2026/03/24 GPIF調査が示す投資家に評価されるサステナビリティ開示

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2026年3月17日、GPIFの国内株式運用機関が選ぶ「マテリアリティの観点から『優れたサステナビリティ開示』と『改善度の高いサステナビリティ開示』」と題する調査結果を公表した。本調査は、GPIFが株式運用を委託している運用機関に対して、記載内容が充実していると思われるサステナビリティ開示を行っている企業を選定(最大10社)するよう依頼し、その回答を基に評価の高い開示事例を取りまとめたもの。委託先の全運用機関から回答を得ている。なお、過去において個別に実施・公表されていた「優れた統合報告書」や「優れたコーポレート・ガバナンス報告書」、「優れたTCFD開示」などは今回から統合され、「優れたサステナビリティ開示」に一本化された。

今回の調査は、2025年3月31日に公表された「GPIFのスチュワードシップ活動の方向性と当面の取組み」を踏まえて実施された。GPIFはこの資料で、2025年度からの第5期中期目標期間における重点事項として、サステナビリティについて「フィナンシャルマテリアリティの観点から、企業による機会の追求、リスク低減(強靭性向上含む)、情報開示を運用受託機関等が促進することを重視します」としている(1ページ(2)第5期中期目標期間における重点事項(2)参照)。「フィナンシャルマテリアリティ」は資料の注記で「企業価値に影響を及ぼす重要な事項」と説明されているが、ここでいう「企業価値」とは、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2026/03/24 GPIF調査が示す投資家に評価されるサステナビリティ開示(会員限定)

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2026年3月17日、GPIFの国内株式運用機関が選ぶ「マテリアリティの観点から『優れたサステナビリティ開示』と『改善度の高いサステナビリティ開示』」と題する調査結果を公表した。本調査は、GPIFが株式運用を委託している運用機関に対して、記載内容が充実していると思われるサステナビリティ開示を行っている企業を選定(最大10社)するよう依頼し、その回答を基に評価の高い開示事例を取りまとめたもの。委託先の全運用機関から回答を得ている。なお、過去において個別に実施・公表されていた「優れた統合報告書」や「優れたコーポレート・ガバナンス報告書」、「優れたTCFD開示」などは今回から統合され、「優れたサステナビリティ開示」に一本化された。

今回の調査は、2025年3月31日に公表された「GPIFのスチュワードシップ活動の方向性と当面の取組み」を踏まえて実施された。GPIFはこの資料で、2025年度からの第5期中期目標期間における重点事項として、サステナビリティについて「フィナンシャルマテリアリティの観点から、企業による機会の追求、リスク低減(強靭性向上含む)、情報開示を運用受託機関等が促進することを重視します」としている(1ページ(2)第5期中期目標期間における重点事項(2)参照)。「フィナンシャルマテリアリティ」は資料の注記で「企業価値に影響を及ぼす重要な事項」と説明されているが、ここでいう「企業価値」とは、2014年に経済産業省が公表した伊藤レポートにある「企業が将来的に生み出すキャッシュフローの割引現在価値(DCF)」(27ページ03参照)を意味すると考えられる。したがって、「フィナンシャルマテリアリティ」は企業財務への影響を重視する「シングルマテリアリティ」に近い概念と言える。すなわち、環境・社会への影響と財務的影響を等価に扱う「ダブルマテリアリティ」ではなく、財務資本の提供者である「投資家にとっての価値」と理解すべきだろう。


シングルマテリアリティ : マテリアリティとは「重要性」を意味する用語であり、「自社にとって重要な課題は何か?」を明らかにするために特定し、開示される。マテリアリティには、企業が環境や社会から「受ける」財務的な影響を示す“投資家目線”のマテリアリティである「シングル・マテリアリティ」と、これに企業が環境や社会に「与える」影響を示す “(市民社会等を含む)マルチステークホルダー”目線のマテリアリティを統合した「ダブル・マテリアリティ」がある。

本調査により、「マテリアリティの観点から優れた『サステナビリティ開示』」を行っている企業として6社が選定され、「マテリアリティの観点から改善度の高い『サステナビリティ開示』」を行っている企業として1社が選定された。選定理由として、複数の運用機関による様々なコメントが紹介されているが、各社に対する評価のポイントは下表のとおり。

