2025/12/16 トランプ大統領令により議決権行使助言会社の影響力低下も(会員限定)

トランプ米大統領は2025年12月11日、大統領令「外国資本で政治的な動機を持つ議決権行使助言会社からの米国投資家の保護」に署名した。「外国資本で政治的な動機を持つ議決権行使助言会社」とは、ドイツ証券取引所の傘下にあるISSと、カナダの投資会社が大株主であるグラスルイスを指しており、大統領令は2社が議決権行使助言マーケットの90%以上を占めていること、その結果として「株主提案、取締役選任、役員報酬」など米国企業のコーポレートガバナンスに大きな影響力を持つことを問題視、2社が「急進的な政治的動機による議題(radical politically-motivated agendas)」を推進すること」による不利益から米国の投資家や年金の資産を守らなければならないとしている。

今回の大統領令は議決権行使助言会社が推進している「急進的な政治的動機による議題」として、DEI(diversity, equity, and inclusion)やESG(environmental, social, and governance)に関するアクションを特に問題視している。具体的な“問題行動”としては以下が例示されている。


DEI : Diversity, Equity, Inclusion(多様性、公平性、包摂性)の頭文字をとったもの。このうち包摂性とは、社会や組織が多様なる人々を受け入れ、差別や排除をなくし、全ての人が平等に参加できる状態を指す。

・ 人種的公平性の監査や温室効果ガス排出の大幅削減を求める株主提案を支持
・ 取締役会の人種的または民族的な多様性に関するガイドラインの開示を要求

大統領令は、議決権行使助言会社による影響力の行使により、投資家にとって「唯一の優先事項であるリターン(returns should be the only priority)」が損なわれるのみならず、利益相反の問題(議決権行使助言会社が営むコンサルティングビジネスを指すものと思われる)が生じ、さらには助言の質自体が低下している(リターンに結び付かない助言を問題視していると考えられる)と指摘する。そのうえで、議決権行使助言会社は「説明責任、透明性、競争を促進(promoting accountability, transparency, and competition)」することが、米国民の信頼を回復するために必要だとしている。

以上を踏まえ、大統領令は各規制当局に対して以下の指示を出している。

(1)証券取引委員会(SEC:Securities and Exchange Commission)
・ 議決権行使助言会社および株主提案に関する全ての規則やガイダンスを見直し、特にDEIやESGに関連するものは「改定」または「撤廃」を検討する。
・ 議決権行使助言会社の推奨レポートに虚偽記載や重要な記載漏れがあった場合、連邦証券法の詐欺罪を適用する。
・ 議決権行使助言会社を登録制とする(Registered Investment Advisers)。
・ 議決権行使助言会社が行う推奨の内容、助言の方法、利益相反の問題について、透明性の向上を求める。
・ 議決権行使助言会社の推奨に基づき投資顧問業者が議決権行使において協調することが共同保有に相当するかどうかを調査する。
・ 投資顧問業者が非金銭的な要素(DEI、ESGなど)について議決権行使助言会社の推奨に従うことは受託者責任に反しないかを調査する。


共同保有 : 複数の投資家が株式等の有価証券を事実上共同して保有し、議決権行使や経営への影響力行使を協調的に行うこと。単なる同時保有ではなく、意思決定や行動の連携が認められる場合、証券規制上の開示義務や規制対象となり得る。

(2)連邦取引委員会(FTC:Federal Trade Commission)
・ 独占禁止法(反トラスト法)に基づき、議決権行使助言会社を調査(投資家の資産価値を低下させるよう共謀していないか、利益相反について適切に開示しているか、誤解を招くような情報提供をしていないか、投資家の判断能力を損なわせていないか、など)する。

(3)労働省(DOL:Department of Labor)
・ 特にDEIやESGに関連する議決権行使助言会社の助言等の利用が、退職年金加入者および受給者の経済的利益の最大化という目的と整合しているかを確認し、必要な是正措置を講じる。
・ 議決権行使助言会社による助言等が年金資産の運用や議決権行使に利用されることにより、年金資産の金銭的価値が損なわれていないかを確認する。
・ 議決権行使助言会社の助言を利用する場合には、特にDEIやESGに関連する助言についてその内容および利用のされ方が明確となるよう、必要な措置を講じる。

今回の大統領令を受け、今後見込まれるSEC規則の改定(DEIやESGに関する株主提案の制限)や退職年金制度における受託者責任の解釈変更(金銭的な利益のみを対象とする)などについては、慎重な議論を求める声や反対意見が上がることも予想される。しかし、大きな流れとしては、DEIやESGを推進する投資行動の後退、議決権行使助言会社の影響力低下は避けられないだろう。日本の資本市場における直接的な影響は未知数だが、上場会社としては、より金銭的な投資収益を重視するグローバル投資家(アクティビストを含む)による発言力の高まりを注視しておく必要があろう。

