2024/11/18 【特集】MBOディスクロージャーの現状と方向性(会員限定・6)

日本のディスクロージャー規制とその実態

日本でも東京証券取引所がディスクロージャー規制を定めている(平成25年7月8日付「MBO等に関する適時開示内容の充実等ついて」東証上会第752号)。しかし、米国と異なり、バリュエーション・レポートについては、東京証券取引所が公衆縦覧の対象とならない前提で上場企業から受領しているものの、上場企業にはレポート本編でのディスクロージャーが義務付けられておらず、前提条件が意見表明報告書においてディスクローズされるに留まっている。したがって、株主が上場企業の本源的価値に関連する情報に平等にアクセスし、留保価格を明らかにできるとは言い難い。

実際、鈴木=吉村(2024)は、2019年度(平成31年度)から2023年度(令和5年度)に公表されたMBO取引のディスクロージャーを分析したが、米国のように、上場企業にバリュエーション・レポート自体のディスクロージャーが義務付けられているわけではないため、バリュエーションに用いられたDCFモデルの復元検証可能性は限られていることが明らかとなっている。

たとえば、2023年11月27日にMBOを公表した大正製薬ホールディングスの意見表明報告書では、日本、フランス、フランス国外等の5ヶ国・事業分野に分け、それぞれのDCF法の割引率であるWACCや恒久成長率に異なる数値を用いたとしていることから、5分野についていわゆるサム・オブ・ザ・パーツ(SOTP)分析によるDCF法を適用してバリュエーションを行っていると思われるが、実際のディスクロージャーでは、業績予測について、円ベースの全社合算の売上やフリーキャッシュフローなどの数値のみしか示されていないため、5分野のうちどの分野の収益性や成長性が高く、企業価値に貢献しているのか全く分からない。すなわち、グローバルにビジネスを展開する多角化企業においては、全社合算の円ベースの業績予測だけではDCFモデルの復元は不可能である。


WACC : 「Weighted Average Cost of Capital=加重平均資本コスト」の略であり、要するに「資本コスト」である。WACCは文字通り負債コスト(金利)と株主資本コスト(配当+キャピタルゲイン)を加重平均して算定される。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
サム・オブ・ザ・パーツ(SOTP)分析 : 企業の価値を評価するための方法の一つで、特に複数の事業を持つ企業に対して用いられる。具体的には、各事業の価値を個別に評価し、それらを合計することで企業全体の価値を算出する。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

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2024/11/18 【特集】MBOディスクロージャーの現状と方向性(会員限定・5)

DellのMBOにおけるディスクロージャー

日本でもお馴染みのパソコンメーカーであるDellは、1984 年にマイケル・デル氏がテキサス大学オースチン校の学生時代に起業し、パソコンを受注生産開始した。その後、ユーザーに直接販売する「デル・モデル(Direct from Dell)」で急成長し、2000年代前半には世界最大のパソコンメーカーとなった。

しかし、デル氏が2004 年にCEO を退任後、成長が鈍化するとともに市場価格が大幅に下落し、2007 年1 月のCEO 復帰時には25 ドル程度だった株価は、2012年秋には10 ドルを割り込んだ。株価が下落している状況下、同年6 月に大株主である機関投資家のサウスイースタン・アセットマネジメントがデル氏に接触してMBOを打診。これを受け、デル氏はPE ファンドのシルバーレイクやKKRとも接触し、独立取締役にもMBO構想を通知、その結果、経験豊富でDellとは利害関係のない独立取締役4 名で構成される特別委員会が組成され、経営陣(取締役)や大株主との交渉に当たることになった。特別委員会は、財務アドバイザーとしてJP モルガンとエヴァコア、法務アドバイザーとしてDebevoise &Plimpton を起用し、さらに客観的な収支予想を行うためにボストン・コンサルティングを雇った。

