2023/08/18 社外役員の在任期間12年問題、高まる再任議案の否決リスク(会員限定)

今や上場会社において社外取締役は当然に選任されており、二人目、三人目の社外取締役を選任し、社外取締役が取締役総数の3分の1に達する事例も一般的になってきた。10年前の2013年には、東証市場第一部(当時)で社外取締役を(一人でも)選任している会社が6割台にすぎなかったことを考えると、隔世の感がある。

それから10年が経過する中で、会社法改正や取引所規則の改正を経て、社外取締役の数が急増することとなったが、当時就任した社外取締役が今でも現役のままという上場会社も少なくないであろう。なぜなら、会社法では取締役の任期は原則2年(1年に短縮可能(会社法332条1項)。また、指名委員会等設置会社の場合は1年)、監査等委員である取締役は2年、社外監査役4年と法定されてはいるものの、「改選回数」の上限は法定されていないため、多くの上場会社では改選を重ねるのが常態となっているからだ。そのような上場会社では、「社外取締役にいつ辞めてもらうのか」という在任期間の問題が年々重みを増しつつある。

在任期間が長くなればなるほど、社外役員が会社に馴染んで社内役員化してしまい、本来の職責を果たせなくなるとの指摘がある。そうなることを回避するため社内ルールで在任期間の上限を定めている会社もあるが、このようなルールがない会社では、どこかのタイミングで「辞めてもらう」必要がある。しかし、招聘した社外役員が“大物”であればあるほど、会社側としても任期の終了を打診しにくくなる。また、報酬が高額であればあるほど時間単価()も高くなることから、健康上の理由などが生じない限り社外役員がその地位を自ら手放すことは考えにくい。本業を別に持たない高齢の社外役員であれば、社外役員の退任イコール引退を意味するため、「まだまだ頑張れる」として地位に執着する者もいるだろう。

経済産業省の調査「社外取締役の現状について」によると、社外取締役の活動時間は取締役会の開催時間を除き、1か月で「5時間以下」が32%、「10時間以下」が64%であった(7ページを参照)。また、社外取締役の報酬は600万円から800万円未満が最多ゾーンとなっている(34ページ目を参照)。仮に報酬700万円で月10時間の活動とすると、時間単価は5万8千円程度となる。

本来であれば、指名・報酬委員会がそのような社外役員に引導を渡す役割を担うべきだが、在任期間が長期化した社外役員ほど指名・報酬委員会の委員長になっているケースも多く、その場合、委員が委員長を退任させる議題を提案しづらいという問題がある。実際、在任期間を制限する社内ルールがないある上場会社の社外取締役は、「指名委員会における議論はこれから指名する候補者に関することが中心であり、不祥事や職務怠慢などでもない限り、在任期間だけで特定の役員の退任について議論するのは現実には難しい」とこぼす。また、社外役員の任期が長期化するほど会社への理解が増し、結果として監督機能の強化が図られるとともに、社外役員間の役割分担も明確になるという一面もある。このように社外役員が上手く機能すればするほど、社外役員の在任期間の長さに対する問題意識も薄れがちだ。さらに、長期在任に伴い生まれた社外役員間の“絆”や“連帯”がこれに拍車をかけることになる。

一方、社外役員から監督を受ける執行側としても、時間をかけて社外役員と人間関係を構築し、社外役員への対処方法のツボが分かってくると、現社外役員の退任により新たに“うるさ型”の社外役員が入ってくるくらいなら、むしろ現社外役員に任期を継続して欲しいというのが本音だろう。このような社内力学が働いた結果、在任期間を制限する社内ルールがない上場会社では、社外役員と執行側の相互に甘えが生じ、ずるずると改選が繰り返されることになる。

一方、機関投資家の中には、議決権行使基準で社外役員の在任期間についての方針を明示するところが増えてきた(主要機関投資家における社外役員の在任期間についての議決権行使基準については【2023年3月の課題】各運用機関の2023年議決権行使方針を参照)。機関投資家が「上限」とする在任期間のボリュームゾーンは12年となっている。社外役員が急増したのがここ10年間であることを踏まえると、12年基準に抵触し始める社外役員は今後続出するだろう。

実際にその兆候は出始めており、同時に改選される社外役員の間でも、任期の長短が原因で再任議案の賛成率に開きが生じるようになってきた。もっとも、再任議案の賛成率の差が開くに留まっている分には、まだマシと言える。曲がりなりにも可決には至っているからだ。この“社外役員の在任期間12年問題”の直撃を受けたのが、A&Dホロン(東証プライム)である。

A&Dホロンは2023年6月27日に開催された定時株主総会において、監査役1名を再任する議案を会社提案していたが、蓋を開けてみれば賛成率は49.62%と、再任議案が否決されてしまった(同社のリリース「第46回定時株主総会における議案の一部否決に関するお知らせ」はこちら)。定時株主総会での監査役再任議案の否決という結果を受け、同社は別の監査役候補者を選任するためだけに2023年9月22日に臨時株主総会を開催することを余儀なくされた。否決された候補者は2011年6月に同社の監査役に選任されており、今回の定時株主総会はまさに12年目が終わるタイミングに該当していた。2023年3月期の同社の有価証券報告書によると、同社の株主構成は金融機関が22.69%、外国法人等が20.31%となっており、機関投資家の比率が高い。この株主構成を考えれば、在任期間16年を前提とした当該監査役の再任議案の否決は十分に予想できたはずだ。それでもなお本議案を提出した同社では、否決リスクの評価が不十分であった可能性がある。同社の指名・報酬委員会が機能していなかったと言われてもやむを得ないだろう。また、否決された候補者も「引き際を誤った」といったレピュテーションリスクを抱えることになる。

