2022/12/26 【失敗学第102回】BIPROGYの事例(会員限定)

概要

ITソリューションを事業とするBIPROGY(東証プライム市場に上場。旧 日本ユニシス)が尼崎市から受託した業務において、再々委託先の企業の社員が尼崎市民の個人情報が入ったUSBメモリーを飲酒による酩酊状態で紛失する事故が発生した。USBメモリーは後日発見されたが、そもそもBIPROGYや委託先・再々委託先でUSBメモリーに関するルールが守られていなかったことに加え、そもそもBIPROGYは尼崎市の承認がなければ委託された業務の再委託はできない契約になっていたところ、BIPROGYは尼崎市の承認を得ずに業務の再委託を行っていた。

経緯

BIPROGYが2022年12月12日に公表した「第三者委員会の調査報告書」および尼崎市が2022年11月28日に公表した「尼崎市 USBメモリー紛失事案調査委員会による尼崎市 USBメモリー紛失事案に関する調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

1970年代頃
日本ユニシスが尼崎市との取引を開始した。

2000年頃
遅くとも 2000年頃までには、日本ユニシスは尼崎市を顧客とする業務につき子会社や協力会社に再委託するようになった。その1社にアイフロント社があったが、アイフロント社は形式的には日本ユニシスから再委託を受けているものの、人員を1名出すことに対して1か月あたり1万円を自社の収入とするのみで、その余の再委託費をそのまま X社への再々委託費として支払うという状況にあり、再委託を受けた業務についてアイフロント社が関与することはなかった。

2000年代初頭
尼崎市は、受注企業に対し、委託した業務の再委託を全面的に禁止した。尼崎市と日本ユニシスとの間の業務委託契約書においても再委託の禁止が明記されるようになった。その後、再委託の禁止が一部緩和されることとなり、それ以降に締結された業務委託契約書においては、「受託者は、委託業務の一部を第三者に委任し、又は請け負わせようとするときは、あらかじめ委託者の承認を得なければならない。」旨の規定が設けられるようになった。このように再委託の禁止が一部緩和されたにもかかわらず、日本ユニシスはシステムの運用・保守業務について尼崎市の承認を得ずに第三者に再委託するという運用を続けていた。

2022年
2月:X社(日本ユニシスから再委託されたアイフロント社がさらに再委託した企業)のA氏が尼崎市の非課税世帯への臨時特別給付金対応の業務委託事業の会合にはじめて出席した。この会合の冒頭で、尼崎市職員2名と日本ユニシス従業員2名は自己紹介と名刺交換をした。X社側で出席したA氏は、自分が日本ユニシスの再々委託先従業員であることを市側に明かすことができず、「今日は名刺を持ってきていない。」と述べて、市職員との名刺交換をしなかった。Aは、X社の上司から「尼崎市から日本ユニシスの従業員かと質問されても、再委託先・再々委託先の従業員であるとは言うな。」と長年指導を受けてきたため、このときも言わなかった。A氏は、日本ユニシスとは別の会社の従業員であるとは自己紹介せず、会合に一緒に出席した日本ユニシスの職員も、A氏を別会社の従業員であるとは紹介しなかった。そのため、A氏は、この会合に出席した市職員2名は、自分を日本ユニシスの従業員と誤解したと感じた。A氏はこのとき以降もこれ以前も、自身が日本ユニシスとは別会社(再々委託先)の従業員であると尼崎市職員に打ち明けたことは一度もなかった。また、 A氏は「ユニシス」「日本ユニシス」「BIPROGY」の従業員を名乗って市職員宛にメールを送信していた。
4月1日:日本ユニシスは会社名をBIPROGYに変更した。
4月上旬:BIPROGYは、尼崎市から、令和4年度の臨時特別給付金の業務の包括受託を打診され、これを受注した(この時点で契約書は作成していなかった)。
5月18日:尼崎市担当者から、契約締結までに時間を要するため、契約履行に向けての作業の準備を開始するよう指示を受けた。
5月27日:BIPROGY社内にて尼崎市案件につき決裁が完了し、契約締結をしないまま、作業が進められることとなった。
6月21日:BIPROGYが尼崎市から受託した業務に関し、BIPROGYの再々委託先X社の従業員A氏が、尼崎市の市政情報センターから江坂コールセンターに同市住民の個人情報データを記録したUSBメモリーを運搬し業務に使用した後、終業後にUSBメモリーをカバンに入れて居酒屋に向かい、飲酒を行う。その後、A氏は酩酊して、USBメモリー2本を収納した鞄を所持したまま、自身とは全く関係のないマンションの建物内に入り込み、同建物内で眠り込んだ。
6月22日:A氏は、午前3時頃に目を覚まし、鞄を当該マンション内に置き忘れた状態で、徒歩で帰宅した(鞄に財布や携帯が入っていたため、A氏はタクシーに乗ることができず、徒歩で午前8時半頃自宅に帰った)。A氏は、BIPROGYの社員(尼崎市の市政情報センターに常駐)に電話で欠勤する旨を伝え、自力で発見できる可能性を考慮し、USBメモリーを入れた鞄を紛失したことは報告しなかった。その後、A氏は、江坂駅近辺に所在する交番に鞄の紛失届を提出した上で、自ら鞄の捜索を行ったが発見することができなかったことから、同日14時頃、同常駐社員に対してUSBメモリーを入れた鞄を紛失した旨報告した。かかる報告を受け、同常駐社員は、BIPROGY社内に状況を報告の上、作業担当者への事実確認を行った。その上で、BIPROGYは16時頃までに、尼崎市に対し本件USBメモリー紛失事故の報告を行った。
6月24日:A氏は、吹田警察署の警察官2名とともに鞄の捜索を行ったところ、上記マンションの建物内において、自身の鞄を発見した。発見時、USBメモリーは鞄のファスナーが付されているポケットの中に、ファスナーが閉じられて周囲から見えない状態で収納されていた。なお、鞄には、A氏の財布や市政情報センターの入館証等が入っていたが、紛失以前と比較して無くなっているものはなかった。
また、BIPROGYは、本件 USBメモリー紛失事故の発生後から、ダークウェブの監視等の方法により、当該データが漏えいしたと解すべき事情が存在しないかの検証を行ったが、第三者委員会の調査報告書の作成時点において、かかる事情は認められていない。
6月27日:令和4年度の臨時特別給付金の業務に関する契約書が同日付けで締結された。
7月1日:BIPROGYはUSBメモリー紛失事案に関して第三者委員会を設置した。また、尼崎市も尼崎市USBメモリー紛失事案調査委員会を設置した。
11月28日:尼崎市は、尼崎市 USBメモリー紛失事案調査委員会による尼崎市 USBメモリー紛失事案に関する調査報告書を公表した。
12月12日:BIPROGYは第三者委員会の調査結果と役員の処分、再発防止策を公表した。

