周知のとおり、東証は3月31日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(以下、東証要請)を公表し、プライム市場上場会社およびスタンダード市場上場会社に対し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(以下、資本コスト経営)を、プライム市場上場会社に対し、株主との対話の推進と開示(以下、株主との対話)を求めている。こうした中、東証が昨年7月から開催している「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の第11回会合(8月29日開催)では、コーポレートガバナンス報告書(以下、CG報告書)における「資本コスト経営」と「株主との対話」の要請への上場会社の対応状況が報告された。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。
今回の調査の対象となったのは、3月期決算会社が2023年7月14日までに提出したCG報告書だ。4月にCG報告書の記載要綱が改訂され、コーポレートガバナンス・コードのいわゆる開示14原則のコンプライ状況を記載する「コードの各原則に基づく開示」欄に、東証要請を受け「資本コスト経営」および「株主との対話」について記載が求められたことを踏まえ(改訂記載要領4ページの※参照。記載要綱の改訂については2023年6月13日のニュース『「資本コストや株価を意識した経営」に関する開示に3つのパターン』参照)、同欄に「開示を行っている旨とその閲覧方法(ウェブサイトのURLなど)」を記載した事例を収集した。3月31日の東証要請では「できる限り速やかな対応」を求めていたため、東証としては、要請から3か月が経過した3月期決算企業のCG報告書から相当数の開示事例が得られることを期待していたものと思われる。
開示14原則 : 原則1-4( 政策保有株式)、 原則1-7( 関連当事者間の取引)、補充原則2-4①(中核人材の登用等における多様性の確保)、原則2-6(企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮)、原則3-1(情報開示の充実)、補充原則3-1③(サステナビリティについての取組み、補充原則4-1①(経営陣に対する委任の範囲)、原則4-9(独立社外取締役の独立性判断基準及び資質)、補充原則4-10①(指名委員会・報酬委員会の権限・役割等)、補充原則4-11①( 取締役会の多様性に関する考え方等)、補充原則4-11② (取締役・監査役の兼任状況)、補充原則4-11③ (取締役会の実効性評価)、補充原則4-14② (取締役・監査役に対するトレーニングの方針)、原則5-1 (株主との建設的な対話に関する方針)
しかし蓋を開けて見ると、今回の調査では、大多数の会社が明確な開示を行っていないことが分かった。具体的には、「資本コスト経営」についてはプライム市場の約7割、スタンダード市場の9割近くが(「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する企業の対応状況とフォローアップ 1ページ参照)、「株主との対話」についてはスタンダード市場の約3分の2(スタンダード市場は対象外)が(「株主との対話の推進と開示」に関する企業の対応状況とフォローアップ 1ページ参照)、記載要綱に沿った開示をしていなかった。なお、当フォーラムが2023年7月14日時点の3月期決算のプライム市場上場会社すべてのコーポレートガバナンス報告書をサンプルに実施した独自調査では、23~25%の開示割合にとどまっていたことからすると(2023年7月18日のニュース「CG報告書の改訂記載要領への対応状況と好事例」参照)、今回の東証の調査では曖昧な開示事例であっても可能な限り「開示あり」に区分されたものとみられる。
| 開示内容 |
プライム市場 |
スタンダード市場 |
| 資本コスト経営 |
31% |
14% |
| (取組みなどを開示) |
21% |
10% |
| (検討中と開示) |
11% |
4% |
| 株主との対話 |
34% |
(対象外) |
| (取組みなどを開示) |
33% |
| (検討中と開示) |
1% |
東証は資本コスト経営について「まずは計画策定・開示に向けた検討状況や開示の見込み時期」を示すことが考えられるとしており、何も開示がないことは想定していなかったようだ。それにもかかわらず開示状況が低調だった背景としては、以下の理由が考えられる。いずれにせよ、東証要請(記載要綱)に従って投資家に分かりやすく開示するべきとの観点からは、今回の調査結果は決して望ましいものではなかったことは明らかだろう。
● CG報告書の他の記載欄に該当する説明があれば十分と判断した
● 新しい記載事項であるため先行事例が乏しいことから、今回は様子を見ることにした
● ガバナンス報告書の記載要綱が改訂されたことに気付いていなかった
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一方、今回の調査で東証は、特に資本コスト経営については、PBRが低い会社および時価総額が大きい会社で比較的開示が進んでいることを報告している。これは、投資家の目線に敏感にならざるを得ない会社ほど開示のプレッシャーを受けていることを示していると言えよう。また、東証は、投資家のフィードバックとして「PBRが1倍を超えていれば関係ないと、経営者が東証の要請の趣旨を誤解しているケースも多い」ことも指摘している。今後は高PBRの会社に焦点を絞った施策が検討されることも考えられる。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
| 時価総額 |
PBR1倍未満 |
1倍以上 |
| 時価総額1000億円以上 |
45% |
26% |
| 250~1000億円 |
39% |
15% |
| 250億円未満 |
25% |
15% |
今回の調査結果を踏まえ、東証は今後、以下のようなフォローアップ活動を実施するとしている。来年6月株主総会後のCG報告書はもちろんのこと、同年3月株主総会後においても漏れなく開示されることを目標に、東証は各施策の推進および場合によっては個別の指導なども実施する可能性もある。上場会社には今回の調査結果を踏まえた対応が求められよう。
| 資本コスト経営 |
● 今後も継続的にフォローアップを実施することで企業に周知
● PBR水準にかかわらず対応を要請するものであると改めて周知
● 対応のポイントや望ましい取組み事例を取りまとめる
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| 株主との対話 |
● 対話の論点や適切な対応者を設定するためのサポートを実施
● 株主から対話申込みがあった場合における真摯な対応を要請
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