監査法人の変更の解説に入る前に、会計監査とは何かについて押さえておきましょう。上場会社が受ける会計監査には、会社法により作成が求められる(連結)計算書類およびその附属明細書に対する「会社法上の会計監査」と、金融商品取引法により作成が求められる有価証券報告書・四半期報告書の財務諸表(および連結財務諸表)に対する「金融商品取引法上の会計監査」があります(ちなみに、証券取引所により提出が求められる「決算短信」は会計監査の対象ではありません)。それぞれどのような場合にこれらの会計監査を受けることになるかを、以下整理しておきます。
上場会社の中には会社法上の「大会社」に該当しないところもあります(すなわち、資本金が5億円未満で、負債も200億円未満)。このような会社が「会社法上の会計監査」を受けるかどうかは、少なくとも“会社法上は”任意ということになります。ただし、上場会社の場合は、証券取引所の規則により、会計監査人を選任することが義務付けられています(東証の有価証券上場規程437条1項3号)。そのため、上場会社であるうちは、金融商品取引法上の会計監査とともに、会社法上の会計監査も受けなければなりません。もちろん、上場会社でなくても、会計監査人を任意に選任することは認められています。上場準備会社や上場会社の子会社が、ガバナンスを高めるためにあえて会計監査人を選任するようなケースがよく見受けられます。
上場会社であるにもかかわらず監査法人による会計監査を受けていない状況になれば、有価証券報告書に監査証明書を添付することができないため、有価証券報告書を提出することができません。その結果、法定提出期間の経過後、証券取引所の定める一定期間内に有価証券報告書を提出できない場合、「有価証券報告書の提出遅延」という形で、上場廃止基準に抵触することになってしまいます(東京証券取引所 有価証券上場規程601条10号)。実際、宝飾品の販売を手がけているクロニクルは、2013年9月期第2四半期報告書の提出遅延により、平成25年7月に上場廃止となっています。
このように、上場会社であり続ける限りは、会社法上の会計監査と金融商品取引法上の会計監査の両方を受けることが義務付けられています(なお、証券取引所の規則により、金融商品取引法上の監査と会社法上の監査は同一の監査法人が担うことが求められています)。このような会計監査は当然ながらコストがかかるものですし、受ける側の手間も大変です。時には、「監査を受けること自体やめたい」と思うこともあるかも知れません。場合によっては、近年増加傾向にあるMBO等による「上場廃止」が経営陣の頭をよぎることもあるでしょう。
このように、上場廃止になったからといって、必ずしも監査法人による会計監査を受けなくて良いことになるわけではありません。上場会社や上場会社クラスの規模を有する会社にとって、監査法人との関係は切っても切れないものと言えます。
もっとも、会計監査を受け続けるにしても、冒頭でも述べたように、会社をとりまく経営環境や事業領域、営業領域の変化に応じて、監査法人の変更を検討しなければならない場面も出てくるでしょう。
- 監査法人を変更する際の留意事項
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監査法人を変更する場合、監査法人が提供する会計監査の品質という要素を無視して、単に前の監査法人よりも今度の監査法人の監査報酬の方が低廉であるとか、今度の監査法人のパートナーと役員との間に個人的なつながりがある、といった理由だけで判断していないでしょうか。
こうした安易な理由だけで監査法人を変更してしまうと、会計監査を受ける会社にとってリスクを抱えることになりかねません。もし新たな監査法人が、会計監査の品質に問題があり、職業的専門家としての正当な注意を払わないまま監査を実施してしまうとどうなるでしょう。通常の会計監査であれば発見できたであろう、決算の数値に重大な影響を及ぼすような会計上のミスを見逃したまま、会社が有価証券報告書を提出してしまうリスクが発生します。後日、そのような会計上の重大なミスが発見された場合、会社は過去に遡って有価証券報告書の決算数値を訂正しなければならない可能性があります。株式市場からは会社の内部管理体制に疑念の目が向けられ、長期的な株価に悪影響を及ぼす恐れもあります。
一方、間違った決算数値に基づいて投資を行った株主は、この訂正により株価が下落し損失を被る可能性があります。
この場合、会社や株主は監査法人に対し「会計監査が十分ではなかった」として責任を追及することも不可能ではありません。しかし、そもそも財務諸表を作成する責任は会社にありますので、株主等から責任を追及されるとすれば、一次的には会社ひいては取締役ということになります。