内容・原因・改善策

BIPROGYが2022年12月12日に公表した「第三者委員会の調査報告書」および尼崎市 USBメモリー紛失事案調査委員会による尼崎市 USBメモリー紛失事案に関する調査報告書によると、調査により判明した事実ならびに原因および改善策は次のとおりとされている。

尼崎市民の個人情報データを記録したUSBメモリーの紛失
内容 尼崎市から委託を受けたBIPROGYが再委託したアイフロント社がさらに再委託したX社のA氏が、尼崎市民の個人情報データを記録したUSBメモリーを一時的に紛失した。
原因 <USBメモリーの使用>
江坂コールセンターのシステム環境は尼崎市民の諸情報が登録されたシステム(市政情報センター)と遮断されていたため、尼崎市民の情報を登録し、更新する際には、市政情報センターにおいて更新された最新の尼崎市民に関する情報をUSBメモリー等の可搬メディアを用いて江坂コールセンターまで運搬する必要があった。メモリの運搬を誰が担当するかについて明確な決定はなく、A氏が市政情報センターに常駐していたことから、暗黙のうちに、A氏がUSBメモリーにデータを格納して運搬するということとなった。なお、USBメモリーにはパスワードが設定され、記録されたデータについては暗号化処理が施されていた。ただし、このパスワードは、だいぶ前から尼崎市と、BIPROGY、BIPROGYから再委託・再々委託を受けていた別会社の従業員らが使いまわししているパスワードであった。

情報セキュリティの保全に関する各種規範の不遵守の横行
BIPROGYでは情報資産を持ち出す際の遵守事項やUSBメモリーを利用する際の遵守事項などがルール化されていたが、尼崎市の現場では遵守されていなかった。また、尼崎市とBIPROGYの間では、契約上、USBメモリーの管理・使用に関するセキュリティルールも定められており、BIPROGYの従業員が業務を遂行する上で遵守すべきルールも定められていたが、遵守されていなかった。また、契約上、再委託を行う場合、再委託先に、本契約における一切の義務を遵守させる必要がある旨が定められており、BIPROGYはUSBメモリー等の運搬時の遵守事項やUSBメモリー等の受け取りの際の遵守事項を協力会社にも遵守させる義務を負っていたが、適切に履行されていなかった。

BIPROGYの情報セキュリティ研修の形骸化
BIPROGYでは、従業者等に対する教育、研修等に関する規程は一応整備されており、全職員に対する情報セキュリティ研修は、年1回必須のものとしてe-learningの形式で実施していた。しかし、当該e-learningにおける理解度の確認テストは繰り返し受験を行えば正答を暗記して完了できるような形式となっており、理解が不十分でもe-learningの受講を完了させることが可能であった。また、過去3年分のe-learningの内容は社内のイントラネットにて閲覧可能な状態であったが、第三者委員会の調査においてそれを認識している者は見受けられなかった。BIPROGYの役職員の情報セキュリティに対するコンプライアンス意識は低く、当該研修の効果は十分なものではなかった。結論として、BIPROGYの情報セキュリティ研修は形骸化していた。

X社の再々委託先としての適切性
X社においては、情報セキュリティの保全や個人情報の保護のための規程は十分に整備されておらず、また、職員に対する研修も十分に行われていたとは言い難い実情にあり、個人情報保護ガイドラインに示されているような、委託元、すなわちBIPROGYに求められるものと同等の安全管理措置が採られていないことから、X社自体、委託先としての適切性を欠いていたことは明らかである。

委託先における個人データ取扱状況を把握していなかったこと
BIPROGYがアイフロント社及びX社における個人データの取扱状況を把握するための定期的な監査は行われておらず、運用としても、個人データがどのように取り扱われているかについて把握していない状況にあった。
また、アイフロント社がX社に再々委託するにあたっても、BIPROGYは、アイフロント社がX社に対して、委託先の監督を適切に果たすこと、および再々委託先であるX社が個人情報保護法23条に基づく安全管理措置を講ずることを十分に確認していたとはいえない。

改善策 1 BIPROGY役職員のコンプライアンス意識の醸成
(1) 徹底した意識改革
(2) 充実した研修の実施
(3) 多様な視点からの問題意識の共有
2 BIPROGY役職員のリスク管理意識の強化
3 リスクに応じた対応がとれる業務執行の仕組み作りとその適切な運用の確保
4 会社の組織風土の改善
5 改革の実効性と継続性の確保
承認を得ないままの業務の再委託
内容 BIPROGYと尼崎市の契約では「受託者は、委託業務の一部を第三者に委任し、又は請け負わせようとするときは、あらかじめ委託者の承認を得なければならない。」旨の規定が設けられていたが、BIPROGYは尼崎市の承認を得ずに、システムの運用・保守業務について第三者に再委託するという運用を続けていた。再委託が禁止されており、仮に再委託は尼崎市から承認を得ずに再委託をしていた。
原因 <動機>
BIPROGYにおいて、自社のサービス・エンジニアリングのみでは人的リソースの点から受託業務への対応が困難であった。

<正当化>
BIPROGYでは「仮に自社のサービス・エンジニアリングのみで業務を遂行しようとすると多額のコストが必要となる」という身勝手な理屈で受託業務を中規模企業等に顧客に無断で委託するという運用が正当化されていた。

<機会>
(メールアドレスの貸与)
BIPROGYは自社の社員ではないA氏にBIPROGYドメインのメールアドレスを付与してA氏が再委託先であることを発覚しないための外観を作出するのに組織的に協力していた。A氏も当該BIPROGYドメインのメールアドレスを用いて、メール文中において「ユニシス」「日本ユニシス」BIPROGY」の従業員を名乗って市職員宛にメールを送信して、当該外観の維持に努めた。さらにAは「尼崎市には実際の会話においても実際の社名を明らかにしないよう名刺交換を求められても名刺を忘れたことにして名刺を渡さない」との上司の教えを守ることで、自ら再委託先であることが発覚するすきを与えないようにした。
(営業担当者における前例踏襲の文化)
BIPROGYの営業部門には、前例を踏襲し、形式的に契約締結という形式を整えることだけに注力し、締結した契約内容の履行を自己の業務として実施する意識が乏しい風潮が存在していた。

改善策 上記参照
<この事例から学ぶべきこと>

本事例では、幸いなことに尼崎市民の個人情報は流出しませんでした。もっとも、BIPROGYグループでは、情報セキュリティの保全の観点から情報セキュリティマネジメント・システムを、個人情報の保護の観点から個人情報保護マネジメント・システムをそれぞれ導入し、これらの推進のための体制が構築されていましたが、末端の現場では機能していませんでした。本社スタッフ部門がどんなに情報セキュリティの水準を上げようとしても、現場では劣化した運用がなされるということを頭に入れて、全社的な水準の底上げには相当のエネルギーを必要とするということを理解しておくべきです。

