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従来の実務を完全否定 取適法下では「振込手数料減額禁止に~パブコメ結果の解説④~

上場会社に大きな影響を与える改正下請法(新通称は取引適正化法(取適法:とりてきほう))の実務対応に極めて有益なパブコメ結果を解説するシリーズの第4弾(最終回)では、下請法適用下での従来の実務を完全否定した「振込手数料減額の禁止」をはじめとする代金の減額、支払い遅延の減額をテーマとする。

第1弾:2025年10月7日のニュース『改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~
第2弾:2025年10月17日のニュース『取適法下での特定運送委託対応~パブコメ結果の解説②~
第3弾:2025年10月28日のニュース『取適法下での「協議に応じない一方的な代金の決定」の実務対応~パブコメ結果の解説③~

2026年1月1日から施行される取適法の適用対象となる取引では、「手形」による支払いが禁止さる。もともと手形については、政府・銀行界が「2026年度末までに電子交換所における手形・小切手の交換枚数をゼロにする」ことを最終目標に掲げ、手形帳の新規発行停止などに取り組んできたことが奏功し、交換枚数が激減している。そのため、取適法が中小受託事業者への支払い手段としての手形払いを禁止しても、実務上の影響は限定的と言える。

手形払いが激減する一方で増加傾向にある支払い手段が、電子記録債権やファクタリングだ。取適法は、中小受託事業者への支払い手段としての電子記録債権ファクタリングを禁止していないものの、「支払期日までに代金満額相当の現金を得ることが困難なもの」は取適法が禁止する「代金の支払遅延」に該当するとしている。下請法の運用基準(~2025年12月31日)と取適法の運用基準(2026年1月1日~ )を比べると、「代金の支払遅延」の事例が下表のとおり変更されているので留意したい(なお、取適法に新規追加された特定運送委託関連の違反行為事例については、第2弾「取適法下での特定運送委託対応~パブコメ結果の解説②~」参照)。


電子記録債権 : 紙の手形や約束手形の代わりに、法務省が指定する「電子債権記録機関」のシステム上で記録・管理される債権のこと。企業間の「○○円を支払います」という約束を、インターネット経由で安全に登録・確認できる仕組みであり、紛失や偽造のリスクが少なく、処理もスピーディという特長がある。
ファクタリング : 企業が持っている「売掛金(後で受け取る予定の代金)」を、ファクタリング会社(資金調達を専門とする金融サービス業者)に買い取ってもらう仕組み。これにより、企業は代金の入金を待たずに、すぐに現金を得ることができるため、資金繰りが安定しやすい。

代金の支払遅延に関して運用基準に掲げられている違反行為事例の主な変更箇所
下請法の運用基準 取適法の運用基準
2-12 割引を受けられない手形の交付による支払遅延
親事業者は、生産設備等の洗浄作業を下請事業者に委託しているところ、下請事業者に対して、手形を交付することによって下請代金を支払っていたが、結果的に下請事業者が手形の割引を受けられず現金化することができなかった。
2-14 手形の交付による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、手形を交付することによって代金を支払っていた。
新設 2-15 電子記録債権の使用による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、電子記録債権によって代金を支払う際に、支払期日より後に満期日が到来する電子記録債権を使用し、支払期日に金銭を受領するために中小受託事業者において割引を受けることを必要とさせていた。
新設 2-16 一括決済方式の使用による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、一括決済方式によって代金を支払う際に、支払期日以前に決済日が到来する一括決済方式を使用していたが、決済に伴い生じる受取手数料を中小受託事業者に負担させていた。

2-15の事例は、「支払期日より後に満期日が到来する」という点において、中小受託事業者に資金繰り上の負担を強いていることから、違反行為に該当する。これに対し2-16の事例では、「支払期日以前に決済日が到来している」ため、支払期日と決済日の関係上、中小受託事業者に資金繰り上の負担を強いているとは言えず、むしろ早期決済により資金繰りが改善されている。それにもかかわらず違反行為とされるのは、決済に伴う受取手数料を中小受託事業者が負担する必要があるからであり、中小受託事業者は受取手数料分の代金を受領できていない、すなわち「支払いに遅延が生じている」と評価される。

なお、2-16の事例は、中小受託事業者からすると、手数料分が代金から差し引かれているように見えるため、後述する「製造代金の減額行為」に該当するとの誤解を招きやすい。しかし、「製造代金の減額行為」の主体は委託事業者に限定されているところ、この事例では手数料を受領しているのは金融機関であることから、「製造代金の減額行為」には該当しない。