ちなみに、A&Dホロンには監査役が3人しかいない。そのうち1名が再任されなかったことになると、監査役が2人になってしまい、3人以上の監査役を必要とする監査役会が成り立たなくなるのではないか、との疑問が生じる。この点、会社法には、監査役に欠員が生じる場合、後任の監査役が就任するまでの間は、再任されなかった監査役も監査役としての権利義務を有するとの定めがある(会社法346条1項)。したがって、欠員により実務上の弊害が生じることはない。

社外役員の再任議案の否決リスクの顕在化を防ぐため、社内ルールで在任期間の上限を定めていない上場会社は早急にルール化の是非について検討を開始し、社外役員の新陳代謝が行われる仕組みを構築すべきだ(在任期間の上限については【役員会 Good&Bad発言集】役員の任期 を参照)。また、在任期間の上限を12年超にしている上場会社は、再任議案の得票率が他の役員を大きく下回った場合、投資家との対話を通じてその理由を分析し、再任反対の理由が在任期間にあるのであれば、社内ルール上の在任期間の短縮も検討しなければならない。こういった他律的な仕組みに加えて、「内部化してしまった」「社外役員として貢献できていない」との自覚がある社外役員には、地位に執着するのではなく、社内ルールで定めた在任期間の上限に達する前であっても反対票が入りだす前に自ら(自律的に)退任を選択し、後進に道を譲る「引き際の良さ」を期待したいところだ。

いずれにせよ、在任期間が長期化した社外役員の退任にあたり、後任の社外役員候補者をどうするかという問題も避けて通ることはできない。東証は女性役員を増やすよう企業行動規範を改正することを予定しているが、女性役員がいない上場会社は後任の役員候補を女性にすることも検討しておきたい(2023年8月4日のニュース『企業行動規範に女性役員選任努力義務を明記 「執行役員に準じる役職者」の範囲は?』を参照)。

2023/08/17 ガバナンスの実質化に向け重要性が高まる役員トレーニング

2023年6月の株主総会シーズンを終えて約2か月が経過し、多くの3月決算上場会社では新たな役員構成によるガバナンス体制がスタートしている。ほとんどのプライム市場上場会社で社外取締役が取締役会の3分の1に達し「形式」面は整いつつある中、経済産業省が「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」(以下、8つのポイント)と題する文書を公表するなど、取締役会の機能向上という「実質」を高める方策として改めて注目を集めているのが、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード) 原則4-14が求める「役員トレーニング」の企画・運営だ。

【原則4-14.取締役・監査役のトレーニング】
新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待される役割・責務を適切に果たすため、その役割・責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の習得や適切な更新等の研鑽に努めるべきである。このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切にとられているか否かを確認すべきである。

経産省が上記文書をとりまとめた背景には、・・・

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2023/08/17 ガバナンスの実質化に向け重要性が高まる役員トレーニング(会員限定)

2023年6月の株主総会シーズンを終えて約2か月が経過し、多くの3月決算上場会社では新たな役員構成によるガバナンス体制がスタートしている。ほとんどのプライム市場上場会社で社外取締役が取締役会の3分の1に達し「形式」面は整いつつある中、経済産業省が「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」(以下、8つのポイント)と題する文書を公表するなど、取締役会の機能向上という「実質」を高める方策として改めて注目を集めているのが、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード) 原則4-14が求める「役員トレーニング」の企画・運営だ。

【原則4-14.取締役・監査役のトレーニング】
新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待される役割・責務を適切に果たすため、その役割・責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の習得や適切な更新等の研鑽に努めるべきである。このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切にとられているか否かを確認すべきである。

経産省が上記文書をとりまとめた背景には、同省が2022年7月に改訂した「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」において、以下のとおり社外取締役向け研修の必要性が示されたということがある(CGSガイドライン30ページ参照)。役員トレーニングをガバナンスの実質化に向けた重要な手段と位置付けていることがうかがえる。

以下のとおり、経産省の「8つのポイント」には、CGコードの原則4--14(および同補充原則①)で既に示されている内容も含まれるが、赤字部分は新しい視点と言える。

1 社外取締役が、一般的に社外取締役に期待される役割・機能に加え、企業が自身に特に期待する役割・機能を理解すること。
企業が、それぞれの社外取締役に期待する役割・機能、期待しない役割・機能を明確にし、社外取締役にも共有・伝達すること。
2 企業や社外取締役が、研修・トレーニングの必要性・有益性を認識し、社外取締役の資質等の習得・向上のための手段のひとつとして、研修・トレーニングを活用すること。
3 企業が、社外取締役の相互評価や第三者機関の活用等による社外取締役の評価・フィードバックを行い、社外取締役はそれを自身を省みる機会として活用すること。
4 研修・トレーニングを実施・受講する際は、研修テーマに応じて座学やグループワーク・ケーススタディを使い分ける等、より効果的になるよう実施・受講形態を工夫すること。
5 全上場企業・全社外取締役に共通するミニマム・スタンダードとして必要な基本的な知識・スキルの習得と、自身に特に期待される役割・機能に応じた知識・スキルの向上のための継続的な自己研鑽の双方を行うこと。
6 社外取締役の自社に対する理解を深めるため、就任前・就任時だけでなく就任期間中においても、自社に対する理解を促進させる取組を企業が継続的に行うこと。
7 社外取締役が、実際の取締役会等での経験だけではなく、ケーススタディや他社の社外取締役との意見交換・事例共有等の情報交換を通じて適切な振る舞いを身につけること。
8 企業が、社外取締役が研修・トレーニングをためらいなく受講できるよう、社外取締役に対して受講の機会の提供や斡旋、費用の負担等の支援策を充実させること。