また、本事例では、USBメモリーのデータを消去しない、管理者パスワードが共有されるなど基本的なミスが目立ちました。「(可能な限り)USBメモリーを使用不可にする」「管理者パスワードの共有を禁止する」など、情報セキュリティの確保に向けて再点検をしておくべきと言えます。

2022/12/23 “従順”な取締役が反旗を翻してCEOを解職

東証プライム市場の上場会社フジテックの社長が、自らの公私混同の発覚を契機に社長の座を失った事例は2022年7月1日のニュース「創業家社長、アクティビストへの対応が後手に回り社長の座を失う」でお伝えしたところだが、またもや同様の事例が発覚した。社長が上場会社のトップとは到底思えない行動をしていることを知った役員はどのような行動をとるべきなのか、考えさせられる事件と言える。・・・

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2022/12/23 “従順”な取締役が反旗を翻してCEOを解職(会員限定)

東証プライム市場の上場会社フジテックの社長が、自らの公私混同の発覚を契機に社長の座を失った事例は2022年7月1日のニュース「創業家社長、アクティビストへの対応が後手に回り社長の座を失う」でお伝えしたところだが、またもや同様の事例が発覚した。社長が上場会社のトップとは到底思えない行動をしていることを知った役員はどのような行動をとるべきなのか、考えさせられる事件と言える。

静岡県に本社を置き、エネルギー関連事業を営むTOKAIやケーブルテレビ等の事業を営むTOKAIコミュニケーションズを傘下に有するTOKAIホールディングス(東証プライム市場に上場)が2022年12月15日に公表した「特別調査委員会の調査報告書」(以下、本調査報告書)によると、TOKAIホールディングスの代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)であった鴇田(ときた)氏が経費の不適切使用を問題視され、2022年9月15日に開催された同社の取締役会で代表取締役社長の座を解職された。

驚くべきは、同氏による経費の不適切使用の内容だ。解職時に取締役会が指摘したところによると、「会食経費の不適切な使用及び精算方法の問題、歌舞伎・相撲・映画・ゴルフ練習・マッサージ・Amazon での電子コミック購入・Huluの月会費の会社負担、感謝の集いの費用負担、VILLA蓼科及びクルーザーの利用状況、呉服町タワーの一室の管理費等の費用負担」といった不適切経費(業務関連性がない、あるいは同行したとされる相手がその事実はないと証言したもの)の精算に加えて、蓼科にある会社所有の施設に取引先や政治家・マスコミ関係者などを招待し、会社の費用で出張コンパニオンを呼び混浴をすることが常態化していた(しかも、その回数は、2016年4月以降計40回に及び、出張コンパニオン派遣に対して同社が負担した費用は約700万円に及ぶ)。混浴は社内でも噂になっており、特別調査委員会が調査の一環で役職員にアンケートをとったところ、「VILLA蓼科に行く前から『露天風呂で混浴させられる』という噂は聞いており、非常識すぎると思い、参加したくなかったため、トイレの個室にこもって隠れて、混浴には参加しなかった」「混浴への参加を断ることで、当該混浴自体が異常なものであるという意思を表示した」といった回答があった。しかし、「TOKAIグループの役職員の中にも、混浴に否定的な考えを持ち、自らの混浴参加を拒んだ者はいたようだが、これらの者が、混浴参加者に対して中止するよう進言したり内部通報したりする等の直接的な制止行動をとったという事実は確認されなかった。」(本調査査報告書の117ページを参照)とのことであり、TOKAIグループにおけるこの風通しの悪さが「会社施設での出張コンパニオンとの混浴」という社外から見れば異常な“行事”が長期間にわたって何度も繰り返される遠因になったと言えるだろう。

鴇田氏は1968年4月に通商産業省(当時)に入省し、1998年6月には中小企業庁長官に就任した元キャリア官僚であり、2002年9月、ザ・トーカイ(当時)の代表取締役社長が自身の後継者とすることを念頭に顧問として招聘した。鴇田氏が通商産業省に在籍していた頃にザ・トーカイと業務上のつながりがあったことが招聘の背景にあるとみられる。その後、2011年4月にザ・トーカイとビック東海が経営統合し、株式移転によりTOKAIホールディングスが設立され、両社はTOKAIホールディングスの子会社となる。この組織再編に伴い、鴇田氏はTOKAIホールディングスの代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)に就任した。

鴇田氏はプロパーではないものの、TOKAIグループにおける役員の人事および役員報酬の決定において大きな影響力を有していたことから(本調査査報告書の28ページを参照)、同社では役員が鴇田氏に対して意見を言いにくい風土になっていた。また、TOKAIホールディングスの社内規程では社長格の定年が就任から6年かつ70歳とされていたが、鴇田氏のみ、「当面の間」定年に係る社内規程の適用から除外されていた。役員の人事および報酬の決定権限の独占と具体的期限の定めがない定年延長により、鴇田氏の独裁的な振る舞いはエスカレートしていった。

TOKAIホールディングスでは、常務執行役員経営管理本部長(以下、経営管理本部長)が鴇田氏と同様に代表取締役の地位にあったが、鴇田氏に対して意見を言いにくいという点は同様であった。経営管理本部長は、鴇田氏の行動について以下のような疑義があると考えていた(なお、下記は経営管理本部長の認識を記載したものであり、特別調査委員会が認定した事実を記載したものではない)。

経営管理本部長の認識していた鴇田氏の行動に関する疑義
本調査報告書の33ページ~34ページより抜粋
① 会社資産の取得及び利用状況に係る疑義
会社資産として、VILLA蓼科、クルーザー及び高級マンションである呉服町タワーの一室を購入し、いずれも維持費はTOKAIホールディングスが負担しているところ、VILLA蓼科及びクルーザーがC1氏を抜きに利用されることはほとんどなく、上記呉服町タワーにはC1氏が居住している。また、センチュリー、アルファード、ベンツという3台もの社用車を利用している。
これらはいずれも、取締役会決議等の社内手続を経て取得した会社資産ではあるが、その必要性や利用状況の適切性に疑義がある。

② 執務状況に係る疑義
C4 氏の認識する限り、C1氏は、相当以前から8 月にはスケジュールを入れないよう指示していた上、その後、毎週金曜日、続いて毎週月曜日も予定を入れないよう指示し、出社しない日が目立っており、会議で寝ていることもある等、執務状況に疑義がある。

③ 役員賞与の配分に係る疑義
取締役会決議により、上限の範囲内における個別役員への賞与の配分は代表取締役に一任されているが、C1氏は、配分についての基準や理由の説明もないまま、他の役員とは比較にならない高額の賞与を自分自身に分配している疑義がある。

