2014/06/15 未払残業代(会員限定)

<解説>
未払残業代で“ブラック企業”認定のリスクも

 労働基準法では、労働時間に関して次のような規制を設けています。
原則として、1日に8時間、1週間に40時間という法定労働時間を超えて労働させてはならない。
労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えなければならない。
少なくとも毎週1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を与えなければならない。

 ただし、労使間で時間外労働協定(いわゆる36協定)を締結すれば、法定労働時間を超えた労働(時間外労働。いわゆる残業)も可能になります。そして、時間外労働が生じた場合には、当然ながら残業代を支払う必要があります。

36協定 : 労働基準法36条に定める労使協定を指していることから「サブロク協定」と呼ばれる。本来であれば、労働基準法32条に定める時間を超えて従業員を労働をさせることはできないが、「36協定」を労使で締結し、労働基準監督署に届け出れば、労働時間の延長が可能になる。

 「未払残業代」とは、従業員が法定労働時間を超えて労働したにもかかわらず、会社から従業員に対して支払われなかった残業代のことです。この場合、従業員は会社に対し「賃金債権」を有することになりますが、労働基準法上、賃金債権の時効は2年とされています(労働基準法115条)。したがって、従業員側から会社に対して未払残業代の支払いを求めることができるのは、最大で「過去2年分」ということになります。

 未払残業代には、
(1)従業員のやる気をそぎ、離職率が高まるリスク
(2)対象者と期間次第で会社が負担すべき金額が膨らむリスク
(3)“ブラック企業”の烙印を押され、企業イメージを損なうリスク
(4)広く知れ渡ることにより、優秀な人材を集めることが困難になるリスク
があります。よって、未払残業代の発生を未然に防がなければならないのは言うまでもありません。上場会社では未払残業代への対応は相当程度進んでいるものと思われますが、本事案のように子会社となると、なかなか目が届かないものです。

労働時間規制とホワイトカラーの労働実態のギャップを埋める「裁量労働制」

 もっとも、上述したような労働時間に関する規制は、労働時間と生産量が概ね比例する工場労働者を想定したものといっても過言ではありません。いわゆるホワイトカラー(主に事務に従事する人々を指す職種・労働層)のように、労働時間をかけても必ずしも生産量が上がるわけではない職種に対して、このような規制をかけることには無理があると言えます。

 そこで導入されたのが裁量労働制です。

 「1日に8時間、1週間に40時間」といった労働時間に関する規制における「労働時間」は、実際に労働した時間によって算定するのが原則ですが、裁量労働制では、労働者は実際の労働時間とは関係なく、労使であらかじめ定めた時間の分だけ働いたと”みなされる”ことになります。例えば「労使であらかじめ定めた時間」が8時間とすると、1日6時間しか働かなくても、11時間働いたとしても、「8時間だけ働いた」とみなされるわけです。裁量労働制は、「業務の性質上、その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる業務」に適用できるとされています。具体的には、システムエンジニアや研究開発職、弁護士、公認会計士などの専門職を対象にする「専門業務型」と、経営企画などの「企画業務型」があります。

「裁量労働制や年俸制を採用すれば残業代不要」という誤解

 残業代にまつわる“最もポピュラーな誤解”が、「裁量労働制や年俸制を採用すれば残業代は不要」というものです。

 裁量労働制、年俸制いずれにおいても、残業代について特段の取決めをしていなければ、法定労働時間を超えた分については残業代が発生します。ここでいう「特段の取決め」とは、「年俸には年間300時間までの残業時間に相当する残業代を含んでいる」「年間300時間までの残業時間込みの裁量労働制とする」といったものです。この場合、残業が年間300時間までであれば残業代は発生しませんが、300時間を超えれば残業代が発生するということに留意する必要があります。

ホワイトカラー・エグゼンプションは導入されるか?

 このように、裁量労働制、年俸制の下でも残業代が発生することがある中、現在、経済界が導入を目論んでいるのが、ホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間規制適用免除制度)です。これは、ホワイトカラー労働者に対して労働時間規制を適用しないというもので、政府は年収1,000万円以上の専門的な職種を対象に導入を検討しています。

 ただ、労働時間にとらわれずに生産性の向上を図ることができるのか、働き過ぎによる健康被害の防止やワーク・ライフ・バランスを図ることができるのかなど、いろいろ課題はありそうです(2014年7月4日のニュース「政府の目玉戦略、「新たな労働時間制度」は企業経営上のメリット期待できず?」参照)。

「労務デューデリ」の結果が買収額に影響も

 今回のSSS社の未払残業代の問題は、PPP社がSSS社を買収する際に「労務デューデリジェンス」をしっかりと実施していれば、その時点で発見されていたはずです。仮に未払残業代が発見されていれば、SSS社の買収額や買収の是非の判断にも影響を与えていたことでしょう。

 買収額がいくらタダ同然でも、「未払残業代などという隠れ債務付きのものを買ってしまっては、どうしようもないだろう」という社長の嘆きはもっともです(本稿では触れていませんが、SSS社買収当時の役員は、“割高な買い物”をして会社財産を毀損してしまったという点で、責任を問われる可能性があります)。

さて、以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。

<正解>
GOOD発言はこちら

取締役B:「残業代未払額は創業時(7年前)から累積すると1億円ですが、労働債権の時効を考えると、実際に支払いが必要となる額はそこまではいかないはずです。」
コメント:残業代未払額は創業時(7年前)から累積すると1億円になったとしても、労働基準法115条によると労働債権の時効は2年間とされています。2年を超える分についても支払うかどうかは任意であり、そこは経営判断となりますが、資金的に厳しいSSS社にそこまでの余裕はないはずです。時効を援用するのが通常の判断と言えます。

