上場会社の株価は株式市場における需要と供給のバランスのほか、業績、将来の会社の姿を描く事業計画、ブランドイメージ、経済環境、政治動向など様々な要因で変動し、株価が低迷すれば、上場会社の経営に様々な悪影響をもたらすことになります。
まず懸念されるのが、株式市場における需給環境のさらなる悪化です。持合株式でもない限り、通常の株主は、株価が一定レベル以下に下がると、損切り覚悟で株式の売却に動きます。その結果、株式の需給環境は一層悪化し、さらに株価を押し下げる可能性があります。一方、株式を売却しなかった株主の中からは、株主総会の場で株価の低迷について厳しい質問をする者が登場することが予想されますし、株価に不満をもった株主がインターネットの掲示板等に会社や役員の批判を書き込むことも考えられます。会社に対して何のしがらみもない一般株主がこうした行動を起したとしても何ら不思議ではありません。
また、増資により資金調達をしようとする場合、増資によって割り当てられる株式の発行価格は、基本的に「発行価格決定日の前日の終値」 を参考に決定されるため、株価が低迷していれば、希望する発行価格・株式数で資金調達を行うことが困難となってしまいます。株価低迷の中で当初の希望額の全額を調達しようとすると、増資によって割り当てる株式の数を大幅に増やす(*)ことが不可欠になり、その結果、希薄化(1株当たりの価値が薄まること)が起こります。そうなれば株主の不満が高まり、場合によっては経営陣の交代を迫られる可能性もあるでしょう。
さらに、株価低迷は社内にも悪影響をもたらすことになります。例えば、従業員持株会や役員持株会等を通じて会社の株式を保有している従業員や役員にとっては、株価の下落は資産価値の減少を意味することから、仕事へのモチベーション低下を招きかねません(会社によっては、取引先向けの「取引先持株会」を設置しているところもありますが、株価低迷により持株会に加入し続けることへの負担感が増すことが考えられます)。
同様に、取締役や従業員にストック・オプションを発行している場合、株価が行使価格(株式を取得できる金額)を大きく下回ってしまうと、やはりモチベーション低下につながりかねません。
上述のとおり株価は株式市場の需給バランスにも左右されるため、日々の株価に一喜一憂する必要はありませんが、株価低迷が続くということは、株式市場から会社に対する(ネガティブな意味での)メッセージであることも多く、また、株価低迷の度合いによっては証券取引所の定める上場廃止基準に抵触するおそれもあります(詳細は後述の「時価総額の低下で上場廃止に」を参照してください)。したがって、上場会社である以上、株価の低迷を放置しておくことは避けるべきであり、役員としては何らかの対策を検討する必要があります。
- (1)企業価値の向上
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冒頭でも述べたように、上場会社の株価は需給バランスや、業績、ブランドイメージ、経済環境、政治動向など様々な要因で変動します。経済環境や政治動向は自社だけではどうすることもできない要因ですが、業績やブランドイメージは自社の努力で改善することができます。
そして、業績やブランドイメージ等を総称したものが「企業価値」です。具体的には、
ア 現在の業績や資産、技術、商品開発力等、「現在の会社の状況から評価した価値」
イ 会社の戦略、ビジネスモデルによってもたらされる「将来の収益力から見込まれる価値」
ウ ブランドを構成する主要素であり、自社および自社製品・サービスを、「他社および他社製品・サービスと差別化するイメージ」
から構成されると言われています。
なかでも、株価向上のためにもっとも重要なのが、業績を向上させること(上記アに関連)です。もっとも、一口に「業績を向上させる」と言っても、一朝一夕に実現できるものではありません。既存製品・サービスの付加価値の向上、シェア拡大のための施策の実施、新製品・サービスの開発と市場への投入、新市場の開拓(海外展開、新たな市場の創造)などにより売上高を増やす一方で、部品の共通化・設計の合理化・製造の自動化などによる製造コストの削減、業務プロセスの見直しによる業務の効率化や販売費・管理費などの費用項目の見直しによるコスト削減など、地道な努力を続ける必要があります。
イの「将来の収益力から見込まれる価値」に関しては、会社が発表した事業計画が市場に好感を持たれれば、株式の買い材料とされ、株価にプラスに働くことがあります。ただ、事業計画で会社の未来をいくら明るく描いたとしても、内容が抽象的で、計画達成のための具体的な裏付けがない場合、事業計画に掲げた数値目標の達成は困難であると株式市場に判断され、逆に株価を続落させる要因にもなり得ます。役員としては、事業計画を作成する際や取締役会で承認する際には、その事業計画に「具体性」や「裏付け」が欠けていないかどうか、慎重に確認しておく必要があります。
