2025/12/23 ISSの日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その③】(会員限定)

2025年12月22日のニュース「今後の日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その②】」では、ISS「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」のうち「長期インセンティブ報酬の構造」についての調査結果を解説した。続いて本稿では、「AIガバナンスとリスク管理」を取り上げる。

AIガバナンスとリスク管理(AI Governance and Risk Management)

グラスルイスは米国向けポリシーにおいて、取締役会による人工知能(AI)の監督に関する基準を既に導入している。具体的には、AI の利用や管理に起因する重大なインシデントが発生し、その背景に取締役会による不適切な監督・管理があり、結果として株主に重大な損害が生じたことが明白な場合には、取締役の選任議案に反対助言を行う可能性があるとしている。ISS も AI 技術に関するガバナンスとリスク管理の必要性を認識し、今回の調査ではこれに関連する設問を複数提示した。

まず、AI を積極的に活用している企業(a company significantly using AI)において、AI 関連リスクを評価するためのグローバルなフレームワーク(OECD AI PrinciplesNIST AI RMF など)を現時点で適用することが適切かどうかが問われた。この問いに対しては、下表のとおり、投資家の約 58%が「適切(timely)」と回答した一方、非投資家の約84%が「時期尚早(premature)」と回答している。上場会社は自らの裁量で AI リスク管理を進めたい意向があるものと思われるが、投資家はその対応が適切であるかどうかを判断するため、共通したフレームワークが適用されることを期待していることが窺われる。


OECD AI Principles : OECD が2019年に採択した、AI の開発・利用に関する国際原則。人間の価値の尊重、公正性、透明性、安全性、説明責任などを掲げ、各国の政策立案や企業のAIガバナンスの指針として広く参照されている。
NIST AI RMF : 米国国立標準技術研究所(NIST)が2023年に公表した AI Risk Management Framework (AI RMF 1.0)。AI システムに伴うリスクを特定・評価・低減するための枠組みで、信頼性、透明性、安全性、公正性などの観点から、AI の設計・運用・評価を支援する実務的ガイドラインを提供している。

Q38:AIリスク管理のフレームワーク適用
選択肢 投資家 非投資家
現時点では時期尚早 41.77% 84.21%
適切(timely) 58.23% 15.79%

次に ISS は、AI を活用したビジネスや社内システムを取締役会がどのように監督しているかを開示すべきか聞いている。この問いに対し、事業において AI が重要な役割(a significant role)を果たす場合には開示が必要との回答が投資家で過半数、非投資家では 7 割超に達した。さらに投資家の 4 割強は「ほとんどすべての場合(In all or most cases)」で開示が必要と回答している。AI 関連リスクはもはや特定の業種や事業領域にとどまらない問題であるという資本市場の認識がうかがえる。上述のとおり、グラスルイスは重大なインシデントが発生した場合には取締役会による AI リスクの監督体制を問う姿勢をポリシーとして明確にしている。今回の調査結果を踏まえると、ISS においても同様のポリシーが導入される可能性があろう。

Q40:取締役会によるAIリスク監督の開示が必要な場合
選択肢 投資家 非投資家
AIが事業戦略において重要な役割を果たす場合 53.55% 72.73%
ほとんど全ての場合(開示不要な場合は理由を説明) 42.58% 12.73%
その他 3.87% 14.55%

ただし、次の設問では、たとえ監督体制を開示していても、それだけで取締役会が AI 関連リスクを適切に理解しているとは言えないという共通認識が示されている(投資家の68.83%、非投資家の52.73%)。この結果は、単に「取締役会はグローバルなフレームワークに沿って AI リスクを監督している」ことを開示するだけでは不十分であり、そのフレームワークを実際に活用する取締役会の能力や、それを支える社内の運用体制といった“実質”が今後ポリシーで問われる可能性を示唆している。

Q41:AIリスク監督に関する開示の効果
選択肢 投資家 非投資家
取締役会の理解度が高いことを示す指標となる 18.83% 18.18%
開示だけで取締役会の理解度を測ることは難しい 68.83% 52.73%
開示と取締役会の理解度に相関関係はほとんどない 12.34% 29.09%

上述した「実質の伴った体制」であることを示すためにはどのような情報が有用かも問われた。選択肢として挙げられた「研修や教育プログラム」「外務専門家やアドバイザリー業者」「取締役会メンバーの専門知識や経験」がそれぞれ投資家と非投資家の双方から 2~3 割の賛同を得ている。したがって、これらの情報を組み合わせことで、AI関連リスクの監督体制に対する信認を高めることが可能だろう。また、投資家から最も賛同を集めたのが「取締役会メンバーの専門知識や経験」であることを踏まえると、少なくとも「AIが事業戦略において重要な役割を果たす場合」には、例えばスキルマトリックスの項目に「AI」を追加して社外取締役の選任に活用することも検討したい。

Q42:取締役会のAIスキルを証明する情報
選択肢 投資家 非投資家
AIに関する研修や教育プログラム 23.73% 23.39%
外部専門家やアドバイザリー業者との連携 22.72% 20.16%
取締役会の各メンバーが持つ専門知識や経験 27.38% 20.97%
AI関連リスクが全社的リスク管理(enterprise risk management)にどの程度組み込まれているか 0.00% 6.45%

