従業員持株会のメリットとしては、①従業員の資産形成に資する、②株価や経営に対する従業員の関心を高められる、③会社から見ると安定株主になる、④定期一定額の投資により、割高の時は少なく、割安の時は多くの株式を買い付けることができ、長期安定投資に適している(いわゆるドルコスト平均法)、⑤インサイダー取引を回避できる等が挙げられる。このようなメリットから、多くの上場会社が従業員持株会を導入している。一方で、従業員持株会への加入に及び腰な従業員も少なくない。従業員持株会の規約によっては、長期的な株式保有を促すため一定期間内に株式を売却することが制限されたり、株式を売却する場合に特定の手続きを踏むことが求められたりするからだ。そこで、加入に慎重な従業員への動機付けを目的に、上場会社の大半が、買付手数料や事務委託手数料に対する補助に加えて、奨励金(会社から従業員持株会の加入者に対して支給されるもの)を支給している。
ドルコスト平均法 : 定期的に同額の資金を拠出する投資方法。値上がり時の購入数が減り、値下がり時の購入数が増えるため、短期的な時価変動に振り回されることがなく、長期的投資に向いていると言われる。ちなみに、「ドル・・・」という名称の由来は、もともとアメリカで広く利用されていた投資手法であるため。
この奨励金の平均支給額は年々増加傾向にある。東証が2025年2月21日に公表した「2023年度従業員持株会状況調査結果の概要について」によると、調査対象会社(*)全体の96.6%にあたる3,163社において奨励金が支給されており、2023年度の平均支給額は99.79円(拠出額1,000円当たり。以下同)であった。これは従来の最高額であった前年度(2022年度)を5.27円上回る水準であり、来年度は100円を上回ることが確実となった。
* 2024年3月末現在で東証に上場する内国会社3,932社のうち、大和証券、SMBC 日興証券、野村證券、みずほ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の5社のいずれかと事務委託契約を締結している従業員持株制度を有する3,273社。
東証による本調査結果を2019年度分から2023年度分まで経年比較したのが下表だ。奨励金50円を支給する上場会社が漸減する一方、奨励金100円を支給する上場会社が漸増して平均値を引き上げ、全体として奨励金が高額になってきていることが分かる。
奨励金の額の経年比較
| 奨励金 |
2019年度 |
2020年度 |
2021年度 |
2022年度 |
2023年度 |
|
50円
|
1,170社
36.2%
|
1142社
35.3%
|
1,098社
33.8%
|
1,042社
31.9%
|
985社
30.1%
|
|
100円
|
1,164社
36.0%
|
1,191社
36.8%
|
1,226社
37.8%
|
1,278社
39.2%
|
1,339社
40.9%
|
|
1,000円以上
|
8社
0.2%
|
7社
0.2%
|
7社
0.2%
|
9社
0.3%
|
14社
0.4%
|
| 平均 |
87.23円 |
88.45円 |
91.71円 |
94.52円 |
99.79円 |
とりわけ2023年度においては、1,000円以上の奨励金を支給する会社の増加が目に付く。従業員側から見れば、1,000円の拠出金に対して1,000円の奨励金を得るということは、市場価格の半額で自社株式を購入できることを意味する。なかには3,000円の奨励金を支給する会社もある。これは市場価格の4分の1で自社株式を購入できることを意味する。
奨励金の高額化の要因として考えられるのが、東証の上場維持基準の一つである「流通株式時価総額基準」への対応だ(流通株式数の算定方法は【役員会 Good&Bad発言集】流通株式の定義変更を参照)。例えば、プライム市場上場会社が上場を維持するためには、上場維持基準の判定に関する基準日において流通株式時価総額が100億円以上である必要がある。もし、基準日において上場維持基準に適合しない状態となってから、改善期間(1年)内に基準に適合できない場合には、監理銘柄・整理銘柄に指定(原則として6か月)後、上場廃止となる。なお、一定の条件(*)を満たす会社には、2025年3月1日より前の基準日まで、緩和された上場維持基準(流通株式時価総額であれば10億円以上)が適用されていたが、この経過措置も今月(2025年3月)末に終了する。