DellがSECに提出した資料では、JPモルガンが特別委員会に提出したバリュエーション・レポート(2012年10月9日付)がディスクローズされている。当該レポートでは、「スタンド・アローンの潜在的なバリュエーション」のほか、「プロジェクションの実現可能性」、「本源的価値を高める潜在的な代替手段(資本配分戦略、事業の分離、革新的な買収、戦略的企業による買収)」も分析され、たとえば「スタンド・アローンの潜在的なバリュエーション」では、類似上場企業、過去の市場株価のパフォーマンス、投資家のパースペクティブ事業計画のマネジメントケース市場のベンチマーク、PC市場の予測、売上と利益の変化による財務上の影響、各バリュエーション手法のレンジ等が詳細にディスクローズされている。


スタンド・アローン : 買収対象企業の純粋な価値を把握するために、M&Aの初期段階で行なわれる企業価値の評価のこと。買収後に期待されるシナジー効果(買収によって得られる追加の利益やコスト削減効果)を考慮せずに評価する。スタンド・アローンは、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する方法であるディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法などを用いて算出されることが多い。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
プロジェクション : 売上、利益、成長率などの将来の予測や見通しのこと。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
パースペクティブ : 「視点」や「見方」といった意味(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
事業計画のマネジメントケース : 企業が事業計画を策定・実行する際に直面する具体的な状況やシナリオのこと。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
市場のベンチマーク : 特定の市場やセクターのパフォーマンスを示す基準や指標のこと。自社のパフォーマンスを比較するために使用される。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

日本のディスクロージャー規制とその実態(会員限定)

2024/11/18 【特集】MBOディスクロージャーの現状と方向性(会員限定・4)

米国のディスクロージャー規制

米国では、株主が上場企業の本源的価値に関連する情報に平等にアクセスし、留保価格を明らかにできるよう、上場企業の取締役はSEC(米国証券取引委員会)に詳細なディスクロージャーをしなければならない(Rule 13e-3、Schedule13E-3)。

Schedule13E-3に含まれる重要なディスクロージャーが、Item 7、8、9だ。これらのItemはそれぞれ、「非公開化の目的(Purposes of the Transaction)」、「対象会社の非関連株主にとって公正な取引であるかどうかの結論の根拠(Fairness of the Transaction)」、「発行体の財務アドバイザーから受領したフェアネス・オピニオンの内容に関するもの(Reports, Opinions, Appraisals and Negotiations)」や「将来の財務予測(Financial projections)」であるが、とりわけItem9の重要性が高い。なぜなら、本源的価値の評価(バリュエーション)レポートがディスクロージャーの対象となっているからである。

DellのMBOにおけるディスクロージャー(会員限定)

2024/11/18 【特集】MBOディスクロージャーの現状と方向性(会員限定・3)

MBOの利益相反性

MBOでは取締役が上場企業の株式を買収するため、上場企業の取締役と株主の利益が相反する。

上場企業の取締役が企業を売却する場合、株主のために買い手と交渉し、株主にとって最良の取引となるよう最大限の努力をしなければならない。しかしMBOでは、取締役は「買い手」としても直接取引に参加することができるため、取締役が安値で上場企業を売却する、すなわち、売り手である株主の留保価格(reservation price; 売り手が受け入れることが可能な最低限の価格)を下方にシフトさせるインセンティブも持つ。なぜなら、MBOにおいて取締役は、本源的価値よりも低い価格で上場企業を買収でき、また、上場企業の株価が本源的価値より低いタイミングで取引を開始することができるからだ。換言すれば、「独立当事者間取引」と同視し得る状況を確保するため、たとえ「特別委員会」の設置などの「公正性担保措置」を講じたとしても(公正性担保措置については、経済産業省・公正なM&Aの在り方に関する指針16頁参照)、自分たちに有利になるように取引条件にコントロールできるということである。


独立当事者間取引 : 利害関係のない当事者間で行われる取引のこと。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

米国のディスクロージャー規制(会員限定)

2024/11/18 【特集】MBOディスクロージャーの現状と方向性(会員限定・2)

MBOの動向

MBOは近年急増している。2023年度に公表され、成立したMBOは18件あったが、その買付総額は前年度比5倍の1兆4,688億円と過去最高となり、2024年度に入っても多くの企業がMBOの実施を公表している。その背景には、株主によるガバナンスの強化の要請や会社支配権市場の発展により、上場維持コストが増加していることが挙げられる。


会社支配権市場 : 企業の支配権を取得するための市場のこと。企業の株式を一定割合以上取得することで、その企業の経営に対する影響力を持つことを目的とする。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

