2024/03/18 自社の主要取引先と直接コンサルティング契約を締結する社外取締役の独立性(会員限定)

社外取締役の増加に伴い、自ら事業を手掛ける者が社外取締役に就任するケースや、1人で複数の企業の社外取締役を兼業する者も増えてきた。2024年1月23日のニュース「コンサルティング業を営む社外取締役の協業義務違反」では、自社(A社)がX社(上場会社)を取引先とする提携を進めることになったところ、A社の社外取締役であり、コンサルティングを本業とする者(甲)もX社に対してコンサルティングを提供する営業活動を以前から進めていたという事例を紹介したところだ。この事例では、甲がA社の社外取締役の地位を維持したままX社からコンサルティング業務を受注し、X社との取引を開始した場合、甲がA社の社外取締役として東証の独立役員基準(東証が「一般株主と利益相反の生じるおそれ」があると判断する基準)に抵触するのかが問題となったが、結論としては、①甲はX社とA社が提携を進めることになったといっても、甲とX社の間には「P社」がエージェントとして入っており、甲はP社の委託に基づきX社に対してコンサルティング業を行うのであって、直接A社と取引を行う関係ではないことや、②A社とX社との取引金額が、上場企業としてのA社、X社それぞれに影響を及ぼすものではなかったことから、甲は独立役員基準に抵触しないことになる。


独立役員 : 一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役または社外監査役。東証は企業に対し、独立役員を独立役員届出書により届け出ることを求めている。

では、仮にX社がA社の「主要取引先」に相当する関係にあり(A社はX社より大型契約を受注している)、また、甲がX社から(エージェントを通さず)直接コンサルティング契約(準委任契約かつ有期(1-2年未満)契約)を受注する場合、甲はX社との契約開始後、A社における東証の独立役員基準に抵触することになるのだろうか。


準委任契約 : 準委任契約とは特定の業務を行うことを定めた契約のことであり、コンサルティング契約や、医師に診療を受けることなどが該当する。請負契約ように、結果や成果物の完成までは責任を求められない点に特徴がある(業務の遂行自体が目的となる)。これは、例えば、経営コンサルティングを受けたビジネスが必ずしも成功するとは限らないし、医師に診療を受けても病気が治るとは限らないため。このように、準委任契約とは、必ずしも結果が出るとは限らない仕事を依頼する際の業務委託契約の類型と言える。

東証の独立役員基準によれば、甲がA社の「主要な取引先とする者の業務執行者」又はA社の「主要な取引先の業務執行者」に該当するのかが問題となるが(上場管理等に関するガイドラインⅢ5.(3)の2)、X社はA社の「主要な取引先」に該当することことから、甲がX社の「業務執行者」に該当するかが問題になる。

本件は、X社から甲に、甲の本業であるコンサルティングに関する案件の相談があり、有期(1-2年未満)での準委任契約の締結をするものであるが、このような関与の程度および地位に鑑みると、通常は、甲がX社の「業務執行者」に該当するとは言えない。したがって、原則として甲はA社の「主要な取引先」であるX社の「業務執行者」には該当せず、独立役員基準には抵触しない、ということになろう。

2024/03/17 セミナー『「資本コストや株価を意識した経営」の実現に向けた各社の対応状況と取組みのポイントについて』および『四半期開示の見直しについて』を2024年4月17日(水)に開催します。

本セミナーはすでに開催済みですが、会員の方向けにWEBセミナーを配信中です。
WEBセミナー:「資本コストや株価を意識した経営」の実現に向けた各社の対応状況と取組みのポイントについて
WEBセミナー:四半期開示の見直しについて

────────────────────────────────────────

上場会社役員ガバナンスフォーラムでは、2024年4月17日(水)の14時30分~17時00分(目途)に下記のセミナーを開催いたします。

テーマ 講 師
第一部 「資本コストや株価を意識した経営」の
実現に向けた各社の対応状況と
取組みのポイントについて
東京証券取引所
上場部企画グループ 統括課長
池田 直隆(いけだ なおたか)様
第二部 四半期開示の見直しについて 東京証券取引所 上場部開示業務室
ディスクロージャー企画グループ課長
内藤啓介(ないとう けいすけ)様

