日本シェアホルダーサービス株式会社
コンサルタント 水嶋 創
昨年(2023年)10月から本年3月にかけて、各機関投資家の議決権行使基準改定が相次ぎ、国内主要機関投資家については概ね新基準が出揃いました。
各機関投資家の株式保有状況は投資先企業によって様々ですが、以下の主要10の機関投資家については、その運用資産額の大きさなどから、多くの企業にとって一定程度の議決権を保有する大株主となっている可能性が高いと考えられます。本稿ではこれら10機関投資家の議決権行使基準の改定内容を5つのテーマごとに分析し、解説します。
※本稿で分析対象とした機関投資家
大和アセットマネジメント(2022年10月公表)
野村アセットマネジメント(2022年11月公表)
りそなアセットマネジメント(2022年11月公表)
三井住友トラスト・アセットマネジメント(2022年12月公表)
三井住友DSアセットマネジメント(2022年12月公表)
ブラックロック・ジャパン(2023年1月公表)
三菱UFJ信託銀行(2023年2月公表)
三菱UFJ国際投信(2023年2月公表)
アセットマネジメントOne(2023年2月公表)
日興アセットマネジメント(2023年3月公表)
ジェンダー・ダイバーシティに関する改定
| 機関投資家 |
改定時期 |
改定の概要 |
| 野村アセットマネジメント |
2022年11月 |
✓女性取締役が不在の場合、会長・社長等の取締役再任に原則反対 |
| 日興アセットマネジメント |
2023年1月 |
✓女性取締役が不在の場合、原則として経営トップである取締役の選任に反対(プライム市場上場会社に適用し、その後、対象市場の拡大、人数要件の段階的引上げを検討) |
| ブラックロック・ジャパン |
2023年1月 |
✓TOPIX100構成企業において、女性取締役もしくは監査役が2名以上選任されていない場合、その理由に関して合理的な説明がなされなければ、取締役会構成に責任のある取締役の再任に反対
(※「1名以上」からの厳格化) |
| 三井住友DSアセットマネジメント |
2023年1月 |
✓プライム市場上場企業において女性取締役が不在の場合、取締役選任に反対 |
| 三井住友トラスト・アセットマネジメント |
2023年1月 |
✓女性取締役が不在の場合、取締役選任に反対 (当面の対象はTOPIX500 構成企業)
(※「反対することも検討」から厳格化、対象もTOPIX100構成企業から拡大) |
りそなアセットマネジメント |
2023年1月 |
✓取締役、監査役、指名委員会等設置会社の執行役に、女性の存在が確認出来ない場合、ジェンダーの問題に対する方針や取組みについて合理的かつ納得性ある説明がなければ、代表取締役の選任に反対(2023年はプライム市場上場企業のみを対象とし、順次対象を拡大) |
| アセットマネジメントOne |
2023年4月 |
✓プライム市場上場企業において、女性取締役が不在の場合、代表取締役の選任に原則反対
(※対象をTOPIX100構成企業から拡大) |
| 三菱UFJ信託銀行 |
「今後」 |
✓女性役員(取締役)の選任を求めるよう議決権行使基準を見直すことも検討 |
「女性取締役が不在の場合に、取締役選任議案に反対する」といった、いわゆるジェンダー・ダイバーシティ基準を、主要10投資家で最も早く設定したのは大和アセットマネジメントでした。ただし、これが2021年に公表されたものであったことを踏まえると、基準の導入がいかに急速に進んでいるかが分かります。
今シーズンは野村アセットマネジメントなどがジェンダー基準を導入したことに加え、議決権行使助言会社ISSも本年2月より、「女性取締役が一人もいない場合には、経営トップ(社長、会長)の選任に反対推奨」との基準の適用を開始したこともあり、女性取締役が不在の場合に、国内外の機関投資家から、社長などの経営トップの選任議案について賛同を得ることは極めて難しくなっていると言えます。
今シーズンの改定では、基準の適用対象を「TOPIX100構成企業」から「東証プライム市場上場企業」に変更したアセットマネジメントOneのように、対象企業の拡大も確認されましたが、来年以降は求める女性取締役の人数や割合も増加する可能性があるとみられます。
取締役会構成(社外取締役の割合)に関する改定
| 機関投資家 |
改定時期 |
改定の概要 |
