2025/03/18 下請法改正案が衆議院へ、上場企業は社内の意識改革を

下請法の改正案が2025年3月11日に閣議決定され、内閣提出法案として衆議院に送付された。今回の改正案を提案した公正取引委員会の企業取引研究会は、昨年(2024年)12月に公表した報告書で「下請」という表現は企業間の上下関係をイメージさせるため適切でないと指摘、「下請法の趣旨や対象となる取引を表現するにふさわしい用語を政府において検討していくべき」としており(下記の『「下請」という用語を改正した方が良い理由』を参照)、政府がどのような用語を採用するのか注目を集めていた(企業取引研究会の報告書については2024年12月19日のニュース『下請法改正の内容が判明 「弱い者達がさらに弱い者をたたく」状況を変えるためにすべきこと』を参照)。


下請法 : 「下請法」というと、一般的には「下請代金支払遅延等防止法」を指すが、関連する法律として「下請中小企業振興法」がある。「下請代金支払遅延等防止法」は、親事業者と下請事業者間の取引における不公平な条件を規制するものであり、主に支払い遅延、不当な減額、不当な返品などを防止することを目的としている(公正取引委員会と中小企業庁が監督)。一方、「下請中小企業振興法」は中小企業の振興と発展を目的とした法律であり、親事業者と下請事業者が守るべき振興基準を定め、それに基づいて指導や助言を行うことで取引の透明性と公正性を確保したり、中小企業の競争力向上を支援したりするための施策が盛り込まれている。

「下請」という用語を改正した方が良い理由
受注者は発注者と共に互いに協力しながら良い商品やサービスを顧客に提供していく共働関係にある。そのような関係において、「親」や「下請」という表現が現在の社会においてはなじまないという指摘はもっともである。「下請」という用語に対する国民の認識や、発注者と受注者が対等な立場で共存共栄を目指すという意識の高まりを踏まえると、これを機に取引適正化に向けた国民の意識改革をより一層推進させることも企図して、「下請」という用語を時代の情勢変化に沿った用語に改める必要がある。具体的な用語については、既存の法令も参考にしつつ、下請法の趣旨や対象となる取引を表現するにふさわしい用語を政府において検討していくべきである。(企業取引研究会の報告書の21ページより引用)

「具体的な用語」について下駄を預けられた格好となっていた政府が内閣提出法案で提案したのが、・・・

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2025/03/18 下請法改正案が衆議院へ、上場企業は社内の意識改革を(会員限定)

下請法の改正案が2025年3月11日に閣議決定され、内閣提出法案として衆議院に送付された。今回の改正案を提案した公正取引委員会の企業取引研究会は、昨年(2024年)12月に公表した報告書で「下請」という表現は企業間の上下関係をイメージさせるため適切でないと指摘、「下請法の趣旨や対象となる取引を表現するにふさわしい用語を政府において検討していくべき」としており(下記の『「下請」という用語を改正した方が良い理由』を参照)、政府がどのような用語を採用するのか注目を集めていた(企業取引研究会の報告書については2024年12月19日のニュース『下請法改正の内容が判明 「弱い者達がさらに弱い者をたたく」状況を変えるためにすべきこと』を参照)。


下請法 : 「下請法」というと、一般的には「下請代金支払遅延等防止法」を指すが、関連する法律として「下請中小企業振興法」がある。「下請代金支払遅延等防止法」は、親事業者と下請事業者間の取引における不公平な条件を規制するものであり、主に支払い遅延、不当な減額、不当な返品などを防止することを目的としている(公正取引委員会と中小企業庁が監督)。一方、「下請中小企業振興法」は中小企業の振興と発展を目的とした法律であり、親事業者と下請事業者が守るべき振興基準を定め、それに基づいて指導や助言を行うことで取引の透明性と公正性を確保したり、中小企業の競争力向上を支援したりするための施策が盛り込まれている。

「下請」という用語を改正した方が良い理由
受注者は発注者と共に互いに協力しながら良い商品やサービスを顧客に提供していく共働関係にある。そのような関係において、「親」や「下請」という表現が現在の社会においてはなじまないという指摘はもっともである。「下請」という用語に対する国民の認識や、発注者と受注者が対等な立場で共存共栄を目指すという意識の高まりを踏まえると、これを機に取引適正化に向けた国民の意識改革をより一層推進させることも企図して、「下請」という用語を時代の情勢変化に沿った用語に改める必要がある。具体的な用語については、既存の法令も参考にしつつ、下請法の趣旨や対象となる取引を表現するにふさわしい用語を政府において検討していくべきである。(企業取引研究会の報告書の21ページより引用)

