2015/01/13 共同開発のパートナーである中小企業の知財リスク低減を(会員限定)

 光る技術を持っていたり、有望な研究を進めていたりする中小・ベンチャー企業などと共同で研究開発を行うことにより、革新的な研究成果、製品開発につなげようとする上場企業は少なくない。また、そこまでは行かなくても、上場企業の製品の部品の1つを中小企業が生産しているケースは珍しくない。

 大企業にはない斬新な発想を持つ中小・ベンチャー企業との連携は自社にイノベーションをもたらしてくれる可能性がある一方で、注意しなければならないのが、知的財産の保護や情報の秘匿化だ。

 大企業に比べると発明などが生まれる件数は圧倒的に少ない中小・ベンチャー企業では、知的財産の保護や情報の秘匿化が適切に行われていないことがある。このため、一緒に研究開発を行ってきたところ、知的財産の権利化・権利処理ができておらずライセンス時に揉めた、あるいは競合他社に技術情報が盗まれ類似商品が出回るといったトラブルが起こりやすい。そもそも、企業内で生まれた発明を特許化するか、あるいは秘匿化するか、いずれの手法がより大きな利益を自社にもたらすかを決定するいわゆるオープン・クローズ戦略は、非常に高度な判断が求められるため、知財戦略に関するノウハウの蓄積が不十分な中小企業では対応が困難な場合が少なくない(オープン・クローズ戦略の詳細は2014年11月28日のニュース「日本企業のシェアが途上国企業に奪われた本当の理由」参照)。

 こうした中、特許庁は来月2日(2015年2月2日)、こうした中小企業の悩みに対応するべく「営業秘密・知財戦略相談窓口」を開設する。特許庁が設ける相談窓口は、従来から全国57箇所で特許の出願や侵害に関する相談を受け付けていた「知財総合支援窓口」と連携し、各地で相談に乗ってくれるという。上述のオープン・クローズ戦略に限らず、営業秘密の管理手法・システム、営業秘密流出等の有事対応など、知財に関するものであれば網羅的に相談することが可能。さらに、有事の相談については適宜、警察庁・都道府県警への連絡も行なうほか、事案によっては、企業OBや弁護士・弁理士などの専門化が相談に応じることもあるという。

 パートナーである中小企業の知財戦略が整備されれば、大企業にとってもリスク低減になり、その結果、共同開発(オープンイノベーション)も促進されるというメリットがある。共同開発者である中小・ベンチャー企業にはこの相談窓口の存在を勧めておくといいだろう。

 なお、相談窓口は、中小企業だけでなく大企業も利用可能。自社の発明による利益の最大化のため、賢く利用したいところだ。

2015/01/11 チェックリスト:買収防衛策の導入(継続)議案に、より多くの賛成票を得たい(会員限定)

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■チェックリスト:買収防衛策の導入(継続)議案に、より多くの賛成票を得たい

チェック事項 備考 対応未了 対応済
買収防衛策の導入(継続)時に、株主総会における宣言的決議で少なくとも過半数の賛同を得たか。 賛同を得られなかった場合には、買収防衛策を発動したとしても、裁判所により新株予約権の発行などが差し止められる可能性がある。
議決権行使助言会社・ISSが設ける買収防衛策への賛成推奨基準を満たしているか。 取締役会に占める独立社外取締役の比率などを設けている(詳細は本文参照)。
自社の株価はTOPIXと比較してどの程度のパフォーマンスを上げているか確認したか。 株価パフォーマンスがTOPIXを大きく下回る状況で買収防衛の継続議案を株主総会に諮ったところ、否決された事例がある。
買収防衛策の導入(継続)議案を株主総会に諮る際には、株主利益を実現する中期経営計画を策定し、株主に丁寧に説明しているか。 中期経営計画を詳細に説明し、その中で「ROE10%以上」にコミットした会社の買収防衛策の継続議案に対し、外国人投資家の少なくとも半数超が賛成した事例がある。
買収防衛策の導入(継続)議案を株主総会に諮る際には、独立社外取締役の増員を検討したか。 取締役会のメンバーは6人のうち4人が独立性の高い社外取締役で占められていた会社の買収防衛策の継続議案に対し、外国人投資家の少なくとも3分の2超が賛成した事例がある。

ケーススタディ役員実務「買収防衛策の導入(継続)議案に、より多くの賛成票を得たい(会員限定)」はこちら

2015/01/11 【機関投資家対応】買収防衛策の導入(継続)議案に、より多くの賛成票を得たい(会員限定)

 

「濫用的な買収行為」でなければ買収の成否は資本市場に委ねられる

敵対的な買収行為の成立を阻止するための防衛策、いわゆる「買収防衛策」は、敵対的買収が活発な米国で、1980年代以降に様々なものが開発されました。代表的な買収防衛策としては下表のようなものがあります。

買収防衛策
の名称
内 容
ゴールデン・
パラシュート
敵対的買収者により解任されたり、退任に追い込まれたりした経営陣に対し、巨額の割増退職金を支払う手法。割増退職金の支払いにより、被買収企業に巨額の損失を計上することで、敵対的買収者の買収意欲を削ぐことを狙いとする。
スタッガード
・ボード
(期差任期制度)
取締役を複数のグループに分け、各グループごとに取締役の改選時期をずらす手法。改選時期をずらせば、敵対的買収を受けても、一度に全取締役を交替させられなくなる。敵対的買収者に直ちに経営権を握らせないようにすることを狙いとする。スタッガード(staggered)とは「食い違い状態」を意味する。
ライツプラン
(ポイズンピル
=毒薬条項)
「敵対的買収者が被買収企業の株式(議決権)の一定割合を取得した場合には、既存の株主は時価より安い価格で新株を購入できる」という権利をあらかじめ既存の株主に与えておく手法。この手法に基づき新株が発行されれば、敵対的買収者の持株比率は低下するとともに、(株式数が増えることで)1株当たりの株価も安くなる。この結果、株式数の変わらない敵対的買収者は大きな損失を被ることになる。

これらの買収防衛策のうち、最も活用されているのが「ライツプラン」です。ライツプランという名称は、新株を購入する「権利(ライツ)」から来ています。また、毒薬が回って体が弱るようなイメージがあることから、「ポイズンピル(毒薬条項)」とも呼ばれます。