2025/12/22 ISSの日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その②】

2025年12月19日のニュース「ISSの日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その①】」では、ISSの「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」のうち「取締役の兼任数」についての調査結果を解説した。続いて本稿では、「長期インセンティブ報酬の構造」を取り上げる。

「長期インセンティブ報酬の構造(時間経過型か業績連動型か)」(Equity time-based vs. performance-based long-term executive incentives)

本論点は「All countries(全地域共通)」向けのテーマとして位置づけられているものの、ISSは・・・

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2025/12/22 ISSの日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その②】(会員限定)

2025年12月19日のニュース「ISSの日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その①】」では、ISSの「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」のうち「取締役の兼任数」についての調査結果を解説した。続いて本稿では、「長期インセンティブ報酬の構造」を取り上げる。

「長期インセンティブ報酬の構造(時間経過型か業績連動型か)」(Equity time-based vs. performance-based long-term executive incentives)

本論点は「All countries(全地域共通)」向けのテーマとして位置づけられているものの、ISSは特に米国において強く意識されていると説明している。米国では業績連動型(performance‑based)の株式報酬が発展してきたが、その仕組みが過度に複雑である、コストがかかりすぎる、さらには目標設定の厳格さを欠く(non‑rigorous)との批判がある。一方、英国や欧州大陸の一部市場では、長期のベスティング期間を設定したシンプルな時間経過型(time‑based)の株式報酬を導入する動きが広がっている。


ベスティング : 権利を付与されてから権利行使可能になるまでの期間のこと。ベスティング(vesting)とは「権利確定」という意味である。
時間経過型 : 時間の経過のみを条件として権利が確定する株式報酬のこと。一定期間の継続勤務を要件とし、業績指標の達成を条件としない点に特徴がある。

そこでISSは、業績条件を課さない時間経過型の株式報酬がインセンティブ報酬として適切かどうかを質問している。この質問に対する回答は、下表のとおり時間経過型と業績連動型を組み合わせることが望ましいとするものが最も多く、投資家では約38%、非投資家では約45%を占めた。

現行のISSポリシーでは、「行使条件として一定の業績達成が求められていない」株式報酬の導入には原則として反対を推奨するとされている(ただし、「3年以上のベスティング期間」または「退職前の行使禁止」を条件に賛成)。今回の調査結果を見る限り、業績連動型という仕組みそのものが否定されているわけではなく、当面は「業績連動型の株式報酬が望ましい」という現在のスタンスが維持されると考えられる。

Q25:業績連動を伴わない株式報酬(時間経過型)
選択肢 投資家 非投資家
業績連動要件は必ずしも必要ではない 7.05% 20.29%
業績連動型と組み合わせるべき 37.82% 44.93%
特定の業種や企業においては許容される 30.77% 18.84%
業績連動型がインセンティブ報酬として適切 21.15% 11.59%
その他(クローバックなど、報酬設計よりもガバナンス上の仕組みの方が重要) 3.21% 4.35%


クローバック : クローバック(clawback:「取り戻す」という意味)とは、例えば不適切会計により財務諸表に修正が入った場合、修正前の財務諸表に基づき本来より多く支払われていた役員報酬を返還させる仕組みのこと。日本企業では不祥事があった場合に役員が自主的に過去の報酬を返上するケースがあるが、このような“自主的な返上”はクローバックに該当しない。クローバックとは、あくまで「制度」としての報酬返還の仕組みを指す。

上述のとおり、ISS は現行ポリシーにおいて、業績条件を課さない株式報酬の導入に賛成する条件として「3年間のベスティング期間」または「退職前の行使禁止」を挙げている。今回のアンケートでは、このベスティング期間をさらに長期化すべきか、あるいはベスティング期間経過後の保有期間(保有義務)を設けるべきかについて質問したところ、投資家の約46%が、ベスティング期間とベスティング期間経過後の保有期間を合わせて5年とすることが望ましいと回答した。非投資家の約57%は現行の3年を支持しているものの、将来的には5年程度への延長もあり得るだろう。なお、グラスルイスは株式報酬のベスティング期間を2年としており、ISSと同様、ベスティング期間の延長や、ベスティング期間とベスティング期間経過後の保有期間との合算が今後論点となる可能性がある(ただし、グラスルイスは2027年以降、助言の提供方法を大きく変える方針を示している。この点については2025年10月20日のニュース「2027年以降、グラスルイスとのエンゲージメントに変化も」参照)。

Q28:業績連動を免除するベスティング期間など条件
選択肢 投資家 非投資家
3年間 13.25%% 57.14%
4年間 7.95% 4.76%
5年間(べスティング期間経過後の保有期間と合計する場合を含む) 46.36% 19.05%
7年間(同上) 6.62% 0.00%
その他 8.61% 6.35%

本論点についての設問の締めくくりとして、株式報酬における業績連動型と時間経過型の望ましい割合を確認している。最も支持を集めたのは、時間経過型の割合を「株式報酬全体の50%未満」とする選択肢であり、投資家の約22%、非投資家の約29%が賛同した。上記Q25のとおり、業績連動型と時間経過型の両方を組み合わせたインセンティブ報酬を支持する傾向は強く、本問においてもバランスを重視するスタンスが受け入れられやすいことが示されたと言える。一方で、非投資家の3割超が「全てまたは大半が時間経過型でもよい」と回答していることを踏まえると、ISSが、業績連動型を基本としつつも時間経過型の割合をどこまで認めるのかが、今後のポリシー検討における論点となりそうだ。

