役員にはそれぞれ担当分野、専門分野があるのが通常であり、自分が関与していない分野となると、必ずしも十分な知識がないことも多い。しかし、単に「関与していなかった」「知識がなかった」という言い訳は通用しないことを改めて認識させる判決が最近東京地裁であった。
この裁判は、かつて東証一部に上場していたニイウスコー社が行っていた粉飾決算の事実を知らずに株式を購入し、損失を被った株主2人が、同社の代表取締役、副社長、取締役ら4人を相手取り、株式の取得価額全額と弁護士費用等の損害賠償を求めたもの。原告が求める損害賠償額を合計すると約1億7,500万円に及ぶ。結論から言うと、裁判所は原告の主張を認め、代表取締役ら4人に連帯して上記金額を原告に対して支払うよう命じている。
判決の中で注目されるのは、実質的には“人事担当取締役”に過ぎず、粉飾決算にも関与していなかった代表取締役Aに対しても損害賠償責任が認められた点だ。
ニイウスコー社は平成18年1月1日に持株会社制に移行したが、それ以前の社内体制は「営業部門」「システム部門」「管理部門」「人事部門」などに分かれており、代表取締役Aは人事部門の担当取締役だった。各部門の担当取締役は持株会社移行後に全員が「代表取締役」となったが、引き続き担当部門を管掌していため、実態は“平取締役”と変わらなかったようだ。この点については裁判所も、「代表取締役であった間も一貫して人事部門を担当しており、Aが粉飾決算に関与したことを認めるに足りる証拠はない」と認定している。
粉飾決算などが発覚して株価が下落し株主が損害を被った場合、役員は当該損害を賠償しなければならないのが原則だが(金融商品取引法21条1項一)、粉飾の事実を知らなかった役員は、「相当な注意を用いたにもかかわらず(粉飾の事実を)知ることができなかった」ことを証明すれば、この賠償責任を負わないことになっている(同条2項一)。そこでこの裁判でも、Aが「相当な注意を用いたか」どうかが最大の争点となった。
この点について裁判所は、経営会議で配布された資料でも同社の業績予想の数字は1週間毎に数億円から数十億円単位で伸びており、約1か月後には売上高が約60億円以上も増加した数字が報告されるなど、「明らかに不自然で疑わしい状況が存在していた」と認定。「相当な注意を用いた」と言えるためには、「業績予想の変化などが不適切なものでないかどうかについて調査や確認を行っていたことが認められる必要がある」とし、これを行っていなかったAに損害賠償を命じている。
これに対しAは、「不適切な取引が非常に巧妙に仕組まれたものであったことなどから、当該取引に関与しておらず、実質的に人事担当取締役でしかなかった自分がこれを見破ることは到底不可能だった」旨の主張を展開した。しかし裁判所は、「代表取締役は会社の業務執行全般を統括する責任を負っている」としたうえで(会社法349条4項)、「代表取締役であったAは、自己の担当外の部門であっても、適正な業務執行が行われていないことを疑わせるような事情を発見した場合には、自ら調査し、確認する義務があった」旨指摘したほか、上述した金融商品取引法21条の趣旨が「社内における担当職務の如何を問わず、“全取締役”を損害賠償責任を負うことのある主体として規定して有価証券報告書の正確性を確保しようとしていることにあることに照らせば、『人事担当取締役であった』ことは、取締役としての義務の内容について考慮される余地はあったとしても、その注意義務の程度を軽減すべき事情にはあたらないというべき」とし、Aの主張を一蹴している。
なお、他の3人の被告は過去に不適切な取引に関わったことがあるため、裁判所は「『相当な注意を用いたにもかかわらず(粉飾の事実を)知ることができなかった』とは到底認められない」として、Aとともに3人にも損害賠償を命じている。