社外取締役に期待する役割・機能、期待しない役割・機能
まず1で、社外取締役に「期待しない役割・機能」に言及している点、注目される。CGSガイドラインには以下の例示があるが、大別すれば「期待する役割・機能=ガバナンス」「期待しない役割・機能=マネジメント」と整理できる。各社がトレーニング内容を検討する際には、この整理を参考にするとよいだろう(ただし、後述する「ミニマム・スタンダード」の修得は必要)。

期待する役割・機能の例 期待しない役割・機能の例
〇 経営戦略・計画の策定への関与
〇 指名・報酬決定プロセスへの関与
〇 利益相反の監督
〇 株主やその他のステークホルダーの意見の反映
〇 業務執行の意思決定への関与
〇 内部通報の窓口や報告先となること
● 個別の業務執行の細部にわたる指導
● 経営戦略の原案の作成
● 企業の担当者レベルで行われる不正の端緒を自ら探索して発見すること

社外取締役の評価・フィードバック
社外取締役は「独善に陥るリスク」が高いとの指摘がある。これは就任時に「ご経験を踏まえ大所高所から助言をいただきたい」といったスタンスで社外取締役を選任する上場会社側の姿勢にもよるが、こうしたリスクを回避する手法として「8つのポイント」の3では、「社外取締役の相互評価や第三者機関の活用」を例示している。ただ、現実的には社外取締役の相互評価や個別評価は容易ではないことから(社外取締役個人を評価することへの心理的なハードルについては2021年3月8日のニュース「社外取締役の評価」参照)、取締役会の実効性評価を活用することになろう。

全上場企業・全社外取締役に共通するミニマム・スタンダード
この「ミニマム・スタンダード」を求めることとしたのは、社外取締役が上述した「期待する役割・機能」、すなわちガバナンスに貢献するためには、当然に必要とされるスキルがあるはず、との問題意識による。CGSガイドラインも「財務・会計・法務を含め、企業経営に関する基礎的な知識・知見を有していること」を挙げており、就任時の条件とすることと同時に、継続的なスキルアップが期待されるところだ。

他社の社外取締役との意見交換・事例共有等の情報交換
また、「8つのポイント」では、社外取締役は、2020年7月に経産省が公表した「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」における「5つの心得」を念頭に置くことが期待される(10ページ参照)。特に《心得 1》「社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督である」が根幹となるが、多様な「経営の監督」を経験したうえで社外取締役に就任する人材は稀だろう。こうした人材が知見を広げるためには、当フォーラム()を含む外部の研修機関を活用することが有効となる。

 上場会社役員ガバナンスフォーラムではミニマム・スタンダードの役員トレーニングに最適な新任役員向けトレーニングプログラムをご用意しております。新任役員向けトレーニングプログラムの内容についてはこちらをご覧ください。

2023/08/09 資本コストを意識した経営の取り組みに関する適時開示の好事例

東証が2023年3月31日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(以下、東証要請)を公表し、プライム市場およびスタンダード市場の上場会社に下記の対応を要請してから4か月が経過した。下図のとおり、東証が「毎年1回以上」の進捗状況に関する分析と開示を求めていることからすると、会社側としては「現状分析」と「具体的な取組み」あたりはそろそろ固めておきたいところだ。
69667a

東証要請では「現状分析に用いる指標」として下記のものを例示している。
69667b

東証要請の5ページでは、「改善に向けた方針や目標、具体的な取組みや実施時期の開示にあたって、開示を行う書類・フォーマットの定めはありませんが、たとえば、経営戦略や経営計画、決算説明資料、自社ウェブサイト、上場維持基準の適合に向けた計画などの中で示すことなどが考えられます。」としたうえで、「いずれの形式で開示をしている場合でも、投資者における把握のしやすさという観点から、開示を行っている旨やその閲覧方法(ウェブサイトのURLなど)について、コーポレート・ガバナンスに関する報告書の「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」の記載欄への記載をお願いいたします。」としている。ところが、当フォーラムが各社のコーポレート・ガバナンス報告書(以下、CG報告書)を分析したところ、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」についての記載が十分でない上場会社が多かったことは既報のとおりだ(2023年7月18日のニュース「CG報告書の改訂記載要領への対応状況と好事例」参照)。

このように、全体的にCG報告書での開示が十分でない一方、適時開示のフォーマットで「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」といったタイトルのリリースを積極的に行っている上場会社も散見される。当フォーラムがこれらの事例において「現状分析に用いる指標」として何が用いられているのか、また「具体的な取組み」として何を記載しているのか等を分析したところ、今後「開示」フェーズに入る上場会社にとって参考になる点や課題も見えてきた。