* 2022年4月3日において東証に上場していた会社が、上場維持基準に適合しない状態となった後に、上場維持基準に適合するための取組み及びその実施時期を記載した計画を開示し、当該計画の進捗状況を事業年度末日から3か月以内に開示する場合
上場維持基準の判定に関する基準日 : 事業年度の末日。ただし、事業年度の末日と異なる日が株主等基準日(有価証券報告書に記載される大株主の状況に係る基準日)である上場会社については、株主等基準日を事業年度の末日とみなす。
監理銘柄・整理銘柄 : 上場廃止基準に該当し、上場廃止が決定した銘柄のことを「整理銘柄」というが、上場廃止が決定した場合には、投資家が整理売買を行うことができるよう、原則として1か月間、整理銘柄に指定し、上場廃止の事実を投資家に周知させる。これに対し、上場廃止基準に該当する恐れがあるものの上場廃止が決定したわけではない銘柄は「監理銘柄」に指定され、その後上場廃止が決定した場合に整理銘柄に指定されることになる。
現時点で流通株式時価総額が100億円未満のプライム市場上場会社は“プライム断念予備軍”と言われており、プライム市場に残りたいのであれば流通株式数と株価の双方を向上させる必要がある。この流通株式数には、従業員持株会が所有する株式数を算入できる(上場株式数の10%以上を所有する場合を除く)ことから(東証の流通株式の定義についてのFAQを参照)、従業員持株会への奨励金を増額することで従業員持株会の購買力を高める策を採用する上場会社が増え、これが奨励金の高額化の一因になっているものと思われる。
例えばPR TIMES(プライム市場に上場)は、2024年2月期の年度末時点の流通株式時価総額が93億円と、プライム市場の上場維持基準である100億円に至らなかったとして、2024年4月11日付で「プライム市場の上場維持基準の適合に向けた計画書」を東証に提出している(同社のリリースはこちら)。同社は、親会社のベクトルとともにプライム市場に親子上場しており、ベクトルに55.4%の株式を保有されていることもあって、流通株式比率は36.8%しかない。そこで2024年9月には、流通株式比率を上げるため、従業員持株会への拠出額1,000円に対して奨励金を1,000円支給(100%の奨励金支給率)するよう奨励金支給率を改定した(同社の奨励金支給率改定についてのリリースはこちら)。なお、PR TIMESでは奨励金の会社負担が際限なく増えないよう、奨励金支給率を100%とする拠出額の上限を1万5千円としており、それを超える額を拠出した場合、奨励金支給率が20%に減少する仕組みとなっている。
高額の奨励金を支給するのは“プライム市場断念予備軍”だけではない。グロース市場に上場しているネットスターズやスタンダード市場に上場している日産証券グループも従業員持株会の拠出額1,000円に対して奨励金1,000円を支給(100%の奨励金支給率)している。両社とも流通株式時価総額基準はクリアできているが(グロース市場の流通株式時価総額基準は5億円、スタンダード市場は10億円に過ぎない)、「従業員の福利厚生を充実させ、加入促進を図る」(ネットスターズ)ことや「社員の経営への参画意識をさらに向上させるとともに、福利厚生の充実により、従業員と会社とのエンゲージメント向上」(日産証券グループ)させるといった目的で奨励金支給率を100%とした。100%の奨励金支給率を導入している上場会社の数は前年比で増えたとはいえ、まだまだ絶対数は少ない(14社)だけに、採用面などへの好影響が期待できよう。
一方、奨励金支給率の引上げによる会社負担の増加を回避したいという場合には、「特別奨励金」による対応も考えられる。これは、毎月の奨励金とは別に“一時的に”奨励金を支給することで持株会未加入の従業員に加入を促すもの。一時的とはいえ、特別奨励金の支給により自社の株式への買い圧力が強まり、株価の向上も期待できる(特別奨励金については【役員会 Good&Bad発言集】従業員持株会への特別奨励金 を参照)。
賃上げに踏みきる上場会社が相次いでいるが、単なる賃上げにとどまらず、奨励金を増額することにより、自社株購入に“身銭”を切った従業員に手厚く報いることも検討したいところだ。