「具体的な用語」について下駄を預けられた格好となっていた政府が内閣提出法案で提案したのが、「下請事業者」を「中小受託事業者」に、また「親事業者」を「委託事業者」に改めることだ(法案の概要は公正取引委員会のWEBサイトを参照)。委託・受託という法的な関係に基づき両者を分類したうえで、受託側にはさらに「中小」という企業規模を冒頭に付して絞りをかける形で整理している。これにあわせて、法律の名称も「下請代金支払遅延等防止法」を「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に、また「下請中小企業振興法」を「受託中小企業振興法」に改める。

ただ、「中小受託事業者」は「下請法の趣旨や対象となる取引を表現するにふさわしい用語」ではあるものの、決してキャッチ―な用語とは言えない。ましてや、実務に定着してきた「下請」という用語を一気に置き換えるほどのインパクトは期待し難いことから、新用語の浸透には時間がかかり、実務上、しばらくは「下請」という言い回しが残る可能性は高い。

もっとも、企業取引研究会が「下請」という用語の変更を要請したことの主眼は“キャッチ―”さを求めることではなく、用語変更の結果生じる「意識改革」にある。大企業の経営者や購買担当者が「下請けを叩いて利益を出す」という発想から「パートナー企業とともに繫栄を目指す」という発想に転換しない限り、大企業の下請法違反が止むことはない。「委託事業者」となる大企業は下請法改正を機に、「下請」という用語の社内からの一掃に取り組むとともに、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(改正後の法律名。現「下請代金支払遅延等防止法」)違反をしないための教育(意識改革)に力を入れる必要がある(委託事業者側の意識改革の必要性については 2024年11月19日のニュース『相次ぐ上場企業の下請法違反、「下請」という呼称は消滅へ』も参照)。

委託事業者における意識改革は委託事業者の経営者が率先して取り組むべきものであり、そのためには経営者による「パートナーシップ構築宣言」が欠かせない(同宣言については2024年4月12日のニュース「パートナーシップ構築宣言、早目の更新を」を参照)。一定規模以上の企業では、「パートナーシップ構築宣言」をすることにより「賃上げ促進税制」の利用も可能になる()ため、税務上のメリットも期待できる。

* 資本金の額または出資金の額が10億円以上かつ常時使用する従業員数が1,000人以上である企業または常時使用する従業員数が2,000人超である企業については、賃上げ促進税制の適用を受ける条件の一つとして、「適用事業年度終了の日まで」にマルチステークホルダー方針を公表しておくとともに、そのマルチステークホルダー方針に、パートナーシップ構築宣言を掲載している旨の記載が必要となる(マルチステークホルダー方針については2023年3月22日のニュース「自社の経営理念とマルチステークホルダー方針のギャップ」を参照)。


賃上げ促進税制 : 企業が賃上げを実施した場合に、賃上げ額の一部を法人税などから税額控除できる制度
マルチステークホルダー方針 : 法人が事業を行う上での、従業員や取引先等の様々なステークホルダーとの関係の構築の方針として、賃金引上げ、教育訓練等の実施、取引先との適切な関係の構築、等の方針を記載したもの

「パートナーシップ構築宣言」のポータルサイトにおいて、2025年3月中に同宣言を公開するためには、2025年3月21日(金)17時までの登録申請が必須となる。2025年3月期の事業年度で「賃上げ促進税制」の適用を予定しており、「パートナーシップ構築宣言」の公開の申請をこれから行うという企業は申請スケジュールを確認しておきたい。

2025/03/17 グラスルイスのダイバーシティ基準、最終判断は機関投資家に委ねる方式に(会員限定)

2025年2月19日のニュース「米国ISSがダイバーシティ基準の適用を停止、日本向け基準への影響は?」でお伝えしたとおり、議決権行使助言会社最大手のISSは米国トランプ氏の大統領令を踏まえ、米国向けポリシーにおけるダイバーシティ基準を停止することを公表している。自社および顧客である機関投資家に対して政治的な圧力や訴訟リスクが及ぶことを回避するための決断と言えよう。

一方、グラスルイスは、顧客から意見を募ったうえで「適切な対応」を3月初旬に発表する旨、COO(最高執行責任者)名義のメールを通じて予告していた。そして、3月5日に再びCOO名義のメールが発信され、同社のポリシーに含まれるジェンダーおよび少数コミュニティに関するダイバーシティ基準に変更はないことが明らかとなった。

