2024/05/27 スキル・マトリックスの説明文に盛り込まれたキーワードや標題は?(会員限定)

スキル・マトリックスの“質”に対する投資家の関心が高まっている。2024年5月16日のニュース「スキル・マトリックスの“戦略的開示”」では、質の高いスキル・マトリックスとは、「今、なぜこのスキルが必要なのか」について、企業の長期的な方向性と現状を踏まえた説得力ある説明がされたもの、としたところだ。そこで当フォーラムでは、質の高いスキル・マトリックスを作成するうえで有効と思われるキーワードとして、投資家へのヒアリングに基づき「戦略」「計画」「理念」「ビジョン」「マテリアリティ」「ミッション」「パーパス」の7つを選定し、TOPIX100採用企業のうち2023年株主総会招集通知でスキル・マトリックスの開示があった95社についてこれらのキーワードがスキル・マトリックスの説明に含まれているかを調査した。結果は、いずれかのキーワードが含まれていたのが22社(重複あり)と、全体の約4分の1弱にとどまった。

TOPIX100企業のスキル・マトリックスの説明に盛り込まれたキーワードの分布
(2023年株主総会招集通知より)
*社数は各キーワードがスキル・マトリックスの説明として用いられている場合のみをカウントしたものであり、スキル項目の一つとして例えば「経営戦略」が記載されているといったケースは含まれていない。
戦略 計画 理念 ビジョン マテリアリティ ミッション パーパス
16社 8社 6社 6社 2社 2社 2社

最も多かったキーワードは「戦略」で、「当社の経営戦略推進にあたって期待されるスキル」「経営戦略に照らして取締役会がその機能を適切に発揮するために、取締役会が全体として備えるべきスキル」(アステラス製薬)といった説明が見られた。「計画」については、「中長期経営計画の内容等を踏まえた必要なスキル・経験」(日本製鉄)といったシンプルな記載から、「第5期中期経営計画で示した2030年ビジョン「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」の実現に向け、取締役会が発揮すべき機能を踏まえ、特に重要と考える9つのスキル」(第一三共)といったより具体的な記載も見られた。やはり説明が詳細であるほど、説得力は増すことになろう。

ユニークな事例として、求められるスキルを「生命保険事業の特性等を踏まえた保険持株会社の取締役として必要とされる見識及び経験として①~⑦」と「中期経営計画を踏まえた今後の重要な事業戦略・経営課題に関する見識及び経験として⑧~⑩」に分けたもの(第一生命ホールディングス)や、まず「「製品競争力」「顧客対応力」「生産性向上」と事業活動全体を支える「経営基盤」をマテリアリティ(重要分野)として定義」しているとしたうえで、「以下のようなスキルを発揮することにより、各マテリアリティの中期目標を達成」するとしているもの(東京エレクトロン)、などが挙げられる。こうした独自性のある説明も投資家に評価されやすいはずだ。

また、スキル・マトリックス開示のポイントとして、「標題」も見逃せない。単に「取締役のスキル・マトリックス」「取締役の専門性と経験」などとするのではなく、例えば「取締役に特に期待する役割」(ブリヂストン)、「当社取締役会に求める知識・知見」(資生堂)などは、取締役会の「あるべき姿」を念頭においたスキル・マトリックスであることが明確となる標題の方が望ましいと言える。スキル・マトリックスと併せて標題にも気を配り、「質の高いスキル・マトリックス」を目指したいところだ。

2024/05/24 【失敗学第119回】ラックランドの事例(会員限定)

概要

設備・内装・建築事業を営むラックランド(東証プライム市場に上場)で、社長が、交際費を重複精算したり、同行者を伴わない単独利用の飲食費を交際接待費として精算したり、私的な支出を会社の経費として精算したりする手法により会社から約3億円以上の金額を不当に引き出していた。

経緯

ラックランドが2024年4月16日に公表した「特別調査委員会の調査報告書」によると、一連の経緯は次のとおり。

2023年
12月21日:ラックランドは、国税当局担当者より、同社の望月社長の交際接待費に「帳簿書類への虚偽記載」の疑いがある旨、指摘を受けた。

2024年
1月30日:ラックランドは、社内調査チームを組成し、調査を開始した。
2月14日:ラックランドの取締役会は、外部専門家のみで構成される特別調査委員会の設置を決議した。
4月16日:ラックランドは「特別調査委員会の調査報告書」を公表した。

内容・原因・再発防止策

ラックランドが2024年4月16日に公表した「特別調査委員会の調査報告書」によると、本件不正(社長による交際費の不正精算。その他、長期売掛金の回収に関する不正行為もあるが本稿では取り上げない)の内容、原因および再発防止策は次のとおりとされている。

社長による交際費の不正精算
内容 ラックランドの望月社長は、2019年度から2023年度にかけて、下記の類型の不適切な交際接待費の支出を行っていた(総額334百万円。このうち類型Ⅰ(重複精算)が総額141百万円)。

類型Ⅰ(重複精算)
交際接待費として1回支出したものについて、同一内容の経費を重複して当社に経費申請及び精算を行い、余分(2回分)の会社経費を支出させているケース
類型Ⅱ(同行者なし経費)
交際接待費等の申請書類に記載されている接待先とは同行しておらず、望月社長が単独で店舗を利用しているケース
類型Ⅲ(家族帯同経費)
出張旅費の精算において、家族を帯同した私的な旅行である疑いのあるものについて、家族分の旅費・滞在費を含む全額を会社経費として支出させているケース
類型Ⅳ(私的物品購入)
望月社長が私的な目的で購入したと考えられる商品を会社経費として支出させているケース
類型Ⅴ(その他事業関連性がない精算)
上記のほか、会社の業務と関連性がないと思われる使途について会社経費として支出させているケース

