日本企業の役員報酬における2つの変化
これまで、日本企業における役員報酬は、以下の2つの点で大きく変化してきました。
1つは報酬水準の高額化です。かつて日本企業の役員報酬は欧米企業と比べて低い水準となっていましたが、コーポレート・ガバナンス向上への取り組みを前提とした投資家からの期待に応える形で、報酬水準の上昇が志向されるようになりした。その結果、グローバルに事業を展開する日本企業を中心に、既に欧米企業並みの水準まで役員報酬が引き上げられているところも出てきています。
もう1つは、報酬水準の上昇にも関連しますが、業績連動報酬の拡大です。かつての日本企業の役員報酬に占める業績連動報酬の割合は、欧米企業と比べるとかなり低くなっていました。具体的には、株式報酬等の中長期インセンティブはほぼなく、また短期インセンティブである年次賞与の割合や変動度合いも不十分という、インセンティブとしての実効性に疑念が持たれる状況にありました。こうした状況を踏まえ、株式報酬の導入や拡大等中長期インセンティブ強化に年次賞与の拡大も加えた業績連動報酬全体の拡大が志向されてきたところです。
こうした変革を経た日本企業の役員報酬の現状を欧米企業と比較してみましょう。世界的な人事コンサルティング会社ウイリス・タワーズワトソンの調査「日米欧CEOおよび社外取締役報酬比較」によると、未だ報酬水準自体は欧米企業に及ばないものの、業績連動報酬の割合は欧州企業に匹敵する水準となっていることが分かります。
このように、日本企業は欧米企業を手本としながら、投資家からの要請にある程度対応してきたと言えるでしょう。
日本企業の役員報酬について残された課題
昨今の日本企業では、上述のような報酬水準の引上げや報酬構成の見直しのみならず、業績連動報酬の仕組みや、役員報酬制度そのものへの考え方なども議論されるようになっています。具体的には以下のようなものが挙げられます。以下、それぞれについて解説します。
1.報酬水準のさらなる上昇
上述のとおり日本企業の役員報酬の水準は上昇トレンドにありますが、この傾向は未だ継続しています。その中には、これまでと同様に積極的に報酬水準の引上げを志向するケースもあれば、必ずしも報酬水準の引上げは目的としていないものの、結果的に報酬水準が上昇することとなるケースも多くあります。
役員報酬を改定する場合、既に固定的に支払われている報酬を削減することなく、業績連動報酬を拡大することにより報酬の獲得機会を増やすのが基本的な考え方となります。このため、結果として報酬水準の上昇トレンドが維持されることになります。
しかし、業績連動報酬のみを拡大するとなると、固定報酬部分の水準は上昇しないため、報酬構成割合は欧米州企業に近づいているものの、全体の報酬水準をみると欧米企業には及ばないというのが日本企業の現状となっています。固定報酬を増額することは投資家の目線を踏まえると難しい面もありますが、欧米企業を意識した報酬水準や報酬体系を確立していくにあたっては、役員報酬の基盤としての十分な固定報酬部分を確保することも必要と言えるでしょう。
2.サステナビリティ関連指標の採用拡大
新型コロナウイルスの影響を含む社会情勢や急激な円安をはじめとする金融環境の不確実性の観点から、このところ企業の中長期的な価値創造を重視する声が一段と高まっています。こうした中、投資家や社会の要請に応えるべく、サステナビリティ関連指標を役員報酬の評価指標として採用する企業が増えています。こうした動きは日本企業のみならず欧米企業でも進んでいます。しかし、サステナビリティ関連指標は、必ずしもグローバルで一定の傾向があるわけではありません。例えば米国企業では人的資本関連の指標が重視されている一方、欧州企業では気候変動関連の指標が重視されている状況にあります。
日本企業では、欧米企業の動向は意識しつつも、自社の業態やビジネス環境、今後の戦略等を踏まえて自社独自の課題や取り組みを定めたうえで指標を模索するケースが多く見受けられます。すなわち、特定のサステナビリティ関連指標にフォーカスするのではなく、自社の価値創造ストーリーに沿った形で指標が選定されています。
3.株価評価指標の採用拡大
