「ESG指標をどのようにインセンティブ報酬に組み込むべきか」という問いは世界中の上場企業を悩ませており、日本企業でも日々進展の見られる分野となっているが、役員報酬プラクティスに強い影響力を持つ英国のLGIM(Legal & General Investment Management)が2022年10月に更新した役員報酬に関する議決権行使基準(LGIM’s UK principles on executive pay – October 2022)に、この点についてかなり踏み込んだ新基準が盛り込まれた。
その内容は、2025年以降に提案される新しい役員報酬ポリシーにおいて、ネットゼロ目標に対する評価がLTI(Long Term Incentive=中長期のインセンティブ報酬)において20%以上のウエイトを占めていない場合、当該役員報酬議案に反対する、というものである。
LGIM : Legal & General Investment Management の略称で、欧州でも有数の規模を誇る英国の大手保険グループ Legal & General Group の一員であるグローバル機関投資家
ネットゼロ : 温室効果ガスの排出量から吸収量や除去量を差し引いた合計をゼロにするにすること。
さらに、このネットゼロ目標はスコープ1、スコープ2だけでなく、スコープ3までを含めたフル・バリューチェーンでの目標達成度を測定するものでなければならず、また恣意的な運用にならないようSBTi承認(*)を得ていることが望ましいという、極めて要求水準の高いものとなっている。
スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと
スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと
スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと
フル・バリューチェーン : 購買した原材料に対し、技術開発、生産、販売、人材育成といった一つひとつの企業活動が価値を付加し、最終的に顧客に対する価値が生み出されるという一連の流れのこと
Science-based Targets initiative(科学的根拠に基づくイニシアティブ) : 企業に対し「科学的根拠」に基づく「二酸化炭素排出量削減目標」を立てることを求めるイニシアチブであり、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)、国連グローバル・コンパクト(UNGC)、そして、気候変動対策に関する情報開示を推進する機関投資家の連合体のCDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)の4団体によって2014年9月に設立された。同イニシアチブでは、企業に対し、長期的視点に基づいた温室効果ガスの削減ビジョンや目標を設定することを推奨しており、目標設定を支援するためのガイダンスなども策定している。
LGIMは、2050年のネットゼロ社会を目指すうえでのマイルストーン(中間地点)である「2030年」まで残り5年となる2025年からの新基準を適用することを予定している。適用開始までまだ時間はあるが、LGIMは早期に告知することで企業側に注意喚起し、十分な対応を図ってもらうための猶予期間を設けたい、としている。これは、スコープ3まで含めたフル・バリューチェーンでの目標設定という点は投資先企業にとって難易度が高いということを、LGIMも認識しているということを示している。
いまだ日本企業においては、ESG指標を①年次インセンティブ(賞与等)で評価するのか、②LTIで評価するか、あるいは③その両方で評価するのか、また、ESG指標による評価にどの程度のウエイトを持たせるのか、といった論点について各社の考え方や対応に濃淡がある。こうした中、役員報酬プラクティスで日本に先行する英国で、「LTIにおいて20%以上のウエイトでネットゼロ目標(しかもスコープ3まで含む)を設定すべし」という具体的な基準が投資家サイドから出てきたことは注目に値するだろう。
同様に英国の役員報酬プラクティスに対して影響力のあるInvestment Association(英国投資協会:通称“IA”)は2022年11月9日に各企業の報酬委員長宛にレターを発出している。3ページという簡潔なレターの中でも論点は多岐にわたっている。その中でもESG指標については、「ESG Metrics in Executive Remuneration(役員報酬におけるESG指標)」と見出しをつけて言及している。レターでは、従来は「ネットゼロ・コミットメント」を表明している企業や、ESG指標が事業戦略上マテリアル(重要)な企業においてのみ、ESG指標のインセンティブ報酬への組み入れが重要視されてきたが、同協会の会員である投資家の中には、「一部の企業に限定されることなく、全ての企業において同様の対応が求められる」と考えている者もいるとしている。こうした中、同協会としては、役員報酬におけるESG指標が①戦略に紐づいており、②定量的であり、③不要な複雑さを伴わないことを求めており、さらに、投資家の期待として、それらのESG指標の進捗状況がどのように測定されるのか、そして目標値に対する実績を対外的に開示・説明していくことを求めている。
冒頭でも触れたように、ESG指標を報酬に反映することは日本企業にとっても重要な課題となっているのみならず、進展のスピードも速いだけに、経営陣としては、英国と同様の展開が早晩訪れる可能性を想定しておく必要があろう。