原因 (社長への牽制の不存在)
ラックランドでは、社長以外の役員、従業員については社長自らが決裁権限を行使することによりコントロールが可能な制度設計にはなっているが、唯一の決裁権限者である社長による交際接待費の使用状況を監視・監督し、量的な制限を加えるための内部統制やガバナンスは存在していない。すなわち、望月社長の経費申請は、他の従業員、役員らとは全く異なっており、事前申請は不要、事後申請が基本となっており、財経部の確認も申請書類の形式が整っているかどうかという点にとどまっていた。その他、第三者の承認は不要とされていた。
(交際接待費のルールの不存在)
ラックランドでは、役員交際費規程等は設けられておらず、そのほかに、それぞれの役職や部署ごとに定められた交際接待費の上限設定についての規程やガイドライン等による制限も設けられていない。
(交際接待費についての予算統制の不存在)
ラックランドでは、各部門において交際接待費の予算設定は毎年行われているものの、厳格な予実管理が行われておらず、予算超過の有無を監視する仕組みはない。
(クレジットカードの利用明細での精算)
ラックランドでは、望月社長がクレジットカードの利用明細に基づいて精算を行うことを認めており(最終的な承認者は社長本人)、望月社長は領収書による精算とは別にクレジットカードの利用明細も用いて同一の支出の精算を二重に行っていた。
(内容を確認する統制の不存在)
ラックランドでは、社長が提出する領収書の内容を適切な承認者(第三者)が確認する統制が行われていなかった。そのため、例えば、百貨店の発行する領収書によると、2021年7月3日に「御中元ワイン代(77名分)」という名目で贈答品を購入したことになっていたが、実際には、宝飾品やコート等の私的な購入品であったというケースが散見されたが、いずれも内容を確認されることがなかった。
(活かせなかった過去の教訓)
ラックランドは、国税当局から、2020年9月28日から翌年4月28日までにかけて、過去4か年を対象期間とした税務調査を受け、望月社長が個人的経費分を含む経費精算を行っていることを国税当局から指摘されたため、望月社長は当該支出分につき自主返納をしていた。税務調査が行われた事実や指摘内容は取締役会に報告されなかった。
(望月社長の「公私混同」の意識)
望月社長は、特別調査委員会のヒアリングにおいて、秘書や管理本部が事業関連性をチェックしてくれていると思っていたという責任転嫁と評価せざるを得ない弁解や、事業関連性があると思い込んでいたという社会常識に照らせば不合理ないし軽率と評価せざるを得ない弁解を述べていた。そこには、自らが上場会社の経営トップとして適正な税務申告や経費精算を行い上場会社の資産を守るという意識も、適正な税務申告や経費精算を行うために上場会社に備わるべき内部統制を整備するのは代表取締役である自らの責務であるという意識もなかった。
(異常多額な交際接待費を監視できないガバナンスの不全)
2019年度から2023年度の5カ年度における望月社長の交際接待費等は総額706百万円、年度当たり平均額は141百万円である。一方、2019年度から2022年度の4カ年度におけるラックランドの連結経常利益または経常損失は合計645 百万円、年度当たり平均額は161百万円であった。つまり、ラックランドは毎期の連結経常利益に匹敵する金額を望月社長の交際接待費等として承認して支払っていたことになる。過去には、ラックランドの取締役会や監査等委員会において、売上高経常利益率が低いこと、その要因として販売管理費が高いこと、望月社長の交際接待費等が多額であることが問題視されたことがあったものの単発的なものにとどまり、取締役会や監査等委員会として、望月社長の交際接待費等の金額や内容を継続的に監視していくという方針が採られたことはなく、経費申請を承認していた管理本部から望月社長の交際接待費等について何らかの問題提起がされたこともなかった。つまり、3ラインモデルの第2線である管理本部による望月社長の接待交際費等の経費申請に対する金額的牽制や内容的牽制が無いという内部統制の不備が存在したにもかかわらず、取締役会も監査等委員会もこれを発見し、是正に繋げることができず、ガバナンスは不全であった。
(望月社長の営業スタイル)
望月社長は、経営者団体の仲間と高級飲食店や社交飲食店を頻繁に訪れ高額な勘定を負担し、高額の贈答品を付け届けるなど、多額の交際接待費を湯水のように使いながら相手に取り入ろうとする「接待営業」に大きく偏っていた。
(役員指名ガバナンスの不全)
ラックランドには、高齢の役員が比較的多い。また、独立役員の届出をしている取締役監査等委員のうち1名は、就任が1994年(30年前)であり、在任期間が長期化している。また、ラックランドは、任意の指名諮問委員会のような組織を設置していない。
再発防止策 1 上場会社であり続けることについての徹底的な議論
2 役員指名ガバナンスの即時実行
3 役員の経営責任及び法的責任の追及
4 取締役会の監督機能の強化
5 技術営業のより一層の強化
<この事例から学ぶべきこと>

ラックランドでは、社長が会社から交際費の精算を口実に不正に資金を引き出していました。このような不正精算は、結果として会社が経費を水増し計上していたことになり、利益が少なくなった分、利益(所得)に課税する法人税等の税金が不正に少なくなったとして、不足した税金の支払いを求められます。不足した税金を支払って終わりではなく、利息に相当する延滞税が上乗せされます。さらに「帳簿書類への虚偽記載」があったとして、悪質性を認められ、重加算税が課されるリスクもあります。

社長の交際費をどうやって牽制するかは難しいテーマですが、聖域を作ってはいけません。2023年10月6日のニュース「社長の交際費に対する内部統制のあり方」を参考に、社長の業務上のスケジュールをグループの役員と一部の従業員に対してグループウェア(社内電子掲示板)で開示するようにし、モニタリングの実効性向上を図ったり、「交際費等管理規程」「役員等旅費規程」「役員等海外出張旅費規程」などの社内規程を見直し、精算時のルールの明確化するとともに、社長であっても事前申請を必須とするなど、聖域を作らないための仕組み作りに知恵を絞るようにしたいところです。