援用 : 時効により債権が消滅したことを、債務者が主張すること。

BAD発言はこちら
取締役A:「実際にSSS社の従業員から未払残業代の支払いを請求されたわけではありませんよね。請求されるまで、こちらから積極的に支払う理由はないと思います。」
コメント:内部監査部門からコンプライアンス違反状態について報告を受けているにもかかわらず、それを揉み消すような姿勢は極めて不適当です。「内部監査部門がコンプライアンス違反状態を報告したにもかかわらず、役員会で放置することを決めた」ことが後日発覚した場合に受けることになる制裁は、未払残業代の比ではありません。残業代の未払いが発覚した以上、たとえ請求されなくても(2年分は)支払うべきです。また、内部監査チームの監査対象を親会社や他の子会社にも広げて、グループ全体として残業代の未払いがないかどうかを確認しておく必要があります。
取締役C:「そもそもSSS社は年俸制を採用しています。年俸制だから残業代は発生しないはずです。」
コメント:年俸制を採用していても、法定労働時間を超えた場合は残業代が発生します。仮に、残業代込みの年俸制であっても、あらかじめ取り決めた時間数を超えて労働すれば、超えた分について残業代が発生します。「年俸制だから残業代は発生しない」という誤解に基づく発言はBAD発言です。
取締役D:「これを機に、残業代を支払う必要のない裁量労働制を採用すべきではないでしょうか。」
コメント:裁量労働制を採用していても、やはり法定労働時間を超えた場合は残業代が発生します。残業代込みの裁量労働制であっても、取り決めた時間数を超えて労働すれば、超えた分について残業代が発生する点も、年俸制と同様です。

2014/06/13 メーカーが景表法違反に問われる可能性も

 昨秋(2013年秋)の食品の偽装表示問題を受けて今国会に提出されていた「景品表示法改正案」が6月6日に成立したが(施行は法案成立後6か月以内)、改正景表法の最大のポイントとなっているのが課徴金制度の導入だ(2014年5月16日のニュース「景表法改正案が月末にも成立、「課徴金」を課されないための体制整備とは?」参照)。もっとも、今回成立した改正景表法では「課徴金制度を設けることを検討する」という“検討規定”が設けられているに過ぎず、課徴金制度の具体的な内容を定めた法案の提出は今秋の臨時国会が予定されている。

 こうした中、内閣府の消費者委員会は6月10日、法案提出に向け、課徴金制度の方向性をまとめた答申を公表したが、マスコミ報道等により課徴金の賦課要件や課徴金額の算定方法に大きな注目が集まる一方で、企業実務への影響という観点から見逃せないのが、・・・

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2014/06/13 メーカーが景表法違反に問われる可能性も(会員限定)

 昨秋(2013年秋)の食品の偽装表示問題を受けて今国会に提出されていた「景品表示法改正案」が6月6日に成立したが(施行は法案成立後6か月以内)、改正景表法の最大のポイントとなっているのが課徴金制度の導入だ(2014年5月16日のニュース「景表法改正案が月末にも成立、「課徴金」を課されないための体制整備とは?」参照)。もっとも、今回成立した改正景表法では「課徴金制度を設けることを検討する」という“検討規定”が設けられているに過ぎず、課徴金制度の具体的な内容を定めた法案の提出は今秋の臨時国会が予定されている。

 こうした中、内閣府の消費者委員会は6月10日、法案提出に向け、課徴金制度の方向性をまとめた答申を公表したが、マスコミ報道等により課徴金の賦課要件や課徴金額の算定方法に大きな注目が集まる一方で、企業実務への影響という観点から見逃せないのが、「不当表示の主体が複数であると認められる場合に複数の者を課徴金の対象とする」との記述だ。

 景品表示法違反として規制を受けるのは基本的に「表示内容の決定に関与した者」であるとされる。具体的には、「自己の供給する商品又は役務の取引について」(景品表示法第4条)不当な表示を行った事業者であり、例えば川上(メーカー)から川下(小売業者)へという流通過程においては、最終的に表示を行った小売事業者のみが同法上の責任を負うと考えられてきた。

 ただ、「表示内容の決定に関与した者」の範囲は、「内容の決定」をどのように捉えるかによって変わり得る。実際、過去には、「他の者の表示内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者」や「他の事業者にその決定を委ねた事業者」も「表示内容の決定に関与した者」に含まれるとした裁判例もあり(東京高判平成20年5月30日)、必ずしも違反者が“単独”であるとは限らない。そう考えると、今回の答申に盛り込まれた「複数の者」が課徴金の対象になり得る旨の記述は、当該裁判例の内容を明示的に示そうという意図によるものと見ることもできる。

 仮にこれが法律に明記された場合、景品表示法違反の対象となる事業者の範囲は大幅に拡大する可能性がある。「複数」という文言が法律上明記されることによって、最終的に表示を行った事業者のみならず、広く「内容の決定に関与した事業者」の責任も問う声が拡がる恐れがあるからだ。例えば、近年、小売業者によるプライベートブランド市場が急成長を見せているが、最終的な表示主体である小売業者のみならず、裁判例にある「他の事業者(ここでは小売業者)にその決定を委ねた事業者」として、メーカーが景表法違反に問われることも考えられる。これまで「景品表示法上の責任を問われることはない」と考えてきた企業も注意が必要だろう。

2014/06/12 (新用語・難解用語)資産負債法

資産負債法とは、税効果会計基準において採用されている繰延税金資産・負債の計上方法のこと。詳しくは後述するが、マスコミ報道等で税効果会計を説明する際には「繰延法」により説明されていることが多いので要注意だ。

資産負債法そのものの解説に入る前に、そもそも税効果会計とはどのような仕組みなのかをおさらいしておこう。

税効果会計がないとどうなる?

まず、税効果会計がないとどうなるかを考えてみたい。簡単な数字を使って説明しよう。

例えば、建物(簿価200)について減損損失を100計上した結果、建物の簿価が100になったとする。また、減損損失を計上するまでは会計上の税引前利益は200であったものの減損損失計上により会計上の税引前利益が100になったとしよう。税金計算のルールでは、「会計上の費用」が必ずしも「税務上の損金」として認められるとは限らない。減損損失もその1つ。すなわち、会計上減損損失を計上しても、税務上は損金として認められないことになる。

減損損失 : 固定資産の時価や収益性が著しく低下している場合に、固定資産の簿価を時価まで減額する処理のこと。

そこで、税金を計算する上では、減損損失を“計上しなかった”ことにしなければならない。具体的には、会計上の税引前利益100に減損損失100を足してあげることで、所得(会計上の利益に相当)が200(=100+100)と計算される。実効税率を40%とすると、法人税等の額は80(=200×40%)となる。その結果、税効果会計を採用していない場合、損益計算書(P/L)は図1のように表示される(なお、法人税等は税金に関する費用なので、税金費用ともいわれる)。

実効税率 : 法人税、住民税、事業税(所得に比例する分)の税率をあわせた税率のこと。計算上の実質的な税負担率である。

法人税等 : 法人税、法人住民税、法人事業税(所得に比例する分)