これは米国も例外ではない。米国では1996年を境に上場企業数が純増から純減に転じ、長期的なトレンドとなっているが、その背景には、証券クラスアクションの対象となるリスクの上昇、株主提案への対応に要するコストの上昇、アクティビスト・ファンドによるキャンペーンのターゲットとなるリスクの上昇等、上場に伴うコスト及びリスクの上昇がある。また、欧州では、ファミリー企業における重要な事業承継のオプションとなっている。


証券クラスアクション : 多くの投資家が、証券取引に関する不正行為や虚偽の情報開示など共通の被害を受けた場合に、一部の投資家が代表して訴訟を起こし、他の被害者全員の利益を守ること。多数の個別訴訟をまとめて処理することで効率的に問題を解決できるとともに、企業に対する圧力が強まり、和解や賠償金の獲得が容易になる。また、企業の不正行為を抑止する効果も期待されている。ただし、訴訟は代表者が主導するため、個々の投資家が訴訟の進行に直接関与することは困難となっている。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

MBOの利益相反性(会員限定)

2024/11/15 有報のワーディングに表れる投資家との認識のずれ

既報のとおり、経済産業省に設置された「持続的な企業価値向上に関する懇談会」が2024年6月26日に公表した「座長としての中間報告」で指摘された5つの課題の中で筆頭に挙げられたのが「企業価値に対する企業と投資家との間の認識のずれ」だ。そこでは、「将来にわたるキャッシュフローの現在割引価値として、株主価値を重要視すべき」など、「株主価値」というキーワードが繰り返し引用されている(2024年7月23日付ニュース「伊藤レポートから10年、今後のコーポレートガバナンスの論点は?」参照)。

実際、上記中間報告が指摘するとおり、企業における「株主価値」への意識は・・・

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2024/11/15 有報のワーディングに表れる投資家との認識のずれ(会員限定)

既報のとおり、経済産業省に設置された「持続的な企業価値向上に関する懇談会」が2024年6月26日に公表した「座長としての中間報告」で指摘された5つの課題の中で筆頭に挙げられたのが「企業価値に対する企業と投資家との間の認識のずれ」だ。そこでは、「将来にわたるキャッシュフローの現在割引価値として、株主価値を重要視すべき」など、「株主価値」というキーワードが繰り返し引用されている(2024年7月23日付ニュース「伊藤レポートから10年、今後のコーポレートガバナンスの論点は?」参照)。

実際、上記中間報告が指摘するとおり、企業における「株主価値」への意識はまだ十分とは言えないようだ。これは、投資家が最も重視する開示媒体である有価証券報告書において「株主価値」に類するキーワードを使った説明を行っている事例が極めて少ないことからもうかがえる。

当フォーラムが、プライム市場上場企業が2023年8月1日から2024年7月31日の間に提出した有価証券報告書を調査したところ、「株主価値」「株主利益」「株主重視」というキーワードを有価証券報告書で使用している事例はわずか16社にすぎなかった。以下は、時価総額1兆円以上の5社による開示例である。

野村ホールディングス 投資と株主還元のバランスを図るとともに、当社の生産性向上と収益源の拡大を通じた株主価値の最大化を目指しています。
日本ペイントホールディングス 顧客、取引先、従業員、社会などへの責務を果たした上で残存する株主価値の最大化を経営上の唯一のミッションとしております。
大日本印刷 「事業戦略」「財務戦略」「非財務戦略」に基づく具体的な取り組みを通じて、持続的な事業価値・株主価値の創出に注力しています。
電通グループ これらの戦略とアクションを通じて、長期的な株主価値を確実に向上してまいります。まず、オーガニック成長とコスト構造改革により、利益とキャッシュ・フローの改善を図ります。
オムロン 株主価値を維持向上するために、投下資本利益率(ROIC)、株主資本利益率(ROE)および1株当たり利益(EPS)の目標水準を考慮した経営を行います。

明確に「株主価値」重視の姿勢を打ち出しているのが、日本ペイントホールディングスだ。同社は株主価値の最大化を「経営上の唯一のミッション」とまで言い切っている。また、オムロンは「株主価値を維持向上」するため、ROICROEEPSの目標水準を考慮した経営を行うとしており、具体的な株主価値の向上策に言及している点、投資家からの評価が高い。


ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
EPS : 1株当たり利益(Earnings Per Share)のことで、「当期純利益÷発行済株式数」によって計算される。

「株主利益」「株主重視」を用いた開示事例は、それぞれ3社ずつ確認された。時価総額1兆円以上の企業はなかったものの、以下は時価総額が比較的大きい企業の開示事例であり、いずれも株主還元についての説明の中でこれらのキーワードを使用している。

TIS 株主利益及び資本効率の向上を図る一環として、株主還元の基本方針である「総還元性向45%」に基づいて総額6,199百万円の自己株式を2023年5月から7月までの間に取得しました。
椿本チエイン 株主還元につきましては、株主重視の経営を目指す観点から、連結業績を反映した配当を基本方針とし、資金の状況、財務の状況等を総合的に勘案しながら連結配当性向30%を基準とした利益配分を目指しております。

以上のとおり、好事例は確認されたものの、プライム市場上場企業で16社というのはさすがに少なすぎる感は否めない。企業側からは「株主以外のステークホルダーの目も気になるため、株主価値等の文言はあえて避けている」との声も聞かれるが、有価証券報告書は“投資家”に対して情報を提供するものである以上、投資家に目線を合わせたワーディングを心掛けたいところだ。

2024/11/14 【2024年10月の課題】2024年6月株主総会 議決権行使結果の個別開示を踏まえた機関投資家の動向 解答(会員限定)

日本シェアホルダーサービス株式会社
コンサルタント 水嶋 創

①取締役選任議案(会社提案)に対する機関投資家の行使判断

主要国内機関投資家の取締役選任議案に対する反対率を算出したところ、図表1のとおりとなりました。

【図表1】本年6月総会における主要国内機関投資家の取締役選任議案に対する反対率と昨年比増減
※本年6月に開催されたプライム市場上場企業の定時株主総会に付議された会社提案議案が対象
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取締役選任議案に対する反対率が最も高かったのは三井住友DSアセットマネジメントです。その要因のひとつはROE基準にあります。「3年連続で東証全体/セクター内の下位○%」などを閾値とする機関投資家が多い中、同社は「過去3年にわたり8%未満かつ国内上場企業中央値水準を一度も上回っていない場合」に、3年以上在任の取締役に対し原則として反対行使を行っています。さらに同社のTSR基準(過去3年間のTSRが配当込みでTOPIX未満の場合に3年以上在任の取締役に反対)も他の機関投資家に比べて厳しい水準と言えます。


ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

昨年と比較して反対率の上昇が最も大きかった機関投資家はアセットマネジメントOneでした。同社が本年4月の改定でTSR基準を導入したことや、政策保有株式基準を厳格化したことがかなり影響したものと考えられます。

アセットマネジメントOneのTSR基準新設
1期・3期・5期のTSRが、いずれも東証プライム市場上場企業の下位1/3分位未満の場合に3年以上在任した取締役の再任に原則反対
アセットマネジメントOneの政策保有株式基準厳格化
(改定前)
純資産比率で50%以上、または総資産比率20%以上を占める場合、代表取締役に原則反対
(改定後)
純資産比率20%以上(金融セクターについては、純資産比率40%以上)を占める場合、代表取締役に原則反対
② 剰余金処分議案(会社提案)に対する機関投資家の行使判断

主要国内機関投資家の剰余金処分議案に対する反対率を算出したところ、図表2のとおりとなりました。

【図表2】本年6月総会における主要国内機関投資家の剰余金処分議案に対する反対率と昨年比増減
※本年6月に開催されたプライム市場上場企業の定時株主総会に付議された会社提案議案が対象
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剰余金処分議案に対する反対率が最も高いのも三井住友DSアセットマネジメントでした。しかし、同社が企業に求める株主還元の水準自体(30%以上、ただしキャッシュリッチ企業は50%以上)が特別厳しいわけではありません。他の多くの機関投資家がROEと総還元性向の組み合わせによって剰余金処分議案への賛否を判断している(総還元性向〇%未満かつ過去○期ROEが○%未満の場合は反対など)一方で、同社は反対を免れるROE水準を定量的に明示しておらず、ROEが高いことによる「救済」が少ないことが厳しい判断に繋がっていると考えられます。ただ、昨年比で賛成率は低下しており、上場企業全般の株主還元水準の改善、特に自社株買いの広がりが反映されたものと推測されます。