2024/05/23 能登半島沖地震関連損失計上で欠損填補責任が論点に

5月も下旬となり、3月決算会社では株主総会議案の最終チェック段階に入っている。配当や自己株式取得の議案を提出する予定の会社では、配当額や自己株式取得枠が分配可能額の範囲内であることを確認済みのはずだが、上場会社であっても分配可能額を超えた配当や自己株式取得(以下、違法配当等)を行う事例が散見される。そこで本稿では、直近に生じた上場会社の違法配当等の実例を取り上げ、改めて分配可能額のチェック体制の充実を促したい(分配可能額のチェック体制については、2023年9月13日のニュース『株価を意識した諸施策に潜む法令違反リスク』、2020年8月20日のニュース『相次ぐ違法配当を防ぐために上場会社が点検すべき「チェック体制」』参照)。

3月決算の・・・

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2024/05/23 能登半島沖地震関連損失計上で欠損填補責任が論点に(会員限定)

5月も下旬となり、3月決算会社では株主総会議案の最終チェック段階に入っている。配当や自己株式取得の議案を提出する予定の会社では、配当額や自己株式取得枠が分配可能額の範囲内であることを確認済みのはずだが、上場会社であっても分配可能額を超えた配当や自己株式取得(以下、違法配当等)を行う事例が散見される。そこで本稿では、直近に生じた上場会社の違法配当等の実例を取り上げ、改めて分配可能額のチェック体制の充実を促したい(分配可能額のチェック体制については、2023年9月13日のニュース『株価を意識した諸施策に潜む法令違反リスク』、2020年8月20日のニュース『相次ぐ違法配当を防ぐために上場会社が点検すべき「チェック体制」』参照)。

3月決算のエックスネット(東証スタンダード市場に上場)は、同社の議決権の51.3%を保有する親会社であるNTTデータとの資本提携を解消するため、決算月の翌月末(2024年4月30日)に開催した取締役会の決議に基づき、2024年5月1日に自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)を利用してNTTデータから自己株式を取得した(株式の異動後、NTTデータの持株比率は5.5%に減少)。自己株式の取得価額は約59億円であったが、エックスネットは自己株式を取得してから1週間後に、本自己株式取得は会社法および会社計算規則により算定した分配可能額を超過したものであったことが判明したとして、急遽「分配可能額を超えた自己株式の取得に関する外部調査委員会」を設置し、原因の解明と今後の対応および再発防止に向けた方針等の調査を開始した(エックスネットの外部調査委員会設置のリリースはこちら)。


自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3) : 買方を発行会社に限定した自己株式取得専用の立会時間外取引

エックスネットは、2024年3月期末の配当額(6月の定時株主総会で決議予定)は、2024年4月30日付に開示した決算短信への記載金額から変更の予定はないとしているが、5月1日の自己株式取得が違法であったにもかかわらず、6月の配当は予定どおり実施できる(違法ではない)のはなぜだろうか。エックスネットが2024年5月22日に公表したリリースを読み解くと、5月1日の自己株式取得の時点では2023年3月期を「最終事業年度」として分配可能額を算定せざるを得ないものの、2024年5月17日に会計監査人により無限定適正意見が表明され、決算取締役会で2024年3月期の決算が承認されることで、分配可能額算定にあたっての「最終事業年度」が2023年3月期から2024年3月期に更新され、6月の配当が分配可能額の範囲内に収まるようになったことが分かる。

エックスネットの外部調査委員会設置のリリースから3日後の(2024年)5月10日には、東証プライム市場に上場しているサンケン電気も、2024年3月期の中間配当が結果として分配可能額を満たさない(33億円の欠損)こととなった旨をリリースしている。これは、同社が2023年11月7日開催の取締役会において一株当たり15円の中間配当の実施を決定し、同月末に実施したものの、2024年1月1日に発生した能登半島地震に連結子会社の石川サンケン株式会社が被災したことにより、稼働停止に伴う固定費、建屋・設備の損耗、製品及び仕掛等の在庫棄却が生じ、2024年3月期決算において特別損失を計上することとなり、2024年3月期決算において分配可能額が33億円の欠損となったというもの。ただ、分配可能額は連結貸借対照表ではなく親会社(サンケン電気)の単体貸借対照表に基づき算定されるため、単に石川サンケン株式会社が被災しただけでは親会社の単体貸借対照表への影響は生じない(したがって、親会社の分配可能額も影響を受けない)はずだ。それでもサンケン電気単体で分配可能額が減少した理由はサンケン電気のリリースからは明らかでないが、親会社において子会社(石川サンケン株式会社)株式の評価減が生じたものと推測される。

サンケン電気の事例がエックスネットの事例と決定的に異なるのは、エックスネットの場合、自己株式の取得が「取得時点」で分配可能額を超過する違法なものであった(財源規制違反)のに対し、サンケン電気の場合、中間配当時点では中間配当は分配可能額の範囲内であったものの、その後に起こった能登半島地震により、結果として多額の子会社株式評価減が生じ、事後的に欠損填補責任の論点が生じることとなったという点にある。

サンケン電気は、中間配当の実施に係る同社取締役の会社法上の責任の有無について顧問法律事務所に見解を求めたところ、能登半島地震に起因する予測不可能な特別損失の計上がなければ欠損は生じておらず、本件中間配当を実施した時点で欠損が生じることを予測するのは不可能であったと解すべきとして、同社取締役が会社法465条1項に規定される「欠損が生じた場合の責任」を負う可能性は極めて低いものと解されるとの意見を得たとしている。

