<解説>
製品の見栄えを整えるだけではない“デザイン”の力
日本では、メーカーが製品の競争力を維持するため製造拠点を日本から中国や東南アジア各国といった賃金の安い国に移すことで、製造業の空洞化が起きました。それと同時に、製品の価値における価格の占める割合が高まり、製品がコモディティ化することになりました。
コモディティ化した製品は価格競争に巻き込まれることになります。企業買収を重ねて規模の利益を追求したところで、海外製品との価格競争に巻き込まれ疲弊するだけです。製品自体のライフサイクルの終了に伴い、企業の存続可能性に疑義が生じることになります。
そのような状況に巻き込まれないために着目したいのが「デザイン」です。「デザイン」といっても「個々の製品の外⾒を好感度の⾼いものにする」ことだけに留まるものではありません。経済産業省・特許庁が設置した「産業競争力とデザインを考える研究会」がとりまとめた報告書『「デザイン経営」宣言』(2018年5月23日公表)によると、デザインは「企業が⼤切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営み」と定義されており、「顧客が企業と接点を持つあらゆる体験に、その価値や意志を徹底させ、それが⼀貫したメッセージとして伝わること」(「デザイン経営」宣言2ページ)が重要としています。スマートフォン普及期におけるAppleのiPhoneが、まさにそれを体現していました。iPhoneは、製品そのもののデザインも研ぎ澄まされていたことに加えて、製品の操作性、新製品発表のイベントやショップの雰囲気、広告、製品のパッケージ等広範にわたり細部にまで洗練されたデザインで統一されていました。そういったデザインは一貫したメッセージとして顧客に伝わり、「他の企業では代替できないと顧客が思うブランド価値」の誕生に大きく寄与しました(ブランドファイナンス Global 500 2018によるとAppleのブランド価値はアマゾンに次いで世界第2位)。
また、iPhoneはさまざまなイノベーションを生み出しましたが、これを「Apple社が革新的な技術を開発できたからイノベーションが起きた」と単純にとらえてしまうと、本質を見誤る恐れがあります。革新的な技術を開発するだけでイノベーションが起きるのではありません。「社会のニーズを利用者視点で見極め、新しい価値に結び付けること、すなわちデザインが介在してはじめてイノベーションが実現する」(「デザイン経営」宣言3ページ)のです。大学発の技術系ベンチャーの多くが革新的な技術を持ちながら売上を伸ばせないことの背景には、デザインの欠落も指摘されています。このようにデザインには「ブランド⼒の向上」と「イノベーション⼒の向上」という2つの効果が期待され、デザインを活用することで企業競争力を向上させることが可能になります。上で紹介した「デザイン経営」宣言では、こういったデザインの活用によりブランドとイノベーションを通じて企業の競争力を向上させる経営手法を「デザイン経営」と呼び、日本企業におけるデザイン経営の重要性を説いています。
デザイン経営の先行事例に学ぶ
先進的な企業では、デザイン経営の重要性を踏まえて、すでにさまざまな取り組みが行われています。デザイン経営宣言の報告書別冊『「デザイン経営」の先行事例』に掲げられている事例をいくつか紹介します。
| マツダ株式会社 | マツダブランド価値経営の柱の一つにデザインを位置付け、デザインのビジョンを描き、それを商品全体に反映させる戦略を策定している。それまでのデザイン戦略は、個別商品のデザイン開発であったが、エンジニアリングサイドの中長期計画、戦略的な方向性と合致させ、マツダのモノ創りの思想を体現した個性的で一貫性・継続性を持つブランドとしての統一感表現(群としての表現)を目指した。 |
| パナソニック株式会社 | 従来の開発プロセスでは、家電としてもイノベーションが生まれてこない。開発のより源流で、デザインも商品企画も一体となり進めるようになってきている。CNSデザインセンターでは技術者・マーケター・デザイナーが共創しながら新領域のイノベーションにチャレンジしており、異なる組織が同フロアで開発に取り組んでいる。そこでは、流通や外食産業の現場におけるサービス・UI(ユーザーインターフェース)・アプリケーション)をすべて一つのビジネスモデルとして考えるような開発を行っている。 |
| 日本電気株式会社(NEC) | 企業としてどのようなビジネスに取り組んでいくかという構想の段階からデザイナーが入る。デザイナーは顧客インサイトなどのより潜在的な課題の発見・掘り起こしと、それらの課題をどう解決するのかをデザインすることが求められている。 |
| 株式会社TOTO | かつては製品を開発する際には機能を考えるところから始めていたものを、まずは製品のデザインを提案するスタンスに変わった。製品のデザインの質を高めた結果として、技術、さらには機能も高まっていくという考えを持ちながらトップが動いている。 |
いずれも旧来型のデザインの概念(製品の見栄え)から脱却し、より上流からデザインと向き合った結果、デザイン経営の実現に至ったのが特徴と言えます。
デザイン経営を場当たり的なものにせずに着実に実現させるには、経営戦略に取り込む必要があります。その結果、組織のありようにも変化が生じるはずです(下表参照)。まさに経営戦略論で著名なチャンドラーが指摘した「組織は戦略に従う」という考え方の体現に他なりません。