④ 会社経費の使用に係る疑義
C1氏はかねてから非常に多くの会食を行っており、その内容の適切性に疑義がある。また、「感謝の集い」と称する会合(以下「感謝の集い」という。)には、C1氏個人の知人等が招待されており、私的な面がある疑義がある。さらに、歌舞伎、相撲、映画鑑賞並びにそれらに係る旅費まで会社に負担させており、これらを会社経費とすることについて疑義がある。
そして、VILLA蓼科に会社の費用で出張コンパニオンを呼び、混浴することが常態化している。

C1氏 : 鴇田氏を指す。
C4 氏 : 経営管理本部長を指す。
他の役員とは比較にならない高額の賞与 : 例えば、2021年度分の賞与の支給対象であるTOKAIグループの役員は77名存在するところ、鴇田氏が受領した賞与は、このうち実際に賞与が支給されたのは鴇田氏が承認した31名(鴇田氏を含む)に限られており、鴇田氏が受領した賞与は31名の賞与の合計額の約45%に相当する額であった。ちなみに、2021年度に鴇田氏が受領した役員報酬(連結)の総額は205百万円と高額であった。

経営管理本部長は、鴇田氏の行動に疑義を抱いていたにもかかわらず何らアクションをとらなかったことについて、「鴇田氏がTOKAIグループ役員の人事権を握っている上、鴇田氏に何らかの指摘をした役職員に対する鴇田氏のこれまでの言動に照らすと、経営管理本部長が鴇田氏に対して上記各疑義を指摘したとしても、結局のところ自分自身の役職を失う結果になるだけであり、鴇田氏の言動を変化させることはできず、ひいてはTOKAIグループを変えることはできないであろうとの考えがあった」と特別調査委員会に対して説明している。代表取締役の地位にあり、対外的には会社の代表権を有するという意味で鴇田氏と同格であるはずの経営管理本部長でさえ、内部的には鴇田氏の支配下にあったと言える。代表取締役ですらこの状態であることからすれば、平取締役はなおさら鴇田氏に対して期待された役割(取締役会を通じた代表取締役の監視・監督)を何一つ果たしようがなかったであろうことは容易に想像がつく。いわば“従順”な取締役会がワンマンCEOの暴走に歯止めをかけられなかった構図が見て取れる。

経営管理本部長がようやく重い腰を上げたのは2022年4月のことであった。TOKAIホールディングスの顧問に紹介された経営に関する書籍を読んだこと等を機に、仮に鴇田氏の不適切な行動がマスコミの知るところとなり報道されればTOKAIホールディングスは上場廃止の危機につながるおそれもあると危惧した経営管理本部長は、TOKAIグループの将来のためにはもはや鴇田氏の行動を見て見ぬふりをすることはできず、同社代表取締役の一人として何か行動を起こさなければならないと考えた。

経営管理本部長はまずは部下に対して、鴇田氏が2019年度から2021年度までの過去3年間にTOKAIホールディングスに精算させた交際費に関する資料を取りまとめるよう指示するとともに、TOKAIホールディングス常勤監査役に相談を持ち掛けた。実は常勤監査役も以前から鴇田氏の不適切な行動に疑義があるとは考えていたものの、これまでの鴇田氏の言動に照らし、監査役が指摘しても何も変わらないであろうと予想していたことに加え、TOKAIグループ役員の人事権は鴇田氏に集中しているため、いくら任期中は監査役の身分が会社法で保証されているとはいえ、任期満了後の処遇を考えると、上記疑義について鴇田氏に指摘することができなかった。その後、交際費に関する資料がまとめられると、交際費を使用した場所に同行していたとされる者が実際には同行していなかったなどの事実も明らかになり、経営管理本部長と常勤監査役は(顧問弁護士ではない)外部の弁護士に協力を仰ぎ、別の社内取締役を説得して、鴇田氏を解職するための準備を進めていった。

経営管理本部長を中心とした社内取締役は、事前に誓約書に連署し拇印をするなどして取締役会の過半を押さえ、2022年9月15日の取締役会に臨んだ。取締役会では、鴇田氏を除く社内取締役5名の共同により動議が提出され、特別利害関係人である鴇田氏をいったん退室させ、鴇田氏以外の役員に対して経費の不適切使用等の実態を説明したうえで、①鴇田氏をTOKAIホールディングス社長兼最高経営責任者 CEO職から解職すること、②鴇田氏が取締役を務める子会社8社および関連会社1社の株主総会において鴇田氏を各社の取締役から解任すること、③鴇田氏をTOKAIホールディングス指名報酬委員会委員その他同社および同社子会社の一切の役職から解職すること、④鴇田氏の経費の不適切な使用に関する特別調査委員会を設置して調査を行うことについて採決をとった結果、特別利害関係人である鴇田氏を除く取締役8名全員が賛同し、可決された。

特別利害関係人 : 取締役会の決議について特別の利害関係を有する取締役のことを指す。取別利害関係人に該当する取締役は、決議の公正を図る観点から、議決に加わることがでず、定足数算定の基礎にも算入されない(会社法369条1項)。また、取締役会における意見陳述権もなく、退席を要求されれば退席しなければならない。特別利害関係人である取締役に該当する例としては、競業取引や利益相反取引の承認を受ける取締役をはじめ、本件のように、代表取締役の解職決議の対象となる代表取締役がある。

一方、鴇田氏は、特別調査委員会の委員長に対して2022年12月4日付けで提出した書面において、「コンパニオンが派遣されたイベントは、接待相手とともに私や会社役職者も全て参加していました。今回の私の解職動議を発議した C2C6C5氏は、招待者に対する接待として自ら混浴にも参加しています。混浴の際、コンパニオンは公衆屋外浴場で一般的に使用されている「湯あみ」(女性の肌を隠す混浴用の浴衣。ご夫婦一緒など女性ゲストを招くこともあり、湯あみは施設に常備)を常に着用していました。また、管理会社の女性職員が、その都度過度な露出を避けるよう十分確認していました。このような状況に鑑みれば、私が私欲のために品位のない混浴を行っていたとする主張は、全く論外の主張です。仮に「混浴」が品位を欠く行為とされるのであれば、これに参加した上記役員も同様の批判を受けるべきですし、自ら混浴に参加していたC2氏がこれを理由に私を解職するのは明らかに不合理です。蓼科ゲストハウスの管理は、管理部の業務ですから、仮にゲストハウスのイベントが品位を欠くというのであれば、管理部の担当役員も責任を問われるべきであります。」と主張している。

C2 : 解職動議発議当時は平取締役。現在は代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)
C6 : 平取締役
C5 : 平取締役