下表のとおり、グラスルイスの米国向けポリシー(2025年版)にはダイバーシティ基準が2種類ある。


ジェンダーの多様性
Russell3000
● 取締役会に30%以上の多様な性別の役員がいない場合、指名委員会の委員長の選任議案に対して、反対助言を行う
● 取締役会に多様な性別の役員が1人もいない場合、指名委員会のメンバー全員の選任議案に対して、反対助言を行う

少数コミュニティの多様性
(Russell 1000)
● 取締役会に少数コミュニティ出身の役員(※)が1人もいない場合、指名委員会の委員長の選任議案に対して、反対助言を行う
※ 黒人、アフリカ系アメリカ人、北アフリカ人、中東人、ヒスパニック、ラテン系、アジア人、太平洋諸島人、ネイティブアメリカン、ネイティブハワイアン、アラスカ先住民、または LGBTQIA+コミュニティのメンバー


Russell3000 : 米国企業株式のうち、時価総額上位3000の銘柄から構成される時価総額加重平均型の株価指数。米国の株式市場を包括的にカバーする。米国の株式市場の時価総額の100%近くを占めており、機関投資家向けの米国株のベンチマークとして代表的な存在となっている。
LGBTQIA+ : L:レズビアン(女性同性愛者)、G:ゲイ(男性同性愛者)、B:バイセクシュアル(両性愛者)、T:トランスジェンダー(性自認と身体の性別が異なる人)、Q:クエスチョン(同性愛や異性愛の枠にはまらない人、自分自身の性的指向や性自認についてはっきりと定義しない人)、I:インターセックス(生物学的な性別が曖昧な人)、A:アセクシュアル(性的魅力や欲求が少ない、もしくは全くない人)の頭文字に、これらのセクシュアリティ以外にもさまざまなセクシュアリティがあるという意味が込められた「+(プラス)」を加えたもの。

COOのメールでは、現状のポリシーを変更しないこととともに、ダイバーシティ基準によって反対助言を行う場合には「要注意(FYA:for your attention)」のフラグを付けることが明らかにされている。顧客である機関投資家は、このフラグを目印に、グラスルイスの推奨をそのまま受け入れて反対行使すべきか、あるいは推奨とは異なり賛成行使すべきか、熟慮することになる。すなわち、グラスルイスは現状のポリシーを堅持しつつも、顧客に対する政治的な圧力や訴訟リスクを考慮し、選択可能な方式を提供する。

メールには「顧客が期待する行使助言を提供する(deliver the vote recommendations expected by clients)」とあり、この一文からは、機関投資家が議決権行使においてダイバーシティを考慮することを支持している現状が透けて見える。その一方で、「潜在的なリスクを明確に示す(clearly flagging the potential risk)」ための施策として、今回のアプローチを採用したと説明している。

このように、グラスルイスは機関投資家の意見を代弁してダイバーシティ重視の助言を継続するが、最終判断は顧客自身が社内調整(internal alignment)して決定することを推奨するとした。グラスルイスは日本向け基準でも、ジェンダー・ダイバーシティ基準において「女性取締役」ではなくLGBT等を含む「多様な性別の取締役」という言葉を用いるなど、ジェンダー・ダイバーシティについて先行した考え方を持つことで知られる。今回の決定には、サンフランシスコに本社を構えるグラスルイスが典型的なブルーステート(民主党支持の州)であるカルフォルニア州を基盤としていることも影響していると考えられる。とはいえ、トランプ政権の意向に反して「顧客が期待する行使助言」を続けると表明した意味は小さくない。現在の反DEI(Diversity, Equity, Inclusion:多様性、公平性、包摂性)トレンドは一過性の揺り戻しとの見方もあり、大きな流れとしては、資本市場は引き続きダイバーシティ重視の姿勢であることは認識しておく必要があろう。


包摂性 : 社会や組織が多様なる人々を受け入れ、差別や排除をなくし、全ての人が平等に参加できる状態を指す。

2025/03/17 グラスルイスのダイバーシティ基準、最終判断は機関投資家に委ねる方式に

2025年2月19日のニュース「米国ISSがダイバーシティ基準の適用を停止、日本向け基準への影響は?」でお伝えしたとおり、議決権行使助言会社最大手のISSは米国トランプ氏の大統領令を踏まえ、米国向けポリシーにおけるダイバーシティ基準を停止することを公表している。自社および顧客である機関投資家に対して政治的な圧力や訴訟リスクが及ぶことを回避するための決断と言えよう。