また、取適法では、これまでの企業間の決済実務を“全否定”する形で、振込手数料分を代金から減額することを禁止している(下表参照)。具体的には、従来の下請法では、振込手数料の減額は「明示的な合意の存在」と「実費の範囲内であること」を条件に適法とされていたところ、取適法下では、中小受託事業者との合意の有無や、実費の範囲内であるか否かにかかわらず、振込手数料分を代金から減額する行為そのものが違法となる(2026年1月1日以降に委託する取引の支払時から適用)。


振込手数料分を代金から減額 : 例えば製造代金が100万円、銀行の振込手数料660円とすると、委託事業者が100万円を、振込手数料は受取人負担との条件で銀行に振込指示を行い(この振込指示により、委託事業者は「製造代金の減額行為」をしたことになる)、銀行間の決済を経て、最終的に受託中小事業者の銀行口座にが660円が減額された999,340円だけが振り込まれること。

代金の減額に関して運用基準に掲げられている違反行為事例の主要な改正個所
下請法の運用基準 取適法の運用基準
3-13 合意なく振込手数料を負担させることによる減額
親事業者は、プログラムの作成等を下請事業者に委託しているところ、下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込む際の手数料を下請事業者が負担する旨書面で合意していないにもかかわらず、下請代金の額から振込手数料相当額を差し引いた。
削除
3-14 実費を超える振込手数料を負担させることによる減額
親事業者は、船舶の設計図の作成を委託している下請事業者との間で、下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込む際の手数料を下請事業者が負担する旨書面で合意していたが、自社が実際に支払う振込手数料を超える額を下請代金から差し引いた。
削除
新設 3-13振込手数料を負担させることによる減額
委託事業者は、プログラムの作成等を中小受託事業者に委託しているところ、代金の額から中小受託事業者の銀行口座に振り込む際の振込手数料相当額を差し引いた。

振込手数料の減額を禁止する取適法の新ルールは、取引上の立場が弱い中小受託事業者からすると、そもそも対等な合意は期待できず、意思に反する合意を迫られる可能性が高いという点に配慮したもの。現状、振込手数料を受取人負担にしている上場会社は少なくないが、このような上場会社は、2026年1月以降の委託分の支払いから、委託先が中小受託事業者に該当するかどうかの判定(資本金基準だけでなく従業員基準が加わることにも注意。この点については第1弾「改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~」参照)を委託の都度行い、中小受託事業者に該当すれば(あるいはその可能性が相当高ければ)振込手数料を減額せずに振り込む(委託事業者負担とする)よう、社内手続きを変更する必要がある。

取適法で禁止されている「代金の減額」は振込手数料分の減額だけではない。取適法の運用基準には下記のとおり様々な「代金の減額」のパターンが例示されている。

運用基準で例示されている代金の減額のパターン
ア 消費税・地方消費税額相当分を支払わないこと。
イ 中小受託事業者との間で単価の引下げについて合意して単価改定した場合、単価引下げの合意日前に発注したものについても新単価を遡及適用して代金の額から旧単価と新単価との差額を差し引くこと。
ウ 委託事業者からの原材料等の支給の遅れ又は無理な納期指定によって生じた納期遅れ等を中小受託事業者の責任によるものとして代金の額を減ずること。
エ 代金の総額はそのままにしておいて、数量を増加させること。
オ 代金の支払時に、1円以上を切り捨てて支払うこと。
カ 中小受託事業者との合意の有無にかかわらず、代金を中小受託事業者の銀行口座へ振り込む際の手数料を中小受託事業者に負担させ、代金から差し引くこと。
キ 毎月の代金の額の一定率相当額を割戻金として委託事業者が指定する金融機関口座に振り込ませること。等

また、取適法では、代金の減額が違法と認定された場合、その減額した金額に対しても遅延利息が課されることとなったことも改正のポイントの一つに挙げられる。この改正は実質的なペナルティの加重を意味する。上場会社は従来にも増して法令遵守に努める必要がある。

公取は2025年7月16日に取適法関連の規則の改正案を示したうえでパブコメの募集を開始、2025年10月1日には集まった意見に対する公取の考え方および新規則を公表している。パブコメに寄せられた意見とそれに対する公取の考え方のうち、第1弾~第3弾で取り上げた論点以外の主要な論点をとりまとめたが下表だ(「備考」欄は当フォーラムが作成)。・・・

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