冒頭で、本事例はフジテックと同様に「公私混同」が契機となったものと指摘したが、両事例には決定的な違いがある。フジテックではアクティビストファンドの尽力により「公私混同」が白日の下に晒されたにもかかわらず、社長以外の取締役は社長を守るような動きをして批判を浴びることとなったが、TOKAIホールディグスでは社内取締役が自主的に立ち上がり最終的には社外取締役や監査役も巻き込みながらクーデターを成功させた。もちろん、公私混同が目に余るトップを解職したからといって、他の取締役や監査役がすべての責任を免れるわけではない。これまで当該トップの振る舞いを見て見ぬふりをしていたのであれば、「見逃し」により会社の損害が拡大したことについて責任を問われる可能性はゼロではない。社内取締役が自主的に立ち上がったという点は大いに評価されてもよいはずだが、TOKAIホールディグスにおける「責任論」の行方が注目される。

2022/12/22 グラスルイスが2023年版ガイドライン公表、気候関連問題の説明責任では社外を含む「全取締役」が反対推奨の対象に

議決権行使助言大手グラスルイスは(2022年)12月20日、2023年版の議決権行使助言ガイドラインを公表した。今回は英語版のみで、日本語版は年明けに公表されるものとみられる。

今回の変更内容としては、2022年版ガイドラインで既に予告されていた2点(ジェンダー・ダイバーシティ、取締役会の独立性)に加えて、新たに3点(反対助言の対象者、気候関連問題の説明責任、過剰な政策保有株式)が示された。以下、順に解説する。・・・

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2022/12/22 グラスルイスが2023年版ガイドライン公表、気候関連問題の説明責任では社外を含む「全取締役」が反対推奨の対象に(会員限定)

議決権行使助言大手グラスルイスは(2022年)12月20日、2023年版の議決権行使助言ガイドラインを公表した。今回は英語版のみで、日本語版は年明けに公表されるものとみられる。

今回の変更内容としては、2022年版ガイドラインで既に予告されていた2点(ジェンダー・ダイバーシティ、取締役会の独立性)に加えて、新たに3点(反対助言の対象者、気候関連問題の説明責任、過剰な政策保有株式)が示された。以下、順に解説する。

ジェンダー・ダイバーシティ
2022年版ガイドラインにおいては、全上場会社を対象に「多様な性別の役員」の選任(最低1人)を求めていた。「多様な性別」には男性・女性以外の性別(いわゆるトランス・ジェンダー)も含まれるが、一般的には女性と捉えて差し支えないだろう。2023年ガイドラインではこれに加え、プライム市場上場会社に対して「取締役会の10%」という比率を求める。例えば取締役の人数が11人以上の場合、女性取締役が最低2人必要となる(女性1名、トランス・ジェンダー1名などでもよい)。

取締役会の独立性
2022年版ガイドラインでは、監査役会設置会社に「独立役員3分の1かつ独立社外取締役2名」、指名委員会等設置会社と監査等委員会設置会社に「独立社外取締役3分の1」を求めていた。2023年版では新たに「支配株主を有するか」「プライム市場に上場しているか」との区分を設定、この結果、新基準が求める取締役会の独立性は下表のとおり整理される。

上場市場 支配株主を有する 支配株主を有しない
プライム市場 ・監査役会設置会社:過半数
・指名委員会等/監査等委員会設置会社:過半数
・監査役会設置会社:3分の1
・指名委員会等/監査等委員会設置会社:3分の1
プライム市場以外の市場 ・監査役会設置会社:3分の1
・指名委員会等/監査等委員会設置会社:3分の1
・監査役会設置会社:独立役員3分の1かつ独立社外取締役2名
・指名委員会等/監査等委員会設置会社:3分の1

反対助言の対象者
これまで、上述のジェンダー・ダイバーシティや取締役会の独立性といったガイドラインに抵触した場合、反対助言の対象となるのは、監査役会設置会社および監査等委員会設置会社の場合は「会長(the chair of the company)」(の選任議案 以下同様)とされてきた(指名委員会等設置会社は指名委員長)。これが2023年版ガイドラインからは「議長(the chair of the board)」に変更される。コーポレートガバナンスの責任は取締役会議長にあることを明確化したものと考えられるが、従来は「取締役会長」である社長が反対助言の対象となっていた会社において、「取締役会議長」である社長が反対助言の対象になるといったケースが生じることが想定される。

気候関連問題の説明責任
これも2023年版ガイドラインから新設されたもので、「重大な気候リスクに晒されている会社」(companies with material exposure to climate risk)に対して、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の勧告に従った情報開示を要求する。この「重大な気候リスクに晒されている会社」とは、具体的にはClimate Action 100+によって特定された企業を指しており、日本では下記の10社が該当する。反対助言の対象とするのは「責任ある取締役(responsible directors)」であり、経営トップから社内取締役まで全取締役が対象となり得る。

TCFD : 主要国の金融当局(中央銀行、金融監督当局、財務省)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などで構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が設置した組織。TCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」の略である。TCFDが2017年6月に公表した最終提言は、気候変動リスクに関する情報開示のフレームワーク(枠組み)のグローバルスタンダードになっている。
Climate Action 100+ : 機関投資家が、温室効果ガスを排出する世界最大級の企業と協力し、こうした企業が気候変動に関するガバナンスを改善するとともに、排出量を抑制し、気候関連の財務情報の開示を促進するために設立された団体。

ダイキン工業、日立製作所、本田技研工業、ENEOSホールディングス、日本製鉄、日産自動車、パナソニック、スズキ、東レ、トヨタ自動車

過剰な政策保有株式
現行ガイドラインでは、貸借対照表に計上されている政策保有株式の額が「連結純資産の10%以上」である場合、会長の選任議案に反対助言するとしている。新ガイドラインでは反対助言の対象が取締役会議長に変更される。

また、現行ガイドラインでは、「明確な縮減計画を開示」「政策保有株式が減少していることを確認」「必要と考えられる説明が合理的」であれば反対助言を見送るとしているが、新ガイドラインでは反対助言を見送るこれらの理由について、以下のとおり明確化を図っている。なお、下記の2点目については、反対助言の見送りが検討される対象は「純資産の10~20%」であり、20%の場合は適用されないことに留意したい。
・具体的な削減額と削減の期間(the specific amount of reduction and the timeframe)が含まれる明確な縮減計画を開示している
・政策保有が純資産の10~20%(in the range between 10% and 20% of its net assets)の場合、過去5年の平均ROEが5%以上である