従来、日本企業における買収防衛策としては、金融機関による株式保有や取引先との株式持合いによって敵対的買収者に重要な議決権比率を握らせないという“安定株主工作”が行われてきました。

しかし、株式の持合い解消が進展するのとともに近年普及したのが、「事前警告型ライツプラン」と呼ばれる買収防衛策です。

事前警告型ライツプランの基本的な流れは、(1)一定割合以上の株式取得を狙う敵対的な買収者に対し、事前に設定した「猶予期間」中に、買収者自身や買収提案の内容など詳細な情報の提供を要求する、(2)社外役員や有識者などから構成される独立委員会が買収提案を精査する、(3)独立委員会の勧告を踏まえて、取締役会が賛成/反対の対応を決定する―――となっています。

このプロセスに則って、(1)において情報に不備・不足がある場合(すなわち、独立委員会が買収提案を精査できない状態)や、(2)において買収提案が不適当()と判断された場合、さらには、(1)(2)の手続を無視して買収行為(株式公開買付けの開始、一定割合を超えた市場買付け、など)が断行された場合は、買収提案を「濫用的な買収行為」と認め、(3)により、取締役会は買収提案への「反対意見」を提示し、必要に応じて対抗措置(新株予約権の発行など)を決議することになります。

 例えば、株式の買付価格が低い、従業員などの利害関係者が不利益を被る(例えば、従業員が不当に大量解雇される、取引先が悪条件を無理に飲まされる、など)場合が考えられます。

逆に、敵対的買収者が十分な情報を提供し(上記(1))、また、独立委員会が「濫用的な買収行為」でないと判断すれば(上記(2))、買収者は TOB (公開買付)を開始し、買収の成否は資本市場に委ねられることになります。

コーポレートガバナンスの観点からは“危うい”事前警告型ライツプラン

ただし、事前警告型ライツプランでは、2つの局面で、現経営陣と株主の利益相反が生じる恐れがあります。1つは上記(1)で「敵対的買収者からの情報提供が不十分」と判断する局面であり、もう1つは上記(2)で「濫用的な買収行為」と認定する局面です。

現経営陣にとっては脅威となる買収提案であったとしても、株主の視点で見ると、それが企業価値を高める内容(高いシナジー効果が見込める、エクセレントカンパニーが提案者であるなど)で、かつ、株式の買付価格も十分なプレミアムが付いた適正価格を上回る金額であるかも知れません。一方、現経営陣にとっては、買収者が取締役として会社に乗り込んでくれば、自らのポストが危うくなる可能性があります。このため、たとえ上記(1)で買収者から十分な情報の提供を受け、(2)で独立委員会が正当な提案だと判断したとしても、(3)が取締役会の多数決に依拠する以上、現経営陣が“保身”を図るために事前警告型ライツプランを発動してしまうことも考えられます。

このようにコーポレートガバナンスが欠如した状況では、敵対的買収者が新株予約権の発行差止めを求めて司法に訴えた場合、これが認められる可能性は小さくありません。せっかく買収防衛策を導入(継続)しても、新株予約権の発行差止めのリスクがあるという「法的安定性」を欠いた状態では、そもそも買収防衛策として機能しない恐れがあります。

「反対多数」でも買収防衛策の導入は可能?

この「法的安定性」を確保するための手法が、買収防衛策の導入(あるいは継続。以下同じ)時に、「株主総会」で支持を得ることです。

もっとも、買収防衛策の導入議案は、会社法上、株主総会の決議事項として規定されているわけではなく、あくまで「宣言的決議」として株主の意思を確認する意義しか認められていません。したがって、極論すれば、買収防衛策の導入議案に対する決議が反対多数になったとしても、最終的には会社側が導入するかどうかを判断すればよいということになります。

しかし、上述のとおり、ただでさえコーポレートガバナンスの観点から“危うい”面がある事前警告型ライツプランについて、さらに株主総会でも多数の賛同を得られなかったとなれば、敵対的買収者の出現に伴いこれを発動したとしても、買収者が「株主利益を毀損するもの」として新株予約権の発行の無効を司法に訴えた場合、裁判所から新株予約権の発行差止めなどが認められる可能性は相当高まります。したがって、買収防衛策は、少なくとも株主総会の過半数の賛同を得たうえで導入すべきです。

この点については、経済産業省と法務省が2005年5月に公表した「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」の中でも(5ページ下部~参照)、株主総会決議による買収防衛策の導入プロセスは「株主の合理的な意思に依拠すべきとする『株主意思の原則』」に沿うものとしています(一方、取締役会決議による導入については、「一律に否定することは妥当ではない」とするにとどめています)。そのため、我が国では、買収防衛策を導入する場合、株主総会に議案を上程して株主に承認を求めることが一般化しています。そして、機関投資家は株主総会での議決権行使を通じて反対の意思を表明する機会を得ることになるわけです。

機関投資家が買収防衛策に反対する理由

資本市場でも、事前警告型ライツプランを問題視する声は少なくありません。その最大の要因は、多くの日本企業では、上記(3)のプロセス(独立委員会の勧告を踏まえて取締役会が賛成/反対の対応を決定する)を最終的に決定する機関である取締役会の大部分を「社内取締役」が占めていることにあります。多くの機関投資家が事前警告型ライツプランの導入議案に反対するのも、取締役会の大部分を占める社内取締役が自らの保身のために同プランを発動する懸念が排除できないからです。

これに対し、米国企業の取締役会は大部分が社外取締役で構成されているので、経営陣が保身を図ることで買収提案が十分に検討されないリスクは、少なくとも外形的には相当に低減されています。そのため、買収防衛策を導入することについて株主から信頼を得やすいと言えます。

こうした背景の下、米国企業では、買収者が現れていない“平時”に株主総会の議案として買収防衛策が諮られることはなく、実際に具体的な買収提案があってから「取締役会」が導入を判断する、いわゆる“有事導入”が通例となっています。取締役会の独立性が株主からの信用の基盤となることで、株主総会を通じた事前の“平時導入”が不要となっている点は、日本企業が買収防衛策のあり方を考える際にも大いに参考になるはずです。

