当初案では、「本人の気持ち」次第でパワハラ認定も
これまでの日本企業では少なからず存在していたと思われる「パワーハラスメント」(以下、パワハラ)がついに法律で禁止されます。セクハラについては男女雇用機会均等法、妊娠出産に関するマタハラについては男女雇用機会均等法、育児休業・介護休業で既に措置されていますが、パワハラについては、厚生労働省から「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」によりパワハラに該当する行為の例などが示されていたものの、これまで法制化はされていませんでした。そこで2018年からパワハラの法制化に向けた議論が厚生労働省の労働政策審議会で始まり、2019年5月29日、労働施策総合推進法を改正する形で、パワハラに関する規定(以下、パワハラ防止法)が新設されています。
労働施策総合推進法 : 働き方改革の一環として多様な働き方を促進させることを目的に、「雇用対策法」を改正する形で2018年に制定された。正式名称は「労働政策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」。長時間労働、非正規雇用労働者の待遇の改善、女性や高齢者の就業形態、育児や介護などと仕事の両立、中小企業における人手不足などの解決を目指している。今般、パワハラ防止に関する規定も盛り込まれた。
パワハラ防止法は大企業(中小企業法上の中小企業以外)については2020年6月1日から、中小企業法上の中小企業については2022年4月1日から適用されます。もっとも、この法律だけでは、具体的にどのようなケースがパワハラに該当するのかや、企業がとるべき具体的な対応が明確ではありませんでした。こうした中、公表が待たれていたのが、同法適用上のガイドラインとなる「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下、指針)です。
2019年11月21日には指針案が公表され、同年12月20日までパブリックコメントに付されていましたが、「案」のとおり確定し、2020年1月15日に告示されています。指針はパワハラ防止法改正法の施行日に合わせ、2020年6月1日から適用が開始されることになります(大企業の場合。中小企業は2022年6月1日~)。
パワハラ防止法上、「パワハラ」は下記のとおり定義されており、これら3つの要素(「職場において行われる」まで含めれば4つ)は指針にも明記されています。この定義はパワハラ防止法および指針を理解する上で肝となるものであり、また、パワハラの認定やパワハラへ対応も、常にこの定義に立ち返って検討することになるだけに、しっかり押さえておく必要があります。
パワハラの定義(指針2ページ「2(1)」参照)
職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるもの であり、①から③までの要素を全て満たすもの
|
産業界は、一貫して「パワハラはあってはならないこと」とのスタンスをとっており、パワハラ防止法を創設すること自体には賛成してきましたが、指針のとりまとめの段階で労働者側と意見が対立したのが「本人の気持ち」の取り扱いです。
労働者側は当初、本人が「パワハラを受けた」と感じればそれをもってパワハラと認定すべきと主張していました。これに対し産業界からは、「本人の気持ち一つでパワハラと言われてしまうと、人材の育成に支障が出かねないのはもちろん、普通に業務を割り振ることもできなくなりかねない」との批判の声が上がっていました。
上記のパワハラの定義には「本人の気持」は含まれていませんが、後述するように、指針では、パワハラに該当するかどうかは「客観的」に判断するということを基本スタンスとしつつ、本人の「心身の状況」や「受け止め方」にも配慮することの重要性についても述べています(指針4ページ(7)参照)。したがって、本人の話を聞く際には、単なる事実確認といった“紋切り型”の対応では不十分ということになります。
業務上の指示・指導とパワハラの境界線
もっとも、上述のとおりパワハラを定義付けても、セクハラなどと比べ、パワハラの認否は容易ではありません。例えばセクハラの場合、そもそも職場の中に「仕事に関わる性的な言動」というものは通常存在しないため、性的な言動を受けた本人が「これはセクハラではないか」と感じた場合、本人の意向がある程度受け入れらやすいと言えます。これに対しパワハラは業務に関連して発生することが多く、例えば本人が気に入らない仕事を任された場合、「これは自分にとって過少な要求だからパワハラだ」などと言い出しかねません(パワハラの具体例については後述)。
こうした事態を避けるため、指針では、パワハラの定義(3要素)の下に下記の一文を付け加えています(指針2ページ2(1)。
| なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。
|
この一文は、業務上の言動について「本人がパワハラだと感じたらパワハラ」となるわけではない、ということを確認するという点で、企業にとっては非常に重要な意味を持ちます。
以下、パワハラの定義の3要素に、「職場において行われる」という要素を加えた4つの要素について詳しく見ていきます。
職場=業務を遂行する場所
まず、パワハラとは「職場において行われる」言動が対象になることから、職場以外の場所で行われたものはパワハラ防止法上のパワハラには該当しません。
ここでいう「職場」には、通常業務をしているオフィスだけではなく、「業務を遂行する場所」であればどこでも該当し得るという点、注意が必要です。例えば出張先は「業務を遂行する場所」に他ならないことから、職場になり得ます。また、在宅勤務であっても、そこ(自宅)が仕事をしている場であれば、職場に当たることなります。