2025/12/15 上場企業も被害に 巧妙化するサポート詐欺の脅威

インターネット詐欺の一つに「サポート詐欺」がある。PCでインターネットを閲覧中に、突然、PCがウィルスに感染したかのような偽警告画面が現れたり、警告音が鳴ったりといった経験をしたことはないだろうか。こうして閲覧者の不安を煽り、画面に記載されたサポート窓口に電話をかけさせてサポートの名目で金銭を騙し取しとったり、遠隔操作ソフトをインストールさせ、情報を盗み取ったりするのがサポート詐欺の手口である。

サポート詐欺は以前から被害が報告されており、それなりに周知はされているものの、下表のとおり被害数は増加の一途をたどっている。
79559
独立行政法人情報処理推進機構「IPA「サポート詐欺レポート」2024」6ページより抜粋

先月(2025年11月)には、東証スタンダード市場に上場している・・・

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2025/12/15 上場企業も被害に 巧妙化するサポート詐欺の脅威(会員限定)

インターネット詐欺の一つに「サポート詐欺」がある。PCでインターネットを閲覧中に、突然、PCがウィルスに感染したかのような偽警告画面が現れたり、警告音が鳴ったりといった経験をしたことはないだろうか。こうして閲覧者の不安を煽り、画面に記載されたサポート窓口に電話をかけさせてサポートの名目で金銭を騙し取しとったり、遠隔操作ソフトをインストールさせ、情報を盗み取ったりするのがサポート詐欺の手口である。

サポート詐欺は以前から被害が報告されており、それなりに周知はされているものの、下表のとおり被害数は増加の一途をたどっている。
79559
独立行政法人情報処理推進機構「IPA「サポート詐欺レポート」2024」6ページより抜粋

先月(2025年11月)には、東証スタンダード市場に上場している信和(建設用の仮設資材、物流機器の製造・販売業)が、子会社がサポート詐欺の被害を受け最大で約2億5千万円の損失が発生する見込みである旨をリリースしている。

以前はアダルトサイト閲覧時にサポート詐欺に遭うケースが多かったが、最近は企業の被害も増加している。また、被害の内容も、金銭詐取に限らず、「情報流出」というパターンが目に付くようになった。その背景には、詐欺師が被害者に接触する機会の多様化とともに、偽警告画面や詐欺師が電話で被害者に対応する際に使う“応対マニュアル”の進化がある。

サポート詐欺による被害増加の要因と進化した手口の内容
被害増加の要因 進化した手口の内容
接触の機会の多様化 検索エンジンの検索結果に、実在するブランドそっくりの検索連動型広告(GoogleやYahoo!などの広告審査をクリアした詐欺広告)が表示され、当該広告を信用してクリックすると偽警告画面を表示するWEBサイトが開く。⇒本物だと信じやすい
コンテンツを読み進めようとしてクリニックした「開く」「次へ」などのリンクボタンが実は偽装されたボタンであり、偽警告画面を表示するWEBサイトに誘導される。⇒コンテンツの続きを読むために必要な操作だと信じやすい
「ロボットでない場合は、「許可」をクリックします。」といったCAPTCHA(キャプチャ)認証のように見せかける等により、スクリプト(偽警告画面を開くプログラム)を実行させるためのボタンを押させる。⇒一般的なキャプチャ認証に過ぎないと誤解してしまう
偽警告画面の進化 偽警告画面上に有名ソフトウェア会社の社名やロゴを表示⇒本物だと信じやすい
突然の全画面表示、警告音、不正ツールによる操作制限⇒パニックや焦りを誘発
偽オペレーターによる通話での誘導⇒「助けてくれる人」と誤解させ、信頼感を醸成させたうえで情報流出を誘う
偽のマイクロソフト担当者とつながるチャット画面の出現⇒もっともらしい外観で本物だと信じやすい
遠隔操作と画面共有による誤認(遠隔操作でデスクトップの配置や壁紙を勝手に変更するなどしてウィルスに感染したと誤解させる)や誘導⇒「今すぐ対処しないと被害が広がる」と思い込ませる


検索連動型広告 : 検索エンジンで入力されたキーワードに応じて表示される広告で、利用者の検索意図に合わせて出稿される。
CAPTCHA(キャプチャ)認証 : 人間とコンピュータ(ロボット)を区別し、Webサイトへの不正アクセスやスパム投稿を防ぐためのセキュリティ技術。ボタンを押すだけ、簡単なジグソーパズル、写真の判別など様々な手法がある。

このように接触の機会が多様化し、偽警告画面が進化することで近年多発しているのが、「画面ロック型サポート詐欺」だ。これは、突然PCの画面を全画面表示にし、マウスポインタを消し、さらにESCキーも無効化することでPC利用者をパニックに陥らせ、画面に表示されたマイクロソフト等を名乗る電話番号に電話をかけさせることを狙う手口である。