能登半島地震に伴う損害の発生を事前(中間配当の決定時)に予測するのは不可能であったことは間違いない。しかし、今回のような天災を起因とするケースはともかくとして、一般的には、下期に多額の損失を計上することになった際に「中間配当時は当該損失計上は予測不能であった」と常に弁明できるものではないことには注意したい。例えば、以前から減損の兆候があったにもかかわらず、期末になって監査法人から減損の計上を求められたケースや、非上場の子会社の含み損が年々拡大していたところ、下期になって子会社株式評価減が不可避になった、といったケースでは、「下期に多額の損失を計上するであろうことは、中間配当時にある程度予測可能であったはず」として、取締役が欠損填補責任を問われる可能性は決して低くはない。


減損 : 固定資産による将来の現金回収見込額が簿価を下回った場合に、下回った分だけ損失を計上すること。

上場会社の取締役(とりわけ業務執行取締役)は、決算が確定している期末時よりも、下期の不確定要素を抱える中間配当時の方が欠損填補責任の論点が生じやすい分、リスクが高いということを認識しておきたい。

2024/05/22 協働エンゲージメント活発化も 取締役の選解任など“外形的事実”のみで「共同保有者」に該当するか否かを判定へ

2008年の金融商品取引法(以下、金商法)改正により大量保有報告制度が見直され、大量保有報告書等の不提出および不実記載が課徴金制度の対象とされたものの、その後も大量保有報告書等の提出遅延が相次いでいる。特に問題視されているのが、認定・立証の難しい「共同保有者」によるものだ。現状でも、・・・


大量保有報告制度 : 市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を図ることを目的として、株券等の大量保有者に対し「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出を義務付ける金融商品取引法上の制度。具体的には、①保有割合が5%超となった場合、②その後、保有割合が1%以上増減するなど重要な変更があった場合、それぞれ提出事由が生じた日から5営業日以内に「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出が求められる(②の場合に提出するのは「変更報告書」)。
共同保有者 : 共同して株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している者

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2024/05/22 協働エンゲージメント活発化も 取締役の選解任など“外形的事実”のみで「共同保有者」に該当するか否かを判定へ(会員限定)

2008年の金融商品取引法(以下、金商法)改正により大量保有報告制度が見直され、大量保有報告書等の不提出および不実記載が課徴金制度の対象とされたものの、その後も大量保有報告書等の提出遅延が相次いでいる。特に問題視されているのが、認定・立証の難しい「共同保有者」によるものだ。現状でも、複数の投資家が協調して株式を取得していることが疑われる事例は少なくない模様。


大量保有報告制度 : 市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を図ることを目的として、株券等の大量保有者に対し「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出を義務付ける金融商品取引法上の制度。具体的には、①保有割合が5%超となった場合、②その後、保有割合が1%以上増減するなど重要な変更があった場合、それぞれ提出事由が生じた日から5営業日以内に「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出が求められる(②の場合に提出するのは「変更報告書」)。
共同保有者 : 共同して株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している者

こうした中、(2024年)5月15日には、大量保有報告制度の見直しを含む「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案」(以下、改正金商法)が参議院本会議で可決・成立し、本日5月22日に公布された(金商法の改正については、2024年3月21日のニュース「金商法改正案が国会に提出、買収対象会社への“事前・事後の救済制度”は導入見送り」、2024年3月22日のニュース『協働エンゲージメント促進に向け「共同保有者」の範囲を明確化、配当方針や資本政策の変更などの共同提案であれば「共同保有者」に該当せず』参照)。

今回の金商法改正の目玉の一つが、大量保有報告制度上の「共同保有者」の範囲の明確化だ(改正金商法の公布の日(2024年5月22日)から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行)。具体的には、複数の投資家が重要提案行為や個別の権利の行使についての合意など「経営に重大な影響を与えるような合意」(改正金商法27条の23第5項)をしない限り、「共同保有者」には該当しないこととされた。例えば、配当方針や資本政策の変更などの企業支配権に直接関係しない提案を共同して行うケースであれば、「共同保有者」には該当しない。


重要提案行為 : 投資先企業の事業活動に重大な変更を加え、又は重大な影響を及ぼす行為として「一定の事項」を提案する行為。「一定の事項」としては、例えば代表取締役の選解任、株式交換・移転、会社の分割・合併、配当に関する方針の重要な変更、資本政策に関する重要な変更などがある。

ただ、冒頭で述べたとおり、共同保有者に該当するかどうかの認定・立証は容易ではない。そこで金融庁は、改正金商法の政令により、「取締役の選解任」や「重要資産の処分」といった特定のテーマについて企業とエンゲージメントを行っているなど“一定の外形的事実”がある場合にのみ「共同保有者」とみなすこととする方針であることが当フォーラムの取材により判明した。この“一定の外形的事実”は改正金商法政令に限定列挙されることが確実となっている。改正金商法政令の内容は現時点では明らかになっていないが、現行金商法施行令14条の8の2(重要提案行為等)に列挙された項目と同様のものとなる可能性がある。

複数の投資家が協調して個別の投資先企業に対し特定のテーマについて対話を行う「協働エンゲージメント」は、各投資家の質的・量的なリソース不足を補い、対話の実効性を高めると言われており、金融庁としてはこれを促進したいとの意向を持っていると思われる。ただ、大量保有報告制度では、共同して議決権その他の株主としての権利を行使することに合意した投資家の保有割合が5%超になれば、大量保有報告書の提出が求められることになっているものの、大量保有報告制度における「共同保有者」の範囲が法令上不明確であることが、投資家が協働エンゲージメントを行うことを躊躇する一因になっているとの指摘がある。

こうした中、金商法政令で「共同保有者」に該当することとなる“一定の外形的事実”が限定列挙されれば、投資家にとってはエンゲージメントにあたり「共同保有者」に該当することになるかどうかの判断が容易になり、企業との協働エンゲージメントはもちろん、(協働エンゲージメントでない)エンゲージメントもやりやすくなるものと思われる。これに伴い、投資家から企業に対するエンゲージメントが活発になる可能性がありそうだ。