こうしたトラブルを回避するためには、監査法人を選任するにあたり、監査報酬、監査時間、能力、担当者との相性、審査体制、規模、評判、親会社との兼合いなど様々な事項を総合的に考慮する必要があります。以下、各事項について詳しく説明していきましょう。
【監査報酬】
一般的な商品やサービスと比較すると、監査報酬の相場は分かりづらい面があります。適正な価格で契約するためには、複数の監査法人から相見積もりをとり、コンペを開催するのも一つの方法です。コンペには、単に監査報酬の相場を把握するだけでなく、各候補先のやる気を推し量ることができるというメリットもあります。同じコンペに参加している監査法人の中でも、会社と監査契約を結ぶことを望む度合い(真剣さ)に濃淡があれば、それが結果として監査報酬見積額に反映されてしまうことは、何も監査契約のコンペに限られる話ではありません。なお、上場準備会社では、取引銀行からの紹介や、ショート・レビューを受けた経緯から、コンペを実施することなく、監査法人を決めるケースも多いようです。
ショート・レビュー : 監査法人が上場準備会社と金融商品取引法に準ずる監査契約を締結する前に実施する短期調査。企業実態、会計処理の妥当性、内部統制の整備状況等を把握する目的で実施される。
もし候補となる監査法人が少なく、監査報酬見積額にバラつきがあるため相場がつかめないという場合には、他社の有価証券報告書や、日本公認会計士協会の「監査実施状況調査」「上場企業監査人・監査報酬実態調査報告書」を調べれば、同業他社や同規模の会社の監査報酬を知ることができます。ただし、各社の実態は様々ですから、同業・同規模といっても単純に比較できるものではないことには留意が必要でしょう。
【監査時間】
監査時間も重要な比較ポイントとなります。通常の監査法人であれば、期末実証手続・四半期レビュー手続・内部統制の整備状況評価・内部統制の運用状況評価等の活動区分別にどれほどの時間がどの時期に発生するかを詳細かつ合理的に見積もっているはずです。そこで、監査契約の候補先である各監査法人から監査時間に関する見積もりを入手し、比較してみてください。監査時間は多ければいいというわけではなく、逆に、少なければいいというものでもありません。企業規模別の平均的な監査時間や監査報酬等は、日本公認会計士協会の「監査実施状況調査」で確認することができます。
期末実証手続 : 財務数値の適正性を、現物実査・帳簿との突合・確認・分析手続等を通じて検証する監査手続
四半期レビュー手続 : 四半期財務諸表に対する監査人の「レビュー」のこと。四半期財務諸表の作成・開示には迅速性が重視されることから、監査人側でも年度決算の会計監査で行われる実査(帳簿上の数量や金額が実際の在り高と整合しているかを確認する作業)や棚卸立会等を省略することになる。そのため、監査人の意見は年度決算の会計監査と同水準の保証をするものではなく、手続きも「監査」ではなく「レビュー」と呼ばれる。
一般的に監査報酬は監査時間と比例関係にあります。そのため、監査報酬は監査時間に比例して高くなりますが、あまりに監査時間が少なく報酬も低い場合、会社の規模、業態、リスク等などを考えれば当然に必要となってくる監査時間を十分に確保していない、つまり、十分な監査が実施されない可能性もあります。
逆に、「監査実施状況調査」で把握した平均的な監査時間数と比べて監査時間が極端に多い場合には、その理由を問い合わせてみましょう。監査は「リスクアプローチ」の考えに基づき、重要な虚偽表示リスクのある項目に対して重点的に行われますので、監査時間が極端に多いということは、重点項目以外の項目に過度な監査時間を見積もっている可能性があります。
リスクアプローチ : すべての項目に対して網羅的に監査を行うのではなく、経営環境・会社の特性等に応じ、財務諸表上の重要な虚偽表示リスクのある項目に対して重点的に監査を行うという考え方
なお、監査時間の見積もりに関する資料の提出が著しく遅延したり、そもそも提出を拒否したりするような監査法人は、監査時間を詳細に見積もっていない可能性があるので注意が必要です。
【能力、相性】
監査契約を結んだ後には、監査法人に会計上の質問をする機会は多々あることでしょう。その際に監査法人から誤った会計処理を指導されたり、質問に対するレスポンスが遅すぎたりするようでは困りものです。候補先の能力を見極めるために、自社であらかじめ答えを用意した質問を選任候補の監査法人に投げて反応を見てみるのも一案です。
また、監査法人内でインチャージ(現場での責任者)となる予定の公認会計士が特定できているのであれば、その者と面談しておくべきです。インチャージ予定者が会社の属する業界に詳しいのか、会社側の責任者・担当者と相性が合うのかといったあたりも、監査の現場においては重要な要素となってくるからです。
【品質管理体制】