Q29:業績連動を伴わない株式報酬の割合
選択肢 投資家 非投資家
全て業績連動型であるべき 17.76% 9.23%
株式報酬全体の25%未満 17.76% 4.62%
株式報酬全体の50%未満 21.71% 29.23%
株式報酬全体の1/3未満 13.16% 9.23%
全てまたは大半でもよい 14.47% 30.77%
その他 15.13% 16.92%

【その③】に続く

2025/12/19 【失敗学第138回】Abalanceの事例(会員限定)

概要

太陽光発電事業を営むAbalance(東証スタンダードに上場)では、連結子会社であるWWBが太陽光発電所の建設請負業者との間で有償支給取引を行っていたところ、連結財務諸表の作成にあたり、当該有償支給取引について、取引実態に照らして適切な会計処理が行われていなかった。その結果、本来は売上高および売上原価として計上すべきでない金額が連結損益計算書に計上され、連結売上高および連結売上原価が過大に表示されていた。さらに、課題となっていた売上等の金額を訂正する際に、不適切会計の原因が「不正」であることを把握していたにもかかわらず、「誤謬」と開示していた。

有償支給取引 : 対価と交換に原材料等を外部委託先に支給し、外部委託先における加工後、当該外部委託先から加工後の品を購入する場合の一連の取引。有償支給取引は、当該原材料等が買い戻される条件で支給する場合、実質的には製造過程における加工を依頼するための支給先への一時的な材料の移送に過ぎないことから、有償支給を行った時点では収益認識の要件を満たさず、有償支給取引をもって売上および利益を認識することはできない。

経緯

Abalanceが2025年12月17日に公表した「第三者委員会の調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

2024年
1月17日:WWBが、A社と進めていた宮城県大和・大衡太陽光発電所プロジェクトにおいて、2023年末から2024年初にかけて追加工事費用の請求が発生したことを契機として、当該プロジェクトの取引内容の妥当性や有償支給取引の売上表示が社内外で問題視されるに至った。また、同時期にA社会長からアスカ監査法人や東京証券取引所等に通報が行われたこともあり、Abalanceグループは内部調査委員会を設置することとした。
1月21日:Abalanceグループ役職員は有償支給取引の売上を取り消していなかったことは「不正」(粉飾)に該当し得るとの認識を持っていたものの、Abalanceグループの財務部を統括する常務取締役より、原因は不正ではなく「当時の経理部長と経理担当の知識不足」ということにして乗り切る旨社内向けにメールが発信された。
1月22日:内部調査委員会の検証内容を引き継ぐ形で監査等委員会が正式に調査を開始した。
2月11日:Abalanceグループ内で「第三者委員会設置されると刑事事件に繋がり小菅が現実になります。勿論、上場廃止に。」(第三者委員会の調査報告書よりそのまま引用)のメールが発信された。
2月16日:Abalanceの社内会議で『有償支給とかこの関係は「みんなバカでした」で頑張るしかない。』(第三者委員会の調査報告書よりそのまま引用)との発言があった。
2月26日:「不正ではなく誤謬(経理部の知識不足)であった」という仕切りに関して、Abalanceグループ内で「この仕切りは、様々な第三者委員会において経験豊富なI氏のご発案であり、アスカ監査法人による第三者委員会設置の提案を回避するためにも、責任の所在を明確にしたものです。当然ながら、第三者委員会方式は、コストも期間も現在の方式とは比較にならない程にかかり、責任追及も遥かに厳しくなり、企業グループの業務全般に及ぶものと見込まれます(現在は本社経理部の問題に限定し、不正ではなく錯誤であると認定しております )」のメールが発信された(I氏は同社監査等委員の弁護士を指す)。
3月14日:Abalanceは、監査等委員会報告書の内容に沿って、「太陽光発電所建設に係る取引の会計処理の誤りの原因について調査を行ったが、当該会計処理の誤りが意図的な行為であったことを示す事実は認識されなかった」として、不適切会計の原因はあくまで誤謬であったとの適時開示および2022年6月期第1四半期から2024年6月期第1四半期に係る有価証券報告書及び四半期報告書の訂正報告書を提出した。

2025年
8月12日:Abalanceは第三者委員会を設置した。
11月17日:Abalanceは第三者委員会の調査報告書を公表した。

内容・原因・再発防止策

Abalanceが2025年12月17日に公表した「第三者委員会の調査報告書」によると、本件不正(『有償支給取引であるにもかかわらず売上を取り消さない方法で連結売上高を水増し』および『「虚偽の風説の流布」の可能性(不適切会計の原因が「不正」であることを把握していたにもかかわらず、「誤謬」と開示)』)以外にも、他の不正もいくつか指摘されているが、本稿では省略する)の内容、原因および再発防止策は次のとおりとされている。