2024/05/21 「日本版Sell-to-Cover」解禁も、いまだ残るインサイダーリスク

金融庁の証券取引等監視委員会が平成20年 11月18日 に制定した「インサイダー取引規制に関するQ&A」に、昨年(2023年)来、「株式報酬の利用を促進するための新たな解釈指針」が段階的追加されている。先日4月19日には、応用編問9および問10という2つの新たな解釈指針が再び追加されたところ。 応用編問9では、いわゆる事後交付型RSUPSUにおいて、ベスティング時(権利確定時)に自己株式の処分を通じて現物株式を付与してもインサイダー取引規制違反にはならない旨が明確化され、昨年12月8日に追加された応用編問8(事前交付型である譲渡制限付株式(RS)を自己株式の処分を通じて付与する場合にはインサイダー取引規制違反にならない旨を明確化したもの)の指針を事後交付型にも拡張したものと位置付けられる。今回注目すべきは応用編問10だ。


事後交付型 :取締役等と会社の契約において、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる仕組み。
RSU :譲渡制限付株式報酬(リストリクテッド・ストック)には、株式交付のタイミングによって、「事前交付型」(リストリクテッド・ストック(略称:RS))と「事後交付型」(リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU))に分けられる。事前交付型は、取締役等の報酬対象勤務期間の開始後、速やかに取締役等に株式の発行(or自己株式の交付)を行い(この時が会社法上の「割当日」に該当)、取締役等と会社の契約において、当該株式に譲渡制限を付しておき、権利確定条件(例えば「3年間勤務する」「3年後に株価を倍増させる」など)が達成された場合に譲渡制限が解除され(すなわち、取締役等は当該株式を売却して換金できる)、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得(没収)する仕組み。事後交付型とは、取締役等と会社の契約において、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる仕組み。
PSU :「パフォーマンス・シェア」とは文字通り一定期間(以下、業績等評価期間)における「業績」や「株価」によって交付する株式数が変動するタイプの株式報酬のこと。業績評価期間の最初に株式を交付するものは単に「パフォーマンス・シェア(通称:PS)」と呼ばれるが、まずポイント(ユニット=単位)を付与し、業績等評価期間終了後に評価の結果に応じてポイント数を変動させ、当該ポイントに応じた株式を交付するのが「パフォーマンス・シェア・ユニット(通称:PSU)」である。業績や株価条件のある株式交付信託は、パフォーマンス・シェア・ユニットに区分される。
ベスティング :権利を付与されてから権利行使可能になるまでの期間のこと。ベスティング(vesting)とは「権利確定」という意味である。
事前交付型 :取締役等の報酬対象勤務期間の開始後、速やかに取締役等に株式の発行(or自己株式の交付)を行い(この時が会社法上の「割当日」に該当)、取締役等と会社の契約において、当該株式に譲渡制限を付しておき、権利確定条件(例えば「3年間勤務する」「3年後に株価を倍増させる」など)が達成された場合に譲渡制限が解除され(すなわち、取締役等は当該株式を売却して換金できる)、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得(没収)する仕組み。一方、「事後交付型」とは、取締役等と会社の契約において、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる仕組みであり、RSU(リストリクテッド・ストック・ユニット)は「事後交付型」に該当する。
譲渡制限付株式(RS) :一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しないなど)が定められているものを指す。「リストリクテッド・ストック」という呼び方も定着している。
譲渡制限付株式(RS) : 一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しないなど)が定められているものを指す。「リストリクテッド・ストック」という呼び方も定着している。

応用編問10は、・・・

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2024/05/21 「日本版Sell-to-Cover」解禁も、いまだ残るインサイダーリスク(会員限定)

金融庁の証券取引等監視委員会が平成20年 11月18日 に制定した「インサイダー取引規制に関するQ&A」に、昨年(2023年)来、「株式報酬の利用を促進するための新たな解釈指針」が段階的追加されている。先日4月19日には、応用編問9および問10という2つの新たな解釈指針が再び追加されたところ。 応用編問9では、いわゆる事後交付型RSUPSUにおいて、ベスティング時(権利確定時)に自己株式の処分を通じて現物株式を付与してもインサイダー取引規制違反にはならない旨が明確化され、昨年12月8日に追加された応用編問8(事前交付型である譲渡制限付株式(RS)を自己株式の処分を通じて付与する場合にはインサイダー取引規制違反にならない旨を明確化したもの)の指針を事後交付型にも拡張したものと位置付けられる。今回注目すべきは応用編問10だ。