指針で挙げられているパワハラの例示(後述)を見ると、パワハラとは基本的に「対面」で行われることを前提にしているものの、在宅勤務者がパワハラを受けるとすれば、電話かメール・SNS等を通じてということになります。例えば在宅勤務者が電話で怒鳴りつけられ、その結果、就業に支障が出るほど精神的ダメージを受けた場合には、(パワハラの定義①~③にも当てはまれば)パワハラに該当する可能性があると考えるべきでしょう。
では、「飲み会」の場はどうでしょうか。飲み会の場で部下を叱責する上司も少なからずいます。たとえ飲み会と言えども、基本的に全員が参加するなど事実上強制的なものや仕事の一環として参加せざるを得ないようなものであれば「職場」と捉えられ、そこでの叱責がパワハラの定義①~③に当てはまれば、パワハラに該当することも十分に考えられます。これに対し、例えば同期会のような有志による飲み会であれば、「職場」とは言えないでしょう。ただ、そもそも会社関係の飲み会で純粋に「有志」によるものは多くないだけに、そこでパワハラの定義①~③を満たす行為があれば、パワハラと認定されるリスクはあると考えておいた方がよさそうです。厚生労働省は、指針案に寄せられたパブコメに対する回答の中で、『業務時間外の「宴会」等であっても、実質上職務の延長と考えられるものは職場に該当しうる旨を今後通達で示す予定』であることを明らかにしています(「御意見の概要と御意見に対する厚生労働省の考え方」2ページの上から二段目参照)。
同僚、部下、パート従業員等が「優越的」な立場となる場合も
次に、パワハラの定義「① 優越的な関係を背景とした言動であって」における「優越的な関係」について説明します。
ここでいう「優越的な関係」というと、真っ先に「上司と部下」の関係が思い浮かぶところです。確かに、部下は業務遂行上、上司に対し抵抗や拒絶をすることは基本的にできないことから、上司は部下に対し「優越的な関係」にあると言えます。
ただし、「優越的な関係」とは上司と部下の関係だけを想定しているわけではありません。指針には、下記のような関係においても「優越的な関係」が成立することが明記されています(指針3ページ(4)参照)。これは、同僚や部下の方が業務上必要な知識や経験を有しており、彼らの協力を得られないと業務が遂行できないような場合には、同僚や部下が「優越的な関係」を背景とした言動の当事者になり得るということです。
同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
また下記のとおり、同僚や部下からの「集団的行為」も、「優越的な関係」を背景とした言動に該当する場合があります。例えば、これまで本社勤務しかしたことがない従業員が初めて店舗の売り場のマネージャーに就任したとします。この従業員はこれまでずっと本社にいただけに、売り場のことは何も分かりません。このような状況で、売り場で長年働いているベテランのパート従業員達が、新任のマネージャーが気に入らないということで、集団で本来であれば教えるべきことを教えないといった行為は(パート従業員達による)「優越的な関係」を背景とした言動に該当することになります。
| 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
|
このように、「優越的な関係」を背景とした言動とは、必ずしも上司から部下に対するものだけではないという点、注意が必要です。逆に言うと、対等な立場にある同僚の喧嘩は「優越的な関係を背景とした言動」には入りません。パワハラの定義において「優越的な関係」という言葉が使われている背景には、単なる同僚の小競り合いを対象外とする意味合いもあるのです。
なお、上記でもパート従業員の話が出てきたように、パワハラ防止法の対象となる労働者には、正社員のみならず、パート、非正規雇用社員等の有期雇用労働者などすべての労働者が含まれます(指針2ページ(3)参照)。また、派遣社員については、派遣先、派遣元(派遣会社)ともに、雇用管理上の措置といった雇用主としての措置を講ずる義務(6ページ3(1)、7ページ4参照)を負うことになります(後述)。この点、派遣元は「派遣してしまえば関係ない」ように見えますが、派遣先でパワハラが起きた場合、パワハラの被害者は派遣先企業の窓口に相談することも可能であるとともに、派遣元から派遣先に注意をしてもらうということもあり得るため、両者が雇用主としての義務を負うこととされています。
「業務上必要かつ相当な範囲」の判断要素を詳細に明示し、安易なパワハラ認定を防止
パワハラの定義の中で最大のポイントと言えるのが、②の「業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより」という部分です。これは、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動がパワハラに当たるということを意味しています。したがって、仮に業務に関連する内容であったとしても、「業務上必要のないもの」や「業務上相当の範囲を超えている指示や指導」はパワハラに該当する恐れがあります。
ただ、パワハラに該当するかどうかの判断にあたっては、様々な要素を「総合的に考慮」する必要がある旨が指針に明記されています。考慮する要素の一つとして、「当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度など当該言動が行われた経緯や状況」が例示されていますが、これは、例えば当該言動が労働者がきちんと仕事をしているにもかかわらず行われたのか、あるいは労働者自体に何か問題がある中で行われたのかによって、言動の中身は同じであったとしても、パワハラに該当するかどうかの判断は変わり得るからです。
また、「業種・業態、業務の内容・性質」も考慮すべき要素として例示されています。例えば工事現場など危険業務をしているような場所で多少乱暴な言葉を使って注意したとしても、危険を回避するという観点からは、必ずしもパワハラに該当するとは言えないでしょう。しかし、同じ言動が静かなオフィスで行われたとしたら話は変わってきます。