(図1:税効果会計を採用していない場合のP/L)
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税引前利益は100あったにもかかわらず、法人税等という税金費用が80計上された結果、株主に配当可能な当期の利益は20になってしまったことになる。事情を知らずに会社の損益計算書を見た株主や投資家は、「実効税率は40%なのに、なぜ80も税金を負担しているのだろう?」と首をかしげるであろう。また、「税引後利益」は経営の成果の重要な尺度の1つであり、経営者としては、本来の実効税率の倍に相当する税金の負担率によって算出された税引後利益をもって「今期の成果」とされるのは、株主の手前、不本意であろう。

税効果会計導入で税引前と税引後の利益の関係が明白に

そこで、税効果会計が登場することになる。税効果会計は、税引前利益と税引後利益の関係を分かりやすくするための仕組みである。上の事例に税効果会計を用いると、図2のように、税引前利益と税引後利益が“整合”した分かりやすい損益計算書(P/L)となる。

(図2:税効果会計を採用した場合のP/L)
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図1と比べると、税金費用は税引前利益に実効税率40%を乗じたものとなっており、税引前利益と税引後利益の関係も「実効税率分の税金の負担」として説明が可能だ。その裏では、税金費用が80から40に調整されている。

このように、税効果会計とは、会計上の利益を算定するルールと法人税などの税金を計算するルールとの違いに起因して、損益計算書(P/L)の「税引前利益」と、税金控除後の「税引後利益」の関係が分かりづらくなってしまうことを避けるための工夫と言える。

また、税効果会計には、損失計上が税務上損金となる段階ではなくても、会計上の損失計上を促しやすくする効果もある。なぜなら、上記の例で減損損失を計上しなければ、税引前利益は200であった。これに実効税率40%を乗じた80を控除すると、税引後利益は120になる。

(図3)
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ここで監査法人が「減損損失を計上しなければ適正意見は表明できない」と主張してきた場合、税効果会計がなければ税引後利益は20となる(図1)ところ、税効果会計適用により税引後利益は60確保できるわけだ(図2)。減損損失を計上しない方が税引後利益は多いものの、減損損失100の分だけ税引後利益が減るわけではない(実際に減った額は60(=120-60)にとどまった)。このように、税効果会計には、損失計上の緩和効果があることから、税効果会計の導入時に金融機関は早期適用して一斉に不良債権償却を実施したという経緯がある。

税金費用の調整にはルールが必要

もっとも、税金費用の調整に関するルールが何もなければ、粉飾の余地も出てくる。そのルールが、資産負債法である。資産負債法とは、文字通り、会計上の資産・負債の額と、税務上の資産・負債の額のズレに着目する手法。具体的には、
(1)会計上の資産・負債の額と、税務上の資産・負債の額にズレがあること
(2)そのズレが
・将来に損金になることが予定されているズレ
・将来に益金になることが予定されているズレ
という「将来において解消するズレ(これを一時差異と言う)」であること
の2つの要件を満たせば、そのズレに対応する将来の税額(解消時に税金を減額または増額させる税額。一時差異に、差異解消時の実効税率を乗じて算出)を、ズレが解消する時点まで繰り越すことになる。

税務上の資産・負債の額 : 会計上の資産・負債の額に、税務上の加算・減算を行った額。

資産負債法の考え方を、上記事例の数字を使って説明しよう。・・・

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2014/06/12 (新用語・難解用語)資産負債法(会員限定)

資産負債法とは、税効果会計基準において採用されている繰延税金資産・負債の計上方法のこと。詳しくは後述するが、マスコミ報道等で税効果会計を説明する際には「繰延法」により説明されていることが多いので要注意だ。

資産負債法そのものの解説に入る前に、そもそも税効果会計とはどのような仕組みなのかをおさらいしておこう。

税効果会計がないとどうなる?

まず、税効果会計がないとどうなるかを考えてみたい。簡単な数字を使って説明しよう。

例えば、建物(簿価200)について減損損失を100計上した結果、建物の簿価が100になったとする。また、減損損失を計上するまでは会計上の税引前利益は200であったものの減損損失計上により会計上の税引前利益が100になったとしよう。税金計算のルールでは、「会計上の費用」が必ずしも「税務上の損金」として認められるとは限らない。減損損失もその1つ。すなわち、会計上減損損失を計上しても、税務上は損金として認められないことになる。

減損損失 : 固定資産の時価や収益性が著しく低下している場合に、固定資産の簿価を時価まで減額する処理のこと。

そこで、税金を計算する上では、減損損失を“計上しなかった”ことにしなければならない。具体的には、会計上の税引前利益100に減損損失100を足してあげることで、所得(会計上の利益に相当)が200(=100+100)と計算される。実効税率を40%とすると、法人税等の額は80(=200×40%)となる。その結果、税効果会計を採用していない場合、損益計算書(P/L)は図1のように表示される(なお、法人税等は税金に関する費用なので、税金費用ともいわれる)。

実効税率 : 法人税、住民税、事業税(所得に比例する分)の税率をあわせた税率のこと。計算上の実質的な税負担率である。

法人税等 : 法人税、法人住民税、法人事業税(所得に比例する分)

(図1:税効果会計を採用していない場合のP/L)
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税引前利益は100あったにもかかわらず、法人税等という税金費用が80計上された結果、株主に配当可能な当期の利益は20になってしまったことになる。事情を知らずに会社の損益計算書を見た株主や投資家は、「実効税率は40%なのに、なぜ80も税金を負担しているのだろう?」と首をかしげるであろう。また、「税引後利益」は経営の成果の重要な尺度の1つであり、経営者としては、本来の実効税率の倍に相当する税金の負担率によって算出された税引後利益をもって「今期の成果」とされるのは、株主の手前、不本意であろう。

税効果会計導入で税引前と税引後の利益の関係が明白に

そこで、税効果会計が登場することになる。税効果会計は、税引前利益と税引後利益の関係を分かりやすくするための仕組みである。上の事例に税効果会計を用いると、図2のように、税引前利益と税引後利益が“整合”した分かりやすい損益計算書(P/L)となる。

(図2:税効果会計を採用した場合のP/L)
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図1と比べると、税金費用は税引前利益に実効税率40%を乗じたものとなっており、税引前利益と税引後利益の関係も「実効税率分の税金の負担」として説明が可能だ。その裏では、税金費用が80から40に調整されている。

