周知のとおり、東証は(2023年)3月31日、上場会社に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」を通知している。これは、東証が設置した「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」での議論を踏まえ1月30日に公表された「論点整理を踏まえた今後の東証の対応」の中で「中長期的な企業価値向上に向けた取組の動機付け」として掲げていた施策について、具体的な要請事項を取りまとめたもの。
要請事項は以下の3点であり、それぞれに説明資料が付されている。あくまでも「要請」であり義務ではないが、「投資者からの期待を踏まえ、積極的に実施」することが求められている。以下、各要請事項について解説する。
1. 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(プライム/スタンダード市場上場会社対象)
資本コストや株価を意識した経営の実現に向けて、①現状分析→②計画策定・開示→③取組みの実行(→①に戻る)のサイクルを確立、実施することを求めている(2ページ参照)。①においては資本コストや資本収益性(資本収益性については2021年11月11日のニュース「ROICではなくROEやROAではダメなのか?」の一番下の表参照)を的確に把握すること、②においては投資者にわかりやすく開示すること、③においては投資家との積極的な対話を実施すること、が必要とされている。また、①②には取締役会の主体的な関与が期待されている。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。
東証は本要請の背景として、上場会社の多くが「ROE8%未満、PBR1倍割れ」であることが示したうえで(1ページ参照)、①の分析におけるポイントとして、「資本コストを上回る資本収益性を達成できているか」「達成できていない場合にはその要因」「資本コストを上回る資本収益性を達成できていてもPBRが1倍を割れている要因」を挙げている(3ページ参照)。さらに②の開示においては、PBRが1倍を超えていても「更なる向上に向けた目標設定」を開示することが期待されている(4ページの「方針・目標」の3つ目の「・」参照)。「PBR1倍」は上場会社にとって“ゴール”ではないことを示した格好だ。
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
なお、②の開示を行う書類・フォーマットはないことから、開示の場所として、決算説明資料や自社ウェブサイトなどが例示されている。ただし、参照先のURLなどの閲覧方法をコーポレートガバナンス報告書の「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」の記載欄に記載しなければならないとされた(5ページ参照)。その場合、参照方式ではなく、内容自体を直接記載してもよい(コーポレートガバナンス報告書の記載要綱4ページの下部参照)。
2. 株主との対話の推進と開示(プライム市場上場会社対象)
直前事業年度における「経営陣等と株主との対話の実施状況」等について、開示することを求めている。具体的な開示事項としては、対話の対応者、対話を行った株主の概要(国内外の別や投資スタイルなど)、対話のテーマや株主の関心事項(特に、株主から気づきが得られた対話や、経営陣等の説明によって株主の理解が得られた対話の事例)、対話を踏まえて取り入れた事項の内容、などが例示されている。さら、上記1.③による対話(資本コストや株価の改善に向けた取組み等についての投資家との対話)の状況を開示することも期待されている(以上、2ページ参照)。
本事項の開示についても書類の定めはないことから、開示場所としてアニュアルレポートや自社ウェブサイトが例示されており、その場合、コーポレートガバナンス報告書の「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」の記載欄に、URLなど閲覧方法を記載するか、内容自体を直接記載する必要がある。なお、開示時期については「できる限り速やか」にとされており、4月以降に開催される定時株主総会後の対応が想定されている(3ページ参照)。
3. 建設的な対話に資する「エクスプレイン」のポイント・事例
コーポレートガバナンス・コードへの対応において「エクスプレイン」している原則がある場合、その記載が十分なものであるか、「自主的な点検」を求めている(1ページ参照)。「不十分と考えられる」エクスプレインの類型も例示されており、具体的には、①何を実施していない(エクスプレイン)のか、内容が不明確、②単に「検討中」としているのみで、実施しない理由や検討状況などの記載がない、③抽象的な説明(コード文言のつなぎ合わせ)に終始しており、具体的な個別事情を踏まえていない、などの事例が挙げられている(3ページ参照)。
コーポレートガバナンス・コードの各原則への対応はコーポレートガバナンス報告書の記載事項であり、このエクスプレインの自主点検についても、4月以降の定時株主総会に際して更新される同報告書で対応する必要があろう。したがって、上記「2.株主との対話の推進と開示」と、この「3」の要請事項については、3月期決算会社であれば遅くとも6月株主総会をタイムリミットとして開示を行う必要がある。一方、「1.資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」については時間をかけることが許容されるが、その際は原則5-2(経営戦略や経営計画の策定・公表)をエクスプレインすることが望ましいと言えそうだ。