■第一部の詳細

セミナー
の内容
2023年3月、東京証券取引所がプライム市場及びスタンダード市場の全上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現」に関する要請を行いました。その後、積極的に対応を進める企業がある一方、まだ対応を検討している段階にある企業も少なくありません。
本セミナーでは、本要請を巡り企業の誤解が多い点について本要請の真意をご説明いただきつつ、企業側の現在の対応状況、ポイントが押さえられている企業の取組み事例、反対に投資家から指摘が多い事例も紹介・解説していただきます。
講師の
ご紹介
池田 直隆(いけだ なおたか)様
東京証券取引所 上場部企画グループ 統括課長
2005年4月株式会社東京証券取引所入社。入社後、上場審査部を経て、2010年6月より現職。
市場区分の見直し・コーポレートガバナンスの充実に向けた検討、スタートアップ育成に係る制度整備など、東証における上場制度全般に係るルールメイク等を担当。

■第二部の詳細

セミナー
の内容
金融商品取引法が改正され、2024年4月1日より四半期報告書(第1・第3四半期)が四半期決算短信に「一本化」されることとなります。
東京証券取引所では、「四半期開示の見直しに関する実務検討会」での検討を経て、2023年12月に、四半期開示の見直しに関する規則改正に係る制度要綱を公表しています。
本セミナーでは、四半期開示の見直しに関する新たな開示制度について、東証の開示制度を中心に解説いただきます。
講師の
ご紹介
内藤 啓介(ないとう けいすけ)様
東京証券取引所 上場部開示業務室 ディスクロージャー企画グループ 課長
2008年、株式会社東京証券取引所グループ(現株式会社日本取引所グループ)入社。入社後、上場審査部、上場部企画グループなどを経て、2020年より現職。上場会社の開示制度の企画や制度運用に係る検討を担当。

なお、セミナー参加費につきましては、上場会社役員ガバナンスフォーラムの会員のみ無料、それ以外の方は33,000円(税込 ※)となっております。
※セミナーお申込み前に会員登録いただくと、セミナー参加費は無料となります。

会員登録はこちらから

会員でない方のお振込方法等の詳細はお申込みの受付けメール(下記の「お申込みはこちらから」のボタンをクリック後、お名前等をご入力いただいた後概ね1日以内に送信されるメール)にてご連絡いたします。
ご不明な点等がございましたら、ご遠慮なく jimukyoku@govforum.jp までお問い合わせください。

<セミナー概要>

  • 第一部 「資本コストや株価を意識した経営」の実現に向けた各社の対応状況と取組みのポイントについて
  • 第二部 四半期開示の見直しについて
  • 【日時】2024年4月17日(水)14時30分~17時(目途)
  • 【会場】六本木ヒルズ森タワー22階 TMI総合法律事務所セミナールーム
  • 【受付】六本木ヒルズ森タワーLL階ロビー 14時00分より
  • 【講師】第一部 東京証券取引所 上場部企画グループ 統括課長
        池田 直隆(いけだ なおたか) 様
        第二部 東京証券取引所 上場部開示業務室 ディスクロージャー企画グループ課長
        内藤 啓介(ないとう けいすけ) 様
  • 【セミナー参加費】当フォーラム会員は無料、それ以外の方は33,000円(税込)
参加受付は終了しました

2024/03/15 ニッセイAM、「資本コスト・株価を意識した経営への対応」未開示企業の社長選任議案に反対

ニッセイアセットマネジメント(以下、ニッセイAM)は2月27日、「国内株式議決権行使の方針と判断基準」の改訂版を公表している。主な改訂内容は下記のとおり。

<2024年6月の株主総会から適用>
1 女性取締役基準(1名以上)の適用対象をTOPIX100からプライム市場全体に拡大
2 気候変動リスクについて「最低限の対策」の開示を求める(Climate Action100+の選定企業および気候変動リスク面で特に課題のある企業が対象)
3 原則賛成の株主提案(有価証券報告書の総会前開示、クローバック条項の導入、筆頭独立社外取締役の選任)を追加
<2025年6月の株主総会から適用>
4 独立社外取締役基準(支配株主がいる場合は取締役会の過半数、その他の場合は3分の1)、および女性取締役基準の適用対象をプライム市場から全市場に拡大
5 PBRが1倍未満の場合、「資本コスト・株価を意識した経営への対応」の開示を求める