マテリアリティの観点から優れた「サステナビリティ開示」(6社)
社名 評価ポイント(抄)
味の素 ASV経営を中核に据え、健康・栄養や環境負荷低減といったマテリアリティを、社会課題の解決と企業価値向上の両立という観点から示している
・ 目標を掲げるだけでなく、その背景、進捗、今後の課題まで示しており、投資家が実現可能性を判断しやすい開示となっている
伊藤忠商事 ・ 「三方よし」という自社の経営理念に基づきマテリアリティを設定し、自社の価値観や戦略と整合していることが理解しやすい
・ 事業ごとのサステナビリティ・リスク、その対応策、さらにそれらを考慮することが全社的な事業戦略にどのように反映されるのかが明確
日立製作所 ・ サステナビリティ戦略「PLEDGES」に沿って、サステナブル経営の重要プロセスを整理し、関連する開示を複数の媒体(統合報告書・サステナビリティレポート・有価証券報告書)で連携させている
・ PLEDGESと財務影響の関連性を示すとともに、ガバナンス体制やリスク情報、事業セグメントごとの開示を体系的に整理している
ソニーグループ ・ 多様性・人権・気候変動といったマテリアリティをパーパスと関連付けて説明している
・ 中長期の経営戦略や財務KPIを論理的に整理するとともに、人的資本についても定性・定量の両面から説明している
積水化学工業 ・ 企業活動による環境への負荷を指標化し、自社製品が生み出す環境面での貢献と対比することで、事業のリターンを定量的に示している
・ 企業活動がステークホルダーに与えるインパクトを貨幣価値に換算し、戦略の妥当性を検証している
東京海上ホールディングス ・ 財務目標に加え、会社全体の従業員エンゲージメントやサステナビリティ施策の進捗といった非財務指標を役員報酬に反映している
・ 気候変動と自然関連課題を一体で開示し、保険引受、投資、事業運営の各領域におけるリスクや機会、その対応を分かりやすく示している


ASV経営 : ASVとは「Ajinomoto Group Creating Shared Value(味の素グループによる共有価値の創造)」の略であり、社会課題の解決を事業成長につなげ、社会価値と経済価値を両立させようとする経営の考え方をいう。食品・健康・環境といった分野での課題解決を、企業価値向上の源泉として捉える点に特徴がある。
三方よし : 近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」との考え方。三方すべてに利益を配分することが、事業を安定的で持続可能なものにするための必須条件であるとする。
PLEDGES : 日立が2025年に策定したサステナビリティ戦略で、Planet、Leadership、Empowerment、Diverse perspectives、Governance、Engagement、Sustainability for allの7つの柱から成る。各柱ごとに目指す姿やKPI・目標を定め、グループ全体での推進を図っている。

マテリアリティの観点から改善度の高い「サステナビリティ開示」(1社)
社名 評価ポイント(抄)
東日本旅客鉄道 ・ 従来から掲げてきた「二軸経営」をより明確に打ち出し、二軸ごとのKPIを示すことで、同社が目指す姿を具体的に伝えている
・ ビジネスモデルの説明を、事業内容の紹介にとどまらず「何を実現できるか」が伝わる形に改め、定量分析や社会的価値の可視化も強化している


二軸経営 : 「モビリティ」と「生活ソリューション」を成長の二つの軸と位置づけ、両事業のシナジーを通じてマテリアリティの解決や新たな市場の創出を目指すという経営の考え方。

運用機関の評価コメントを踏まえると、「優れた/改善度の高いサステナビリティ開示」に選定されるためには、以下の3点がカギとなりそうだ。

1 パーパスや経営戦略との明確な連動性
マテリアリティが単なる課題の列挙にとどまらず、企業のパーパス(存在意義)やビジネスモデル、中長期事業戦略の中核的な内容として結びつけて説明されているか

2 定量的なKPIとインパクトの可視化
マテリアリティに対して定量的なKPIが設定されているか、社会や環境に対するアウトカム(成果)やインパクト(貨幣価値への換算など)が可視化されているか

3 経営陣のコミットメントとガバナンス
サステナビリティ指標を役員報酬に組み込むなど、マテリアリティの解決に向けた経営陣のインセンティブ設計や、実効性の期待できるガバナンス体制が伴っているか

本調査結果の11ページ以降には「マテリアリティを重視したサステナビリティ開示において企業に充実してほしい内容や企業と対話していてギャップを感じる事項など」も紹介されている。投資家に評価されるマテリアリティ設定と統合報告書などの開示を充実させるうえでの参考としたい。