| 株式会社スギノマシン | 「デザイン経営」を導入するにあたって、機器単体ではなく、自社が提供する機器全体を通じて「スギノマシン」 というブランドを顧客に認知してもらうことを重要視している。そのため、商品ごとに6事業部に分割していた組織構造を2事業部に集約し、クロスセルで顧客に製品を提案することが可能となり、顧客への訴求力も向上した。 |
| ヤマハ発動機株式会社 | 「コンセプト・卓越した技術・デザイン」が経営の根幹であるとの意識に、「デザインは企業の想いそのもの」という考えを加味し、デザインの機能を一部内製化して、デザイン本部を設置している。 |
デザイン経営の実践にはトップの強力なリーダーシップも欠かせません。そのために、デザインを束ねる部署をトップの直下に配置する企業もあります(下表中の赤字を参照)。
| TOTO株式会社 | デザイン本部を社長直轄組織として位置付け、デザイン活用に関する社内の迅速な意思決定を可能にしている。 |
| ソニー株式会社 | 社長直下に事業部横断のデザイン組織であるクリエイティブセンターを設置し、全事業部における製品デザインの質を担保している。 |
| キヤノン株式会社 | 社内のデザインのスキルセットを集約し、シナジーを生むことで産業競争力強化を図るためにデザイン室の統合が行われた。名称も総合デザインセンターと変更し、会長・社長直轄の組織として位置付けている。 |
デザイン経営を実践するためにどれほど組織をいじったところで、経営層の理解が不十分であれば、間違えた意思決定をする可能性が高まります。以下、経営層のデザインリテラシーを高めるための施策を紹介します。
| 富士フイルム株式会社 | 月次の経営層への報告において、近年はデザインの結果報告だけでなく、これからやろうとしていることを先手先手で報告している。この報告を通じて経営層のデザインへの理解を醸成した。また、デザインセンターとしての経営層とのやり取りの中で、デザインのみを語るのではなく、あえてコンセプトやマーケティングの内容を盛り込むことで経営層の関心を引き出し、そこにデザインが関わること、製品開発の上流工程にデザインが携わる理由を丁寧に説明していくことを心掛けた。 |
| マツダ株式会社 | 常務執行役が、デザイン活用によってもたらされる効果である「プレミアム」という言葉を使って、デザイン・ブランドの重要性を経営層に訴えた。経営会議で何度も説明の場を持ち、考えを伝え続けた。ある位置を狙うと決めたら、経営層には、戦略や哲学について共通言語を用いて論理的に伝える一方で、実物のデザインを見せてビジュアル的にも納得していただくという右脳にも左脳にも訴える二軸で説得を行った。 |
デザイン経営の条件は?
上述したデザイン経営の先行事例から帰納的に「デザイン経営」に必要となる条件を導き出すと、次のとおりです。
・事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること
・「デザイン経営」の推進組織の設置
・デザイン⼿法による顧客の潜在ニーズの発⾒
その他、「デザイン経営」宣言によると次の3点も「デザイン経営」のための具体的取組に掲げられています。
・採⽤および⼈材の育成:デザイン⼈材の採⽤を強化する。また、ビジネス⼈材やテクノロジー⼈材に対するデザイン⼿法の教育を⾏うことで、デザインマインドを向上させる。
・デザインの結果指標・プロセス指標の設計を⼯夫:指標作成の難しいデザインについても、観察可能で⻑期的な企業価値を向上させるための指標策定を試みる。
上場会社の経営陣としては、自社製品のコモディティ化を防ぎ、ブランド価値を築き上げ、企業価値を高めるために、いますぐデザイン経営の実践に取りかかるべきと言えます
さて、以上の解説をご覧いただければ、どれがGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。
<正解>
取締役B:「デザインも“ものづくり”の一部です。イノベーションを起こすためにも、わが社として今後どのようなビジネスに取り組んでいくのかという構想の段階から外部のデザイナーを交えて再検討すべきです。また、その構想を確実に推進していくためにボードメンバーのうちどなたかがデザイン責任者になり、適時に取締役会にフィードバックしていただきたいと考えています。」
(コメント:M社ではデザイナーを交えずに若手技術者だけで新製品の開発に挑んでいる点や取締役Aがあまりにプロダクトアウト(顧客のニーズよりも製造側の思いを優先させる製品開発手法)的である点に危惧を覚えての発言と言えます。デザイン経営を意識したBの発言はGoodです。)
(コメント:どんなに品質が良くても、それが社会にとって価値を生み出していなければ、売上は自然に伸びるはずがありません。取締役Bの発言にあるとおり、製品デザインも“ものづくり”の一環です。デザインを軽視し、あまりにプロダクトアウトに偏った発言はBad発言です。)
(コメント:取締役Bが主としてデザイン経営の話をしていたのに対し、取締役Cは製品デザインに限定して発言をしているので話がかみ合っていません。取締役Cにデザイン経営についての知識が欠けていることが露呈してしまったBad発言です。)