こうしたサポート詐欺の巧妙化に伴い、セキュリティ対策ソフトだけでは防ぎきれない事例も出てきている。企業が一度サポート詐欺の誘導に乗ってしまった場合、被害は単なる「サポート料」の支払いだけにとどまらない可能性が高い。金銭の被害額も個人の被害額と比べれば桁違いに大きくなる。とりわけ、詐欺にあったのが財務担当者であれば、PCリモート操作ツールによって多額の会社資金の不正送金も容易に実行しうる。多要素認証を導入している企業であっても、攻撃者の「入力してください」との指示を信用してしまえば、防御は簡単に突破される。遠隔操作を通じて業務データや従業員・取引先の個人情報、機密情報などが流出する可能性もある。たとえ金銭被害が確認されなくても、情報流出があれば業務への影響や信用毀損に直結する。上場企業やその子会社が被害にあえば、株価も大きく下がることが予想される(信和のケースでは情報流出は確認されていないものの、子会社から最大で約2億5千万円の資金が流出したとの発表を受けて株価は下落し、2025年12月3日の終値947円から翌日には一時900円まで値を下げている)。


多要素認証 : パスワードに加え、スマホ通知や指紋認証など複数の要素を組み合わせて本人確認を行う仕組み。

詐欺犯罪者側は日々トライアル&エラーを重ね、より巧妙で「本物らしい」手口を開発している。したがって、これまで被害に遭っていない企業や、いわゆる「ITリテラシーが高い企業」であっても、今後も被害に遭わないとは決して言えないのが現状だ。そこで、企業が取るべき対策として、以下のような取り組みが求められる。

●会社PCで、以下のような遠隔操作ツールを勝手に使用させないようにする(業務で使わざるを得ない場合も、IT部門による事前許可制にしたり、管理者による監視を強化したりして統制を強める)
・TeamViewer
・AnyDesk
・Chromeリモートデスクトップ
・UltraViewer など
●不要な広告のブロック、ポップアップの制限を徹底させる
●従業員への定期的な啓発および教育(IPAサポート詐欺レポート」を利用したサポート詐欺の手口の共有、IPAが提供する「偽セキュリティ警告画面の閉じ方体験ソフト」等を用いた対処方法の共有など)を実施するとともに、従業員には警告画面に表示された電話番号には絶対に電話をかけないよう周知徹底させる
●被害発生に備えたインシデント対応ルールの策定と訓練を行う


ポップアップ : ウェブサイトを閲覧中に突然別ウィンドウや画面上に表示される小さな広告や通知。
IPA : 「独立行政法人 情報処理推進機構(Information-technology Promotion Agency, Japan)」の略称。IPAは経済産業省が所管し、日本のIT政策を技術面・人材面から支える公的機関である。

今後、企業がサポート詐欺の被害に遭う可能性はますます高まることが予想される。上場企業の経営陣は信和の事例を教訓として、セキュリティ対策の強化を図りたい。

2025/12/13 ~上場会社役員ガバナンスフォーラム会員の皆様は10%の割引!~ KSIが上場(プライム)企業の社外取締役を対象に「サステナビリティ・リーダーシップ ラウンドテーブル」を開催します。

一般社団法人鎌倉サステナビリティ研究所(KSI)様が主催する、プライム上場会社の社外取締役を対象とした、少人数・クローズドの「サステナビリティ・リーダーシップ ラウンドテーブル」に、当フォーラム代表取締役・首席研究員である藤島裕三がゲスト講師として登壇します。
https://www.kamakurasustainability.com/

上場会社ガバナンスフォーラムの会員は、KSI様のご厚意により、10%の割引(1回15,000円につき1,500円オフ)でご参加いただけます。ご参加ご希望の方(プライム上場会社の社外取締役・社外監査役)は、当フォーラム事務局(jimukyoku@govforum.jp)にメールにてご連絡いただければ、申込み時に必要な「招待コード」をお知らせいたします。

ご不明な点については、KSIに直接お問い合わせください。

https://www.kamakurasustainability.com/contact

詳細は下記をご参照ください。
KSI.社外取締役向け_サステナビリティ・リーダーシップラウンドテーブル

2025/12/12 東京コスモス電機事案が示した日本における「買収アクティビズム」の現在地(会員限定)

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

米国で活発化している「買収アクティビズム」(2025年10月14日のニュース「買収アクティビズムの台頭」参照)が日本でも現実のものとなっている。東京コスモス電機を巡る一連の“騒動”はそれを物語っている。


買収アクティビズム : アクティビスト・ヘッジファンドが投資する会社の株主総会で自らの推薦する取締役を選任するなどした後、PEファンドへの株式売却を通じて会社を非公開化する一連の活動をいう。

シンガポールのスイスアジア・フィナンシャル・サービシズが運営する投資ファンドのグローバルESGストラテジー(GES)と中国系の成成株式会社は、2025年6月の東京コスモス電機の株主総会で、計8人の取締役選任を株主提案した。提案の理由は、現取締役会は①成長性・収益性の悪化を改善する具体的な施策を示すことができていないこと、②株価を意識した経営を行っておらず、特に余剰資金を成長投資や株主還元に有効利用できていないこと、③後継者育成ができていないこと、というもの。しかし、東京コスモス電機の取締役会は5月21日、これに反対することを表明。その理由として、株主の提案は①的を得ていないこと、②事業に対する理解に欠けていること、③取締役候補者が取締役としての適格性を欠いていること、を挙げた。また、東京コスモス電機の取締役会は6月3日、横浜地方裁判所に検査役の選任申立てを行い、6月9日には弁護士が検査役に選任されている。さらに、東京コスモス電機の取締役会は友好的買収者を探し、6月10日には米電子部品大手ボーンズによる友好的TOBに賛同、GES・成成に対抗する姿勢を鮮明にした。しかし、株主提案による計8人の取締役選任議案は株主総会で51.97〜52.62%の賛成を集め可決された。一方、東京コスモス電機の取締役会が提案した取締役候補5人の選任議案は否決され、取締役が総退陣に追い込まれる事態となった。


