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スチュワードシップ・コード、企業にとっての“リスク”と今後の方向性

 金融庁は2月26日、責任ある機関投資家の諸原則、いわゆる“日本版スチュワードシップ・コード”を公表した(「スチュワードシップ・コード」については、こちらを参照)。

 これは、安倍政権が「企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い機関投資家が企業との建設的な対話を行い、適切に受託者責任を果たすため」に導入するよう求めていたことを受けたもの。「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」により昨年8月に素案がまとめられ、12月のパブリック・コメントを経て、今回の公表となった。

 機関投資家(スチュワード)による投資先企業への関与を促し、その結果として企業価値を向上させるとともに、投資家によるコーポレートガバナンスの体制を確立することを目的とするスチュワードシップ・コードは、元々は英国が世界的な金融危機へ対策として2010年7月に導入したものであり、今回公表された日本版も英国版をモデルにしている。

 このため日本版は基本的には英国版と同様だが、英国版が定めるいわゆる「集団的エンゲージメント(複数の投資家が共同歩調をとって企業に経営改善などを働きかけること)」については、日本版では言及されていない。

 日本版スチュワードシップ・コードは、以下の7つの原則から構成される。
1 資産運用などの基本方針作成と公表
2 利益相反に関する方針策定
3 投資先企業への状況の把握
4 投資先企業との建設的な「目的を持った対話」と問題の改善への努力
5 議決権行使の方針や結果公表に関する方針の策定
6 議決権行使結果など顧客や受益者への定期報告
7 投資先企業への深い理解とスチュワードシップ活動を適切に行う実力の保持

 各原則は指針も含めて1ページに収まる量であり、機関投資家の企業への関与方法が細かく定められた英国版とは異なっている。

 ただ、細かな定めとなっていないことが、逆に企業にリスクをもたらす可能性がある。例えば「スチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべき」(原則3)、「「目的を持った対話」を通じて、投資先企業と認識の共有を図る」(原則4)といった抽象的な言い回しについては、明確性を欠く分、これらの文言を盾に機関投資家がどのような要求を突き付けてくるのか分からないという点、企業は警戒する必要がある。かつて“物言う株主”による企業買収のリスクに直面した経営陣などからは、日本版スチュワードシップ・コードに対する不満の声も聞こえてくる。

 また、今回の日本版スチュワードシップ・コードとりまとめで焦点となったのが、議決権行使結果の「個別開示」だ。例えば取締役選任議案であれば、現状の規制(投資信託協会など)では「投資先企業○社における取締役選任議案の○%に反対」までの公表で済む。これが個別開示になると、「○○株式会社の取締役選任議案のうち、○○氏に反対」まで明らかにしなければならない。役員にとっては名指しで不信任票の多さを指摘されることになるため、上場会社サイドからの強い抵抗が予想されていた。

 この点、「議決権の行使と行使結果の公表」(原則4)に関する指針では、「機関投資家は、議決権の行使結果を、議案の主な種類ごとに整理・集計して公表すべきである」とするにとどまっており、個別開示にまでは踏み込んでいない。議案別の結果開示であれば、投資信託協会並びに日本投資顧問業協会の協会員である運用機関、および一部の公的年金基金において既に実施されており、日本版スチュワードシップ・コードによってこれに企業年金基金と保険会社が加わるに過ぎない。さらに、日本版スチュワードシップ・コードの指針では、「前記の集計公表に代わる他の方法により議決権の行使結果を公表する方が、自らのスチュワードシップ活動全体についてより的確な理解を得られると考えられる場合には、その理由を説明しつつ、当該他の方法により議決権行使結果の公表を行うことも考えられる」という“逃げ道”も用意されている。

 日本版スチュワードシップ・コードが個別開示に踏み込まなかったことに対しては、「個別開示を通じて上場企業のガバナンスを高める好機を逃した」との批判も起きている。「何としても年内に案をまとめる」という“政治的圧力”が仇になった面もあろう。一方、英国では自主規制(スチュワードシップ・コード)により68%の機関投資家が個別開示を実施、米国に至ってはSEC規制によってすべての投資信託に関わる議決権行使が個別開示の対象となっている。個別開示の議論は、日本でも引き続き重要なテーマになるだろう。

 もっとも、集団的エンゲージメントや個別開示についての言及は見送られたとはいえ、スチュワードシップ・コードの導入により、上場会社と機関投資家の関係に変化がもたらされるのは間違いない。機関投資家はこれまで以上に投資先である上場会社への関与を求められ、また上場会社側としても、企業価値向上の観点から見た自社の経営戦略の正当性などについて、株主への説明責任を一層求められることになりそうだ。