統合報告書は複数部門にまたがる“横断的タスクフォース”により作成
周知のとおり、2023年3月期以降に終了する決算期の有価証券報告書から、非財務情報の開示が義務化されました(詳細は【2022年12月の課題】「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」の内容 参照)。今後も非財務開示のさらなる拡充が見込まれる中、上場企業各社では、これまで主に経理部門に依存してきた有価証券報告書の開示実務体制を大きく変えていかざるを得ないものと考えられます。
非財務情報の開示にはこれまで各社が自主的に取り組んできた歴史があり、各社によって主管部署や部門間の連携体制は異なります。経営陣としては、非財務情報開示の本格化に備え、まずは自社の現在の取り組み状況とそれに関わっている部門を把握したうえで、開示情報を収集するための社内の協力体制を構築することが重要になります。
もっとも、このようなプロセスは既に統合報告書の作成において実践し、経験してきたという企業も多いはずです。まだ統合報告書を作成したことがないという企業はもちろんのこと、既に作成しているという企業も、他社の制作体制を参考にすることで、新たな有価証券報告書の開示体制の構築・充実を図りたいところです。
統合報告書は複数部門にまたがる“横断的タスクフォース”により作成されるケースがほとんどです。具体的には、IR部門、サステナビリティ部門、経営企画部門、広報部門がコアメンバーになることが多く、必要に応じて経理・財務部門、総務(ガバナンス担当)部門、人事部門も参加します。このほか、業種や企業の特徴によっては、研究開発部門、調達部門、営業部門など社内のあらゆる部門に加え、主要子会社も関与します。
これらの中でコアメンバーとしてリーダーシップをとることが最も多いのはIR部門です。なぜなら、統合報告書は投資家を第一の読者に想定しているからです。次いで、日頃から社内横断的な取り組みを担うサステナビリティ部門が多くなっています。
統合報告書の普及が始まった2012年頃は、アニュアルレポートを担当するIR部門と、サステナビリティレポートを担当するサステナビリティ部門の2部門のみで統合報告書の作成するケースが少なくありませんでした。しかし、これら2部門だけでは得られる情報に限界があるため社内の他部門の巻き込みが始まり、特に大企業では上述のような“横断的タスクフォース”体制をとるところが増えていったという経緯があります。逆に言えば、このような体制を構築できず、限られた部門だけで作成を続ける企業が統合報告書を進化させていくことは難しいと言えるでしょう。
複数の部門が協働することで非財務情報開示が高度化
統合報告書に関する情報収集の一般的なフローとしては、まず担当役員やコアメンバーで構成される事務局が中心となって、その年の統合報告書のコンセプトを決定します。そのコンセプトに基づき、足りない情報や更新すべき情報をそれぞれの担当部門にヒアリングして収集していきます。例えば最近では、「人的資本経営」への注目度の高まりとともに、人事部門と連携することが増えています。
収集した情報を具体的な原稿に落とし込む作業では、事務局が他社の動向や外部(投資家等)の要請や踏まえ押さえるべき要素を提示しながら、実務担当部門と議論して原稿の内容を決めていきます。原稿は担当部門が執筆するのが通常ですが、統合報告書には自社が現在実施していることのみならず、現状の課題分析や自社が将来目指す姿まで描く必要があるため、担当者レベルでは執筆し切れないこともあります。その場合、経営陣に取材し、これらについての考え方を引き出すインタビュー記事を掲載するケースも見受けられます。
統合報告書は“ロングジャーニー”を表現するものであり、たとえ単年で考えると非効率に見える取り組みであっても、継続することが重要です。また、統合報告書を作成するためのやりとりを通じて担当部門が自社の課題を認識し、それを新たな取り組みや開示の改善につなげれば、自社にとって大きなメリットになります。
今後はISSBで非財務情報の開示基準の開発が進み、それがSSBJ を通じて日本の有価証券報告書にも反映されることが見込まれますが、「非財務情報」とはいっても「財務報告」の 一部であり、財務情報とのつながりが重視されます。とはいえ、財務情報と非財務情報のつながり・関係は専門家の間でも未だ不明確で、ましてや企業にあっては、明確に整理できているところはほとんどないのが現状です。また、社内の各部門においても、自部門に関する専門知識はあっても、他部門について深い知識を有しているケースは稀です。トップダウンで統合報告書を制作しているごく一部の企業では、役員からすべての情報が整理されて下りてくるということもありますが、通常はボトムアップで情報整理を行わなければならず、その場合、各部門の担当者は数年かけてお互いの部門に関する知識ややっていることを理解し合いながら、統合報告書の精度を高めていくことになります。したがって、統合報告書の事務局担当者には社内で顔の広い人、調整能力が高い人が就くと、統合報告書の作成もスムーズに進みやすいと言えます。