検査役 : 裁判所が選任する第三者で、株主総会の招集手続きや決議の方法などが適正かどうかを調査し、その結果を報告する役割を担う者。紛争の未然防止や証拠保全のために選任される。

東京コスモス電機の新取締役会は7月18日、ボーンズによるTOBに賛同することを撤回、8月8日には、これまでの旧取締役会と株主とのやり取りに問題がなかったかを調査するため、特別調査委員会を設置している。そして11月10日には、新中期経営計画、執行役員人事、ボーンズとのTOB契約の解除を公表。旧取締役会が2024年4月に公表した中期経営計画は、計画最終年度の2026年度の売上高は2023年度比で横ばい、同じく売上高営業利益率は12%から10%に下がるというネガティブなものだったが、新取締役会は新中期経営計画で「目先の利益追求から未来への成長投資を加速する」との方針を打ち出し、東南アジアに数億円かけて新工場を建設するなど成長投資に23億円以上を投じることを見込み、2031年3月期の営業利益は2026年3月期の見通しの約3倍にあたる15億円を目指すとしている。


売上高営業利益率 : 企業が売上に対してどれだけ効率よく利益を出しているかを示す。「営業利益 ÷ 売上高」によって計算され、売上高営業利益率が低い場合には、売上に対してコストがかかりすぎており、利益が出ていない可能性がある。「ROS(Return on Sales)」とも呼ばれる。

米国では、アクティビストが推薦する取締役が選任されるパターンとして、①会社とアクティビストがそれぞれ取締役候補者を株主総会に提案し、委任状争奪戦の結果アクティビスト側が勝利した場合、②会社とアクティビストとの間で締結された和解契約に基づき取締役を選任する場合、の2つがある。このうち②による場合、特に米国の上場会社の多数を占めるデラウェア州法人では、定款で取締役会に定員の増減権限を付与しているのが一般的であり、取締役会決議によって定員を増やしたうえで、定員の増加によって生じた欠員を取締役会決議によって補充する形で、「株主総会決議を経ずに」アクティビストが推薦する取締役を選任することが可能となっている。近年はこの手法が米国における主流となっている。

このように和解契約によってアクティビストが推薦する取締役を株主総会に諮ることなく選任できる仕組みが一般的となっていることに対し、インデックスファンドや企業法学者は、会社が現取締役の地位を守ることと引き換えにアクティビスト以外の株主が意見を述べる機会を奪う不透明な手続きであると批判している。こうした批判を踏まえ米国では、①和解契約によって就任する取締役の選任には株主総会決議が必要とすること、②和解によって就任する取締役がアクティビストの利益を優先することなく会社の利益のために行動するよう、同取締役に一定の株式を保有させる条項や、同取締役が会社の内部情報を第三者(アクティビスト等)に提供することを制限する条項を和解契約に入れ、その内容を開示すること、③和解契約によって就任する取締役とアクティビストとの間にある報酬関係を含め、アクティビストと同取締役の関係を詳細に開示することを求める声が強まっている。一方、日本では、アクティビストが推薦する取締役を選任する場合でも必ず株主総会決議を経るため、米国で生じているような手続の透明性への批判は起こりにくい。それでも、株主に不要な不安を与えないよう、アクティビスト推薦の取締役を選任した会社の取締役会は、今後、和解契約の内容や、アクティビストと当該取締役との間の報酬・関与の状況などの関連情報を積極的に開示する方向に実務が進む可能性もある。


インデックスファンド : S&P500 などの株価指数と同じ構成・動きを目指す投資信託。指数に合わせて幅広い企業に投資するため、市場全体を重視する大規模機関投資家が多い。

東京コスモス電機の新たな取締役会が同社をどのようにして価値創造企業へと導くのかは、まだ見通せない。ただ、GESや成成が指摘した成長戦略の不透明さ、非効率的な資本の運用、後継者育成の遅れといった課題は、同社に限らず多くの日本企業に共通して見られる。今回の一連の動きは、経営改善に消極的な取締役会がいくら批判を退けようとしても、アクティビストが本気になれば、取締役会の構成が大きく変わりうることを改めて示した。そして、「買収アクティビズム」では、取締役会の構成が変わった後に、PEファンドへの株式売却を通じて会社を非公開化するというプロセスが続くのが一般的だ。本事案は、こうした展開が日本でも現実的に起こりうる段階に入ったことを示唆している。