有償支給取引であるにもかかわらず売上を取り消さない方法で連結売上高を水増し
内容 ・Abalanceグループにおいては、2021年6月期まで、WWBが実行した有償支給取引に係る売上・利益計上に対し、連結財務諸表作成過程で適正な連結修正仕訳を計上し、連結上の売上・利益計上を取り消していた。しかし、翌2022年6月期および2023年6月期においては、当該修正仕訳が計上されず、連結財務諸表上も有償支給取引による高額な利益がそのまま取り込まれていた。
・Abalance経理部のみならずWWB営業部門は、本各案件における取引が有償支給取引に該当し、連結ベースでは売上として認識できないことを十分に理解していた。また、有償支給取引については、連結ベースで売上が誤って計上されないよう、他の案件と区別して分別して管理すべきであることについても、認識が共有されていた。その上で、問題となった各案件について、これが有償支給取引であることの性質を把握し、有償支給取引として適切に修正し得る複数の機会が存在していたにもかかわらず、あえて不適切な会計処理が実施された。また、一部案件では、本来原価として計上すべき支出を建設仮勘定や固定資産へ付け替えたり、未回収の売掛金を固定資産として振り替えたりするなど、利益を過大に表示する会計処理も確認された。
・第三者委員会は、「当該会計処理は、単なる誤謬ではなく、認識可能であった不適切性を看過した結果として行われた意図的な虚偽の表示、すなわち不正な会計処理(粉飾)であると評価すべきである。』と結論付けている。
原因 下記の原因は第三者委員会が推認したものである。
<動機>
資金繰りのプレッシャー

2023年6月期のWWB単体決算は、有償支給取引を売上に計上しなければ経常利益がほぼゼロに近い水準であった。有償支給取引を取り消さないことで、WWBの財務指標が改善したかのように見せかけ、融資を引き出そうとした可能性がある。

予算達成のプレッシャー
WWBの事業は、定期的・継続的に安定した売上や利益が確保できる事業形態ではなく、月次単位での業績管理においては、計画未達見通しとなるリスクが常態的に内在していた。

内部統制の欠如
案件名や品目名が曖昧に記載された証憑が多く確認されるなど、WWB等の社内で暗黙の了解として案件を紐づけにくくする運用が生まれ、不正の温床となった。このような曖昧さは、内部統制の情報伝達及び牽制機能を実質的に形骸化させていた。組織的に内部統制が機能しておらず、特に、WWB等の経営陣の意向を受けたWWB営業部門の売上・利益への強いプレッシャーに対し、経理部門が牽制機能を有効に発揮できず、不適切な会計処理を防止できない状況に陥った。

監査法人による牽制機能の不十分さ
問題となった各案件の取引は金額的にも通常の水準(ボリューム)から逸脱していたこと、また取引の内容自体も複雑なスキームではなく比較的単純であったことから、監査法人(アスカ監査法人)が検出しえたのではないかとの点についてアスカ監査法人に照会したところ、同法人からは「会社側が誤った情報を提供したことが監査判断に影響した。」との回答が示された。なお、Abalanceは監査法人を頻繁に変更しており、業務執行側が厳しい指摘を回避したいとの動機を有していた可能性を否定できない。

トップの意向が優先される企業風土
AbalanceグループのトップであるA氏はAbalanceの約24%の株式を保有する筆頭株主であり、当時はAbalanceの取締役CEOであるとともにWWBの代表取締役会長であった。A氏のガバナンスに対する理解不足と、その影響力の下で形成された組織風土が粉飾決算を許容していた。

証券市場ないし投資家等のステークホルダーの軽視
AbalanceグループのトップであるA氏は、上場会社の代表者として当然求められるべき、ステークホルダーへの適切な情報開示と透明性ある経営姿勢を欠いていた。また、ガバナンスの強化に向けて問題点を指摘した従業員・関係者よりも、むしろ問題の顕在化を回避する行動をとった役員・従業員を重用する動きが複数認められた。一方、会計処理や適時開示に関連するガバナンス上の懸念、又は意図的な不正の可能性について疑義を呈し、是正を試みようとした歴代の経理部長・課長等の中には職務上の不利益を受けるなどして退職に追い込まれた者もいた。

集団的でオープンな不正
一般論として、不正を行う際には「少人数に限定してメールをやり取りし、場合によっては携帯メールを使用して私的な会話を装ったり、暗号や隠語を用いたりする」といったクローズドな連絡手法が利用されがちだが、Abalanceグループでは、不正に関する連絡に際して、多数の関係者をCCに含めて(経営陣トップのA氏がCCに含まれている例もある)、第三者が閲覧しても理解可能な明確な用語を用いてオープンにやり取りされていた。

役職員のリスク感度の低さ
Abalanceにおいては、投資家保護の視点や企業価値の向上といった上場企業としての本来優先すべき観点よりも、「会社にとって都合がよい、A氏が目指す方向に合致する結論を導くにはどうすべきか」という、場当たり的な発想が優先されることが多かった。その結果、事実関係を会社に有利な方向へ解釈・構築し、不利な情報については開示を先送りし、または控えるといった行動パターンが多く認められた。