議決権行使助言最大手・ISSの基準

買収防衛策に対する機関投資家の賛否に大きな影響力を持つのが、議決権行使助言サービスの世界最大手である ISS(インスティテューショナル・シェアホールダーズ・サービシーズ)です。

ISSは、日本企業が買収防衛策の導入(継続)を諮る株主総会議案について、以下の基準を設けています(2018年現在)。

買収防衛策の導入および更新は、下記の条件をすべて満たす場合は、原則として賛成を推奨する。
(第一段階:形式審査)
• 総会後の取締役会に占める出席率に問題のない独立社外取締役の比率が3分の1以上、かつ2名以上である
• 取締役の任期が1年である
• 特別委員会(*上記(2)の独立委員会のこと)の委員全員が出席率に問題のないISSの独立性基準を満たす社外取締役もしくは社外監査役である
• 買収防衛策の発動水準が20%以上である
• 有効期限が3年以内である
•総継続期間が3年以内である  ※2018年版(2018年2月1日施行)日本向け議決権行使助言基準で追加
• 他に防衛策として機能し得るものがない
• 株主が買収防衛策の詳細を検討したうえで、経営陣に質問する時間を与えるために、招集通知が総会の4週間前までに証券取引所のウェブサイトに掲載されている
(第二段階:個別審査)
• 買収されやすい状況の改善を目的とする具体的な株主価値向上施策に加え、買収防衛策導入により与えられる一時的な保護が、どのようにしてその施策の実行に役立つのかを招集通知で説明しており、その内容が妥当であると結論付けられる

もっとも、同社が買収防衛策に対して賛成推奨することは極めてまれで、近年ではゼロ件が続いている模様です。

史上初の否決事例は2014年株主総会で発生

史上初とみられる買収防衛策の否決事例は2014年の株主総会シーズン、ゲームソフト大手のカプコンで発生しました。同社の2014年3月期末時点の外国人株主比率は37%、自己株式を除いた議決権ベースでは44%に達する中、同社の買収防衛策の継続議案は賛成率47%で否決されています(詳細は2014年07月28日のニュース「6月株主総会総括 買収防衛策の導入議案で初の否決、監査役への退職慰労金は過半数割れ寸前に」を参照してください)。

同社の買収防衛策は典型的な事前警告型ライツプランで、少なくとも上述したISS助言基準の第一段階(形式審査)はクリアしていたとみられます。しかし、第二段階(個別審査)で求められる「株主価値向上に向けた具体的な施策」が、少なくともISSには物足りないと映ったということが、賛成推奨に至らなかった原因だと思われます。実際、直近の3年間における同社の株価パフォーマンスはTOPIXを大きく下回っており、株主である機関投資家の不満は小さくなかったと推測されます。

なお、カプコンは2015年に買収防衛策の内容を変更したうえで改めて株主総会において導入を諮ったところ、過半数の賛成を得て可決されています。その際にはROEを8-10%に引き上げる戦略を明示しており、その点も投資家に評価されたものと考えられます(詳細は2015年6月17日のニュース「カプコンの買収防衛策が今年は可決された理由」参照)。ただし、2017年には「国内外の機関投資家等と積極的に対話を進め」た結果として、買収防衛策の非継続(廃止)を発表しています(詳細は2017年6月27日のニュース「買収防衛策の廃止は妥当だったか?」4段落目~参照)。

カプコンのように、株主総会の場で「反対多数により否決となった」旨が宣言された事例は上記2014年のケースが初めてですが、いったん上程した買収防衛策の導入・継続議案を株主総会開催日の直前に取り下げるという“実質的な否決”となった事例は他にも存在します。

機関投資家をはじめ多くの株主は議決権を事前(株主総会の前)に行使するため、株主総会に当日出席(委任状含む)する株主の票数を数えるまでもなく、前日の段階で可決/否決は明確になるのが通常です。そこで、株主総会で賛否が確定するのを座して待ち、「初の否決事例」などと広く報道されるよりも、自己判断で議案を取り下げた方が、会社のレピュテーションを守るという観点からは適当と考えられたのでしょう。

賛成票を得られる買収防衛策とは?

買収防衛策を法的安定性の高いものとするには、株主総会における宣言的決議で賛成多数を得る(可決される)のみならず、できるだけ多くの賛成票を獲得することによって、少なくとも導入時の株主からは幅広く賛同を得ていること、すなわち「株主利益」に合致していることについて、司法に対して説得力がなければなりません。

では、高い賛成率で可決された買収防衛策の導入(継続)議案とはどのようなものでしょうか。実例で見てみましょう。

上述のとおり、ISSが買収防衛策の導入(継続)議案に対し賛成推奨することは極めて稀で、近年は0件、過去に賛成推奨があった年でも年1~2件にとどまっています。具体的な社名は必ずしも明らかにされていませんが、ISSの賛成推奨を得られた可能性が高く、実際に高い賛成率を得ている事例を紹介します。

積水化学工業は2014年の定時株主総会に買収防衛策の継続議案を上程したところ、同社の外国人株主比率は38%に達しているにもかかわらず、賛成率81%で可決されました。81%という賛成率は、外国人株主の少なくとも約半数が賛成しなければ達成できない数字です。国内機関投資家も買収防衛策に対しては厳しい目を向けており、その一部が反対に回った可能性があることを踏まえれば、外国人投資家の半数超が議案に賛成したものと考えられます。

同社の株主総会参考書類で当該議案を確認すると、冒頭の3ページを費やして中期経営計画を詳細に説明しており、ROEの目標として「10%以上」という数字にコミットしています。敵対的買収者が出現した際、株主がその買収提案が正当なものかどうかを判断するには、敵対的買収者による経営計画と現経営陣による経営計画を比較する必要があります。したがって、現経営陣がしっかりした経営計画を作成し、これを十分に株主に説明していることは、有事の際に株主が買収防衛策のプロセスを信頼するための重要な根拠になります。