| 日興アセットマネジメント |
2023年4月 |
✓独立社外取締役が2名以上、かつ取締役総数の1/3以上
(親会社を有する企業については過半数)選任されない場合、経営トップの選任に反対
(※「2名以上」の要件が追加) |
| 三菱UFJ信託銀行 |
2023年4月 |
✓独立性のある社外取締役が複数かつ取締役総数の1/3以上いない場合、取締役候補者全員の選任に反対
(※「独立性ある」との要件が追加)
✓親会社等を有する上場会社の場合、独立性のある社外取締役が過半数選任されていない場合、取締役候補者全員の選任に反対
(※「1/3以上」から厳格化) |
| 三菱UFJ国際投信 |
「早ければ2023年10月1日以降」 |
✓市場区分に関わらず全ての上場企業に1/3以上の独立社外取締役選任を求めることを検討
(※現行ではプライム市場上場企業に対してのみ1/3以上の水準を要求) |
| りそなアセットマネジメント |
「今後」 |
✓「取締役会には、少なくとも独立性のある社外取締役が過半数存在することが望ましいと考えており、既に、親会社または支配株主を有する企業に対しては、取締役会に独立した社外取締役が過半数選任されることを求めています。現状、それ以外の投資先企業に対しては、1/3以上の独立社外取締役の選任を求めていますが、取締役会構成の行使基準を引き上げることも検討します。」 |
取締役会に求める社外取締役の割合としては「1/3以上」(親会社等がある場合は「過半数」)が既に定着していることもあり、今シーズンの改定は限定的でした。ただし、三菱UFJ信託銀行は「1/3以上の社外取締役」から「1/3以上の独立性ある社外取締役」に規定を厳格化しています。例えば後述の在任期間基準に抵触するような社外取締役がいる場合、当該社外取締役は「独立性ある社外取締役」にカウントされなくなる点は注意が必要となります。
なお、りそなアセットマネジメントは今後の基準引上げを示唆しています。1~2年の間に「過半数」を求める投資家が大きく増加するような事態は考えにくいものの、中長期的にはさらなる厳格化が進展する可能性もあると言えそうです。
社外役員の在任期間に関する改定
| 機関投資家 |
改定時期 |
改定の概要 |
| ブラックロック・ジャパン |
2023年1月 |
✓社外取締役の在任年数が、著しく長期(12年以上)にわたり経営陣からの独立性に疑念が生じる場合、継続的な任命について株主価値の観点からの明確な説明がなければ、再任に反対
(※「16年」から厳格化) |
| 三井住友DSアセットマネジメント |
2023年1月 |
✓在任期間基準(12年)を撤廃 |
| りそなアセットマネジメント |
2023年1月 |
✓在任期間基準(12年以上で独立性否認)のカウント方法について、同一企業で社外取締役と社外監査役の在任がある場合、その期間は通算することを明記 |
| 三菱UFJ信託銀行 |
2023年4月 |
✓在任期間が12年以上の場合、当該社外取締役候補者に反対
(※「20年」から厳格化) |
| 大和アセットマネジメント |
「今後」 |
✓ガバナンス強化という観点から、適正な社外役員の任期について検討
(※現行は在任期間12年以上で反対) |
一定期間以上在任の社外役員の独立性を否認するとの在任期間基準については、ブラックロック・ジャパンが「16年」から「12年」に、三菱UFJ信託銀行が「20年」から「12年」にそれぞれ短縮しました。
今シーズンは、三井住友DSアセットマネジメントが在任期間基準を撤廃するとの動きもみられたものの、これを受けてもなお、主要10機関投資家のうち8機関投資家が「12年」を閾値としています。一方、議決権行使助言会社のISSおよびグラスルイスは今のところ在任期間に関する規定を置いていません。
注目されるのは大和アセットマネジメントの動向です。「今後の検討課題」として「適正な社外役員の任期について検討」していくことを挙げており、現行の「12年」からの更なる短縮の可能性も考えられます。
政策保有株式に関する改定
| 機関投資家 |
改定時期 |
改定の概要 |
| 大和アセットマネジメント |
2022年11月 |
✓政策保有株式を過大に保有していると判断する基準が、「保有額が純資産の20%以上」であることを明示 |
| 野村アセットマネジメント |
2022年11月 |