Climate Action100+ : 機関投資家が、温室効果ガスを排出する世界最大級の企業と協力し、こうした企業が気候変動に関するガバナンスを改善するとともに、排出量を抑制し、気候関連の財務情報の開示を促進するために設立された団体。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。

いずれも重要なコーポレートガバナンスの論点を踏まえたものだが、特に最近の関心事項として注目されるのが5だ。具体的には、PBRが1倍未満にもかかわらず、東証「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表」において「開示済」のステータスとなっていない場合、代表取締役の選任議案に対して原則反対する。ただし、この議決権行使基準には1年間の猶予期間が設定されている。ニッセイAMの基準では・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/03/15 ニッセイAM、「資本コスト・株価を意識した経営への対応」未開示企業の社長選任議案に反対(会員限定)

ニッセイアセットマネジメント(以下、ニッセイAM)は2月27日、「国内株式議決権行使の方針と判断基準」の改訂版を公表している。主な改訂内容は下記のとおり。

<2024年6月の株主総会から適用>
1 女性取締役基準(1名以上)の適用対象をTOPIX100からプライム市場全体に拡大
2 気候変動リスクについて「最低限の対策」の開示を求める(Climate Action100+の選定企業および気候変動リスク面で特に課題のある企業が対象)
3 原則賛成の株主提案(有価証券報告書の総会前開示、クローバック条項の導入、筆頭独立社外取締役の選任)を追加
<2025年6月の株主総会から適用>
4 独立社外取締役基準(支配株主がいる場合は取締役会の過半数、その他の場合は3分の1)、および女性取締役基準の適用対象をプライム市場から全市場に拡大
5 PBRが1倍未満の場合、「資本コスト・株価を意識した経営への対応」の開示を求める


Climate Action100+ : 機関投資家が、温室効果ガスを排出する世界最大級の企業と協力し、こうした企業が気候変動に関するガバナンスを改善するとともに、排出量を抑制し、気候関連の財務情報の開示を促進するために設立された団体。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。

いずれも重要なコーポレートガバナンスの論点を踏まえたものだが、特に最近の関心事項として注目されるのが5だ。具体的には、PBRが1倍未満にもかかわらず、東証「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表」において「開示済」のステータスとなっていない場合、代表取締役の選任議案に対して原則反対する。ただし、この議決権行使基準には1年間の猶予期間が設定されている。ニッセイAMの基準では「検討中」とした場合でも「開示なし」と判断される(すなわち、基準に抵触)ものとみられるだけに、猶予期間中に具体的な対応を詰め、開示する必要がある。2025年6月までには他の運用機関も同様の基準を導入していることも十分に考えられよう。

既に東証は2023年12月末時点の調査結果をまとめた「一覧表」を1月15日に、2024年1月末時点の調査結果をまとめた一覧表を2月15日に公表している。下表はプライム市場上場会社における対応状況の変化をまとめたものである。

対応状況 2023年12月 2024年1月
開示済 660社 39.8% 726社 43.8%
検討中 155社 9.4% 173社 10.4%
英文開示有 341社 20.6% 432社 26.1%
非掲載 842社 50.8% 758社 45.7%

2023年12月末時点の調査結果では「開示済」「検討中」を合わせた社数がプライム市場上場会社の半数に達していなかったが、2023年1月末時点の調査結果ではトータルで約5ポイント上昇し、過半数に至っている。今後も加速度的に対応が進むことが予想され、6月の株主総会シーズン後には大部分のプライム市場上場会社が「開示済」となっている可能性もある。いつまでも「検討中」とは言っていられない状況が迫っているのは間違いない。

なお、2024年1月19日のニュース「東証の一覧表に“掲載されなかった”企業の一覧表が投資判断やエンゲージメントの際の参考資料とされる可能性も」では、TOPIX100構成銘柄のうち「非開示」とした27社のリスト(2023年12月末時点)をお伝えしたが、そのうち2023年1月末時点で「開示済」に転じたのはダイキン工業1社のみとなっている。今後の対応に向け参考にされたい。

(参考)【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】【英文開示有り】
企業価値の最大化を経営の最重要課題のひとつとして位置づけ、FCF(フリーキャッシュフロー)、ROIC(投下資本利益率)、ROA(総資本利益率)、ROE(株主資本利益率)など「率の経営」指標を経営管理の重要指標として、積極的な事業展開と経営体質の強化を推進しております。特に企業価値の源泉であり、同時に全ての管理指標を向上させる総合指標としてFCFを最重視し、収益の増加、投資効率向上策にあわせて、売上債権及び在庫の徹底圧縮など運転資本面からもキャッシュフローを創出すべく取り組んでまいります。

2024/03/14 PBR1倍割れはすべて企業の責任か?