再発防止策 A氏の影響力の抜本的な除去
A氏が浄化の旗振り役となることは困難であり、むしろAbalanceグループの経営から速やかに退任することが、企業風土の再構築と牽制機能の回復に向けた第一歩と考えざるを得ない。さらに、A氏はAbalanceの大株主である。A氏が Abalance グループの実質的な経営トップである。A氏による実質的な支配力を排除しなければ、根本的かつ持続的なコンプライアンス体制の構築や、投資家をはじめとする利害関係者からの信頼回復は困難であると考えられる。したがって、Abalanceとしては、第三者による株式買取や、増資等、A氏の株主としての影響力を低減・排除するための方策を検討する必要がある。

経営陣の退任及び新陳代謝の必要性

新しい経営トップからの覚悟あるメッセージの発信

上場会社としてのガバナンス体制の構築

「虚偽の風説の流布」の可能性(不適切会計の原因が「不正」であることを把握していたにもかかわらず、「誤謬」と開示)
内容 Abalanceは2024年2月16日には、本各案件が意図的な「不正」(粉飾)であると把握するに至っていたにもかかわらず、2024年3月14日に、監査等委員会報告書の内容に沿って、「太陽光発電所建設に係る取引の会計処理の誤りの原因について調査を行ったが、当該会計処理の誤りが意図的な行為であったことを示す事実は認識されなかった」として、不適切会計の原因はあくまで誤謬であったとの適時開示を実施した。Abalance第三者委員会は、「総合的に勘案した結果、当委員会としては、監査等委員会による調査等を通じて、Abalanceとして本件が意図的な「不正」(粉飾)であることを把握していたにもかかわらず、これを「誤謬」であると説明する方向性を維持し、その前提のもとで内容虚偽の適時開示を公表し、本件訂正を行ったものと結論づける。かかる行為は、証券取引市場において風説の流布を行ったとして、「虚偽の風説の流布」(金融商品取引法第158条)を行ったと言い得る可能性がある。かかる行為は、証券取引市場において風説の流布を行ったとして、「虚偽の風説の流布」(金融商品取引法第158条)を行ったと言い得る可能性がある。』と指摘している。
原因 上場廃止・刑事責任を回避する意図
経理部門において2024年6月期第2四半期決算の発表(2024年2月14日)に間に合わせる必要があったことから、その期限という目先のプレッシャーが強く働いていた。また、より重要で本質的な要因としては、Abalanceが「不正」(粉飾)と認めて公表した場合、上場廃止等の重大なペナルティを受ける可能性のみならず、有価証券報告書等への虚偽記載に関する刑事責任を問われ得るとの懸念が、社内で広く共有されていた。

監査等委員に対するトップの牽制の可能性
AbalanceグループのトップであるA氏は、第三者委員会の調査の途中で、委員宛てに、「仮に結論が意図的な不正であれば、私は決して納得できません。」という内容のメールを送付した。これについて、第三者委員会は、調査報告書に「当委員会の独立性や調査への心理的影響の観点からも看過し得ない事象である」とし、「これは、当該不正会計が生じた当時にも、組織内において、あるいは監査等委員会の委員やアスカ監査法人に対して、A氏により重要情報の開示を抑制し、公正中立な判断を阻害する圧力が存在していた可能性を示唆するものと言わざるを得ない。』としたうえで、「A氏によるこのメールは、経営トップ自身がガバナンス及び不正会計に関する基本概念を十分に理解していないという疑義を示す材料である」との考えを示している。

監査等委員会の調査のリソース不足
監査等委員会による調査では、調査補助者は選任されず、ごく少人数のメンバーにより調査が進められた。また、資料は会社にて選定・提供された資料のみであり、デジタル・フォレンジックなどによる網羅的な情報収集は行われていなかった。さらに、監査等委員に調査のための報酬が支払われることもなかった。このように、厳しい時間的制約の下、極めて限られた人的リソース、資料、無償での調査を余儀なくされたものであり、適切な調査体制は構築されておらず、調査には限界があった。第三者委員会による監査等委員会の委員に対するヒアリングの際には、監査等委員から
・監査等委員会として調査に従事するに当たって報酬が付されていないこと
・会社が資金繰りのひっ迫した状況に置かれていたことを認識していたこと
・そのため、訂正報告を早期に確定する必要があるとの会社事情が強く意識され、それが心理的に大きな負担となっていたこと
との回答があった。

監査等委員会の調査時に会計専門家を起用しなかった
監査等委員会の調査では調査補助として会計専門家が起用されていなかった。そのため、本来は「『故意』に限られず、通常の管理担当者であれば容易に識別し得たにもかかわらずこれを見逃したような「重過失」がある場合も、広義の「不正」に該当し得るのが会計慣行であるにもかかわらず、「故意が特定できないから誤謬である」との整理が行われており、それに対して異を唱える者がいなかった。

監査等委員による発案の可能性
メールを分析した結果、監査等委員会の調査で「原因は誤謬(経理部の知識不足)であった」との結論になったことについて、「この仕切りは、様々な第三者委員会において経験豊富なI氏のご発案」と記載されたメールが存在することが分かった(I氏は同社監査等委員の弁護士を指す)。

Abalance経営陣のコンプライアンス意識の弱さ
「原因は誤謬(経理部の知識不足)であった」という方向性で着地させようとする案に対して、経理担当者の一部に疑念があったにもかかわらず、経理担当者のみならず、当時の代表取締役社長を含むAbalanceの経営陣の間でこれを止め、是正を図ろうとする動きは見られなかった。