監査法人において適切な品質管理体制が整備・運用されているかどうかも重要な判断要素です。
監査は一定の水準にあるマニュアルに則り組織的に行われているか、監査の計画や手続き・意見に対する審査体制は十分か、研修制度は整っているか、監査報告書に署名する業務執行社員(いわゆる監査責任者)のローテーション制度(公認会計士法では、業務執行社員は7会計期間(上場会社等の筆頭業務執行社員は5会計期間)を超えないこと、交替後2会計期間(同、5会計期間)は再度関与できないことが定められています)の運用状況等の品質管理体制について、監査契約前に会計監査人の候補となる監査法人から説明を受けておく必要があります。なお、業務執行社員のローテーション制度については、同じ業務執行社員ができるだけ長い期間担当した方が、会社のことを深く理解し、より効率的な監査ができるのではないかという考え方もあります。しかし、長期間、同じ業務執行社員が監査を担当していると会社との関係が密接になりすぎて、つい監査に手心を加えてしまう、またはそのように外部から邪推され会社に対する会計監査人の独立性が疑われ、監査結果への信頼性が損なわれてしまうといった事態を避けるため、強制的なローテーション制度が導入されました。
【規模】
一定以上の規模の監査法人はメンバーファームを世界各地に有しており、クライアントはそのメリットを享受することができます。例えば会社が国外に子会社や工場を持っている場合、これに対応するのが日本国内にいる公認会計士のみでは、言語の問題や、現地に頻繁に赴くことができないことなどが原因で、効率的な監査は期待できません。一方、監査法人のメンバーファームが現地にあれば、こういった不都合はありません。
また、小規模な監査法人と監査契約を締結する場合には、その監査法人が日本公認会計士協会の上場会社監査事務所登録制度に登録されているかどうかを確認しておく必要があります。上場会社監査事務所登録制度とは、上場会社を監査している監査事務所に対して、協会の品質管理委員会に設置された「上場会社監査事務所部会」に登録を求め、監査事務所の概要のほか、品質管理のシステムの方針や手続の概要等を開示させるとともに、品質管理に不備がある場合には制裁的措置を課すことなどにより、企業の目に見える形で登録事務所の品質管理の強化を図ろうという制度です。東京証券取引所の有価証券上場規程では、上場会社が遵守すべき事項の一つとして上場会社監査事務所の監査を受けることが定められています。
なお、上場会社においては、自社グループの規模や取引の複雑性等から、最近では後任の会計監査人として個人ではなく監査法人を選任するケースも多いようです。
【親会社の監査法人との兼合い】
親会社が存在する会社では、親会社の会計監査人との兼合いについても検討すべきです。親会社と子会社の会計監査人が同じ監査法人であれば、各社の担当会計士同士が密接にコミュニケーションをとることが可能になり、企業グループ全体として効率的な監査を実施することができます。
逆に親子会社で監査法人が異なる場合は、監査法人間でのコミュニケーションの確保が難しいうえに、監査作業の進め方が若干異なるという問題もあります。とりわけ企業買収に積極的な会社では、親子会社で監査法人が異なるケースが頻発することになります。その状態に手を付けなければ、監査が非効率となり、企業グループ全体としての監査報酬が増加してしまうことにもなりかねません。そのような場合は、「子会社の監査法人は親会社の監査法人に合わせる」というのが第一の選択肢となります。
このほか、監査法人を選択する際には“評判”も重要な判断要素となります。この点については、後述の「監査人変更で会社のレピュテーションを傷つけないために」を参照してください。
- 監査法人変更に必要な手続
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以上のような検討の結果、監査法人(以下、本項では会社法上の用語に合わせ「会計監査人」(監査法人or個人の公認会計士)とします)を変更することになった場合、いくつかの手続きが必要になります。
まず最初にやらなければならないのが、既存の会計監査人の「解任(または再任しないこと。以下同)」です。
会社法上、会計監査人は、株主総会の決議でいつでも解任することができることになっています(会社法339条1項)。ただし、多くの上場会社が該当する監査役会設置会社で、会計監査人の解任を会社提案の議案とする場合、事前(招集通知を株主に送付する前)に監査役会の同意を得る必要があります(会社法344条1項2号3号、344条3項)。会社法上は「同意書」という書面を残すことまでは要求されていませんが、同意のプロセスを“見える化”し、記録として残すために、同意書や監査役会の議事録は作成するべきです。
