昨年(2023年)の株主総会シーズンにフジテックの株主総会での主導権争いに“勝利”した香港の投資ファンドのオアシスが、クスリのアオキホールディングス(東証プライム市場に上場。以下、アオキHD)の株主総会では一転苦戦を強いられたことは2023年8月28日のニュース『「アクティビスト時代の到来」というにはまだ早い現状』でお伝えしたとおり(フジテックの株主総会への潜入取材については2023年6月21日のニュース「フジテック株主総会、怒声が飛び交う長丁場に 元会長側の株主提案はすべて否決」参照)。そのオアシスが今年8月の定時株主総会に向け、再びアオキHDに攻勢をかけている。今回、オアシスが設定したテーマは、「青木家に発行した有償ストックオプションは適切であったのかどうか」「青木代表取締役社長等取締役3名が取締役として適任かどうか」の2つ。
有償ストックオプション : 役職員が金銭を払い込むことで付与されるストックオプションのこと。金銭の代わりに、役職員が会社に対して持つ報酬債権が用いられることもある。
「青木家に発行した有償ストックオプション」とは、アオキHDが2020年1月に青木宏憲氏(アオキHDの現代表取締役社長)と弟の青木孝憲氏(アオキHDの現取締役副社長)に対して発行した有償ストックオプションを指す。本有償ストックオプションがすべて行使されるとアオキHDの発行済株式の11%に相当する株式を新たに青木家が保有することになる。オアシスは「発行価額が安すぎる(*)」「行使条件が容易過ぎる」「報酬ではないか」「東証の規則上、業績予測の下方修正を求められる水準に達していないにもかかわらずあえて業績予測の下方修正を行い、マーケットが反応して株価が下がったところを見計らって本有償ストックオプションを発行した」と主張。一方、アオキHDは「発行価額は客観的な分析に基づくものである」「行使条件達成は容易ではない」「本有償ストックオプションは報酬ではない」「東証の規則上公表が求められていない水準であっても、業績予想の修正を行っても問題はない」と反論、両者の主張は対立している。
* アオキHDが依頼したプルータスコンサルティングのオプション価値算定によると、本有償ストックオプションの
プレーンバリューは1株当たり2,640円であるものの、権利行使条件の達成可能性等を加味すると発行価額は15円が妥当として、実に99%以上のディスカウントが行われている。
プレーンバリュー : 権利行使条件の達成可能性等を考慮しない場合のオプション価値
アオキHDが青木宏憲氏および青木孝憲氏に発行した有償ストックオプションの行使条件は以下のとおり。
2024年5月期から2029年5月期までの6事業年度のいずれかの期において、当社の経常利益が220億円を超過した場合、本新株予約権を当該経常利益の水準を最初に充たした期の有価証券報告書の提出日の翌日から行使することができる。
ただし、2020年5月期以降、経常利益が上記の目標を達成する前に、経常利益が110億円を下回った場合、本新株予約権を行使することができない。
なお、経常利益の判定においては、当社の有価証券報告書に記載される連結損益計算書(連結損益計算書を作成していない場合、損益計算書)における経常利益を参照するものとし、当該連結損益計算書に、のれん償却費用及び本新株予約権に係る株式報酬費用が計上されている場合には、これによる影響を排除したのれん償却費用及び株式報酬費用控除前経常利益をもって判定するものとする。
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アオキHDの2024年5月期の経常利益は201億円であり、一見「経常利益220億円」という有償ストックオプションの行使条件を達成できていないように見える。その謎を解く鍵が、上記の行使条件にある「のれん償却費用及び本新株予約権に係る株式報酬費用を含めずに経常利益を判定」する旨の一文だ(上表赤字部分参照)。実はアオキHDは2024年5月期において、販売費及び一般管理費に「本新株予約権に係る株式報酬費用」68.1億円を計上している。仮にのれんの償却2.7億円を加算した70.8億円の「のれん償却費用及び本新株予約権に係る株式報酬費用」を含めなければ、経常利益は271.8億円に上る(金額は千万円未満を四捨五入)。
アオキHD2019年5月期からの経常利益等の推移