2022/12/21 内部統制報告制度の改正で経営者に求められる「評価範囲の見直し」

我が国の内部統制報告制度(J-SOX)は、2008年4月1日以後に開始する事業年度から適用されて以来、14年余りが経過しているが、これまで大きな見直しは行われていない。こうした中、経営者による内部統制の評価範囲外において、「開示すべき重要な不備」が明らかになる事例が発生しており、「経営者が内部統制の評価範囲を検討するにあたって、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を適切に考慮していないのではないか」といった内部統制報告制度の実効性への懸念が指摘されていることは既報のとおり(2022年11月8日のニュース『内部統制の評価範囲外から認識された「開示すべき重要な不備」が多発』参照)。また、我が国の内部統制報告制度がベースとした米国COSO(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission=通称:トレッドウェイ委員会支援組織委員会)の「内部統制の基本的枠組みに関する報告書」(以下、COSO報告書)は、経済社会の構造変化やリスクの複雑化に伴う内部統制上の課題に対処するために2013年に改訂されたが(改訂の内容は2022年10月14日のニュース「サステナビリティ情報も内部統制報告の対象になる可能性」の中段参照)、我が国は未対応のままとなっている。このような内部統制報告制度を巡る状況を踏まえ、金融庁の企業会計審議会に設置された内部統制部会は2022年12月15日、内部統制の実効性向上を図るべく「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(以下、基準)の改訂版の公開草案を公表している(金融庁のリリースはこちら)。改訂基準は「2024年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価及び監査」から適用される予定だ。

J-SOX : エンロン事件やワールドコム事件など1990年代末から2000年代初頭にかけて頻発した不正会計問題に対処するため、コーポレートガバナンスのあり方と監査制度を抜本的に改革するとともに、投資家に対する企業経営者の責任と義務・罰則を定めた米国連邦法がSOX法であり、2002年7月に制定された(正式名称はサーベンス・オクスリー法)。日本におけるJ-SOX(内部統制報告制度)は、SOX法に基づく内部統制監査制度を参考に、2008年に導入されたものである。
開示すべき重要な不備 : 財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高い内部統制の不備のこと。ここでいう「重要」か否かの判断は、金額的重要性及び質的重要性により総合的に判断される。誤った財務報告は投資家の判断も狂わせることになるため、その原因となった内部統制の不備は「開示すべき」ということになる。
COSO : 企業の不正行為に対抗するための、米国公認会計士協会(AICPA)、米国会計学会(AAA)、財務管理者協会(FEI)、内部監査人協会(IIA)、管理会計士協会(IMA)の5つの組織が資金を提供して1985年に設立された共同イニシアチブで、企業や組織が自社の統制システムを評価できる共通の内部統制モデルを確立した。「トレッドウェイ委員会」という通称は、初代委員長である元証券取引委員会委員のジェームズ・C・トレッドウェイ・ジュニア氏に由来する。

今回の改訂は、・・・

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2022/12/21 内部統制報告制度の改正で経営者に求められる「評価範囲の見直し」(会員限定)

我が国の内部統制報告制度(J-SOX)は、2008年4月1日以後に開始する事業年度から適用されて以来、14年余りが経過しているが、これまで大きな見直しは行われていない。こうした中、経営者による内部統制の評価範囲外において、「開示すべき重要な不備」が明らかになる事例が発生しており、「経営者が内部統制の評価範囲を検討するにあたって、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を適切に考慮していないのではないか」といった内部統制報告制度の実効性への懸念が指摘されていることは既報のとおり(2022年11月8日のニュース『内部統制の評価範囲外から認識された「開示すべき重要な不備」が多発』参照)。また、我が国の内部統制報告制度がベースとした米国COSO(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission=通称:トレッドウェイ委員会支援組織委員会)の「内部統制の基本的枠組みに関する報告書」(以下、COSO報告書)は、経済社会の構造変化やリスクの複雑化に伴う内部統制上の課題に対処するために2013年に改訂されたが(改訂の内容は2022年10月14日のニュース「サステナビリティ情報も内部統制報告の対象になる可能性」の中段参照)、我が国は未対応のままとなっている。このような内部統制報告制度を巡る状況を踏まえ、金融庁の企業会計審議会に設置された内部統制部会は2022年12月15日、内部統制の実効性向上を図るべく「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(以下、基準)の改訂版の公開草案を公表している(金融庁のリリースはこちら)。改訂基準は「2024年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価及び監査」から適用される予定だ。

J-SOX : エンロン事件やワールドコム事件など1990年代末から2000年代初頭にかけて頻発した不正会計問題に対処するため、コーポレートガバナンスのあり方と監査制度を抜本的に改革するとともに、投資家に対する企業経営者の責任と義務・罰則を定めた米国連邦法がSOX法であり、2002年7月に制定された(正式名称はサーベンス・オクスリー法)。日本におけるJ-SOX(内部統制報告制度)は、SOX法に基づく内部統制監査制度を参考に、2008年に導入されたものである。
開示すべき重要な不備 : 財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高い内部統制の不備のこと。ここでいう「重要」か否かの判断は、金額的重要性及び質的重要性により総合的に判断される。誤った財務報告は投資家の判断も狂わせることになるため、その原因となった内部統制の不備は「開示すべき」ということになる。
COSO : 企業の不正行為に対抗するための、米国公認会計士協会(AICPA)、米国会計学会(AAA)、財務管理者協会(FEI)、内部監査人協会(IIA)、管理会計士協会(IMA)の5つの組織が資金を提供して1985年に設立された共同イニシアチブで、企業や組織が自社の統制システムを評価できる共通の内部統制モデルを確立した。「トレッドウェイ委員会」という通称は、初代委員長である元証券取引委員会委員のジェームズ・C・トレッドウェイ・ジュニア氏に由来する。

今回の改訂は、①内部統制の基本的枠組みに係る改訂、②財務報告に係る内部統制の評価及び報告に係る改訂、③財務報告に係る内部統制の監査に係る改訂の3つに大きく分かれる。このうち、経営者に求められる役割への影響が特に大きいのが、②財務報告に係る内部統制の評価及び報告に係る改訂のうち、上述のとおり内部統制報告制度の実効性への懸念を招いている「経営者が実施する内部統制の評価範囲の決定」に関する改訂である。以下、改訂のポイントを解説しよう。

1.全社的な内部統制の評価範囲の決定
・長期間にわたり評価範囲外とされていた事業拠点や業務プロセスの取扱いの明確化
経営者は、全社的な内部統制の評価を行い、その評価結果を踏まえて、業務プロセスの評価の範囲を決定することになるが、上述のとおり経営者による内部統制評価の範囲外で、開示すべき重要な不備が明らかになる事例が発生していることを踏まえ、①長期間にわたり評価範囲外とされていた事業拠点や業務プロセス、②評価範囲外の事業拠点又は業務プロセスにおいて開示すべき重要な不備が識別された場合、それぞれの取扱いが以下のとおり明確化された。

全社的な内部統制 : 「企業全体に広く影響を及ぼし、企業全体を対象とする内部統制」のこと。企業全体に影響が及ぶだけに、内部統制の中でも最も重要性が高い。例えば、経営者の姿勢や、経営者がポリシーや倫理を浸透させるために全社員向けに作った規程などが全社的内部統制に該当する。