総還元性向 : 企業が利益をどの程度株主に還元しているかを示す指標。「総配分性向」「株主還元性向」とも言われる。「(配当金+自社株買いの金額)÷当期純利益」によって計算される。ちなみに、「配当性向」は当期純利益に占める「配当金」のみの割合を示す。自社株買いも株主還元の1つであるため、最近は配当性向とともに、総還元性向を開示する企業が多い。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

昨年と比較して反対率の上昇が最も大きかったのが三井住友トラスト・アセットマネジメントでした。本年1月の議決権行使基準改定により、配当基準に「PBR」の観点が導入されたことで、PBR1倍未満の企業に対する反対が増加したと考えられます。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

三井住友トラスト・アセットマネジメントの配当基準厳格化
(改定前)
当期業績(ROE)基準(ROEがTOPIX構成銘柄全体の上位75%タイル水準以上)を満たさず、かつ配当基準(配当性向が30%以上)を満たさない場合、反対
②キャッシュリッチ基準(総資産に対するネットキャッシュ(現預金+短期有価証券-借入金等)の比率が30%以上)に該当する企業において、配当基準を満たさない場合、反対
③キャッシュリッチ基準に該当する企業において、当期業績(ROE)基準を満たさず、かつ配当性向50%未満の場合、反対
(改定後)
PBRが1倍未満かつ当期ROEがTOPIX構成銘柄の下位 50%タイル水準未満、かつ配当基準(配当性向が30%以上)を満たさない場合、反対
②キャッシュリッチ基準(総資産に対するネットキャッシュ(現預金+短期有価証券-借入金等)の比率が30%以上)に該当する企業において、配当基準を満たさない場合、反対
③キャッシュリッチ基準に該当する企業において、PBRが1倍未満かつ当期 ROE がTOPIX構成銘柄の下位50%タイル水準未満、かつ配当性向 50%未満の場合、反対


%タイル : 「パーセンタイル」と読む。データを小さい順に並べた場合に、例えば小さい方から数えて全体の75%に位置する値を75パーセンタイルという。75パーセンタイルは「第三四分位数」ともいわれる。25パーセンタイルは「第一四分位数」、50パーセンタイルは中央値を指す。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
配当性向 : 当期純利益に占める「配当金」の割合(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

三井住友トラスト・アセットマネジメントに次いで反対率の上昇が大きかったのがアセットマネジメントOneです。以下の基準改定により、ROE5%未満の企業に求める株主還元の水準が厳しくなったことが要因と考えられます。

アセットマネジメントOneの配当基準厳格化
(改定前)
3期連続で総還元性向が30%未満かつROE8%未満(赤字企業を除く)に該当する企業について、財務不安定な場合を除き、原則反対
(改定後)
3期平均及び直近期ROEが0%以上8%未満に該当し、さらに3期連続で総還元性向が30%未満の場合、原則反対。ただし、3期平均及び直近期ROEが0%以上5%未満に該当する場合は、3期連続で総還元性向 50%未満の場合に原則反対とする
③アクティビストからの提案議案に対する機関投資家の行使判断