このように、税効果会計とは、会計上の利益を算定するルールと法人税などの税金を計算するルールとの違いに起因して、損益計算書(P/L)の「税引前利益」と、税金控除後の「税引後利益」の関係が分かりづらくなってしまうことを避けるための工夫と言える。

また、税効果会計には、損失計上が税務上損金となる段階ではなくても、会計上の損失計上を促しやすくする効果もある。なぜなら、上記の例で減損損失を計上しなければ、税引前利益は200であった。これに実効税率40%を乗じた80を控除すると、税引後利益は120になる。

(図3)
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ここで監査法人が「減損損失を計上しなければ適正意見は表明できない」と主張してきた場合、税効果会計がなければ税引後利益は20となる(図1)ところ、税効果会計適用により税引後利益は60確保できるわけだ(図2)。減損損失を計上しない方が税引後利益は多いものの、減損損失100の分だけ税引後利益が減るわけではない(実際に減った額は60(=120-60)にとどまった)。このように、税効果会計には、損失計上の緩和効果があることから、税効果会計の導入時に金融機関は早期適用して一斉に不良債権償却を実施したという経緯がある。

税金費用の調整にはルールが必要

もっとも、税金費用の調整に関するルールが何もなければ、粉飾の余地も出てくる。そのルールが、資産負債法である。資産負債法とは、文字通り、会計上の資産・負債の額と、税務上の資産・負債の額のズレに着目する手法。具体的には、
(1)会計上の資産・負債の額と、税務上の資産・負債の額にズレがあること
(2)そのズレが
・将来に損金になることが予定されているズレ
・将来に益金になることが予定されているズレ
という「将来において解消するズレ(これを一時差異と言う)」であること
の2つの要件を満たせば、そのズレに対応する将来の税額(解消時に税金を減額または増額させる税額。一時差異に、差異解消時の実効税率を乗じて算出)を、ズレが解消する時点まで繰り越すことになる。

税務上の資産・負債の額 : 会計上の資産・負債の額に、税務上の加算・減算を行った額。

資産負債法の考え方を、上記事例の数字を使って説明しよう。まず、固定資産の税務上の簿価を算定する。これは、会計上の簿価100に建物の減損損失100を加える(減損損失を計上しなかったことにする)ことで、200と算定される。この税務上の簿価200と会計上の建物簿価100とのズレ100は、徐々に解消されることになる。なぜなら、税務の簿価も「減価償却」を通じて年々減少していく(損金として計上されていく)からだ。すなわち、建物の減損損失は上述した「将来において解消する(損金算入される)ズレ」に該当し、その金額(一時差異)は100ということになる。

計上しなかったことにする : これを「自己否認」と言う。

この一時差異100に実効税率40%を乗じた40は、将来の税額であるため、「繰延税金資産」として貸借対照表(B/S)に計上され、同時に損益計算書(P/L)の「法人税等調整額」として法人税等の額を40減らすことになる。

法人税等調整額 : 税効果会計適用時に損益計算書において繰延税金資産や繰延税金負債の計上・取り崩しの額を表示する科目。税金費用を調整する性質を有することから、法人税等調整額と言われる。

なお、繰延税金資産は回収可能(将来の税金を減額する効果がある)なものでなければならないという点には留意が必要だ(この点については、2014年4月30日のニュース「繰延税金資産の回収可能性、会社に求められるより高い立証レベル」を参照)。

(図4:資産負債法の考え方)
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一時差異の原因となるもの(上記の(1)と(2)の要件を満たすもの)としては、上記例の減損損失のほか、税務上の償却限度額を超えた減価償却、固定資産の評価損、賞与引当金、退職給付引当金、災害損失引当金、上場有価証券の時価評価などがある。

一方、例えば役員賞与引当金(負債)については、会計上の負債と税務上の負債のズレがあっても(よって、(1)の要件を満たす)、将来解消されることは永久にない(役員賞与は税務上、永久に損金算入が認められないため)ことから、(2)の要件を満たさず、一時差異には該当しない。こういった差異は「永久差異」と呼ばれる。また、交際費や寄附金の損金算入限度超過額や受取配当金の益金不算入額についても、会計と税務で扱いが異なるものの、それらはそもそも「資産・負債のズレ」にならないし((1)の要件を満たさず)、将来に損金や益金に算入されることもない((2)の要件を満たさず)。よって、一時差異には該当せず、永久差異となる。永久差異は税効果会計の対象とはならないため、これに実効税率と実際の税負担率の差を乗じた「実際に負担した税額と会計上算出された税額」の差は永遠に埋まることはない(上記例でいうと、法人税等調整額は0で、法人税等が80のままの状態)。したがって、その差に重要性があれば財務諸表にそれを注記する必要がある。

マスコミ報道等で「繰延法」がよく使われている理由は?

冒頭で触れたように、税効果会計には、資産負債法の他に「繰延法」という方法もある。 上述のとおり、資産負債法が「資産・負債のズレ」に着目したものであるのに対し、繰延法は、「会計上の費用・収益」と「税務上の損金・益金」のズレに着目したもの。税効果会計基準が導入される前は主流であったが、現在では一部を残し、その考え方は採用されていない。

税効果会計に関する報道等を見ると、いまだに「会計上の費用と税務上の損金のズレを埋めるため・・・」といった説明がなされていることが少なくない。

何の疑問も抱かずに「その通りでは?」と思った方は、資産負債法への理解が不足している可能性がある。こういった説明は損益計算書(P/L)的に差異を説明していることから、「繰延法」に沿ったものと言える。日本では貸借対照表(B/S)的に差異を説明する資産負債法が採用されているにもかかわらず、報道等でいまだに繰延法的な説明が見受けられるのは、その理解のしやすさが理由だろう。ちなみに、繰延法では上場有価証券の時価評価の評価差額は税効果会計の対象にならない(時価評価の評価差額は損益計算書を通らずに、純資産に直入するので)という点も、資産負債法との違いと言える。

「今」合わせるか、「将来」合わせるか

実は、図2の説明のように、「当期」の税引前利益と税引後利益の関連性を適切なものにするという発想は、繰延法的な説明である。一方、資産負債法は、「一時差異が解消される年度」の税引前利益と税引後利益の関連性を適切なものにするという発想に基づいている。繰延法は「説明しやすい」ため、マスコミ等が税効果会計に関連する記事を分かりやすく報道しようとする際にはよく用いられる。その影響もあり、繰延法的に税効果会計を理解している方も少なくない。これを機に資産負債法の発想に慣れて欲しいところだ。