2012年には、ブラザー工業による買収防衛策の継続議案が88%という高い賛成率で可決されています。当時の同社の外国人株主比率は28%だったので、そのうち3分の2程度が賛成に回っていなければ88%という賛成率は説明できません。同社の場合、経営計画よりも、株主を重視したコーポレートガバナンスが評価されたものと考えられます。当時の同社の取締役会のメンバーは6人で、このうち4人が独立性の高い社外取締役で占められていました。これは、少なくとも経営陣だけでは新株予約権の発行を決議できないということを意味しています。このため、経営陣が保身に走るリスクもなく、逆に、社外取締役が株主利益の観点から買収防衛策の発動を検討することが期待できます。米国企業並みのガバナンス体制が買収防衛策に信認を与えたと言えるでしょう。

これらの2つの事例を踏まえると、広く国内外の機関投資家から理解を得てより高い賛成率を獲得するためには、少なくとも以下のうちいずれか一方、できれば両方を実施することが必要になります。もちろん、最低限の条件として、上記ISSの形式審査基準を満たしていなければなりません。

(1)株主利益を実現する中期経営計画を策定し、丁寧に説明する
(2)株主利益を尊重するガバナンス体制を整備する

もっとも、積水化学工業とブラザー工業の株価推移を見ると、両社とも買収防衛策の継続を諮った株主総会前の過去数年間の株価はTOPIXを大幅にアウトパフォームしており、 PBR(Price Book-value Ratio=株価純資産倍率)も1.0倍を大きく上回っていました。積水化学工業は2017年の株主総会で買収防衛策を廃止していますが(詳細は2017年6月27日のニュース「買収防衛策の廃止は妥当だったか?」2段落目~参照))、これには2015-16年の株価が伸び悩んだことも影響した可能性があります。一方、ブラザー工業が2015年に買収防衛策を継続した際の賛成率は74%と低下したものの、当時の外国人株主比率が32%あったことを考えれば比較的高い支持を得たと言えます。同社の株価は2013-14年に大幅な上昇をしていることが評価されたのかもしれません。究極的には業績向上、ひいては「株価上昇」こそが、機関投資家に対する最大の説得材料となる点、買収防衛策を導入(継続)する際には肝に銘じておくべきでしょう。

PBR : 「株価/1株当たりの純資産」で算出され、株価が「1株当たりの純資産」の何倍なのかを示す。この数値が「1」の場合、株価と1株当たりの純資産が等しいということであり、これは「1株に対する投資金額」と「1株当たりの解散価値」が等しいことを意味する。一般に、PBRが低い株式は買われる余地が大きいと言える。

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2015/01/11 【機関投資家対応】買収防衛策の導入(継続)議案に、より多くの賛成票を得たい

 

「濫用的な買収行為」でなければ買収の成否は資本市場に委ねられる

敵対的な買収行為の成立を阻止するための防衛策、いわゆる「買収防衛策」は、敵対的買収が活発な米国で、1980年代以降に様々なものが開発されました。代表的な買収防衛策としては下表のようなものがあります。

買収防衛策
の名称
内 容
ゴールデン・
パラシュート
敵対的買収者により解任されたり、退任に追い込まれたりした経営陣に対し、巨額の割増退職金を支払う手法。割増退職金の支払いにより、被買収企業に巨額の損失を計上することで、敵対的買収者の買収意欲を削ぐことを狙いとする。
スタッガード
・ボード
(期差任期制度)
取締役を複数のグループに分け、各グループごとに取締役の改選時期をずらす手法。改選時期をずらせば、敵対的買収を受けても、一度に全取締役を交替させられなくなる。敵対的買収者に直ちに経営権を握らせないようにすることを狙いとする。スタッガード(staggered)とは「食い違い状態」を意味する。
ライツプラン
(ポイズンピル
=毒薬条項)
「敵対的買収者が被買収企業の株式(議決権)の一定割合を取得した場合には、既存の株主は時価より安い価格で新株を購入できる」という権利をあらかじめ既存の株主に与えておく手法。この手法に基づき新株が発行されれば、敵対的買収者の持株比率は低下するとともに、(株式数が増えることで)1株当たりの株価も安くなる。この結果、株式数の変わらない敵対的買収者は大きな損失を被ることになる。

これらの買収防衛策のうち、最も活用されているのが「ライツプラン」です。ライツプランという名称は、新株を購入する「権利(ライツ)」から来ています。また、毒薬が回って体が弱るようなイメージがあることから、「ポイズンピル(毒薬条項)」とも呼ばれます。

従来、日本企業における買収防衛策としては、金融機関による株式保有や取引先との株式持合いによって敵対的買収者に重要な議決権比率を握らせないという“安定株主工作”が行われてきました。

しかし、株式の持合い解消が進展するのとともに近年普及したのが、「事前警告型ライツプラン」と呼ばれる買収防衛策です。

事前警告型ライツプランの基本的な流れは、(1)一定割合以上の株式取得を狙う敵対的な買収者に対し、事前に設定した「猶予期間」中に、買収者自身や買収提案の内容など詳細な情報の提供を要求する、(2)社外役員や有識者などから構成される独立委員会が買収提案を精査する、(3)独立委員会の勧告を踏まえて、取締役会が賛成/反対の対応を決定する―――となっています。

このプロセスに則って、(1)において情報に不備・不足がある場合(すなわち、独立委員会が買収提案を精査できない状態)や、(2)において買収提案が不適当()と判断された場合、さらには、(1)(2)の手続を無視して買収行為(株式公開買付けの開始、一定割合を超えた市場買付け、など)が断行された場合は、買収提案を「濫用的な買収行為」と認め、(3)により、取締役会は買収提案への「反対意見」を提示し、必要に応じて対抗措置(新株予約権の発行など)を決議することになります。

 例えば、株式の買付価格が低い、従業員などの利害関係者が不利益を被る(例えば、従業員が不当に大量解雇される、取引先が悪条件を無理に飲まされる、など)場合が考えられます。

逆に、敵対的買収者が十分な情報を提供し(上記(1))、また、独立委員会が「濫用的な買収行為」でないと判断すれば(上記(2))、買収者は TOB (公開買付)を開始し、買収の成否は資本市場に委ねられることになります。