三菱UFJアセットマネジメントやニッセイアセットマネジメントといった国内大手のアセットマネジメント会社が、PBR1倍割れの企業の代表取締役の再任議案に反対する意向を表明している。ただし、PBR1倍割れだからといって機械的に反対するのではなく、三菱UFJアセットマネジメントの場合は3期連続でROEが8%未満の企業、ニッセイアセットマネジメントの場合は株価などを意識した経営に対応していない企業の代表取締役の再任議案に反対するとしている。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)

既に東証は、PBR1倍割れの企業に対してその解消を求めてきた。今回は「投資家」から、上場企業に対してさらなるプレッシャーがかかることになる。ただ、そもそもPBR倍割れはすべて企業の責任なのだろうか。

理論的には、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/03/14 PBR1倍割れはすべて企業の責任か?(会員限定)

三菱UFJアセットマネジメントやニッセイアセットマネジメントといった国内大手のアセットマネジメント会社が、PBR1倍割れの企業の代表取締役の再任議案に反対する意向を表明している。ただし、PBR1倍割れだからといって機械的に反対するのではなく、三菱UFJアセットマネジメントの場合は3期連続でROEが8%未満の企業、ニッセイアセットマネジメントの場合は株価などを意識した経営に対応していない企業の代表取締役の再任議案に反対するとしている。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)

既に東証は、PBR1倍割れの企業に対してその解消を求めてきた。今回は「投資家」から、上場企業に対してさらなるプレッシャーがかかることになる。ただ、そもそもPBR倍割れはすべて企業の責任なのだろうか。

理論的には、ROEが長期にわたって資本コストを下回る場合、PBRは1倍割れとなる(【2023年12月の課題】PBRを上げるための方策の「PBRが1倍未満であることの意味」参照)。資本コストの計算にはCAPMファーマ-フレンチの3ファクターモデルなど様々なものがあり、いまだコンセンサスが得られているわけではない。東証は上場企業に資本コストを意識した経営を求めているが、具体的な数値には言及していない。これは、資本コストの計算方法が統一されていないこともあるが、個々の企業によって「資本コストの水準」が異なることも要因となっている。


資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。
CAPM : Capital Asset Pricing Model=資本資産評価モデル)とは株主資本コストの算出方法で、次の算式による。→<算式>株主資本コスト=リスクフリー・レート(RFR)+β×マーケット・リスクプレミアム(RFRとは、リスクを取らずに得られるリターンで、国債利回りを用いるのが通常。マーケット・リスクプレミアムとは、リスク・テイクによる超過的な期待収益率のこと。超過的な期待収益率は、TOPIXなどをベースに計算される。基本的には、TOPIXなどに基づく期待収益率(Rm=requiredmarket rate of return)とRFRの差が「超過的な期待収益率」となる。ただし、株価がTOPIXと同様の動きをする企業もあれば乖離している企業もある。そこで、各社の「超過的な期待収益率」は、株価のTOPIXなどに対する“感応度”を考慮して調整する。この感応度のことを「ベータ(β)」という。βは、株式市場全体の動きに対して大きく反応する場合には高く、あまり反応しない場合には低くなる。
ファーマ-フレンチの3ファクターモデル : CAPM(資本資産価格モデル)が市場リスクに対する感受性(β値)だけを用いて期待リターンを推定するのに対し、ファーマ-フレンチの3ファクターモデルでは、市場リスクに加えて、「企業規模」と「バリュー」の2つのファクターを加えて期待リターンを推定する点、CAPMと違いがある。CAPMの進化系と言える。ファーマ-フレンチの3ファクターモデルは、従来は株主資本コストを算出する主要な方法とされていたCAPMに比べ精度が高いことが多様な研究によって確認されている。ちなみに、ファーマ-フレンチとは、3ファクターモデルを提唱した米国の金融経済学者であるユージン・ファーマとケネス・フレンチの名前からとっている。ユージン・ファーマはこの業績も含めた資産価格の実証研究により2013年にノーベル経済学賞を受賞している。

