<解説>
情報が公開される「特許権」と非公開の「ノウハウ(営業秘密)」
事業活動において発明が生まれた場合には、特許を出願して「特許権」として保護する方法のほかに、発明を秘匿して「ノウハウ(営業秘密)」として保護する方法があります。特許出願した場合には、発明内容が特許庁により公開されるため、その内容が競合他社に知られることになります。したがって、製造方法に関する発明のように、他社に知られたくない発明の場合には、特許をとって技術内容を公開するよりも、ノウハウ(営業秘密)として徹底的に技術内容を秘匿する方がその発明技術を守るのに有効であると言えます。
ノウハウが営業秘密として法的に保護されるためには、ノウハウが(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2)生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、(3)公然と知られていないこと(非公知性)、の3つの要件をすべて満たすことが必要です(不正競争防止法2条6項)。
このうち、裁判でもしばしば問題になるのが「秘密管理性」です。「秘密管理性」が認められるためには、客観的に見て、その情報を「秘密として管理している」と認識できる状態にあることが必要であるとされています。具体的には、①情報にアクセスできる者が制限されていること(秘密管理措置。秘密管理措置の具体例は、経済産業省策定の「営業秘密管理指針」の8ページ~「(3) 秘密管理措置の具体例」参照)、②情報にアクセスした者が、それが営業秘密であると認識できること(認識可能性)、の2つが要件となります。ノウハウは「無形資産」であるため、有形資産に比べて管理が難しく、十分な努力を尽くしても完全には漏洩を防止し切れないものですが、適切に管理されていないと法的保護や救済が受けられないことになりますので注意が必要です。
「ノウハウ(営業秘密)」が流出してしまった場合の対応
退職者にノウハウ(営業秘密)を漏洩されてしまった場合、会社は以下のとおり、民事上の措置や刑事上の措置をとることができます。
■民事上の措置
上述した不正競争防止法や退職者との間で交わした秘密保持契約への違反を根拠に、損害賠償請求や違反行為をストップするための差止請求、複製物の破棄などの除去請求をしていくことになります。
しかし、不正競争防止法による救済を受けるためには、当該ノウハウが上述した「営業秘密」要件(同法2条6項)や、営業秘密を不正な方法で取得する、あるいは不正取得されたものであることを知ってこれを取得使用するといった「不正競争」要件(同法2条1項)を満たさなければならず、同法による保護が行われるケースはあまり多くはありません。
■刑事上の措置
図利加害目的での営業秘密の不正な取得、使用、開示行為に対しては、不正競争防止法違反の嫌疑で刑事告訴することができます(10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金(同法21条1項)、法人には3億円以下の罰金(同法22条))。ただし、情報流出・漏洩事案は全容を掴むのが難しいため、刑事事件にまで発展したケースは稀です。
図利加害目的 : 自己または第三者の利益を図るか、または他人に損害を与えようとすること。図利加害は「とりかがい」と読む。
なお、政府は今年(2015年)3月、罰金額の引き上げなどを盛り込んだ不正競争防止法改正法案を今通常国会(2015年)に提出しています。改正法案の主な内容は、以下のとおりです。
●営業秘密の不正な取得、使用に係る法人への罰金を、海外企業については「10億円以下」、国内企業については「5億円以下」に引き上げ。個人への罰金も、海外企業への不正開示については「3000万円以下」、国内法人への不正開示については「2000万円以下」に引き上げ
●不正に入手した営業秘密によって得た利益の没収制度の新設
●営業秘密の不正入手の“未遂”も罰則対象に追加
このように民事・刑事ともに法的措置が適用される事例は多くありませんが、こうした中でも、近年は大手メーカーで起きた技術流出に対する法的措置が世間を賑わせています。有名なものが下記の2つの事件です。
(1)東芝 vs SKハイニックス事件
NAND型フラッシュメモリの製造技術の漏洩を巡り、東芝は2014年3月13日、不正競争防止法に基づき、韓国半導体大手のSKハイニックスに対して約1,100億円の損害賠償を求める民事訴訟を東京地裁に提起しました。この事件は、2007年4月から2008年5月にかけ、東芝の提携先であるサンディスク日本法人の元技術者が当該技術を無断で複製し、2008年7月頃に転職先のSKハイニックスに開示したというものです。元技術者は、サンディスク日本法人での待遇に不満があったとされ、SKハイニックスへの再就職を有利に進めるために情報を持ち出したところ、その時期にサンディスク日本法人からSKハイニックスに転職した技術者からの通報がきっかけとなり、不正競争防止法違反容疑で2014年3月13日に警視庁捜査二課に逮捕されました。