✓金融機関において政策保有株式が純資産の50%を上回る場合および金融機関以外の会社において政策保有株式が投下資本の20%を上回る場合、会長・社長等の取締役再任に原則として反対 |
| ブラックロック・ジャパン |
2023年1月 |
✓有価証券および投資その他有価証券の合計が総資産対比で 50%以上かつ自己資本当期純利益率が 5%未満の場合、責任を有する取締役の再任に反対するとの基準について、金融・保険セクターは対象外であることを明示 |
| 三井住友トラスト・アセットマネジメント |
2023年1月 |
✓政策保有株式を過大に保有(純資産比の数値が概ね TOPIX 構成銘柄全体の上位10%タイル水準)している場合、3年以上在任の取締役選任に反対(エンゲージメント等を通じて、基準を満たす水準への削減計画等が確認できた場合は、賛成)
タイル : データを小さい順に並べた場合に、例えば小さい方から数えて全体の75%に位置する値を75%タイルという。75%パーセンタイルは「第三四分位数」ともいわれる。25パーセンタイルは「第一四分位数」、50パーセンタイルは中央値を指す。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
|
| りそなアセットマネジメント |
2023年1月 |
✓政策保有株式の保有額が連結純資産の20%以上ある企業で一定以上の資本効率(ROE8%以上)がない場合、政策保有株式の縮減に関する方針について合理的かつ納得性ある説明と実績がなければ、代表取締役の選任に反対 |
| 日興アセットマネジメント |
2023年4月 |
✓政策保有株式の残高が、純資産対比20%以上の場合、経営トップの取締役の選任に反対(ただし、定量的な縮減目標や取組み状況等を勘案) |
| 三菱UFJ信託銀行 |
「今後」 |
✓一定水準以上の政策保有株式を認めないように議決権行使基準を設けることについて検討 |
政策保有株式を過大に保有する企業の取締役選任議案に反対するなど、いわゆる政策保有株式基準の新設等も確認されました。上表の今シーズンの改定以外にも、アセットマネジメントOne(純資産比率で50%以上、または総資産比率20%以上を占める場合、代表取締役の選任に原則反対)と三井住友DS(純資産の20%程度以上保有している場合、取締役候補者毎に精査の上、原則として選任に反対)も既に基準を導入しています。
具体的な閾値は投資家により様々ですが、昨年2月に政策保有株式基準の適用を開始した議決権行使助言会社ISSのように、「純資産の20%以上」とする投資家が主流と言えそうです。三井住友トラスト・アセットマネジメントが「過大」とみなす「純資産比の数値が概ね TOPIX 構成銘柄全体の上位 10%タイル水準」も、現状ではおおよそ純資産比20%以上に相当するようです。
株主還元に関する改定
| 機関投資家 |
改定時期 |
改定の概要 |
| 大和アセットマネジメント |
2022年11月 |
✓キャッシュリッチ企業(自己資本比率が50%以上かつネットキャッシュが総資産の30%以上)で株主資本の有効活用が不十分な場合(直近3期のうち2期以上のROEが、同一業種内上位33%水準を上回り、かつ8%を上回る企業ではない場合)には、DOE3%以上を要求
(※「DOE2%以上」から厳格化)
ネットキャッシュ : 現預金−有利子負債
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本) (文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
|
| 野村アセットマネジメント |
2022年11月 |
✓キャッシュリッチ企業(「株主資本比率>50%」かつ「ネット金融資産*/売上高>30%」かつ「ネット金融資産/総資産>30%」)において、直近期のROEが10%未満の場合には、株主還元率50%以上を要求
*ネット金融資産=現預金+長短保有有価証券・預け金-有利子負債
(※「ROEが8%未満の場合」から厳格化)
株主資本比率 : 企業の総資本(自己資本(資本金、法定準備金、剰余金等)+他人資本(借入金、社債等))に対する株主資本(自己資本)の割合。「自己資本比率」と概ね同じ意味である。
株主還元率 : (配当+自社買い)/当期純利益(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