2026/03/23 第三次改訂CGコードにおける「解釈指針」の位置付け

コーポレートガバナンス・コード(CGコード)の第三次改訂を進めている金融庁の「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」(有識者会議)は、2026年2月26日に第2回会合を開催して以来、本日(3月23日)に至るまで、第3回会合の開催に関するアナウンスをしていない。第1回・第2回会合の開催はいずれも開催日の1週間前にはアナウンスされていることを踏まえると、第3回会合の開催は4月にずれ込む可能性が高い。第2回会合で改訂案は示されたものの、上場企業にとっては、一日も早い確定版の公表が待たれるところだ。

今回の改訂への対応において企業を悩ませることになりそうなのが、「解釈指針」の捉え方だろう。多くの原則・補充原則が「スリム化」という名目でカットされた一方で、それらの記載の相当部分が解釈指針に「移管」されている。そこで、各原則をコンプライするためには、各原則の本文のみならず解釈指針にも沿っている必要があるのか、逆に言えば、解釈指針に沿っていなければエクスプレインする必要があるのか、という疑問が生じる。

当初の有識者会議では、解釈指針は・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2026/03/23 第三次改訂CGコードにおける「解釈指針」の位置付け(会員限定)

コーポレートガバナンス・コード(CGコード)の第三次改訂を進めている金融庁の「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」(有識者会議)は、2026年2月26日に第2回会合を開催して以来、本日(3月23日)に至るまで、第3回会合の開催に関するアナウンスをしていない。第1回・第2回会合の開催はいずれも開催日の1週間前にはアナウンスされていることを踏まえると、第3回会合の開催は4月にずれ込む可能性が高い。第2回会合で改訂案は示されたものの、上場企業にとっては、一日も早い確定版の公表が待たれるところだ。

今回の改訂への対応において企業を悩ませることになりそうなのが、「解釈指針」の捉え方だろう。多くの原則・補充原則が「スリム化」という名目でカットされた一方で、それらの記載の相当部分が解釈指針に「移管」されている。そこで、各原則をコンプライするためには、各原則の本文のみならず解釈指針にも沿っている必要があるのか、逆に言えば、解釈指針に沿っていなければエクスプレインする必要があるのか、という疑問が生じる。

当初の有識者会議では、解釈指針は「考え方」と呼ばれており、以下のように説明されていた(第1回有識者会議の事務局資料11ページ参照)。

現行実務等に照らし、コンプライ・オア・エクスプレインの規律の対象とするよりも、他の原則等の補助的な位置づけとしつつ、より実質的な対応を促進することが適切と考えられる箇所については、原則の「考え方」を新設した上で記載する

この説明からは、「考え方」は①「コンプライ・オア・エクスプレインの規律の対象」ではないこと、②「より実質的な対応を促進」するための「補助的な位置づけ」であることが読み取れる。このコンセプトは第2回会合でも維持されたが、呼称は「考え方」から「解釈指針」に変更されている(第2回有識者会議の事務局資料6ページ参照)。これは、第1回会合で「軽い」との批判があったことを受けたものだ。

また、第2回会合に提出されたCGコード改訂案の序文(3ページ5行目~)には、解釈指針についての詳細な説明が盛り込まれている。上記第1回事務局資料を踏襲して「コンプライ・オア・エクスプレインの対象ではない」「実質的な対応を支援する役割」としつつも、「原則と一体」「本コードの一部」であることを示したうえで、各原則に対応する際には解釈指針を「参照することが考えられる」旨が追加された。

本コードの全ての基本原則及び一部の原則には「解釈指針」が示されている。これらの「解釈指針」は、コンプライ・オア・エクスプレインの対象ではないが、各原則についての実質的な対応を支援する役割を担うものであり、当該原則の背景となる考え方、目的のほか、当該原則を履行するための最良の手法(いわゆるベストプラクティス)や優れた手法(いわゆるグッドプラクティス)の一つと考えられる方策も含まれる。解釈指針はこのような意味で原則と一体であり、本コードの一部をなすものである。本コードの各原則への対応を行う際には、「解釈指針」において示されたこれらの内容も参照することが考えられるが、各原則の趣旨・精神に沿った対応がなされる限りにおいて、その具体的な実現手法は各企業に委ねられる。

さらに、『企業の実質的な対応を促すための「プリンシプル化」・「スリム化」』との見出しが付された「プリンシプル化・スリム化」の趣旨を説明する段落の中では、解釈指針に移管された記載について、「その重要性が失われたと考えることは適切ではなく」としたうえで、各原則への対応の実質化に取り組むことを期待している(序文の後段3ページ32行目~)。また、第1回有識者会議の事務局資料では「スリム化/プリンシプル化」と表記され、「スリム化」が先に置かれていたが、第2回の事務局資料では「プリンシプル化・スリム化」と後ろに置かれており、「スリム化」がトーンダウンした印象もある。