資産・負債、収益・費用(益金・損金)のいずれのズレに着目するのかということ以外に、両者は、「今」合わせるのか「将来」合わせるのかという点にも違いがある。一見分かりにくいが、税率が変更された時には、その違いが浮き彫りとなる。すなわち、繰延法では、「今」合わせたズレを繰り越していくだけで、ズレが発生した年度の実効税率を使い続ける(計上後に税率変更があっても対応しない)。「今」に照準を合わせているため、将来の繰延税金資産の回収可能性や、一時差異のスケジューリングといった話も出てこない。

繰延税金資産の回収可能性 : 例えば赤字決算が続いておりそもそも税金が発生しないケースなど、将来の税金を減額する効果がない分については「回収可能性がない」と判断され、繰延税金資産の取崩しが必要になる。

一時差異のスケジューリング : 将来のどの年度で一時差異が解消されるのかのスケジュールを予測すること。

一方、資産負債法では、ズレの「解消年度」に照準を合わせることになる。そのために、一時差異の解消のスケジューリングが必要になるし、繰延資産の回収可能性も検討されることになる。仮に税法が改正され実効税率が上下すると、スケジューリングと照らし合わせながら、税率が変動した分だけ繰延税金資産や繰延税金負債の積増しや取崩しが必要になる。例えば、税法が改正され、3年後に実効税率が下がることになった場合、1年後と2年後に解消される一時差異については従来の実効税率を、3年後以降に解消される一時差異については改正後の実効税率を用いることになる。

(図5:繰延法と資産負債法の発想の違いと税率改正への対応の違い)
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現在、政府は平成27年度税制改正での法人税率引下げを検討中だ。これが実施されれば、企業は繰延税金資産の取崩しが必要になる。繰延税金資産を取り崩すということは、法人税等調整額がプラス方向に増えることを意味する。それは、税金費用の増加を意味し、税引後利益の減少要因となる(図6参照)。経営陣としては、法人税の税率引下げが税引後利益の減少につながるという点には留意しておきたい。

(図6:税率引下げの思わぬ副作用)
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2014/06/11 JPX日経インデックス400に選定されると株価は上がるか?(会員限定)

 日本取引所グループおよび東京証券取引所と日本経済新聞社が2014年1月に株価指数「JPX日経インデックス400」(以下、JPX400)の算出を開始して以来、間もなく半年が経過しようとしている。

 JPX400とは、「資本の効率的活用や投資者を意識した経営観点など、グローバルな投資基準に求められる諸要件を満たした『投資者にとって投資魅力の高い会社』で構成される新しい株価指数」とされ、3年平均ROE(自己資本利益率)や独立社外取締役の人数などを加味して構成銘柄が決定される。

 ここで気になるのは、実際のところ、上場会社全体と比較したJPX400のパフォーマンスがどうなっているかという点である。そこで、JPX400とTOPIXを比較してみると、2014年1月から6月初旬までの上昇率は前者が2%で後者が1%と、ほとんど変わらないことが分かる。これは、JPX400採用銘柄が過去の業績(3年平均ROEなど)を基準に選定されていることが一因になっていると考えられる。株価は将来の業績改善を期待して上昇するものなので、JPX400採用銘柄における過去の好業績は既に株価に織り込まれおり、選定後の株価が市場全体をアウトパフォームする(上回る)ことはなかなか望みにくいというわけだ。シンプルに高い投資パフォーマンスを追求するなら、むしろJPX400に採用されなかった銘柄の中から、今期そして将来的にROEの改善が期待できるものを選別する方が、理にかなっていると言えるのかもしれない。

 下表はTOPIX500銘柄の中からJPX400に選ばれなかった181社と、TOPIX銘柄には含まれないがJPX400に選ばれた79社について、ROEとPBR(株価純資産倍率)を比較したもの。ROEとPBRはそれぞれ、JPX400選定の対象期間となった2010~2012年の平均値と、直近に発表された2013年の実績値を算出した。なお、ROEについては赤字企業を排除して計算している。

 

ROE

PBR

2010~2012

2013

2010~2012

2013

TOPIXのみに選定の181社

5.1%

7.2%

1.3倍

1.1倍

JPXのみに選定の79社

16.8%

14.9%

3.4倍

2.1倍

 

 選定対象期間(2010~2012年)のROEとPBRを見ると、いずれもJPX400のみに選定の79社がTOPIXのみに選定の181社の約3倍と、ROEとPBRが整合しており、 株価が合理的に形成されていることが分かる。

 一方で、選定後には、ROEとPBRともに格差は約2倍に縮小している。また、TOPIXのみに選定の181社のROEは改善し、PBRはほぼ横ばいであるのに対し、JPX400のみに選定の79社のROEは悪化し、PBRも3分の2に低下している。すなわち、株価パフォーマンスはTOPIXのみに選定の181社の方が上回っている。今期以降、TOPIXのみに選定の181社のROEが改善することで、JPX400にのみ選定の79社のROE、ひいてはPBR(PBRとROEは「PBR=ROE×PER(株価収益率=株価÷1株当たりの予想純利益)」と正比例の関係にある)の格差はさらに縮小すると考えられる。

 とはいえ、JPX400は、世界最大級の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)においてパッシブ運用のベンチマークとして早速採用され、また、JPX400に採用されなかったことをきっかけに大幅な株主還元の拡充に動いた企業が出現するなど、早くも資本市場において大きな影響を及ぼしている。上場会社としては、JPX400に選定されることを目標に、ROE向上のための事業戦略および財務戦略(株主還元など)を実施し、その過程で株価パフォーマンスを向上させることを目指すべきだろう。上述のとおり、JPX400の構成銘柄だからといって当然に株価上昇が約束されるわけではないが、むしろJPX400に選定されるようROE重視の経営に取り組むプロセス自体が、資本市場からの評価と株価上昇へとつながるはずだ。

インデックス(パッシブ)運用 : 東証で言えばTOPIXのような株価指数(インデックス)の値動きに連動する運用成果を目指す運用手法のこと。株価指数を構成する銘柄をポートフォリオに組み入れるなどして、運用会社はあまり裁量を加えず運用する。積極的な運用方法でないという意味で「パッシブ(消極的な)という言葉が使われている。ファンドマネジャーが独自に銘柄を選択して運用する「アクティブ運用」とは対極の関係にある。

 8月にはJPX400の銘柄入れ替えが予定されており、TOPIXのみに選定の181社からも相当数がJPX400に採用されることになろう。どこが新たにJPX400銘柄に選ばれるか、注目される。

2014/06/11 JPX日経インデックス400に選定されると株価は上がるか?