一方、グラスルイスは、顧客から意見を募ったうえで「適切な対応」を3月初旬に発表する旨、COO(最高執行責任者)名義のメールを通じて予告していた。そして、3月5日に再びCOO名義のメールが発信され、・・・

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2025/03/14 従業員持株会への拠出金1,000円に対し奨励金を1,000円支給する会社が増加した背景

従業員持株会のメリットとしては、①従業員の資産形成に資する、②株価や経営に対する従業員の関心を高められる、③会社から見ると安定株主になる、④定期一定額の投資により、割高の時は少なく、割安の時は多くの株式を買い付けることができ、長期安定投資に適している(いわゆるドルコスト平均法)、⑤インサイダー取引を回避できる等が挙げられる。このようなメリットから、多くの上場会社が従業員持株会を導入している。一方で、従業員持株会への加入に及び腰な従業員も少なくない。従業員持株会の規約によっては、長期的な株式保有を促すため一定期間内に株式を売却することが制限されたり、株式を売却する場合に特定の手続きを踏むことが求められたりするからだ。そこで、加入に慎重な従業員への動機付けを目的に、上場会社の大半が、買付手数料や事務委託手数料に対する補助に加えて、奨励金(会社から従業員持株会の加入者に対して支給されるもの)を支給している。


ドルコスト平均法 : 定期的に同額の資金を拠出する投資方法。値上がり時の購入数が減り、値下がり時の購入数が増えるため、短期的な時価変動に振り回されることがなく、長期的投資に向いていると言われる。ちなみに、「ドル・・・」という名称の由来は、もともとアメリカで広く利用されていた投資手法であるため。

この奨励金の平均支給額は年々増加傾向にある。・・・

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2025/03/14 従業員持株会への拠出金1,000円に対し奨励金を1,000円支給する会社が増加した背景(会員限定)

従業員持株会のメリットとしては、①従業員の資産形成に資する、②株価や経営に対する従業員の関心を高められる、③会社から見ると安定株主になる、④定期一定額の投資により、割高の時は少なく、割安の時は多くの株式を買い付けることができ、長期安定投資に適している(いわゆるドルコスト平均法)、⑤インサイダー取引を回避できる等が挙げられる。このようなメリットから、多くの上場会社が従業員持株会を導入している。一方で、従業員持株会への加入に及び腰な従業員も少なくない。従業員持株会の規約によっては、長期的な株式保有を促すため一定期間内に株式を売却することが制限されたり、株式を売却する場合に特定の手続きを踏むことが求められたりするからだ。そこで、加入に慎重な従業員への動機付けを目的に、上場会社の大半が、買付手数料や事務委託手数料に対する補助に加えて、奨励金(会社から従業員持株会の加入者に対して支給されるもの)を支給している。


ドルコスト平均法 : 定期的に同額の資金を拠出する投資方法。値上がり時の購入数が減り、値下がり時の購入数が増えるため、短期的な時価変動に振り回されることがなく、長期的投資に向いていると言われる。ちなみに、「ドル・・・」という名称の由来は、もともとアメリカで広く利用されていた投資手法であるため。

この奨励金の平均支給額は年々増加傾向にある。東証が2025年2月21日に公表した「2023年度従業員持株会状況調査結果の概要について」によると、調査対象会社()全体の96.6%にあたる3,163社において奨励金が支給されており、2023年度の平均支給額は99.79円(拠出額1,000円当たり。以下同)であった。これは従来の最高額であった前年度(2022年度)を5.27円上回る水準であり、来年度は100円を上回ることが確実となった。

* 2024年3月末現在で東証に上場する内国会社3,932社のうち、大和証券、SMBC 日興証券、野村證券、みずほ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の5社のいずれかと事務委託契約を締結している従業員持株制度を有する3,273社。

東証による本調査結果を2019年度分から2023年度分まで経年比較したのが下表だ。奨励金50円を支給する上場会社が漸減する一方、奨励金100円を支給する上場会社が漸増して平均値を引き上げ、全体として奨励金が高額になってきていることが分かる。

奨励金の額の経年比較
奨励金 2019年度 2020年度 2021年度 2022年度 2023年度
50円 1,170社
36.2%
1142社
35.3%
1,098社
33.8%
1,042社
31.9%
985社
30.1%
100円 1,164社
36.0%
1,191社
36.8%
1,226社
37.8%
1,278社
39.2%
1,339社
40.9%
1,000円以上 8社
0.2%
7社
0.2%
7社
0.2%
9社
0.3%
14社
0.4%
平均 87.23円 88.45円 91.71円 94.52円 99.79円