事業のリスクが低い、財務レバレッジが低い、ESGやコーポレートガバナンスが優れている、IRが充実しているといった企業は、相対的に資本コストは低くなる。ただし、個々の企業を比較すると、ROEのような大きな差が出ることなく、資本コストの違いは相対的に小さい。2014年8月に公表された伊藤レポートでは「ROE8%」という目標水準が示されたが(6ページ参照)、この前提には資本コストが7%程度ではないかという仮説がある。資本コストは投資家が求める最低水準のリターンであり、伊藤レポートでは投資家へのアンケート結果から「7%」という数値を得ている。もちろん、リスクの高い企業は7%を超えると考えられるが、8%程度のROEを達成していれば、多くの企業ではROEが資本コストを上回っていることになる。この場合、理論上はPBRは1倍割れとはならない。


財務レバレッジ : 株主資本(自己資本)を1とした場合、その何倍の総資産を有しているかを示す数値。「総資産/株主資本」によって計算される。財務レバレッジ(=テコ)が大きい会社とは、借入金の大きい会社である。財務レバレッジが高ければ、株主資本よりも大きな取引を行うことができる。ただし、その反面、有利子負債が増加して、金利負担、返済負担が増加し、会社の収益性が下がったり、財務リスクを抱えたりする可能性がある。

しかし、ROE8%以上、なかには二桁のROEを達成しているのにもかかわらず、PBR1倍割れとなっている企業がある。大手の運用会社は資金規模が大きいため、時価総額が小さく、流動性の低い企業を投資対象から外していることが多い。その結果、こうした企業は、ROEが資本コストを上回っているのにもかかわらず、PBRが1倍割れとなることがある。これは明らかに企業の責任ではない。

こうした企業の代表取締役の再任議案に反対することは理屈が通らない。その意味では、三菱UFJアセットマネジメントが、3期連続でROEが8%未満の企業のみを反対行使の対象としていることは妥当と言える。ROEが資本コストを上回っている企業は、PBR1倍割れは“市場の非効率性”によるものであり、自社の責任ではないという点を主張すべきだろう。

2024/03/13 日本における“マルス・クローバック条項・ブーム”に対する一抹の不安

既報のとおり、2024年1月22日、英国のコーポ―レートガバナンス・コード(以下、CGコード)改訂版が公表された(2024年3月4日【特集】~将来的には再度改訂議論の俎上に載せられる可能性~ 削除された英国コーポレートガバナンス・コード改訂案の全容 参照)。当初提案されたCGコードを厳格化する方針が撤回されるという不穏な動きも見られ、最終版では、取締役会構成におけるダイバーシティ要素の具体例が削除される一方、内部統制に関する改訂、報酬返還に関する規定(マルス条項およびクローバック条項)の義務化などが盛り込まれた。

このうちマルス条項およびクローバック規定の義務化は、昨年の米国のNYSE(ニューヨーク証券取引所)およびNASDAQに続く動きであり、役員報酬支給後(確定後)に、業績修正や不正会計などによって過剰な報酬額であったことが判明した場合、その返還を求めることを予め雇用契約等に含めるべき、という内容となっている。また、当該規定の有無とともに、「当該規定が適用される可能性がある状況」「当該規定の対象期間とそれが最適である理由」「直近報告時点における当該規定の適用有無(適用された場合はその明確な理由の説明も含む)」を年次報告書(Annual Report)に記載することも求められている。

日本でも、こうした先進諸国の動向と相次ぐ不祥事の発覚が相まって、マルス条項およびクローバック規定を巡る議論が活発化しており、“マルス・クローバック条項・ブーム”に発展する可能性がある。それ自体は、報酬ガバナンス機能の強化の観点からは良い傾向と言えるが、日本流のブームにならないか、一抹の不安がある。そう感じさせるのが、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/03/13 日本における“マルス・クローバック条項・ブーム”に対する一抹の不安(会員限定)

既報のとおり、2024年1月22日、英国のコーポ―レートガバナンス・コード(以下、CGコード)改訂版が公表された(2024年3月4日【特集】~将来的には再度改訂議論の俎上に載せられる可能性~ 削除された英国コーポレートガバナンス・コード改訂案の全容 参照)。当初提案されたCGコードを厳格化する方針が撤回されるという不穏な動きも見られ、最終版では、取締役会構成におけるダイバーシティ要素の具体例が削除される一方、内部統制に関する改訂、報酬返還に関する規定(マルス条項およびクローバック条項)の義務化などが盛り込まれた。

