コーポレートガバナンス・コード【原則1-4. 政策保有株式】改訂のポイント
改訂コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)【原則1-4. 政策保有株式】(以下、改訂原則1-4)に適切に対応するためには、まず改訂原則が何を求めているのかを正しく理解しておく必要があります。その理解が不十分なゆえに改訂原則が求めていることに対応できておらず、その結果、意に反して改訂CGコードを「コンプライ」したことになっていないという事態に陥ることも考えられます。
| 改訂原則1-4 ※赤字が改訂部分 |
改訂原則1-4のポイント |
| 【原則1-4. 上場会社が 上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準を策定・開示 |
(適用対象) 上場株式を政策保有株式として保有する上場会社 (開示事項) ・政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針 ・政策保有株式の保有の適否についての取締役会による毎年の検証内容 ・政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準 (検証方法) 個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証する (検証の主体、頻度) 取締役会が毎年行う |
| (出所)東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(正式決定版)(改訂前からの変更点)」(2018年6月1日) | (出所)筆者作成 |
以上を踏まえ、改訂原則1-4への具体的な対応方法を見ていきましょう。
開示への対応
社内的には、政策保有株式の保有の適否に関する「検証」の方法と、すべての政策保有株式を検証するための手順を考えなければなりませんが、当面急ぐべきなのは、開示が求められている事項にどのように対応するかということでしょう。
上の表で示したとおり、開示が求められているのは、①政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針(以下、縮減に関する方針・考え方など)、②政策保有株式の保有の適否についての取締役会による毎年の検証内容(以下、検証内容)、③政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準(以下、政策保有株式の議決権行使基準)の3点になります。以下、それぞれについて対応方法を解説します。
① 縮減に関する方針・考え方など
改訂前の原則1-4では、単に「政策保有に関する方針」の開示を求めているにすぎませんでしたが、改訂原則1-4では、これに「縮減に関する方針・考え方など」を含めることが求められています。
コーポレートガバナンス・コードの改訂にあたり、東京証券取引所(以下、東証)が行ったパブリック・コメントの募集とそれに対する回答「提出された意見とそれに対する考え方」(以下、青太字は、パブリック・コメントへの東証の回答からの引用)には、「『縮減に関する方針・考え方など』を示さない場合には、同原則への『エクスプレイン』として、その理由を十分に説明することが必要です。」とあります(59ページ参照)。これは、「縮減に関する方針・考え方など」を示さない場合には、原則1-4を実施(コンプライ)したことにはならないという意味です。
また、「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など政策保有に関する方針」の具体的な内容として東証は、「政策保有に関する投資家と上場会社との対話をより建設的・実効的なものとするため、自社の個別事情に応じ、例えば、
・保有コストなどを踏まえ、どのような場合に政策保有を行うか
・検証結果を踏まえ、保有基準に該当しないものにどのように対応するか
等を示すことになるものと考えます。」
と回答しています(59ページ参照)。
ここで問題になるのは、「縮減に関する方針」とは何を意味するのかということです。「縮減に関する方針」という言葉は、文理的には「縮減する方針」と「縮減しない方針」の両方を含むものと考えられます。したがって、たとえ政策保有株式を縮減しない、あるいは増加させるという方針であっても、「縮減に関する方針」ということはできるものと思われます。