とりわけ2023年度においては、1,000円以上の奨励金を支給する会社の増加が目に付く。従業員側から見れば、1,000円の拠出金に対して1,000円の奨励金を得るということは、市場価格の半額で自社株式を購入できることを意味する。なかには3,000円の奨励金を支給する会社もある。これは市場価格の4分の1で自社株式を購入できることを意味する。

奨励金の高額化の要因として考えられるのが、東証の上場維持基準の一つである「流通株式時価総額基準」への対応だ(流通株式数の算定方法は【役員会 Good&Bad発言集】流通株式の定義変更を参照)。例えば、プライム市場上場会社が上場を維持するためには、上場維持基準の判定に関する基準日において流通株式時価総額が100億円以上である必要がある。もし、基準日において上場維持基準に適合しない状態となってから、改善期間(1年)内に基準に適合できない場合には、監理銘柄・整理銘柄に指定(原則として6か月)後、上場廃止となる。なお、一定の条件()を満たす会社には、2025年3月1日より前の基準日まで、緩和された上場維持基準(流通株式時価総額であれば10億円以上)が適用されていたが、この経過措置も今月(2025年3月)末に終了する。

* 2022年4月3日において東証に上場していた会社が、上場維持基準に適合しない状態となった後に、上場維持基準に適合するための取組み及びその実施時期を記載した計画を開示し、当該計画の進捗状況を事業年度末日から3か月以内に開示する場合


上場維持基準の判定に関する基準日 : 事業年度の末日。ただし、事業年度の末日と異なる日が株主等基準日(有価証券報告書に記載される大株主の状況に係る基準日)である上場会社については、株主等基準日を事業年度の末日とみなす。
監理銘柄・整理銘柄 : 上場廃止基準に該当し、上場廃止が決定した銘柄のことを「整理銘柄」というが、上場廃止が決定した場合には、投資家が整理売買を行うことができるよう、原則として1か月間、整理銘柄に指定し、上場廃止の事実を投資家に周知させる。これに対し、上場廃止基準に該当する恐れがあるものの上場廃止が決定したわけではない銘柄は「監理銘柄」に指定され、その後上場廃止が決定した場合に整理銘柄に指定されることになる。

現時点で流通株式時価総額が100億円未満のプライム市場上場会社は“プライム断念予備軍”と言われており、プライム市場に残りたいのであれば流通株式数と株価の双方を向上させる必要がある。この流通株式数には、従業員持株会が所有する株式数を算入できる(上場株式数の10%以上を所有する場合を除く)ことから(東証の流通株式の定義についてのFAQを参照)、従業員持株会への奨励金を増額することで従業員持株会の購買力を高める策を採用する上場会社が増え、これが奨励金の高額化の一因になっているものと思われる。

例えばPR TIMES(プライム市場に上場)は、2024年2月期の年度末時点の流通株式時価総額が93億円と、プライム市場の上場維持基準である100億円に至らなかったとして、2024年4月11日付で「プライム市場の上場維持基準の適合に向けた計画書」を東証に提出している(同社のリリースはこちら)。同社は、親会社のベクトルとともにプライム市場に親子上場しており、ベクトルに55.4%の株式を保有されていることもあって、流通株式比率は36.8%しかない。そこで2024年9月には、流通株式比率を上げるため、従業員持株会への拠出額1,000円に対して奨励金を1,000円支給(100%の奨励金支給率)するよう奨励金支給率を改定した(同社の奨励金支給率改定についてのリリースはこちら)。なお、PR TIMESでは奨励金の会社負担が際限なく増えないよう、奨励金支給率を100%とする拠出額の上限を1万5千円としており、それを超える額を拠出した場合、奨励金支給率が20%に減少する仕組みとなっている。

高額の奨励金を支給するのは“プライム市場断念予備軍”だけではない。グロース市場に上場しているネットスターズやスタンダード市場に上場している日産証券グループも従業員持株会の拠出額1,000円に対して奨励金1,000円を支給(100%の奨励金支給率)している。両社とも流通株式時価総額基準はクリアできているが(グロース市場の流通株式時価総額基準は5億円、スタンダード市場は10億円に過ぎない)、「従業員の福利厚生を充実させ、加入促進を図る」(ネットスターズ)ことや「社員の経営への参画意識をさらに向上させるとともに、福利厚生の充実により、従業員と会社とのエンゲージメント向上」(日産証券グループ)させるといった目的で奨励金支給率を100%とした。100%の奨励金支給率を導入している上場会社の数は前年比で増えたとはいえ、まだまだ絶対数は少ない(14社)だけに、採用面などへの好影響が期待できよう。