事後交付型 :取締役等と会社の契約において、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる仕組み。
RSU :譲渡制限付株式報酬(リストリクテッド・ストック)には、株式交付のタイミングによって、「事前交付型」(リストリクテッド・ストック(略称:RS))と「事後交付型」(リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU))に分けられる。事前交付型は、取締役等の報酬対象勤務期間の開始後、速やかに取締役等に株式の発行(or自己株式の交付)を行い(この時が会社法上の「割当日」に該当)、取締役等と会社の契約において、当該株式に譲渡制限を付しておき、権利確定条件(例えば「3年間勤務する」「3年後に株価を倍増させる」など)が達成された場合に譲渡制限が解除され(すなわち、取締役等は当該株式を売却して換金できる)、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得(没収)する仕組み。事後交付型とは、取締役等と会社の契約において、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる仕組み。
PSU :「パフォーマンス・シェア」とは文字通り一定期間(以下、業績等評価期間)における「業績」や「株価」によって交付する株式数が変動するタイプの株式報酬のこと。業績評価期間の最初に株式を交付するものは単に「パフォーマンス・シェア(通称:PS)」と呼ばれるが、まずポイント(ユニット=単位)を付与し、業績等評価期間終了後に評価の結果に応じてポイント数を変動させ、当該ポイントに応じた株式を交付するのが「パフォーマンス・シェア・ユニット(通称:PSU)」である。業績や株価条件のある株式交付信託は、パフォーマンス・シェア・ユニットに区分される。
ベスティング :権利を付与されてから権利行使可能になるまでの期間のこと。ベスティング(vesting)とは「権利確定」という意味である。
事前交付型 :取締役等の報酬対象勤務期間の開始後、速やかに取締役等に株式の発行(or自己株式の交付)を行い(この時が会社法上の「割当日」に該当)、取締役等と会社の契約において、当該株式に譲渡制限を付しておき、権利確定条件(例えば「3年間勤務する」「3年後に株価を倍増させる」など)が達成された場合に譲渡制限が解除され(すなわち、取締役等は当該株式を売却して換金できる)、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得(没収)する仕組み。一方、「事後交付型」とは、取締役等と会社の契約において、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる仕組みであり、RSU(リストリクテッド・ストック・ユニット)は「事後交付型」に該当する。
譲渡制限付株式(RS) :一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しないなど)が定められているものを指す。「リストリクテッド・ストック」という呼び方も定着している。
譲渡制限付株式(RS) : 一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しないなど)が定められているものを指す。「リストリクテッド・ストック」という呼び方も定着している。

応用編問10は、事前交付型の譲渡制限付株式(RS)、事後交付型のRSUやPSUのべスティング時においては所得税課税が生じるが、その源泉徴収税額に充当するために速やかに行われる現物株式の売却は、インサイダー取引規制違反には当たらないことを新たな解釈として明確化したもの。

これは、日本の株式報酬の使いにくさの象徴であった「キャッシュインなき課税=所得税を納めるのに必要な資金を株式の売却により確実に工面できない」の問題を解決する大きなインパクトを持つ解釈指針と考えられる。税金の工面のために株式の一部を自動売却する仕組は、欧米の株式報酬制度においては当たり前に実装されている。

一方、日本ではインサイダー取引規制の抵触に著しく保守的に対応する風潮があり、対応してくれる金融機関はこれまで皆無だった。そのため、株式報酬信託スキームを用いてあらかじめ信託内で税金相当分の現金を換価するか、あえて株式報酬とキャッシュプランを併存させて導入することによりベスティング時に納税分の現金が自動支給されるようにするといったような、極めて煩雑な報酬制度設計上の工夫を講じるしかなかった。今後は、そのような面倒でコストのかかる設計を行わなくても、付与対象者に納税への心配をさせることなく、単にRS、RSU、PSUを導入するだけよいとうシンプルな株式報酬制度の運用が可能になりそうに思える。

しかしながら、いまだ不明瞭な点は残る。Q&Aにおいては、インサイダー取引規制違反に当たらないための要件として、(1)べスティング後の源泉徴収税額へ充当するための速やかな売却であること、(2)役職員が指図を行わない売却の執行の仕組であること、(3)これらが社内規定や契約等で規定されていること、が挙げられている。現状のところ、これらの中身としてどれほど厳格な準備が必要になるかは明らかになっていない。特に株式の一部を売却する場合、源泉徴収税額相当の売却について、例えば「べスティング時の株式数量の45%(賞与としての源泉税率を想定)」等の取り決めがあれば問題ないということであればよいが、仮に「知る前契約・知る前計画」と同様に、売却時期及び数量の詳細まで一切の裁量の余地なく事前に定めなければならないということになると、事前の段階で詳細を社内規定や契約等でどこまで規定できるかが問題となる。

日本企業における株式報酬導入を推進するために、「日本版Sell-to-Coverの解禁」のもたらすインパクトは非常に大きい。それだけに、実務において利用できる指針となるよう、さらなる解釈の明確化が期待されるところだ。


Sell-to-Cover : 株式報酬の譲渡制限解除時に、一定の株式を売却して、自動的に納税資金に充てる仕組み。

2024/05/20 【2024年4月の課題】エンゲージメント・レターを受け取った場合の対応 解答(会員限定)

エンゲージメント・レターの見落としに要注意

エンゲージメントは、投資家から上場企業に送られるエンゲージメント・レターから始まります。エンゲージメント・レターの宛名は「取締役会メンバー」となっていることがほとんどですが、IR部長名も併記され、通常はIR部に送られてきます。ただし、直接CEO宛に送られることもありますので注意が必要です。

いずれにせよまず重要なのは、エンゲージメント・レターが送られてきたという事実を把握することです。見落とし等により、レターが送付されてきたこと自体が認識されなかった場合は大きなリスクとなります。投資家は、その企業がエンゲージメントを受けない姿勢であるとみなし、株式を売却することがあります。あるいは、議決権行使に訴える可能性があります。さらに、その企業が「エンゲージメントを受けない企業」であるという噂が広がることも十分考えられます。このような噂が広がることは、企業のレピュテーション上、大きな問題となります。他の投資家も同様の認識を持ってしまうリスクがあるからです。

後述するように、送り主が良く分からない名称の場合、広告郵便や迷惑メールだと判断してしまいがちなので要注意です。また、送り主が海外投資家の場合、日本語や日本のビジネス慣習に不慣れのため、送り先が分からず、全く関係のない部署にエンゲージメント・レターを送付してしまうこともあります。これは企業の責任ではありませんが、先方が「送った」という認識である以上、問題が起こる可能性があります。企業としてはこういった事態が起こりうることも念頭に置き、エンゲージメント・レターの到着を決して見落とさないようにしてください。

送り主が小さな組織でも、背後に巨大な投資家がいるケースも

エンゲージメント・レターが送られてきたという事実を把握したら、次はレターの送り主が誰なのを確認する必要があります。

投資家は「アセットオーナー」と「アセットマネージャー」に分かれます。アセットオーナーとは自己資産の運用者であり、自らの投資方針に従ってエンゲージメントを行います。年金、財団、大学基金、ソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド=政府が出資する投資ファンド)などです。特に欧米の巨大年金などがエンゲージメントに積極的です。