ウの「他社および他社製品・サービスと差別化するイメージ」を実現するためには、商品やサービスの広告活動に加えて、会社自体のイメージを向上させるCSR活動(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)に取り組むことが考えられます。例えば地域に根ざす企業市民としての地域貢献、持続可能な社会を目指すための環境保全活動、いわゆる“ガラスの天井”(女性やマイノリティの昇進を妨げる見えない壁)を取り払うための女性役員・管理職の登用(*)、従業員のワーク・ライフ・バランス充実のための子育て支援などがあります。
* 女性の活躍状況については、東証や内閣府、経済産業省等が積極的に開示を勧めていることもあり、コーポレート・ガバナンスに関する報告書における自主開示が進んでいます。この点は「
「女性の活躍状況」の開示と企業の開示負担」を参照してください。
- (2)IR活動の充実
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もっとも、企業価値がそのまま株価に反映されるとは限りません。この“企業価値と株価のズレ”は、会社の経営権の維持にも重要な影響を及ぼす恐れがあります。冒頭でも触れたように、企業価値に比べて株価が割安であれば、本来より少ない資金でその会社の株式を取得できるため、敵対的買収の標的になりやすいからです。
会社の業績が良いにもかかわらず株価が低い場合には、「会社の実態がきちんと投資家に伝わっているか」という観点からの検証が必要です。経営陣は、投資家に対して会社の業績や将来性に関する情報をタイムリーかつ十分に提供することにより、企業価値に等しい適正な株価の形成を促すことも、「重要な経営課題」であると認識すべきです。
適正な株価形成を促進する重要な手段が、インベスター・リレーションズ活動(以下、IR活動)です。IR活動とは、会社が投資家や株主などに対し、投資判断に必要な情報をタイムリーかつ公平に、継続して提供する活動全般を指します。例えば、
・ 株主総会、株主説明会
・ 決算発表、決算説明会
・ 投資家向け説明会(既存の株主だけでなく、潜在的な買手である投資家、アナリストや格付機関などの情報仲介者を対象とした情報提供)
・ アナリストとのミーティング
などはすべてIR活動に該当します。
このような「イベント」を開催する以外にも、様々なツールを利用したIR活動が可能です。IR活動のツールとしては、
・ 有価証券報告書や会社法計算書類、事業報告書などの法定開示書類
・ 株主通信(経営方針、経営戦略や業績の説明などを中心に年2回ほど株主に送付される冊子)
・ 統合報告書(*1)、CSR報告書(*2)
・ 会社案内、アニュアル・レポート(年次報告書)
・ ファクトブック(*3)
・ インベスターズ・ガイド(*4)
のほか、最近は情報の即時性(リアルタイム)、多言語化(海外投資家など外国人の閲覧の促進)、低コスト・マルチメディア(文章、動画、音声など複数の種類の情報をひとまとめにしたメディア)等を特徴とするWebサイトやフェイスブック・ツイッター等のソーシャル・メディアを活用する例も増えていますので、活用を検討してみるとよいでしょう。
*1 会社の「財務情報」と、環境や社会への配慮、ガバナンス、中長期的な経営戦略などの「非財務情報」をまとめた報告書。統合報告書作成時のポイントについては、「
上場会社の「統合報告書」、作成の際のチェックポイントは?」を参照してください。
*2 企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)に関する報告書
*3 各種財務指標・経営数値の長期ヒストリカル・データや事業環境、業界データ、同業他社比較など投資対象企業を分析するのに有用な情報を、グラフや図を豊富に用いながら分析した投資家向けデータ集。客観的な事実(ファクト)が掲載されていることから、ファクトブックと言われる。
*4 投資家向けデータ集。投資対象企業を分析するのに有用な財務情報や、事業環境などをわかりやすく説明したもの
このようにIR活動に関するイベントやツールには様々なものがありますが、IR活動において何よりも重要なポイントは、IR部門と関連各部署との密接なコミュニケーションと、経営トップ自身の言葉による説明です。