当該改訂においてコンプライ・オア・エクスプレインの対象から外れ「解釈指針」に移管された記載や本コードから削除された記載について、当該改訂後にはその重要性が失われたと考えることは適切ではなく、会社は、このようなプリンシプル化・スリム化の趣旨を十分に理解した上で、本コードの各原則への対応の実質化に取り組むことが期待される。

以上を踏まえると、原則の本文のみでコンプライ・オア・エクスプレインを判断することは「形式的なコード対応」と評価されるリスクがある。CGコードは原則主義(プリンシプルベース・アプローチ)を採用している以上、金融庁・東証が解釈指針を踏まえた判断を企業に強制することはないだろうが、パブリックコメントへの回答等で「望ましい」「適切と考えられる」といったスタンスを示すことは十分考えられる。上場企業としては、コンプライ・オア・エクスプレインの判断にあたり、どこまで解釈指針を考慮するかを検討する必要があろう。


原則主義(プリンシプルベース・アプローチ) : 大まかな原理・原則だけを定め、細かな運用は現場の判断に任せるという規制方法のこと。プリンシプルベース・アプローチ とも呼ばれる。プリンシプルベース(原則主義)の反意語は「ルールベース(細則主義)」である。

例えば、改訂案の原則1-2(株主総会における権利行使)では、有価証券報告書について「株主総会開催日前に提出するなど株主総会において株主が適切な判断を行うことに資すると考えられる情報を必要に応じ適確に提供する」ことを求めている。原則の本文のみでコンプライ・オア・エクスプレインを判断するのであれば、株主総会の前日の提出でもコンプライとなる。一方、解釈指針には「本来、株主総会開催日の3週間以上前に提出されることが最も望ましい」とある。総会前の提出であっても、3週間以上前でなければエクスプレインなのか、3週間以上前の提出に向けた検討や取組みが伴っていればコンプライなのか、あるいは提出時期には一切触れずにコンプライとするのか、上場企業は難しい判断を迫られることになりそうだ。

2026/03/19 日本企業の役員報酬開示は「一番大事なところ」が抜けている(会員限定)

日本企業の役員報酬が大きく変わりつつある。株式報酬、すなわち譲渡制限付株式やストックオプションといった「自社の株価」と連動する報酬が、報酬パッケージの中核を占めるようになった。その背景には、グローバル人材の獲得競争やガバナンス改革の深化がある。その結果、現在の日本の株式市場には、旧来の報酬水準を維持する企業から欧米並みの高水準とした企業まで、多様な報酬水準の企業が併存するうえに、報酬設計も、一定期間在任すればあらかじめ決められた数の株式を受け取れる固定型の譲渡制限付株式から、株価の値上がり益(キャピタルゲイン)と配当を合わせた株主総利回り(TSR)の達成度に応じて受け取る株式数が増減するパフォーマンス・シェアまで多岐にわたっており、複雑性は年々増している。


パフォーマンス・シェア : 一定期間(以下、業績等評価期間)における「業績」や「株価」によって交付する株式数が変動するタイプの株式報酬のこと。業績評価期間の最初に株式を交付するものは単に「パフォーマンス・シェア(通称:PS)」と呼ばれるが、まずポイント(ユニット=単位)を付与し、業績等評価期間終了後に評価の結果に応じてポイント数を変動させ、当該ポイントに応じた株式を交付するのが「パフォーマンス・シェア・ユニット(通称:PSU)」である。業績や株価条件のある株式交付信託は、パフォーマンス・シェア・ユニットに区分される。

ところが、ここにきて企業と投資家の間に深刻なすれ違いが見られ始めている。いまや報酬の中核を占める株式報酬についての情報開示が最も足りていないのである。

まず、株式報酬の価値を正しく理解するために、「3つの異なる測定の次元(ディメンション)」について説明しよう。

第一は「付与価値」(Grant Value)である。これは、会社が報酬委員会等で「この経営者にいくら分の株式報酬を渡す」と決めた時点の価値を指す。いわば報酬の設計意図(会社がその経営者にどの程度の成果創出を期待し、それに見合うインセンティブをどのように設計したのが)を示す数字だ。