投資家保護姿勢の欠如および不都合情報の隠蔽傾向
経営陣および関係役職員は、投資家にとって重要な情報を適切に開示するよりも、不適切会計の原因を「誤謬」として整理する方向を優先し、事実と真摯に向き合おうとする姿勢に欠けていた。

<この事例から学ぶべきこと>

Abalance第三者委員会の調査報告書では、再発防止策として経営トップA氏の退任と所有株の売却を求めています。中立性がある程度担保されている第三者委員会でも、ここまで明確に再発防止策を打ち出せている調査報告書はそれほど多くはありません。

Abalanceのような不適切会計の事案においては、不適切会計の原因が誤謬なのか不正なのかを特定することがとても重要となってきます。なぜなら、原因が誤謬か不正かにより、事案の悪質性、責任の所在、再発防止策の内容が大きく異なってくるからです。この点につき、Abalanceは、2024年3月に監査等委員会が「故意が特定できないから誤謬である」と整理した報告書を作成し、その内容に沿って、「誤謬であった」との適時開示を行っています。一方、Abalance第三者委員会の調査報告書では、「誤謬として合理的に説明する余地は極めて乏しい。」「やはり明確に意図的かつ組織的に行われた不正な会計処理(粉飾)であったと評価するのが妥当である。」(第三者委員会の調査報告書47ページ)と結論付けています。

監査等委員会による調査は一定程度の第三者性は確保されているはずですが、Abalanceの事例では十分に監査機能を果たせていなかったことが分かりました。第三者委員会以外の主体に調査を委嘱する場合、コストを掛けずに終わらせようとする風潮がありますが、本件のように、あとから調査結果が検証されることもある以上、必要なコストはけちることなく、十分にリソースを確保させて、丁寧に検証を重ねていくよう求める必要があります。監査等委員としても、自らの調査結果が不正の隠蔽につながるリスクを踏まえて、調査依頼を受けた場合、必要と考えるコストを掛けられないのであれば調査を実施できないという強い姿勢で対応すべきです。

2025/12/18 ISSの日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その①】

議決権行使助言会社最大手ISSの日本向け2026年ポリシー改定案については2025年11月10日のニュース『ISSが日本向けポリシーを改定へ「社外役員のサクセッション・プラン」が一層重要に』でお伝えしたところだが、ISSはこれに先立ち、2025年9月22日、ポリシー改定の参考とするために毎年行っている「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の結果を公表している。今回の調査には特段日本市場を対象にした項目や日本向け2026年度ポリシー改定案に直結する項目はないが、日本を含む「All countries」を対象とした項目がいくつかあるため、今回の調査結果が今後の日本向けポリシー改定に影響する可能性がある。

そこで本稿では、「All countries」向けの4項目のうち、日本市場に影響が大きいと考えられる3項目「取締役の兼任数」「長期インセンティブ報酬の構造」「AIガバナンスとリスク管理」を取り上げ、投資家(165)と非投資家(83、うち上場会社が57)による回答結果を分析する(1項目ごとに全3回でお伝えする)。なお、本稿では残りの1項目「複数議決権株式(Multi-Class Capital Structures)」は取り上げないが、これは我が国においてはサイバーダイン社以来の導入実績が見られないことによる(2015年5月28日のニュース「(新用語・難解用語)2倍議決権制度」参照)。


複数議決権株式 : 通常の「1株=1票」ではなく、1株に複数の投票権を付与する仕組み。日本のサイバーダイン社が導入した「1株10票」やフランスの「2倍議決権制度」が該当する。1株に複数の投票権を付与することで、創業者や長期保有株主の発言力を強化し、安定的な経営判断を可能にする狙いがある。一方で、特定株主に権限が集中すれば少数株主による牽制機能が弱まり、ガバナンスの形骸化を招く危険もあるため、公共性や透明性とのバランスが重要となる。

取締役の兼任数(Director Overboarding)

ISSは、・・・

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2025/12/18 ISSの日本向けポリシー改定に影響する「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の3項目【その①】(会員限定)

議決権行使助言会社最大手ISSの日本向け2026年ポリシー改定案については2025年11月10日のニュース『ISSが日本向けポリシーを改定へ「社外役員のサクセッション・プラン」が一層重要に』でお伝えしたところだが、ISSはこれに先立ち、2025年9月22日、ポリシー改定の参考とするために毎年行っている「グローバル・ベンチマーク・ポリシー調査」の結果を公表している。今回の調査には特段日本市場を対象にした項目や日本向け2026年度ポリシー改定案に直結する項目はないが、日本を含む「All countries」を対象とした項目がいくつかあるため、今回の調査結果が今後の日本向けポリシー改定に影響する可能性がある。

そこで本稿では、「All countries」向けの4項目のうち、日本市場に影響が大きいと考えられる3項目「取締役の兼任数」「長期インセンティブ報酬の構造」「AIガバナンスとリスク管理」を取り上げ、投資家(165)と非投資家(83、うち上場会社が57)による回答結果を分析する(1項目ごとに全3回でお伝えする)。なお、本稿では残りの1項目「複数議決権株式(Multi-Class Capital Structures)」は取り上げないが、これは我が国においてはサイバーダイン社以来の導入実績が見られないことによる(2015年5月28日のニュース「(新用語・難解用語)2倍議決権制度」参照)。