例えば、証券取引所の適時開示情報閲覧サービス(TDnet)において、『新製品××××の販売開始』『新技術××××の事業化に成功』といった新たな製品や技術に関する開示がなされたとします。これらの情報は会社のサイトに掲載されたり、各種メディアで広告宣伝されたりしますが、IRの観点からすると、新製品や新技術の事業化が会社の業績にどのような影響を与えるのかまで伝えなければ、せっかく投資家にアピールできる機会が無駄になりかねません。そこでIR担当役員としては、IR部門に必要な情報を社内の関連各部署からタイムリーに入手する体制を構築しておく必要があります。具体的には、広告宣伝を担う広報部門のみならず、経営企画部門、経理部門、財務部門など経営数値を管理する部署と連携し、定期的に会合の場を持つなどして情報共有を図ることが不可欠となります。
そして、経営トップが、企業価値向上のために実践してきたことの結果(業績)や、将来における企業価値向上のための対策(戦略)について、投資家に対して具体的にわかりやすく説明するための場が、決算や中期経営計画の説明会等のIRのイベントになります。特に業績不振の時こそ、経営トップ自らが、不振となった原因とその対策について、投資家の理解や共感を得られるように語ることが重要です。アナリストや記者からは厳しい質問が出ることもありますが、それに対し経営トップが説得力のある回答をすることで投資家の信頼をつかみ、その結果株価が回復することもあります。
IR担当役員としては、経営トップにIRを“自ら”行うことの重要性を認識してもらうとともに、こうしたIR活動が継続的に可能となるよう、IRの対象となり得る情報を随時経営トップに提供していく必要があります。
また、近年、より多くの株主が出席できるよう集中日を避けて株主総会を開催したり、土日を開催日に選ぶ上場会社が増えています(*)。こうした傾向の中で集中日に株主総会を開催すれば、株主に対して閉鎖的で、株主との対話にも後ろ向きの印象を与えてしまい、株価の足を引っ張る恐れもありますので要注意です。なかには株主総会後に経営陣と株主との懇談会を開催している会社もあります。株主との懇談会は、杓子定規な受け答えになりがちな株主総会と異なり、株主に目線を合わせてビジョンを語ることにより株主との距離を縮める場として有効と言えます。会社の中長期的な株価対策として、こうした取組みも検討に値します。
* 上場会社の定時株主総会開催日の集中率は、平成7年3月期における「96.2%」を最高に年々低下し、現在では40%程度になっています。定時株主総会開催日の集中率のトレンドについては「
「集中日」に株主総会を開催するデメリット」を参照してください。
なお、日本IR協議会では毎年「IR優良企業賞」を発表していますので、受賞企業の優れた部分を採り入れてみるのもよいでしょう。
ちなみに、IR活動は、広報やディスクロージャーとは異なる概念です。その違いを整理すれば、以下の通りとなります。
| 広 報 |
ディスクロージャー |
IR |
|
社会の各層(パブリック)を対象に、自社製品、サービス、事業活動、社会貢献などの会社全般に関わる情報を広く知らせる活動 |
主に投資家や債権者を対象に、金融商品取引法、会社法、証券取引所の上場規則、会計基準といったルールに基づき行われる過去、現在の財務情報・非財務情報の開示 |
株主、投資家、アナリストなどを対象に、投資判断に必要な情報を提供することを目的として行われる投資判断に関わるすべての情報(過去の財務情報に限らない)の提供 |
- (3)株主への利益還元
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株主に利益を還元する方法としてもっとも多く活用されているのが、「剰余金の配当」および「自己株式の取得」です。
「剰余金の配当」とは、会社が株主に対して、その保有する株式数に応じて財産を分配することです。配当財産として現金を交付することにより、株主に対し直接的に利益を還元することができます(剰余金の配当の詳細については「配当をしたい」を参照)。
これまで剰余金の配当を行っていなかった会社が配当を実施したり、従来から配当を行っていた会社が配当の額を増額することで配当利回りが向上すれば、インカムゲインを重視する投資家による投資を誘発し、株価の向上につながることが期待されます。
また、取締役会の決議のみで行える中間配当を実施したり(中間配当の手続きについては、「配当をしたい」の「取締役会の決議のみにより剰余金の分配を行う方法」 を参照してください)、プレスリリース等で配当性向の目標値を公表し、将来の配当の確実性を対外的にアピールすることによって株主の満足度を高め、株価の向上につなげるといった手法も、「剰余金の配当」に関連する株価向上策としてよく見られます。