コーポレートガバナンスの観点からは“危うい”事前警告型ライツプラン

ただし、事前警告型ライツプランでは、2つの局面で、現経営陣と株主の利益相反が生じる恐れがあります。1つは上記(1)で「敵対的買収者からの情報提供が不十分」と判断する局面であり、もう1つは上記(2)で「濫用的な買収行為」と認定する局面です。

現経営陣にとっては脅威となる買収提案であったとしても、株主の視点で見ると、それが企業価値を高める内容(高いシナジー効果が見込める、エクセレントカンパニーが提案者であるなど)で、かつ、株式の買付価格も十分なプレミアムが付いた適正価格を上回る金額であるかも知れません。一方、現経営陣にとっては、買収者が取締役として会社に乗り込んでくれば、自らのポストが危うくなる可能性があります。このため、たとえ上記(1)で買収者から十分な情報の提供を受け、(2)で独立委員会が正当な提案だと判断したとしても、(3)が取締役会の多数決に依拠する以上、現経営陣が“保身”を図るために事前警告型ライツプランを発動してしまうことも考えられます。

このようにコーポレートガバナンスが欠如した状況では、敵対的買収者が新株予約権の発行差止めを求めて司法に訴えた場合、これが認められる可能性は小さくありません。せっかく買収防衛策を導入(継続)しても、新株予約権の発行差止めのリスクがあるという「法的安定性」を欠いた状態では、そもそも買収防衛策として機能しない恐れがあります。

「反対多数」でも買収防衛策の導入は可能?

この「法的安定性」を確保するための手法が、買収防衛策の導入(あるいは継続。以下同じ)時に、「株主総会」で支持を得ることです。

もっとも、買収防衛策の導入議案は、会社法上、株主総会の決議事項として規定されているわけではなく、あくまで「宣言的決議」として株主の意思を確認する意義しか認められていません。したがって、極論すれば、買収防衛策の導入議案に対する決議が反対多数になったとしても、最終的には会社側が導入するかどうかを判断すればよいということになります。

しかし、・・・

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機関投資家が買収防衛策に反対する理由

資本市場でも、事前警告型ライツプランを問題視する声は少なくありません。その最大の要因は、多くの日本企業では、上記(3)のプロセス(独立委員会の勧告を踏まえて取締役会が賛成/反対の対応を決定する)を最終的に決定する機関である取締役会の大部分を「社内取締役」が占めていることにあります。多くの機関投資家が事前警告型ライツプランの導入議案に反対するのも、取締役会の大部分を占める社内取締役が自らの保身のために同プランを発動する懸念が排除できないからです。

これに対し、米国企業の取締役会は大部分が社外取締役で構成されているので、経営陣が保身を図ることで買収提案が十分に検討されないリスクは、少なくとも外形的には相当に低減されています。そのため、買収防衛策を導入することについて株主から信頼を得やすいと言えます。

こうした背景の下、米国企業では、買収者が現れていない“平時”に株主総会の議案として買収防衛策が諮られることはなく、・・・

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議決権行使助言最大手・ISSの基準

買収防衛策に対する機関投資家の賛否に大きな影響力を持つのが、議決権行使助言サービスの世界最大手であるISS(インスティテューショナル・シェアホールダーズ・サービシーズ)です。

ISSは、日本企業が買収防衛策の導入(継続)を諮る株主総会議案について、以下の基準を設けて・・・

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史上初の否決事例は2014年株主総会で発生

2014年の株主総会シーズンでは、史上初とみられる買収防衛策の否決事例は2014年の株主総会シーズン、ゲームソフト大手のカプコンで発生しました。同社の2014年3月期末時点の外国人株主比率は37%、自己株式を除いた議決権ベースでは44%に達する中、同社の買収防衛策の継続議案は賛成率47%で否決されています(詳細は2014年07月28日のニュース「6月株主総会総括 買収防衛策の導入議案で初の否決、監査役への退職慰労金は過半数割れ寸前に」参照)。

同社の買収防衛策は典型的な事前警告型ライツプランで、少なくとも上述したISS助言基準の第一段階(形式審査)はクリアしていたとみられます。しかし、・・・

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賛成票を得られる買収防衛策とは?

買収防衛策を法的安定性の高いものとするには、株主総会における宣言的決議で賛成多数を得る(可決される)のみならず、できるだけ多くの賛成票を獲得することによって、少なくとも導入時の株主からは幅広く賛同を得ていること、すなわち「株主利益」に合致していることについて、司法に対して説得力がなければなりません。

では、高い賛成率で可決された買収防衛策の導入(継続)議案とはどのようなものでしょうか。実例で見てみましょう。・・・

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2015/01/10 【失敗学第8回】日本アセットマーケティング社の事例(会員限定)

概要

 日本アセットマーケティング株式会社(マザーズ)で株式分割を予定していたところ、効力発生日の直前になって基準日設定公告の手配を失念していたことが判明し、株式売買が停止されるとともに、株式分割の日程延期を余儀なくされた。

経緯

 日本アセットマーケティング社が2013年10月に東京証券取引所に提出した改善報告書に基づき、株式分割等の取締役会決議日から改善報告書の提出までの経緯を時系列で示すと、次のとおり。
<2013年>
5月29日:日本アセットマーケティング社の取締役会で普通株1株を100株に分割する株式分割、100株の単元株*制度の採用および定款の一部変更について決議し、その内容を開示した。
9月13日まで:管理部部長が株主名簿管理人作成の資料に基づき作成した日程表上では10月1日に株式分割の効力を発生させるためには、9月13日に株式分割の基準日設定公告を行う必要があったが、公告の手続を行うことを管理部部長が失念してしまった。
9月24日:管理部長は株主名簿管理人の担当者より基準日設定公告が実施されていない旨の指摘を受け、失念していたことに気付く。
9月25日:緊急の取締役会を開催し、株式分割等の効力発生日の延期について決議し、開示を行った。
9月26日:東京証券取引所において同社株式の売買が終日停止
10月9日:東京証券取引所より公表措置の適用を受け、改善報告書の提出を請求される。
10月25日:東京証券取引所に改善報告書を提出する。