 日本取引所グループおよび東京証券取引所と日本経済新聞社が2014年1月に株価指数「JPX日経インデックス400」(以下、JPX400)の算出を開始して以来、間もなく半年が経過しようとしている。

 JPX400とは、「資本の効率的活用や投資者を意識した経営観点など、グローバルな投資基準に求められる諸要件を満たした『投資者にとって投資魅力の高い会社』で構成される新しい株価指数」とされ、3年平均ROE(自己資本利益率)や独立社外取締役の人数などを加味して構成銘柄が決定される。

 ここで気になるのは、実際のところ、上場会社全体と比較したJPX400のパフォーマンスがどうなっているかという点である。そこで、・・・

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2014/06/10 【失敗学第3回】コーナン商事社の事例(会員限定)

概要

 コーナン商事株式会社(東証第一部)で、取締役(当時)がバイヤーの反対にもかかわらず、自身と緊密な関係にある取引先から品質不良品やコスト高の商品の仕入れを積み重ね、その裏でリベートを受領していた疑いが生じた。結局、同取締役は退任に追い込まれる一方、コーナン商事は同取締役へ損害賠償請求訴訟を提起した。
 また、コーナン商事は同取締役が個人的に有する会社の土地を賃借しており、その経緯等も問題視されることとなった。調査の過程で、同取締役が個人的に有する会社は実質的にコーナン商事の子会社であることが判明、その結果、コーナン商事は過去の有価証券報告書や決算短信等を訂正しなければならなくなった。

経緯

 コーナン商事における第三者委員会の調査報告書(2013年11月5日付)の公表までの経緯と公表後の動きを時系列で示すと、次のとおり。

<2013年>
9月:コーナン商事取締役(当時。以下「取締役X氏」)について外部より照会(仕入取引先からの不適正な資金の受領の有無、コーナン商事と取締役X氏の関連当事者との取引開始の経緯等)があった。
9月24日:コーナン商事では内部調査委員会を社内に設置して事実関係の有無およびその内容の究明に着手。その後、取締役X氏が実質的に経営するH社の有する土地について、コーナン商事が取締役会の承認を得ずに賃借契約を結んだ事実等が報道されたため、これらも調査対象に加える。
10月15日:調査の客観性および信頼性を高めるため、社内調査を行う上記の内部調査委員会に加え、同社と利害関係のない弁護士による「第三者委員会」を設置し、事実関係の調査分析を行った。
11月5日:第三者委員会の調査報告書を受領。翌日に公表。
11月13日:取締役X氏が取締役を辞任。その一方で、X氏の長男である代表取締役副社長が代表取締役社長に就任(前代表取締役社長Y氏は代表権が外れ、取締役相談役に。その後、平成26年2月期の定時株主総会をもって退任)。
11月15日:過年度の有価証券報告書および内部統制報告書等の訂正報告書を提出するとともに、決算短信の訂正を公表。また、第三者委員会の調査報告書に基づく再発防止策を公表。
12月27日 :同社が元取締役X氏に損害賠償請求訴訟(*)を大阪地裁に提起。

*(被告(元取締役X氏)および被告と緊密な取引先との間で、原告(会社)にとって経済的に不利な取引が行われ、特別背任罪*に該当するその行為により原告に損害を与えたとして、リベートとして支払われたと強く推認される2億1600万円(円換算)や上記背任行為によって原告が抱えた不良在庫の評価損1億2,131万8,811円等の損害賠償請求訴訟。

* 取締役や監査役など会社経営において重要な役割を果たす者が、自己や第三者の利益を図ったり会社に損害を加える目的でその任務に背く行為をし、会社に財産上の損害を加えた場合に成立する(会社法960条、961条)。ちなみに、一般従業員等の背任行為に対しては刑法の背任罪が適用される(刑法247条)。取締役等による背任は通常の背任よりも責任が大きいと考えられることから、背任罪より特別背任罪の方が罪が重い。

<2014年>
1月10日:再発防止策の進捗状況を公表。
4月11日:再発防止策の成果ならびに今後の取組を公表。
5月30日:2014年2月期の内部統制報告書において、開示すべき重要な不備がある旨を記載のうえ、当該報告書を関東財務局に提出。

内容・原因・改善策

 第三者委員会の調査報告書によると、本件の主な問題点は次のとおりである(肩書きは報告書当時のもの)。

前提 取締役X氏(女性)と代表取締役Y氏(男性)は、10年前より生計を一にしていた。

購買取引の問題

内容 取締役X氏(海外商品部長兼中国室長)と緊密な関係にある取引先(中国・香港に所在するメーカー)およびコーナン商事の間で、同社にとって経済的に不利な取引が行われていた。
原因 ・取締役X氏の強い指示で、競合先メーカーからの相見積もりを取得せずに、取締役X氏と緊密な関係にある取引先からの調達を敢行。バイヤーが競合先メーカーからの安価な見積もりを取得しても、取締役X氏はこれを叱責し却下。
・取締役X氏と緊密な関係にある取引先から納品された木材にはカビが発生していたことから、損害賠償請求をしようとしたバイヤーを取締役X氏が叱責。取締役X氏はさらに追加注文を行う。
・取締役X氏と緊密な関係にある取引先から納品された石材は販売が低迷しているにもかかわらず、発注が繰り返され、在庫が増えていった。
・代表取締役Y氏は取締役X氏に広範な権限を与え、取締役X氏の行為を事実上黙認。
・コーナン商事では内部通報制度を導入していたものの、窓口が同社内にあるうえ、同制度に関与する内部監査室は代表取締役Y氏の直轄であることから、従業員が通報に萎縮する傾向があった。
改善策案 ・新規取引開始のルールを明確化する。
・新規取引開始の際の相見積もりを徹底する。
・創業者一族が実質的に経営する会社とコーナン商事との間における取引を明瞭化する。
・特定の人物に権限が集中しないようにして、相互牽制を図る。
・内部通報の窓口の管轄を社外に置き、通報者の匿名性を確保できる仕組みとする。 等