もっとも、剰余金の配当はキャッシュの流出を伴うことから、資金需要が旺盛な新興企業としては採りづらい手法と言えます。新興企業は、資金を配当に振り分け配当利回りを向上させるよりも、成長事業に投下し、企業価値を向上させることによって株価の向上を目指した方が、長い目で見れば株主の利益を増大させると考えられるからです。したがって、剰余金の配当はどちらかといえば「成熟企業」において採られることが多い手法と言えるでしょう。
仮に、キャッシュが潤沢でない会社で剰余金の配当のようなキャッシュ・アウトを伴う利益還元策が検討されている場合、役員としては、それにより会社の成長に必要な資金が不足することにならないかどうかを確認しておく必要があります(株主還元策の詳細については「会社の成長ステージに応じて株主還元策を見直したい」を、剰余金の配当に関する手続きについては「配当をしたい」参照してください)。
一方、「自己株式の取得」とは、株式会社が所定の手続を経て自社の発行する株式を買い入れることです(買い入れた株式は「金庫株」と称されることもあります)。
自己株式の取得は、現金による剰余金の配当と同様、剰余金を原資として株主に現金を渡す(株主は株式を会社に渡し、その反対に会社は株主に現金を渡す)ことになりますので、株主に対する利益還元策の1つと言えますが、上場会社株式の場合、需要と供給がマッチすることによって株価が成立しますので、自己株式の取得が株式市場における買手の需要に“上積み”される結果、株価を上昇させる効果があると考えられます。また、自己株式の取得は、経営陣が「現在の株価は割安である」と考えているというメッセージを株式市場に対して伝える効果があると言われており(シグナリング効果)、この効果により投資を呼び込み、株価を向上させる側面もあると考えられます。
もっとも、自己株式の取得も、剰余金の配当と同様にキャッシュの流出を伴うことから、成長事業に投下する資金のニーズが強い新興企業よりも、潤沢なキャッシュを有する成熟企業で採られることが多い手法と言えます。したがって、やはり剰余金の配当と同様に、キャッシュが潤沢でない会社が自己株式の取得による利益還元策を検討している場合には、役員はそれにより会社の成長に必要な資金が不足することがないか確認しておく必要があります。
このように自己株式の取得自体は株価を上昇させる可能性があるものの、自己株式を保有し続けた場合(いわゆる金庫株の状態)には、逆に株価を低下させる要因にもなり得るので注意が必要です。会社法上、取得した自己株式を消却(金庫株の状態から、絶対的に消滅させること)することは義務付けられていません。したがって、会社は自己株式を消却せずに金庫株のまま持ち続け、例えば他社を買収する際に対価として交付したり、ストック・オプションが行使された場合に交付するといった形で利用することもできます。このように、消却されない自己株式は市場に将来放出される可能性があるため、市場がこれを織り込んでしまい、株価の上値が重くなる可能性がないとは言えません。
自己株式を取得したうえで消却する場合と同様に、発行済株式総数を減少させる効果を持つのが「株式併合」です。例えば2:1の割合で株式を併合する場合、1株当たりの理論的な価値(株価)は2倍に調整されることから、株価を上げる要因の1つになり得ます。ただし、株式併合は少数株主を締め出す結果となり、法的な問題を生じさせる可能性がある点には留意が必要です。
また、「株主優待制度の導入・充実」も株主への利益還元の1つとして、株価を上げる要因になり得ます。株主優待制度は、配当とは別に自社の製品やサービスを無料または格安で提供するなどして株主を優遇するものであり、財産的価値のあるものを株主に提供しているという意味では剰余金の配当に似ていますが、株主総会の決議や財源規制といった会社法上の規制を受けることがない点で異なっています。株主優待制度の詳細については、「株主優待制度を導入したい」を参照してください。
- (4)役員・従業員のモチベーション向上
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役員・従業員のモチベーション向上に有効なのが、ストック・オプション制度の導入です。ストック・オプションを付与された取締役(*)や従業員は、権利行使価格からの株価上昇分を利益(報酬)として得られるため、株価上昇へのインセンティブ(やる気)、すなわち業績向上への意欲が高まることになります。同様の効果は、次で解説する従業員持株会や役員持株会にもあります。