当フォーラムが2023年8月8日現在で「資本コスト」というキーワードを盛り込んだ適時開示を行った13社について、各社のリリースのボリューム(ページ数)、現状分析に用いた指標、具体的な取組みなどを調査したところ、下表のとおりの結果となった。・・・

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2023/08/09 資本コストを意識した経営の取り組みに関する適時開示の好事例(会員限定)

東証が2023年3月31日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(以下、東証要請)を公表し、プライム市場およびスタンダード市場の上場会社に下記の対応を要請してから4か月が経過した。下図のとおり、東証が「毎年1回以上」の進捗状況に関する分析と開示を求めていることからすると、会社側としては「現状分析」と「具体的な取組み」あたりはそろそろ固めておきたいところだ。
69667a

東証要請では「現状分析に用いる指標」として下記のものを例示している。
69667b

東証要請の5ページでは、「改善に向けた方針や目標、具体的な取組みや実施時期の開示にあたって、開示を行う書類・フォーマットの定めはありませんが、たとえば、経営戦略や経営計画、決算説明資料、自社ウェブサイト、上場維持基準の適合に向けた計画などの中で示すことなどが考えられます。」としたうえで、「いずれの形式で開示をしている場合でも、投資者における把握のしやすさという観点から、開示を行っている旨やその閲覧方法(ウェブサイトのURLなど)について、コーポレート・ガバナンスに関する報告書の「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」の記載欄への記載をお願いいたします。」としている。ところが、当フォーラムが各社のコーポレート・ガバナンス報告書(以下、CG報告書)を分析したところ、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」についての記載が十分でない上場会社が多かったことは既報のとおりだ(2023年7月18日のニュース「CG報告書の改訂記載要領への対応状況と好事例」参照)。

このように、全体的にCG報告書での開示が十分でない一方、適時開示のフォーマットで「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」といったタイトルのリリースを積極的に行っている上場会社も散見される。当フォーラムがこれらの事例において「現状分析に用いる指標」として何が用いられているのか、また「具体的な取組み」として何を記載しているのか等を分析したところ、今後「開示」フェーズに入る上場会社にとって参考になる点や課題も見えてきた。

当フォーラムが2023年8月8日現在で「資本コスト」というキーワードを盛り込んだ適時開示を行った13社について、各社のリリースのボリューム(ページ数)、現状分析に用いた指標、具体的な取組みなどを調査したところ、下表のとおりの結果となった。

資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた経営の取り組みに関する適時開示実施会社の分析
日付 会社名 リリースの
タイトル
ボリュームと添付資料の有無 現状分析 具体的な取り組み
具体的な資本コストの率の記載 資本収益性の記載および資本コストとの関係 市場評価の記載
2023年8月2日 立川ブラインド工業(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文3ページに添付資料5ページ 記載なし ROE(5.8%)
資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明

ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)

株価
PBR(0.49倍)

PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

(1)成長戦略
マーケティングの継続・進化、技術革新、生産体制の強化
(2)財務・資本戦略
①現預金の活用
キャッシュアロケーションを管理し、事業活動で獲得したキャッシュを「成長投資」や「株主還元」に戦略的に配分
②保有資産の売却
政策保有株式の縮減
③株主還元の強化
年5円増配を継続し総還元性向50%の実現を目指す
(3)IR戦略
①投資家向け決算説明会やIRミーティング等、株主・投資家との対話の機会を拡充し、建設的な対話に努める
②サステナビリティ活動への取組みや非財務活動等の情報開示を積極的に行うとともに、ホームページへの情報掲載を充実させ、動画の活用を進める
2023年7月31日 明星工業(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文1ページのみ 株主資本コスト(6%程度) ROE(8.2%)
株主資本コストを上回る水準でROEが推移
株価
PBR(0.65倍)
(1)事業成長と収益性の向上
設備投資、研究開発投資、人的資本投資等への成長投資を継続
(2)財務戦略及び資本戦略の強化
配当方針を変更して「1株当たり12円または業績に対応するものとして配当性向が 30%程度の何れか高い方」→「1株当たり20円または業績に対応するものとして配当性向が30%から40%程度の何れか高い方」にする
(3)積極的なIR活動の展開
①情報開示の拡充(英文開示の充実、統合報告書の作成等)
②能動的な投資家との対話による情報発信
2023年7月31日 フジ日本精糖(東証スタンダード) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文2ページ 記載なし ROE(8.1%)
資本コストの記載がないため、資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明
株価
PBR(0.88倍)
(1)ROEの向上
中長期的に10%を目標
(2)株主還元の強化
年間配当性向40%以上、中間配当の実施、株主優待制度の復活、DOE3.5%以上を目標
(3)IR開示の充実
会社のウェブサイトをリニューアルし、従来の財務情報に加え、サステナビリティ等の非財務情報発信の充実