* 株主が株主総会において1個の議決権を行使するために必要となる株式の数。定款で定める。

内容・原因・改善策

 上述した改善報告書によると、本件の主な問題点は次のとおりである。

公告手続きの不備

内容 株式分割予定日の直前になって、効力発生に必要となる「基準日の公告手続き」が未実施であることが判明し、株式分割の延期を余儀なくされた。
原因 ・株式分割に向けての日程表は事前に作成されており、株式事務を担当していた管理部部長は、当初、その日程表に従い作業を行っていく旨の認識でいた。しかし、実際に株式分割の基準日の公告手続きの頃になると、管理部部長は手続きをすべきことを失念してしまった。同社では、事務手続きの進捗の確認や手続きの不備を防止するための方法が策定されていなかったため、公告手配が適切になされたかどうかのチェックは行われなかった。
・株式分割の公告手続きのノウハウは管理部門内で共有されておらず、管理部部長の属人的な業務になっていた。
・知識習得のための組織的な研修は行われず、管理部部長が外部研修・講演会等へ自主的に参加する程度であった。
改善策案 ・株式事務全般に係る業務要領・マニュアルを整備する。
・法定公告が必要になる手続きについては、「時系列に沿ったチェックリスト」を作成し、弁護士等の外部専門家により確認してもらう。
・株式事務の作業が「時系列に沿ったチェックリスト」に従って進行しているかという点について、社内のダブルチェック体制(複数名による管理)を行う。
・新たに人員(株式事務の経験を有する者)を募集する。
・規程・業務要領・マニュアル等に基づく業務フローが適切に遂行されているか否かについて、内部監査を通じて定期的に確認する。
・組織的・体系的に外部研修・講演会等へ参加させ、知識習得の機会を充実させる。
・弁護士、証券会社、監査法人等の外部専門家を積極的に活用する機会を増やす。
<この失敗から学ぶべきこと>

 法律上求められる手続きは厳格かつ漏れなく実施しなければなりません。特に株式事務の手続きは証券取引所、株主名簿管理人、「ほふり」(証券保管振替機構)等様々な機関と連携して進める必要があり、事務手続きに不備があると株主に迷惑をかけることになり、会社の評判を落としてしまいます。そのような重要な手続きは、つい経験者にすべてを任せてしまいがちですが、それでは業務が属人的なものになってしまい、本件のようなミスが起きかねません。重要な手続きであるからこそ、個人の能力に過度に依存することなく、組織全体として取り組むことが上場会社には求められます。その上で、事務手続きの進捗状況の見える化を図り、チーム内で情報を共有すべきです。まずは、自社の業務を洗い直し、個人の能力に過度に依存している業務がないかを再点検してみましょう。

 また、発生の頻度が少ない事務手続きはマニュアル化が遅れがちですが、人為的ミスを可能な限り防止するためにチェックリスト化を推進するべきです。その際、上述の改善策にあるように「時系列に沿ったチェックリスト」を専門家の助けを借りて作成し、それをダブルチェック体制で運用することが有効です。また、内部監査の対象にすることで緊張感も維持できます。このような策を未実施の上場会社においては、ぜひ取り組んでいただきたいところです。

2015/01/09 【経理・財務】現金・預金の管理を適正に行いたい(会員限定)

 

ファームバンキングでは不正が巧妙かつ高額に

多額の現金・預金を取り扱う経理部や財務部では、業務上横領や簿外資産などの不正が発生するリスクが他の部署より高いのが通常です(業務上横領については「従業員が会社の金を着服していた」を参照してください)。これらの不正が発生した場合、会社が受けるダメージは実損失にとどまりません。社内外で最も高い信用を受けるべき経理部や財務部での不正発生は、社内に強い動揺や不信感を巻き起こすことになるうえ、社外(取引先、株主、投資家、一般消費者など)からは「内部統制、コンプライアンス体制が欠如した会社」とのレッテルを貼られることにもなりかねません。

したがって、会社にとって、「不正を防ぐ」という観点からの現金・預金管理は非常に重要と言えます。

経理部で発生する現金・預金を巡る不正には、以下の特徴があります。
・担当者が限られているため、巧妙な不正・隠ぺいが行われ、長期間発覚しないことが多い。
・一回当たりの不正金額は小さくても、長期間発覚しないため、結果的に多額の損失になってしまう可能性がある。

特に預金の場合、ファームバンキング、インターネットバンキングといったITの利用により、通帳と印章を用いた旧来型の不正に比べると、例えば、会社にいながら自分の口座に預金を振り込むなど不正の方法がより巧妙になるだけでなく、一度きりの不正であっても被害金額が多額にのぼる可能性があります。

ファームバンキング : 銀行などの金融機関とその顧客である企業のコンピュ-タシステムとを「専用回線」等で直接接続することで、企業が金融機関のサービスを利用できるサービス。専用回線を設ける点が「インターネット」を経由するインターネットバンキングとは異なる。

一方、現金の場合は、小口現金の使い込みなどの単純なケースが想定されます(使い込みについては「従業員が会社の金を着服していた」を参照してください)。

また、近年、日本企業の海外進出が増加していますが、親会社の監視の目が十分に届かない海外子会社や支店での現金・預金に関する不正は発見されにくいケースが多いため、注意が必要です(海外子会社へのコントロールについては、「海外子会社へのコントロールを強めたい」を参照してください)。

現金・預金管理の基本中の基本とは?