一方、奨励金支給率の引上げによる会社負担の増加を回避したいという場合には、「特別奨励金」による対応も考えられる。これは、毎月の奨励金とは別に“一時的に”奨励金を支給することで持株会未加入の従業員に加入を促すもの。一時的とはいえ、特別奨励金の支給により自社の株式への買い圧力が強まり、株価の向上も期待できる(特別奨励金については【役員会 Good&Bad発言集】従業員持株会への特別奨励金 を参照)。

賃上げに踏みきる上場会社が相次いでいるが、単なる賃上げにとどまらず、奨励金を増額することにより、自社株購入に“身銭”を切った従業員に手厚く報いることも検討したいところだ。

2025/03/13 親子上場および完全子会社化のコストとベネフィットを本気で考える時機に

フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

イオンが、グループでショッピングセンターの開発・運営を担うイオンモールとその保守などを担うイオンディライトの2社の上場子会社を「完全子会社化」すると発表したことに象徴されるように、親会社による上場子会社の完全子会社化が急増している。その背景には、投資家、とりわけ海外投資家の「親子上場」に対するネガティブな姿勢があると言われている。東証が2025年2月18日に開催した「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」には、東証から「親子上場等に関する投資者の目線」と題する資料が提出されているが、そこでは以下のような投資家の意見が紹介されている。

・子会社の経営の独立性を尊重するのであれば、売却・業務提携でも十分であり、グループ一体となってシナジーを高めるのであれば完全子会社化すべきと考えられる中、親子上場の形態をとることの説明が必要
・少数株主を抱えてまで上場する点であくまでもイレギュラーな形態であり、相応の説明責任が生じる
・現状は親子上場の形態を維持する意義について合理的な説明をしている企業はほとんどない
・合理的な説明がなされていない結果として、多くの親会社では、資本コストが高まり、バリュエーションがディスカウントされている状態

投資家がこのような意見を持つのも無理はない。なぜなら、・・・

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2025/03/13 親子上場および完全子会社化のコストとベネフィットを本気で考える時機に(会員限定)

フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

イオンが、グループでショッピングセンターの開発・運営を担うイオンモールとその保守などを担うイオンディライトの2社の上場子会社を「完全子会社化」すると発表したことに象徴されるように、親会社による上場子会社の完全子会社化が急増している。その背景には、投資家、とりわけ海外投資家の「親子上場」に対するネガティブな姿勢があると言われている。東証が2025年2月18日に開催した「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」には、東証から「親子上場等に関する投資者の目線」と題する資料が提出されているが、そこでは以下のような投資家の意見が紹介されている。

・子会社の経営の独立性を尊重するのであれば、売却・業務提携でも十分であり、グループ一体となってシナジーを高めるのであれば完全子会社化すべきと考えられる中、親子上場の形態をとることの説明が必要
・少数株主を抱えてまで上場する点であくまでもイレギュラーな形態であり、相応の説明責任が生じる
・現状は親子上場の形態を維持する意義について合理的な説明をしている企業はほとんどない
・合理的な説明がなされていない結果として、多くの親会社では、資本コストが高まり、バリュエーションがディスカウントされている状態

投資家がこのような意見を持つのも無理はない。なぜなら、日本の上場会社の10.73%(3,692社のうち418社)が親会社などの支配株主による持分比率が30%以上の会社、6.11%(3,692社のうち238社)が50%以上の会社と、英米の株式市場と比べ、支配株主が存在する上場会社が突出して多いうえ、日本の上場子会社をサンプルとしたハーバード大学教授らによる米国の有名な実証研究では、日本の支配株主は“割高”な子会社株式を上場させて市場に売却し、株価が適正価格にまで下落して“割安”となってきたところで買い戻している実態が明らかとなっているからだ。上場した子会社のうち実に4分の1は支配株主によって株式を買い戻されている。その買戻価格が上場時の株価に対するディスカウントされていることを捉え、支配株主は“ショート投資家”と揶揄されている。また、この実証研究では、支配株主が存在している上場子会社は上場後の収益性が低いことや、支配株主と取引している上場子会社は業績が良くないことも指摘されている。