このうちマルス条項およびクローバック規定の義務化は、昨年の米国のNYSE(ニューヨーク証券取引所)およびNASDAQに続く動きであり、役員報酬支給後(確定後)に、業績修正や不正会計などによって過剰な報酬額であったことが判明した場合、その返還を求めることを予め雇用契約等に含めるべき、という内容となっている。また、当該規定の有無とともに、「当該規定が適用される可能性がある状況」「当該規定の対象期間とそれが最適である理由」「直近報告時点における当該規定の適用有無(適用された場合はその明確な理由の説明も含む)」を年次報告書(Annual Report)に記載することも求められている。

日本でも、こうした先進諸国の動向と相次ぐ不祥事の発覚が相まって、マルス条項およびクローバック規定を巡る議論が活発化しており、“マルス・クローバック条項・ブーム”に発展する可能性がある。それ自体は、報酬ガバナンス機能の強化の観点からは良い傾向と言えるが、日本流のブームにならないか、一抹の不安がある。そう感じさせるのが、最近、元会長と元社長が2年連続で解任されるなど世間を騒がせているENEOSホールディングスの事例だ。

同社は、人権尊重・コンプライアンスに関する取組みの強化・再徹底の具体策としてマルス条項およびクローバック条項を導入し、その後、実際に不適切行為で解任した前社長に対して当該規定を初めて適用したが、同社の公表資料を見ると、当該規定は「役員懲罰規定」と称され、重大なコンプライアンス違反があった際の懲罰として、原則として最大で4事業年度分の役員報酬の返還請求・没収を実行することができるとしている。コンプライアンス違反等によって会社に生じた損害は別途請求するにもかかわらず、だ。

同社の事例に対しては、事態の異例ぶりに照らして「至極当然の対応である」といった見方もあるかもしれない。ただ、先行する米国・英国における当該規定の主な目的は「過剰な報酬額の返還」であり、修正後の正しい業績・株価で再評価することで客観的かつ合理的な返還額の算定が可能となっている。一方、ENEOSホールディングスの事例に見られるようなコンプライアンス違反に対する“懲罰”を目的とした規定では、返還額の定量的な算定は難しいと思われ、結局のところ、報酬委員会(任意のものを含む)や取締役会の裁量的判断に委ねられる側面が大きい。

そのような懲罰的な運用は、従来からの日本企業のお家芸である「自主返納(“腹切り”)」と実質的に変わらない印象を受ける。むしろ、会社側が明確な根拠を有することで、従来より“腹切り”し易い風土をもたらすことさえ懸念される。横並び意識の下、形式的な対応に勤しむ傾向が見られる日本企業において、今後更なるマルス条項およびクローバックの導入が進むことは想像に難くない。当該規定が日本流の“腹切り”の印籠に取って代わることがないよう願いたい。

2024/03/12 「ストックオプション・プール」創設へ 上場を目指す子会社やCVCの投資先で活用も

政府はスタートアップがストックオプションを柔軟かつ機動的に発行できる仕組み(ストックオプション・プール)を特例的に可能とするべく産業競争力強化法(以下、産競法)を改正するため、現在衆議院で審議を進めている。


産業競争力強化法 : 日本経済の3つの歪みとされる「過剰規制」「過小投資」「過当競争」を是正するため、収益力の飛躍的な向上に向けた事業再編などの企業の取り組みを後押しする法律。

ストックオプション・プールとは、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/03/12 「ストックオプション・プール」創設へ 上場を目指す子会社やCVCの投資先で活用も(会員限定)

政府はスタートアップがストックオプションを柔軟かつ機動的に発行できる仕組み(ストックオプション・プール)を特例的に可能とするべく産業競争力強化法(以下、産競法)を改正するため、現在衆議院で審議を進めている。


産業競争力強化法 : 日本経済の3つの歪みとされる「過剰規制」「過小投資」「過当競争」を是正するため、収益力の飛躍的な向上に向けた事業再編などの企業の取り組みを後押しする法律。