もちろん、改訂原則が期待しているのは「縮減」する方向の方針を打ち出すことだと捉えるのが素直な読み方ではありますが、だからといって、それを「是」とする会社ばかりではありません。会社によって縮減に積極的なところもあれば消極的なところもあり、各社はそれぞれ自社の実情に応じた記載内容を考えるべきです。現状の方針をあまり変えたくないというのであれば、例えば「十分な検討を踏まえて保有継続の合理性がない場合には、縮減することを検討する」といった方針を記載しておくことが考えられます。
② 検証内容
改訂前は、検証内容について「具体的な説明を行うべき」であるとされていましたが、改訂後は「開示すべきである」へと表現が変わっています。コーポレートガバナンス・コードで「開示」という用語が使われている場合、それは「コーポレート・ガバナンスに関する報告書(以下、CG報告書)に記載せよ」ということを意味しています。検証内容もCG報告書に掲載しなければ同原則を「コンプライ」しているとは言えないわけです。
ただし、検証内容の開示について東証は、「必ずしも個別の銘柄ごとに保有の適否を含む検証の結果を開示することを求めるものではありません。」とパブリック・コメントへの回答で述べています(54ページ参照)。すなわち、個別銘柄ごとの開示は不要ということです。
開示の内容としては、
「例えば、
・ 保有の適否を検証する上で、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているかを含め、どのような点に着眼し、どのような基準を設定したか
・ 設定した基準を踏まえ、どのような内容の議論を経て個別銘柄の保有の適否を検証したか
・ 議論の結果、保有の適否について、どのような結論が得られたか
等について、具体的な開示が行われることが期待されます。」
との回答が示されています(54ページ下部参照)。
したがって、CG報告書には、検証基準を明らかにし、個別の政策保有株式をそれぞれ当該基準に当てはめ、保有の適否を検証したということを書く必要があります。例えば、「個別の政策保有株式の保有の合理性の判断は、保有目的を確認するとともに、資本コストなどの基準と、保有の便益・リスクも踏まえたリターンとの比較によって検証を行っています。」などと記載することが考えられます。また、「検証の結果、保有銘柄のすべてについて保有の合理性が確認されました。」であるとか「検証の結果、保有する必要がないと判断した株式については、保有株式数の縮減(あるいは全保有株式の売却)を進めています。」と、結論部分のみを簡潔に記載することもあり得るでしょう。
③ 政策保有株式の議決権行使基準
従来、政策保有株式の議決権行使基準は、1行~2行程度の記載にとどまるのが通常でしたが、今回の改訂で「具体的な基準」を開示すべきこととされました。ここでいう「具体的な基準」としてどの程度のものが期待されているのかは必ずしも明らかではありません。ただ、機関投資家に保有株式の議決権行使基準の開示を求めるスチュワードシップ・コード指針5-2が、「明確な方針を策定し、これを公表すべきである」「当該方針は、できる限り明確なものとすべきである」とかなり強いトーンでとなっていることとの対比で考えると、機関投資家に期待されているほど詳細な基準の策定・開示まで求めるものではなさそうです。
実務的な対応としては、これまで1行~2行で済ませていたものを膨らませる方向で検討することになるものと思われます。
「検証」への対応
改訂原則が政策保有株式の保有の適否について取締役会による毎年の検証内容の開示を求めたことで、上場会社の間では、何をどのように検証すればよいのか、疑問の声も聞かれます。以下、具体的に解説します。
① 検証の対象
まず「政策保有株式」の正確な定義について整理しておきましょう。
政策保有株式の定義は、改訂前後を通じてCGコードそのものには置かれていませんが、東証のパブリック・コメントに対する回答には「原則1-4における「政策保有株式」には、一般的には、上場会社が純投資(*1)以外の目的で保有している株式のほか、対話ガイドラインで明示されているように、企業内容等の開示に関する内閣府令における「みなし保有株式」などの、上場会社が直接保有していないが、上場会社の実質的な政策保有株式となっているものも含まれます。また、上場会社同士が互いの株式を相互に持ち合う、いわゆる株式の持合いのケースに限定されておらず、一方の上場会社が他方の上場会社の株式を一方的に保有するのみのケースも含まれます。」との記載があります(51ページ下部~52ページ参照。対話ガイドラインについては、4ページ注4参照)。ここでいう「企業内容等の開示に関する内閣府令における『みなし保有株式』などの、上場会社が直接保有していないが、上場会社の実質的な政策保有株式となっているものには、例えば有価証券報告書で「みなし保有株式」となっている退職給付信託(*2)などが該当し、コーポレートガバナンス・コードでは政策保有株式として扱われることとなります。