アクティビストからの株主提案のうち賛成率の高かった議案を抽出したところ、図表3のとおりとなりました。

【図表3】本年6月総会におけるアクティビストからの株主提案議案(賛成率上位)
※本年6月に開催されたプライム市場上場企業の定時株主総会に付議された議案が対象
※複数の候補者がいる役員選任議案は最も賛成率が高かった候補者のみ表示
※主要国内機関投資家10社は、アセットマネジメントOne、大和アセットマネジメント、日興アセットマネジメント、野村アセットマネジメント、ブラックロック・ジャパン、三井住友DSアセットマネジメント、三井住友トラスト・アセットマネジメント、三菱UFJアセットマネジメント、三菱UFJ信託銀行、りそなアセットマネジメント
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多くの国内機関投資家から賛同を集め、高い賛成率となったのが、東洋証券に対して提案された配当決定機関の変更を求める定款変更議案(No.1)です。アクティビスト等が企業に対して増配を要求する際、当該企業の定款規定により配当の決定機関が取締役会と定められているため、株主総会で決議できないことがあります。こうした場合、アクティビスト等は株主総会においても配当議案を決議できるようにする定款変更議案を提案した上で増配を要求することがあります。本件でも、第3号議案として付議された定款変更議案に続き、第4号議案では増配が提案されていました(第3号議案が否決されたため、決議には至らず)。日本高純度化学に対する議案(No.9)も含め、配当決定機関の変更を求める定款変更議案は、機関投資家の賛同を集めやすい議案となっています。機関投資家の議決権行使基準をみると「原則として賛成する株主提案」として例示されていることもあります。

なお、東洋証券の議案は特別決議を要する定款変更議案であるため、賛成率57%で否決されています。この点、議決権行使助言会社ISSは、過半数の支持を得た議案の内容が実施されない場合、経営トップに反対推奨することがあるとの基準を有しています。否決されたとはいえ、賛成率が50%を超えた意味は小さくないと言えそうです。


特別決議 : 議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その出席株主の議決権の3分の2以上の多数による決議。例えば定款変更、事業譲渡、株式の募集、取締役会の途中解任などにはこの特別決議が必要である。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

役員報酬の個別開示を求める定款変更議案(No.8)も機関投資家が賛成することの多い株主提案のひとつです。剰余金処分決定機関の変更を求める定款変更議案と同様、「原則賛成する株主提案」として議決権行使基準に規定している機関投資家もみられます。

また、本年の特徴として、東証によるPBR改善要請に対する開示を実施することを定款に記載するよう求める株主提案が挙げられます。東洋証券の議案(No.2)、東洋水産の議案(No.3)とも国内機関投資家の賛成が一定程度確認されました。両社が東証要請への対応を実施していなかった(コーポレートガバナンス報告書における開示がなかった)ことが考慮された可能性があります。実際、開示を実施していた企業に対する同様の提案については、国内機関投資家の賛成が少ない傾向が確認されます。

なお、東洋証券の議案と東洋水産の議案で行使判断が異なっている機関投資家もみられます。東洋水産の議案が「開示」のみを求めているのに対し、東洋証券の議案は「開示」に加えて、取締役会における評価・分析なども求めているなど提案内容の違いもありますが、企業の取組み姿勢などが機関投資家の行使判断に影響を与えた可能性もあります。たとえば三菱UFJアセットマネジメントは、東証証券への提案について「同社の対応に特段問題」として反対する一方で、「経営方針の説明が十分でない」として東洋水産への提案には賛成していることが確認されます。

2024/11/13 「努めます」ではもう古い! 時価総額トップ10企業でも未だパートナーシップ構築宣言の更新なし

下請事業者とのトラブルが絶えない中、政府は発注元企業への規制を強化している。今月(2024年11月)1日から施行されたフリーランス新法もその一つだ(2024年10月28日のニュース「自社だけでは完結せず フリーランス新法への抵触リスクを下げるためにやるべきこととは?」参照)。また、上場会社は、同じく11月1日に改正されたばかりの・・・

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2024/11/13 「努めます」ではもう古い! 時価総額トップ10企業でも未だパートナーシップ構築宣言の更新なし(会員限定)

下請事業者とのトラブルが絶えない中、政府は発注元企業への規制を強化している。今月(2024年11月)1日から施行されたフリーランス新法もその一つだ(2024年10月28日のニュース「自社だけでは完結せず フリーランス新法への抵触リスクを下げるためにやるべきこととは?」参照)。また、上場会社は、同じく11月1日に改正されたばかりの新パートナーシップ構築宣言ひな形に対応して自社(および子会社)の宣言を更新する必要があるので、失念しないよう留意したい。