ストックオプション・プールとは、あらかじめ一定規模のストックオプションの発行枠を設定し、役員や従業員に対して柔軟にストックオプションを付与する仕組みであり、米国では既に広く普及している。ただ、日本の会社法では、ストックオプションの詳細を原則として株主総会で決議する必要がある。例外として一部の決定を取締役会に委任できるものの、そもそも株主総会の決議による取締役会への委任の有効期間が「1年以内」(ストックオプションの割当日が株主総会決議の日から1年以内)とされている。このため、上場準備が複数年にわたった場合、複数回株主総会を開催し、ストックオプション発行決議を段階的に行わざるを得ないといった不都合が発生している。こうした不都合を解消するための工夫として「信託型ストックオプション」が活用されてきたが、税務当局が信託型ストックオプションを権利行使の時点で課税対象にする旨のQ&Aを昨年5月に公表し、信託型ストックオプションを導入している、あるいは導入を検討している企業(上場企業を含む)の間で大きな混乱が生じたのは既報のとおり(2023年2月13日のニュース「時価発行新株予約権信託を巡る新たな見解」、2023年5月30日のニュース「時価発行新株予約権信託を巡る懸念が現実のものに」参照)。こうした中、日本でも米国のようなストックオプション・プールの制度の導入を望む声が経済界から挙がっていた。

こうした声に後押しされ、政府はストックオプション・プールを実現するため、現在開会中の第213回通常国会に産競法の改正案を提出している。産競法改正案におけるストックオプション・プールと、会社法上の通常のストックオプションの発行手続きを比較したのが下表だ。

■会社法上の通常のストックオプション発行手続きと産競法改正案に基づくストックオプション・プールの利用手続きの比較表
比較項目 会社法上の通常のストックオプション発行手続き 産競法改正案に基づくストックオプション・プールの利用手続き
利用可能な株式会社 すべての株式会社が利用可能 設立の日以後の期間が15年未満の株式会社のみ利用可能
利用するための要件 会社法に記載された手続きを遵守するだけで利用可能 「株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力を強化することに資する場合として経済産業省令・法務省令で定める要件に該当すること」(詳細は現時点では未公表)かつ「経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けること」が追加で必要になる。
ルール 株主総会が新株予約権の募集事項を決議するのが原則。一部の事項については取締役会に委任することもできるが、委任の有効期間は1年以内(ストックオプションの割当日が株主総会決議の日から1年以内)となっている(会社法239条3項)。 株主総会が新株予約権の募集事項を決議するのが原則であることに変わりはないが、株主総会において権利行使価額等(当該新株予約権の行使に際して出資される財産の価額又はその算定方法)や権利行使期間(当該新株予約権を行使することができる期間)を定める必要がない。また、株主総会の決議による取締役会への委任の有効期間(1年)を定める会社法239条3項が適用されない。

この産競法改正が実現すると、例えばスタートアップの株式会社が一度株主総会で「当該新株予約権の目的である株式の数」など大枠だけを決議しておき、役職員等には数年後(たとえばIPO直前)に貢献度合いに応じて(事前に定めたポイント制などに基づき)相互に納得感のある割当を行うということが可能になる。上場会社としては、上場を目指す子会社やCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の投資先でのストックオプション・プールの利用が考えられる。

過去の例では、経済産業省が所管する産競法(または前身となる産業活力再生特別措置法)において会社法の例外(特例)となる新制度が導入された場合、その効果を検証しながら制度のブラッシュアップを図り、数年後に法務省が所管する会社法の改正につなげるというパターンが多い(「簡易組織再編の新設」「簡易組織再編の要件拡大」「株式対価M&A」など)。産競法によるストックオプション・プール導入も今後の会社法改正の布石になることも考えられる。


株式対価M&A : 自社の株式を対価とするM&Aであり、買収資金が不要(被買収会社の株主に対し、キャッシュを支払う代わりに自社株を交付する)というメリットがある。

ただし、現時点では税務上の取扱い(税制適格ストックオプションに該当するかなど)が不透明となっており、普及のネックとなる可能性がある。


税制適格ストックオプション : 税法が求める要件を満たすことで、権利行使によって株式を購入した時点で生じている含み益(株式の購入価格-ストックオプションの発行費用)への課税が、実際に株式を売却する時点まで繰り延べられる(=株式を購入した時点で課税されない)ストックオプションのこと。