2025/12/12 東京コスモス電機事案が示した日本における「買収アクティビズム」の現在地

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

米国で活発化している「買収アクティビズム」(2025年10月14日のニュース「買収アクティビズムの台頭」参照)が日本でも現実のものとなっている。東京コスモス電機を巡る一連の“騒動”はそれを物語っている。


買収アクティビズム : アクティビスト・ヘッジファンドが投資する会社の株主総会で自らの推薦する取締役を選任するなどした後、PEファンドへの株式売却を通じて会社を非公開化する一連の活動をいう。

シンガポールのスイスアジア・フィナンシャル・サービシズが運営する投資ファンドのグローバルESGストラテジー(GES)と中国系の成成株式会社は、2025年6月の東京コスモス電機の株主総会で、計8人の取締役選任を株主提案した。提案の理由は、現取締役会は①成長性・収益性の悪化を改善する具体的な施策を示すことができていないこと、②株価を意識した経営を行っておらず、特に余剰資金を成長投資や株主還元に有効利用できていないこと、③後継者育成ができていないこと、というもの。しかし、東京コスモス電機の取締役会は5月21日、これに反対することを表明。その理由として、株主の提案は①的を得ていないこと、②事業に対する理解に欠けていること、③取締役候補者が取締役としての適格性を欠いていること、を挙げた。また、東京コスモス電機の取締役会は6月3日、横浜地方裁判所に検査役の選任申立てを行い、6月9日には弁護士が検査役に選任されている。さらに、東京コスモス電機の取締役会は友好的買収者を探し、6月10日には米電子部品大手ボーンズによる友好的TOBに賛同、GES・成成に対抗する姿勢を鮮明にした。しかし、株主提案による計8人の取締役選任議案は株主総会で51.97〜52.62%の賛成を集め可決された。一方、東京コスモス電機の取締役会が提案した取締役候補5人の選任議案は否決され、取締役が総退陣に追い込まれる事態となった。


検査役 : 裁判所が選任する第三者で、株主総会の招集手続きや決議の方法などが適正かどうかを調査し、その結果を報告する役割を担う者。紛争の未然防止や証拠保全のために選任される。

東京コスモス電機の新取締役会は7月18日、ボーンズによるTOBに賛同することを撤回、8月8日には、これまでの旧取締役会と株主とのやり取りに問題がなかったかを調査するため、特別調査委員会を設置している。そして11月10日には、新中期経営計画、執行役員人事、ボーンズとのTOB契約の解除を公表。旧取締役会が2024年4月に公表した中期経営計画は、計画最終年度の2026年度の売上高は2023年度比で横ばい、同じく売上高営業利益率は12%から10%に下がるというネガティブなものだったが、新取締役会は新中期経営計画で「目先の利益追求から未来への成長投資を加速する」との方針を打ち出し、東南アジアに数億円かけて新工場を建設するなど成長投資に23億円以上を投じることを見込み、2031年3月期の営業利益は2026年3月期の見通しの約3倍にあたる15億円を目指すとしている。


売上高営業利益率 : 企業が売上に対してどれだけ効率よく利益を出しているかを示す。「営業利益 ÷ 売上高」によって計算され、売上高営業利益率が低い場合には、売上に対してコストがかかりすぎており、利益が出ていない可能性がある。「ROS(Return on Sales)」とも呼ばれる。

米国では、アクティビストが推薦する取締役が選任されるパターンとして、・・・

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2025/12/11 企業が経済安保対応を進めるメリット

高市首相が衆院予算委員会で台湾有事を念頭に置いた答弁を行って以降、中国の反発は収まる気配がなく、依然として両国間の緊張関係は続いている(地政学リスクが高まる中で企業が向き合うべき課題については、2025年11月19日のニュース「台湾有事に備え企業が講じるべき対応」参照)。こうした情勢下、経済産業省は11月26日、「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」(以下、本ガイドライン案)の公開草案を公表している。

本ガイドライン案は、タイトルに「経営」という文字が含まれているとおり、企業経営における経済安全保障対応を体系的に整理したものであり、対象者は「経営者等」とされている。実務担当者向けのガイドライン()は既に存在しているが、経営者向けは初となる。

 経済安全保障に関連する実務担当者の具体的な対応をまとめた「技術流出対策ガイダンス」および「経済安全保障上の課題への対応 (民間ベストプラクティス集)」が公表されている。

本ガイドライン案は、「経営者等が認識すべき原則」と「個別領域における取組の方向性」の二本柱で構成されている(本ガイドライン案2ページ参照)。前者は総論、後者は各論という位置付けになる。「経営者向け」と謳っているだけあって、シンプルにまとめられている。

「経営者等が認識すべき原則」には次の3つがある。
(1) 自社ビジネスを正確に把握し、リスクシナリオを策定する
(2) 経済安全保障への対応を単なるコストではなく、投資と捉える
(3) マルチステークホルダーとの対話を欠かさない