監査役会設置会社 : 上場会社は委員会設置会社か監査役会設置会社か、どちらかを選択することになる(東証の有価証券上場規程437条1項2号)。
会社提案 : 取締役が会計監査人の選任に関する議案を株主総会に提出すること。
さらに、会計監査人が次の(1)(2)(3)の“いずれか”に該当する場合には、監査役会あるいは監査役「全員の同意」さえあれば、株主総会の決議を経ることなく会計監査人を解任(この場合は「再任しないこと」ではなく、解任となります)することができます(会社法340条1項・2項・4項)。
(1)職務上の義務に違反し、または職務を怠ったとき
(2)会計監査人としてふさわしくない非行があったとき
(3)心身の故障のため、職務の執行に支障があり、またはこれに堪えないとき
ただし、株主総会の“決議”は不要となるものの、監査役は「会計監査人を解任した旨」および「その理由」を解任後最初に招集される株主総会で“報告”する必要があります。
上場会社が会計監査人を解任したら、あわせて新たな会計監査人を選任する必要があります。さもなければ、上述したように、上場廃止になってしまいます。また、会社法では罰則(取締役等に対する100万円以下の過料など)も定められています。
会計監査人の選任に際しても、やはり株主総会の決議が必要となります(会社法329条1項)。また、監査役会設置会社において会計監査人の選任を会社提案の議案とする場合、事前(招集通知を株主に送付する前)に監査役会の同意を得る必要があるという点も、会計監査人を解任する場合と同様です(会社法344条1項1号、344条3項)。なお、会計監査人の報酬についても、監査役会の同意を得る必要があります(会社法399条1項および2項)。
このように、株主総会を開催して会計監査人を選任するには時間と手間がかかることから、とりあえず「一時会計監査人」を選任するという方法もあります。一時会計監査人とは、会計監査人が何らかの理由で欠けた場合で、次の会計監査人が遅滞なく選任されないときに、会計監査の空白期間を避けるため、一時的に会計監査人の職務を実施するために監査役会により選任される仮の会計監査人のことをいいます。監査役会で一時会計監査人を選任できるので、わざわざ株主総会を開催する必要はありません。一時会計監査人を選任した場合は、2週間以内に本店の所在地において登記が必要になります。なお、一時会計監査人の任期は、次の会計監査人が株主総会で選任されるまでとされています。
一時会計監査人ではなく通常の会計監査人の場合、その任期は「選任後1年以内に終了する事業年度」のうち“最終のもの”に関する定時株主総会の終結のときまで(会社法338条1項)と定められています。通常、会計監査人の変更は定時株主総会開催時に行われますので、例えば3月決算の会社であれば、6月下旬の定時株主総会をもって1年の任期を満了したことになります。もっとも、会計監査人は、定時株主総会において別段の決議(現任の会計監査人を解任する旨の決議)がなされない限り、当該定時株主総会において「再任」されたものとみなされます(会社法338条2項)。要するに、「会計監査人を解任させたい」との声が出なければ、会計監査人の方から降りない限り、会計監査人であり続けるための特段の手続きは不要(*)というわけです。
* ただし、監査契約や再任の登記は必要となります。
- 監査法人の変更には株主も高い関心
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監査法人を変更した上場会社は、監査法人を解任したことや辞任に伴う選任をしたことなどを開示することが法令や証券取引所の規則で求められています。仮に監査法人の変更を開示する必要がなければ、会社は投資家に気づかれることなく、自社の都合のいいように監査法人を変えることが可能になってしまいます。監査法人の監査意見に頼らざるを得ない投資家としては、会社がどの監査法人の会計監査を受けているのかに高い関心がある(監査法人の変更についての株主の懸念については後述の「監査法人変更で会社のレピュテーションを傷つけないために」を参照してください)ことから、監査法人の変更は株主や投資家に開示されるべき重要情報と位置付けられています。
具体的な開示書類およびその内容は以下のとおりです。
○臨時報告書
臨時報告書は監査法人の変更後遅滞なく、財務(支)局に提出する必要があります。臨時報告書には、監査法人の変更の理由等を記載することになります。
なお、その臨時報告書において、解任された監査法人が意見を述べることが認められています。監査法人の解任時には、会社は会社側の視点でリリースを出すのが通常ですが、これに対し監査法人にも一定の反論の機会を与えようというわけです。また、解任された監査法人に意見陳述の場を設けることで、監査法人の視点に基づく解任の事情が公となれば、会社がオピニオン・ショッピングをしづらくなり、結果として監査法人の独立性が失われることを避けるという狙いもあります。