DOE : 自己資本配当率

2023年7月28日 RYODEN(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応の件 本文2ページに添付資料14ページ 株主資本コスト(5.73%) ROE(7.0%)
ROEが株主資本コストを上回る
PBR(1倍以下。5年推移のグラフを記載) (1)収益力の強化
(2)株主還元強化
配当性向40~60%を目安に還元を実施
(3)IR活動の強化
・取締役社⾧、IR担当役員による個人投資家向け会社説明会、機関投資家向け決算説明会の継続
・株主及び投資家との間の建設的な対話への取り組み(IRミーティング等)を継続。積極的な対話に取り組むとともに、対話で出された意見等を適宜取締役会に報告、経営戦略のレビュー等に活用
・IR専任部署を2023年8月に設置し、IR機能を強化
2023年7月25日 サンオータス(東証スタンダード) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文2ページ 株主資本コスト(6.0~7.0%) ROE(8.8%)
ROEが株主資本コストを上回る
PBR(0.7倍) (1)利益創出能力の強化
(2)財務戦略・資本戦略の強化
・総還元性向30%を目標
・政策保有株の縮減検討
・不動産資産の有効活用
・持続可能な成長を支えるための人的資本の投資
(3)IR活動の強化
・個人投資家向け会社説明会の継続実施
・株主アンケートの定期的な実施
・決算説明資料や当社ホームページでの情報刷新
(4)健全なインセンティブ促進
・取締役報酬体系の見直し(業績連動報酬の導入・株式報酬制度の導入等)
・役員報酬算出の指標としてのROE・株主資本コスト・企業価値の改善事項の採用
2023年6月29日 川田テクノロジーズ(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文2ページ 記載なし ROE(5.8%)
資本コストの記載がないため、資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明
株価
PBR(0.29倍)
(1)収益力(ROE)アップ
(2)適正な自己資本水準

投資を行うにあたっては資本コストを意識した検討を行う
(3)株主還元の拡充
配当性向30%程度を目途
自己株取得(10億円)を確実に実施
(4)IR/開示の充実
1on1ミーティング、Smallミーティング、決算説明会、工場/現場見学会等の頻度、内容の充実を目指す。
従来の財務情報に加え、非財務情報も含め情報発信を充実。
上記対話によって得られたご意見や要望を、定期的に取締役会にフィードバックし、その後の企業経営、事業運営等に役立てる。
2023年6月29日 キムラユニティー(東証スタンダード・名証プレミア) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文2ページ 記載なし ROE(7.55%)
資本コストの記載がないため、資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明
PBR(0.69倍) (1)成長投資
①成長分野・領域の拡大
②既存事業領域の強化
③経営基盤の強化
④人的資本の強化
(2)株主還元
①配当
②自己株式取得等
2023年6月28日 センコーグループホールディング(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応に関するお知らせ 本文2ページ 記載なし ROE(10.0%)
資本コストの記載がないため、資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明
株価
PBR(0.88倍)
(1)営業利益率の向上
(2)株主還元水準の維持・向上
2027年3月期までに配当性向40%を目指す。
(3)成長戦略の詳細説明
当社の競争力の源泉やこれまで実施したM&Aの成果など、各種説明会を通じて詳細にご説明し、株主・投資家の皆様に当社の成長戦略に対するご理解を深めていただく機会をさらに増やす
2023年6月27日 TREホールディングス(東証プライム) 資本コストや株価を強く意識した経営の実現に向けて(今後の経営方針に関するお知らせ) 本文1ページのみ 記載なし ROE(実績数値の記載なし)
資本コストの記載がないため、資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明
PBR(0.94倍) (1)今後の投資について
資本コストに見合う収益性があるか分析、評価の上、実施
(2)2024年度からスタートする次期中期経営計画の策定
設備投資、業務提携、M&A等による中長期的な成長ストーリーを明示
(3)ROE(自己資本利益率)の目標見直し
現中計の目標である8%以上を、今後は10%以上に引き上げを目指す
(4)株主還元について
・現中計の目標である配当性向 30%以上を、今後は総還元性向35%~40%を目指す
・配当による還元を原則としつつ、株価水準によっては自己株式取得も検討
2023年6月23日 中央倉庫(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文3ページで添付資料なし WACC(現状認識では5%) ROIC(2.9%)
ROE(4.1%)
いずれも資本コストを下回る。
PBR(0.48倍) (1)収益力の向上
(2)財務戦略・資本政策の強化

①既存資産の有効活用(既存倉庫の賃貸物件への転換等も含む)
②政策保有株式の見直し(売却)、有利子負債の活用等による資金確保
③株主還元強化(配当性向40%以上の着実な実施(2024年度)、業績や手元資金その他総合的に勘案した上での自社株買い検討)
④M&A(資本提携も考慮し幅広く検討)
⑤人財投資(職場環境・多様性・スキルの活用)
(3)IR活動の拡充
①機関投資家との1on1ミーティング
②個人投資家説明会の継続実施
③経営情報開示の強化(情報開示機会の拡充)
④ESG 情報及びサステナビリティ開示の充実(決算説明会資料や当社ホームページでの公開情報)
⑤株主アンケートの定期的実施と取締役会へのフィードバック、経営への反映
2023年6月5日 立花エレテック(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文1ページのみで添付資料なし 記載なし 記載なし PBR(1倍を切っているが具体的数値の記載はない) (1)中長期経営計画の各施策実行による事業成長と利益生産性向上
(2)自己株式取得による資本効率向上と株主還元強化