H社との関係(不動産の賃貸借、兼任の問題)

内容 取締役X氏とその家族が保有するプライベートカンパニーであるH社(X氏は役員でもある)が所有する土地を、コーナン商事店舗およびコーナン商事流通センターが賃借していた。H社の土地購入代金の原資は、代表取締役Y氏が取締役X氏に個人的に貸し付けたものと思われる。また、代表取締役Y氏は、H社の監査役に就任していた。
原因 ・賃貸借契約の稟議申請書は、稟議申請担当者が上席の者から一方的に作成を指示されたもので、申請担当者自身が賃貸借契約の交渉に関与したわけではなかった。しかも、添付書類はゼロという異例なものであったにもかかわらず、作成からわずか1日後には全決裁権者の承認を得ていた(コーナン商事のX氏以外の役員が異議を唱えた形跡は認められない)。
・取締役X氏が、コーナン商事の執行役員の在任期間中にH社の取締役を兼任することは、コーナン商事の執行役員規程によると、会社の承認が必要であったにもかかわらず、会社の承認を裏付ける資料はない。
・取締役X氏が、コーナン商事の取締役の在任期間中にH社の取締役を兼任することは、コーナン商事の役員規程によると、取締役会の承認が必要であったにもかかわらず、取締役会の承認を裏付ける資料はない。
・代表取締役Y氏が、コーナン商事の取締役の在任期間中にH社の監査役を兼任することは、コーナン商事の役員規程によると、取締役会の承認が必要であったにもかかわらず、取締役会の承認を裏付ける資料はない。
改善策案 ・稟議制度の運用の厳格化
・社外取締役の選任

H社との関係(実質的子会社の問題)

内容 ・取締役X氏はコーナン商事の「緊密な者*」に該当する(「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」9(2))。* 親会社との間の出資、人事、資金、技術、取引等の関係から見て、親会社の意思と同一の内容の議決権を行使すると認められる者。
・また、X氏はH社の役員でもあり、H社の株主はX氏とその家族である。
・したがって、H社はコーナン商事の子会社に該当する(「連結財務諸表に関する会計基準」7(3)、7(2)の②・④)。
原因 関連当事者(*)の注記に記載した時点で、H社の存在を認識することはできていた。しかし、関連当事者の注記に記載するだけにとどまっており、H社の決算書を入手するなどして実質子会社に該当するか否かを検討する決算・財務報告プロセスが抜け落ちていた。
* 会社に対し、支配力や重要な影響力を持っている会社および個人。関連当事者との取引は、関連当事者に有利(会社にとっては不利)な条件で行われがちなため、関連当事者の存在および関連当事者との取引内容を、財務諸表の注記事項として開示する必要がある(詳細は「会社と関係が深い者との取引について開示を行う」を参照)。
改善策案 H社を子会社として認識する(なお、連結子会社には該当しない(*)という判断になった)。
* 持分がゼロであるにもかかわらず、連結子会社に該当する場合がある。この点については、新用語・難解用語辞典の「ゼロパーセント連結」を参照。

丁社との関係(関連当事者の注記の記載漏れ)

内容 ・コーナン商事は、丁1社、丁2社の2社より、軍手や靴下を仕入れていた。
・丁1社、丁2社の2社は、取締役X氏の実弟であるB氏が株主であり、代表者でもある。
・丁1社、丁2社の2社は、コーナン商事の役員およびその近親者(2親等)が議決権の過半数を自己の計算*において所有している会社であり、関連当事者の要件に該当する。
* 行為の経済的効果が自己に帰属すること。
・丁1社、丁2社の2社からの仕入額は1,000万円を超えていた(関連当事者との取引高が1,000万円を超えると注記が必要になる)。
・それにもかかわらず、コーナン商事は丁1社、丁2社の2社を関連当事者として取り扱っておらず、「関連当事者の注記」における取引額の注記が漏れていた。
原因 ・開示部門では、関連当事者として把握すべきものを経理システムにおいてフラグ管理するなど、一定の努力をしていたものの、取締役X氏が回答すべき事項に回答しなかったため、把握漏れが起きてしまった。
改善策案 特に記載なし。

第三者委員会の調査報告に基づく再発防止策

    会社は、第三者委員会の調査報告書を受け、下記の再発防止策を取りまとめた。
    (1)業務分掌・職務権限の明確化
    社内プロジェクトチームを立ち上げ、外部コンサルタントの意見を取り入れつつ、業務分掌・職務権限を明確化する。
    (2)権限集中の排除
    社長への権限集中を排除し、6つの本部を6人の取締役が本部長として統括する体制に変更。
    (3)取締役・監査役による監視・牽制
    社外取締役を選任。
    (4)意識改革
    役職員への研修に、コンプライアンスに関するカリキュラムを組み込む。
    (5)内部通報制度の充実
    既存の通報窓口および相談窓口に加え、新たにコーナン商事の顧問法律事務所に通報窓口を設置。
    (6)その他
    ・ 内部監査室を監査部に改組する。
    ・ 創業者一族が実質的に支配する会社とコーナン商事との間の取引を開示するとともに、当事者間で取引内容についての協議を行う。
<この失敗から学ぶべきこと>

 本件は、「創業者である代表取締役社長(当時)Y氏のワンマン体制によるガバナンス不在」という問題の上に、「Y氏(男性)と生計を一にする取締役(当時)X氏(女性)が、緊密な取引先等を利用し、会社の犠牲のもと、不正蓄財を図った可能性がある」という問題が乗った構造と考えることができます。マスコミ等の報道では後者の問題に矛先が集中していましたが、X氏の増長を許したのは前者の問題が放置されていたことが原因と言えます。

 経営者といえども人間である以上、「オフィシャル」と「プライベート」を完全に分離することはなかなか難しいものです。しかし、上場会社の経営者である以上、プライベートを経営に持ち込むことは許されません。Y氏とX氏が生計を一にするようになった時点で、どちらかが退社すべきでした。

 また、H社との賃貸借契約の稟議申請書が、添付書類のついていない異例なものであったにもかかわらず、作成からわずか1日後に全決裁権者の承認を得ていたということ、さらに、コーナン商事の他の役員がそれに異議を唱えた形跡は認められないということから判断すると、同社のガバナンスは機能していなかったと言わざるを得ません。