| 項目 |
2019年5月期 |
2020年5月期 |
2021年5月期 |
2022年5月期 |
2023年5月期 |
2024年5月期 |
| 経常利益(A) |
146.2億円 |
168.2億円 |
173.4億円 |
157.9億円 |
191億円 |
201.0億円 |
| のれんの償却(B) |
なし |
なし |
1.9億円 |
2.2億円 |
2.5億円 |
2.7億円 |
| 本新株予約権に係る株式報酬費用(C) |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
68.1億円 |
| のれん償却費用及び株式報酬費用控除前経常利益(D=A+B+C) |
168.2億円 |
168.2億円 |
175.3億円 |
160.1億円 |
193.5億円 |
271.8億円 |
行使条件をクリアしたかどうかの判定期間は2024年5月期から2029年5月期までの6事業年度あるが、判定期間の初年度である2024年5月期に早くも行使条件を達成したことになる。これにより、青木宏憲氏および青木孝憲氏は2024年8月から有償ストックオプションの行使が可能となった。仮に両氏が有償ストックオプションを行使すると希薄化が生じるため、オアシスは2024年7月9日、両氏に対し、ストックオプションに関する損害約73億円(*)の賠償を求める株主代表訴訟を提起するとともに、司法による判断が下されるまでストックオプションの行使を行わないよう要求している(オアシスのリリースはこちら)。
希薄化 : 1株当たりの価値が下がること。「希釈化」と同義。希薄化率は「新規発行株式数 / 既発行株式数」によって計算される。既存か部主からすれば、希薄化により一株当たり株主価値が低下するのみならず、議決権比率が低下し、投資先企業への影響力も薄まることになる。そこで、例えばある大手機関投資家は、株式報酬制度の導入に関する議案への賛成の条件として、「希薄化率が10%未満」であることを挙げている。発行済み株式数のみならず、今後実際の株式に転換される可能性のあるストックオプションや転換社債などまで含めた株式数をベースに計算された希薄化を「完全希薄化(Fully Diluted)」という。
* オアシスは、オアシスが依頼した第三者が試算したところ、権利行使条件の達成可能性等を加味してもディスカウント率はせいぜい20%程度であり、発行価額は2,101円が妥当とした。そのうえで、プルータスコンサルティングが算定した15円との差額(2,086円=2,101円-15円)に3,500,000株(本新株予約権を行使することで青木宏憲氏および青木孝憲氏が手にするアオキHD株式の数)を乗じた約73億円の損害が会社に生じると主張している。この会社の損害は目に見えにくいが、オアシスの主張によると、青木宏憲氏および青木孝憲氏以外の株主(一般株主。少数株主とも言える)が1株当たり2,086円に上るアオキHD株式の過剰なディスカウントに起因する純資産の低下という形で負担していることになる。
青木宏憲氏および青木孝憲氏に対する株主代表訴訟の提起という事態に対し、アオキHDは2024年7月19日現在、何ら適時開示を行っていない。もっとも、東証の適時開示ルールでは、上場会社の役員が訴訟の提起を受けた場合、「訴訟の提起又は判決等」の開示はたとえ株主代表訴訟であっても不要であり、「その他重要な発生事実」(発生事実に関するいわゆるバスケット条項)として開示の要否を会社が判断することとされている(東証の開示ルールはこちらを参照)。創業家、イオンに次ぐアオキHDの大株主であるオアシスによる代表取締役等への代表訴訟提起であり、かつ、有償ストックオプションの行使により希薄化が生じることから、株主の関心事であると思われるため、アオキHDは訴訟告知書の受領をもって開示するものと予想される(*)。
バスケット条項 : 規制の対象となる事実を細かく列挙して定める際に、広く網をかけるために最後に設置される「その他●●なもの」といった規定のこと。状況の変化や当初想定していなかった事態が生じた際にも弾力的に対応できるメリットがある。
* 本ニュース掲載後の2024年7月25日にアオキHDは本代表訴訟についての
リリースを行っている。このリリースには訴訟告知書の受領日は2024年7月24日であったことが記載されている。