株価評価指標は、欧米企業の中長期インセンティブの評価指標としては極めて一般的なものとなっています。特にTSR(Total Shareholders Return=株主総利回り)は配当も加味しており、株主の利益そのものを表す指標であるため、特に役員報酬の水準が高額な米国企業では、報酬額の正当性を説明するための手段として必要不可欠な指標となっています。またサステナビリティ関連活動などその評価が難しいものも最終的には株価に反映されると考え、あくまで「株価」で評価するという立場をとることも可能です。このようにTSRは投資家に説明するうえでも非常に使い勝手の良い指標であり、今後は日本企業の間でも益々普及することが見込まれます。
4.株式保有ガイドラインの拡大
日本企業は、「経営陣は株主との利害共有が十分ではない」という指摘を踏まえ株式報酬の拡大を図ってきたという経緯がありますが、近年は、株式を長期保有することを株式保有ガイドラインによって担保するよう投資家からの要請があります(株式保有ガイドラインの詳細については【2023年2月の課題】株式保有ガイドライン導入の動きと導入に向けた取り組み方参照)。
株式保有ガイドラインは、既に欧米企業では「基本報酬のX倍の株式数を保有することを義務付ける」といった形で一般的に導入されているものであり、基本的には日本企業にも同様の内容が求められています。ただし、日本企業では保有目標株式数を欧米企業に並ぶレベルで設定することが難しいことも多々あります。このような場合には、役員が個人で株式を追加購入する必要が出てくることも考えられます。しかし、現状の日本企業では、まずは株式保有ガイドラインを導入することが喫緊の課題となっているため、一足飛びに欧米企業並みとはいかず、まずは株式報酬のみで保有目標株式数の達成が可能な現実的な目標を設定する事例が多くなっています。しかし、今後、日本企業の間でも株式保有ガイドラインの導入が一般的になった際には、保有目標株式数もより高いレベルを求められることになるでしょう。
5.職務のサイズや役割に応じた報酬のあり方の検討
日本企業の役員報酬制度は、一般的に社長、専務、常務などの役位毎に報酬テーブルを設定したうえで運用されています。しかし近年、役位制度は実際の職務サイズと必ずしもリンクしていないのではないかという指摘があり、職務サイズや役割に応じた報酬体系を再検討する日本企業が増えています。
具体的には、職務内容を再定義するために、CXO制度を導入します。ただ、それだけでは、その職務のサイズが不明なため、それぞれのCXOの職務内容にグレーディング(格付け)を行うことで職務のサイズを数値化します。こうして決定された職務内容及びグレードを踏まえて他社の報酬をベンチマークし、それぞれのCXOの報酬水準等を決定していきます。
ベンチマーク : ■競合他社で同様の仕事をする労働者等に支払われている報酬を調査すること。自社の労働者等に支払うべき給与の目安を決定するために行われる。
ただし、これまで使用してきた役位を廃止することは企業にとっては大きな変化であるため、段階を踏んで対応を図る企業も見られます。具体的には、まずはCXO制度やグレードのみを導入し、一定程度時間を置いた後に報酬とリンクさせるという2ステップを踏むやり方です。
6.役員報酬と従業員の給与の一貫性をもった検討
これまで、日本企業においては、役員報酬は従業員の給与とは“別モノ”として扱われるのが一般的だったと言えます。実際、従業員の給与は人事部門が担当し、役員報酬は秘書室が担当するなど、そもそも管轄する部署が異なるケースは未だに少なくありません。
こうした中、近年はあえて両者を区別せず、一貫性をもって検討する企業が増えてきています。具体的には、従業員の最高位と役員の最下位の金額の差異が、自社の人事戦略と照らして適切であるかどうかや、従業員の給与の競争力と役員報酬の競争力に差異がありすぎないかどうか、といった点が検討のポイントとなることが多くなっています。
おわりに
これまで解説してきたように、昨今の日本企業における役員報酬に関する議論を見てみると、必ずしも欧米企業に後れをとっていた部分にキャッチアップするということのみならず、欧米企業でも現在議論されている論点について、日本企業の各社がどうあるべきかを検討するという流れが出てきています。日本企業における役員報酬の課題とは、欧米企業を見習って対応すれば正解が見つかるというような単純なものではなく、各社の状況を踏まえたうえで、答えのない課題に対する取り組みが既に始まっていると言えるでしょう。
