2021年8月6日のニュース「ISSがポリシー改定に向け調査開始、役員報酬におけるESG指標の設定やバーチャルオンリー総会がテーマに」でお伝えしたとおり、議決権行使助言会社最大手のISSは(2021年)7月28日、議決権行使助言基準(ポリシー)の改定を検討するにあたって機関投資家をはじめとする市場関係者を対象に毎年実施している調査「Annual Benchmark Policy Survey」を開始したが、今回同時に実施されているのが、気候変動リスクに関する「Climate Survey」だ。ISSが機関投資家などに投げかけた問いからは、気候変動問題に対する資本市場の問題意識が見えてくる。
本調査の冒頭(イントロダクション)でISSは、多くの機関投資家がスチュワードシップ活動の最重要分野として気候変動問題を位置付けていること、気候変動対策を求める株主提案や各社の気候変動対策を評価する機会を株主に提供する「Say-on-Climate」議案が増えていることを指摘している。経営者報酬水準の高騰を抑制するため、経営者報酬の支給方針や支給額に対する「株主投票」であるSay-on-Payはかねてから欧米企業で実施されてきたが、Say-on-Climateはその気候変動問題バージョンであり、アクティビストとして知られる英国の大手ヘッジファンド「ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド・マネジメント」の創業者が設立した財団が当初主導し、広がりを見せている。Say-on-Pay同様、基本的には投票結果に法的拘束力はなく、あくまで「勧告的決議」にとどまるが、自社のCO₂排出量減少計画が多くの株主に否定される結果となれば、世間の注目を集め、企業としても無視はできなくなる。また、ISSはイントロダクションで、気候変動リスクへの監督が不十分であれば「ガバナンスの重大な失敗(material failures of governance)」として取締役選任議案への反対助言につながり得ることなどについても言及している。
ISSが、気候変動に関する「ガバナンスの重大な失敗」に該当するかどうかを適切に判断するための指針を検討する目的で、今回機関投資家などに見解を求めたのが下記の5つの質問だ。
① 気候変動に関連して企業に期待する最低限の行動
□TCFDフレームワーク(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標(*))による開示
□情報開示および実績の改善度を説明(同業他社やパリ協定の水準に未達でも構わない)
□パリ協定が定める目標達成に向けた長期的かつ野心的な取り組みを宣言
□2℃シナリオを大きく下回る排出削減を達成する目標の開示(スコープ1・2に対応)
□2℃シナリオを大きく下回る排出削減を達成する目標の開示(スコープ1・2・3に対応)
□2℃シナリオを大きく下回る排出削減を達成する目標と戦略・設備投資計画の開示
□自社・業界によるロビー活動がパリ協定に合致している(矛盾しない)ことを報告
□その他(具体的に)
TCFD : 主要国の金融当局(中央銀行、金融監督当局、財務省)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などで構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が設置した組織。TCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」の略である。TCFDが2017年6月に公表した最終提言は、気候変動リスクに関する情報開示のフレームワーク(枠組み)のグローバルスタンダードになりつつある。
パリ協定 : 2015年末にパリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択された2020年以降の温暖化対策の国際的枠組み。パリ協定では、18世紀後半に起きた産業革命前と比較し、気温の上昇を「2℃以内」にとどめることを目標としており、各国に対し、温室効果ガスの排出削減目標を設定のうえ、5年ごとに進捗報告およびより厳しい目標への更新を行うことを義務付けている。
2℃シナリオ : 18世紀後半に起きた産業革命前と比較し、気温の上昇を「2℃以内」にとどめること。
スコープ : 事業者自らの排出だけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した排出量(原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など、一連の流れ全体から発生する温室効果ガス排出量)を「サプライチェーン排出量」というが、このサプライチェーン排出量はスコープ1〜3の3つに分かれている。スコープ1は「事業者自らによる温室効果ガスの直接排出」、スコープ2は「他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出」、スコープ3はスコープ1、2以外の排出で、例えば製品の使用、廃棄などに伴う排出が該当する。
② 「期待する最低限の行動」を求める企業の範囲
□高い期待水準は気候変動に大きな影響を及ぼす企業のみに適用すればよい
□気候変動への影響度が大きくない企業に対しては期待水準を低くするべき
□気候変動への影響度にかかわらず期待水準は高く設定するべきだが、例外は認めてもよい
□気候変動への影響度にかかわらず、全ての企業に同じ期待水準を適用すべき
□状況による(具体的に)
③ “Say-on-Climate”で反対票を投じる要因(dealbreakers)
□TCFDフレームワークに沿っていないなど、気候変動に関連した情報開示がない
□開示や実績の改善が説明されない(同業他社やパリ協定の水準に未達でも構わない)
□排出削減を達成するための目標および実績が同業他社の最低水準に達していない
□パリ協定が定める目標達成に向けた長期的かつ野心的な取り組みが見られない
□2℃シナリオを大きく下回る排出削減の目標の開示がない(スコープ1・2・3)
□2℃シナリオを大きく下回る排出削減の目標と戦略・設備投資計画の開示がない
□事業活動およびサプライチェーンにおける絶対的な排出量が減少トレンドにない
□自社・業界のロビー活動がパリ協定に合致している(矛盾しない)との報告がない
□その他(具体的に)
dealbreaker : 「取引関係を失敗させるもの」といった意味
④ 気候変動に関する株主提案が行われた場合の対応
□投資家は株主提案に対する議決権行使のみにより賛否の意思表示を行うべき
□複数年にわたって同様の株主提案が続く場合、取締役の不信任につながり得る
□企業の気候変動対応に不満がある場合、株主提案に加えて取締役選任議案への反対も有用
□その他(具体的に)
⑤ “Say-on-Climate”が経営陣に対して上程されるべき場合
□気候変動対応は経営陣が決定すればよい問題であり、上程されるべきではない
□企業の気候変動対応に不満がある場合、投資家は取締役選任議案に反対するべき
□気候変動対応の目標や実績開示の欠如など、問題がある場合にのみ上程されるべき
□取締役会が適切に対応していても、常に上程することで対話が促進されるとよい
□その他(具体的に)
以上の質問に対する機関投資家などの回答が注目されるところだが、少なくとも、2℃シナリオを下回るためのスコープ1・2に対応した開示、気候変動への影響に応じた自社の開示水準の設定、継続的に投資家からの不満がある場合における積極的な説明責任の履行、などには上場企業として積極的に取り組むべきと言えよう。