三菱UFJアセットマネジメントやニッセイアセットマネジメントといった国内大手のアセットマネジメント会社が、PBR1倍割れの企業の代表取締役の再任議案に反対する意向を表明している。ただし、PBR1倍割れだからといって機械的に反対するのではなく、三菱UFJアセットマネジメントの場合は3期連続でROEが8%未満の企業、ニッセイアセットマネジメントの場合は株価などを意識した経営に対応していない企業の代表取締役の再任議案に反対するとしている。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
既に東証は、PBR1倍割れの企業に対してその解消を求めてきた。今回は「投資家」から、上場企業に対してさらなるプレッシャーがかかることになる。ただ、そもそもPBR倍割れはすべて企業の責任なのだろうか。
理論的には、ROEが長期にわたって資本コストを下回る場合、PBRは1倍割れとなる(【2023年12月の課題】PBRを上げるための方策の「PBRが1倍未満であることの意味」参照)。資本コストの計算にはCAPM、ファーマ-フレンチの3ファクターモデルなど様々なものがあり、いまだコンセンサスが得られているわけではない。東証は上場企業に資本コストを意識した経営を求めているが、具体的な数値には言及していない。これは、資本コストの計算方法が統一されていないこともあるが、個々の企業によって「資本コストの水準」が異なることも要因となっている。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。
CAPM : Capital Asset Pricing Model=資本資産評価モデル)とは株主資本コストの算出方法で、次の算式による。→<算式>株主資本コスト=リスクフリー・レート(RFR)+β×マーケット・リスクプレミアム(RFRとは、リスクを取らずに得られるリターンで、国債利回りを用いるのが通常。マーケット・リスクプレミアムとは、リスク・テイクによる超過的な期待収益率のこと。超過的な期待収益率は、TOPIXなどをベースに計算される。基本的には、TOPIXなどに基づく期待収益率(Rm=requiredmarket rate of return)とRFRの差が「超過的な期待収益率」となる。ただし、株価がTOPIXと同様の動きをする企業もあれば乖離している企業もある。そこで、各社の「超過的な期待収益率」は、株価のTOPIXなどに対する“感応度”を考慮して調整する。この感応度のことを「ベータ(β)」という。βは、株式市場全体の動きに対して大きく反応する場合には高く、あまり反応しない場合には低くなる。
ファーマ-フレンチの3ファクターモデル : CAPM(資本資産価格モデル)が市場リスクに対する感受性(β値)だけを用いて期待リターンを推定するのに対し、ファーマ-フレンチの3ファクターモデルでは、市場リスクに加えて、「企業規模」と「バリュー」の2つのファクターを加えて期待リターンを推定する点、CAPMと違いがある。CAPMの進化系と言える。ファーマ-フレンチの3ファクターモデルは、従来は株主資本コストを算出する主要な方法とされていたCAPMに比べ精度が高いことが多様な研究によって確認されている。ちなみに、ファーマ-フレンチとは、3ファクターモデルを提唱した米国の金融経済学者であるユージン・ファーマとケネス・フレンチの名前からとっている。ユージン・ファーマはこの業績も含めた資産価格の実証研究により2013年にノーベル経済学賞を受賞している。
事業のリスクが低い、財務レバレッジが低い、ESGやコーポレートガバナンスが優れている、IRが充実しているといった企業は、相対的に資本コストは低くなる。ただし、個々の企業を比較すると、ROEのような大きな差が出ることなく、資本コストの違いは相対的に小さい。2014年8月に公表された伊藤レポートでは「ROE8%」という目標水準が示されたが(6ページ参照)、この前提には資本コストが7%程度ではないかという仮説がある。資本コストは投資家が求める最低水準のリターンであり、伊藤レポートでは投資家へのアンケート結果から「7%」という数値を得ている。もちろん、リスクの高い企業は7%を超えると考えられるが、8%程度のROEを達成していれば、多くの企業ではROEが資本コストを上回っていることになる。この場合、理論上はPBRは1倍割れとはならない。
財務レバレッジ : 株主資本(自己資本)を1とした場合、その何倍の総資産を有しているかを示す数値。「総資産/株主資本」によって計算される。財務レバレッジ(=テコ)が大きい会社とは、借入金の大きい会社である。財務レバレッジが高ければ、株主資本よりも大きな取引を行うことができる。ただし、その反面、有利子負債が増加して、金利負担、返済負担が増加し、会社の収益性が下がったり、財務リスクを抱えたりする可能性がある。
しかし、ROE8%以上、なかには二桁のROEを達成しているのにもかかわらず、PBR1倍割れとなっている企業がある。大手の運用会社は資金規模が大きいため、時価総額が小さく、流動性の低い企業を投資対象から外していることが多い。その結果、こうした企業は、ROEが資本コストを上回っているのにもかかわらず、PBRが1倍割れとなることがある。これは明らかに企業の責任ではない。
こうした企業の代表取締役の再任議案に反対することは理屈が通らない。その意味では、三菱UFJアセットマネジメントが、3期連続でROEが8%未満の企業のみを反対行使の対象としていることは妥当と言える。ROEが資本コストを上回っている企業は、PBR1倍割れは“市場の非効率性”によるものであり、自社の責任ではないという点を主張すべきだろう。