第二は「会計コスト」(Accounting Cost)である。これは、付与された株式報酬を会計基準に従って費用計上した金額を指す。上記「付与価値」とは異なり、同じ報酬スキームでも、会計基準が違えば金額は変わり得るし、報酬額の全額を付与時に一括して費用計上するか、数年に分けて費用計上するかによっても、各年度に表示される金額は変わる。

第三は「受領価値」(Realized Value)である。これは、株式報酬を受け取る権利が確定した時点、あるいはストックオプションを行使した時点で経営者が手にした価値である。株価変動や業績条件の達成度によって、付与時の想定とは大きく乖離することも珍しくない。

この3つはそれぞれ示している内容が異なり、どれか1つだけで報酬の全体像を伝えることはできない。米国や英国ではこの3つすべてが制度的に開示されている。しかし、日本で開示されているのは、ほぼ「会計コスト」だけである。上記のとおり、この数字は会計基準(日本基準・米国基準・IFRS)や付与方法の違いによって変わり得るため、企業間比較が歪みやすい。さらに問題なのは、投資家やメディアがこの会計コストを「経営者が実際に受け取った報酬額」と捉えたうえで分析を加えがちなことである。付与価値も受領価値も開示されていない以上、投資家やメディアが会計コストを経営者の実際の受取額だと誤解してしまうのも無理はない。

そして、この問題は、有価証券報告書を株主総会前に提出する「有報の総会前開示」の着実な広がりとともに顕在化している(有報の総会前開示の動向については、2026年3月5日のニュース「有報の総会前開示、2026年は8割超えへ 金融庁調査と制度改正が後押し」参照)。機関投資家や議決権行使助言会社が、有報に掲載された役員報酬の開示情報を議案の賛否を判断する材料として使用する場面が増えたからだ。開示情報の質と深度が、総会での支持率に直結する時代に入りつつあるのである。

会計コスト偏重の開示は、企業と投資家の間に不本意な認識のズレを生むことになりかねない。例えば、業績や株価の悪化で実際には報酬を受け取っていないにもかかわらず、(会計上は)多額の報酬が計上されているように見えてしまう。また、経営者の報酬に占める株式報酬の比重を大幅に高めても、その年の会計上の費用としては一部しか計上されなければ、経営者の報酬を株主価値と強く連動させようとする企業の姿勢が、開示上は実際より弱く見えてしまう。

こうした認識のズレは現行の開示制度に起因しているが、制度改正を待たずとも、企業は自発的に付与価値・受領価値・保有状況の開示を充実させることができる。有報の報酬方針欄や株主総会招集通知において、これらを多角的に示す企業は、グローバル投資家との対話で明確な競争優位を得るだろう。「最も重要なのに最も見えない」という矛盾を解消する第一歩は、制度の変更ではなく、企業自身の意思にある。

2026/03/19 日本企業の役員報酬開示は「一番大事なところ」が抜けている

日本企業の役員報酬が大きく変わりつつある。株式報酬、すなわち譲渡制限付株式やストックオプションといった「自社の株価」と連動する報酬が、報酬パッケージの中核を占めるようになった。その背景には、グローバル人材の獲得競争やガバナンス改革の深化がある。その結果、現在の日本の株式市場には、旧来の報酬水準を維持する企業から欧米並みの高水準とした企業まで、多様な報酬水準の企業が併存するうえに、報酬設計も、一定期間在任すればあらかじめ決められた数の株式を受け取れる固定型の譲渡制限付株式から、株価の値上がり益(キャピタルゲイン)と配当を合わせた株主総利回り(TSR)の達成度に応じて受け取る株式数が増減するパフォーマンス・シェアまで多岐にわたっており、複雑性は年々増している。


パフォーマンス・シェア : 一定期間(以下、業績等評価期間)における「業績」や「株価」によって交付する株式数が変動するタイプの株式報酬のこと。業績評価期間の最初に株式を交付するものは単に「パフォーマンス・シェア(通称:PS)」と呼ばれるが、まずポイント(ユニット=単位)を付与し、業績等評価期間終了後に評価の結果に応じてポイント数を変動させ、当該ポイントに応じた株式を交付するのが「パフォーマンス・シェア・ユニット(通称:PSU)」である。業績や株価条件のある株式交付信託は、パフォーマンス・シェア・ユニットに区分される。

ところが、ここにきて企業と投資家の間に深刻なすれ違いが見られ始めている。・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2026/03/18 平均時価総額の開示はすべてのプライム上場企業が対象