*2 企業は政策保有株式などを自社の退職給付債務の給付原資としてに拠出することがあります(退職給付信託)。これは、政策保有株式を企業のバラスシートから切り離すとともに、退職給付債務に充当する積立資産の不足を縮小する効果があり、さらに政策保有株式の議決権行使の指図権限を信託を設定した企業に残すことによって実質的に政策保有の効果を維持できるというメリットがあります。しかし、この議決権行使にあたりが母体企業の利益ばかりに配慮し、受益者である従業員や退職者の利益を軽視することがあれば問題であるとの批判の声が以前からあります。
また、改訂前の原則1-4では「主要な」政策保有を検証対象としていましたが、改訂後は「個別の」政策保有株式について検証が求められています。「個別の」検証が求められている点について、パブリック・コメントに対する東証の回答では、「『コンプライ・オア・エクスプレイン』の枠組みの下、自らの個別事情に照らして、一定の銘柄について、取締役会で検証を行わないとの対応も想定されますが、そうした場合には、原則1-4に対する『エクスプレイン』として、その理由を十分に説明する」(53ページ下部~54ページ参照)とありますので、一部の保有株式について検証を行わない場合には、原則1-4をコンプライしたことにはなりません。つまり、全銘柄について検証を行わない場合は、その理由を説明しなければならないということです。
なお、上記で紹介したパブリック・コメントに対する東証の回答のとおり、検証内容の結果については、必ずしも「個別の銘柄ごと」に開示することは求められません。
② 検証方法
改訂前の原則1-4では、「中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証」することとされていましたが、改訂後はこの部分が「資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証する」へと改められました。「資本コスト」の意味や内容の明確化を求めるパブリック・コメントへ対する東証の回答は、「『資本コスト』は、一般的には、自社の事業リスクなどを適切に反映した資金調達に伴うコストであり、資金の提供者が期待する収益率と考えられます。適用の場面に応じて株主資本コストやWACC(加重平均資本コスト)が用いられることが多いものと考えられます。」とのことです。東証がパブリック・コメントへの回答で示した資本コストの意味や算出方法、開示などについては【2018年7月の課題】「資本コストの把握」で解説していますので、政策保有株式の保有の適否を検証する物差しとして資本コストを用いる場合には参考にしてください。
③ 保有の便益
改訂原則1-4では、政策保有株式について「保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等」の検証が求められていますが、パブリック・コメントでは、ここでいう「便益」とは何を意味するかについても問われました。これに対する東証の回答は、「財務面の便益・リスクが含まれるものと考えます。」というものとなっています(57ページ 参照)。「便益」に財務面の便益、具体的には配当やキャピタルゲインが含まれるのは当然のこととして、それらが便益に「含まれる」という表現は、便益には財務面の便益以外のものもあるということを意味し、政策保有の相手先から生じる取引上の利益を「便益」にカウントしてもよいと読めます。つまり、政策保有の相手方と取引関係があるのであれば、その取引から生じる利益も「便益」として、資本コストなどの検証基準との比較に用いることができるものと思われます。
まとめ
政策保有株式の縮減が企業に求められているのは、「内部留保とともに増加傾向にある企業が保有する現預金等の資産の設備投資、研究開発投資、人材投資等への有効活用」(2017年12月8日閣議決定「新しい経済政策パッケージ」3-5参照)を進めるべきという期待があるからです。政策保有株式は上場株式であるだけに売却は容易で、売却すればすぐに現金化できることから、「現預金等」と同一視されます。
上述のとおり、上場企業が政策保有株式を保有するのは、保有することで配当やキャピタルゲイン、その他の便益(政策保有の相手先から生じる取引上の利益など)が得られるからですが、保有の適否を検証するには、それらの便益と新たな成長分野への投資で期待されるリターンとの比較が求められます。政策保有株式から生じる様々な便益があったとしても、従来の延長で漫然と株式を継続保有するのではなく、自社ひいては経済を活性化させるような新たな投資機会に果敢に取り組むことが期待されています。政策保有株式を保有する適否の検証やそれに関連する情報開示は、このような視点からも検討すべきでしょう。