①長期間にわたり評価範囲外としてきた特定の事業拠点や業務プロセスについても、評価範囲に含めることの必要性の有無を考慮しなければならない。
②評価範囲外の事業拠点又は業務プロセスにおいて開示すべき重要な不備が識別された場合には、当該事業拠点又は業務プロセスについては、少なくとも当該識別がされた時点を含む会計期間の評価範囲に含めることが適切である。

2.業務プロセスに係る評価の範囲の決定
(1)重要な事業拠点の選定にあたっては「質的な重要性」も考慮することを明確化

企業が複数の事業拠点を有する場合、重要な事業拠点の選定にあたっては、現行基準に例示されている「例えば、連結ベースの売上高等の一定割合を概ね2/3程度(をカバーすればよい)」という量的な基準が機械的に適用されているとの懸念から、単純に量的な重要性だけではなく、「質的な重要性」も考慮すること等が明確化された。

① 事業拠点を選定する際には、財務報告に対する金額的及び質的影響並びにその発生可能性を考慮することを明確化
② 全社的な内部統制のうち、良好でない項目がある場合には、それに関連する事業拠点を評価範囲に含める必要があることを明確化
③ 重要性の大きい個別の業務プロセスの評価対象への追加を適切に行うことを明確化(後述の(3)参照)

また、事業拠点を選定する際の指標としては、基本的には「売上高」としつつ、企業を取り巻く環境、事業の特性によっては「総資産」「税引前利益」等の指標を用いることも明確化された。例えば、銀行等の場合には、経常収益という指標を用いることが考えられる。

(2)評価対象とする業務プロセスの識別においても「質的な重要性」を考慮することを明確化
現行基準では、(1)で選定した重要な事業拠点における、企業の事業目的に大きく関わる勘定科目(例えば売上)に至る業務プロセスは、財務報告に及ぼす影響を勘案し、原則として全てを評価の対象とするとされている。この「事業目的に大きく関わる勘定科目」について、現行基準では「一般的な事業会社の場合、原則として、売上、売掛金及び棚卸資産」と例示されているため、当該3勘定のみを対象とすればよいという機械的な運用が行われているとの懸念を踏まえ、財務報告に対する金額的及び質的影響並びにその発生可能性を考慮し選定することが明確化された。

(3)個別に評価対象に追加する業務プロセス、リスクが生じやすい場面の例示として海外の事業拠点の業務等を追加
(1)で選定された事業拠点及びそれ以外の事業拠点で、財務報告への影響を勘案すると重要性の大きい業務プロセスについては、個別に評価対象に追加する必要があるが、リスクが大きい取引を行っている事業又は業務に係る業務プロセスとして、現行基準で挙げられている「金融取引やデリバティブ取引を行っている事業又は業務や価格変動の激しい棚卸資産を抱えている事業又は業務」との例示に加え、以下が追加された。

複雑な会計処理が必要な取引を行っている事業又は業務、複雑又は不安定な権限や職責及び指揮・命令の系統(例えば、海外に所在する事業拠点、企業結合直後の事業拠点、中核的事業でない事業を手掛ける独立性の高い事業拠点)の下での事業又は業務

また、リスクが発生又は変化する可能性がある事象の例示として、以下の事項が追加された。

・規制環境や経営環境の変化による競争力の変化
・新規雇用者
・情報システムの重要な変更
・事業の大幅で急速な拡大
・生産プロセス及び情報システムへの新技術の導入
・新たなビジネスモデルや新規事業の採用又は新製品の販売開始
・リストラクチャリング
・海外事業の拡大又は買収
・新しい会計基準の適用や会計基準の改訂

ここまで述べて来た改訂に対し、経営者は例えば下表のような基準に従って内部統制評価の範囲を判断することになる。ただし、これらの例示は機械的に使用すべきではなく、財務報告に対する金額的・質的影響とその発生可能性も考慮する必要がある。

経営者が判断すべき評価範囲 判断基準の例示
全社的な内部統制の評価範囲 例えば、売上高が大きい順に足していった場合に連結グループ全体の95%に入らない連結子会社は評価対象から外すことができる。
業務プロセスの評価範囲 ・例えば、本社を含む各事業拠点の売上高等を金額の大きいものから合算していき、連結ベースの売上高等が一定割合に達するまでに合算される事業拠点を評価対象とする。一定割合については、全社的な内部統制の評価が良好であれば、連結ベースの売上高等の概ね3分の2程度。
・「企業の事業目的に大きく関わる勘定科目」については、例えば一般的な事業会社の場合、原則として売上、売掛金、棚卸資産の3勘定、銀行等の場合は預金、貸出金、有価証券の3勘定。

内部統制部会内には「定量的な選定基準は廃止すべき」との意見もあったが、同基準があることにより実務が上手く機能している企業もあることを踏まえ、廃止には至らなかった。個別に評価対象に追加する業務プロセス、重要な虚偽記載が生じやすい事業又は業務にとしては以下のようなものがある。経営者は、これらの事業、業務が自社に存在しないか確認する必要がある(下線部は改訂案により追加された例示)。

・金融取引やデリバティブ取引を行っている事業又は業務
・価格変動の激しい棚卸資産を抱えている事業又は業務
海外に所在する事業拠点、企業結合直後の事業拠点、中核的事業でない事業を手掛ける独立性の高い事業拠点の下での事業又は業務
・引当金や固定資産の減損損失、繰延税金資産(負債)など、見積りや経営者による予測を伴う重要な勘定科目に係る業務プロセス
・通常の契約条件や決済方法と異なる取引、期末に集中した取引や過年度の趨勢から見て突出した取引等非定型・不規則な取引

また、経営者は、以下のような重要な虚偽記載のリスクの発生可能性が高まる事象がないかを確認する必要がある。

・規制環境や経営環境の変化による競争力の変化に伴う事業又は業務の変更
・新規雇用者が内部統制を無視している
・情報システムの重要な変更が行われた、また、情報システムの変更後にトラブルがある
・事業の大幅で急速な拡大が行われている場合において、内部統制が適切に運用されていない
・生産プロセス及び情報システムへの新技術の導入、また、新技術導入後のトラブル
・新たなビジネスモデルや新規事業の採用又は新製品の販売開始、また、それらに対応する内部統制の整備・運用、旧製品の棚卸資産評価
・リストラクチャリングに伴う業務の支障
・海外事業の拡大又は買収が行われた場合において、海外事業又は買収会社の内部統制が適切に整備・運用されていない
・新しい会計基準が適用されたが、適切な会計処理がされていない

経営者が留意すべき新基準のポイントは以上のとおりだが、経営者としては、評価範囲の決定前後に、当該範囲を決定した方法及びその根拠等について、監査法人と協議を行っておくべきだろう。評価範囲を決定するのはあくまで経営者であり監査法人ではないが、当該協議は、監査法人による指摘を含む指導的機能の一環として、経営者にとって有益なものとなるはずだ。