既報のとおり、金融庁は2026年2月20日に改正開示府令の確定版を公表し、2026年3月期に係る有価証券報告書(有報)から適用を開始する(2026年2月25日のニュース『AI活用時代の「人材戦略」開示への意見相次ぐ 2026年3月期から人的資本開示が大幅拡充』参照)。今回の改正の目玉は、「従業員の平均給与の対前年比増減率」の開示義務化など人的資本開示の見直しだろう。この人的資本開示の見直しはすべての上場企業に適用される一方、当面は適用対象が限定されるのが、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報の開示だ。


SSBJ基準 : SSBJ(Sustainability Standards Board of Japan=サステナビリティ基準委員会)が策定するサステナビリティ開示基準。SSBJ基準は、企業に共通して求められる基本的な開示事項を定める「一般基準」と、気候関連など個別テーマごとの具体的な開示事項を定める「テーマ別基準」に分かれている。一般基準では、企業のサステナビリティ情報を「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標・目標」の4要素で開示する構造を採用しており、このうち「戦略」は企業の中長期的な方針や取組の方向性を示すもの、「指標・目標」はその進捗や成果を測る具体的な数値や達成水準を示すものである。

SSBJ基準は「時価総額」に応じて段階的に適用される。今回の改正でSSBJ基準に基づく開示義務化の対象は、プライム市場に上場する「平均時価総額(過去5年間の期末時価総額の平均)」が1兆円以上の企業に限定されている。平均時価総額1兆円未満5,000億円以上の企業については、2026年1月に開催された金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ報告」(3ページ上から2行目)において、「2029年3月期」からという基本方針が示されているものの、今回の改正では義務化は確定してない。また、平均時価総額5,000億円未満の企業については、適用時期はもとより、義務化するか否かさえ方針が示されていない。この点について金融庁は、「企業の開示状況や投資家のニーズ等を踏まえて引き続き検討していく」としている。

ここで気になるのは、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2026/03/18 平均時価総額の開示はすべてのプライム上場企業が対象(会員限定)

既報のとおり、金融庁は2026年2月20日に改正開示府令の確定版を公表し、2026年3月期に係る有価証券報告書(有報)から適用を開始する(2026年2月25日のニュース『AI活用時代の「人材戦略」開示への意見相次ぐ 2026年3月期から人的資本開示が大幅拡充』参照)。今回の改正の目玉は、「従業員の平均給与の対前年比増減率」の開示義務化など人的資本開示の見直しだろう。この人的資本開示の見直しはすべての上場企業に適用される一方、当面は適用対象が限定されるのが、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報の開示だ。


SSBJ基準 : SSBJ(Sustainability Standards Board of Japan=サステナビリティ基準委員会)が策定するサステナビリティ開示基準。SSBJ基準は、企業に共通して求められる基本的な開示事項を定める「一般基準」と、気候関連など個別テーマごとの具体的な開示事項を定める「テーマ別基準」に分かれている。一般基準では、企業のサステナビリティ情報を「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標・目標」の4要素で開示する構造を採用しており、このうち「戦略」は企業の中長期的な方針や取組の方向性を示すもの、「指標・目標」はその進捗や成果を測る具体的な数値や達成水準を示すものである。

SSBJ基準は「時価総額」に応じて段階的に適用される。今回の改正でSSBJ基準に基づく開示義務化の対象は、プライム市場に上場する「平均時価総額(過去5年間の期末時価総額の平均)」が1兆円以上の企業に限定されている。平均時価総額1兆円未満5,000億円以上の企業については、2026年1月に開催された金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ報告」(3ページ上から2行目)において、「2029年3月期」からという基本方針が示されているものの、今回の改正では義務化は確定してない。また、平均時価総額5,000億円未満の企業については、適用時期はもとより、義務化するか否かさえ方針が示されていない。この点について金融庁は、「企業の開示状況や投資家のニーズ等を踏まえて引き続き検討していく」としている。

ここで気になるのは、たとえ時価総額が明らかに1兆円に届かない企業であっても、プライム市場に上場している限り、今後時価総額が上昇すれば義務化の対象になり得る以上、平均時価総額の開示が求められるのか、ということだ。この点、平均時価総額1兆円以上の企業にSSBJ基準が強制適用される2028年3月期から、時価総額を問わず「すべて」のプライム上場企業は、平均時価総額の開示が求められるとのことだ。

具体的には、有報の「主要な経営指標等の推移」の注記に、「前5事業年度」の各末日の時価総額」および「その平均値」を記載する必要がある。例えば、2027年3月期におけるSSBJ基準の適用有無を判断する場合には、下表のとおり、2022年3月期から2026年3月期の各末日の時価総額の平均値を用いることになる。