「個別領域における取組の方向性」には次の3つがある。
(1)自律性確保の取組
(2)不可欠性確保の取組
(3)経済安全保障対応におけるガバナンス強化


不可欠性確保 : 自社がサプライチェーンや市場にとって代替困難な存在=不可欠なプレイヤーであり続けること

各論に相当する「個別領域における取組の方向性」では、不可欠性確保に向け、技術流出リスクの把握と管理体制強化、研究開発投資の戦略的運用、技術者の待遇改善など、人的・組織的基盤の整備まで踏み込んだ具体的かつ実務的な行動が「経営者等が認識すべき推奨事項」として示されている(本ガイドライン案の12ページから14ページ参照)。「推奨」とあるが、実際のところその多くは「必須」と考えてよい。例えば「現在シングルソースに調達を依存している場合は、万が一供給途絶が発現した場合に備えて、例えば、予め代替調達となり得る事業者等との間で自社の製品・サービス等に組み入れるための原材料等の認証を行っておく」といった対応は、自律した経営を実現するうえでは「必須」であろう。


シングルソース : 特定の原材料や部品、サービスなどを 1社のみから調達しており、他の供給先が存在しない、あるいは利用していない状況。供給元のトラブル(災害、経営破綻、品質問題、政治的要因など)が発生すると供給が途絶する可能性が高く、自社の製品やサービスの生産・提供が止まるリスクがある。

また、本ガイドライン案には「チェックリスト」(本ガイドライン案の17ページ以降)が付いている。このチェックリストは、「経営者等が認識すべき原則」と「個別領域における取組の方向性」に沿った内容となっており、企業が自社の経済安全保障への対応状況を漏れなく把握できるよう設計されている。自社の経済安全保障対応を総点検し、自社の課題を“見える化”するために活用したい。

経済安全保障対応にはコストがかかるため、経営者は消極的になりがちだが、以下のようなメリットがあることを認識する必要がある。・・・

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2025/12/11 企業が経済安保対応を進めるメリット(会員限定)

高市首相が衆院予算委員会で台湾有事を念頭に置いた答弁を行って以降、中国の反発は収まる気配がなく、依然として両国間の緊張関係は続いている(地政学リスクが高まる中で企業が向き合うべき課題については、2025年11月19日のニュース「台湾有事に備え企業が講じるべき対応」参照)。こうした情勢下、経済産業省は11月26日、「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」(以下、本ガイドライン案)の公開草案を公表している。

本ガイドライン案は、タイトルに「経営」という文字が含まれているとおり、企業経営における経済安全保障対応を体系的に整理したものであり、対象者は「経営者等」とされている。実務担当者向けのガイドライン()は既に存在しているが、経営者向けは初となる。

 経済安全保障に関連する実務担当者の具体的な対応をまとめた「技術流出対策ガイダンス」および「経済安全保障上の課題への対応 (民間ベストプラクティス集)」が公表されている。

本ガイドライン案は、「経営者等が認識すべき原則」と「個別領域における取組の方向性」の二本柱で構成されている(本ガイドライン案2ページ参照)。前者は総論、後者は各論という位置付けになる。「経営者向け」と謳っているだけあって、シンプルにまとめられている。

「経営者等が認識すべき原則」には次の3つがある。
(1) 自社ビジネスを正確に把握し、リスクシナリオを策定する
(2) 経済安全保障への対応を単なるコストではなく、投資と捉える
(3) マルチステークホルダーとの対話を欠かさない

「個別領域における取組の方向性」には次の3つがある。
(1)自律性確保の取組
(2)不可欠性確保の取組
(3)経済安全保障対応におけるガバナンス強化


不可欠性確保 : 自社がサプライチェーンや市場にとって代替困難な存在=不可欠なプレイヤーであり続けること

各論に相当する「個別領域における取組の方向性」では、不可欠性確保に向け、技術流出リスクの把握と管理体制強化、研究開発投資の戦略的運用、技術者の待遇改善など、人的・組織的基盤の整備まで踏み込んだ具体的かつ実務的な行動が「経営者等が認識すべき推奨事項」として示されている(本ガイドライン案の12ページから14ページ参照)。「推奨」とあるが、実際のところその多くは「必須」と考えてよい。例えば「現在シングルソースに調達を依存している場合は、万が一供給途絶が発現した場合に備えて、例えば、予め代替調達となり得る事業者等との間で自社の製品・サービス等に組み入れるための原材料等の認証を行っておく」といった対応は、自律した経営を実現するうえでは「必須」であろう。


シングルソース : 特定の原材料や部品、サービスなどを 1社のみから調達しており、他の供給先が存在しない、あるいは利用していない状況。供給元のトラブル(災害、経営破綻、品質問題、政治的要因など)が発生すると供給が途絶する可能性が高く、自社の製品やサービスの生産・提供が止まるリスクがある。

また、本ガイドライン案には「チェックリスト」(本ガイドライン案の17ページ以降)が付いている。このチェックリストは、「経営者等が認識すべき原則」と「個別領域における取組の方向性」に沿った内容となっており、企業が自社の経済安全保障への対応状況を漏れなく把握できるよう設計されている。自社の経済安全保障対応を総点検し、自社の課題を“見える化”するために活用したい。