 しかも、同社のガバナンスが上場会社としての責務を果たすことのできるレベルになるかどうかは、創業者一族が実質的に支配する会社との取引の整理にどこまで切り込めるかにかかっていたにもかかわらず、これからその整理に着手しようというタイミングで「代表取締役の世襲」が行われていることも、上場会社のガバナンスの観点からは問題があると言えます。

 コーナン商事は、問題の発覚後、プロジェクトチームを立ち上げ、業務分掌規程、職務権限規程など社内規程を見直し、業務分掌・職務権限を明確化することで、権限が特定人物や部署に集中することを排除する仕組みを構築しました。しかし、いくら規程を充実させ、立派な内部統制を構築したとしても、“経営者主導型”の不正の前では内部統制は無力です。

 そこで重要になるのが、社外取締役の存在です。不祥事のあった会社で、改善策として社外取締役を選任するケースはよくありますが、同社でも弁護士1名を社外取締役として選任しています。逆に言うと、もし同社がもっと早く社外取締役制度を導入していれば、本件のような不祥事は防げていた可能性があります。

 特に創業者一族の権限が強い会社では、創業者やその後継者(以下、創業者等)以外の役員陣は”イエスマン”になりがちです。こうした状況は、上場会社に求められるガバナンスという点では明らかに不健全であり、そこには不祥事を生む土壌が存在していると言えます。

 上場会社の中には、同様の環境にある会社が少なからず存在していると思われます。創業者一族以外の役員が、社外取締役の設置を進言するのはそれなりの覚悟がいることかも知れません。ガバナンスの危うさを感じながらも、誰1人として社外取締役の設置を進言できずに先延ばしにしていた会社も少なくないでしょう。しかし、もう先延ばしをすることはできません。今後は、社外取締役の設置を会社に強く促す改正会社法や、上場会社に独立取締役を少なくとも 1名以上確保する努力義務を課す証券取引所の上場規則、さらに、今後策定されるコーポレートガバナンス・コード(2014年6月4日のニュース「社外取締役を“もう1人”追加、持合株式の保有理由開示厳格化も」参照)により、社外取締役の設置に向けて真剣に取り組んでいく必要が生じます。創業者一族以外の役員は、創業者等に対してこうした制度改正の方向性を説明しながら、社外取締役選任の必要性を納得してもらう必要があります。一方、創業者等も、本件のような不祥事を防止するために、自分の耳に痛いことを言ってくれる社外取締役を受け入れる度量を持つべきでしょう。

 もっとも、社外取締役が期待された役割を果たせないようでは選任した意味がありません。社外取締役の仕事は、たとえ非常勤であったとしても、月に1~2回程度の取締役会に参加して、「一言モノ申す」だけにとどまるものではありません。とりわけ、不祥事後に選任された社外取締役であれば、経営陣の策定した内部統制が十分なものであり、かつ、有効に機能しているかどうかを監視することも重要な任務となります。具体的には、監査役や内部監査室の報告書をレビューしたり、監査役、内部監査担当者、監査法人にインタビューすることで、内部統制の運用状況の実態を理解することが必要となります。それにとどまらず、監査役や内部監査室等と連携して社外取締役が自ら内部統制が機能していることを確認してみてもよいでしょう。いずれにしろ、役員室にいるだけではわからない現場の雰囲気を感じ取ることが重要です。さらに、創業者一族の影響が強い上場会社では、創業者一族が会社を食い物にしていないかといった視点を持ちつつ、他の一般取締役が言い出しにくいことにも積極的に発言し、他の一般取締役も巻き込んで創業者等の行為を正すことで、ガバナンス確保の一翼を担うべきと言えます。本件のような経営者不正の防止という点で、社外取締役が背負う責任は重大と言えます。

 ただし、一般論として、ガバナンスが機能不全に陥っている状況下で社外取締役を選任しても、適切な役割を果たすことは困難です。したがって、社外取締役を迎え入れるとしても、ガバナンスの充実が不可欠になります。まず、取締役としては1人ひとりがガバナンスの担い手という自覚を持ちながら、創業者等の方針には是々非々で臨むという心構えが必要となります。また、経営会議等で実質的な議論は終了しており、取締役会はお飾りという状況を改め、社外取締役が参加する取締役会で実質的な議論が行われるように改善すべきです。また、監査役としても、機能不全に陥った原因(たとえば、コーナン商事であれば、代表取締役Y氏のワンマン体制や取締役X氏と代表取締役Y氏が(男性)が生計を一にしているといった事実)をキャッチした場合、そこを重点的に監査(たとえば、コーナン商事であれば、代表取締役Y氏のワンマン体制をあらためるよう取締役会に働きかけると共に、取締役X氏の特別背任行為があり得ることを前提に監査計画を立案し、実行に移す)し、不祥事の芽を摘む必要があります。さらに社内で不祥事があれば、必ず社外取締役に情報が伝達される体制を整備しておきます。

 社外取締役は「選任するだけでガバナンスが向上する」魔法の仕掛けなどではありません。社外取締役以外の役員の地道な努力があって、はじめて実効性が生じる仕掛けです。社外取締役を受け入れる側でも周到な準備が必要になることを忘れてはなりません。

2014/06/10 日本のコーポレートガバナンスは海外からどう見られている?

 現在、日本のコーポレートガバナンスは大きな転換点にある。昨年(2013年)6月、安倍政権が「日本再興戦略」にコーポレートガバナンスの見直しを盛り込み、同年11月には社外取締役の就任要件強化(親会社と子会社の社外取締役の兼任禁止など)と設置を促す会社法改正案が国会に提出され、今通常国会で成立する見込みとなっている。また、今年2月にはイギリスをモデルに、投資先企業との対話など「機関投資家の責任」に関するルールである「日本版スチュワードシップ・コード」が制定され、さらに今月6月に予定される日本再興戦略の見直しの中では、取締役である独立役員の2名以上確保などを盛り込んだコーポレートガバナンス・コードの制定が予定されている(2014年6月4日のニュース「社外取締役は最低2名、持合株式の保有理由開示厳格化も」参照)。

 こうした一連の動きは、日本企業の株主の3分の1を占める外国人投資家を意識したものだが、これによって外国人投資家の間で日本のコーポレートガバナンスに対する評価が・・・

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