東京地裁での訴訟は、2014年12月に、SKハイニックスが東芝に2億7800万ドル(約330億円)を支払うという内容で和解が成立しました。また、元技術者に対しては検察が懲役6年、罰金300万円を求刑していましたが、東京地裁は2015年3月9日、「懲役5年、罰金300万円」の判決を言い渡しています(詳細は2015年3月27日のニュース「技術情報流出防止のカギとなる「抑止力」」参照)。
(2)新日鉄住金 vs ポスコ事件
住友金属との合併前の新日鉄が開発した「方向性電磁鋼板」を安定して製造する技術の流出を巡り、新日鉄住金は2012年4月19日、不正競争防止法に基づき、韓国の鉄鋼大手ポスコと自社の4名の元技術者に対し約1,000億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起しました。1987年頃から2008年頃にかけ、新日鉄の有する同技術をポスコが新日鉄を退職した元技術者と共謀して不正に取得し、これを使用したというものです。提訴のきっかけは、ポスコの元幹部が方向性電磁鋼板の製造技術を中国の鉄鋼大手・宝山鋼鉄に流出させた疑いにより韓国で告訴された事件です。韓国の裁判所はポスコの元幹部に有罪判決を下しましたが、その公判において、元幹部が「中国に提供した技術は、もともと新日鉄のもの」と証言したことで、新日鉄からの不正な流出ルートが明らかになったということです。
上記のような技術流出事件は氷山の一角に過ぎず、秘匿されてきた重要技術が不正に持ち出されたことにすら気づいていない企業が多いのではないか、と言われています。
「ノウハウ(営業秘密)」の漏洩・流出防止対策が重要
ノウハウ(営業秘密)は、漏洩すれば瞬時に拡散してしまう恐れがあります。その結果、公表・公開されたのと同様の状態に置かれた場合には、もはやノウハウとしての価値を回復するのは実質的に不可能です。したがって、ノウハウ(営業秘密)に対しては、そもそも漏洩することがないように秘密管理措置を講じることが不可欠となります。
最近は、外部からのサーバー攻撃による技術情報流出事案が増えていることから、従業員・派遣社員・業務委託先社員などの「人的管理」のみならず、流出防止のための「技術的措置」を講じることによる秘密管理強化も急務と言えます。
ノウハウ(営業秘密)の管理に有効と考えられる対策としては、次のようなものが挙げられます。
●アクセス管理ルールの見直しと順守の確認(監査)
ルールがあっても順守されていることが確認されていなければ、実効性はありません。
●アクセス権者の精査と都度の見直し
営業秘密管理とは人材の管理であるとも言えます。広い意味では、アクセス権者に不満を持たれない処遇のあり方を検討することも含みます。
●サーバーへのアクセスの記録(ログ)の保存とチェック
一般的に、技術流出行為の立証は原告が行う必要があります。ただ、技術情報をいつ、誰が、どこで、誰に、どのように渡したかを立証するのは非常に困難です。そこで、サーバーへのアクセスの記録(ログ)の保存とチェックにより明確な証拠を残すことができれば、民事事件での立証、刑事事件での立件に役立ちます。
●フォレンジック調査による社用パソコンのチェック
同上
●USBメモリー、SDカード、スマートフォンなどの記憶媒体を登録制または持込み禁止にする。
近年、小型の記憶媒体で大容量のデータ持ち出しが可能になっていることへの対策です。さらに厳しい対策として、社内での記憶媒体の使用を禁止したり、技術的にサーバーへの接続をできないようにしてしまうことなども考えられます。金属探知機を用いた持物検査を行う企業もあるようです。
●メーラーの設定変更による私用メールへの転送制限、転送制限に係る記録のチェック
上記と同様、漏洩リスク低減のための対策の1つとなります。
●ノウハウ、技術情報の棚卸しによる営業秘密の特定
従業員との守秘義務契約や競業避止義務契約の前提となります。
なお、経済産業省が、不正競争防止法上の保護を受けるための情報管理水準や秘密管理体制を構築する際の指針を策定しているので、参考にするとよいでしょう。
○経済産業省 営業秘密管理指針 (2003年1月30日策定、2015年1月28日全部改訂)
○経済産業省 技術流出防止指針 (2003年3月14日策定)
退職者との守秘義務契約・競業避止義務契約の実効性は?
