになる場合などには、必ずしも昇給等のみによるこれまでと連続的な処遇ではなく、新たなベンチマークや考え方に基づいた報酬体系へと変更することも考えられるでしょう。
2.社外取締役を外部から招聘する場合
社外取締役の場合、地域による報酬水準の格差が業務執行役員のように大きくないことから、報酬水準は日本本社の社外取締役の水準をベースに考えればよいでしょう。ただし、取締役会議長や筆頭社外取締役といった役職にある社外取締役については、いまだ欧米企業の報酬水準が日本企業の水準を大きく上回っていますので、もしそのような役職を任せる場合には、欧米企業の水準を考慮する必要があります。
また、報酬体系についても、地域によらず年次賞与などのインセンティブ報酬を支給することは一般的ではなく、基本報酬のみを支給するのが通常です。ただし、米国企業では社外取締役に株式報酬を付与するのが一般的であるため、米国企業出身者を招聘する場合には、本人から株式報酬を求められることも考えられます。仮に社外取締役に株式報酬を付与する場合、株主総会により役員報酬議案の決議を経て、改めて株式報酬制度を確立する必要があります。
3.報酬開示上の論点
取締役または執行役として登用した外国籍役員の報酬額が1億円を超える場合には、有価証券報告書において個人別に連結報酬額を開示する必要があります。
多くの場合、外国籍役員は日本人役員より報酬が高額であるため、個人別の報酬開示により、報酬の“逆転現象”が浮き彫りになることを懸念する企業も少なくないと思われます。しかし、ここまで解説してきたような内容について、報酬諮問委員会等を通じて十分に審議することにより、客観的かつ透明性のある決定プロセスを経ている場合には、外部から批判を受ける可能性は低いでしょう。実際、外国籍の人材を取締役または執行役に登用している企業の多くは、有価証券報告書において、その報酬の考え方や決定プロセスを正面から説明しています。
4.日本人役員との処遇の共通化の検討について
ここまで述べてきたことは、候補者の属性等を踏まえ、人材市場の報酬水準・慣行等に基づき、「個別に」報酬制度を設計することを前提としています。しかし、自社全体のガバナンスという目線に立てば、処遇の一部または全部を共通化することも考えられます。特に、本社を中心とした求心力を重視する経営スタイルの場合には、外国籍の役員や海外子会社のマネジメント層に対しても報酬の共通化を積極的に進めることで、全社的な目線の共有を図ることが可能となります。
処遇を共通化するための対応は以下のようなSTEPに分けることができます。
■STEP1
・報酬の目的の共通化(報酬の方針や報酬の狙いを共通化)
・目指す報酬水準を定義(ベンチマークにおける50%ileを目指すなど、競争力に関する考え方の統一)
%ile : 統計用語で、「パーセンタイル」と読む。パーセンタイルとは、全体を100として小さい方から数えて何番目になるのかを示す数値のことであり、50パーセンタイルが中央値となる。例えば、報酬額が「15パーセンタイル」であるという場合、「100人のうち低い方から数えて15番目」ということになる。
■STEP2
・インセンティブの仕組みの共通化(財務評価と非財務評価のウエイトの共通化、KPIの共通化、LTI(Long Term Incentive=長期インセンティブ報酬)の一部を共通のプランとするなど)
■STEP3
・グローバル共通の報酬レンジの運用
・インセンティブ報酬制度の完全同一化
こうした共通化・同一化を図ることにより、全社的な目線の共有促進に加え、一貫性を持った報酬の運用等が可能になります。一方で、共通化・同一化によるデメリットも考えられます。例えば、報酬水準を共通化することにより、日本人役員も含む全役員の報酬が高額化してしまう可能性があります。また、報酬設計の柔軟性が低下することも考えられます。報酬設計の柔軟性が失われると、戦略上必要な人材を確保するために必要な報酬パッケージを提供できなくなってしまう可能性もあります。こうした事態を避けるために必要に応じて「例外的対応」を行うとするならば、例外的対応が頻発してしまうリスクもあります。
こうした懸念点を踏まえ、日系グローバル企業等においては、上記のSTEP2までを検討することが一般的となっています。欧米企業でもSTEP3までを制度として確立している企業は少なく、制度設計の柔軟性を保ちながら自国の報酬慣行をベースとした報酬制度を設定するのが一般的と言えます。
おわりに
外国籍役員の登用に際しては、当該候補者に対する処遇の個別検討が必要になるとともに、日本人役員との報酬逆転等は、役員報酬制度全体のあり方を検討するトリガーともなり得るでしょう。日本企業においても今後徐々に広がることが予想される外国籍役員登用の検討を契機に、自社における取締役会の多様化、およびそれに伴う役員報酬の多様化、自社にとって望ましい役員の処遇のあり方について議論を深めることが期待されます。