もっとも、株価だけで従業員のやる気を引き出せるわけではありません。役員は、公平な人事制度や適切な目標管理により、従業員のやる気、成長意欲を引き出し、それを会社の業績向上につなげていく必要があります。この点については、「従業員のやる気を出したい」を参照してください。
* 社外取締役や監査役(社外監査役を含む)にストック・オプションを付与することも会社法上は可能ですが、社外取締役は、社内のしがらみや利害関係に縛られずに取締役の業務執行を外部の視点から監督する立場にあり、また、監査役も取締役が行っている業務を監査する立場にあるため、業績連動型報酬の一種とされるストック・オプションに加入すると、独立性が損なわれ、監督・監査の立場に影響する恐れがあるとの見解があるため、社外取締役や監査役は付与対象外とするのが通常です。
- (5)持株会の利用
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上述のとおり、株価が安すぎると敵対的買収の標的になりやすくなることから、近年は「持株会」制度を敵対的買収等に対する防衛策として位置付ける会社も増えています。持株会制度には、主に従業員持株会、役員持株会、取引先持株会の3つがあります。以下、それぞれについて解説します。
〇従業員持株会
従業員持株会は、従業員のうち加入を希望する者からなる一種の組合です。従業員持株会は、その会員である従業員の給与や賞与から一定の拠出金(数千円から数万円程度)を天引きして、自社の株式を購入します。株主名簿上は従業員持株会自体が「株主」として扱われ、従業員は持株会への拠出金に応じて持分を有することになります。会社の業績が好調で株価が上昇すれば持株会の会員である従業員の資産価値は増加し、業績不振により株価が下がれば目減りすることから、自社の株価に対する従業員の意識や業績向上への熱意が高まることが期待できます。
従業員持株会による株式の購入を促す観点から、福利厚生費の範囲内(一般的には拠出金の3%から20%程度:東京弁護士会「利益供与ガイドライン-具体例と判断基準-」 )で奨励金を支給するケースも多いようです(*)。奨励金が支給されることで、従業員は株式市場で購入するよりも安価に株式を取得することができ、従業員の資産形成に資することになります。また、証券会社や信託銀行に支払う事務委託料も、従業員持株会に代わって会社が負担することができます。
* 奨励金の平均支給額は、拠出金額の8%弱(東京証券取引所
「従業員持株会状況調査結果」)。奨励金を支給する場合には利益供与も問題になる点には留意が必要です。
従業員持株会の会員である従業員は、当然ながら一般株主と比べて会社に好意的であるうえ、給与という安定収入もあることから、住宅購入等で資金需要が生じるなどの特別な事情がない限り、長期保有が期待できます。したがって、従業員持株会による株式の取得は「安定株主の確保」を意味します。また、従業員持株会が定期的に株式を取得することで、株式市場における一定の出来高と買い需要を確保できることから、株価を引き上げる(あるいは株価の下支え)という点もメリットとして挙げられます。子会社・孫会社の従業員も親会社の従業員持株会に加入できるようにすることで、グループ会社の従業員の帰属意識を高める効果もあります。
〇役員持株会
役員持株会とは、自社の株式を保有することを目的として役員だけで構成される持株会です。従業員持株会と同様、株主名簿上は当該持株会自体が「株主」として扱われ、役員は持株会への持分を有することになります。ここでいう役員には、取締役のほか、社外取締役、監査役、社外監査役も含まれます。ただし、社外取締役は、社内のしがらみや利害関係に縛られずに取締役の業務執行を外部の視点から監督する立場にあり、また、監査役、社外監査役も取締役が行っている業務を監査する立場にあるため、業績連動型報酬の一種とされる持株会へ加入すると、独立性が損なわれ、監督・監査の立場に影響する恐れがあるとの見解もあります。このため、会社によっては、他の役員には定額報酬の一部を持株会へ拠出することを義務付けている場合であっても、社外取締役や監査役、社外監査役については、持株会への加入を任意とするケースもあります。
役員持株会では、役員報酬月額から一定の拠出金(例えば1口1万円で99万円(インサイダー取引に該当しないため。この点は後述)まで)を天引きして株式を購入するほか、以下のような場合には、役員持株会の持分割合低下を防ぐ等のため、役員持株会の会員から臨時に資金を拠出してもらうことにより、株式を購入する場合もあります。
・役員が退任によって退会する場合
・株主割当による有償増資(株主からの払込みを受けて新株を発行すること)が行われる場合