従業員の退職に際して、秘密保持義務を課したり競合他社への転職を制限したりする旨の誓約書を提出させる、あるいは契約の締結を求めることがありますが、これらは退職者に順守の気持がなければ有効に機能しません。また、退職者の行動を企業がすべて把握するのは現実的に不可能ですし、契約上の「秘密」の定義も包括的にならざるを得ないため、守秘義務契約が有効に機能するとは言いがたい面があります。
さらに、転職先を制約する「競業避止義務契約」を締結することは、憲法で保証されている職業選択の自由の観点から現実には難しいのみならず、会社はこの制約によって従業員が被る経済的な損失を補填するだけの代償措置を講じる必要があるとも言われているだけに、守秘義務契約以上に困難が伴います。
その一方で、退職する直前に秘密保持の誓約書を提出させていたこと等を斟酌して、物理的な管理体制を問題にすることなく上述した「営業秘密」要件の1つである秘密管理性を肯定した裁判例もあります。また、法的効果のほどはさておき、退職者への牽制効果や、情報漏洩の疑いがある退職者への契約違反に対する警告のためにも、守秘義務契約・競業避止義務契約、誓約書の提出が全く無駄であるとも言い切れません。会社としては、一応これらを実行しておくべきでしょう。
技術者による情報漏洩は、処遇面の不満から
退職者や現役従業員による技術漏洩は、従業員の雇用が維持できなかったり、冷遇したり、モチベーションを失わせたりしたことがきっかけとなって生じるケースが圧倒的に多くなっています。情報流出は漏洩者の身勝手な動機によるものとはいえ、経営陣は、会社サイドにも人事処遇面などの課題がないかどうか、常に意識しておく必要があります。
以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。
<正解>
取締役B:「技術情報の漏洩防止に完璧な対策はありませんが、少なくともこの機会に機密保持の方法や仕組みを見直しておくべきです。例えば、技術情報が格納されているサーバーにはUSBメモリーなどの記憶媒体が接続できる状態になったままでしたよね。」
(コメント:「完璧な対策はない」という発言は一見消極的にも見えます。しかし、従業員の悪意による情報漏洩や外部からのサイバー攻撃によるハッキングなどは、啓発研修や守秘義務契約などによる「人的管理」や入退室制限などの「物理的管理」だけでは防ぎ切れず、最近は人的管理や物理的管理以上に「技術的管理」の重要性が増しています。ただ、技術的管理は情報漏洩防止に効果的とはいえ、技術上の攻防は日々“いたちごっこ”の感があります。結局、完璧な漏洩防止策はないというのが実情であって、取締役Bの発言はこうした事実を踏まえたものと言えます。また、漏洩防止策の程度は、保有する情報の価値と対策に投じるコストの比較等によって企業ごとに差が出てくるものですので、その方法や仕組みの見直しの検討を促している点もGOODです。現時点でのX社の機密管理上の課題を的確に指摘している点も、検討を後押しするうえで効果的と言えるでしょう。)
(コメント:メーカーにおいては、重要な技術を特許だけではなく、ノウハウ(営業秘密)として秘匿化していることも多いはずです。この実態を理解していない短絡的なBAD発言です。)
(コメント:経営幹部としてコストに考慮が及んでいること、そして守秘義務契約の存在に言及したことについてはGOODですが、退職従業員の悪意に対抗するには守秘義務契約では弱い点や、情報漏洩の結果ノウハウが公知になってしまえば、もはやノウハウとしての価値を回復するのは実質的に不可能であることから、まずは漏洩されないように秘密管理措置を講じることが重要であるという点への理解が低かったようです。改善すべき秘密管理措置の内容とそれにかかるコストの検討はこれからであり、現時点で秘密管理措置の検討そのものを否定するような発言はBADです。)