(注)普通株式の時価総額=3月末終値(@株価)×期末日時点の発行済株式総数(自己株式を含む)
※種類株式がある場合(
普通株式の時価総額+3月末終値(@種類株株価)×期末時点の発行済種類株式総数
決算期 2022/3 2023/3 2024/3 2025/3 2026/3 平均時価総額
時価総額(注) 100 110 120 130 140 (100+110+120+130+140)/5=120
種類株式を上場している企業はごく少数のため、他社は無視してよい。

今回の改正では、仮にSSBJ基準の適用対象になったとしても企業の負担が過度に重くならないよう、配慮の跡がみられる。まず挙げられるのが、最初からすべての情報を開示できなくても、2回に分けて開示すればよいとする「二段階開示」だ。二段階開示については、二段階目で「訂正報告書」を媒体とする(一段階目は有報)ことへの抵抗感が企業側から示されていたが、金融庁は、「二段階開示は制度上の根拠を有する措置であり、「訂正」という名称にネガティブな印象を持つ必要はない」との見解を示している。

一段階目(有報)の開示後に発生したサステナビリティ情報に関する後発事象については、取締役会等による二段階目の訂正報告書の公表承認の日までの分を反映させる必要があるが、この場合でも財務諸表の訂正は要求されない。

また、サステナビリティ情報には見積もり値が多いが、前事業年度の有報に記載した見積り値の「確定値」が判明した場合、半期報告書においてその差異を開示することができる(義務ではない)。この取扱いは、有報の『サステナビリティに関する考え方及び取組』欄のみならず、例えば、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報のうち人的資本に関する情報を『従業員の状況等』欄に記載する場合にも適用される。

さらに、不確実な情報開示に伴う虚偽記載責任を免責するセーフハーバー・ルールも設けられている。免責を受けるためには、「開示された将来情報等が事後的に異なるものとなる可能性がある旨、およびその要因」を記載する必要がある。


セーフハーバー・ルール : 予測困難な責任を回避するために企業の行動が委縮することがないよう、違法ないし違反にならない範囲を明確化すること。セーフハーバーとは「安全な港」という意味であり、セーフハーバー・ルールという言葉は、船が安全な港にいる限り海難を避けられることに由来する。

企業が特に虚偽記載責任を負わされるリスクを感じているのが、第三者から取得する情報であるScope3の定量情報だ。そこで、Scope3定量情報の誤りが事後的に発覚した場合でも、推論過程や社内手続が「一般的に合理的と認められる範囲」で具体的に記載されていれば、虚偽記載等の責任を負わないとの解釈が「企業内容等開示ガイドライン(企業内容等の開示に関する留意事項について)」5-16-2で明確化された。ただし、本ガイドラインは裁判所の判断を直接拘束するものではないため、最終的な民事・刑事責任の有無は司法判断に委ねられる。


Scope3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。

以上のとおり、SSBJ基準が適用される上場企業は当面は限定されるが、投資家がサステナビリティ開示を求めるトレンドは変わるわけではない。SSBJ基準の適用が義務化されない上場企業の間でSSBJ基準に基づくフル開示(任意開示)が広がる可能性は低いものの、投資家ニーズに応じた“部分的な自主開示”の動きは一定程度出てくるだろう。

2026/03/17 改訂CGコードが取締役の個人評価を念頭に 上場会社の対応は?

年度末となり、3月決算の上場会社においては、「取締役会の実効性評価」を実施する時期を迎えている。典型的なスケジュールは、2・3月に全取締役を対象に自己評価アンケートを実施し、必要に応じて個別のヒアリングを行ったうえで、4・5月に取締役会事務局がその集計・分析結果を取締役会に報告し、取締役会における討議を踏まえて、次年度に向けた課題を設定する、というものだろう。取締役会の実効性評価は毎年の取り組みであり、年を追うごとに実施方法や評価内容の見直し・改善が重ねられてきたものとみられる。こうした中で、近年重要な論点となっているのが、取締役会全体に加えて「取締役個人」を対象とした実効性評価だ。

現行コーポレートガバナンス・コード補充原則4-11③は、「取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである」と規定している。ここでいう「各取締役の自己評価」の対象は、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2026/03/17 改訂CGコードが取締役の個人評価を念頭に 上場会社の対応は?(会員限定)

