<解説>
未払残業代で“ブラック企業”認定のリスクも
労働基準法では、労働時間に関して次のような規制を設けています。
●原則として、1日に8時間、1週間に40時間という法定労働時間を超えて労働させてはならない。
●労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えなければならない。
●少なくとも毎週1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を与えなければならない。
ただし、労使間で時間外労働協定(いわゆる36協定)を締結すれば、法定労働時間を超えた労働(時間外労働。いわゆる残業)も可能になります。そして、時間外労働が生じた場合には、当然ながら残業代を支払う必要があります。
36協定 : 労働基準法36条に定める労使協定を指していることから「サブロク協定」と呼ばれる。本来であれば、労働基準法32条に定める時間を超えて従業員を労働をさせることはできないが、「36協定」を労使で締結し、労働基準監督署に届け出れば、労働時間の延長が可能になる。
「未払残業代」とは、従業員が法定労働時間を超えて労働したにもかかわらず、会社から従業員に対して支払われなかった残業代のことです。この場合、従業員は会社に対し「賃金債権」を有することになりますが、労働基準法上、賃金債権の時効は2年とされています(労働基準法115条)。したがって、従業員側から会社に対して未払残業代の支払いを求めることができるのは、最大で「過去2年分」ということになります。
未払残業代には、
(1)従業員のやる気をそぎ、離職率が高まるリスク
(2)対象者と期間次第で会社が負担すべき金額が膨らむリスク
(3)“ブラック企業”の烙印を押され、企業イメージを損なうリスク
(4)広く知れ渡ることにより、優秀な人材を集めることが困難になるリスク
があります。よって、未払残業代の発生を未然に防がなければならないのは言うまでもありません。上場会社では未払残業代への対応は相当程度進んでいるものと思われますが、本事案のように子会社となると、なかなか目が届かないものです。
労働時間規制とホワイトカラーの労働実態のギャップを埋める「裁量労働制」
もっとも、上述したような労働時間に関する規制は、労働時間と生産量が概ね比例する工場労働者を想定したものといっても過言ではありません。いわゆるホワイトカラー(主に事務に従事する人々を指す職種・労働層)のように、労働時間をかけても必ずしも生産量が上がるわけではない職種に対して、このような規制をかけることには無理があると言えます。
そこで導入されたのが裁量労働制です。
「1日に8時間、1週間に40時間」といった労働時間に関する規制における「労働時間」は、実際に労働した時間によって算定するのが原則ですが、裁量労働制では、労働者は実際の労働時間とは関係なく、労使であらかじめ定めた時間の分だけ働いたと”みなされる”ことになります。例えば「労使であらかじめ定めた時間」が8時間とすると、1日6時間しか働かなくても、11時間働いたとしても、「8時間だけ働いた」とみなされるわけです。裁量労働制は、「業務の性質上、その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる業務」に適用できるとされています。具体的には、システムエンジニアや研究開発職、弁護士、公認会計士などの専門職を対象にする「専門業務型」と、経営企画などの「企画業務型」があります。
「裁量労働制や年俸制を採用すれば残業代不要」という誤解
残業代にまつわる“最もポピュラーな誤解”が、「裁量労働制や年俸制を採用すれば残業代は不要」というものです。
裁量労働制、年俸制いずれにおいても、残業代について特段の取決めをしていなければ、法定労働時間を超えた分については残業代が発生します。ここでいう「特段の取決め」とは、「年俸には年間300時間までの残業時間に相当する残業代を含んでいる」「年間300時間までの残業時間込みの裁量労働制とする」といったものです。この場合、残業が年間300時間までであれば残業代は発生しませんが、300時間を超えれば残業代が発生するということに留意する必要があります。
ホワイトカラー・エグゼンプションは導入されるか?
このように、裁量労働制、年俸制の下でも残業代が発生することがある中、現在、経済界が導入を目論んでいるのが、ホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間規制適用免除制度)です。これは、ホワイトカラー労働者に対して労働時間規制を適用しないというもので、政府は年収1,000万円以上の専門的な職種を対象に導入を検討しています。
ただ、労働時間にとらわれずに生産性の向上を図ることができるのか、働き過ぎによる健康被害の防止やワーク・ライフ・バランスを図ることができるのかなど、いろいろ課題はありそうです(2014年7月4日のニュース「政府の目玉戦略、「新たな労働時間制度」は企業経営上のメリット期待できず?」参照)。
「労務デューデリ」の結果が買収額に影響も
今回のSSS社の未払残業代の問題は、PPP社がSSS社を買収する際に「労務デューデリジェンス」をしっかりと実施していれば、その時点で発見されていたはずです。仮に未払残業代が発見されていれば、SSS社の買収額や買収の是非の判断にも影響を与えていたことでしょう。
買収額がいくらタダ同然でも、「未払残業代などという隠れ債務付きのものを買ってしまっては、どうしようもないだろう」という社長の嘆きはもっともです(本稿では触れていませんが、SSS社買収当時の役員は、“割高な買い物”をして会社財産を毀損してしまったという点で、責任を問われる可能性があります)。
さて、以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。
<正解>
取締役B:「残業代未払額は創業時(7年前)から累積すると1億円ですが、労働債権の時効を考えると、実際に支払いが必要となる額はそこまではいかないはずです。」
(コメント:残業代未払額は創業時(7年前)から累積すると1億円になったとしても、労働基準法115条によると労働債権の時効は2年間とされています。2年を超える分についても支払うかどうかは任意であり、そこは経営判断となりますが、資金的に厳しいSSS社にそこまでの余裕はないはずです。時効を援用するのが通常の判断と言えます。)
援用 : 時効により債権が消滅したことを、債務者が主張すること。
(コメント:内部監査部門からコンプライアンス違反状態について報告を受けているにもかかわらず、それを揉み消すような姿勢は極めて不適当です。「内部監査部門がコンプライアンス違反状態を報告したにもかかわらず、役員会で放置することを決めた」ことが後日発覚した場合に受けることになる制裁は、未払残業代の比ではありません。残業代の未払いが発覚した以上、たとえ請求されなくても(2年分は)支払うべきです。また、内部監査チームの監査対象を親会社や他の子会社にも広げて、グループ全体として残業代の未払いがないかどうかを確認しておく必要があります。)
(コメント:年俸制を採用していても、法定労働時間を超えた場合は残業代が発生します。仮に、残業代込みの年俸制であっても、あらかじめ取り決めた時間数を超えて労働すれば、超えた分について残業代が発生します。「年俸制だから残業代は発生しない」という誤解に基づく発言はBAD発言です。)
(コメント:裁量労働制を採用していても、やはり法定労働時間を超えた場合は残業代が発生します。残業代込みの裁量労働制であっても、取り決めた時間数を超えて労働すれば、超えた分について残業代が発生する点も、年俸制と同様です。)