一方、米国では支配株主による持分比率が30%以上の上場会社は0.89%(5,348社のうち48社)、50%以上の上場会社は0.52%(5,348社のうち28社)と、支配株主が存在する上場会社は少ない。これは、米国法(専門的な商事裁判制度が整備され、企業法務の運用が安定していることから多くの大手企業や有名企業が法人登記をする米国デラウェア州の会社法)では、取締役のみならず「支配株主」も、会社および株主に対して信認義務(フィデューシャリー・デューティー)を負っていることの影響が大きい。すなわち、各株主は、支配株主の会社に対するフィデューシャリー・デューティー違反の責任を「会社に代わって」支配株主に追及できるほか、株主に対するフィデューシャリー・デューティー違反の責任を「全株主を代表して」集団訴訟(クラスアクション)によって追及できる。


フィデューシャリー・デューティー : 特定の関係において、信頼と誠実さを基盤にして行動する義務のこと。具体的には、ある人(受任者、fiduciary)が他の人(委任者、principal)の利益を最優先に考え、その利益を守るために誠実かつ忠実に行動する責任を負うことを意味する。フィデューシャリー・デューティーは、資産運用の担い手である運用会社や年金基金が、最終受益者を含む顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る義務という意味で使われることが多いが、取締役と株主の関係において、取締役が株主の利益を最優先に考え、会社の経営を行うという義務もフィデューシャリー・デューティーに当たる。

このように米国法では、支配株主は“悪さ”をすることが所与の前提となっている。したがって、支配株主が存在する会社が少数株主から株式を強制的に買い取る「スクイーズアウト」に関する訴訟は、「支配株主によるスクイーズアウトの結果として生じるかもしれない災いから少数株主を保護するための安全弁」として捉えられている。裁判では、たとえ支配株主の圧力に屈した子会社の取締役に責任が認められなかったとしても、買収価格の根拠となっているバリュエーションが理論的に正しいかが審査され、その結果、買収価格が引き上げられるケースが多い。これは、支配株主が子会社株式を安い価格で買い戻すことを防止しようとする姿勢の表れと言える。


スクイーズアウト : 現金を対価として少数株主を強制的に会社から排除すること。

親子上場は長らく日本的経営の特徴とされてきた。しかし、冒頭で紹介したとおり、東証もいよいよこれに“メス”を入れようとしている。親子上場等に対する東証の考え方・方針、投資者の目線・ポイントを公表し、完全子会社化の際の開示を強化することを決定したのはその証左と言える。親会社が買収価格や株式交換比率に細心の注意を払わなければ、完全子会社化公表後に株主からクレームを受けるリスクは従来より高まるだろう。親子上場および完全子会社化のコストとベネフィットを本気で考えなければならない時機にきていると言えそうだ。

2025/03/12 役員報酬にガバナンスに関するKPIを設定する事例が少ない理由

役員報酬のKPIにESG指標を採用する日本企業は着実に増えてきているが(2024年2月19日付のニュース「役員報酬のKPIとしてのESG指標の妥当性を検証する際のポイント」参照)、ESGのうち「E:環境」であればCO2削減量、「S:社会」であれば従業員エンゲージメント指数など企業価値向上に連動する具体的なKPIが想起しやすい一方で、「G:ガバナンス」については有効なKPIの設定に頭を悩ませる企業もある。


従業員エンゲージメント : 「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」を指し、組織の目指すゴールに対する「自発的貢献意欲」とも言い換えることができる。従業員エンゲージメントは「従業員満足度」と混同されがちだが、実は両者は大きく異なっている。所属する組織、職場の状況、上司、自身の仕事などについて、「従業員が自身の物差し」で評価をするのが従業員満足度であるのに対して、「会社が目指す方向性や姿を物差し」として、それらについての自分自身の理解度、共感度、行動意欲を評価するのが従業員エンゲージメントとされる。

そこで当フォーラムが、有価証券報告書の「役員報酬の状況」においてガバナンスに関するKPIを設定している事例を調査したところ、一定の具体性を伴ってガバナンス指標を説明している事例は・・・

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2025/03/12 役員報酬にガバナンスに関するKPIを設定する事例が少ない理由(会員限定)

役員報酬のKPIにESG指標を採用する日本企業は着実に増えてきているが(2024年2月19日付のニュース「役員報酬のKPIとしてのESG指標の妥当性を検証する際のポイント」参照)、ESGのうち「E:環境」であればCO2削減量、「S:社会」であれば従業員エンゲージメント指数など企業価値向上に連動する具体的なKPIが想起しやすい一方で、「G:ガバナンス」については有効なKPIの設定に頭を悩ませる企業もある。