現金・預金を巡る不正は、1人の者により行われるケースがほとんどです。そこで、取締役としては、現金・預金管理は、担当者を1人に限定せず、必ず「担当者」と「承認者」をわけて、「担当者」が不正をしづらい体制にすべきです。さらに「出納担当者」と「記帳担当者」をわけて、「出納担当者」の不正時には現金・預金の実際在高と会計残高の不一致が生じるような体制とすべきです。こういった職務分掌に加えて、「事前」の予防策(内部統制)を整備し、適切に運用していくことが必要となります。

では、具体的にどのような予防策を実施すればよいでしょうか? 以下、様々な会社で発生し得る不正の具体例を挙げながら、その原因や予防策を見ていきます。

預金を巡る不正事例に学ぶ予防策

1 ファームバンキングのパスワード管理
(事例)
A社の経理部ではファームバンキングを導入しており、社内のパソコンにて専用回線を経由して他社へ振込み操作ができるようになっている。

ファームバンキング用のPCは2台あり、経理部長と出納担当の経理部員1名に異なるユーザーID、パスワードが与えられていた。そのうえで、経理部員が振込情報を入力し、経理部長が承認するルールを設けていた。もっとも、業務の煩雑さを回避するため、ファームバンキングへのアクセスの際のユーザーIDとパスワードはお互いが知っており、代行する場合もあるのが実態であった。場合によっては、経理部員が振込情報を作成し、経理部長のユーザーIDとパスワードを用いて自ら承認するケースもあった。また、経理部長による定期的な預金残高のチェックも行われていなかった。

経理部員は、会社の銀行口座から自由に預金を引き出せる状態にあるなか、自分の口座に多額の預金を振込み、その後、病欠を理由に欠勤、自分の口座から預金を引き出したうえで海外に逃亡していた。

(原因)
・ファームバンキングのユーザーIDやパスワードが共有されていた。
・管理者(経理部の上長)による預金残高の定期的なチェックが行われていなかった。

(予防策)
本事例の最大の問題点は、形式的には銀行預金の支払いに関して職務分掌が図られていたものの、パスワード情報が共有されていたため、職務分掌が機能しなかったことにあります。

ファームバンキングの管理においては、ユーザーIDやパスワードは、お互い知り得ることのないように厳格に管理しなければなりません。また、アクセスできる端末もできるだけ1台にして、アクセスできる従業員も限定しておく必要があります。

さらに、管理者がファームバンキングの振込一覧を定期的にレビューし、振込実績がほとんどない口座や不明な口座を定期的に削除するようにすれば、不正を防止する効果は一層高まります。

また、本事例では、経理部長や内部監査室の定期的な預金残高のチェックが行われていないことも大きな問題です。日次でファームバンキングの預金残高情報と帳簿残高を照合したり、月次で銀行から発行される「残高証明書」「当座照合表」と帳簿残高を照合し、残高に差異があるものは銀行残高差異調整表を作成したりといった手続きを実施していれば、すぐに不正が発覚して対策がとれただけでなく、このような手続きを定期的に実施することで、担当者の不正を抑止する効果もあります。

いずれにせよ、「定期的な預金残高照合」といった基本的な内部統制は、不正の防止にも発見にも有用ですので、徹底することが重要です。

なお、監査法人による会計監査を受けている会社の場合、監査法人が直接、銀行や証券会社から「残高確認書」を入手しています。「残高確認書」には、預金残高だけでなく、借入金残高、デリバティブ残高、保証債務残高など会社と金融機関とのすべての取引の残高が網羅的に記載されています。これをレビューすることにより、会社側が認識していなかった取引を発見できる場合もありますので、監査法人に対し、「残高確認書」を借り受けられないか打診してみることも検討に値します。

2 子会社における当座照合表の偽造
(事例)

B社は機械メーカーである。一方、B社の販売子会社であるb社は全国に支店を持ち、営業活動を行っている。親会社であるB社の経理部は、B社の経理業務と連結決算業務を行っており、子会社b社の経理業務はb社経理部が行っていた。

こうしたなか、b社経理部の経理部長は、自分の借金返済のため、会社の預金口座から預金を引き出していた。

B社経理部では、年に1回の決算時にb社の決算書を入手し、連結財務諸表を作成していた。その際、b社の当座照合表のコピーを入手し、当座預金の出納帳の残高と当座照合表上の残高との照合を行っていたが、b社経理部長は当座照合表のコピーを偽造し、B社に提出していた。

(原因)
・B社では当座照合表のコピーで残高照合していた。
・残高照合が年に1回であった。

(予防策)
本事例では、親会社による預金残高のチェックが行われてはいたものの、その「方法」と「頻度」に問題があったと言えます。

まず、当座照合表の“コピー”を使って残高を照合するという「方法」に問題があります。銀行が発行する当座照合表や残高証明書は、その名義人である子会社や支店に送付されるのが一般的です。親会社と子会社が離れた場所にある場合には、親会社が現物を確認することには制約がありますが、だからと言ってコピーを入手するだけでは、偽造される恐れがあります。最近は当座照合表や残高証明書も精巧にできており、コピーすると透かし・模様等が入るので、簡単に偽造できるものではありませんが、一方で不正の技術も高度になっているので、注意が必要です。したがって、本事例では、子会社経由での入手でも構わないので、現物を入手して確認すべきでした。

また、当座照合表との照合も年に一度ではなく、月次・四半期等「頻度」を高めたり、本社(親会社)の内部監査部門が抜き打ちで「支店(子会社)監査」を実施したりするのも有効です。

親会社の管理部門としては、支店や子会社にまかせっきりにするのではなく、常に一定の「猜疑心」をもって、子会社の業務をチェックする意識を持つことが重要です。なお、子会社での不祥事に関しては「子会社で不祥事が発覚した」も参照してください。

これらの事例のように、役員や従業員の不正により会社に損害が発生した場合、会社の内部管理体制や内部統制システムが不十分であるとして、取締役や監査役個人に対する会社への「損害賠償責任」が問われる可能性もあります。

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2015/01/09 【経理・財務】現金・預金の管理を適正に行いたい

 

ファームバンキングでは不正が巧妙かつ高額に

多額の現金・預金を取り扱う経理部や財務部では、業務上横領や簿外資産などの不正が発生するリスクが他の部署より高いのが通常です(業務上横領については「従業員が会社の金を着服していた」を参照してください)。これらの不正が発生した場合、会社が受けるダメージは実損失にとどまりません。社内外で最も高い信用を受けるべき経理部や財務部での不正発生は、社内に強い動揺や不信感を巻き起こすことになるうえ、社外(取引先、株主、投資家、一般消費者など)からは「内部統制、コンプライアンス体制が欠如した会社」とのレッテルを貼られることにもなりかねません。

したがって、会社にとって、「不正を防ぐ」という観点からの現金・預金管理は非常に重要と言えます。

経理部で発生する現金・預金を巡る不正には、以下の特徴があります。
・担当者が限られているため、巧妙な不正・隠ぺいが行われ、長期間発覚しないことが多い。
・一回当たりの不正金額は小さくても、長期間発覚しないため、結果的に多額の損失になってしまう可能性がある。