「当該言動の態様・頻度・継続性」も問われます。たまたま1回怒鳴ってしまったという場合と頻繁に怒鳴っている場合では、怒鳴られる方が受けるダメージも異なります。もっとも、たとえ1回でも、その内容次第ではパワハラに該当する可能性があることには留意が必要です。
このほか、「労働者の属性や心身の状況」、すなわちその言動によってどれくらいダメージを受け、現在どのような状態なのかや、「行為者との関係性等」も考慮する必要があります。「行為者との関係性等」を考慮するのは、例えば上司と部下の関係を考えた場合、コミュニケーションが円滑にとれているような関係の中での言動と、関係がしっくりいっていない中での言動では、相手の受け止め方は異なるからです。
さらに指針では、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合」、すなわち被害者だと言っている従業員の行動に問題がある場合には、「その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要」としています。これは、被害者(とされる)側・加害者(とされる)側どちらか一方ではなく、両者のよく見てパワハラへの該当性を判断するべきであるということです。
このように指針には、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動に該当するかどうかを判断する要素が非常に細かく書き込まれていますが、これは安易なパワハラ認定を防止し、「総合的な考慮」を促すものと言えるでしょう。
「就業する上で看過できない程度の支障」は“平均的な労働者の感じ方”を基準に判断
パワハラを定義する3つ目の要素である③「労働者の就業環境が害されるもの」について、指針では下記のように説明しています(指針3ページ(6)参照)。
| 当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。
|
ここで問題になるのが、「就業する上で看過できない程度の支障」とは具体的にどの程度の「支障」を指すのかという点です。なぜなら、同じ言動であっても、その受け止め方は人によって様々だからです。些細な注意を受けただけでも大きく落ち込んでしまう人もいれば、かなり強い叱責を受けても平常心を保てる人もいます。前者のタイプの人を基準にすれば、一般的な注意でも「パワハラ」ということになりかねませんし、後者のタイプの人を基準にすれば、事実上パワハラを許容することにもなりかねません。
そこで指針では、「就業する上で看過できない程度の支障」に該当するかどうかの判断は、「平均的な労働者の感じ方」を基準にするとしています。産業界が懸念していた「本人の気持ち一つでパワハラと言われる」ようなことがないよう、判断にあたり個人の主観を排除するという意味では重要な基準と言えるでしょう。
なおパブコメでは、「労働者の就業環境が害される」場合として、「行為を受けた当該労働者だけではなく、その周辺の労働者の就業環境が悪化する場合も、パワハラに該当し得ることを明確にすべき」との意見が寄せられましたが、これに対し厚生労働省は「言動を受けた労働者の周辺の労働者については、必ずしも当該言動が職場におけるパワーハラスメントの3要素を満たすとは言えないことから、指針において記載はしていない」旨回答し、パワハラの影響は本人以外には及ばないとの考えを示しています(「御意見の概要と御意見に対する厚生労働省の考え方」3ページの一番上の段参照)。
最終的には「総合判断」
上述のとおり、パワハラに該当するどうかはパワハラの定義①~③により判定することが基本となりますが、指針では、「個別の事案」については、上述した②の「業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより」のところで「総合的に総合的に考慮」することとした事項のほか、「当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等」を総合的に考慮して判断することを求めています(指針4ページ(7)参照)。
そのうえで、個別の事案の判断に際しては、「相談窓口の担当者等がこうした事項に十分留意し、相談を行った労働者(以下、「相談者」)の心身の状況 や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識 にも配慮しながら」すなわち、指針取りまとめにあたり労働者側が求めていた「その人がどう思ったか」ということにも配慮しながら、「相談者及び行為者の双方から丁寧に事実確認等を行うことも重要」と指摘しています。これは、相談者・行為者の双方に事実確認することを求めるものと言えます。
パワハラの類型を例示するも、「限定列挙」ではないことを強調
これまで述べてきたパワハラ認定の考え方を踏まえ、指針ではパワハラに該当すると考えられる6つの類型を示すとともに、該当しないと考えられる例も挙げています。
ここで挙げているのはあくまで「該当する(あるいは該当しない)と“考えられる”」例であり、「該当する例」「該当しない例」ではないことに注意が必要です。一定の事例が示されないと企業としてもどう対応してよいか分からないとの声を受け、典型例を挙げることになったという経緯があります。指針が、ここに挙げられた事例は「限定列挙」ではないことを(「十分に留意し」という言い回しを使って)強調しているのはこのためです。
<パワハラの6類型 詳細は指針4ページ~参照>
イ 身体的な攻撃 (暴行・傷害)
ロ 精神的な攻撃 (脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