経済安全保障対応にはコストがかかるため、経営者は消極的になりがちだが、以下のようなメリットがあることを認識する必要がある。

経済安全保障対応を進めるメリット
項目 内容
善管注意義務の履行 本ガイドライン案は、経営者がこれに沿った対応を行うことについて、「一般的には、経営者が善管注意義務を果たしていることの裏付けの一つとなる」と明記している(本ガイドライン案の4ページ参照)。すなわち、経済安全保障リスクが顕在化した際、本ガイドラインに沿った対応をしていれば、
・株主からの責任追及
不作為による訴訟リスク
などに対し一定の防御力を持つことになる。
企業価値向上 本ガイドライン案は、企業が経済安全保障対応を進めることについて、「単なるコストではなく、企業価値の維持・向上に貢献し得る投資である」と強調している。これは、経営者が経済安全保障対応に取り組むことで、
・サプライチェーン途絶リスクの回避
・取引先や株主からの信頼の向上
・市場での競争優位の確保
などのメリットを得られることを意味する。
取引機会の拡大 本ガイドライン案の「はじめに」(本ガイドライン案の3ページ参照)では、海外でも経済安全保障を踏まえた調達ルールの強化が進んでおり、経済安全保障対応が「ビジネス機会の拡大へと繋がり得る」と明記されている。実際、経済安全保障への対応の度合いがサプライヤー選定の基準になりつつあり、経済安全保障対応が進んでいる企業ほど取引相手として選定されやすい。
ステークホルダーからの評価向上 本ガイドライン案は、経済安全保障対応が進んでいる企業ほど、「株主等のステークホルダーから評価され得る」と繰り返し指摘している。分かりやすい例として、経済安全保障対応を図ることは、
・資本市場での評価(株価上昇など)
・銀行から融資を受ける際の評価
の向上につながる。


不作為 : 必要な注意義務や監督義務を怠り、適切な行動を取らなかった結果として会社や株主に損害を与える行為

また、企業の経済安全保障対応を鈍らせる要因となり得るのが経営者報酬だ。経営者報酬と「短期利益」の連動性が強い場合、経営者は
・サプライチェーン強靱化への投資
・技術流出防止のための内部統制強化
・代替調達や調達リスクを分散するための中長期投資
など「短期的には利益を押し下げるが、中長期では企業価値を高める施策」の実行を躊躇しかねない。これを回避するためには、経営者報酬を以下のように見直すことが考えられる。

「経済安全保障経営」実現に向けた経営者報酬の見直し
項目 内容
中長期インセンティブ(LTI:Long-term Incentive)比率の引き上げ 短期業績連動報酬(ボーナス)の比率を下げ、
・株式報酬
・譲渡制限付株式
・ストックオプション
といった中長期的な企業価値向上に連動する報酬を増やす。これにより、短期利益よりも、中長期的な競争力・リスクマネジメントを重視しやすくなる。経済安全保障対応(サプライチェーンの多角化、技術保全など)についての投資家の評価は、株価を通じて上記報酬に反映されることになる。
経済安全保障に関するKPIの設定 短期利益以外の「非財務KPI」を評価項目に加える。
<非財務KPIの具体例>
・重要部材の調達リスク低減(依存度●%低下)
・代替調達先の認証数
・技術流出リスク評価の実施率
・製造拠点多様化の達成度
・経済安全保障に関するガバナンス体制整備計画の進捗率
・サイバーセキュリティ水準向上計画の進捗率
報酬決定の時間軸の長期化 経済安全保障対応には複数年を要するのが通常であるため、経営者報酬に係る評価期間を1年ではなく、例えば3~5年とする。
報酬制度設計における報酬委員会の権限強化 報酬制度が短期利益偏重にならないよう、制度設計に独立社外取締役を中心とする報酬委員会の意見を反映する。
経営者報酬の決定要素である利益の補正 短期利益に影響する施策のうち、
・サプライチェーン多角化
・セキュリティ投資
・技術保全措置
などは「戦略的投資」として扱い、経営者の業績評価時に補正をかける(投資関連費用分だけ利益をかさ上げして業績評価を行う)。これにより、経営者は「経済安全保障対応を進めると報酬が下がる」というジレンマから解放される。

本ガイドライン案に対するパブリックコメントの募集は12月26日までとされ、年明け早々には確定版が公表される見込みだが、足下の地政学リスクが高まる中、最終版の公表を待つことなく、本ガイドライン案を参考に「経済安全保障経営」の実現に取り組みたいところだ。

2025/12/10 【特集】 ~SSBJ基準が義務化、人的資本開示で新たな展開も~ 令和7年・開示府令改正案のポイント【後編】(会員限定・3)

4.総会前開示における記載の省略

有価証券報告書を株主総会前に提出(総会前開示)する場合、従来は決議予定の議案(取締役の選任議案など)の内容を記載する必要があった。しかし、今回の改正により、議案が株主総会またはその直後の取締役会の決議事項となっている場合には、原則として記載は不要となる(剰余金の配当を除く)。これにより招集通知との重複記載の手間がなくなり、早期開示への障壁が一つ取り除かれることになる。

