トランプ米大統領は2025年12月11日、大統領令「外国資本で政治的な動機を持つ議決権行使助言会社からの米国投資家の保護」に署名した。「外国資本で政治的な動機を持つ議決権行使助言会社」とは、ドイツ証券取引所の傘下にあるISSと、カナダの投資会社が大株主であるグラスルイスを指しており、大統領令は2社が議決権行使助言マーケットの90%以上を占めていること、その結果として「株主提案、取締役選任、役員報酬」など米国企業のコーポレートガバナンスに大きな影響力を持つことを問題視、2社が「急進的な政治的動機による議題(radical politically-motivated agendas)」を推進すること」による不利益から米国の投資家や年金の資産を守らなければならないとしている。
今回の大統領令は議決権行使助言会社が推進している「急進的な政治的動機による議題」として、DEI(diversity, equity, and inclusion)やESG(environmental, social, and governance)に関するアクションを特に問題視している。具体的な“問題行動”としては以下が例示されている。
DEI : Diversity, Equity, Inclusion(多様性、公平性、包摂性)の頭文字をとったもの。このうち包摂性とは、社会や組織が多様なる人々を受け入れ、差別や排除をなくし、全ての人が平等に参加できる状態を指す。
・ 人種的公平性の監査や温室効果ガス排出の大幅削減を求める株主提案を支持
・ 取締役会の人種的または民族的な多様性に関するガイドラインの開示を要求
大統領令は、議決権行使助言会社による影響力の行使により、投資家にとって「唯一の優先事項であるリターン(returns should be the only priority)」が損なわれるのみならず、利益相反の問題(議決権行使助言会社が営むコンサルティングビジネスを指すものと思われる)が生じ、さらには助言の質自体が低下している(リターンに結び付かない助言を問題視していると考えられる)と指摘する。そのうえで、議決権行使助言会社は「説明責任、透明性、競争を促進(promoting accountability, transparency, and competition)」することが、米国民の信頼を回復するために必要だとしている。
以上を踏まえ、大統領令は各規制当局に対して以下の指示を出している。
(1)証券取引委員会(SEC:Securities and Exchange Commission)
・ 議決権行使助言会社および株主提案に関する全ての規則やガイダンスを見直し、特にDEIやESGに関連するものは「改定」または「撤廃」を検討する。
・ 議決権行使助言会社の推奨レポートに虚偽記載や重要な記載漏れがあった場合、連邦証券法の詐欺罪を適用する。
・ 議決権行使助言会社を登録制とする(Registered Investment Advisers)。
・ 議決権行使助言会社が行う推奨の内容、助言の方法、利益相反の問題について、透明性の向上を求める。
・ 議決権行使助言会社の推奨に基づき投資顧問業者が議決権行使において協調することが共同保有に相当するかどうかを調査する。
・ 投資顧問業者が非金銭的な要素(DEI、ESGなど)について議決権行使助言会社の推奨に従うことは受託者責任に反しないかを調査する。
共同保有 : 複数の投資家が株式等の有価証券を事実上共同して保有し、議決権行使や経営への影響力行使を協調的に行うこと。単なる同時保有ではなく、意思決定や行動の連携が認められる場合、証券規制上の開示義務や規制対象となり得る。
(2)連邦取引委員会(FTC:Federal Trade Commission)
・ 独占禁止法(反トラスト法)に基づき、議決権行使助言会社を調査(投資家の資産価値を低下させるよう共謀していないか、利益相反について適切に開示しているか、誤解を招くような情報提供をしていないか、投資家の判断能力を損なわせていないか、など)する。
(3)労働省(DOL:Department of Labor)
・ 特にDEIやESGに関連する議決権行使助言会社の助言等の利用が、退職年金加入者および受給者の経済的利益の最大化という目的と整合しているかを確認し、必要な是正措置を講じる。
・ 議決権行使助言会社による助言等が年金資産の運用や議決権行使に利用されることにより、年金資産の金銭的価値が損なわれていないかを確認する。
・ 議決権行使助言会社の助言を利用する場合には、特にDEIやESGに関連する助言についてその内容および利用のされ方が明確となるよう、必要な措置を講じる。
今回の大統領令を受け、今後見込まれるSEC規則の改定(DEIやESGに関する株主提案の制限)や退職年金制度における受託者責任の解釈変更(金銭的な利益のみを対象とする)などについては、慎重な議論を求める声や反対意見が上がることも予想される。しかし、大きな流れとしては、DEIやESGを推進する投資行動の後退、議決権行使助言会社の影響力低下は避けられないだろう。日本の資本市場における直接的な影響は未知数だが、上場会社としては、より金銭的な投資収益を重視するグローバル投資家(アクティビストを含む)による発言力の高まりを注視しておく必要があろう。


