将来の日本のコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の改訂にも影響を与える可能性のあるテーマを含むことから、当フォーラムの【特集】コーナーでは2回にわたり英国CGコードの改訂案についてお伝えしたところだが(【特集】英国コーポレートガバナンス・コードの改訂(前編・後編)参照)、【特集】の冒頭に記載したとおり、英国CGコードの改訂案は2024年1月に予定していた内容の確定(2025年1月から適用開始)を2か月弱先に控えた2023年11月7日、その大部分を撤回することが英国FRC(財務報告評議会=Financial Reporting Council)から発表された。5月に公表された改訂案では「監査、リスク、内部統制」を中心に広範な改訂が提案されていたが、パブリックコメントを経てFRCは方針を大幅に変更、ごく小規模な改訂(take forward only a small number)にとどめることとした。英国CGコードはこれまで一貫して厳格化が進められてきただけに、FRCの方針転換に対しては市場関係者からも驚きの声が上がっている。
FRC : コーポレートガバナンスに関する独立の規制機関
今回の方針転換に至った直接の原因は、英国政府が国会に提出する予定だった規制案(The Companies (Strategic Report and Directors’ Report) (Amendment) Regulations 2023)を、10月16日に撤回したことにある。同法案はPIE(Public Interest Entities:社会的影響度の高い企業)に対して年次報告書の記載充実を求めるもので、英国CGコードの今回の改訂における重要な裏付けとなっていた(特にsection4:監査、リスク、内部統制)。PIEに対する規制強化が見送られたことで、PIEでない上場企業も対象とされるCGコードで同様の規範を設定することは過剰な規律付けになると判断したものと考えられる。
また、規制案が撤回された背景理由として、「事業報告義務と負担に関する議論がますます活発になっている(a much wider debate about business reporting requirements and burdens)」ことがあり、こうした議論を踏まえFRCは「より焦点を絞ったバランスの良いコード改訂(a more targeted and proportionate Code revision)」を目指すとした。そこには、コード改訂が上場企業に過大な負担になること、ひいてはロンドン証券取引所(LSE)の魅力が低下することを防ぐ意図が見える。パブリックコメントにおいて改訂案が「過剰規制である」との批判を集めたことも容易に想像できる。なお、改訂案の具体的な撤回箇所や残された箇所は、現時点では明らかにされていない。
今回の英国コードを巡る動きは、“結果的に”ではあるが、我が国におけるCGコード改訂の先送り(3年ごとのサイクルによる定期的な改訂に拘らないとの決定)と同じ方向性となっている。英国においてもLSE上場企業全体の時価総額低迷が問題視されており、CGコードの厳格化という「形式」よりも資本市場の活性化という「実質」が優先されたとすれば、それはPBR1倍割れの解消という「実質」にフォーカスした我が国の取り組みと狙いは同じと言える。グローバル資本市場への影響力が大きい英国における今回のCGコード改訂案の撤回は、今後のガバナンス規制におけるトレンドを方向づける大きなイベントになることも考えられよう。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
もっとも、撤回されたとはいえ、今回の改訂案で提示されていたトピックス(監査委員会の機能強化、オーバーボーディング(兼任過多:overboarding)問題、マルス・クローバック条項など)は依然、グローバルな機関投資家が注目するガバナンス・マターであることは間違いない。一部は議決権行使基準に影響を与え、将来的には再度コードに盛り込むことが議論される可能性は十分にある。上場企業が先を読んだガバナンス改善に向けた取り組みを検討する際には、撤回された今回の英国CGコード改訂案は、依然としての有用な“教材”と言えるだろう。