ハ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視(隔離・仲間外し・無視))
ニ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の仕事の妨害)
ホ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
ヘ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
|
例えば、上記パワハラの6類型の一つに「人間関係からの切り離し」がありますが、指針では下記のような一般的なケースを例示しているに過ぎません。ここでは例示されていませんが、例えばオフィシャルな飲み会に一人だけ誘わないといったことも「人間関係からの切り離し」に該当する可能性は否定できないでしょう。
① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
|
また、パワハラ6類型の一つである「過大な要求」に該当しない例として、「労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること」を挙げていますが、仮に業務を渡したまま何の指導もせず放置しているような状態が続けば、「過大な要求」に該当してしまう恐れもあります。
逆に「過少な要求」に該当しない例として、「労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること」のみが挙げられていますが、例えば同じ社内でも部署によっては全く新人が入らず、他の部署では入社して2~3年も経てば新人に雑用を任せているにもかかわらず、入社5年目でもいまだ一番年下で新人がやるような雑用をこなさなければならないということもあり得ます。このような場合、「過少な要求」として新人と同じ仕事をさせられているとは言えないでしょう。
このように、パワハラに該当するか否かは極端に言えばケースバイケースとも言えます。企業には、指針に挙げられた事例に過度にとらわれることなく、しっかり事実確認をしたうえで「総合的に」パワハラ該当性を判断する姿勢が求められます。
役員自身がパワハラの当事者とならないよう警鐘鳴らす
指針では、どのような言動がパワハラに該当するのかを明確化することに多くのページ数を割く一方、「事業主の責務」についても示しています(指針6ページの3(1)参照)。
この中には、経営陣に対する直接的なメッセージも含まれています。具体的には下記の部分です。あくまで“努力義務”であるとはいえ、役員自身がパワハラの当事者にならないよう、警鐘を鳴らすものと言えるでしょう。
| また、事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、パワーハラスメント問題に対する関心と理解を深め、労働者(他の事業主が雇用する労働者及び求職者を含む。)に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
|
また、指針では併せて「労働者の責務」についても下記のとおり言及し(指針6ページ3(2)参照)、事業主の講じる措置(指針7ページ4参照)への協力を求めています。パワハラ防止は、事業主と労働者がともに協力してはじめて成し遂げられるということです。
| 労働者は、パワーハラスメント問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる4の措置に協力するように努めなければならない。
|
ここで述べられている内容はあくまで“理念的”なものではありますが、これらを明記したということは、役員や従業員に対しパワハラへの問題意識を高めるという点で、大きな意味があると言えそうです。
企業がやるべきこと(義務)
指針6ページの3が「理念」であるのに対し、企業がやらなければならないこと、すなわち「義務」を、「雇用管理上講ずべき措置の内容」として整理したのが指針7ページの4です。「雇用管理上講ずべき措置」を(1)~(4)に分類した上で、それぞれの項目について具体的に何をしなければならないのかを明記し(イ以下)、さらに、何をすれば「義務を果たしたことになるのか」を例示しています(①以下)。
これらを一覧にまとめたのが下表です(指針に基づき当フォーラムが作成)。
| 企業の義務 |
企業の義務の詳細 |
何をすれば「義務」を果たした
ことになるか |
ワンポイント情報
(当フォーラムによる) |
| (1) 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 |
イ 職場におけるパワーハラスメントの内容及び職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発 |
① 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を規定し、当該規定と併せて、職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景を労働者に周知・啓発すること。
② 社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を記載し、配布等すること。
③ 職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習等を実施すること。
|
トップが新年の挨拶や社式の際に言及する、管理職になる際の節目研修においてハラスメントに関する注意事項を入れるなどの方法も考えられる。
また、パブコメでは「研修は、定期的に行わなければならない旨を明記するべき」「役員を対象とした研修の実施を行うことを義務とすべき」との意見も寄せられたが、これに対し厚生労働省は、「研修については、労働政策審議会の議論を踏まえ、定期的な研修が効果的である旨を周知していく予定」と回答している(「御意見の概要と御意見に対する厚生労働省の考え方」6ページの一番上の段参照)。役員を対象にした研修については特段回答していない。