|
| 日興アセットマネジメント |
2023年4月 |
✓過去3期連続でROE8%未満の企業には、総還元性向30%以上を要求
(※改定前は、ROEの条件でなく、「ネットキャッシュの状態で総還元性向25%未満の場合」に反対)
✓過去3期連続でROE8%未満のキャッシュリッチ企業(ネットキャッシュ/総資産30%以上、かつ、自己資本比率50%以上)には総還元性向40%以上を要求
(※キャッシュリッチ企業に対する規定を新設)
総還元性向 : 企業が利益をどの程度株主に還元しているかを示す指標。「総配分性向」「株主還元性向」とも言われる。「(配当金+自社株買いの金額)÷当期純利益」によって計算される。ちなみに、「配当性向」は当期純利益に占める「配当金」のみの割合を示す。自社株買いも株主還元の1つであるため、最近は配当性向とともに、総還元性向を開示する企業が多い。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
|
大和アセットマネジメントと野村アセットマネジメント、日興アセットマネジメントが株主還元に関する基準を改定しています。3社に共通するのは、自己資本が厚くキャッシュを豊富に持ついわゆるキャッシュリッチ企業に対する規定を厳格化、あるいは新設している点です。
なお、株主還元に関する基準に抵触した場合、剰余金処分議案が株主総会に付議されていれば剰余金処分議案に、付議されていなければ社長等の選任議案に対して反対行使がなされることが一般的ですが、日興アセットマネジメントは、剰余金処分議案が付議されていたとしても、「取締役の再任」に対して反対行使することには注意が必要です。
本稿では、主要10機関投資家の議決権行使基準改定動向を確認しましたが、ジェンダー・ダイバーシティ、取締役会構成・・・といったテーマごとに見てみると、大部分の機関投資家が同じようなタイミングで同じような方向性の改定を行っていることが分かります。
これを企業の側からみると、たとえ自社の株主構成が大きく変わらなかったとしても、本年の株主総会では、特に社長の選任議案の賛成率などが昨年の株主総会よりも大きく低下する可能性があるということになります。やはり自社の大株主である機関投資家の議決権行使基準の改定動向については毎年確認しておく必要があると言えます。
(補記:2023年5月16日)
大和アセットマネジメントは、2023年5月15日に議決権行使基準を改定し、公表しました。これは昨年に続き「シーズン2回目」の改定となり、2023年6月から適用されます。
2023年5月15日付「議決権の行使に関する方針(国内株式)」の見直しおよび検討課題について
本稿で取り上げたテーマの中では、「ジェンダー・ダイバーシティ」と「取締役会構成」に関する変更が見られました。ジェンダー・ダイバーシティについては、女性役員が不在の場合に代表取締役の再任に反対するとの規定の対象が「TOPIX500構成企業」から「東証プライム市場上場企業」に拡大されています。「取締役構成」については、社外取締役の人数要件(1/3以上など)の判断に際して、「独立社外取締役」であることを求める(従来の「会社法上の社外取締役」から厳格化)こととなりました。
| テーマ |
改定時期 |
改定の概要 |
| ジェンダー・ダイバーシティ |
2023年6月 |
✓プライム市場上場企業において、役員(取締役および監査役)に女性が1名以上選任されていない場合、代表取締役(または代表執行役)の再任に反対。(※対象をTOPIX500構成企業から拡大) |
取締役会構成
(社外取締役の割合) |
2023年6月 |
✓独立社外取締役が2名以上(プライム市場上場企業については、独立社外取締役が2名以上かつ1/3以上)選任されていない場合、代表取締役(または代表執行役)の再任に反対。
✓親会社または支配株主を有する企業において、独立社外取締役が2名以上かつ取締役会の構成員の1/3以上(プライム市場上場企業については、独立社外取締役が2名以上かつ過半数)選任されていない場合、代表取締役(または代表執行役)の再任に反対。
(※いずれも「会社法上の社外取締役」から「独立社外取締役に厳格化) |
以上のほか、取締役選任議案における業績基準における判断基準の明確化や新型コロナウイルスの影響を考慮した対応の終了などが発表されています。