・今後3年間(~2026年3月期)で3,000,000株(発行済株式数の12%)の自己株式を取得する
・同期間の各会計年度ベースにおいて総還元性向50%以上を目指す。
(3)積極的なIR活動の実施
・積極的な情報開示と能動的な投資家との対話による発信を強化。
・統合報告書やホームページ上の開示を通じて当社を理解していただくことに努める
2023年5月12日 SWCC(東証プライム) 資本コストを意識した経営の実現に向けた対応について 21ページ 記載なし ROE15%
全社ROIC(7.1%)その他セグメントROICも記載
資本コストの記載がないため、資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明
PBR(0.84倍)
PER(6.02倍)
(1)事業戦略
・社会課題解決型ビジネスの推進
・事業ポートフォリオの最適化・投資と利益貢献タイムライン
(2)財務戦略
・キャッシュアロケーション
・さらなる資本効率の改善
・財務健全性の維持向上と株主還元
・持続可能な成長を支える人的資本戦略の推進
・脱炭素社会への貢献
(3)非財務戦略
・持続可能な成長を支える人的資本戦略の推進
・脱炭素社会への貢献
2023年5月12日 イトーキ(東証プライム) 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について 本文2ページに添付資料2ページ 記載なし ROE(具体的な実績値の記載はなし)
資本コストの記載がないため、資本コストとの関係(エクイティスプレッド)は不明
PBR(具体的な実績値の記載はなし)
PER(具体的な実績値の記載はなし)
(1)利益創出能力の強化
(2)財務戦略および資本政策の強化

・非事業用資産の売却等整理を含む資産の効率化および有効活用の推進
・政策保有株の縮減
・安定的な配当および配当性向 30%超を目処とした株主還元の遂行
・マーケット、株価状況、当社の業績状況およびキャッシュポジション等を総合的に勘案したうえでの自社株買い等の資本政策の検討
・人財の強化を価値創出の源泉と捉えた人的資本投資の強化
(3)積極的なIR活動の実践
・情報開示の拡充・高度化による投資家との情報非対称性の解消
・能動的な投資家面談の実施によるエクイティストーリーの発信強化
・ESG説明会やHP開示を通じた、人的資本投資やサスティナビリティビジネスモデルの発信強化
・英文開示を含む四半期開示およびIRマテリアルの充実
・ホームページおよびIRサイトの刷新および英文対応
・デジタルツール等も取り入れた外部発信力の向上
・IR活動の社内還流による投資家期待値ギャップの解消

今回の東証要請では「資本コスト」の具体的な数値の開示までは求められていない。また、上記の開示例は項目が指定されている強制的な適時開示とは異なり、任意の開示に過ぎないため、「資本コスト」を数値で開示しなかったとしても、なんら開示ルールに抵触することにはならない。とはいえ、あえて「資本コストを意識した経営」について任意で適時開示をする以上は、開示資料の利用者(投資家)がその内容の充実度に期待してしまうのもやむを得ないところであり、肝心の資本コストの値が未記載となれば投資家の失望を招きかねない。また、あえて任意開示するとなると、資料の“厚み”も注目され、またモノクロよりはカラーの方が投資家に訴求しやすいことは間違いない。こうした観点から「好事例」と言えるのがRYODENの適時開示だ。下記のとおり、ROEと株主資本コストの差であるエクイティスプレッドの年度別の推移がカラーで表示されており、投資家からも高い評価を受けている。

RYODENのエクイティスプレッドの説明
69667c

また、現状分析で用いる指標を単年度分しか記載していない会社も少なくなかった。指標は最低でも5年程度の推移が記載されていないと、その指標の傾向(上昇傾向なのか下落傾向なのか)を把握することは困難となる。

資本収益性の指標としては、ほとんどの会社がROEを選択していた。その中でROEだけでなく、ROICも掲載している会社は、より真摯に資本収益性の向上に取り組んでいる印象を与える。SWCCの事業別ROICの説明(下記)は、カラーでイラストを用いた社内報の記事を転載する形となっており、ビジュアル面でも優れた開示例となっている。

SWCCの事業別ROICの説明
69667d

具体的な取組み(上表の右列)は「配当性向の向上」や「開示の充実」が目立つ。プライム市場上場会社やスタンダード市場上場会社の経営陣としては、上記の開示例を自社の取組みと比較し、自社の取組みに追加するべき項目がないか確認しておきたい。

今回紹介した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」についての適時開示事例は、任意開示とはいえ、統合報告書などの“本丸”に投資家を誘導する呼び水としても機能する戦略的なリリースと言える。上記の好事例を参考に、積極的な開示に取り組みたいところだ。

2023/08/08 政府が知財への優遇税制の導入を検討へ(会員限定)

日本企業がグローバル競争に勝ち抜くためにイノベーションが欠かせないことに議論の余地はない。政府も企業のイノベーションを後押しするため、研究開発税をはじめ、研究開発といった「インプット」の段階における税制優遇措置を設けているが、研究開発の結果生まれた成果である知的財産(以下、知財)という「アウトプット」に対する税制優遇措置(知財が生み出す所得に優遇税率を適用する措置)は現時点では存在しない。こうした中、令和6年度(2024年度)税制改正で、知財が生み出す所得に優遇税率を適用する「イノベーションボックス税制」と呼ばれる税制優遇措置が導入される可能性が出てきた。


研究開発税 : 企業による研究開発を促進することを目的として、法人税額から、試験研究費の額に応じた税額控除割合を乗じて算出した金額を控除できる税制優遇措置。

経済産業省が今年4月に立ち上げた「我が国の民間企業によるイノベーション投資の促進に関する研究会」は7月31日、「中間とりまとめ」を公表、その中で、「我が国におけるイノベーションボックス税制の制度設計試案」が示されている。