|
| ロ 職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者には厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発 |
① 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発すること。
② 職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者は、現行の就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において定められている懲戒規定の適用の対象となる旨を明確化し、これを労働者に周知・啓発すること。
|
例えば、セクハラでは「始末書」にとどめているところ、パワハラだけいきなり「減給」となると、制度間のバランスを欠くことになる可能性がある。既存の他制度との整合性も考慮する必要がある。
左欄の「現行の」にはそのような意味が込められている。逆に、現在他のハラスメントについても何も定めていないのであれば、今回新たにハラスメントに関する服務規律等を一式作成する必要があると考えられる。
|
| (2) 相談(苦情を含む。以下同じ。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 |
イ 相談への対応のための窓口(以下、「相談窓口」)をあらかじめ定め、労働者に周知すること。 |
① 相談に対応する担当者をあらかじめ定めること。
② 相談に対応するための制度を設けること。
③ 外部の機関に相談への対応を委託すること。 |
左欄には、外部の機関に相談の対応を委託することができるとあるが、実際にパワハラ問題が生じたい際、当事者に一番近い自社内部に相談窓口があることが望ましいと考えられる。
逆に、内部には相談しにくいという声が強ければ、外部機関を利用することも選択肢となり得る。
ただし、外部機関を利用する場合でも、相談の内容が自社にフィードバックされなければ、最終的な解決にはつながらない。外部に窓口を設けるとしても、最終的には自社内で解決するということを念頭に置く必要がある。
また、被害者が訴訟等を示唆した場合には、顧問弁護士等に加わってもらうということも考えられる。
|
| イの相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。また、相談窓口においては、被害を受けた労働者が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあること等も踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、職場におけるパワーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるパワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること。例えば、放置すれば就業環境を害するおそれがある場合や、労働者同士のコミュニケーションの希薄化などの職場環境の問題が原因や背景となってパワーハラスメントが生じるおそれがある場合等が考えられる。 |
① 相談窓口の担当者が相談を受けた場合、その内容や状況に応じて、相談窓口の担当者と人事部門とが連携を図ることができる仕組みとすること。
② 相談窓口の担当者が相談を受けた場合、あらかじめ作成した留意点などを記載したマニュアルに基づき対応すること。
③ 相談窓口の担当者に対し、相談を受けた場合の対応についての研修を行うこと。
|
| (3) 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 |
イ 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること。 |
① 相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること。その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること。また、相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められる場合には、第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずること。
② 事実関係を迅速かつ正確に確認しようとしたが、確認が困難な場合などにおいて、法第30条の6に基づく調停の申請を行うことその他中立な第三者機関に紛争処理を委ねること。
|
パブコメでは「事業主に、調査結果の概要、対応結果の概要についてパワハラの相談者に報告することを義務とすべき」との意見も寄せられたが、これに対し厚生労働省は、「相談者への報告については、相談について、事業主としてどのように判断したのか、今後どのように対応してくのか等を相談者本人にフィードバックすることも大切である旨を、今後周知していく予定」と回答している(「御意見の概要と御意見に対する厚生労働省の考え方」7ページの一番上の段参照)。 |
| ロ イにより、職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者(以下、「被害者」)に対する配慮のための措置を適正に行うこと。 |
① 事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること。