アセットマネージャーとは運用会社のことであり、アセットオーナーから資金の運用を受託しています。アセットマネージャーも自身の運用方針に基づきエンゲージメントを行います。顧客であるアセットオーナーの指示を受けて行動することもありますが、周知のとおりほとんどのアセットマネージャーは議決権行使基準を開示していますので、エンゲージメントもこの基準に沿ったものとなります。アセットマネージャーからエンゲージメント・レターが届いた場合、エンゲージメントの前に当該議決権行使会社の議決権行使基準をチェックしておくことは必須となります。

このほか、アセットオーナーやアセットマネージャーといった投資家ではない団体名でエンゲージメント・レターが送られてくることもあります。例えば、PRI(Principles for Responsible Investment=国連責任投資原則)、ICGN(International Corporate Governance Network==国際コーポレートガバナンスネットワーク)、ACGA(Asian Corporate Governance Association=アジア・コーポレート・ガバナンス協会)といった国際団体です。このような団体からエンゲージメント・レターが届いた場合、それぞれの団体に加盟しているアセットオーナーやセットマネージャーが「協働で」エンゲージメントを行ってくることになります。ただし、すべてのメンバー投資家が協働エンゲージメントに参加するのではなく、個々のエンゲージメントのテーマや内容に賛同したメンバー投資家だけが参加することになります。そのため、通常、レターにはメンバー投資家名が記載されています。協働エンゲージメントでは複数の投資家の持株が合算されますので、1つの投資家だけによるエンゲージメントと比較して、企業に対する影響力は極めて大きくなります。ただし、1企業あたりのエンゲージメントのテーマは相対的に少なくなります。テーマが多いと、メンバー投資家のコンセンサスがとれないからです。


PRI : 国連)PRIとは「(United Nations) Principles for Responsible Investment」の略で、機関投資家に対し、投資判断プロセスにESGを反映することや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどを提唱するESG投資の世界的なプラットフォーム。PRIに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。
ICGN : グローバル機関投資家や年金基金などが参加する団体であり、ICGNの意見はグローバル投資家の意見を最も色濃く反映していると考えられている。
ACGA : 英語の正式名称は「Asian Corporate Governance Association」で、香港を拠点とし、アジアに投資するグローバルな機関投資家の団体である。ACGAの会員となっている機関投資家の資産総額は40兆米ドルに達しており、日本の規制当局に対しても強い発言力を持っている。ACGAによるアジア諸国の「コーポレートガバナンス・ランキング」を含むコーポレートガバナンスに関する調査結果「CG Watch」には、資本市場関係者や規制当局も高い関心を持っている。

こうした国際的な団体の中には、一つの産業に特化したエンゲージメントを行うところもあります。例えば、FAIRR(Farm Animal Investment Risk and Return)は食品会社に特化したエンゲージメント、ATMI(Access to Medicine Foundation)は医薬品会社に特化したエンゲージメントを行っています。食品セクターや医薬品セクターに属している企業は、これらの団体の存在を認識しておく必要があります。

協働エンゲージメントは、民間の企業・団体でも行われています。その中には、聞いたことのない名称のところも少なくありません。このため、それがエンゲージメント・レターであることを認識できないという問題が生じる可能性がありますので、注意が必要です。知名度がほとんどなくても、またいかに小さな組織であっても、その背後にいる投資家が巨大であることは珍しくなく、その場合、影響力は極めて大きいものとなります。

エンゲージメントのプロセス

投資家からのエンゲージメントにはプロセスがあります。株主総会で企業にとって不利な議決権行使が行われないようにするためには、それぞれのプロセスにおいて適切な対応をとる必要があります。

投資家からエンゲージメント・レターが送られてきたら、まず社内でエンゲージメントの内容について検討します。そのうえで、投資家とミーティングを行います。エンゲージメントの内容によっては賛同できないものがあるかもしれませんが、だからと言ってミーティングの設定を拒絶するのは得策ではありません。対話を行うことで何らかの気付きが得られることもあるので、原則としてミーティングの設定依頼には応じるべきです。ミーティングでは、エンゲージメントの内容について投資家と議論することになります。ミーティングの機会が数回にわたることも珍しくありません。仮に投資家の提案を受け入れた場合、目標達成までの期限が設定され、投資家はその期限まで、目標達成に向けた企業の動きをモニタリングすることになります。

一方、企業が投資家からの提案が受け入れなかった場合、あるいは目標達成の期限までに目立った進展がなかった場合には、投資家は議決権行使へと進みます。しかし、その場合であっても、企業が適切な対応をとるかどうかで結果は変わってきます。何よりも、内容に賛同できない理由をロジカルに説明する必要があります。もちろん、その理由は企業価値、株主価値の向上に資するものでなければなりません。

エンゲージメントの具体例

投資家とのエンゲージメントに備えるために、最近よく見られるエンゲージメントのテーマ・内容を挙げておきます。

(1)不採算事業からの撤退またはその売却
事業の中に、赤字事業、または赤字でなくても利益率(投下資本に対する利益率:ROIC)が資本コストを下回っている事業があれば、投資家は当該事業からの撤退または当該事業の売却を求めてきます。


資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。

企業側が、「当該事業の低迷は一時的なものであり、今後改善していく」と考えるのであれば、その根拠を投資家に説明することになります。「歴史的に自社を支えてきた事業である」といった理由は、投資家には受け入れられません。

撤退または売却に同意した場合には、その期限についても話し合うことになります。「これから検討していく」という回答では投資家は納得しません。

(2)財務戦略
企業が事業を行っていくうえで必要な資金以外に、過大な現金預金、有価証券、不動産等を有している場合、投資家からそれらの削減を求められます。同時に、増配や自社株買いを要求してくるでしょう。