同試案では、イノベーションボックス税制の仕組みとして、「直接方式」と「間接方式」が提案されている(28ページ~、および55ページ~参照)。直接方式とは、知財に関連付けられる所得と費用を直接計算する方式だが、製品に多数の知財が組み込まれている場合、計算が煩雑になるという課題がある。これに対し間接方式とは、納税者(企業)全体の課税所得に対して知財由来と認められる所得が占める割合(これを「適格所得比率」という)を設定し、知財由来ではない所得を税制優遇措置の対象所得から排除する方式をいう。

例えば特許権であれば、ロイヤリティ収入とのつながりが明確であるため、所得の識別は容易と言える。特許権を売却した場合も同様だ。これに対し、様々な特許権を組み込んだ製品では特許権由来の所得の識別が問題となる。例えば自動車であれば、ネジ一つにも特許権があり、自動車という一つの製品のうち、特許権に紐づく収入を割り出すのは極めて困難となる。イノベーションボックスに対する税率は通常の法人税率より低くなるため(すなわち、国にとっては税収が減る)、イノベーションボックス税制の導入にあたっては、優遇税制の対象所得をいかに特定するのかが課題となる。その一方で、イノベーションボックス税制を“使える”制度として普及させるためには、できるだけ簡素で実務負担の少ない仕組みとすることが重要になろう。

近年ではシンガポール、インドがイノベーションボックスを導入したほか、オーストラリアや香港も導入を検討している。米国でもトランプ前大統領の税制改革により、国外無形資産由来所得の特別控除を行う制度が導入された。こうした諸外国の動きも踏まえ、経済産業省は令和6年度税制改正要望にイノベーションボックス税制の導入を盛り込むことを視野に入れているものとみられる。ただ、税収(減)への影響が大きいため、財務省が難色を示すことも予想される。そこで経済産業省としては、令和6年度税制改正で確実に導入することを目指すよりは、もう少し中長期的なスパンでの実現を目標とすることも検討している模様だ。

2023/08/08 政府が知財への優遇税制の導入を検討へ

日本企業がグローバル競争に勝ち抜くためにイノベーションが欠かせないことに議論の余地はない。政府も企業のイノベーションを後押しするため、研究開発税をはじめ、研究開発といった・・・


研究開発税 : 企業による研究開発を促進することを目的として、法人税額から、試験研究費の額に応じた税額控除割合を乗じて算出した金額を控除できる税制優遇措置。

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2023/08/07 インパクト投資の普及に向けGPIFにプレッシャー、企業の開示負担増加のおそれも

猛暑日(一日の最高気温が35 度以上の日)がこうも続くと、否応なしに日常生活の中で気候変動の影響を感じざるを得ない。気候変動のような地球規模の課題に金融の力で対処しようという取り組みがESG投資インパクト投資等の責任投資と言われるものであり、そこでは巨額の資金を有するアセットオーナー(年金基金や保険会社)の投資行動が課題解決に大きな影響力を持つが、いよいよ世界最大のアセットオーナーであるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)にその担い手としての期待が高まってきた。


ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。
インパクト投資 : 社会問題・環境問題を解決することを目的として投資すること。

近年、国内外のユニバーサルオーナー(巨額の年金基金等を運用するアセットオーナー)による環境や社会に配慮した投資行動が顕著になっている。例えば、米国最大の公的年金基金であるカルパース(CalPERS=カルフォルニア州職員退職年金基金)は、2006年に国連が提唱した責任投資原則(PRI)(=Principle for Responsible Investment)にいち早く署名し、ESG投資を開始した。カルパースは今年の株主総会で・・・


責任投資原則(PRI) : (国連)PRIとは「(United Nations) Principles for Responsible Investment」の略で、機関投資家に対し、投資判断プロセスにESGを反映することや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどを提唱するESG投資の世界的なプラットフォーム。PRIに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。

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2023/08/07 インパクト投資の普及に向けGPIFにプレッシャー、企業の開示負担増加のおそれも(会員限定)

猛暑日(一日の最高気温が35 度以上の日)がこうも続くと、否応なしに日常生活の中で気候変動の影響を感じざるを得ない。気候変動のような地球規模の課題に金融の力で対処しようという取り組みがESG投資インパクト投資等の責任投資と言われるものであり、そこでは巨額の資金を有するアセットオーナー(年金基金や保険会社)の投資行動が課題解決に大きな影響力を持つが、いよいよ世界最大のアセットオーナーであるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)にその担い手としての期待が高まってきた。


ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。
インパクト投資 : 社会問題・環境問題を解決することを目的として投資すること。

近年、国内外のユニバーサルオーナー(巨額の年金基金等を運用するアセットオーナー)による環境や社会に配慮した投資行動が顕著になっている。例えば、米国最大の公的年金基金であるカルパース(CalPERS=カルフォルニア州職員退職年金基金)は、2006年に国連が提唱した責任投資原則(PRI)(=Principle for Responsible Investment)にいち早く署名し、ESG投資を開始した。カルパースは今年の株主総会でトヨタ自動車に対する気候変動情報開示に関する株主提案に賛成している (トヨタ自動車への気候変動対策に関する株主提案株主提案については2023年6月9日のニュース『気候変動対策に関する株主提案で機関投資家が「定款変更」を求める理由』参照)。日本ではGPIFが2015年にPRIに署名し、その後ESG投資を開始している。GPIFは現在8つのESGインデックス(GPIFが採用するESG指数はこちら)を選定しており、これらインデックスに連動する運用総額は12兆円を超える。