ISSB : International Sustainability Standards Board(国際サステナビリティ基準審議会)。資本市場向けのサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを開発するため、IFRS財団が2021年11月に設立した団体。
SSBJ : 日本における非財務開示の基準を作成する団体。IFRS(国際財務報告基準)の母体であるIFRS財団が「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB=International Sustainability Standards Board)」を設立し、非財務開示の国際的な基準「サステナビリティ報告基準」を策定することを受け、日本では財務会計基準機構(FASF)が母体となり、IFRS財団におけるISSBに相当するSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan)が設立された。
複数の部門が協働することで情報開示が高度化する事例として、2023年3月期に係る有価証券報告書から義務化された女性管理職比率や男女間賃金格差といった指標の開示があります。例えば男女間賃金格差が大きい企業がその数字だけを開示すれば、有価証券報告書の読み手には「男女差別が残る古い体質の企業」のように映ってしまう恐れがあります。特に人事部門だけが本開示に対応すると、開示ルールの順守を意識するあまり、正確な数字を集計することだけに労力を割こうとする傾向があります。そこで、投資家の視点を持つIR部門が関与し、その要因分析や今後の改善施策までをセットで開示したり、欧米各社の事例や投資家以外の多様なステークホルダーの志向にも詳しいサステナビリティ部門が関与し、表現をチェックしたりすることで、男女間賃金格差が大きい企業であっても、業種特性等、合理的な理由により投資家の納得感を醸成することができ、必ずしもネガティブな評価を受けずに済むこともあります。
今後の課題としては、統合報告書は任意開示書類であるがゆえに会社都合で発行が遅れることも許容され、半年以上かけて作成されることが少なくない一方、法定開示書類である有価証券報告には提出期限(事業年度終了後3か月以内)があることから、情報の質を高めつつも、効率的な開示体制を構築していく必要があります。また、有価証券報告書における非財務情報の増加に伴い、各開示媒体で情報の重複が増えることが予想されるため、それぞれの媒体の役割、コンテンツ、ボリュームを改めて検討することも求められます。
最後に、日経統合報告書アワード2022でグランプリを受賞した2社の制作体制と制作プロセスを紹介します。いずれも複数部門が関与しており、統合報告書の巻末に制作メンバーを掲載しています。今後、非財務情報に対応した有価証券報告書の開示体制を構築するうえでの参考にしてください。
■オムロン 統合レポート2022(124ページ参照)
「統合レポート 2022」編集委員
グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部
編集長1名、副編集長1名、その他の編集委員6名
「統合レポート 2022」編集メンバー
インダストリアルオートメーション ビジネスカンパニー
3名
オムロン ヘルスケア株式会社
2名
オムロン ソーシアルソリューションズ株式会社
2名
デバイス&モジュール ソリューションズカンパニー
2名
イノベーション推進本部
3名
監査役室
2名
グローバルインベスター &ブランドコミュニケーション本部
11名
グローバルコーポレートベンチャリング室
1名
グローバル人財総務本部
5名
グローバルリスクマネジメント・法務本部
4名
サステナビリティ推進室
7名
取締役室
2名
制作協力
宝印刷グループ、株式会社ダイヤモンド社、株式会社ディライツ広告事務所
■レゾナック・ホールディングス RESONAC REPORT 2023(136ページ参照)
【制作プロセス】
1. CEOを含む全CXOが出席するサステナビリティ推進会議で方向性・メッセージを決定
2. 毎月開催の企画会議でコンテンツ企画・制作
メンバー:CFO 染宮 秀樹、CSO 真岡 朋光、IR部、組織・人材開発部、カルチャーコミュニケーション部、経営企画部、ブランド・コミュニケーション部、サステナビリティ部
3. 登場する部門のコンテンツ・サポートメンバーと協議、原稿執筆
4 経営会議と取締役会で議論、承認