ここで注意しなければならないのは、既存事業の拡張や新規事業への投資などに資金が必要である場合、増配や自社株買いに同意する必要はないということです。なぜなら、設備投資による収益拡大の方が、増配や自社株買いよりも企業価値、株主価値の拡大に貢献するからです。ただし、設備投資による収益が資本コストを上回っていることが前提になります。こうした理由を投資家に説明すれば、通常の投資家であれば納得すると考えられます。

一方、自社株買いによる一時的な株価上昇を機に保有株式を売り抜くことを目的としている短期投資家は同意しないかもしれません。しかし、他の多くの長期投資家が納得すると思われますので、短期投資家は無視しても構わないでしょう。

(3)コーポレートガバナンス
指名委員会、報酬委員会、監査委員会の3つの委員会を設置した指名委員会等設置会社への移行を求められる可能性があります。

もっとも、日本の上場企業で指名委員会等設置会社となっている企業は極めて少ないため、強硬なエンゲージメントは稀と思われます。ただ、指名委員会等設置会社には移行しないまでも、任意の指名委員会および報酬委員会の設置は求められることになります。また、任意とはいえ、両委員会とも独立社外取締役が過半数を占め、委員長にも独立社外取締役を選任することが必要です。

また、ダイバーシティ促進の観点から、女性取締役比率の増加もエンゲージメントの対象となります。現状、社外取締役に女性を選任して女性取締役比率を高めている企業が多くなっていますが、本来的には「社内取締役」に女性を選任するべきです。これを実現するためには、将来の取締役候補となる女性管理職の登用が重要となります。

さらに、スキルマトリックスの開示への関心も年々高まっています。スキルマトリックスでは、例えばCEOがすべての分野に精通しているようなことは求められていません。重要なのは“全体のバランス”であり、弱い分野を皆で補い合っている状態が理想です。

さらに、近年は、独立社外取締役が機能しているかをチェックするために、独立社外取締役とのミーティングを求める投資家も増えてきています。

コーポレートガバナンス関係のエンゲージメントは、企業側で対応できるものが多くあります。逆に言えば、企業としては、投資家に提案されたエンゲージメントに反対する理由を見つけるのは難しいということです。

(4)環境・社会関係
ESG投資の拡大とともに、環境・社会関係のエンゲージメントが増えてきています。

「環境」関係のエンゲージメントでは、温室効果ガス(GHG)の排出削減計画を示す必要があり、そのうえで、毎期その削減量をモニタリングされることになります。将来的には、サプライチェーンを含めたスコープ3をベースとした削減計画が求められると考えられるため、企業としては今のうちから準備を進めておく必要があります。


スコープ3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。

昨今は、生物多様性についてのエンゲージメントも徐々に増えてきていますので(生物多様性については(新用語・難解用語)TNFD 参照)、対象となる産業に属する企業では対応を迫られる可能性があります。

「社会」関係のエンゲージメントでは、従業員をテーマとしたものが多くなっています。具体的には、従業員の安全や、仕事への満足度などがトピックスとなります。前者については、従業員の労働環境等に関する種々の規程の導入が求められます。後者については、昨今、日本の上場企業は、給与や働きがいなどの面で、従業員の仕事満足度を上げる施策を積極的に打ってきていますので、投資家への説明は比較的容易であると考えられます。

(5)ディスクロージャー
投資家は企業に様々な情報のディスクロージャーを求めてきます。しかし、そのすべてに同意してしまうと、競合他社に対し機密情報を開示するようなことにもなりかねませんので、慎重な対応が求められます。

また、機密情報とまではいかなくても、投資家の要求にすべて応えるのは、コスト上も問題となります。そのため、投資家と「なぜその情報の開示が必要なのか」議論する必要があります。ただ、財務KPIや非財務KPIなどの開示は、投資家だけでなく企業にも、目標を明確化させることにより大きなメリットをもたらす可能性がありますので、開示を検討する価値はあります。

投資家と“物別れ”に終わったら?

投資家とのミーティングで双方の意見に隔たりがあり、エンゲージメント項目について合意できなかった場合、投資家は次のステージに進みます。株式の売却か現在の取締役の再任を認めないとする議決権行使です。ここでは、議決権行使に至った場合を想定してみましょう。

対処方法はいたってシンプルです。IRを通じて他の投資家とコミュニケーションをとることです。ただ、これは、エンゲージメントの合意がなされなかったから行うのではなく、常日頃から様々な投資家、特に長期投資家とはコミュニケーションをとっておく必要があります。日頃から(エンゲージメント・レターを受け取る以前から)そのようなIR活動をしておけば、たとえエンゲージメントを求めてきた投資家が取締役再任決議に反対したとしても、他の多くの投資家が賛成に回ると考えられます。

これに対し、エンゲージメントが不調に終わったからといって、議決権行使に対抗するため、突然現れたコンサルタントの助言に従って買収防衛策を導入するなどといった対処方法には賛成できません。エンゲージメントの失敗から敵対的買収に移る投資家は少数ですし、買収に至らなくても投資家は議決権行使で経営者を一掃できます。それよりも、こうした形での買収防衛策の導入は他の投資家の評価も下げてしまい、議決権行使で彼らも反対に回ってしまう危険性の方が高いと言えるでしょう。

おわりに

以上、投資家からのエンゲージメントにいかに向き合うかについて解説してきました。繰り返しなりますが、エンゲージメントに関係なく、常に投資家、特に長期投資家とコミュニケーションをとっていることが極めて重要です。そうすれば、エンゲージメント・レターを受け取っても慌てる必要はありません。レターを送ってきた投資家とミーティングでも、堂々と対話することができるでしょう。