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決算短信簡素化に海外投資家から異論の声

野村総合研究所
上級研究員  三井千絵

金融庁の金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループ(以下、ディスクロージャー・ワーキング・グループ)や東証が検討してきた決算短信の簡素化の実施を目前に控える中(2017年3月末日以後に終了する通期決算または四半期決算から適用)、海外投資家の一部から異論の声が上がっている。

開示の改善に向けて様々な議論を行ってきた金融庁の金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループは昨年(2016年)4月に最終報告書を公表したが、そこでは、本来の課題であった(1)株主総会用の事業報告書に加え、有価証券報告書、決算短信と複数の制度開示の書類を作成しなければならないこと、(2)そのために監査報告も2回必要となっていること、(3)世界でも稀な「期末から株主総会までの日程の短さ」――などは一つも解決されず、折り合わない議論の中で、最も投資家が利用している決算短信が簡素化されることになった。具体的には、「投資者の判断を誤らせるおそれがない場合」には財務諸表本表の添付を必須としないことと、現在は固定フォーマットの利用が求められているサマリー情報の記載を自由化することだ。

ディスクロージャー・ワーキング・グループでは、ある委員から「アナリストレポートが書かれるのは上位数百社。それらの企業は決算短信を簡素化しても十分に情報を出すだろうから、(セルサイド)アナリストは困らないのではないか」という発言があった。これに対し日本の投資家からは、「中小型銘柄をカバーしていれば、時価総額にして1000番~2000番の企業が対象になる。現在でもセルサイド・レポートは全くなく、決算短信が唯一の資料」「議決権行使に間に合う財務諸表は決算短信しかない」「たとえ個人投資家でも等しく企業価値が理解できるような環境を維持しなければ、株価に無用なボラティリティが生じる。必要な開示を義務付けなければ、企業は都合が悪い時には『間に合わなかった』といって開示をしない可能性は否定できない」「たとえ時価総額が最も小さな会社であっても、上場している限り誰かが保有している。そういう企業の情報は通常は少ない。誰もが入手できる決算短信は最も活用されている」と怒りの意見が続出した。

(セルサイド)アナリスト : 証券会社に所属し、株式を売る側の立場にいる。そのレポートは、証券会社の顧客である個人投資家や機関投資家に提供され、投資家はこれを投資先の選定や売買のタイミングの判断に利用する。ちなみに、バイサイド・アナリストとは運用会社に所属するアナリストであり、そのレポートは、自社のファンドマネージャーの運用成績向上のために作成される。
ボラティリティ : 株価の変動率。「ボラティリティが高い」とは、株価が乱高下することを意味する。
(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

一方、ディスクロージャー・ワーキング・グループでは、「制度開示は極力少なくし、企業の個性が出せるような任意開示に力を入れるべきだ」という発言が繰り返しなされた。しかし、制度開示は、決算数値が良くない年も含め継続して行わなければならないことに意義がある。唯一のアナリスト経験者であった委員は繰り返し「このような重要なことは投資家の意見を聞いて決めるべきだ」と主張したが、そのような時間がとられることもなく、また当然ながら海外投資家が知ることもないうちに最終報告書の公表に至ったという経緯がある。

東京証券取引所はディスクロージャー・ワーキング・グループの最終報告書に合わせて決算短信簡素化に必要な制度変更を実施するのに先立ち、昨年10月28日から1か月間パブリックコメントを募集した。この意見募集からは、ディスクロージャー・ワーキング・グループで展開された議論はほぼ見えない。

こうした中、多くの投資家系団体は金融審議会の議論に遡って意見を述べ、そのコメントレターを自団体のホームページに公表している。昨年12月上旬には、ロンドンに本部をもつ・・・

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