5.今後に向けた具体的なアクション
改正案は、SSBJ基準と人的資本という非財務情報を、財務情報と同等のレベルで厳格かつ戦略的に開示することを求めている。上場企業にあっては、以下の3点について体制整備を図ることが推奨される。

(1)時価総額のモニタリングと適用時期の確認
自社の過去の時価総額推移を確認し、適用開始時期(時価総額3兆円以上の場合は2027年3月期、時価総額1兆円以上の場合は2028年3月期)を確認する。時価総額に応じてSSBJ基準開示の対応を進める。

(2)開示プロセスの文書化(セーフハーバー対応)
将来情報やScope 3温室効果ガス排出量の算出にあたり、その根拠や検証プロセスを社内文書として残す体制を構築する。これが「セーフハーバー・ルール(免責規定)」の適用を受けるための鍵となる。


Scope 3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。
セーフハーバー・ルール : 予測困難な責任を回避するために企業の行動が委縮することがないよう、違法ないし違反にならない範囲を明確化すること。セーフハーバーとは「安全な港」という意味であり、セーフハーバー・ルールという言葉は、船が安全な港にいる限り海難を避けられることに由来する。

(3)人材戦略と賃上げのストーリー構築
平均給与の増減率が開示されることを見据え、賃金政策と経営戦略の整合性を改めて整理し(例えば、成長分野に人材を集中させるために賃上げを行ったなど)、投資家に説明できるロジックを構築する。

サステナビリティ開示への対応は、単なる規制対応にとどまらず、自社の持続的な成長力を市場にアピールする好機となる可能性を秘めている。上場企業の経営陣には、制度の趣旨を理解し、戦略的な開示への転換を図ることが期待される。

2025/12/10 【特集】 ~SSBJ基準が義務化、人的資本開示で新たな展開も~ 令和7年・開示府令改正案のポイント【後編】(会員限定・2)

3.人的資本開示の拡充

令和7年(2025年)6月に公表された「経済財政運営と改革の基本方針2025」「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025改訂版」「コーポレートガバナンス改革の実践に向けたアクションプログラム2025」において提言されている人的資本に関する開示の拡充の実現に向け、企業価値の源泉である人的資本への投資状況を可視化するために開示項目が追加・再編される。本改正は令和8年(2026年)3月31日以後に終了する事業年度から適用される予定となっている。

(1)戦略と連動した開示の要請
これまで「サステナビリティに関する考え方及び取組」などに記載されてきた人的資本に関する事項は、より経営戦略との結びつきが強まる。具体的には、「企業戦略と関連付けた人材戦略」および「それを踏まえた従業員給与等の決定方針」の開示が新たに求められる。単に人的資本に関する制度を説明するだけでなく、例えば人材戦略が経営目標の達成にいかに寄与するか、従業員の貢献や成果をどのように評価し、その結果を給与や報酬の決定にいかに反映しているのかを一連の「ストーリー」として示すことが期待される。

(2)「賃上げ」姿勢の可視化(平均給与の増減率の開示)
従来の「平均年間給与」の実額開示に加え、新たに「従業員の平均給与の対前年比増減率」の開示が義務付けられる。これにより、企業がいかに賃上げに取り組み、従業員への分配を増やしているかが、数字ベースで明確になる。

(3)持株会社における実態開示の強化
純粋持株会社など、提出会社(親会社)の従業員数が極端に少ない場合、提出会社のデータだけではグループ全体の給与等の実態が見えにくいという問題がある。そこで今回の改正により、提出会社が主として子会社の経営管理を行う会社である場合、連結グループ内で従業員数が最も多い会社(最大人員会社)について、以下の情報を開示することが義務付けられる。
・従業員の平均給与額
・平均給与の対前年比増減率
・その他、従業員の状況に関する事項(従前から提出会社で開示されていた事項。例えば従業員数、平均年齢、平均勤続年数など)

なお、最大人員の会社の従業員数が連結全体の過半数に達しない場合には、次に人数の多い会社も含めて開示する必要もある。これにより、グループの中核事業を担う子会社の労働環境が投資家の目に触れることになる。

(4)記載場所の整理
「従業員の状況」の記載区分が、従来の「第1 企業の概況」から「第4 提出会社の状況」へと移動する。これに伴い、従業員向けのストックオプション制度や持株会制度についても「従業員の状況」に記載することが可能となる。従業員の給与・報酬に関する情報を集約することで、投資家にとっても各段に見やすくなる(下図参照)。

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出典:第1回 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(令和7年度)事務局説明資料 資料3 31ページ

(5)その他
「サステナビリティに関する考え方及び取組」における人的資本(多様性を含む)関連の開示として、これまでは「人材育成方針及び社内環境整備方針」および「当該方針に対する指標及び目標」の記載が求められていたが、これらに加え、人的資本(多様性を含む)に関する「ガバナンス」「リスク管理」の記載が義務付けられる(ただし、SSBJ基準に基づき開示している場合を除く)。

4.総会前開示における記載の省略(会員限定)