複数議決権株式 : 通常の「1株=1票」ではなく、1株に複数の投票権を付与する仕組み。日本のサイバーダイン社が導入した「1株10票」やフランスの「2倍議決権制度」が該当する。1株に複数の投票権を付与することで、創業者や長期保有株主の発言力を強化し、安定的な経営判断を可能にする狙いがある。一方で、特定株主に権限が集中すれば少数株主による牽制機能が弱まり、ガバナンスの形骸化を招く危険もあるため、公共性や透明性とのバランスが重要となる。

取締役の兼任数(Director Overboarding)

ISSは、取締役が責務を果たすためには十分な時間(time commitments)と新陳代謝(board refreshment)が必要であり、兼任過多はそれらを妨げるリスクであると認識している。そこで今回の調査で、非業務執行取締役(Non-Executive Director:日本における社外取締役)の過剰な兼任を回避するために兼任数に上限を設定すべきか、設定するなら何社が望ましいかを聞いたところ、下表(Q16:非業務執行取締役の兼任上限)のとおり、非投資家の4割近くが上限を設定すること自体に反対した一方、投資家の反対は1割にも満たなかった。上限を設定する場合には、投資家・非投資家ともに「4社」または「5社」が適切とする回答が多いことから、ISSが取締役の兼任数に関するポリシーを導入する場合には4~5社が現実的な目安となりそうだ。

議決権行使助言会社のグラスルイスが、業務の執行にたずさわらない者(非業務執行者)が6社以上の上場会社で取締役または監査役を兼任している場合、選任議案に反対助言を行うとしている(グラスルイスの2025年版ポリシーの16ページ参照)ことからも、将来的にはISSが同程度の兼任制限を設定する可能性があろう。

Q16:非業務執行取締役の兼任上限
選択肢 投資家 非投資家
6社 4.35% 2.90%
5社 26.09% 18.84%
4社 24.84% 21.74%
3社以下 16.77% 5.80%
上限の設定に反対 8.70% 37.68%
その他 19.25% 13.04%

また、ISSはCEO(最高経営責任者)の兼任制限についても質問している。上限を設定することへの反対割合は投資家が1割弱、非投資家が4割弱と、非業務執行取締役の場合と同様の結果となった。具体的な上限の社数は1社までという回答がマジョリティとなっている。この点についてグラスルイスは、上場会社で業務の執行にたずさわる者(業務執行者)については、3社以上の上場会社で兼任があれば選任議案に反対助言するとしている(グラスルイスの2025年版ポリシーの16ページ参照)。CEOの兼任に関しては、いずれISSの方がグラスルイスよりも厳しい閾値を設定する可能性もあろう。

Q18:CEO(最高経営責任者)の兼任上限
選択肢 投資家 非投資家
2社 22.50% 14.93%
1社 55.00% 34.33%
上限の設定に反対 8.75% 38.81%
その他 13.75% 11.94%

ISSは、CEOが自社グループ以外の上場会社で取締役会議長を兼任することを「懸念事項」とみなすべきかを調査で問うている。その結果、投資家の8割近くが「取締役会議長は他の取締役よりも責任が重い」として懸念を示した(非投資家では3割強)。投資家の懸念を踏まえると、ISSが将来的に取締役会議長との兼任に関するポリシーを検討する可能性は否定できない。また、CEOの外部兼任を「1社まで」と厳しく制限する根拠の一つとして、この調査結果が参照されることも考えられる。

Q20:CEOによる取締役会議長の兼任
選択肢 投資家 非投資家
取締役会議長は他の取締役よりも責任が重い 76.73% 31.75%
他の取締役の責務と同じように扱うべき 12.58% 39.68%
その他 10.69% 28.57%

この項目における最後の質問として、CEOなど業務執行者が自社のグループに属する別の上場会社で非業務執行取締役を兼任している場合も「兼任問題」として扱うべきかを聞いている。この問いに対しては投資家の半数近く、非投資家の3分の2弱が「グループ内なら相乗効果が期待できる」として否定的な立場を示している。つまり、グループ内の兼任は問題視しないという方向性がうかがえる。

この点については、グラスルイスの現行ポリシーにおいても、「同一グループ会社内で複数兼任している場合、その兼任数は1社とみなす」とされている(グラスルイスの2025年版ポリシーの16ページ参照)。ただし、グローバル資本市場では子会社上場が一般的ではないことを踏まえると、日本市場においては上場子会社での兼任も兼任社数にカウントするというポリシーをISSが導入する可能性は否定できないだろう。

Q19:CEOによるグループ上場会社の兼任
選択肢 投資家 非投資家
上場会社の取締役には各社固有の責任が存在する 32.48% 20.97%
グループ内ならば相乗効果が期待できる 45.86% 64.52%
その他 21.66% 14.52%

【その②】に続く

2025/12/17 政府が大企業によるスタートアップのM&Aを後押し

上場企業にとって、持続的な成長を実現するためのイノベーション創出は喫緊の経営課題となっており、その有力な手段として、スタートアップの買収やスタートアップへの資本参加を通じた外部技術・人材の取り込みがある。そして、これらを後押しする制度として位置付けられているのが、・・・

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2025/12/17 政府が大企業によるスタートアップのM&Aを後押し(会員限定)