・第三者割当増資(株主かどうかを問わず特定の第三者に新株を割り当てることよる増資)が行われる場合
ただ、従業員持株会と異なり、役員に対する奨励金や事務委託料などの経済的援助は、日本証券業協会が定めている持株制度に関するガイドラインで禁止されています。これは、上述のとおり敵対的買収に対する防衛策の1つとしての性格を持つ役員持株会への経済的援助は“取締役の地位保全”を後押しすることにつながり、取締役の忠実義務違反に当たるからです。
そこで、役員報酬の月額を増額し、当該増額分を必ず持株会に拠出させる方法を採れば、取締役の忠実義務違反への抵触を回避しつつ、役員の実質的な負担もなく、役員持株会による継続的な株式取得が可能となり、従業員持株会同様、株価に好影響をもたらすことなります。また、この方法は形式的には金銭による役員報酬の支給ではあるものの、実質的には役員報酬の一部を「自社株式」で支給するのと同様であり、長期的に見れば、役員にとって業績(株価)連動型の報酬として機能することにもなります。
〇取引先持株会
取引先持株会とは、取引先だけで構成される持株会です。取引先との良好な関係を維持する観点から、取引関係が継続する限り株式を保有し続けるのが一般的であり、株主の長期安定化、取引関係者と会社の一体感の醸成、株価の引上げ・下支えにもつながります。
このように株価に良い影響をもたらす持株会ですが、持株会の会員は、取引先を含めすべて会社関係者であるため、インサイダー取引規制に抵触しないよう注意が必要です。特に役員持株会の会員である取締役・監査役は、自ら会社の重要な意思決定に関与する立場にありますので、未公表の重要事実が存在する期間内に役員持株会による株式の取得が行われた場合には、インサイダー取引規制に抵触しないかどうかが問題となり得えます。そこで役員としては、役員持株会による株式取得がインサイダー取引規制に抵触しないかどうか、以下のような視点でチェックすることが有益です。
ア 株式の取得が一定の計画(例えば、規程に沿った定期的な買付け)に従っているか
イ 個別の投資判断に基づいていないか
ウ 株式の取得が継続的に行われているか
エ 1回あたりの拠出金額が少額(1回当たり100万円未満)であるか
通常は、定時に行われる定額かつ少額の買付けであれば、上の4点をクリアすると考えられます。これに対し、買い付けた株式を売却する行為はインサイダー取引に該当するため認められていませんので、留意が必要です。これは、買付けの場合、上記要件を満たせば、客観性のある規則的かつ計画的な買付けとみなすことができますが、売却の場合、買付けのような要件を設定することが難しいからです。したがって、役員が役員持株会の株式を処分する場合は、別途、財務局等への届出などの手続きが必要になります。
- 時価総額の低下で上場廃止に
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株価低迷により時価総額が低下すれば、上場廃止基準に抵触する可能性があります。
東京証券取引所が定める上場廃止基準のうち、株価総額に関連するものは以下のとおりです。
<東証一部・二部の上場廃止基準>
流通株式
時価総額 |
流通株式の時価総額5億円未満(猶予期間1年=1年以内に時価総額がこの基準を上回れば上場廃止とならないという意味。以下同じ) |
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時価総額 |
以下のいずれかに該当した場合。
a 時価総額が10億円未満になったことが公表された日(月間平均時価総額または月末時価総額のどちらか一方が10億円未満となった月の翌月初日。以下同様)から9か月(公表日から3か月以内に事業計画改善書を提出しない場合は3か月)以内に10億円以上とならないとき または b 時価総額が上場株式数に2を乗じて得た数値未満(=株価が2円未満)となったことが公表された日から3か月以内に当該数値以上とならないとき |
流通株式 : 大株主や役員が所有する株式、自己株式など、流通可能性が低い株式を除いた株式
<東証マザーズの上場廃止基準>
流通株式
時価総額 |
5億円未満(上場後10年間は2.5億円未満)(猶予期間1年) |
|
時価総額 |
以下のいずれかに該当した場合。
a 時価総額が10億円未満(上場後10年間は5億円未満)となったことが公表された日から9か月(公表日から3か月以内に事業計画改善書を提出しない場合は3か月)以内に10億円以上(上場後10年間は5億円以上)とならないとき または b 上場株式数に2を乗じて得た数値未満(=株価が2円未満)であることが公表されてから3か月以内に当該数値以上とならないとき |