② 法第30条の6に基づく調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を被害者に対して講ずること。
|
パブコメでは「パワハラの被害者への措置として、「休職に至った場合の補償、職場復帰の権利、補償をともなった辞職の権利を追記するべき」との意見も寄せられたが、これに対し厚生労働省は、「被害者に対する配慮のための措置には、指針で記載している取組例のほか、職場におけるパワーハラスメントにより休業を余儀なくされた場合等に本人の状態に応じ現職又は現職相当職への復帰ができるよう積極的な支援を行うことも含まれる旨を、今後周知していく予定」と回答している(「御意見の概要と御意見に対する厚生労働省の考え方」6ページの下から二段目参照)。 |
| ハ イにより、職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと。 |
① 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるパワーハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること。
② 法第30条の6に基づく調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を行為者に対して講ずること。
|
|
ニ 改めて職場におけるパワーハラスメントに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること。
なお、職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できなかった場合においても、同様の措置を講ずること。
|
① 職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針及び職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者について厳正に対処する旨の方針を、社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に改めて掲載し、配布等すること。
② 労働者に対して職場におけるパワーハラスメントに関する意識を啓発するための研修、講習等を改めて実施すること。
|
周知・啓発が足りなかったためにパワハラが発生したのだから、再度周知・啓発を行う必要があるという趣旨。 |
| (4) (1)から(3)までの措置と併せて講ずべき措置 |
イ 職場におけるパワーハラスメントに係る相談者・行為者等の情報は当該相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該パワーハラスメントに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。なお、相談者・行為者等のプライバシーには、性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれるものであること。 |
① 相談者・行為者等のプライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、当該マニュアルに基づき対応するものとすること。
② 相談者・行為者等のプライバシーの保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと。
③ 相談窓口においては相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じていることを、社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に掲載し、配布等すること。
|
|
| ロ 労働者が職場におけるパワーハラスメントに関し相談をしたこと若しくは事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと、都道府県労働局に対して相談、紛争解決の援助の求め若しくは調停の申請を行ったこと又は調停の出頭の求めに応じたこと(以下、「パワーハラスメントの相談等」)を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。 |
① 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、パワーハラスメントの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定し、労働者に周知・啓発をすること。
② 社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に、パワーハラスメントの相談等を理由として、労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を記載し、労働者に配布等すること。
|
|
企業がやった方が「望ましい」こと
上表は「企業が義務としてやらなければいけない」措置ですが、指針では「義務」ではないものの、「やった方が望ましい」事項も示しています(指針11ページ「5 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関し行うことが望ましい取組の内容」参照)。
ここで挙げられている事項の中で、企業が実務上押さえておきたいのは「相談窓口」の問題です((1)の部分)。指針では、パワハラはセクハラなど他のハラスメントとともに「複合的」に生じることも想定されることから、例えばセクハラ等の相談窓口と一体的にパワハラの相談窓口を設置し、一元的に相談に応じることのできる体制を整備することが望ましいとしています。