上場企業にとって、持続的な成長を実現するためのイノベーション創出は喫緊の経営課題となっており、その有力な手段として、スタートアップの買収やスタートアップへの資本参加を通じた外部技術・人材の取り込みがある。そして、これらを後押しする制度として位置付けられているのが、「オープンイノベーション促進税制」だ。そのオープンイノベーション促進税制が、今週金曜日(19日)にも概要(税制改正大綱)が公表される令和8年度税制改正により大幅に拡充されることが当フォーラムの取材により判明した。


税制改正大綱 : 税制改正は毎年1回行われるのが通常だが、翌年度の税制改正の内容を大まかにとりまとめたものが税制改正大綱であり、毎年12月中旬頃に政府(与党)から公表される。

オープンイノベーション促進税制とは、大企業等がスタートアップの株式を取得した場合にその取得価額の25%を法人税の課税所得から控除(所得控除)できる仕組みだが、投資額を所得控除するという異例の措置であるため、適用期限(令和7年度末)を延長することには慎重な声もある。こうした中、令和8年度税制改正では同税制の適用期限を2年間延長し「令和9年度末まで」とするとともに、同税制の「M&A型」(下表参照)の適用要件を大幅に緩和する。

現行のオープンイノベーション促進税制は、事業会社(国内のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を含む)が「設立10年未満」()の国内外非上場スタートアップ(M&A型の場合は国外スタートアップを除く)に新規出資またはM&Aを実施した場合に適用され、株式取得額の25%が法人税の課税所得から控除される。このように、同税制はスタートアップへの投資形態に応じて「新規出資型」と「M&A型」に大別され、下表の通りそれぞれに上限額や対象株式が定められている。

* 投資対象となるスタートアップが「売上高研究開発費比率10%以上かつ赤字企業」に該当する場合には、「設立15年未満」まで適用対象となる。


コーポレートベンチャーキャピタル(CVC) : 投資を本業としない事業会社が自己資金をベンチャー企業に投資すること(又はその組織)。CVCは社内の投資部門や子会社が運営するか、外部のVC(Venture Capital=ベンチャーキャピタル)に運営を委託することが多い。CVCもVCもベンチャー企業に投資を行うという点では同じだが、VCが投資先の将来的な上場によるキャピタルゲインを得ることを目的としているのに対し、CVCは自社とシナジーのあるベンチャー企業に投資し、協業等により本業の成長や拡大を目的としている点、大きく異なる。

※事業会社が本税制の適用を受けることができる株式取得額の総額は、年間500億円まで/社となる。
区分 対象株式 株式取得上限額 株式取得下限額 備考
新規出資型 新規発行株式 50億円/件 大企業:1億円/件
中小企業:1千万円/件
国外スタートアップの場合、一律5億円/件
M&A型 発行済株式
(50%超取得時)
200億円/件 5億円/件 国外スタートアップは対象外

現行のM&A型では、発行済株式を取得する場合、原則として「50%超」の株式を取得することが要件とされているが、令和8年度税制改正により「50%以下」の取得でも適用を認める方向。ただし、段階的に資本参加を進める意向の企業を念頭に、「3年以内に50%超を取得する」との要件が付される見込みだ。

また、吸収合併の場合にもオープンイノベーション促進税制の適用を認める方向。一方、持株会社に投資した場合には本税制の適用除外となる点は令和8年度税制改正における見直し対象となっておらず、今後も変わらない。

さらに、成長投資・事業成長に関する要件を満たせなかった場合の税負担も緩和される。上記のとおりオープンイノベーション促進税制では株式取得価額の25%を法人税の課税所得から控除するが、M&A型では、所得控除を受けた後「5年以内」に成長投資・事業成長に関する要件(研究開発投資や設備投資の実施、売上高の成長など)を満たせなかった場合には、所得控除を受けた金額の全額を一度に益金算入する必要があり、企業側にとって大きな税務上のリスクとなっている。令和8年度税制改正では、この税負担を軽減するため、所得控除を受けた金額を複数年にわたって分割して益金算入できるようにする。

オープンイノベーション促進税制は、投資額の一部の所得控除を認める点で画期的な税制ではあるものの、要件が多く使いにくい税制とも言われてきたが、今回の「M&A型」の要件緩和により、スタートアップのM&Aにおいて同税制を活用する動きが広がるかもしれない。

2025/12/16 トランプ大統領令により議決権行使助言会社の影響力低下も

トランプ米大統領は2025年12月11日、大統領令「外国資本で政治的な動機を持つ議決権行使助言会社からの米国投資家の保護」に署名した。「外国資本で政治的な動機を持つ議決権行使助言会社」とは、ドイツ証券取引所の傘下にあるISSと、カナダの投資会社が大株主であるグラスルイスを指しており、大統領令は2社が議決権行使助言マーケットの90%以上を占めていること、その結果として「株主提案、取締役選任、役員報酬」など米国企業のコーポレートガバナンスに大きな影響力を持つことを問題視、2社が「急進的な政治的動機による議題(radical politically-motivated agendas)」を推進すること」による不利益から米国の投資家や年金の資産を守らなければならないとしている。

今回の大統領令は議決権行使助言会社が推進している「急進的な政治的動機による議題」として、・・・

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