なお、サステナビリティ等の非財務情報に係る開示の進展やCOSO報告書の改訂を踏まえ、サステナビリティ情報を内部統制報告の対象とするかどうかが論点となっていたが(2022年10月14日のニュース「サステナビリティ情報も内部統制報告の対象になる可能性」参照)、今回の改訂では、内部統制の目的の一つである「財務報告の信頼性」を「報告の信頼性」に変更するとともに、「報告の信頼性」とは、組織内及び組織の外部に対する「非財務情報を含む」報告の信頼性を確保すること、と定義された。ただし、「報告の信頼性」には「財務報告の信頼性」が含まれ、しかも金融商品取引法上の内部統制報告制度は、あくまで「財務報告の信頼性」の確保が目的とされていることから、サステナビリティ等の非財務情報の内部統制報告制度における取扱いについては、非財務情報の開示等に関する国内外における議論を踏まえて検討すべきとし、中長期的な課題とされるにとどまっている。

2022/12/20 DWGの報告書案、「レビューの有無」の四半期決算短信での開示について企業サイドから反発の声

金融庁の金融審議会に設置されたディスクロージャーワーキング・グループ(以下、DWG)は12月15日、令和4年度の審議における検討結果をまとめた報告書案を公表している。前半が四半期開示の見直し、後半がサステナビリティ開示に関するものとなっているが、このうち前半部分はDWGが6月に公表した報告書で示された「金融商品取引法上の四半期開示義務(第1・第3四半期)を廃止し、取引所規則に基づく四半期決算単身に『一本化』する」という方向性(2022年11月25日のニュース『四半期開示に関する議論が事実上決着、「四半期決算短信を任意に」は誤解』参照)に基づくものであり、今後、金融商品取引法や取引所規則等の改正に反映される内容が多く含まれている。具体的には以下の事項である。・・・

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2022/12/20 DWGの報告書案、「レビューの有無」の四半期決算短信での開示について企業サイドから反発の声(会員限定)

金融庁の金融審議会に設置されたディスクロージャーワーキング・グループ(以下、DWG)は12月15日、令和4年度の審議における検討結果をまとめた報告書案を公表している。前半が四半期開示の見直し、後半がサステナビリティ開示に関するものとなっているが、このうち前半部分はDWGが6月に公表した報告書で示された「金融商品取引法上の四半期開示義務(第1・第3四半期)を廃止し、取引所規則に基づく四半期決算単身に『一本化』する」という方向性(2022年11月25日のニュース『四半期開示に関する議論が事実上決着、「四半期決算短信を任意に」は誤解』参照)に基づくものであり、今後、金融商品取引法や取引所規則等の改正に反映される内容が多く含まれている。具体的には以下の事項である。

① 当面は、四半期決算短信を一律に義務付ける(4ページ冒頭)
② 投資家の要望が特に強い事項(セグメント情報、キャッシュ・フローの情報等)については、四半期決算短信の開示内容に追加する(5ページ最終段落)
③ 四半期報告書において、直近の有価証券報告書の記載内容から重要な変更があった場合に開示が求められてきた事項については(中略)、これらに重要な変更があれば(中略)、臨時報告書の提出事由とする(6ページ冒頭)
④ 四半期決算短信については監査人によるレビューを一律には義務付けない(6ページ最終段落)
⑤ レビューの有無を四半期決算短信において開示する(7ページ冒頭)
⑥ 会計不正が起こった場合(中略)や企業の内部統制の不備が判明した場合(中略)、取引所規則により一定期間、監査人によるレビューを義務付ける(7ページ2段落目)
⑦ 上場企業の半期報告書については、現行と同様、第2四半期報告書と同程度の記載内容と監査人のレビューを求め、提出期限を決算後45日以内とする(8ページ最終段落)
⑧ 非上場企業は(中略)、上場企業に義務付けられる半期報告書の枠組み(中略)を選択可能とする(9ページ冒頭)
⑨ 半期報告書及び臨時報告書の公衆縦覧期間については、金融商品取引法を改正し(中略)5年間へと延長する(10ページ

これらの中で、12月15日の審議会において異論が続出したのが、⑤のレビューの有無の四半期決算短信における開示だ。主に企業サイドの委員から「有無の記載は推奨、強要につながる」「義務化とニアリーイコールの印象」「企業の判断に委ねる趣旨を貫徹してほしい」といった理由で記載を削除すべきとの意見が複数挙がった。一方、別の委員からは「透明性の観点から有無の開示を求めるべき」とのコメントもあり、本項目が最終版に盛り込まれるか注目される。

また、①の四半期決算短信の義務付けに関連して、将来的な任意化の是非については、継続的に検討するとはしているものの、下記のとおり様々な条件(適時開示の充実、企業の意識の変化、有報の開示状況)が付された形となっている(4ページ)。

今後、適時開示の充実の達成状況や開示を巡る企業の意識の変化、有価証券報告書の開示タイミングの状況等を踏まえた上で、四半期決算短信の任意化について幅広い観点から継続的に検討していくことが考えられる。

企業サイドの委員からは「有報の開示タイミングは四半期開示の任意化とは関係ない」として、当該記述を削除するよう求める意見が出た。ただ、投資家にとって「有報の開示タイミングの状況等を踏まえた上で」との記述が意味するところは、「有報が軒並み総会前に提出されるくらいになったら、企業の開示に対する意識が変わったと言える、またはグローバル投資家に対して信認が得られる」ということであり、最終版からカットすることに対しては、有報の早期提出を望む投資家サイドから抵抗が示される可能性がある。

また、投資家サイドの委員からは、以下の注釈(3ページ欄外の注釈5)における記載を本文に繰り上げるべき、という意見が複数かつ強硬に求められている。

5 このほか、適時開示と四半期決算単身のような定期開示とは性質が異なっており、適時開示の充実によって定期開示を代替できるものではない(中略)との意見があった。

これは適時開示と定期開示である四半期決算短信は全く別物であり、四半期決算短信の将来的な任意化の是非を「継続的に検討」すること自体を否定する趣旨と考えられ、本文への繰り上げについては企業サイドからの強い反発がある。

遅くとも年明けには公表されるであろう報告書の確定版で上記記述がどのように表現されるのか、注目される。

2022/12/19 生物多様性、COP15に期待される定量目標の設定など「具体的な成果」

生物多様性の損失が深刻な課題として注目を浴びる中、今月(2022年12月)7日から19日にかけて、カナダ・モントリオールで国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催されている。生物多様性とは・・・

COP15 : COPとは「Conference Of the Parties」の略で「コップ」と読む。「Parties」とは条約を結んだ締約国の集まりのことである。ちなみに、2021年11月1日~12日には、英国グラスゴーで開催された「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」であるCOP26が開催されていた。

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