男女雇用機会均等法で措置されているセクハラ、男女雇用機会均等法および育児休業・介護休業で措置されているマタハラについては、今回のパワハラに関する指針と同様の指針が以前に出ており、いずれにおいても「相談窓口」の設置が求められています(セクハラに関する指針はこちら、マタハラに関する指針はこちら)。このため、上場企業の多くはこれらに関する相談窓口を既に設置しているものと思われますが、今回新たにパワハラに関する指針で相談窓口の設置を求められたからといって、3つの相談窓口を設ける必要はないということです。むしろ相談者の利便性や各ハラスメントが複合的に発生することが少なくないことを考えれば、相談窓口は一つにまとめた方が良いということです。
パブコメでは「パワハラの相談窓口がセクハラ等の相談窓口を兼ねること」は、それぞれ別の専門家が対応するよう明記すること(各ハラスメントで専門知識が異なる)」との意見も寄せられましたが、これに対し厚生労働省は、「法律上は、職場におけるパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント等について、それぞれ防止のための措置を講じることが義務付 けられていますが、これらの ハラスメントは、複合的に生じることが想定されることから、一元的な相談窓口の整備が望ましい」旨回答しています(「御意見の概要と御意見に対する厚生労働省の考え方」7ページの一番上の段参照)。
このほか、①職場におけるパワーハラスメントの原因や背景となる要因を解消するため、定期的な面談やミーティングの実施、②感情やコミュニケーションスキル感情をコントロールする手法やコミュニケーションスキルアップ、マネジメントや指導についての研修を実施や資料の配布、③労働者に過度に肉体的・精神的負荷を強いる職場環境や組織風土を改善(後述)、④上表の義務を講じる際に、労働者や労働組合等の参画を得てアンケート調査や意見交換等を実施するなどにより、その運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努める。労働者や労働組合等の参画を得る方法として、衛生委員会を活用する―――ことなどが提案されています。
衛生委員会 : 常時50人以上の労働者を使用する事業場ごとに、労働安全衛生法に基づき設置が義務付けられる委員会のこと。衛生委員会は、労働者の健康障害を防止するための対策、労働者の健康の保持増進を図るための対策、労働災害の原因及び再発防止対策で衛生に関することなどについて調査・審議し、事業者に意見を述べる。衛生委員会のメンバーは、当該事業場において事業の実施を統括管理する者もしくはこれに準ずる者、衛生管理者、産業医、当該事業場の労働者で衛生に関し経験を有する者から構成される。
自社以外の労働者への対応
ここまで述べてきたことは全て「自社が雇用する労働者」に関する話です。これに対し、指針では、自社が雇用する労働者以外の者への対応も示しています(指針12ページ「6 事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組の内容」参照)。
具体的には、他社の労働者や求職者、個人事業主、インターンシップ中の者など、自社で雇用する労働者以外の労働者に対する言動にも注意を払うことや、上述した「職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針」(指針7ページ4(1)イ 参照)の明確化等を行う際に、自社が雇用する労働者以外の労働者に対する言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましいとしています。さらに、自社が雇用する労働者以外の労働者からパワハラ関連の相談があった場合には、上表の措置(指針7ページ4 参照)も参考にしつつ、必要に応じて適切な対応を行うように努めることが望ましいとしています。「望ましい」という表現からも分かるように、ここに書いてあることが義務付けられるわけではなく、あくまでも「参考意見」と捉えておけばよいでしょう。
顧客等からのパワハラには業界全体での対応も検討の余地
前段では「自社が雇用する労働者」が「他社が雇用する労働者」などに対してパワハラを行うケースに関する指針の内容を解説しましたが、逆のケースもあり得ます。つまり、「自社が雇用する労働者」が「他社が雇用する労働者」などからパワハラを受けるケースです。
指針ではこうしたケースの対応についても整理しています(指針12ページ~「7 事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容」参照)。ここには、取引先のほか、個人顧客からのパワハラ(カスタマーハラスメント)も含まれます。
具体的には、「相談先(上司、職場内の担当者等)をあらかじめ定め、これを労働者に周知すること」「事案の内容や状況に応じ、被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させない」「事業主が、こうした行為への対応に関するマニュアルの作成や研修の実施等の取組を行うこと」などが挙げられていますが、いずれも実施することが「望ましい」あるいは取引先等からのパワハラ防止に「有効」とされているものであり、実施が義務付けられているわけではありません。
本指針がまず「相談」に応じる体制の整備から始まっているのは、対取引先や対カスタマーとの関係において企業ができることは限られており、実質的に予防することが難しいからです。また、自社の商品やサービスを購入してくれる取引先やカスタマーに対して「パワハラ禁止」と伝えるのも気が引けるところでしょう。しかも、顧客等からクレームが発生した場合には、こちらにも何らかの非があることも少なからずあり、顧客等に対して反論することは安易にはやりにくいだけに、パワハラを受けた従業員が受けるダメージは想像以上に大きくなる可能性もあります。予防がなかなか難しい以上、特に顧客等からパワハラを受けやすい業種では、従業員の心のケアをする相談体制を整備する重要性は高いと言えます。