特に預金の場合、ファームバンキング、インターネットバンキングといったITの利用により、通帳と印章を用いた旧来型の不正に比べると、例えば、会社にいながら自分の口座に預金を振り込むなど不正の方法がより巧妙になるだけでなく、一度きりの不正であっても被害金額が多額にのぼる可能性があります。

ファームバンキング : 銀行などの金融機関とその顧客である企業のコンピュ-タシステムとを「専用回線」等で直接接続することで、企業が金融機関のサービスを利用できるサービス。専用回線を設ける点が「インターネット」を経由するインターネットバンキングとは異なる。

一方、現金の場合は、小口現金の使い込みなどの単純なケースが想定されます(使い込みについては「従業員が会社の金を着服していた」を参照してください)。

また、近年、日本企業の海外進出が増加していますが、親会社の監視の目が十分に届かない海外子会社や支店での現金・預金に関する不正は発見されにくいケースが多いため、注意が必要です(海外子会社へのコントロールについては、「海外子会社へのコントロールを強めたい」を参照してください)。

現金・預金管理の基本中の基本とは?

現金・預金を巡る不正は、1人の者により行われるケースがほとんどです。そこで、取締役としては、現金・預金管理は、担当者を1人に限定せず、必ず「担当者」と「承認者」をわけて、「担当者」が不正をしづらい体制にすべきです。さらに「出納担当者」と「記帳担当者」をわけて、「出納担当者」の不正時には現金・預金の実際在高と会計残高の不一致が生じるような体制とすべきです。こういった職務分掌に加えて、「事前」の予防策(内部統制)を整備し、適切に運用していくことが必要となります。

では、具体的にどのような予防策を実施すればよいでしょうか? 以下、様々な会社で発生し得る不正の具体例を挙げながら、その原因や予防策を見ていきます。

預金を巡る不正事例に学ぶ予防策

1 ファームバンキングのパスワード管理
(事例)
A社の経理部ではファームバンキングを導入しており、社内のパソコンにて専用回線を経由して他社へ振込み操作ができるようになっている。

ファームバンキング用のPCは2台あり、経理部長と出納担当の経理部員1名に異なるユーザーID、パスワードが与えられていた。そのうえで、経理部員が振込情報を入力し、経理部長が承認するルールを設けていた。もっとも、業務の煩雑さを回避するため、ファームバンキングへのアクセスの際のユーザーIDとパスワードはお互いが知っており、代行する場合もあるのが実態であった。場合によっては、経理部員が振込情報を作成し、経理部長のユーザーIDとパスワードを用いて自ら承認するケースもあった。また、経理部長による定期的な預金残高のチェックも行われていなかった。

経理部員は、会社の銀行口座から自由に預金を引き出せる状態にあるなか、自分の口座に多額の預金を振込み、その後、病欠を理由に欠勤、自分の口座から預金を引き出したうえで海外に逃亡していた。

(原因)
・ファームバンキングのユーザーIDやパスワードが共有されていた。
・管理者(経理部の上長)による預金残高の定期的なチェックが行われていなかった。

(予防策)
本事例の最大の問題点は、・・・

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2015/01/09 チェックリスト:現金・預金の管理を適正に行いたい(会員限定)

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■チェックリスト:現金・預金の管理を適正に行いたい

チェック事項 備考 対応未了 対応済
(本社・親会社の預金)
出納担当者と記帳担当者の職務分掌が図られているか。
経理部の上長は、毎月末、帳簿上の預金残高と残高証明書・当座照合表・通帳の残高の照合を実施しているか。 預金だけでなく、有価証券等の金融商品についても、証券会社からの報告書と照合する。
帳簿残高と預金残高に差異がある場合、銀行残高調整表を作成し、差異分析を行っているか。また、実施結果を経理部の上長がレビューしているか。
ファームバンキングのユーザーIDやパスワードについて、経理部内で共有されていないか。
ファームバンキングの振込情報の作成者に承認権限を与えていないか。
管理者が、定期的にファームバンキングの振込一覧をレビューし、使用されていない振込先を削除しているか。
(支店・子会社の預金)
上記(本社・親会社の預金)に記載されている内部統制が支店・子会社で整備・運用されていることを、本社(親会社)に管理部門が確認しているか。 支店・子会社の経理・財務担当者が1名である場合は、実質内部統制は機能しないので、本社で管理する必要がある。
本社(親会社)の管理部門により、定期的に、帳簿残高と残高証明書・当座照合表・通帳の原本記載の残高が照合されているか。 コピーではなく、原本と照合することが重要。
本社(親会社)の内部監査部門により、定期的に内部監査が実施されているか。 特に海外子会社・海外支店は不正リスクが高いので、注意が必要。

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2015/01/09 日米で異なる社外取締役の役割

 今年6月1日から適用される予定のコーポレートガバナンス・コードでも「2名以上の独立社外取締役の選任」が求められているように、社外取締役の導入は日本企業にとって重要な課題となっている。では、実際のところ、社外取締役は日本企業にどのように役立つのだろうか。企業サイドからは、社外取締役を置く効果を疑問視する声が一部聞かれるのも事実である。

 “社外取締役先進国”の米国では、取締役会の過半数を社外取締役が占めているが、その大きな役割は「CEOの監視」である。すなわち、社外取締役は、CEOが暴走しないようチェックしている。現に米国企業では、社外取締役が過半数を占めていることが効いて、CEOは暴走することができない。

 一方、日本企業では、社外取締役が少数であるため、そもそもCEOの暴走を止めることはできない。ただ、日本企業で、創業経営者以外のCEOが暴走することはあるのだろうか。

 安倍政権の下、日本企業の稼ぐ力の復活が議論される中で、CEOに求められているのは、暴走しないことではなく、リスクをとることである。しかし、創業経営者以外、日本企業のCEOは自分の思い描いたとおりの経営が十分にできていないのではないだろうか。多くのCEOは「社員の代表」として経営トップに選出されている。したがって、大部分の日本企業における“最強のステークホルダー”は・・・

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