なお、株式報酬費用(*)は本ストックオプションの権利行使条件の達成可能性次第で計上することになる。220億円という水準の経常利益は過去に達成したことがなく、さらに「ただし、2020年5月期以降、経常利益が上記の目標を達成する前に、経常利益が110億円を下回った場合、本新株予約権を行使することができない。」「本新株予約権の割当日から 2024年5月20日までの間に、東京証券取引所における当社株式の普通取引の終値の平均値(当日を含む連続した過去 42 取引日の平均値)が、一度でも行使価額(当初は6,830円だったが、2023年11月20日を基準日として実施した「1株→3株」とする株式分割により2,276円)の70%を下回った場合、それ以降、新株予約権者は未行使の本新株予約権を行使することができない。」といった条件が付されており、権利行使条件が満たされないことによる失効の可能性があった。しかし、アオキHDは2024年5月期の第2四半期において、本ストックオプションの「権利行使条件を達成する可能性が高まったことにより、権利行使条件が満たされないことによる失効の見積数に重要な変動が生じた」ため、当第2四半期連結累計期間の四半期連結損益計算書の販売費及び一般管理費に、「株式報酬費用」として6,015百万円を計上した。第3四半期以降、さらに権利行使条件を達成する可能性が高まったことから、最終的に2024年5月決算において68.1億円の株式報酬費用を計上している。
* 企業会計基準委員会の企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」第7項や実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」によると、権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額(公正な評価単価(
アオキHDのリリースによると、本有償ストックオプションについては、1株あたり2,073円)に権利確定条件付き有償新株予約権数を乗じて算定)から払込金額を差し引いた金額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額を算定する。具体的には、権利不確定により失効する数を見積もり、その分を控除して算定することになる。
また、オアシスが設定したテーマの2つ目「青木代表取締役社長等取締役3名が取締役として適任かどうか」について、オアシスは青木宏憲氏、青木孝憲氏および八幡亮一氏を解任することを求める株主提案議案を提案し、当該提案に賛成するよう、株主に呼び掛けている(オアシスのリリースはこちら)。これに対して、アオキHDは2024年7月18日にリリースを公表し、同社取締役会はオアシスの株主提案に対して反対するとの考えを表明している。
ちなみに、同社では取締役の任期は定款で1年間とされており、2024年8月16日の定時株主総会で任期が満期になる(いったん退任になる)。それにもかかわらず、オアシスはあえて「解任」議案を提出している点、注目される。アオキHDの取締役会は、再任に係る議案について反対する旨の議決権を行使すれば、青木代表取締役社長等取締役3名を取締役として再任させないとの意思表明が可能であるにもかかわらず、別途解任することに実質的な意義は認められないとしている。それでもなおオアシスが「解任」を求めているのは、「実質的な意義」というよりは、「解任」という言葉が持つインパクト(「解任」の方が機関投資家や一般株主の注目を集め、浮動票が流れ込みやすく、単なる「再任の反対」よりも票を集める可能性がある)や「解任」という意思表示の場を設けること自体に意味を見出しているからだと思われる。
昨年(2023年)のアオキHDの定時株主総会では、「取締役会決議による経営者に対するストックオプション発行が少数株主利益を毀損するもの」「少数株主利益を保護するための適切なガバナンス体制を構築していない」といった機関投資家の不満や議決権行使助言会社(ISS・グラスルイス)がオアシス側に立つ動きも見られただけに、今年は一般株主がどう判断するのかが決議の行方を左右することなろう。アオキHD定時株主総会における議決権行使結果については判明し次第続報する。