指針にも「業種・業態等によりその被害の実態や必要な対応も異なると考えられることから、業種・業態等における被害の実態や業務の特性等を踏まえて、それぞれの状況に応じた必要な取組を進めることも、被害の防止に当たっては効果的と考えられる」とありますが(指針13ページの一番下参照)、BtoB取引であれば、担当を変えるといったことでの対応が可能である一方、エンドユーザーと接する機会が多い業種・業態はそうもいきません。以前、コンビニで従業員がお客さんに土下座させられている映像がインターネット上に流れ話題を呼びましたが、このケースのように対面でモノを販売する店舗や銀行等の金融機関の窓口などは顧客等からのパワハラを受けるリスクに晒されていると言えます。
上述のとおり、顧客等に反論することは難しいものですが、企業によっては、顧客等からのクレーム対応専門の担当を置き、何かトラブが発生した場合にはその担当者が代わりに出ていくといった対応をとっているところもあります。また、一部の企業の間では、度を超えたクレーマーに対しては「もう来店いただかなくて結構である」旨を伝えるという毅然とした対応をとるところも出て来ているようです。
このほか、業界全体で顧客等からのパワハラへの対応をルール化し、あらかじめ顧客に周知しておくといったことも考えらます。顧客等からのパワハラについて、業界団体等を通じ、同業他社と議論の機会を持つことは有益でしょう。
「怒る」のではなく「正しく叱る」ことが問われる時代に
ここまで主に指針の内容について解説してきましたが、パワハラ防止法は「厳しい指導」そのものを禁じているわけではありません。例えば営業部門で、各営業マンに均等にノルマが課されている中で一人だけノルマを達成できない従業員に指導をするということ自体が直ちにハラスメントに該当するわけではありません(ただし、その人にとって「過大な要求」に該当し、パワハラに該当する可能性はあります。パワハラに該当するかどうかは、上述したパワハラの定義①~③に該当するかどうかで判断することになります)。
一方で、パワハラ防止法は日本企業、特に今時であればパワハラに該当するような言動が当然のように存在する環境の中でビジネスマン人生を送ってきた世代の人達に大きな意識改革を迫っていることも確かです。経営陣の中にも、パワハラに耐えられたからこそ現在地位に登り詰めることができたという人もいるでしょう。このような人は、「鍛えるためにはこれぐらい言っても当然だ」といった発想自体がもはや間違いだということを認識すべきです。また、「ウチの会社は体育会系だから」という話を耳にすることもよくありますが、「この業界ならではこれくらいは普通」といった発想もこれからは通用しません。プレッシャーをかけて売上を上げるというビジネススタイルを変えるのは容易ではないと思いますが、これまで自分の感覚では「常識」だと思っていた指導の仕方や業務の指示の仕方が現在の世の中に合っていないことに気付くべきでしょう。仮にそのような指導等が原因で「ブラック企業」との烙印を押されることになれば、自社のブランドが大きく棄損されることになります。パワハラ防止法は、「危機管理」という観点からも指導的地位にある者に対し意識改革を迫っていると言えます。
ただし、従業員ひいては企業が成長するために、正当な指導はきちんとなされなければなりません。繰り返しになりますが、パワハラ防止法では、指導することがダメだと言っているわけでも、指導の厳しさが問われているわけでもありません。
もちろん、指導の際に使う言葉には注意を払う必要があります。怒った勢いで、知らず知らずのうちに「仕事ができない」といったパワハラ(上述したパワハラの6類型のロにおける「侮辱」「ひどい暴言」)に該当しかねない言葉を相手に浴びせてしまっているかもしれません。指導において「(正しく)叱る」ことはあっても、怒ってはいけません。パワハラ防止法上、たとえ指導の内容自体は正論であったとしても、指導の仕方に問題があればパワハラに該当し得ることになります。
また、仮にパワハラには該当しないとしても、それが正しい指導なのかというと疑問が残るケースもあるでしょう。パワハラ防止法の施行を機に、パワハラに該当するかどうかにとどまらず、上手な「叱り方」を習得するよう努めるべきです。具体的には、まず相手の話を(たとえ言い訳であっても)何でも聞くということです。一方的に「あなたの言っていることは間違っている」として自分の意見を押し付けるのではなくて、言い訳だろうが何だろうが一度は聞いた上で、「この場合はこうだったんじゃないの?」と指導すれば、相手も納得感を持って受け入れやすいはずです。また、指導により相手が落ち込んでいるとしたら、タイミングを見てフォローすることも有益でしょう。
相手によって「叱り方」を変えることも必要です。例えば新人に対し入社10年のベテランを叱るのと同じ叱り方をしたところで、相手は内容を理解できない可能性があります。このほか、初めて犯した失敗なのか何回も同じ失敗を繰り返しているのか、あるいは失敗の程度・重要性によっても叱り方は変わってくるはずです。
いずれにせよ、基本的な考え方として「冷静に叱る」ということを心掛けていれば、自ずとパワハラに該当する言動もなくなるはずです。近年注目を集めている「アンガー(anger=怒り)マネジメント」においては、衝動的な怒りの感情はのピークは「6秒」程度と言われています。これによれば、何か言おうと思った時に6秒数えることで気持ちが落ち着き、最初に言おうと思ったこととは違う言葉が出て来るそうです。マネジメント層向けにこうした研修を実施することも、パワハラの発生を防止する上では有効でしょう。「冷静に叱る」技術を身に付けたマネジメント層が増えれば、社内からパワハラがなくなるだけでなく、若手社員が生き生きと活躍するとともに離職率も下がり、長期的な企業価値の向上にもつながるものと考えられます。