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公正なM&A指針公表、公正性担保措置を“やったフリ”に強い懸念

2019年6月28日に経済産業省のCGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会) が公表した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下、グループ・ガバナンス実務指針)の「6 上場子会社に関するガバナンスの在り方」でも多くのページが割かれているように(2019年5月7日のニュース「グループ・ガバナンス実務指針案、上場子会社の扱いに“特段の配慮” 」参照)、昨今、上場子会社における親会社株主と少数株主との間での利益相反構造に対する投資家の目線は厳しさを増している(2019年6月18日のニュース「子会社上場を維持するかどうかの判断基準」参照)。今後は、利益相反構造の解消を企図した上場子会社の経営陣によるMBOや親会社による子会社買収の増加が見込まれる。

利益相反 : 例えば親会社の要請を受け、上場子会社のサービスを親会社にだけ一般価格よりも割安の価格で提供した場合、親会社はコストダウンを図ることができる一方で、子会社の収益機会はその分損なわれ、ひいては子会社の一般株主の配当減や株価下落につながることになる。
MBO : MBO(マネジメント・バイアウト)とは、現在の経営者が全部または一部の資金を出資し、事業の継続を前提として一般株主から対象会社の株式を取得することをいう。

ただ、少数株主が不利益を被るようなMBOや子会社買収が行われないとは限らない。例えば、買収価格を公正な企業価値よりも低く設定するMBOや子会社買収では、結局のところ少数株主が損失を被ることになる。こうした中、経済産業省はグループ・ガバナンス実務指針と同日(2019年6月28日)に「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下、本指針)を明らかにした。これは、「公正なM&Aの在り方に関する研究会」(座長:神田秀樹学習院大学大学院法務研究科教授)での議論をとりまとめたもので、2019年5月14日から2019年6月12日まで募集していたパブリックコメントに寄せられた意見を踏まえ、このたび確定版の公表に至っている。本指針は、名称からするとM&A全般を対象としているようにも見えるが、実際のところM&Aの中でもMBOと親会社による子会社の買収を主な対象として「ベストプラクティス」を提示するものとなっている。また、本指針は、経済産業省が2007年9月4日に公表した「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」の方向性を受け継ぐものであり、公正性を担保するための措置が解説されている。

本指針の内容を端的に示すキーワードとなるのが「特別委員会」「マーケット・チェック」「マジョリティ・オブ・マイノリティ条件」「情報開示」の4つだ。これらについては既に2019年4月19日のニュース「M&Aの説明責任、特別委員会の設置と開示が鍵に」で解説したところだが、さらに本指針では、M&Aにおいては次の「2つの原則」と「2つの視点」が重要だとされている。

マジョリティ・オブ・マイノリティ条件 : M&Aの実施に際し、「株主総会における賛否の議決権行使」や「公開買付けへの応募の有無」により当該M&Aの是非に関する株主の意思表示が行われる場合に、一般株主、すなわち買収者と重要な利害関係を共通にしない株主が有する株式の過半数の支持を得ることを取引の前提条件とし、当該前提条件をあらかじめ公表すること。M&Aがマジョリティ・オブ・マイノリティ条件を満たせば、一般株主による判断の機会が確保され、M&Aの条件が一般株主にとって有利なものとなりやすいと言える。

第1原則 企業価値の向上
望ましいM&Aか否かは、企業価値を向上させるか否かを基準に判断されるべきである。
第2原則 公正な手続を通じた一般株主利益の確保
M&Aは、公正な手続を通じて行われることにより、一般株主が享受すべき利益が確保されるべきである。
視点1 取引条件の形成過程における独立当事者間取引と同視し得る状況の確保
対象会社においてM&Aの是非や取引条件の妥当性についての交渉および判断が行われる過程において、M&Aが相互に独立した当事者間で行われる場合と実質的に同視し得る状況、すなわち、構造的な利益相反の問題や情報の非対称性の問題に対応し、企業価値を高めつつ一般株主にとってできる限り有利な取引条件で M&Aが行われることを目指して合理的な努力が行われる状況を確保すること。
視点2 一般株主による十分な情報に基づく適切な判断の機会の確保
MBOおよび支配株主による従属会社の買収においては、買収者と一般株主との間の情報の非対称性により、取引条件の妥当性等について一般株主による十分な情報に基づいた適切な判断(インフォームド・ジャッジメント)が行われることが当然には期待しにくいことを踏まえて、一般株主に対して、適切な判断を行うために必要な情報を提供し、適切な判断を行う機会を確保すること。

本指針では、これら2つの原則および2つの視点を実現するための公正性担保措置として、特別委員会の設置、外部専門家の助言、マーケット・チェック、マジョリティ・オブ・マイノリティ条件、強圧性排除などの措置を紹介している。その中でも特に注目したいのが「特別委員会()」の設置だ。特別委員会は、本指針では手続きの公正性を確保するうえでの「基点」と位置付けられている(本指針 3.2.3)。というのも、特別委員会の設置は、それ自体がM&Aの公正性を担保する上で有効性の高い公正性担保措置であること(本指針 3.2.3を参照)に加えて、特別委員会には、他の公正性担保措置をどの程度講じるべきかを検討する役割を担うことも期待されるからだ。

 特別委員会とは、取締役会に利益相反のおそれがある場合に、本来取締役会に期待される役割を補完し、または代替する独立した主体として任意に設置される合議体である。特別委員会は、独立性を有する者で構成され、重要な情報を得たうえで、企業価値の向上および一般株主の利益を図る立場から、M&Aの是非や取引条件の妥当性、手続の公正性について、検討および判断を行う。特別委員会には、取引条件の形成過程において、構造的な利益相反の問題および 情報の非対称性の問題に対応し、企業価値を高めつつ一般株主にとってできる限り有利な取引条件で当該M&Aが行われることを目指して合理的な努力が行われる状況を確保する機能が期待されている。

情報の非対称性 : 自社の情報については、経営陣など社内の人間の方が投資家よりも詳しいということ。

本指針の公表に合わせて、パブリックコメント募集の結果寄せられたコメントとそれに対する経済産業省の考え方(以下、「本パブコメ結果」)も公表されている(こちらを参照)。主なコメントとそれに対する経済産業省の考え方および実務上の留意点を下表にとりまとめたので、参考にされたい(ページ数や番号は本パブコメ結果のページ数等に対応している)。・・・

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