責任投資原則(PRI) : (国連)PRIとは「(United Nations) Principles for Responsible Investment」の略で、機関投資家に対し、投資判断プロセスにESGを反映することや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどを提唱するESG投資の世界的なプラットフォーム。PRIに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。

こうした中、PRIが日本のインパクト投資への期待を強めている。PRIは、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)、英国の慈善団体であるGeneration Foundationと共同で実施している「A Legal Framework for Impact(インパクトをもたらす投資に関する法的枠組み)」と題するプロジェクトの一環として、2023年6月に日本向けのレポートをまとめている。レポートでは、日本の機関投資家がインパクト投資を行うことが、法制度上、どの程度許容され、あるいは義務化されているかを明らかにしたうえで、インパクト投資のさらなる推進に向け、日本の政策当局に向け、5つの提言を行っている(なお、レポートでは「サステナビリティ・インパクトへの投資」と表記されているが、本稿では便宜上、「インパクト投資」と表記する)。

提言の中で特に注目されるのは、年金基金がインパクト投資を実施するために積立金基本指針の改定を求めていることに加え(17ページ右段下から2番目の「・」参照)、GPIFを所管する厚生労働省に対し、GPIF中期目標の改定によって「GPIF(および関連する他の厚生年金基金)が中長期的に高い投資収益につながると合理的に考える場合、ESG要素の検討はサステナビリティ・インパクトを追求することを含むことを明確にすること」を検討するよう提言していることだ(18ページ左段最初の「・」参照)。要するに、GPIFがインパクト投資を行えるよう、中期目標やGPIFが準拠する積立金基本方針の改定を求めている。

その背景として、GPIFには「年金積立金の運用は、・・・専ら被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行う」という投資原則があるが(GPIFの中期目標2ページ「(1)年金積立金の管理及び運用の基本的な方針」の①参照)、ここでいう「被保険者の利益」についてGPIFはあくまで「経済的な利益」を指しており、社会・環境面のインパクトは「含まれていない」と解釈しているということがある (GPIF「2020年度ESG活動報告」8ページ「Column GPIFとインパクト投資」左段下から3行目参照)。

「被保険者の利益」を社会・環境面のインパクトまで拡大解釈を行うよう中期目標を改定するのか、あるいは、これまでどおり経済的な利益の追求を第一とすることは継続しつつも、そのうえで社会・環境面のインパクトの開示などに踏み切るのか。GPIFの次の中期目標期間は2025年からスタートするため、そう遠くない将来に検討作業を始めるはずであり、GPIFは近い将来、重大な決断を迫られることになる。

インパクト投資は、最近政府の成長戦略にも盛り込まれるなど(2023年6月 16 日に公表された「成長戦略等のフォローアップ」の6ページ中段参照)、盛り上がりを見せている。GPIFがESG投資を開始した2017年(2017年7月6日のニュース「GPIFの新しいESG指数に約360社が選定」参照)を境に国内のESG投資残高が急伸したように、GPIFがインパクト投資に対して何らかの取組みを開始すれば、今後日本国内でもインパクト投資が急速に普及する可能性がある。

今年の10月3日から5日にかけて、PRIのアニュアルイベントが東京で開催され、世界中から機関投資家が東京に集まる。日本からはGPIFも参加するが、上述のレポートが話題になり、イベントにおいてもGPIFに“圧力”がかけられることは間違いないだろう。仮にGPIFがインパクト投資に対して何らかの取組みを開始するとなった場合、企業に対しても、「インパクト開示」への期待が高まることが予想されるが、それは企業にとって負担の増加を意味する点、注意が必要だ。GPIFが10月にどういった反応をするか、注目される。

2023/08/04 企業行動規範に女性役員選任努力義務を明記 「執行役員に準じる役職者」の範囲は?

政府は2023年6月13日に公表した「女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023(女性版骨太の方針 2023)」で下記の方針を掲げている。

「女性版骨太の方針2023」における取組方針
令和5年中に、取引所の規則に以下の内容の規定を設けるための取組を進める。
① 2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める。
② 2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す。
③ 左記の目標を達成するための行動計画の策定を推奨する。

これを受け、東京証券取引所は2023年7月28日に「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023(女性版骨太の方針2023)に係る上場制度の整備等について」を公表、上記「女性版骨太の方針2023」における取組方針を実現するため、プライム市場に上場する国内企業に対し、女性役員の選任について以下の事項を求めている。

① 2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める。
② 2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す。
③ 上記の目標を達成するための行動計画の策定を推奨する。
※ 上記の女性役員には、取締役、監査役、執行役に加えて、執行役員又はそれに準じる役職者を含むことができるものとします。

これらの事項は企業行動規範の「望まれる事項(努力義務)」に追記される形となる。東証は2023年8月27日までパブリックコメントを募集し、2023年10月を目途に新たな企業行動規範の適用を開始する予定。今回の見直しは2023年5月25日のニュース「女性役員最低1名選任の努力義務、プライム上場企業は「2025年まで」、その後は対象市場の範囲拡大も」でお伝えした内容を踏襲するもので、既定路線と言える。

女性役員がゼロの東証プライム上場企業にとって関心が高いのが、「執行役員に準じる役職者」の範囲だ。東証は、・・・

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