従業員エンゲージメント : 「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」を指し、組織の目指すゴールに対する「自発的貢献意欲」とも言い換えることができる。従業員エンゲージメントは「従業員満足度」と混同されがちだが、実は両者は大きく異なっている。所属する組織、職場の状況、上司、自身の仕事などについて、「従業員が自身の物差し」で評価をするのが従業員満足度であるのに対して、「会社が目指す方向性や姿を物差し」として、それらについての自分自身の理解度、共感度、行動意欲を評価するのが従業員エンゲージメントとされる。

そこで当フォーラムが、有価証券報告書の「役員報酬の状況」においてガバナンスに関するKPIを設定している事例を調査したところ、一定の具体性を伴ってガバナンス指標を説明している事例は下記の3社にとどまった。いずれも業績連動型株式報酬についての説明となっている。

三井物産 取締役会の実効性評価における重点質問に対する社外役員全員の回答(5段階)の平均値をもって評価
平均値に応じて80-120点で評価するのが原則。但し、上記平均値が5段階中2未満の場合には、要因分析の上で総合考量により評価点を決定
総合評価の際、第三者評価機関の評価向上・開示内容改善等も考慮
積水ハウス 第三者レビュー(TOPIX100企業比較)を通じた開示レベルの向上
グループ会社管理規則の運用とガバナンス人財育成及び人財配置の実施
日本郵船 ESG指標の数値は、報酬諮問委員会にて「NYKグループESGストーリー」に基づく「安全・環境・人材」の各マテリアリティの進捗状況と「ガバナンス」の状況を定性的・定量的の両側面から協議し、総合的に達成度を評価して決定します。


マテリアリティ : 「重要性」を意味する用語。マテリアリティを開示する目的は要するに「自社にとって重要な課題は何か?」を明らかにすることにある。

三井物産は取締役会の実効性評価、積水ハウスはガバナンス情報の開示レベル、日本郵船は自社のESGストーリーを構成するガバナンスの状況を評価基準として設定している。特に三井物産と積水ハウスは「第三者評価機関」「第三者レビュー」によって客観性や公正性を担保しようとしていることが窺われる。現時点ではこのような取り組みは例外的と言わざるを得ないが、他社にとっては参考になるケーススタディであろう。

では、なぜ役員報酬についてガバナンスに関するKPIを設定する事例は少ないのだろうか。最大の理由は、そもそもコーポレートガバナンスは業務執行マターではないことにある。KPIが設定されるのは業績連動報酬(賞与、パフォーマンスシェアなど)であり、その対象は基本的にCEOに代表される業務執行役員に限られる。一方、ガバナンスの責任者は取締役会議長をはじめとする非業務執行役員であり、またその多くは社外取締役である。これら非業務執行役員に業績連動報酬は馴染まない(業績連動でない株式報酬を付与することには賛否あり)。


パフォーマンスシェア : 「パフォーマンス・シェア」とは文字通り一定期間(以下、業績等評価期間)における「業績」や「株価」によって交付する株式数が変動するタイプの株式報酬のこと。業績評価期間の最初に株式を交付するものは単に「パフォーマンス・シェア(通称:PS)」と呼ばれるが、まずポイント(ユニット=単位)を付与し、業績等評価期間終了後に評価の結果に応じてポイント数を変動させ、当該ポイントに応じた株式を交付するのが「パフォーマンス・シェア・ユニット(通称:PSU)」である。業績や株価条件のある株式交付信託は、パフォーマンス・シェア・ユニットに区分される。

したがって、役員報酬についてガバナンスに関するKPIを設定する場合には、その対象が業務執行役員であることが前提となる。例えば、取締役会がマネジメント・ボードでガバナンス構築責任が業務執行取締役にある企業、不祥事などでガバナンスの再構築が経営トップの至上命題となっている企業などが想定される。もう一歩踏み込んで考え、コーポレートガバナンスの目的は企業価値向上であり、株主利益を最大化することにあることを踏まえれば、究極的なガバナンスに関するKPIはTSR(株式総利回り)であるとも言えそうだ。


マネジメント・ボード : 業務執行におけるコンセンサスを形成する場としての取締役会のこと。これに対し、経営陣の監督を主たる役割・任務とする取締役会のことを「モニタリング・ボード」という。