年度末となり、3月決算の上場会社においては、「取締役会の実効性評価」を実施する時期を迎えている。典型的なスケジュールは、2・3月に全取締役を対象に自己評価アンケートを実施し、必要に応じて個別のヒアリングを行ったうえで、4・5月に取締役会事務局がその集計・分析結果を取締役会に報告し、取締役会における討議を踏まえて、次年度に向けた課題を設定する、というものだろう。取締役会の実効性評価は毎年の取り組みであり、年を追うごとに実施方法や評価内容の見直し・改善が重ねられてきたものとみられる。こうした中で、近年重要な論点となっているのが、取締役会全体に加えて「取締役個人」を対象とした実効性評価だ。

現行コーポレートガバナンス・コード補充原則4-11③は、「取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである」と規定している。ここでいう「各取締役の自己評価」の対象は、あくまでも「取締役会全体の実効性」と理解されている。金融庁のコーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議が2026年2月26日に公表した第三次改訂案では、現行補充原則4-11③の内容は改訂原則4-12(3)に引き継がれているが、その解釈指針の「例えば、まずは各取締役が自ら及び取締役会全体についての評価を行うことが考えられる」との記述(23ページ14行目~)からは、「自ら」すなわち取締役自身を対象とした評価を念頭に置いていることが読み取れる。

当フォーラムでは、TOPIX100採用銘柄における取締役会実効性評価に関するコーポレートガバナンス報告書の開示内容(参照先の記載を含む)を毎年調査しているが(直近では2025年4月18日のニュース「取締役の個人評価、試験的な実施の検討段階へ」参照)、2025年末時点の開示についても調査したところ、実質的に取締役の個人評価を行っていると評価できる事例(アンケート項目に「自身の取組み」「取締役個人の貢献」などがある、あるいは「相互評価」「ピア・レビュー」といった手法の実施が記載されている、など)は、2023年の8社、2024年の19社から引き続き増加し、2025年末時点では28社あった。下表は、先進的な事例と評価できる3社の記載である。


ピア・レビュー : 立場や職種が同じ(または近い)者同士(peer=同僚)の間で行われる業務や成果物の評価・検証。

第一三共 今般、第三者機関による2024年度 取締役会評価を実施いたしました。全ての取締役及び監査役を対象にアンケート、インタビューを実施し、分析・評価を行っております。第三者機関がインタビューを実施することにより、透明性・客観性を確保しております。本年度は併せて社外取締役ピア・レビューを実施しております。社外取締役5名を対象に、社外取締役一人一人が期待される役割を果たしているのか、全ての取締役、監査役、一部の執行役員にインタビューを実施し、その内容を社外取締役へフィードバックしています。
アステラス製薬 2024年度における取締役会の実効性分析・評価は、外部の評価機関を活用し、取締役全員を対象とした自己評価アンケート及びインタビューに基づく第三者評価を実施しました。それらの調査結果を踏まえた分析結果を取締役会メンバーで議論を行い、最終的な評価を行いました。また、アンケートを通じた取締役同士の相互の個人フィードバックも行いました。
富士通 2024年度の評価は、2023年度と同様に、取締役会メンバーを回答者とする5段階評価のアンケートを実施しました。また、アンケート回答に基づくインタビューを回答者ごとに実施することで、定量的な評点や自由記入コメントのみでは読み取れない個々の回答者の課題意識や前述の新たな取り組みへのフィードバックなどを的確に把握し、意義のある対応を検討する起点となる定性的な分析ができるよう工夫しました。アンケート項目は、取締役会議長に対する評価及び取締役会メンバー自身による自己評価も含めたものとし、議題、資料、情報共有インフラ、会議運営に係る項目を設定しました。

上記の事例のうち第一三共とアステラス製薬は、それぞれ「第三者機関」「外部の評価機関」を起用して実施したことを明らかにしている。ピア・レビューや相互評価を取り入れた個人評価は、取締役同士がお互いを評価対象とするため、慎重な運用を要する。忌憚のない評価を引き出したうえで、それに対する納得感を確保しつつ、不必要な人間関係の摩擦を避ける観点からは、外部機関(コンサルティング会社など)を関与させる意義はある。

TOPIX100採用銘柄を対象とした当フォーラムの調査によると、2025年末時点で外部機関の起用を開示しているのは58社で、2023年の50社、2024年の53社からコンスタントに増加している。今回のCGコード第三次改訂案では、取締役会実効性評価における外部機関の活用には触れていないものの、個人評価を念頭に置いた記述が加わったことを踏まえれば、今後、上場会社の間で外部機関の活用を検討する動きが一段と広がる可能性があろう。