フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男
近年、株主優待を復活させる企業が増加している。例えば回転ずしチェーンのくら寿司は昨年12月に株主優待の廃止を打ち出したが、わずか2か月で再開を発表した。同社は再開の理由として、多くの株主から株主優待再開の要望等があったことを挙げている(同社のリリースはこちら)。同社の株主優待では、1000株以上を保有する株主は2万円分の食事券を受け取ることができる。この株主優待を発表した翌日の株価は制限値幅いっぱいのストップ高となった。また、ヘアカット専門店QBハウスを運営するキュービーネットホールディングスは今年2月、株主優待制度を新設すると発表した(同社のリリースはこちら)。100株以上を半年以上にわたって継続保有する株主は、保有株数に応じて「無料ヘアカット券」を贈呈される。今年6月までに株主を現在の約6000人から8000人に増やすことを目指すという。
株主優待は小口株主に有利な制度であり、その目的は小口株主である個人投資家に自社をアピールすることにある。日本の実証研究でも、株主優待の導入を発表した企業の個人株主数は増加し、株式の流動性指標が向上していることが確認されている。また、株主優待の導入を発表した企業の株価は有意に上昇しており、株主数の増加や流動性の向上が株価に好影響を与えていることが分かっている。
また、最近は「買収防衛」としての機能も注目されている。というのも、株主優待は上場企業全体の4割弱、小売業では8割が導入しているにもかかわらず、こうしたトレンドとは距離を置いていたセブン&アイ・ホールディングス(HD)が同意なき買収のターゲットとなる一方、積極的に進めてきたイオンが同意なき買収のターゲットとなっていないからである。セブン&アイHDが昨年4月に突如、株主優待の新設を発表したのはその証左と言える。
イオンには既に95万人を超える個人株主がいる。これはNTTと三菱UFJフィナンシャル・グループに次ぐ規模と言われており、現在も増加傾向にある。イオンは、100株保有者には半年毎にイオンを通じた買物総額の3%、1000株保有者には5%、3000株保有者には7%のキャッシュバックを行っている。現状の株価水準で言うと、40万円程度で100株を保有すれば、イオンでの買い物の際に3%のディスカウントを受けられる。生活圏の中にイオンがあり、日常的にイオンで買い物をするのであれば、株価が急落しない限り、株主が株式を売却するインセンティブはない。また、議決権を行使する株主も多く、株主総会では会社提案への賛成比率も高い。すなわち、個人株主が「安定株主」として定着している。
もっとも、イオンの経営指標は必ずしも思わしくない。2025年2月期のROEは2.7%、ROICは3.0%となっており、セブン&アイHDの 4.3%、4.1%に見劣りする。しかし、2025年5月20日現在のPERは92.8 倍、PBRは3.54 倍となっており、セブン&アイHD の22.7倍、1.43 倍を凌駕している。すなわち、企業価値では測れない価値が市場で評価されていると言える。
ROE : ROE(Return On Equity = 株主資本利益率)とは株主資本に対する当期純利益の割合であり、「当期純利益 ÷ 株主資本」により算出される。
PER : Price Earnings Ratio=株価収益率(株価/1株当たり純利益)
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
しかし、株主優待もメリットばかりではない。・・・
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