株主に報いるためには、経営権の委譲も排除すべきではない
取締役は「株主から事業の運営を委託」されている立場です。したがって、いかに事業を伸ばし、その結果いかに株主に報いるかを最優先に考えるべきであり、そのためには、究極的には経営権を他に委ねることも排除すべきではありません。しかも、本課題のように重要な業務提携先からの買収提案であれば、それを拒絶することによる事業への影響も考える必要があります。
以下、本課題を考えるうえで示唆に富む事例を2つ紹介しましょう。
日本ペイントの衝撃
日本ペイントは2013年1月、業務提携先であり、かつ自社の株式を15%保有する筆頭株主であるウットラムグループに、45%まで株式を買い増すことを目指すとのTOB(株式公開買付け)を提案されました。日本ペイントの経営陣は2010年に導入した買収防衛策の手続に従って提案を検討、いったんは「反対意見」を表明して提案を拒絶、ウットラムも「争うのは本意ではない」と提案を取り下げています。
しかし2014年2月、日本ペイントはウットラムを対象とする第三者割当増資を発表、議決権の30%をウットラムが握ることになりました。また、ウットラムは株式市場で日本ペイント株式を39%まで買い増す権利を持つとともに、日本ペイントはウットラムから取締役2名を受け入れることになっています。日本ペイントは約1,000億円の調達資金を用いて、ウットラムとのアジア合弁企業8社の保有株式比率を51%まで引き上げて子会社化する予定です。
両社は1962年に提携関係を結んで以来、アジア各国で事業を共同展開してきており、中国やマレーシア、シンガポールなどでは両社の合弁会社がトップのシェアを誇ります。もっとも、事業拡大に当たっては、ウットラム会長のゴー・ハップ・ジン氏が持つネットワークに拠るところが大きかった模様です。日本ペイントとしては、同氏、同グループとの協業なくして、将来的なグローバル戦略は考えられない状況だったとみられます。
今回、買収提案を全面的に否定してウットラムとの関係が壊れれば、日本ペイントは海外展開の足掛かりを失い、今後の成長を大きく毀損する可能性がありました。株主への責任、取引先との関係、そして従業員の雇用を考えれば、経営の独立性にこだわり続けるわけにはいかなかったのではないでしょうか。
この日本ペイントのケースのように、取締役は「企業」以上に「事業」に責任を持つべきだと言えます。
東京エレクトロンの英断
東京エレクトロンは2013年9月、半導体製造装置の世界最大手アプライドマテリアルと共同持株会社を設立する方式で、2014年後半に経営統合すると発表しました。
2012年における半導体製造装置の世界市場のシェアは、アプライドマテリアルが首位(14.4%)で、東京エレクトロンは3位(11.1%)。統合後は2位のオランダASML(12.8%)を大きく引き離す世界トップ企業が誕生します。
半導体マーケットはスマートフォンの急速な普及で高機能化が進んでおり、製造装置の開発において大規模な投資が必要になってきています。こうした中、ビジネスとして生き残るためには規模拡大による体力強化が不可欠でした。統合会社は、コスト削減などにより、設立初年度に年間2億5000万ドル、3年後には同5億ドルのシナジー効果を見込んでいます。
アプライドマテリアルの時価総額は東京エレクトロンの2倍で、合併比率はそのまま2:1となる見通しです。形としては、東京エレクトロンがアプライドマテリアルに吸収されることになります。両社経営トップは「対等合併」を強調していますが、業界内では「アプライドが主導権を握る」との見方が強くなっています。技術革新の激しい半導体業界で存在感を維持するためには、明確なリーダーシップに率いられた迅速な意思決定が必要でしょう。
「企業は事業の器」とも言われます。ビジネスを発展させる、すなわち、顧客には良質かつ安定した製品・サービスを、従業員には安定した雇用とやり甲斐のある職務を提供し、ひいては広く社会全体に貢献するためには、この東京エレクトロンのケースのように、時に経営権の在り方は二の次として、最善の道を探るべきです。言葉だけのCSR(企業の社会的責任)経営ではなく、真にすべてのステークホルダーに報いるための「経営の在り方」を、取締役は常に求めるべきだと言えます。
本課題に対する取締役の心構え
一方、ある上場企業は、同社の関連分野で圧倒的なシェアを持ち、企業買収の経験も豊富な超優良企業から買収提案を受けたにもかかわらず、提案に対する再質問を繰り返すことで協議入りを先延ばしし、結局、事実上の“門前払い”としてしまいました。この企業は買収防衛策を導入していましたが、そもそも買収防衛策の導入は「買収提案を真摯に検討する」という意思表明であり、実際、同社の買収防衛策にも「特定の者による当社株式の大規模買付行為であっても、当社グループの企業価値ひいては株主共同の利益の確保・向上に資するものである限り、これを一概に否定するものではありません」などと明示されていました。
株式市場は「企業買収の市場」とも言われます。1つの企業だけでは期待できないような事業の価値を、複数企業による合同や調整で実現することが、株式市場に期待されている大きな役割の1つと言えます。したがって、実績のある買収者から買収提案を受けた場合には、取締役はこれを真摯に検討するべきであり、「協議にさえ入らなない」といった姿勢は、資本市場から批判の的となります。そもそも、株式を上場していれば買収提案を受けることは当然、起こり得ます。上場企業の取締役は、「自社を売りに出す」選択肢を排除せず、常に事業を発展させるために最適な経営判断を下せるよう、心掛ける必要があります。
最後に、本課題に対する取締役の心構えをまとめておきます。
(1)買収防衛策の導入は「買収提案を真摯に検討する」という意思表明である。また、買収防衛策の導入以前に、「株式を上場する」ということは常に買収リスクに晒されているということでもあるという緊張感を持って、経営判断の場に臨むべきである。
(2)「企業は事業の器」ともいう。事業を通じてつながるすべてのステークホルダー(顧客、従業員など)にとって何が最善か、そのためには経営権にどこまでこだわるべきか、責任を持って判断しなければならない。
(3)重要な事業パートナーとの関係悪化は、事業存続を大きく左右しかねない。最終的に経営と事業のどちらを優先するか、究極の選択にも備えるべきである。