周知のとおり、パートナーシップ構築宣言とは、以下の項目について、企業の代表者名で、遵守を確約することを宣言するもの(「パートナーシップ構築宣言」については2024年4月12日のニュース「パートナーシップ構築宣言、早目の更新を」参照)。
・サプライチェーン全体の共存共栄と規模・系列等を越えた新たな連携
・親事業者と下請事業者の望ましい取引慣行(振興基準)の遵守
・その他独自の取組
11月1日に実施されたパートナーシップ構築宣言ひな形の改正は、同日に実施された振興基準改正に伴うものとなっている。今回の振興基準の改正における最大のポイントが、「約束手形等の支払サイトを60日以内とすることの徹底」だ。この振興基準の改正に対応してパートナーシップ構築宣言ひな形も以下のとおり改正された。改正を機に、(公財)全国中小企業振興機関協会が運営するパートナーシップ構築宣言のポータルサイトでは11月1日以降、旧ひな形で示されていた「支払いサイトを60日以内とするよう努めます。」との表現での新規申請・更新は認めないとしている。


振興基準 : 下請中小企業の振興を図るため、下請事業者及び親事業者のよるべき一般的な基準として下請中小企業振興法第3条第1項の規定に基づき、定められたもの
支払サイト : 手形等の振出日から現金化されるまでの期間のこと

パートナーシップ構築宣言ひな形の「手形などの支払条件」についての記述
改正前 改正後
支払いサイトを60日以内とするよう努めます 支払サイトを60日以内とします。

振興基準の改正案が公表されたのが2024年9月11日と遅かったこから(振興基準の改正案については2024年10月4日のニュース「手形サイトを60日以内とする下請法運用上の規制の限界」参照)、ひな形が改正されるということの周知期間が十分でなかったうえ、パートナーシップ構築宣言のポータルサイトにおける新ひな形の公表も改正当日(2024年11月1日)となった。このため、本稿執筆時点(2024年11月13日)では、ほとんどの企業の宣言が改正前のひな形の表現のままとなっている。下表のとおり、株式時価総額ランキング10位以内の上場会社であっても、いずれも未対応という状況だ(キーエンスとソフトバンクグループはポータルサイトへの登録自体がされていない)。

会社名 宣言日(最終更新日) 手形などの支払いサイトに関する記述
トヨタ自動車 2024年9月2日 支払いサイトは60日以内とすることなど、支払条件の改善に努めます。
三菱UFJフィナンシャル・グループ 2021年12月23日 支払サイトを60日以内とするよう努めます。
日立製作所 2020年8月14日 2017年3月の電子情報技術産業協会(JEITA)の自主行動計画の策定を受けて、2020年度より下請代金は現金にて支払うことを基本方針としております。今後も同方針に基づき、現金による下請代金の支払いを進めます。
ソニー 2022年7月7日 支払サイトを60日以内とするよう努めます。
キーエンス 登録なし
リクルート 2022年9月26日 支払サイトを60日以内とするよう努めます。
ファーストリテイリング 2021年2月24日 将来的には支払サイトを60日以内とするよう努めます。
三井住友フィナンシャルグループ 2024年10月1日 支払サイトを60日以内とするよう努めます。
ソフトバンクグループ 登録なし
日本電信電話 2024年6月10日 支払サイトを60日以内とするよう努めます。

法律上はパートナーシップ構築宣言をしなくてもペナルティを課されることはないが、宣言をすることで各種補助金の加点措置を受けられているほか、一定規模以上の企業については、賃上げ促進税制の適用を受ける条件の一つとして、パートナーシップ構築宣言をしていることが求められる。また、宣言していることを確認した下請事業者は安心して自社との取引や条件交渉に臨めるため、両者の信頼関係も高まるはずだ。未宣言の会社はすぐにでも宣言すべきであり、また、既に宣言している会社であっても、中身が旧ひな形の「手形支払いを60日以内とするよう努力」旨の表現のままでは、2024年11月1日以降宣言を更新ができていないことが一目瞭然となる。その結果、下請事業者とのパートナーシップ構築への姿勢を問われ、ESG投資家にもネガティブな印象を与えることになりかねないだけに、早急な更新に努めたい。


一定規模以上 : 資本金が 10 億円以上かつ従業員数が 1,000 人以上の法人
賃上げ促進税制 : 企業が賃上げを実施した場合に、賃上げ額の一部を法人税などから税額控除できる制度