既報のとおり、金融庁は2026年2月20日に改正開示府令の確定版を公表し、2026年3月期に係る有価証券報告書(有報)から適用を開始する(2026年2月25日のニュース『AI活用時代の「人材戦略」開示への意見相次ぐ 2026年3月期から人的資本開示が大幅拡充』参照)。今回の改正の目玉は、「従業員の平均給与の対前年比増減率」の開示義務化など人的資本開示の見直しだろう。この人的資本開示の見直しはすべての上場企業に適用される一方、当面は適用対象が限定されるのが、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報の開示だ。
SSBJ基準 : SSBJ(Sustainability Standards Board of Japan=サステナビリティ基準委員会)が策定するサステナビリティ開示基準。SSBJ基準は、企業に共通して求められる基本的な開示事項を定める「一般基準」と、気候関連など個別テーマごとの具体的な開示事項を定める「テーマ別基準」に分かれている。一般基準では、企業のサステナビリティ情報を「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標・目標」の4要素で開示する構造を採用しており、このうち「戦略」は企業の中長期的な方針や取組の方向性を示すもの、「指標・目標」はその進捗や成果を測る具体的な数値や達成水準を示すものである。
SSBJ基準は「時価総額」に応じて段階的に適用される。今回の改正でSSBJ基準に基づく開示義務化の対象は、プライム市場に上場する「平均時価総額(過去5年間の期末時価総額の平均)」が1兆円以上の企業に限定されている。平均時価総額1兆円未満5,000億円以上の企業については、2026年1月に開催された金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ報告」(3ページ上から2行目)において、「2029年3月期」からという基本方針が示されているものの、今回の改正では義務化は確定してない。また、平均時価総額5,000億円未満の企業については、適用時期はもとより、義務化するか否かさえ方針が示されていない。この点について金融庁は、「企業の開示状況や投資家のニーズ等を踏まえて引き続き検討していく」としている。
ここで気になるのは、たとえ時価総額が明らかに1兆円に届かない企業であっても、プライム市場に上場している限り、今後時価総額が上昇すれば義務化の対象になり得る以上、平均時価総額の開示が求められるのか、ということだ。この点、平均時価総額1兆円以上の企業にSSBJ基準が強制適用される2028年3月期から、時価総額を問わず「すべて」のプライム上場企業は、平均時価総額の開示が求められるとのことだ。
具体的には、有報の「主要な経営指標等の推移」の注記に、「前5事業年度」の各末日の時価総額」および「その平均値」を記載する必要がある。例えば、2027年3月期におけるSSBJ基準の適用有無を判断する場合には、下表のとおり、2022年3月期から2026年3月期の各末日の時価総額の平均値を用いることになる。
(注)普通株式の時価総額=3月末終値(@株価)×期末日時点の発行済株式総数(自己株式を含む)
※種類株式がある場合(*)
普通株式の時価総額+3月末終値(@種類株株価)×期末時点の発行済種類株式総数
| 決算期 |
2022/3 |
2023/3 |
2024/3 |
2025/3 |
2026/3 |
平均時価総額 |
| 時価総額(注) |
100 |
110 |
120 |
130 |
140 |
(100+110+120+130+140)/5=120 |
* 種類株式を上場している企業はごく少数のため、他社は無視してよい。
今回の改正では、仮にSSBJ基準の適用対象になったとしても企業の負担が過度に重くならないよう、配慮の跡がみられる。まず挙げられるのが、最初からすべての情報を開示できなくても、2回に分けて開示すればよいとする「二段階開示」だ。二段階開示については、二段階目で「訂正報告書」を媒体とする(一段階目は有報)ことへの抵抗感が企業側から示されていたが、金融庁は、「二段階開示は制度上の根拠を有する措置であり、「訂正」という名称にネガティブな印象を持つ必要はない」との見解を示している。
一段階目(有報)の開示後に発生したサステナビリティ情報に関する後発事象については、取締役会等による二段階目の訂正報告書の公表承認の日までの分を反映させる必要があるが、この場合でも財務諸表の訂正は要求されない。
また、サステナビリティ情報には見積もり値が多いが、前事業年度の有報に記載した見積り値の「確定値」が判明した場合、半期報告書においてその差異を開示することができる(義務ではない)。この取扱いは、有報の『サステナビリティに関する考え方及び取組』欄のみならず、例えば、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報のうち人的資本に関する情報を『従業員の状況等』欄に記載する場合にも適用される。
さらに、不確実な情報開示に伴う虚偽記載責任を免責するセーフハーバー・ルールも設けられている。免責を受けるためには、「開示された将来情報等が事後的に異なるものとなる可能性がある旨、およびその要因」を記載する必要がある。
セーフハーバー・ルール : 予測困難な責任を回避するために企業の行動が委縮することがないよう、違法ないし違反にならない範囲を明確化すること。セーフハーバーとは「安全な港」という意味であり、セーフハーバー・ルールという言葉は、船が安全な港にいる限り海難を避けられることに由来する。
企業が特に虚偽記載責任を負わされるリスクを感じているのが、第三者から取得する情報であるScope3の定量情報だ。そこで、Scope3定量情報の誤りが事後的に発覚した場合でも、推論過程や社内手続が「一般的に合理的と認められる範囲」で具体的に記載されていれば、虚偽記載等の責任を負わないとの解釈が「企業内容等開示ガイドライン(企業内容等の開示に関する留意事項について)」5-16-2で明確化された。ただし、本ガイドラインは裁判所の判断を直接拘束するものではないため、最終的な民事・刑事責任の有無は司法判断に委ねられる。
Scope3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。
以上のとおり、SSBJ基準が適用される上場企業は当面は限定されるが、投資家がサステナビリティ開示を求めるトレンドは変わるわけではない。SSBJ基準の適用が義務化されない上場企業の間でSSBJ基準に基づくフル開示(任意開示)が広がる可能性は低いものの、投資家ニーズに応じた“部分的な自主開示”の動きは一定程度出てくるだろう。