オピニオン・ショッピング : グレーな会計処理を巡り会社と監査法人が対立した際に、会社側に都合のいい監査意見を表明してくれる別の監査法人を探すこと。意見(オピニオン)を買う(ショッピング)行為であり、クライアント獲得のためにこれを引き受けた監査法人は、グレーな会計処理を認めざるを得なくなるため、監査法人の独立性が害されるという問題がある。
○有価証券報告書、四半期報告書
有価証券報告書および四半期報告書の【経理の状況】の冒頭部分において、監査法人の変更があった旨の開示を行うことになります。
また、その変更について臨時報告書に記載した事項(上記参照)についても開示を行います。
○事業報告
事業報告では、解任または辞任した会計監査人の名称や解任の理由、会計監査人が述べた辞任の理由や解任に対する意見などを開示する必要があります。
○適時開示
取締役会で会計監査人の変更を決定した場合、証券取引所の規則によりその旨を適時開示することが求められます。
- 監査法人変更で会社のレピュテーションを傷つけないために
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監査法人の変更を検討した会社は少なくないものと思われますが、実際に変更に至るケースはそれほど多くはありません。これは、監査法人を変更すると、後任の監査法人が会社のビジネスや会計処理等を理解するのにある程度の時間が必要となるうえ、会社側もそれを一から説明し直すといった手間(監査法人の変更コスト)を負担せざるをえなくなるため、会社が監査法人の変更に及び腰になることが原因です。また、上述のとおり、定時株主総会において「別段の決議」がなされなかった場合、会計監査人が再任されたものとみなされるという会社法上の規定も「会計監査人の地位の現状維持」に一役買っていることも事実です。
上場会社が監査法人を変更する場合、上述のとおりその内容を開示する必要がありますが、監査法人は頻繁に変えるものではないだけに、変更の開示やニュースはどうしても目に付きます。そして、投資家は、「会社と監査法人の間で会計処理について何か見解の相違があったのではないか」といった憶測を抱きがちです。よりストレートに言えば、「会社がグレーな会計処理を監査法人に認めさせようとし、監査法人がこれを拒否する、といったやりとりがあったのではないか」という疑念です。
会社として後ろめたいことはまったくないにもかかわらず、「あの会社はグレーな会計処理をして、監査法人が辞めてしまったらしい」といった噂が立つことで、会社は信用を落とし、株価が下落するかも知れません。いわゆるレピュテーションリスクと言われるものです。特に後任の監査法人が“問題企業”を多数クライアントに抱えるようなところである場合、投資家の中での「良からぬ噂」が「確信」に近いものとなりかねません。
では、こうした事態を避けるために、経理担当取締役としては監査法人の変更にどのように対応すべきでしょうか。
上述のとおり、上場会社が監査法人を変更する場合、会社は臨時報告書等で「変更に至った理由や経緯」を記載する必要があります。会社によってその記載内容は様々であり、例えば「任期満了に伴うため」といった簡潔な記載で済ます会社もありますが、投資家にあらぬ誤解を与えないためには、変更の理由や経緯について詳細な記載をすることをお勧めします。
また、経理担当取締役としては、後任の監査法人の監査に対する姿勢や市場の評価、公認会計士・監査審査会の検査結果の状況、他の監査クライアントの噂などを、知り合いの公認会計士や金融機関等から情報収集しておくとともに、インターネット上の噂(情報の質は玉石混交ですが、真実が散見されるのも事実です)を集めておく必要があります。また、「監査法人を変更する際の留意事項」でも述べたとおり、日本公認会計士協会の上場会社の監査事務所登録情報も確認しておきましょう。
監査役としても、監査報酬の見積書を比べるだけではなく、経理担当取締役とは別に独自に情報を収集して、監査法人の選任に同意すべきかどうかを判断する必要があります。
また、レピュテーションリスクの観点からは、監査法人の変更は、監査法人側によほどの落ち度がない限り定時株主総会のタイミングで行うのが良いでしょう。上述のとおり、監査法人の変更はそれほど頻繁に行われませんし、臨時株主総会でそれを行うことは極めて稀です。仮に臨時株主総会で監査法人を変えるとなれば、「監査法人の任期(1年)を待たずして変更しなければならない状況とは一体何なのか」といった投資家の疑心暗鬼を呼ぶ可能性があります。そこで、例えば監査法人が粉飾決算に関与していた等でない限り、定時株主総会のタイミングで変更するのが無難と言えます。